March 2010

March 31, 2010

第1856回「タイ版深夜特急列車」

1856「一路寝夜特急列車で」

「藤岡さん、もういいや。バンコクに帰ろう」
あれ、スコータイ遺跡は行かないんですか
「もう、疲れた。今日帰ろうや」

元々、Y氏の最初の旅の目的は
世界遺産のスコータイ遺跡を巡ることだった。
それが、もういいって・・・。他の2人も唖然。
そりゃあ、ねぇべよ」と思ったが、オイラは単なる旅先案内人。
旅先の決定権はない。右を向けと言われれば素直に向く。

取りあえずH氏はもう少しチェンマイに残って北タイを満喫するらしい。
ということで、急いでチェンマイ駅に向かい今夜の列車を調べる。
この日はバレンタインの2月14日。しかも春節(中国正月)である。

土日を利用してチェンマイに里帰りや旅行に来ていた人で
駅構内はごった返していた。で、来た時に乗った一等寝台の
コンパートメントはすでに売切れ。で、二等寝台の希望時間帯の
席があと3席しか残ってない。

ギリギリセーフ」何とか買えた。
窓口のおねぇ様が「ラッキーね」と微笑む。
ふと、ポケットに真っ赤なハートのブローチがあったのを
思い出してそのままチケット売りのおねぇさんに渡した。
ハッピーバレンタイン
(タイは日本と違って男子から女子のプレゼントは慣習化されている)

「オーマイゴット。売り切れかよぉ〜」
振り向くと我々の後ろに並んでいたファラン(白人)が天を仰いでいた。
得てして「人生」とはこんなもんです。

夕方、晩酌用にウィスキーや水や買い込んで列車に乗り込む。
晩酌を嗜まないY氏を席に残し、G氏と共に食堂車に移動した。
ところが最初は静かに飲んでいた席にガタイのでかいロシア人観光客が
わらわらと大勢入って来た。

しかも、奇声を上げて全員酔っぱらっている。テンションアゲアゲ状態。
男も女も自国の歌を高らかに歌い、仕舞には土足でテーブルの上で踊りまくり。
さすがにこれは車掌がテーブルから降ろしたが、勢いは止まらない。

上着を脱ぎ始めて奇声を上げる若者。ズボンをまくってケツを見せる酒乱女。
この酒池肉林状態に辟易した客たちの何人が急いで飯を平らげて避難していった。
オイラたちがロシア人たちの傍若無人な振る舞いを冷ややかに傍観していると
「お前も飲め」と強烈な匂いのウオッカを勧められた。

こっちは、大人しくウィスキーを飲んでいるから邪魔しないでくれと断る。
恐るべしロシア人軍団。後からまた違うロシア人グループが合流した。
みんな身体がプロレスラー並みにデカイから車内がやたら狭く感じる。

それにしても、お祭りでもないのにこの異常なまでの振る舞い。まるでタイに
在住しいる韓国人ばりのマナーの悪さ。ここまで来たら手のつけようがない。
「まったく、騒がしい国民だな」
ま、しゃ〜ないでしょ
君子危うきに近寄らず。
そろそろ席に戻りましょうか
ペレストロイカは、いつの間にかロシア人の意識を変えちゃったのかね。

この日の深夜特急の車内も靴下を着用するほどの寒さだった。
暑過ぎるのも苦手だが、寒すぎるのはもっと嫌だね。
は、は、はっくしょ〜ん



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第1855回「バーン・サバイ」

1855「バーン・サバイ」

急遽ランプーンに向かった。Y氏の希望で3年前に友人の
ロータリアンが絡んだバーン・サバイの浄水塔が見たいと申された。
元々、Y氏とは札幌の某ロータリークラブの人を介して知り合った縁。

知り合ってから、かれこれもう8年は経つだろうか。長い付き合いの中で、
ロータリークラブの支援プロジェクトは、バンコクを初め、タイ東北部や
北部など数え切れない程お手伝いを続けさせて頂いてきた。

このチェンマイもバイオ燃料ガス事業や洪水を防ぐチェックダム事業。
さらには、エイズシェルターのバーン・サバイの浄水設備設置事業など、
この3年間のプロジェクトでいろんな支援活動を続けてきている。

長年、手伝わせさて頂いたロータリークラブだが、もう引退するつもりだ。
もう充分だろうと、自分の中でケジメをつけた。後は後輩の育成。
正直に言うともう疲れた。肉体的ではなく上辺の人付合いにだ。
もちろん、良い人も沢山いるけど結局は別次元で住む世界が違う。

さて、最後の事業になったバーン・サバイは、以前あったチェンマイの
ピン川のほとりから車で30分ほど行ったランパーン方面に引っ越した。
例によって、嘘つきトミーのトゥクトゥクを滑走して現地に向かった。
彼とは何度も一緒に行っているので面倒な説明は不要。

実は、日本から遊びに来た人たちが帰国時に捨てていく衣料などを
預かってチェンマイに来るときに持参してバーン・サバイに寄付している。
今回は2年分の衣料が溜まっていたので結構重かった。

「わざわざお越し頂いてありがとう御座います」
2年ぶりの訪問にA子さんは快く迎えてくれた。
かれこれ10回以上は来ているだろうか。

確か、切っ掛けは昨年結婚した神奈川のK嬢だったと思う。
彼女が大学を卒業して1年ほどタイでボランティア活動・・・
いや、考えてみれば彼女が大学在学中にも来ていたな。
記憶が蘇らない。こりゃあ、完全に老化現象だな。

ま、いいや。で、今はHIV感染者もエイズ患者も入院していないらしい。
(この私設の事を詳しく書くとかなりの量になるので
興味のある方はご勝手にWEBで調べて下さいませ)

嬉しい事に、昔一度だけ一緒に現地を訪れた東京のDちゃんが
なんと新品の衣料や中古衣料を送ってくれたと感謝していた。
しかも、驚いた事に関税分と寄付金も一緒に送ってくれた。

A子さんはえらく驚いたそうだ。早速国際電話を掛けて感謝したそうな。
1月に東京から来たDちゃんに会った時は一言も言ってなかった。
自意識過剰なオイラなら、早速ブログで自慢のように書くだろうな。
いやはや秀でた人間は違う。頭が下がる思い。ありがとDちゃん。

因みにA子さんは今年の7月頃にこの私設を辞めて
チェンマイ市内でエイズ患者の為に縫製の職業訓練所を
始めるらしい。このエネルギーは何処から湧いてくるのでしょう。

私設には関西からボランティアできていた学生たちがいた。
彼らが異国に興味を持ち国際支援活動をする理由を訊き忘れたが、
こういう人たちが日本から来てくれることが嬉しく思う。感謝。



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asia_jiyujin at 04:21|PermalinkComments(0) 気ままなボランティア活動 | 藤岡わこう

March 30, 2010

第1854回「オレの好きな異空間」

1854「好きな空間」

あぁ〜、なんかノスタルジックだなぁ〜
目まぐるしく変わる日々が止まり、今だけ人生がゆっくり動いている。
「なぁ若者よ。そんなに先を急ぐことはない。今を愉しめ」
もう若くないよ

オレはもう50歳をとうに過ぎている。
だが、キムさんからしてみれば、まだまだガキ(若者)の部類だ。
この不思議な異空間には得も言われぬ人生の哲学がある。

「じゃあな」

Kimさんが立ち去ったテーブルの灰皿からもみ消したタバコの
紫色の煙が立ち上っていた。まるで昔のタイの古い映画でも
観ているような錯覚。古い建物と緑葉と色褪せたセピア色の空気。

さて、そろそろ御大を迎えに行くとしようか。
昨夜切った携帯電話のスイッチをONにした。

果たして今日は何処へ行くのだろうか。まさか
今日中にスコータイまで南下するつもりではあるまいな。
BUS5時間は掛かる距離だ。



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asia_jiyujin at 06:57|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

第1853回「極旨カフェラテ」

1853「極旨カフェラテ」

もう一つここを楽しみにする理由がある。
実はここのカフェラテは、滅茶苦茶旨いのだ。(写真)
息子さん・・・いや、年齢的にはきっとお孫さんだな。
彼が作るカフェラテは極旨。

手間暇掛けて10分以上も掛かるのに、料金は
1杯たったの25バーツ。スタバの5分の1だ。
この度外視した金額は殆ど趣味の域に達している。

甘く薫る匂いが、緑に囲まれた庭とよくマッチする。
朝陽の木漏れ日からマイナスイオンが流れる。
うんめぇ〜

これだよこれ。この味ですよ。
スタバでもこんな濃厚で上品な味は出せないだろうな。
極上の朝のひと時。贅沢な時間で御座います。



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asia_jiyujin at 06:45|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1852回「73歳Kimさんの家」

1852「73歳キムさんの家」

【2月14日】(チェンマイ)
古都チェンマイに来ると度々泊まるゲストハウスがある。
古い建物で50年は経っていると思われる歴史ある建造物。
日本なら重要文化財に指定されそうなほど貴重な建物だろう。

都会の真ん中にありながら【Kim House】だけは時間が止まっている。
通りから50〜60m奥まった場所にあるだけに車の騒音も気にならない。
逆に裏庭で放し飼いになっている鶏の鳴き声の方が気になったりする。

で、ここのオーナーが73歳になるロマンスグレーが似合うキムさん。(写真)
今は息子さん夫婦が手伝っている。

「おぉ〜、久しぶりじゃないか。元気だったかね」
ハイ、キムさんこそ相変わらず元気そうだね
「ワシは元気じゃよ。ところで今回は何泊だ」
う〜ん、まだ分かりません
「客は、メーピン(ホテル)か?」
う、うん。まあね

場所的には近いので敢えてゲストハウスの名前は伏せた。
実は、毎回チェンマイに来た時の日中は殆ど客人のアテンドに
追われるので、夜は極力1人になりたいのでこの場所を選ぶ。

テレビも冷蔵庫もなく、ベッドはくたびれて人型に凹んでいる。
瞑想や読書するにはもってこいの場所であり、何ら誘惑もない。
つまり世間と決別して誰にも邪魔されないこの空間が好きなのだ。

おそらく客人と同じ宿を取れば何かあれば速攻対処しなければ
ならない。さすがに夜だけは1人にならないと疲れが取れない。
Kim House】はそんな煩わしさを一切排除してくれる。



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asia_jiyujin at 06:32|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

March 29, 2010

第1851回「ドイステープ寺院巡」

1851「ドイステープ寺院」

【2月13日】(チェンマイ)
「チェンマイに来てドイステープを見ずしてチェンマイを語るな」
という格言がある。(ホントか?)

Y氏は以前に2度ほどチェンマイを訪れている。
いずれもゴルフツアーの為、それほど市内観光はしていない。
「チェンマイに行ったら是非山の寺院に登りたい」と申す。

たぶん、オイラはこの15年で50回以上は来ていると思う。
大げさではない。年に2,3回。多いときは4,5回チェンマイ
を訪れる。その度にドイステープ寺院は必ず登っていた。

以前、H氏がチェンマイを1人旅した時にトゥクトゥクの
「嘘つきトミー」を紹介したことがある。彼の独学のタイ語でも
十分伝わるらしい。ということで、チェンマイの宿はすべてH氏に
任せたのだが、いざチェンマイのバスターミナルに到着した時に
迎えに来るはずの「トミー」が例によって時間を守らず来てなかった。

やっぱりね
まぁ、ヤツが時間通りに来る事は極稀の事。本来ならオイラが彼を
使う予定だったのが、今回はH氏にお譲りした。で、オイラはオイラで
気の優しいタイ人夫婦のソンテウを見つけて観光の値段交渉を済ます。

そのソンテウに乗って、H氏がトミーを介して予約したホテルに行く。
着いてみるとかなり古い建物。まぁ、その分値段は格安。
さて、早速行きましょうか
宿に荷物を置いて早々に山に登ることにした。

いざ、山へ
標高1300m級の頂きの途中にある由緒あるお寺。
車は市内を出てから30分もかからずに到着。

階段で行きますか?」
かつて日本から来た女子大生たちを幾度となくこの山に引率した。
その時に彼女たちに何度も階段の数を調べさせたことがある。
ところが、みんな数が合わない。結局その平均を取ったら332段。

でも、ガイドブックには350段と記されている。
おそらくテッペンの金の仏舎利まで数えているのかもね。

階段の段数を告げると「いやぁ〜、階段は勘弁してよ
いささかオイラも階段を上がる元気はなかったので、
全員でロープウェイに乗って頂上を目指す。

お寺の場内は、相も変わらず大勢の観光客で賑わっていた。
「へぇ〜、絶景だね」
何度も訪れているオレには見飽きた光景だが、霞がかった
チェンマイ市内を一望するとさすがに見応えがある。

700年の歴史ある寺院。敬虔な仏教徒は今日もこの地を訪れる。
さて、山を下りて旨い飯でも食べに行きましょうか
今日こそ鍋焼うどんを食ってやる。



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asia_jiyujin at 06:05|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1850回「チェンライの山の朝」

1850「チェンライの山の朝」

【2月13日】(チェンライ)
うっ、寒
空気が冷たかった。それでも胸一杯に空気を吸い込む。
大気が淀んだバンコクの朝には絶対に無い澄んだ綺麗な空気。
これだけで健康になれるような気がしてしまう。

さて、チェンライも一泊で今日は一路北の古都チェンマイに向かう。
兎に角、御大の朝の気分で予定が決まるだけに、持ち得る引き出しを
フル回転にして対応する。これが結構難儀する。

朝から長距離バスターミナルへ行き、次のバスのチケットを人数分買う。
例によって金に糸目をつけない御大たちはエアコン無しのローカルBUSはNG。
蚊も動けないような程ガンガンに冷えたVIP BUSでチェンマイへ向かう。

3時間の冷蔵庫状態はさすがに身体を蝕む。
オレは冷凍マグロかっちゅうの



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asia_jiyujin at 05:40|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

March 28, 2010

第1849回「チェンライの夜の君」

1849「チェンライの夜の君」

ヤマダ」が運転するピックアップトラックは40分程で
チェンライ市内に到着した。「また、来たら電話くれよ」
と笑顔で帰って行った。

かつて76あるタイ国内の県を55旅遊した事がある。
もちろん、その中には一度しか行ってない県もあれば
二度三度や、数十回も行った県もある。

旅の先々で知り合うのは決まって「ヤマダ」のようなソンテウや
トゥクトゥクやモトサイの運転手が多い。彼らは町のあらゆる場所を
知り尽くしている言わば地元の最強ガイド的存在だ。

文豪、故・開高健氏が何かの本のくだりにこう書いてあった。
知らない町へ行ったら、その町の市場に行くか娼婦を買え」と。
凡人ならそのまま額面通りに受け取って、市場に行って食を
垣間見て町の置屋で娼婦と戯れるに過ぎない。

氏の言葉を忠実に守り、幾多の町を旅しながら会得したことは
市場はその町の活気と熱気と相場を伝える場所であり、
娼婦はその町の歴史と文化と経済を知るガイド的存在と感じた。

にも益してオイラが得た貴重なモノは町の表と裏、光と影、
陰と陽を知る得るガイド役の運転手である。
チェンライの「ヤマダ」や「ヨシダ」も然り。
チェンマイの「嘘つきトミー」や「アネ」も然り。
世界遺産の町スコータイの「ジョーイ」は夫婦で優しい。
南はパッタルンの「ウェウ」やプーケットの・・・。

バンコクはそれこそ有象無象に数え切れないほどいる。
オイラにとっては、貴重な「朋友」であり最強の「ガイド」だ。
袖振り合うも多生の縁」彼らとの出逢いに感謝ですな。

さてと、今夜のお宿はこちらです
以前この町に来た時にも泊まったゲストハウス。
御大たちには、ちょっと失礼かなと思ったが
前日のホテルのベッドが柔らかすぎて腰を痛めたと苦情が出た。

チェンライ市内にもそれなりのホテルはあるのだが、
(この数年で市内の主要ホテルは全て宿泊済)
如何せんメーサイと同じでベッドはスプリングがくたびれて
柔らかろうと堅めのベッドがあるゲストハウスを選んだ。

ただ、3階建てのゲストハウスにはエレベーターなるものはない。
「やれやれ、階段で上がるのかい」
頑張ってねぇ

例によってH氏には近くにある日本人オーナーの格安ゲストハウスを紹介。
ところが、希望する部屋が1部屋しか空いてなかった。
ま、いっか。その気になればオイラは寺でも寝られるしね。

その日の夜、唯一市内で賑わうナイトバザールに繰り出した。
大きなステージの周りには20店舗くらいの露店が建ち並び、
タイ料理やシーフード、寿司や天麩羅の店まであった。

各自各々好きな料理を買って来て、場内に設置された席で晩餐会。
酒の嗜まないY氏は寿司とタイ風焼きそば。G氏は天麩羅や揚げ物。
H氏は珍しいラオ鍋を選んだ。もちろん味は辛いのだが、急激に
気温が下がったチェンライの夜には身体を温めるのはもってこいだ。

ふと目の前に目をやると「ストライク」の女子が座っていた。
いやぁ〜、参ったね。嫁にしたいような奥ゆかしさ
彼氏と思われる男と2人で愉しそうに食事をしている。笑顔が可愛い。

うなじフェチ」のオイラにとっては、ショートヘアー、若しくは
髪を後ろで束ねてうなじが綺麗に見える女子は、もうたまりません。
えぇなぁ〜」うなじを肴に持参した焼酎を煽る。

う、それにしても寒い
「フジさん飲んでばかりで食べないの?」
う、うん。えぇねん
実は、これが終わったら市内に一軒だけある日本食店で
熱々の鍋焼きうどんを食べようと企んでいたのです。

ところが、この後ナイトバザールを回り、市内に1箇所だけある
寂れた場末のような歓楽街を案内してから急いで日本料理店に走るも
ちょうど暖簾を下げている最中だった。

腕時計を見ると22時を少し過ぎていた。
待ってくでぇ〜、鍋焼うどん食わしてくんろぉ
「残念どすなぁ、もう店終いやねん。明日またおこしやすぅ〜」
そんなぁ〜
京都弁に聞こえる北タイ語が空腹のオイラの胃に哀愁を奏でる。
ト、ホ、ホ、ホ、ホ・・・
晩飯なし、宿無し、オイラはホームレスかいな。



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asia_jiyujin at 20:23|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

第1848回「山岳民族のブランコ」

1848「山岳民族のブランコ」

「コップンチャ〜オ(ありがとう)」
ワイ(合掌)した子供たちの可愛い声が心に響く。
勉強、頑張るんだよ

いささか感涙しながら寺子屋を出て振り向くと、「なんと
そこに大きな「DONATION BOX」が設置されていた。
「あれ、もしかして今の踊りってショーの一部だったの?」

お互い、しばし顔を見渡して笑ってしまった。
「やっぱりショーの一部だったんだろうかね」
いや、そうは思いたくないですけど
なんかすっかり騙されたような錯覚に陥りながら
トレッキングの最後に行き着くと巨大なブランコが目に付いた。

「キャーギャ〜
タイ人の観光客がブランコを揺らしている。
あまりにもデカすぎて危険を感じる。

さて、そろそろチェンライに向かいますか
「さすがに歩き疲れたよ。もう充分だから行こう」
次に来ることがあったら是非あの寺子屋の実態を調べてみたいものだ。



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March 27, 2010

第1847回「これもショーなの?」

1847「もしかしてショー?」

アカ族の村を過ぎると、すぐに黒い帽子に襟巻きが赤いヤオ族の村だ。
ここも手作りのカバンや小物入れが沢山売られている。年輩者が多く
元気も活気もない。もっともハナから熱気もない村ですが。

次いでラフ族の村を軽く観てからパロン族の村で暮らしぶりを観る。
何処の村も素朴でけっして裕福と言える暮らしぶりではない。
いかにも「これが山岳少数民族の暮らしです」的な要素が存分。

ところが、最後の村のロングネックカレン族に着くと、
首に銀の輪っこをはめた華やかな女性たちが沢山いるじゃん。
しかも子供から大人まで1つの集合体になって村を形成している。
何故か御大たちは、今までさして興味を示さなかったのに
やおら日本への土産の為に手作り製品を買い始めた。

「へぇ〜、ホントに首が長いねぇ」
「ほぉ〜、なんか気持ち悪ぃべさ」
正確には首が長いのではなく銀の輪っこの重さで
鎖骨が長い年月を重ねて下がっているんだけどね。

それにしても3年前と比べたら確実にエリアが拡大され設備も充実している。
ふと、村の途中に小さな小学校を発見した。「なんだここは」中に入ると
黒板がありアカ族とカレン族の子供たちがタイ語の勉強をしていた。

「コーカイ、コーカイ」(日本でいうところのあいうえお)
へぇ〜、この村にも寺子屋みたいな学校ができたんだね
今や一部の山岳少数民族にもタイ政府がI D(身分証明書)を
発行するようになり、山を下りて町で仕事が出来るようになった。
その為のタイ語の勉強かと思うと、ちょっと嬉しくなった。

先生がおもむろに「日本人たちに踊りを披露しましょうと」言うと、
子供たちは勉強の手を休めてその場で山岳民族の舞を踊り始めた。
へぇ〜、感動だね」あまりにもその踊りが可愛すぎて、つい
サイフから「これで子供たちにお菓子でも」と先生にお金を渡した。

いささか感涙しながら寺子屋を出て振り向くと、「なんと
そこに大きな「ドネイション」の箱が設置されていた。
あれ、もしかして今の踊りってショーの一部だったの

侮る無かれ。山を下りて資本主義社会の中で暮らすと言うことは
否応なしに「」という現金主義の世界で生きて行かなければ
ならないのであります。つまり現金(手段)が必要になるのね。

感動は僅か1分で醒めた。



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