August 2010

August 30, 2010

第1992回「いつものお仕事始動」

1992「いつものお仕事始動」

海から戻ってきてから夜の静寂を駆けずりながら連日取材に追われている。
赤服軍団の騒乱が未だに影響しているのかお盆の長期休暇時期も
訪タイする日本人が例年と比べて10%ほど減少しているとか。

新聞では緩やかな景気回復なんぞというもっともらしい記事も掲載されて
いましたが、実際にはまだまだ厳しい日本の経済状況のようですばい。
もっとも“お盆”時期は「旅行」と言うよりは「里帰り」や「墓参り
などの“家族”で動くイメージが強いですけどね。

さて、現地で働く日本人駐在員の方々も“お盆”で里帰り帰国や
喧騒のバンコクを脱出しての家族サービス的ワンディートリップ
に行かれているのか、バンコクの歓楽街も人気が少なく元気がない。
1992「ジェイジェイ」


1992「ひとみ」


1992ダンヒル2」


取材をしていても、一時期の元気さがあまり見られないのである。
不景気」=元気がない。「売上げ低迷」=元気がないという
一般的な方程式ですが、ところがどっこい元々最底辺で生きている
超楽天的な民たちは、世間の状況がどうであれ、全てを肯定して
生活しているため毎日を愉しく明るく元気に生きる術を知っている。

今を愉しく生きる」異国で生きて行くためには
是非、見習って身につけたい術ですばい。(日本でもか)



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asia_jiyujin at 18:41|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

August 29, 2010

第1991回「フアヒンお疲れ紀行」

1991?「ファヒンのビーチ」


「朝よぉ〜、早く起きてぇ〜」
突然ドアが開けられ足を引っ張られた。
うぉ〜、勘弁してくれよぉ〜
夢の中から一気に現実に引き戻された。

時計を見ると10時を少し回っていた。
ひぇ〜、まだ寝かしてくれよぉ
「もう御飯の用意できてるわよ」

特別なゲスト的扱いもなく、まるで遅刻する我が子を起こす
母親のように無理矢理起こされた。
へぃへぃ。かしこまりました
それにしても何で朝からそんなに元気なんだよ。

サクッと熱いシャワーを浴びてビーチ沿いに行くと
30人の女性軍がところ構わずいろんな場所で何やら作っている。
ご存知タイ人大好物のソムタムパパイヤからカオパット(焼き飯)。
バーベキューコーナーでは海老やイカや牛肉まで焼いている。

片隅ではみな座りながら何やら細かい作業をしている。
覗いてみるといきなり口元に何かつけつけられた。
わぉ、カニだ
1991?「ランチ2」


1991?「ランチ1」


タイ人は総じて蟹が好きだ。みんな黙々と蟹肉を取り出して食べている。
食べてみるとこれまた朝捕れたばかりのめっちゃ新鮮なカニだ。
そっか、ここは海だもんな

ふとテーブルの上を見ると何やら新聞紙にくるまれた得体の知れない
ばかデカイ物体が目に入った。そぉ〜っと近づいて中身を見る。
げっ、レチョンじゃんここはマニラか

かつてフィリピンに行った時にミンドロ島のプエルトガレラの
ビーチで食べた豚の丸焼きだ。一緒に参加された御年輩のゲスト様からの
差し入れらしいが、何ともダイナミックで豪勢なランチである。

朝食兼昼食が終わると思い思いにビーチに繰り出した。
普段から大きな海原なんか見たこともない東北娘たち。
日焼けを嫌うタイ人が多い中、みな水着姿で海を走り回る。

カメラを向けるとまるでグラビアアイドルばりにポーズをとる。
「フジさ〜ん、こっちも撮ってぇ」
ハイ、ハイ、ハイ

ビーチの彼方此方でみんなが弾け飛んでいる。
バナナボートではしゃいでいるヤツ、砂に埋められているヤツ、
犬掻きで泳ぐヤツ、そしてただひたすら海に浸かっているヤツ。

1991?「4人」


1991?「おんぶ」


1991?「ジャンプ海」


1991?「バナナボート」


1991?「バナナボート2」


1991?「砂に埋まる2」


1991?「砂に埋まる」


昨夜のバスの中であれだけビール片手に踊りまくっていたヤツ等なのに
いったいどこでエネルギーを補給したのか短時間で一気にフル充電状態だ。
あぁ、その元気が羨ましいぃ

しばらくしてからコテージに戻って来て木陰のベンチで休む。
疲れが出たのか、はたまた寝不足なのか、すぅ〜と睡魔が襲ってきた。
一瞬で心地良い眠りに誘われた。

ふと店のママさんに起こされてエアコンの効いた部屋を用意してあるから
そちらで寝たらと勧めたれたが敢えて断った。だって、喧騒のバンコクでは
絶対に体験できない海の波を聞きながら自然の風に吹かれて寝たかったのだ。

はぁ〜、えぇ気持ちやなぁ
初めて来たけど、ここは猥雑なパタヤと違って静かで良い場所だ。
何もしないでもう2,3泊ここにいたいもんだな。

ところが、バンコクに戻ったら3日後に違う店からのオファーが入っている。
今度は再び猥雑なパタヤへ行き、離島のラン島でこれまた慰安旅行の同行取材。
何だか日本から戻ってきてから殆ど家にいる日がないような・・・。

ま、たまには海での仕事もいいもんだね
取材に同行させて頂いたオーナーに感謝。
1991?「帰りのバスもディスコ」

因みにフアヒンからの帰りバスの中は再び走るディスコ状態。
来た時以上にさらに狂喜乱舞で盛り上がっていた。
頼む、その有り余るエネルギーをオレにも少し分けてくでぇ〜



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asia_jiyujin at 07:58|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

August 28, 2010

第1990回「按摩嬢慰安旅行取材」

1990?「ファヒン」

Tファミリーが帰国された2日後。今度は某マッサージ店の
慰安旅行の同行取材でタイ南部に行く途中にあるプラチュアップ
キリカン県のフアヒンに行くことになった。

かつて1都76県(今月77番目のブンカン県が議会の承認を得た)
56の県を旅した事があるのだが、実は今までに何度かチャンスが
ありながら未だに行った事がない県の1つである。

王様の避暑地としても知名度が高く、自然が豊かで空気も良く、
また街全体が持つエネルギーや磁場の流れが良いと言われている
こともあり、(つまり街全体がパワースポットかいな)予てより
一度は探訪したいと思っていた羨望の町でもある。

でも、今回は出逢いを求める旅でもなく、はたまた都会の疲れを
癒す旅でもなく、年に一度の元気印按摩嬢たちの慰安旅行を同行
しながら取材するという、つまり“お仕事”で行くわけで・・・。

あ、今「いいなぁ〜」とか「羨ましいなぁ」と思われた方、
確かに愉しそうな旅行ですが、実際行ってみると現実はかなり
知力、体力、さらには膨大なエネルギーを要することを知りました。

ましてや5日間のパタヤの疲れも取れぬままに4時間掛けての
バスの旅である。実際には3時間もあれば到着する距離なのだが
女性陣が30名以上もいることもあり途中何度か止まってトイレタイム。

出発前に某店を貸し切ってのパーティーから幕が開かれた。予定では
午後7時からの開演だったが、そこは時間にルーズな・・・いえ、気にしないタイ。
時間通りに事が運ぶわけもなく、実際始まったのは2時間遅れの午後9時。
1990「パーティー盛り上がる」


1990「パーティー開幕」


オイラが寄贈したシャンパンで一斉に「かんぱ〜い」でパーティーが始まった。
大人しかったのは最初の食事の10分。腹が満たされればお次は大量のビールが
体内に流し込まれ、モーラム(タイの演歌)が掛かれば一気に店内は
ディスコ状態に早変わり。ビールもウィスキーも大量にある。
1990「バスにて出発」


いつ終わるともしれぬドンチャン騒ぎがひとまず落ち着いたのは
午前0時。そろそろ手配したバスが店の近くで待機している頃だ。
按摩嬢たちは酔っぱらいながらハイテンションのままビール片手に
バスに乗り込む。「まさか・・・」とは思ったが彼女たちの殆どが
はなっから(バスで)寝ることなんて考えてなかった。
1990「バスの中で盛り上がる」

2階建てのバスの上部はすでにディスコ状態と化し、大音響の音楽が
車外にも漏れていたせいで道行く人々が「何事だ」と食い入るように見る。
結局、予定より1時間遅れてバンコクを出発。「いざフアヒンへGO
1990「バスの中で盛り上がる2」

最初こそ2階席でカメラのシャッターを切っていたオイラだが、さすがに
彼女たちのテンションについて行けず1階の席に移動して就寝モードに入る。
ところが、大音響は下にも容赦なく流れてくるから寝られるはずもなく。
さらに途中で何度も停まるものだから目が冴えて寝られたもんじゃない。

結局フアヒンに着くまで彼女たちのテンションはまったく落ちることはなかった。
彼女たちの有り余るイサーン(タイ東北)エネルギーに改めて感銘。

ところがだ、各人コテージに入ってからもビールを手放ずに騒いでいる。
寝る気配なんかまったくない。時間はすでに4時半を回っている。
よっぽど楽しいんだろうなぁ。お〜い、間もなく日が明けて朝になっちまうぞ。

ここは王様の避暑地。ちっとは遠慮して早く寝てくれろ。と切望。
オレは寝るぞぉ〜。おやすみぃ



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asia_jiyujin at 06:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 27, 2010

第1989回「驚愕子連れラウンド」

1989「子連れゴルフ」

な〜んとティーグランドに3歳の男の子が・・・
今日は月曜日だから日本人御用達のブラパーゴルフ場も客が少ない。
だからと言ってタイガーウッズじゃあるまいし3歳で
ゴルフデビューさせるつもりなのかね。

今日のラウンドはT社長と奥様と妹夫婦にオイラの5人。
うち女性2人はハーフを70台で回るほどの超超初心者。
妹の旦那も女性陣に負けず劣らずのスコアーだとか。

と、ほ、ほ、ほ、ほ
昨日雨が降らなかったおかげで今日はフェアウェーまでカートで
入れるが、いやはや本日はどんなゴルフになるのやら。

兎に角、後続組を意識しながらのプレーだったが
最後の5ホール目までは何とか遅滞なく進んだ。
あまりの女性陣の下手っぴさで途中でラウンドレッスン。

さらにキャディーも手伝ってのフェアウェーでのレッスン。
未来のタイガーウッズくんは途中で疲れてグッスリ就寝。
手の掛からない親孝行な子である。とは言え、お母ちゃんが
スイングしていた時にすぐ近くにいたのを見ると気が気でない。

で、今日もアウト48のイン49の97
後半48で回ったT社長にまたしても負けた。

で、高校生と中学生の子供たちは、いとこと一緒に
ガイドのAさんが水族館や動物園をアテンドしてくれた。
親は親、子は子でそれぞれで愉しんでいる。
1989「パタヤの夕焼け」

あっと言う間に愉しい5日間が過ぎ、パタヤ滞在最終日は
パタヤ最大のショッピングモールのセントラルフェスティバルで
Tシャツやアジア雑貨を買いまくるショッピングデーとなった。
でも、オイラと社長は癒しを求めてタイ古式マッサージ。

旅行最終日は午前中にパタヤを出発してバンコクで三大寺院を巡る。
オイラは皆様をガイドのAさんに任せてエメラルド寺院前のエアコン
がガンガン効いた涼しい喫茶店でのんびり読書タイムと決め込む。
だって、もう100回以上は訪れている場所だしそれに異常に暑い

で、それが終わるといつものフカヒレ屋さんでいつものコースランチ。
さらにジム・トンプソンにキングパワー(免税店)でお買い物をして、
最後の晩餐は日本式焼肉店でロースやカルビーをガッツリ食う。
肉が食えないオイラは、ひたすら生レバーでFeを吸収した。

こうして無事に5日間の家族旅行を終えたTファミリーは
初めてのタイを満喫されて無事に日本に帰国されましたとさ。

だが、ホッとしたのもつかの間。明後日は王様の避暑地のフアヒンだ。



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asia_jiyujin at 04:10|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

August 26, 2010

第1988回「不可思議な神秘体験」

1988「カオキアオ」

前日食べたシーフードで体調を壊したT社長の妹がドタキャン。
(直前になってのドタキャンは兄のT社長と性格がよく似ている)
結局この日のゴルフは2人だけで回ることになった。

ゴルフ場はパタヤから車で40分のカオキアオ。オイラは初めてのコース。
前日降った雨のせいでゴルフカートがフェアウェーに入れないらしい。
おかげで無風の炎天下を歩くハメになり汗がしたたり落ちる。おまけに
生憎今日は日曜日。近郊の日系企業に勤める日本人たちがやたらと目立つ。
さらに超下手くそな初心者の若者が我々の前の組で回っている。

後ろを気にすることもなく、マッタリのんびりやっている。
お〜い、ちっとは後続組のことも考えろよぉ〜」と心の中で呟く。
だが、急ぐ気配もなく途中の茶屋で一服してやがる。
もし後続組がタイ人なら確実に打ち込まれるだろう。

大人しいジェントルマンのオイラたちはグッと我慢。
だが、残り5ホール目でとうとうT社長が切れた。
「走れぇーーーーー

上級者2名はとうにグリーンで待機しているのに、下手くそ
初心者はマナーもエチケットも守らずに悠然と弾の行方を追っている。
しかものんびり歩いている。「レオレオシー(早くせんか〜い)
さすがに気の長いオイラも前の組のキャディーをまくし立てる。

オレに付いていたキャディーが前組はメンバーだという。
だったら尚のこと「マナーを守らんか〜い」と憤る。
罵声が功をせいしたのか急に下手くそ初心者が走り始めた。
同時にもう1人の下手っぴも機敏になってきた。

T社長の大きな風体は一見すると何処かの組織の幹部に見えなくもない。
真っ黒に日焼けした肌は1週間前にエーゲ海で焼いてきたらしい。
沢山仕事をする人は、比例するかのようにいっぱい遊ぶ。

あたかもそれが原動力になっているかのように全力で満喫するのだ。
今や日本各地に支店を広げているT社長はまさに飛ぶ鳥を落とす
ほどの勢いとマグマのような熱いエネルギーを兼ね備えている。

「今度さ、ロシアで焼き肉屋を開店するんだ」
全然畑違いの業種ではあるが日本食ブームのロシアでは案外イケるらしい。
それにT社長は韓国にも靴屋を持っている。銭を稼ぐには国境に拘らない。

本業である今の建設関連の会社を一部上場させたら50歳で引退を考えている社長は、
子供や親族には会社を継がせないと豪語する。つまりは親に依存するなと言うこと。
22歳でどこの会社に勤めることもなく文字通り裸一貫で築き上げた城である。

はたして40歳になったT社長は、あと10年で目標が達成できるのだろうかね。
それにしても豪快な人生であるが、ゴルフの方はちっともその片鱗はない。
もっともゴルフを始めたのは2,3年前である。

そのT社長にゴルフ歴20年を超えるオイラがエブリワンのハンデをあげたら、
なんと前半62もブッたたいたのに、後半に入ってから俄然調子が出て来て
パー、ボギー、ボギー、ダボ、パーと絶好調。しかもインの5ホール目で互いに
パーを取った後に見たこともないバカでかいカタツムリがティーグランドに出現。
背中の殻が掌ほどもあるのだ。

オイラのキャディーが即座に「宝くじを買えば」とのたまった。
タイでは往々にしてこの手の事を神秘的に捕らえて宝くじの目を予想する。
タイでは毎月1日と16日が宝くじの発表の日である。奇しくも今日は15日。

で、何の番号を買えばいいの」と訊ねると
「次のホールのお互い上がった数で」と自信たっぷり。
ホンマでっか」と半分呆れていたが、次のホールがパーとダボ。

翌日の宝くじ売り場で当選番号の数字を調べたら
末尾2桁が、「なーーーーーーーんと46
もし買っていたら100B(2枚売)が4,000Bになっていたらしい。
仮に1等が当たっていれば600万Bである。日本円にして1,666万円。

やはり勢いに乗っている人の近くに居るとそのエネルギーや気の影響で
周りの人の運勢までも押し上げてしまうらしい。案外信じて買っていれば
来期にはラオスの山岳地帯に小学校を5校舎ほど建てられていたかも。

ま、ゴルフと同じで「たられば」は考えないでおこう。
で、結局オイラはアウト49とイン48の97。
後半を49で回った社長に呆気なく負けてしまった。

1988「ウォーキングストリート」

その日の夜は、ご機嫌の社長に連れられてロシアンパブへ。
社長曰くは日本語の話せるロシア人が5,6人いるとか。
今年の4月に来た時にすっかり気に入って通っていたらしい。

かつてはドイツマフィアが幅を利かせていたパタヤだが
いつの頃からかロシアンマフィアがパタヤの裏社会で
勢力を伸ばしてきているらしい。もっとも一番怖いのは
彼らのようなマフィアよりも現地の警察だったりするけどね。
1988「へばりつく車」

「わたしリナです。福岡で働いていたよ」
「わたしは横浜で働いていたのよ」
まるで人形のような瞳にたなびく金髪に圧倒される。
確かに聞き取りやすい流暢な日本語である。

だが、金髪美人に卑屈なオイラは終始両脇のロシアンに緊張
ヘネシーを2本も卸して2時間ほど豪遊?した後に社長を残して1人で帰宅。
途中ビーチ沿いにあった車を改造したチープなBARでジントニックをオーダー。
1988「パタヤのバーバス」

アロイ(美味い)
オレには丁度良い味だな。



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asia_jiyujin at 09:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 25, 2010

第1987回「バーチャル的な日常」

1987「Tファミリー訪タイ」


昨日、ようやく非現実的な世界からいつもの現実的な世界に帰って来た。
もっとも、タイに住んでいること自体が仮想現実だと言う人もいるけど。
いずれにしてもこの2週間はバーチャル的な世界にドップリ使っていた。

実は8日にタイに戻って来てから寝るヒマがないほど(少しは寝てるけど)
多忙な日々が続いていた。もっとも帰国して1ヶ月半も日本で休んでいた
のだから仕事モードに戻すには多少なりともリハビリの時間を要する。

あぁ〜、身体が2つ欲しいよぉ〜

いつもの取材に加えて某店から突発的な取材のオファーが2件も入る。
どれから準備しようかプライムオリティを考えていたときに
札幌からT社長一家が訪タイする事になった。

え〜、マジ(本当)だったの〜

かつて幾度となく直前になってからドタキャンしていたT社長。
今回もまたイソップ童話“オオカミ少年”の如く「酒の上での話
だと軽〜く聞き流していたのだが、本当に来るらしい。

先日札幌のススキノで飲んだときに酔った勢いでつい快諾してしまった
パタヤのアテンド。義理堅いオイラとしては来るからには
万難を排して道先案内人を勤めねばならぬ。

ところが、今回に限っては男性のタイ人ガイドを手配しているらしい。
なんでもT社長が今年4月の騒乱時期に訪タイした際、オイラが取材で
駆けずり回って超多忙な時期だったので旅行会社にタイ人ガイドを依頼。
今回もそのガイドにパタヤの手配を頼んだらしいのだ。

だったら、無理してオイラが行くことないじゃん」と思ったが
何度も言うけど義理堅いオイラは「ほな、行きまへんわ」とはよう言えん。
T社長の考えには、年に一度の家族旅行に嫁や子供達に「えぇとこ」を
見せたい節も伺えたりするのだ。だったらトコトン「えぇとこ」見せまひょ。

と言うことで、5日間の滞在用の衣服とゴルフバッグを担いでタクシーに
乗り込む。飛行機のリレーも考慮しながらある程度T社長一家がイミグレで
入国手続きをする時間を見計らって空港に向かった。

実はT社長が名古屋のセントレア空港から出発する寸前に電話が来ていた。
いつもハイテンションの声のハリが心なしか元気がない。実は子供たち3人の
パスポートの残存期間が6ヶ月を切っていたので入国できるか心配していた。

そのすぐ後にその昔T社長をオイラに紹介してくれたJALの友人からも
「何とかしてあげて下さい」と切羽詰まった声で懇願して来た。法律上は
タイ入国にはパスポートの残存期間が6ヶ月以上なければならないのが原則。
最悪の場合は一家して乗ってきた飛行機で日本にUターン。

もっとも“最悪“とか、”万が一“にとは、先進国でしかもキチンとした
法治国家を形成している国が前提である。ここはタイ。しかも微笑みの国である。
だが、その笑顔の裏に隠された「金と権力」の国であることを忘れてはならない。

つまり、大概のことは「金」でケリがつくのである。仮に「金」で
ケリがつかなければ「権力者」のお力を借りればいいだけの話である。
何とも分かりやすくしかも双方にとって合理的な対処の仕方でしょ。

と言うことで(詳細は伏せる)無事に入国したT社長一家と到着ロビーで
ご対面。奥様と16歳の長女に14歳の長男。それに人形のように可愛い
3歳の息子。それに加えて妹夫婦に子供が2人。総勢9人のバカンスの始まりである。

チャーターしたワゴン車に乗ってパタヤのホテルに着いたのは午前0時前。
なんだかんだとチェックインを済ませてTファミリーと別れたのは1時過ぎ。
T社長一家が宿泊している五つ星ホテルには到底泊まれないオイラは
タイ人ガイドのAさんと一緒に安宿を探しながらパタヤの夜の町を歩く。

何とか交通の利便性を考慮して見つけたホテルはT社長が泊まっている
ホテルの6分の1の料金。歴史があって・・・、いや単に古くてかび臭くて
エアコンもお湯も生ぬるい連れ込み宿のような★無しホテル。

ま、雨風凌げて寝られればそれで良し
そう思った途端にバケツをひっくり返したようなスコール。
日本で言う“ゲリラ雨”。そう、タイは今雨季の真っ盛りなんです。

翌朝は子供達を引き連れてのラン島である。パタヤのビーチでは猥雑で
綺麗な海も少なく、多少の小金持外国人観光客は高速ボートをチャター
して20分くらいのところにあるラン島へ泳ぎに行くのが定番である。

T社長もご多忙に漏れず家族に「えぇとこ」見せて高速ボートを
チャーター。ほんの5,6年前は1,500Bくらいで往復してくれた
高速ボートの料金も、今や燃料も高騰して倍の3,000Bになっていた。
1987「いざラン島へ」

早速ボートに乗り込みいざラン島目指してGO。
島へ行く途中で、これもパタヤの定番でもあるパラセーリングに挑戦。
大空を鳥のように駆け巡りながら数分間の空中遊泳。
1987「パラセーリング」

自慢ではないが、何十回も訪れているオイラは一度もやったことがない。
他にもバンジージャンプや危険を伴うアトラクションの類は極力避けてきた。
だって、ここはタイだも〜ん。アテンドする側が怪我でもしたら、それこそ
皆様にご迷惑をお掛けすることになる。「君子危うきに近寄らず」鉄則ですな。
1987「ラン島到着」

で、ラン島に到着してからはひたすら体力を温存するために傍観者に徹する。
T社長や息子たちはジェットスキーを借りて島を一周。小さなお子たちは
浅瀬で砂遊び。この日は曇り空でさほど暑くもなかったがUVはキツい。

夕方ホテルに戻り一休みしてから夕食会場へ。この日はやっぱり
パタヤ定番の“ナンヌアル”でシーフードの晩餐。しかもこの日は
母の日(12日)」に78歳の誕生日を迎えられたシリキット王妃の
祝賀イベントとして「パタヤ国際花火フェスティバル」が開催されていた。

主催はパタヤ市庁。今年で2回目の開催となる同イベントはビーチに
特設会場が設けられ音楽や華やかなステージパフォーマンスが披露される。
ビーチ沿いにはタイ料理や民芸品などを売る露店も並んでいた。

今回、花火コンテストに参加するのは、タイ、日本、中国、デンマーク、
ドイツ、アメリカ、UAE、オーストラリア、イタリアなどの11カ国。
各国が作品を打ち上げ、技術レベルを競い合う。

海沿いの花火が見られる絶好の席をリザーブしたが、
生憎小雨が降ってきた。さらに予定の19時を過ぎても
一向に花火が上がる気配がない。「もしかして中止」
すっかり冷め切ったシーフード料理を前にモンモンとする。

午後20時。とうとう痺れを切らして奥様と子供達がホテルに帰った。
その直後に1発目の花火が打ち上がった。同時に周りから歓声が響き渡る。
ほぉ〜、綺麗やねぇ〜
1987「国債花火大会」


次々に打ちあげられる花火が、どの国のものなのか全然見当もつかなかったが
一際大きくて綺麗な花火が開いた時には、一斉に歓声が上がった。
「おそらく、あれが日本のだろ」とT社長がご満悦。
1987「花火」

そうでしょうねぇ」とオレ。日本が世界に誇る花火技術。
どの国が優勝したのか後日の新聞やネットを見ても掲載されていなかった。
ま、どこの国が優勝しても株価に影響があるとは思えないが華やかさには感動。

ところがだ、いざホテルに帰ろうとしたら道路という道路が大渋滞。
一般車もソンテオ(乗り合いトラック)も1ミリも動かない。しかも渋滞の
救世主でもあるモトサイ(バイクタクシー)すらどこを探しても見あたらない。

仕方なくトボトボとパタヤターイ道路から宿泊しているパタヤカーン道路まで歩く。
明日はゴルフだぞ。折角温存していた体力がこんなとこで使うとは思いもよらなかった。
はぁ〜、それにしても遠いなぁ



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asia_jiyujin at 08:26|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 13, 2010

第1986回「幸せの祝結婚メール」

1987「和恵結婚式」

8月8日【成田】
N氏の家で真っ昼間からダラダラ飲んでいた時に、
「3人でエジプトに行くわよ」と豪語していた山梨のA嬢から、
もう1人エジプトに行く予定だったK嬢の晴れの日の写メが送られてきた。

夜半まで飲んでばかりいたのでメールに気が付いたのは翌朝だった。
写真はなんともK嬢らしく落ち着きはらった華やいだ文金高島田姿。
さすが米国と韓国に留学経験のある女史である。臆することなく
花嫁姿ながら、なんとも肝が据わった笑顔が印象的である。
1987「記念撮影」

おめでとうK嬢
末永く、今の笑顔が絶えない家庭を築いて欲しいものだ。
帰国した時には旦那さんと一緒に甲府でA嬢と一緒に飲もうぜ。

これでまた1人、大学生時代にアテンドした女史が嫁いだ。
さぁ〜て、あとはアイツとアイツとアイツだけだな。
早いとこオイラを安心させてくれろ。

でも、いざ嫁いじゃったら帰国した時に気軽に飲みに
誘えなくなるじゃん。ま、いっか。本人の幸せが一番。
そのうち「孫が生まれたわよぉ〜」って連絡が来るでしょ。

何れオイラも老いる。だから老兵はただ黙って去るのみ。
って、去っちゃダメでしょ。介護をお願いしなくちゃね。
歳取って足腰が立たんようになったら頼んまっせぇ〜

この日の夕方便でバンコクに戻りまする。
K嬢の幸せを南国の愉楽の園から祈ります。



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第1985回「北海道巡礼の旅終焉」

1985「カッキー宅で」

8月7日【千歳】
今年も縁ある北海道の友人知人会員さんや家族を訊ねながら
1ヶ月半の短期滞在を終えて明日の午後便でタイに戻る。
過ぎてしまえばあっと言う間だが、それだけ充実していたのか
はたまた時が過ぎるのがタイと比べて異常に早く感じるのか。

気が付くと白髪の数が増えていた。まるで浦島太郎が竜宮城の
おと姫様からお土産で頂いた玉手箱を開けてしまった状態だ。
つまり短期間で一気に時間が経ってしまったことを意味するのかね。
いずれにしても“愉しい時間”は早く過ぎてしまうのが世の常なのね。

さて、昨日は千歳の旧知の友でもあるK夫婦と盃を酌み交わした。
毎年数人が集まって賑やかに酒を飲み交わすのだが、実は前日の
猛暑で体調を崩した数人が急遽リタイヤするハメに。タイに住む
オイラでも、さすがに昨日は「暑〜い」と感じるほどだったもんな。

で、結局市内の居酒屋でK夫婦と会食しながらそのまま二次会を
自宅に移して“家飲み“になった。酔えばそのまま寝床に直行できるから
当然利き酒状態で4本の青森産の銘酒を飲みまくった。旦那は例年の如く
先に酔いつぶれて御就寝。後は嫁さんとつのる話で盛り上がり夜が更けた。

で、本日は午前中に親代わりのN宅まで送って頂いたのだが、な〜んと
真っ昼間から外の庭にテントを張ってキャンプ状態で飲むことになった。
N氏が作った自慢の冷やし中華を肴に、先ずは冷えた赤ワインで乾杯。

う〜ん、えぇですなぁ〜
灼熱の太陽の下、日陰で冷えたワインに冷えたラーメン。
麺類の炭水化物に意外と合うワイン。徐々に脳がほんわか気分。
あ〜、このマッタリ感がたまりませんわい。

そこへ末娘のS嬢が今年の1月に生まれた赤ちゃんを連れて参加。
寅年生まれにちなんで「琥珀」と命名。因みに姉の子は「ひまり」ちゃん。
双方女子とはいえ、最近は普通の○○子なる名前が少なくなったよね。
1985「琥珀ちゃん」

近年、縁ある方々から「子供が生まれました」とメールが来るが
現代の流行とはいえ、正直ハイカラ過ぎて全ての名前を正確に覚えきれない。
そう言う意味では度々このブログにも書いている「妃奈子」と「倫太郎
はまさに記憶に残る名前の1つだな。

はたして来年帰国したときに「琥珀」ちゃんの名前を覚えているのだろうか。
さて、そんな琥珀ちゃんですが、なんでも3歳までに脳が構成されるからと、
アメリカに留学経験のあるS嬢は、なんと英語の絵本を読み聞かせしている。
へぇ〜、オレがガキの頃なんて毎日野山を駆けずり回っていたけどね

1985「ママ特製お好焼き」


ほどなくして、奥様がご自慢のお好み焼きを作り始めた。
その時、奥様の実家がある岩手県から生のウニが宅配されてきた。
お〜まいごっとぉ〜、なんてタイミングがいいことでしょ
1985「久保田で乾杯」

ワインが底をつき、お次はオイラが好きな銘酒が目の前に置かれる。
新潟の銘酒「久保田」の千寿に岩手産の「生ウニ」が並ぶ。
うぉ〜、なんちゅう幸せの極みでしょ。ありがとう御座います

夕方、近くに住む我が息子がバイトに行く途中に顔を出した。
おう、丁度良いとに来たね。お好み焼き食べていかんか
ちっちゃい頃はNご夫婦にも遊んで貰った息子ですが、さすがに記憶は薄い。
「どうもご無沙汰しておりました。ご馳走になります」
20歳になった息子は極めて丁寧な挨拶をしながら入って来た。

S嬢が琥珀ちゃんを抱きながらえらく感心していた。
「すごく好青年よねぇ。私が20歳の頃はちわー、だったもの」
幼い頃から大人に交じって生きてきた環境故に、その大人びた
言動や感情がクールすぎて素直に喜べないでいる。

ま、暴走族に入ることもなく勉学とスポーツに明け暮れていた
息子ですが、感謝すべきはやはり元嫁である。だが、実を言うと
息子とオイラは未だに「かあちゃんは怖いよな」と異口同音しているのだ。
1985「親子で」

偉大なる母親である元嫁。シングルマザーでここまで育てて頂きまして
感謝の念に耐えません。出来ることなれば早く息子に恋人が出来て
一緒に会食できることを切望する父である。

さて、陽が暮れて夜になってもだらだら飲んでいたら
いつの間にか晩ご飯の時間になった。もちろん米よりも液体の山形県銘酒の出羽桜。
そこにN氏がさばいた鰹の刺身が登場。通常カツオはタタキが主だが、
これも岩手から1本まんま送られてきた産地直送魚で御座います。

う〜、もう食えない。もう飲めない
と思っていたら、意外と箸が進む。
ふむふむ、こりゃあ〜タタキよりもうめぇや

それにしても、すでに8時間以上は飲み続けている。
ふ〜、このケジメのないダラダラ感が妙に幸せに感じまする
たぶん、これをお読みの方々は「あんた毎日浴びるように
飲んでいるでしょ」と思われているでしょう。
(現にご心配されている友人知人から数通のメールが届いている)

その通り。胃カメラ検査前日以外はほぼ毎日飲んでいた。
もしかして、アルコール依存症か中毒になったんじゃないのかな。
いや、多分単なる酒好きの愛飲者でしょ。

その証拠にタイに戻ってからは一滴も酒を口にしていないしね。
因みに帰りの飛行機では赤ワインを3本も開けちゃった。
やっぱり依存症なのかね。



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asia_jiyujin at 06:25|PermalinkComments(2) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 12, 2010

第1984回「札幌滞在最後の晩餐」

1984「テレビ塔」

8月5日【札幌】
とうとう札幌滞在最後の日になった。明日には千歳に移動して2日間滞在。
翌日にはタイに戻る。随分長いこと居たような気がするが、実際仕事もせずに
1ヶ月半ものんびりマッタリしていれば、さすがに心の何処かで罪悪感に
苛まれる。ま、これが時遊人的生き方だから素直に甘んじておりまする。

さて、札幌滞在初日に晩餐に誘って頂いたW氏が札幌最終日にも誘って頂いた。
今宵は三度東京からM氏とI氏を誘っての晩餐会。文字通り「最後の晩餐会」。

場所はススキノ歓楽街からちょっと離れた地区にある創作料理店のG。
店には片山晋呉などプロゴルフ選手やダルビッシュなどの日ハムの選手も
頻繁に訪れる知る人ぞ知る隠れた名店である。壁には有名選手のユニホーム。
1984「じゃんぼ店内」

毎年帰国する度にW氏に連れて行って頂いているのだが、昨年はこれ以上の
塩ラーメン”にはお目に掛かったことがないほど極旨の究極の裏メニュー
あさりラーメン”に巡り会えた。今回も最後の〆には出てくると期待。

今宵の銘酒は北海道産の“国稀”。肴は大将自慢の創作料理に始まり
まだ季節も夏だというのに焼松茸が出て来た。次いで釧路産のプリプリ
ししゃも。どれもこれも胃袋(ないけど)が小躍りするほどの絶品である。

う〜ん、しあわせでござる
1984「国稀で」


1984「松茸」


1984「釧路産ししゃも」


で、最後の〆に「じゃぁ〜ん」絶品の“あさりラーメン”登場。
これです。これ。ほんにこげな旨かラーメンば食ったことがなかけんね。
口の中でじわ〜とあさり独特の旨味が広がり喉元を過ぎるときには
これまた北海道麺独特の香りとコクが味の深みを増して流れていく。

1984「〆の極上あさり拉麺」

くぅ〜、旨い

さて、最後の晩餐会を堪能した後はお決まりのススキノへ繰り出す。
行った店は、昨晩エレベーターで顔を合わせちまったR嬢がいる店。
正直あまり会いたくないけど、律儀なオイラとしては“ゆめぴりか
の御礼を直接伝えねば。(本当は行きたいんだろ。心の陰の声・・・)

さてさて、この続きなんですが・・・。
確かに店には行ったはず。そしてR嬢が横に座ったような気もする。
で、その後ハシゴしたらしいのですが(キャバ嬢の名刺だけがポケットに)
またしても酒に酩酊してしまい不覚にもあまり覚えていないんです。

翌日、R嬢からメールが届く。
最後のサプライズありがとう
今回も恋花が咲くこともなく札幌を後にした。

札幌滞在中にお世話になった方々に改めて感謝。(特にW氏には)
因みに1カ月半で体重が2キロも増えちゃいました。



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asia_jiyujin at 15:37|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 11, 2010

第1983回「不況知らず好調社長」

1983「不況知らず好調社長」

8月4日【札幌】
この不況の時代に好調を維持している某業界の若い社長がいる。
タイも含めて韓国やハワイなど年中いろんな国を旅行している。
数年前に札幌のJALの友人から紹介されて社員のタイ旅行の
アテンドをさせて頂いてから妙に深〜い“腐れ縁”となった。

で、そのT社長が昨日までギリシャを旅行していたらしく朝早くに
電話がかかってきた。「帰って来てるなら連絡してよ。
冷たいなぁ藤岡さん。タイに帰る前に呑もうよ」と誘われた。

ここ数年、日本に帰国して会う人の殆どが「儲かってまっせぇ」
などと言う景気の良い話をする人は極稀。30歳代で会社を創設し
財界誌にも頻繁に掲載になるほど絶好調の実力ある豪快な人だが、
仕事も人一倍するけど遊びも半端じゃない。札幌に本店を置きながら
その後、本州に進出。横浜、広島そして昨年は仙台にも支店を出した。

それだけ支店が多いと出張も多い。しかも酒とカラオケが好きだから
行く先々で全国の名産物を口にしているらしい。酒の飲み方も豪快。
ただ社長故の悩みも多いらしく、呑んだときは従業員にも言えない
不満や愚痴はオイラが聞き役になる。

この日も1軒目の居酒屋が終わると共に「次行くよ」と二次会へ流れる。
行き先はクラブ、キャバクラ、カラオケとその時の雰囲気で千差万別。
タクシーで乗り付けて降りると「あれ、このビルって・・・
先日北海道産“ゆめぴりか”をホテルまで持って来てくれた
R嬢が勤めている店があるとこじゃん。正直あまり会いたくない。

えっ、まさか8階・・・
エレベーターに乗った瞬間に社長が押す階のボタンをジッと見入る。
社長が押したのは9階。「はぁ〜、よかったぁ〜、くわばらくわばら」
1983「1人目のキャバ嬢」


髪を結った着物姿のキャバ嬢が多数在籍しているこの高級クラブは
“襟足フェチ”のオイラにとって一気にモチベーションが上がった。
右も左も多種多様のアップした髪型から細いうなじが見え隠れしている。
おまけに隣に座ったキャバ嬢がこれまた浜崎あゆみばりのショートヘアー。

1983「和服うなじ」


1938「襟足」


1983「うなじ美人」


1983「襟足美人」


1983「襟足片袖」



おぉ〜、なんちゅう至福のえぇ店やないんか〜い

こりゃあ盛り上がらずにはおられんまへんわい。
普段では滅多に唄わないオイラも、ついデュエットを熱唱。
で、このT社長さん。なんとお盆にファミリーと義兄妹を
引き連れてタイに遊びに行くとのたまうではないか。

「藤岡さんも来てよ」酔った勢いでついT社長の誘いに何も考えずに
いいっすよ」と快諾してしまった。でも、だが、しかし、である。
バンコクに戻ればチョモランマのように仕事がいっぱい溜まっている。

ま、いっか

で、愉しいひと時を過ごして店を出てからエレベーターに乗る。
ところがエレベーターが8階で止まりドアが開いた瞬間心臓が止まった。
げぇっ、Rちゃん
目の前にお客様を見送りに来たR嬢とバッタリ目が合ってしまった。

「・・・・・・・・・」



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asia_jiyujin at 07:31|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう