April 2011

April 29, 2011

第2117回「GWの間際になって」

2117「とんぼ」


先日、我が家のベランダにトンボが舞い込んできた。
ゴルフ場で赤とんぼを見たことはあるが、都会で見たのは
これが初めてだ。赤トンボが多くなれば時期に季節は秋。

「赤とんぼ、羽を取ったらアブラ虫〜

つまり雨季が近づくと言うことだが、暦上ではまだまだ真夏。
と、思っていたら先日の夜半にバケツをひっくり返したような
ゲリラ豪雨のスコール。ま、涼しくて良いけどおかしな天気だ。

2117「スコール」


さて、ゴールデンウィーク間際になってから突然東京の友人や
マスコミ関係者たちからの訪タイメールが相次いでいる。

「4月28日からタイに行きます。今回は彼女と一緒に
サムイ島でバカンス。時間があったら晩飯でも・・・」

「4月29日の夜便でバンコク入りします。3日後に
プーケットに行きますので翌日にランチでも・・・」

「突然ですが5/3〜5/9の日程でタイに行くことにしました。
バンコクでお時間が合えば軽〜くメシでも行きましょう」

毎年GWに訪タイしていた札幌のVIP様は、ここ数年はバンコク
騒乱や新型インフルエンザなどの問題が発生して来ていない。
関東圏も同じ理由でリーマンショック後の訪タイはない。
だから今年のGWも訪タイ者はないだろうと思っていた矢先に
上記の訪タイメールに、いささか微笑んでいる自分がいる。

ま、基本的に“来る者拒まず去る者追わず”のを大事にする
オイラですからいつの時期でも訪タイは熱烈歓迎。

だが「この時期にマスコミに携わっているモンは、連日大震災後の
取材やら福島原発で天手古舞いしとんのとちゃうの
」と察したのだが、
さすがに「今は日本を離れて僅かな時間でも癒しが欲しいんですよ
と心底から嘆きの声が。

すでに放射線物質を大量に浴びているであろう彼は、死期が早まるのを
自ら承知しながら限りなく現地に近いところで自分の使命に燃えていた。
「誰かが映画アルマゲドンのブルース・ウィルスになんなきゃ」って。

タイに来たからって突如寿命が伸びるとは思いませんが、
極度の緊張感から脱却するには最適の場所でしょう。
でもね、揃いも揃ってみんなタイ料理が大好きな人たちなんです。
タイ料理が大の苦手なオイラは、やはり酒の量が増えるのね。

日本旅行業協会によるば、JTBなどの日本の大手7社のタイ行
パッケージツアーの予約状況が前年同月を100とした場合に
4月65・2、5月62・7だったそうである。
第1四半期の1月74・4、2月77・1、3月77・4だった実績に
比べて明らかに低下しているのが分かる。GWは1つの山場だね。

ま、連絡があった3組とも彼女や奥様連れのカップルである。
特段オイラがアテンドする必要もないベテラン組さま故に
たまには仕事抜きで南国のマッタリした風に吹かれながら
ゆっくりのんびり美酒を酌み交わしたいものです。

2117「味噌汁」


またまた味噌汁を作ってみました。
中身の具はさやエンドウとジャガイモと椎茸。
見た目も味もまあまあ合格点でおましたわん。



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asia_jiyujin at 04:51|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

April 26, 2011

第2116回「サメット島反省記」

2116「1サタンボート」


VanillaのN店長から先日サメット島慰安旅行に行った際の
オイラが写っている画像を頂いた。自分を被写体にしても
対価にもネタにはならないからここ数年の写真は滅多になかった。

へぇ〜、オレってこんな感じなの

2116「2サタンのみ」


2116「3リー島袋


改めて見るとまるで栄養失調でガリガリに痩せた越境難民か
はたまたタイ限定販売のラープ味ポッキーのような体系じゃん。
最近知り合った人が見れば、オイラが5年前まで80圓
メタボ体系だったとは夢にも思わんだろうな。

それにしても貧弱そうな体系じゃのぉ

「痩せていると貧相に見えるから太った方が良いよ」と
顔馴染みのタイ人たちは言うけれど、これが中々太れない。
確かに美女を引き連れて歓楽街を闊歩する輩にはデブが多い。
何処から見ても如何にも“金持”に見えるもんな。

それはさておき、フィルム時代の昔と違って今やデジタル化
された画像は何度でも撮り直せる事が可能であり、また画面が
ブレたり気に入らなければ瞬時にデリートできる文明の利器。

しかも機材は小さくても十分対応できる優れた機種も豊富だ。
素人が撮ってもオートにセッティングしておけばそれなりに
プロっぽい写真も撮れたりする。

強いて玄人との違いをあげれば、被写体のアングルやフカンを
客観的に判断してシャッターを押す事だが、実は一番欲しい
画は偶然的な屈託のない自然の笑顔。これが超難儀。

2116「4人写真」


元々は物書者であり、プロを目指したカメラマンではない。
かといってやはり紙媒体としては写真の掲載は必須である。
かつてインドシナ半島や東アジアのアンダーグランドを探索
しながらその国の底辺を取材しまくっていた時代があった。

インパクトのある写真をさらに読者の心に強いイメージを与える
為に強烈で衝撃的な表現や譬喩のある言葉で纏めるのかお仕事。
それが出版社に持ち込んで記事になればおマンマが食える。いつの
世もフリーランスは自由と引き替えにリスクも背負っているのです。

ま、迫撃砲や銃弾が飛び交う最前線で生死を掛けながら撮影している
戦場カメラマンとは比較にもならないジャンルだが、それでもそれで
飯を食わさせて頂いている以上はプロとしての意識と責任がある。
妥協すれば限りなくボツになる確率が高くなる厳しい業界なんです。

2116「5バナナボート」


な〜んてもっともらしい事を言っておりますが、今や危険な場所に
行くこともなくなり、ネオン煌めく華やかな最前線で長年このお仕事を
させて頂いていると出版社の鬼編集長がどんな写真を望んでいるのか
(=読者が喜ぶ画)またボツになる写真が分かるようになった。

掲載するページに載せる写真には限界がある訳だから、
何がメインでどれがサブになる写真か考えながら撮る。
必要以上に枚数を撮っても所詮使われない可能性が高い。
無駄や無理が嫌いなオイラは絶対に満足出来る写真だけを
10枚以上撮れた段階で、一気に緊張感を解放していく。

実は自分でも気が付かないうちに斬新的なグッドショットを
撮るまではかなり緊張しながら被写体を追い掛けている。
体力が続けばいいが、後は自分との葛藤になる。

撮り直しが出来るシチュエーションならいいけど、
仮に一発で撮れたら一気に気持ちが高揚してしまう。
そこに酒でも入ればその時点で仕事モードはオフになり
モチベーションも一気に下がる。

さ、今日のお仕事は終わり。呑みましょう

最初のアルコールが喉を流れる瞬間に生きている実感が湧く。
星空の綺麗な夜空の下、ざわめく周囲の音が波音に消され
やがて酔心した心地よさと共に深い眠りに誘われていく。

う、さむっ。こら何してんねん

いつの間にかV娘にアロハシャツを脱がされていた。
だが、酩酊した頭が筋肉に指令を送れずに起き上がれない。
気が付けば無数のフラッシュがたかれていた。

2116「オレ寝る」

【暗闇の向こうで何かを企んでいる小悪魔V娘がいる】
2116「オレ脱がされる」

因みに赤や黄色の花は刺青では御座いません

2116「おんぶしてポッキー1」


2116「おんぶしてポッキー2」

水に濡れたくないV娘をおぶって船上へ


【人生の意味】や【仕事の意義】は案外こういう人と人とが
触合う取材から気付かされたり教えられることが多いもんです。
海に溺れることなく酒に溺れた身を反省しながらN店長様
今回もありがとう御座いました。愉しい取材でした」深謝。

2116「味噌汁」

【さやエンドウとカボチャの味噌汁を作りました。なんまら旨いっしょ】


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asia_jiyujin at 04:15|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 25, 2011

第2115回「己に納得できる人生」

2115「4人写真」


先月、東日本大震災前に訪タイしてロッブリィ県にある
AISDホスピスのプラパナンプ寺でボランティア活動に
来たS看護大学のH美が再びタイにやって来た。

前回は友人等3人とだったが今回は1人で2週間ほど
滞在してゴールデンウィークが過ぎてから帰国する予定。
昔からマザーテレサやナイチンゲールのような心優しき
志の子たちが世界各地からこのホスピスに集まってくる。

かつて看護士や介護士を目指す福祉系の学生等を毎年のように
アテンドした時代もあったが、さすがに大病を患ってからは
殆ど疎遠になっている。もう老兵のオイラが出る幕じゃない。

志ある者は自ら道を切り開いていけるもんだ

で、あろうことか前回同様夜便で到着してそのまま空港内で
朝を迎えてからローカル電車でロッブリィに向というのだが、
前回は4人である。女が1人だけで夜を過ごすにはちと危険。

遠慮はいらん。空港着いたら我が家に泊まって行きんしゃい

かつてインドを2年も旅していたヤツだから、さして心配は
してなかったけど、メールで一度襲われてレイプされそうに
なった話を聞かされれば黙ってる訳にはイカンでしょ。

近寄りがたいヒッピー風のオーラを出し、どっから見ても長期
バックパッカーの恰好をしていても一応20代の若き乙女である。
タイに来た友人や知人が事件や事故に巻き込まれるのは極力避けたい。

と言うことでTAXIに乗って夜1時近くに我家に着いたH美だが、
相変わらず人を寄せ付けない独特なオーラを周囲に発していた。
待ち合わせの場所に迎えに行くオイラの前を歩いていた
近所のホームレスより遙かに威厳がある恰好と風格だった。

よ、H美。お待たせ
「あぁ〜〜〜〜Jさ〜ん」
って、お前かなり怪しい人物に見えるぞ

2115「日本から救援物資」


先月と同様最新の雑誌や日本食材の救援物資を買って来てくれた。
で、またしても重いのに与那国島産の43度の泡盛「どなん」に
今尚原発が収束しない福島県産の辛口銘酒「花泉」を手土産。

おぉ、重いのにありがとね

ナンプ寺で知り合った西洋人には日本のアサヒスーパードライの
缶を買ってきたそうだ。でも、タイのコンビニでも売ってるぞ。
さらにオイラの大好きな赤ワインも持参。で、我が家にはジョニ黒が。
ウィスキーにワインに日本酒に、おまけに与那国の泡盛である。

2115「銘酒」


こりゃあ、呑むしかないべぇ

で、2,3時間ほど呑んでから彼女は就寝。オイラは酔ったまま
朝まで執筆作業しているウチに例によって記憶は闇の彼方へ。

翌朝、H美は爆睡しているオイラを気遣って1通の置き手紙と
1枚の写真を置いて自らの目的地に向かって部屋を出た。
その日の夕方、彼女から1通のメールが届いた。律儀な子や。


Jさん
お疲れさまです。H美です

今朝はろくにご挨拶もせずにバタバタと出ていって失礼しました
(手紙と写真を机の上に置かせて頂きました)
もう本当にお世話になりました
これまでのことがあったにも関わらず、おもてなし頂いてとても嬉しかったです
(中略)
いっぱいお話を聴いて、いっぱいJさんの優しさを感じて、胸がいっぱいです
本当に有り難うございました

お寺の方々は私の名前まで覚えていて下さっていました
明日からのワークに備えて、今日はもうゲストハウスに帰ります
取り急ぎご連絡まで
H美

あ、まだJさんにお渡ししていないものがあったのですが、後の祭ですだ



危なかしいヤツだけど何故かちゃんと目的地には着いているんだな。
やはりただもんじゃねぇ。んで、渡してないものって「なんじゃい

縁があって知り合った以上は、応援してやるのが人生を先に生まれた
もんのせめてもの努め。「頑張れ」も「努力しろ」とも言わん。
ただ、自分に納得出来る人生を歩んでくれろ。人生は一回限りじゃ。

因みにオイラの左右の目は1.0に・・・、ちゃうちゃう。座右の銘は
後悔するならやってから後悔しろ。その方が自分の人生に納得出来る
である。人間やれるときにやっとかんとさ、一生涯悔いが残るからね。



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asia_jiyujin at 03:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

April 24, 2011

第2114回「福島原発の影響が」

2114「原発救助隊」


東日本大震災後の福島原発による放射線物質漏問題で
俄にバンコクのスワンナプーム国際空港での手荷物
チェックが厳粛化しているらしい。

サツマイモやウドなどの野菜類だけならまだしも
やがて手荷物や人間そのものの検査が厳しくなれば
当然入国拒否も考えられるだろうな、と友人は言う。

もし、そうなれば来週から始まる日本の大型連休の
ゴールデンウィークは1つの山場になりそうだ。
仮に1人でも放射線物質が基準値を上回っていれば
いや、タイの場合は僅かな数値でも入国を認めないだろうな。

ヤバイねぇ

2114「スワンアプーム空港の画面」


数ヶ月前からスワンナプーム空港の2Fアライバルロビーには
A〜Cの各ゲートから出てくる乗客の姿が見られる巨大モニター
が設置された。これは意外と便利だが見のがしたら大変じゃ。

因みに、タイ観光省によると1月1日〜3月末までに
タイを訪れた外国人が前年同期比15%増の536万人と発表。

1位マレーシア人で58・9万人(前年同期比14・7%増)
2位中国人43・3万人(同29・5%増)
3位日本人32・3万人(同5・8%増)
4位ロシア人31・1万人(同43%増)
5位韓国人28・5万人(同18%増)
6位英国人25・1万人(同1・6%増)
7位ラオス人22・3万人(同38・4%増)
8位ドイツ人22万人(同0・3%増)
9位米国人20・9万人(同11・5%増)
10位スウェーデン人20・6万人(同23・3%増)

最近の新聞や雑誌を見れば「急増」「増産」「輸出増」など
2年前の米国リーマンショック後の経済低迷期に見られた
減少」「減産」が紙面を埋め尽くした状況とまるで逆だ。

昨年の赤シャツ軍団によるバンコク騒乱時もかつてないほどの
低迷を乗り越えながらもようやく秋期から景気が回復したばかり。

今年こそは・・・

と、期待しながら順調すぎるほどの好景気が続いていたように見えた
のだが、その矢先の東日本の大地震、津波、そして福島原発の爆発。
日本からの輸入部品が届かず車関係の操業が週3日になった工場もある。
再び「」の文字が新聞紙上を埋めるのだろうかね。

果たして来週からのゴールデンウィークにどれほどの日本人観光客が
訪タイするのだろうか。放射線物質による入国拒否がなければいいのだが。

2114「プレイガール」


2114「オレンジ」


2114「どうぞ」


2114「バカラ」


2114「みそら」


2114「ムーランルージュ」


さて、ソンクラン前に帰郷したキャバ嬢たちがしばらくバンコクには
戻って来ないだろうと想定して事前に取材を先行していたのだが、
やはり先週のタニヤもスクンビットも閑散としていて淋しい状況だった。
タニヤ通りの客引きたちも浮かぬ顔で挨拶。

「いやぁ〜、全然人が歩いてないよぉ」
ま、来週からのGWに期待するしかないっすね
「どうなんだろうな。地震や原発で海外旅行を自粛する人が多いだろうな」

確かに2006年12月26日に起きたスマトラ沖大地震による大津波で
プーケットが被災したときも日本からのキャンセル客が相次いだ。
被災したのはアンダマン海沿いの県であって首都のバンコクではない。

それでも「こんな時期に不謹慎でしょう」と家族や周囲から反対されたそうだ。
こんな時期だからこそ現地に金を落としてあげるのが復興の早道と違うのかね。
下手な自粛はそのまま経済の低迷に直結する。果たして海外旅行が被災された
方々に多大なる影響を与えるもんかね。日本人はこういうのに弱いよなぁ。

ゴールデンウィークに金を使わんといつ使うねん


まぁ、これで昨年と同様当面は訪タイ客がなくなるなと思った矢先に、
先日我が家の近くのBTS駅で偶然に元GダイのT氏と会った。
日本に本帰国してからはおそらくは2,3年ぶりの再会だろうか。

日本からの取材で1週間ほど滞在していたが、何となくトンロー辺りで
オイラとバッタリ会うような気がしていたと本人が吃驚していた。

「うぁ、吃驚したぁ。ホントに出逢えちゃった」
あれぇTさん、ご無沙汰してました。元気でしたか
「藤岡さんこそ身体は大丈夫なの」
えぇ、お陰様で元気でやってますよ

首都圏に住む彼曰くは、今の日本はTVやマスコミが発表している記者
会見よりももっと悲惨な状況だと言う。被災した東北の工場の中には
紙媒体も含まれ、我々のような出版業界も少なからず影響が出ていると。

「おそらく復興には5年や10年は掛かるんじゃない」
5年っすか・・・でも福島は

東北の津波の被災地は5年や10年で復興できるかもしれないが、
福島は原発を廃炉にしても地域の復興には数十年掛かるだろう、と。

「今は日本に帰ってこない方がいいっすよ」
「(僕の)帰国は6月末の予定ですから
「それでも東京には近づかない方が念のためだよ」

関東地方の帰国周遊は秋頃を考えていたが、
果たしてその頃までに原発は収束しているのかしら。
ま、現状を見る限りではかなり難しいやろな。

異国に住んでいればTVや新聞でしか現地の状況を知り得ない。
しかも上辺だけの情報だから、全ての地区を把握することは皆無。
実を言うともっと違う角度から知りたい裏の情報がある。例えば
被災地で不法就労していた外国人の実態とかね。

「今度I市のタイ人パブでも取材してみるかな」と。

10年前、無名のオイラを発掘して出版界にデビューさせてくれた
恩あるT氏。帰国してから2,3年後に結婚した噂は流れていたが
食生活が安定したのか少し太った。だが相変わらず目力は健在。

じゃまた

復興作業」


ところで、先日メコン基金の事務局からようやく仙台の会員さんたち
全員の安否確認が届いた。メールしてからもう1ヶ月以上も経っていた。

仙台市若林区・名取市は津波で未だに不明者が多いのですが、地震後に
名取市のIさんと連絡がとれて大丈夫だと言うことと、新しく会員に
なった名取市の3人と仙台市の2人も無事だとの事でした。
またAさんは市内でもあり地震被害もないとの返事でありました。


被災車」



あぁ〜、良かったぁ

一番安否が知りたかった今年親子でスタディツアーに参加された
Iさんや、会員になられたばかりの名取市のAさんたちや他の
会員さんたちの安否が確認できてやっと安心できた。

特にIさん宅には宿泊したこともあり、Aさんたちとは名取市の
居酒屋で一緒に呑んだ仲である。仙台空港にも送ってもらっている。
海から離れていたあの空港が津波で冠水したとは想像も出来ない。

津波で壊滅的な被害受けた名取市の施設や街の復興にはかなりの時間が
掛かるだろう。もちろん他の地区でも同じだが、何はともあれ一度はタイで
お会いした会員さんが無事で良かった。これでオイラと縁がある東北地方の
友人知人全ての安否が確認できた。生きてくれていたことを神様に感謝。

ありがとう御座いました



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asia_jiyujin at 02:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 23, 2011

第2113回「健康的タイ食生活」

2113「sパパ」


ミーン、ミーン、ミ〜ンジッジー、ジー、ジッジ〜

帰路の途中、大きな木枝から聴こえる夏の風物詩。
今を旬に精一杯に両羽を擦るセミたちの鳴き声だ。

あまねくソンクランが過ぎて本格的な猛暑に入ったタイでは
日中の外気温が40℃を超える猛暑の季節になる。APTを
出た途端にまるで巨大な蒸し風呂に入った感覚になる。

くぅ〜あづい〜

首筋を滴り落ちる汗に、額から流れ落ちる汗。
体温より外気温の方が上回る暑さなのである。
ちょっとした低温サウナだ。

そんなクソ暑い時間帯に外出するのは、エコブームの
現代では自己エネルギーの無駄な放出としか言えなくもない。
だから必然的に陽が落ちた夕方からの外出が多くなるわけで。

そこに冒頭のセミの大きな鳴き声に気付くのだ。
陽が落ちてから急に鳴き声の音量が大きくなる。
まさに“真夏のタイ”を再認識させる瞬間だ。

地上に出てから僅か1週間の儚い命。
例えて言えば月曜日に地表の顔を出し
日曜日までには子孫を残して使命を終える。

その1週間を人間で例えれば、オイラの50歳代の人生は
金曜日辺りなのか、それとも既に土曜日に入っているのか。
さすれば与えられた使命を一生懸命全うせんとイカンと再認識。

それにしても・・・あづ〜ぃ

因みに先日V店の慰安旅行に同行したときに、行きの車の中で
日本人スタッフのSパパが自ら作った煮物の手弁当をご馳走になった。
昆布と椎茸の煮物なのだが、これがなんまら味が濃くて旨いのだ。

うぉ〜、めっちゃ旨いっすね

人は見かけによらないもんです。あまりにも旨かったので作り方を
レクチャーして頂き、旅行から帰って来てからスーパーで昆布と椎茸を
Sパパに選んで貰う。これだけでは量が足りないので輸入青大根も購入。

Sパパが教えてくれた醤油にみりんに砂糖の黄金比。
ところが我が家にはみりんと白糖が無かったので
日本酒と液体の甘味料を入れて煮込んでみた。

2113「煮物」


ん〜む・・・

食べてみるとSパパが作った極旨煮物とは
遙か7千万光年ほど遠い味だった。

こりゃ、何度か作らんと同じような味にはならんわな

普段は朴訥で穏和なおっちゃんのイメージのSパパですが、
実は、かつては異国の海を渡り歩いていた海男の関西人だとか。
サメット島の海でジェットスキーにV娘たちを乗せて滑走する
姿はまるで若き日の加山雄三に見えた。

かっちょえぇ〜Sパパぁ

ま、それはちょっと褒めすぎだが、料理も海男の姿も
意外な人間性を垣間見た瞬間。男に歴史有り。
煮込み料理が出来る男はリスペクト出来まんな。

因みに先日某フリー誌に味噌汁で長崎の原爆症を乗り越えた
というコラムを読んだ。ネットでも同じような情報を発見した。

直接原爆に被爆した訳でも福島原発に被曝した訳でもないのだが、
なぜだか急に味噌汁が食べたくなりSパパが推奨する赤味噌を
買ってジャガイモと玉葱と大根を入れて作ってみた。

おっ、旨いやんけ

2113「味噌汁」


これが思った以上に旨味があり美味しくて感動した。
やはり日本人って味噌汁とタクワンが安心の味なのね。

実は、最近新しく売り出された地元産の納豆にハマっている。
酒を断ち夏バテ防止に健康的な食生活を心掛けておりまする。

ん、なんかオレ健康オタクになってねぇか・・・



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asia_jiyujin at 23:13|PermalinkComments(2) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

第2112回「ビバ!サメット島2」


2112「9オイラとポッキー」


V娘たちのビキニ姿の写真をアップしなかったら
彼方此方から苦情のメールが舞い込んできた。
2ヶ月後のA雑誌を買って読んでくれろ、と思ったが
熱烈なファンのために一部の写真を掲載致します。


灼熱の太陽が容赦なく降り注ぐ南国のビーチリゾート。
クソ暑くなる前に撮影を終わらせるべく全員ビーチに集合。
最初はしおらしくグラビアアイドルばりの撮影・・・、ん。

こらこら、君たちビキニになんなきゃ読者が納得せんだろ

2112「11ビーチ撮影」


2112「12戯れる」


2112「13水と戯れる」


1人、2人、おもむろに上に纏った布を脱ぎ、本格的な撮影モード
に突入するも、ここら辺が日本のモデルと大きく異なる思考回路。
海と戯れるは一向に構わんのだが、折角の化粧が水で禿げていく。

日本人なら絶対に顔を濡らさないようにするのだろうが、
ガキのように戯れるタイ人たちの顔はすでにスッピン状態。
被写体としてはNG。とても写真としては掲載できるもんじゃない。

せめて定番のバナナボートに乗るまでは化粧美人でいてくれよ。
そんなこちら側の要望もお構いなしに今度はジェットスキー。
しかも8人がバラバラに行動するもんだから、あっちに走って
パチリ。こっちに戻ってパチリ。ビーチの端から端を右往左往。

2112「14カメと」


2112「15バナナボート」


2112「16メージェット」


2112「18サタンと」


2112「19いざ海へ」


くぅ〜、あづぃ〜。はぁ〜、アカン。限界じゃ

に、しても若いV娘たちは底抜けに元気じゃい。
オイラは部屋に戻ってシャワーを浴びて夕方まで爆睡。

2112「20ディナー」


2112「21ディナー2」


今夜のディナー会場は先ほどまで駆けずり回っていたビーチ。
定番のカオパットに焼きエビや肉や野菜のバーベキュー。
ビールを呑むのは日本人の2,3人。オイラのためにと
N店長が用意してくれた幻の焼酎をロックで乾杯。

波の音が心地良い。案の定、途中で睡魔が襲ってきた。
波が押し寄せるビーチ沿いでV娘たちが自らのカメラで撮影。
空を見上げればバンコクでは滅多に観られない星空が。

きれ・・い・・じゃなぁ・・・

気が付いたら上半身脱がされて写真を撮られていた。
こら何をしとんじゃい」と怒りつつも起き上がれない。
アキまへんがな。神楽で泥酔した状況と同じじゃねぇか。

早々に部屋に逃げ帰り再び朝まで爆睡。V娘たちはビーチ沿い
のファイヤーダンスショーや野外ディスコで盛り上がっていた。

「お早う〜」

翌朝、爽快に目覚めるも時間は8時半。
V娘たちはまだ起きてきそうにもない。
N店長に誘われてビーチ沿いのレストランでブレックファースト。

2112「22街中」


食後に初めて来たサメット島の街中を探索するも
お決まりのタツゥー屋さんにレンタルバイク屋に仏教寺院。
それとコンビニがあるくらいで特に記するものもない風景。

2112「23ソムタム」


10時すぐに起きてきたV娘たちの朝食は、やっぱりソムタム。
朝っぱらから、ようそんな激辛料理が食えるもんじゃの。

2112「24集合写真」


バッチリ化粧した顔でメインの掲載用の集合写真を撮るも
誰かが目を閉じていたり誰かがあらぬ方向を見ていたり、
まさに全員の最高の笑顔を撮るのは奇跡に近い。

2112「25帰りボート」


2112「26バイバイサメット島」


因みにバンコクでのソンクランの水掛は13〜15日の3日間だが、
チョンブリ県のパタヤやここのラヨーン県は18〜20日なんだとか。
海で水掛け」ビーチで水を掛られてもすぐ目の前が海だぞ。

タイの二大祭りの1つが厳かに終わろうとしている。
今年も無事にソンクランを乗り越えられたことに安堵する。
さて、来年こそは・・・部屋に引き籠もろうっと。



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asia_jiyujin at 05:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

April 21, 2011

第2112回「ビバ!サメット島」

2112「1サメットビーチ」


狂喜乱舞の水掛祭りが終わった翌朝、スクンビット33にある
某パブ店Vの従業員慰安旅行の同行取材でサメット島へ行った。

昨年は、かつては東洋のリビエラとまで称されたパタヤ(今は猥雑で
ヤンキーなファランが集う暗黒街になっちまったが)の離島のラン島
だったが、今回はもう少し南に行った高級リゾート島のサメット。

例によって朝まで執筆作業していたオイラは一睡もしないで朝7時に
待ち合わせ場所に着く。前回はタイ人特有の時間に寛大(いい加減)な
キャバ嬢たちの寝坊で30分も出発が遅れたが、今回はすでにワゴン車
に乗車。遅れて来たのは日本人経営者と日本から来られたその友人だった。

ありゃ〜、社長自ら遅刻ですか・・・

普段から出勤時間などを厳しく言っているN店長としては示しが付かない。
結局20分遅れでバンコクを出発。ソンクラン中は殆ど渋滞もなく
都内の道路は気持ちいいほどの車の流れ。

毎日がこうだといいんだけどねぇ

空は雲一つ無い快晴。照りつける太陽は午前中からすでに猛暑の暑さ。
滑走するワゴン車は、途中モーターウェイのドライブインで朝食を
とってから一気にバンペーまでノンストップ。

はい、とうちゃ〜く

2112「2サタンもアイス食う」


2112「1メーアイス食う」


3時間後にフェリー乗り場に到着したV嬢たちは、ワゴン車から降りた
途端に目の前の路上アイスを食らう。オイラも一口ご馳になるが超甘。

2112「3桟橋」


2112「4モーターボート」


スピードボートに乗る事10分足らず。サメット島の東部のビーチに到着。
着いてすぐにM子がアイスを食らう。「お前さっきも食べてたんとちゃう

2112「5サメット到着」


2112「6看板」


2112「7ボートから下船」


2112「8メーまたも食う」


12時前に到着したこともあり、部屋の掃除が間に合わないので昼食へ。

って、さっき朝飯食ったばかりだろ

食が細いとは言え、見ていると食べているか寝ているかどっちかだ。
確かに日本人のように一度に大量の食物を食べないだけにメタボの
心配も少ないが、それにしてもずっと口の中に何か入れている。



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asia_jiyujin at 20:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 16, 2011

第2111回「タニヤの水掛祭り」


2111「がんばプレイガール2」


ひぇ〜、以前よりも倍増してんじゃん

BTSサラデン駅に着いて改札口を出た途端、駅構内はまともに
歩けないほどの人の数。シーロム通りは歩行者天国でもないのに
人・人・人。だから来たくなかったのだ。人混みは苦手なんだよなぁ。

2111「シーロム通り」

シーロム通り
2111「タニヤ通り」

タニヤ通り

さぁ、どっからでもこんかい

一応、腕時計は外して赤いアロハに短パンにサンダル。
覚悟を決めて戦闘態勢でタニヤ通りの入るも数分後には
水鉄砲の餌食になる。しかも顔には白い粉をつけられる。

2111「水鉄砲1」


2111「水鉄砲2」


2111「水鉄砲3」


2111「水鉄砲4」


「フジさ〜ん。サワディピーマイカー」
ぎぇ〜つべてぇ

カメラ持ってるから水掛けてくんじゃねぇ、と怒っても所詮無駄。
顔馴染みは取材と分かっているから大丈夫だが、ビールに酔った
ヤツ等やガキはお構いなしに水を掛けてきやがるのだ。

ま、無事に帰れるとは思ってなかったけど初っぱなから
ずぶ濡れじゃ先が思い遣られる。一通りタニヤを一周して
何処が盛り上がっているかリサーチする。

ソンクランの3日間は店を休んでいるところが多い中、
田舎に帰郷しない子やバンコク出身の子や、こういうのが
やたらと大好きなヤツ等は挙って水掛に乗じている。

2111「水掛1」


2111「水掛2」


2111「水掛3」


一通り取材を終えて神楽で画像をチェックする。
う〜ん、足りねぇなぁ
タニヤらしい面白い画が少ない。

今度は裏通りも含めてタニヤ界隈も探索する。
普段から取材外の場所は馴染みが少ないだけに
水を掛ける恰好の的になる。お陰でまたもびしょ濡れ。

今度は違う馴染み店に顔を出して休憩。
店内でカラオケを歌う日本人客が数名。
こんな時期でも日本からの観光客がいるのね。
店にとってもキャバ嬢にとっても有り難いことだ。

2111「がんばくすのき」


顔馴染みの店の子たちが東日本大震災復興を祈願して
がんばれ日本】を応援してくれていた。有り難う。

2111「メイプル」


2111「ビーナス」


2111「ピーズ1」


2111「ピース2」


2111「ピース3」


2111「ピース4」


2111「ピース5」


2111「ピース6」


2111「ピース7」


2111「ピース8縦」


さて、三度タニヤ通りを探索して彼方此方でカメラを向ける。
みんなテンションも上がって良い笑顔をしてくれる。

「フジさ〜ん、こっちこっち。撮ってぇ」

メシの種とはいえ、ひょんな縁でこの街を取材して丸5年。
当時は109あった店舗も今は80を切った。淋しいねぇ。
何とかこの街を盛り上げたいと尽力しても1人の力はちっちゃい。

今の東日本大震災のように、みんなが協力して1つになれば
やがてかつての活気や熱気が戻ってくると思うのだが・・・。
いま目の前に写っているのは違う意味での活気と熱気だが・・・。

時間が過ぎる毎に人の数も増えていく。シーロム通りは
さっきの倍くらいに膨れあがっているのだが、いったい
この連中はどこから来て何処に向かっているのだ。

2111「神楽トイレ」


2111「神楽5Bカメ」


因みに神楽が1階の地の利を活かして即席トイレを5Bで提供していた。
これがひっきりなしに人が並んでいる。案外良い稼ぎになっているらしい。
確かにこの状況であれば公共トイレが必要だよね。良案で御座る。

さて、帰宅して今夜中に画像を整理して日本に送らねばならぬ。
「あれ、今夜は呑んでいかんのか」
例によってK社長が酒を誘う。
まだ仕事中っすから

呑めばまた失敗するかもしれぬ。さすがのオイラも学習能力はある。
帰りのBTSの車内は水浸し。乗客のほぼ全員がずぶ濡れ状態だもんね。

はっくしょ〜んう、寒ぅ

アカン風邪引きそうじゃい。車内のエアコンが効き過ぎじゃ〜い。
それにしても狂ってる。来年こそは絶対他国に脱出しようっと。



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asia_jiyujin at 01:35|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 15, 2011

第2110回「全国のソンクラン」

2110「バンコク1」


16年前、最初に水掛祭りを体験したのはチェンマイだった。
当初はこの無秩序で傍若無人な水のぶっ掛けに「よく怒らん
もんだなぁ
」とタイ人の寛大さに感心したもんだった。

当時のソンクラン時期は軽く40℃を超えていたから
水を掛けられると一瞬にして涼を得られて気持ちがよかった。
自ら寄っていって水を掛けて貰った事もあったくらいだ。
(最近は年々気温が下がり水を掛けられると寒いくらいだ)

数年後、パヤオ県に行ったときは、日本語の話せるタイ人と
お近づきになり、その時に掛けられる側から掛ける方になった。
ガキの遊びと舐めていたがこれが思った以上に楽しかった。

こりゃあ、ハマるわい

2110「バンコク2」


2110「バンコク3」


日本から来た友人を連れてチェンライ県に行った時は、知り合いの
タイ人の家に滞在して、ピックアップトラックに水をタンマリ入れた
ドラム缶を積んで1日中街中を走りながら水掛に乗じた。この時は
雨交じりでめっちゃ寒かったのを覚えている。

チョンブリ県のパタヤに行ったときはビーチロードが渋滞して
一緒に行った友人が水掛で腹が冷えたのか急にウンコがしたくなり、
どう考えてもホテルに戻れる状況じゃなかったので、彼はそのまま
車を飛び降りて薄暗い浜辺を走って海の中でケツを出して済ませた。

南部はハジャイやプーケット、スラータニでも体験したことがある。
もちろんバンコクでも水掛のメッカでもあるカオサン通りや王宮前広場。
そして2年前にタニヤ通りに行った時に、まるで民族大移動の如く
数万人規模のタイ人が闊歩して水掛している状況に度肝を抜かれた。

なんじゃいこりゃ

兎に角凄いんです。いや狂っています。酒池肉林。狂喜乱舞。
傍若無人。無秩序。頭の先からつま先までパンツもズブ濡れ状態。
こんな狂った祭りはイタリア(だっけ?)のトマト投合祭りか
毎年怪我人が出る牛追祭りくらいの驚異を感じた。

ひぇ〜、もうえぇわい

以来、ソンクラン中は極力家から出ないで過ごすことにしている。
そこに日本の某出版社の鬼編集長から悪魔の囁きのようなメールが。

「ソンクランの取材宜しくね」

げっ、それってオイラが行くの。他にもいっぱいバンコク在住の
ライターさんがいるでしょ。別に老体にムチ打って身体の弱った
オイラが行かんでも・・・。皮下脂肪がないから寒いのよねぇ。
ちょうどTVを点けると全国各地のソンクランの状況を報道。

そやこれや

2110「チェンマイ1」


2110「チェンマイ2」


2110「チェンマイ3」


2110「チェンマイ4」


2110「チェンマイ5」


2110「チェンマイ6」


2110「チェンマイ7」


部屋にいながら全国各地の水掛祭りの状況が撮影できる。
オレって賢いねぇ。早速各局を回してバチバチ・・・。
む、でもこれってさ。もう1人のオレが耳元で囁く。

何をやっとんじゃオマエは

いやしくも長年いろんな国を歩いて現地で汗を流しながら
必死に取材してきたジャーナリストの端くれだろ。
さすがにTVを撮っていた手を止めた。自己嫌悪。

そんじゃあ、意を決して戦地へ行くべかのぉ

でも、行きたくねぇなぁ・・・。



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asia_jiyujin at 07:56|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

April 13, 2011

第2109回「命あることに感謝」

2109「タイ正月の朝」


サワディピーマイクラップ
みな様、明けましておめでとう御座います。

なんでこんな時期に」と思うでしょうけど、
今日はタイ人が待ちに待ったソンクラン(正月)。
そう狂喜乱舞の無秩序な水ぶっ掛祭りの始まりです。

ちょうど5年前の今日。冒頭の「「サワディピーマイカー」と
オレの病室に民族衣装に身を包んだ子がポンマラーイ(写真の花輪)
を持って入ってきた。その直後、入れ違いに看護士と伴に担当の医師が
入って来て突然「胃癌です」と宣告された日だ。

あれから5年・・・う〜む

胃癌摘出手術後、生存率5年と言われた闘いにとうとう打ち勝った。
毎年帰国して胃の定期検診を受けていたが、それも今年で最後だ。
そもそも「本当にオレは癌だったのか」と言う疑惑をずっと捨てられず
にいたが、さすがにもうどうでもよくなった。兎に角生きている訳だから。

昨日、久しぶりに日本人の友人のI氏に会いに行った。
電話ではちょくちょく話していたが正月前に顔が見たくなった。

どうもご無沙汰してました
「あら、いらっしゃ〜い。顔見るの久しぶりだね」

その際、オレが入院していた五つ星のS病院で2ヶ月前に誤診で
亡くなった日本人の話を聞いてぞっとした。さらに数年前にも
大腸癌の手術を受けた日本人が成功したにも関わらず2ヶ月後に
死んだらしい。まぁ、オレがいたときに332人中常駐の医師は
たった3人。後は彼方此方の病院から寄せ集めた医師軍団故に
誤診や手術の失敗も数え切れないほどあるらしい。

「ほんとフジさんは運が良かったよ」
どうもありがとう御座います。本当にそっすね
「私の知っている日本人であの病院で成功したのはフジさんくらいだよ」
マジっすか

保険があると無いとでは月とスッポンほどの雲泥の差があると
言っても過言ではない治療や検査の内容。まさに拝金主義病院。
旅行中にお腹が痛いと言っただけで「はい盲腸ね」と手術を強要
された日本人は数知れず。どうせ切っても使ってない臓器だからね。

2109「いきなり心電図検査が始まる」


2109「献身的な介護も全て金次第」


5年前の4月10日に入院したオレ。「食道の胸部分に少々違和感が
あるのですが
」と言っただけなのに即検査入院。心電図から始まり
脳波。続いて尿や血液の検査。胃カメラに大腸の検査と頭の先から
つま先まで頼みもしないのに、3日3晩ありとあらゆる検査をした。

つい気になって担当医に訊ねてみると「大丈夫よ。藤岡さんは保険が
あるからお金の心配はしなくていいからね」だった。オレが訊いたのは
そう言う問題じゃなくて、そこまでやる必要があるのかであった。

で、知らされないウチに一番最初にHIV検査をされていた事に驚いた。
よくよく見てみたら英語で書かれた検査承諾書の一番下の欄に
HIV感染者は当病院では手術は行いません】と。さすがタイ国。

2109「プーミン外科医」


3日目の朝に突然何の前触れもなく胃癌の宣告。で、手術は2日後の
15日と笑顔でほざきやがる。この超特急手術日、オレに考える
ヒマを与えることなく為すがままにまな板の鯉状態。どう考えても
早めに手術を終わらしてソンクランでどっかに旅行に行く算段だな。

まぁ、いまさらどうのこうの言ったところで5年も経った訳だし、
幸か不幸か、まだやるべき使命がこの世に残されての現世への生還。
もし、あの時に手術が失敗してあの世に旅立っても真相は闇の中に
葬られたに違いない。そう思えばホントに運が良かったと感謝の念。

さて、2011年のタイ正月を迎えて、改めて1日1日を大切に
しながら、東日本大震災で不幸にもお亡くなりになられた人の分まで
意味のある生き方と人様の役に立つ存在にならんとね。

命があって「元気があれば何でも出来る」だからね。



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