June 2011

June 29, 2011

第2156回「実家は既に地デジ化」

2156「大雪山連峰」


6月26日【北海道美瑛町】

目覚めたのは朝の4時過ぎだった。しかもスッキリ。
昨夜は晩餐会の途中で午後8時前に寝たヤツもいれば、
夜遅く2時近くまで話し込んでいたヤツもいた。

爺になると朝が早いというけどボツボツと何人かが起き始めた。
おもむろにタバコに火を付けながら窓下の景色を眺める。
うっすらと霜が降りて木々の葉っぱが白くなっていた。

おぉ〜、寒いねぇ
「俺はちょうどいいけど」

外気温は8℃。これを“丁度良い”と言う友。オレ的には
絶対無理な気温である。あまりの寒さに耐えかねて温泉に
入りたくなったが営業は午前5時からだった。

さっむぃよぉ〜。はよぉ温泉に入りてぇ

なんだかんだとみんなが起き始める。ファーマーのTはいつも
3時半には起きているらしい。未だシングルの52歳。このまま
未婚で人生を終わるのか。タイに来い。3日で嫁さん探したるから。

「はぁ〜、喉渇いたぁ〜。プシュッ、ゴクゴクゴク」
朝からビールかよ
「うっめぇ〜」
お前、今日車で帰るんだろ
「あ・・・・」
温泉入っていっぱい汗流せよ

起きがけにビールを呑み始めたD。さて、ようやく5時になった。
昨夜遅くまで呑んでいたAが起きないので1人残してみんなで朝風呂。

2156「大雪を見渡せる露天風呂」


神々しい朝陽を全身に浴びてヒヤっとする外気温の中で
露天風呂に浸かる悪友会の6人衆。この日は雲一つ無い快晴。
遠くに雪が溶けきらぬ大雪山連峰が見渡す。

「来年もここでやっか」
「近いし、メシも美味いし、風呂も良かったしね」
決まりなら、オレ来年は旭川空港に降りるけど

2156「晩餐食事」


実は今年も札幌近郊の温泉で開催すると思ったから千歳空港までの
エアチケットを手配してしまったが、来年も東神楽なら旭川空港の
方が便利である。だって、車で10分の距離なんだもん。

昔オイラが千歳にいた頃はゴルフをやってから夜に晩餐をやっていた。
富良野組は刺激を求めて札幌界隈での開催を希望するヤツも多かった。
だが、家庭から極力遠いところを望んでいた富良野組も年々歳を
重ねるうちに面倒になったのか近場を選ぶようになった。

ま、要は温泉があって酒があって美味しい肴があれば
場所は拘らないっちゅうことに行き着いたわけだ。

ホテルを出て車で美瑛の実家まで送ってもらう。
僅か30分足らずで我が家に到着。

んじゃ、また来年な
「おぉ、じゃあな」

2156「地デジ対応テレビ」


家に入って吃驚した。7月24日の完全地デジ化に
向けて我が家は既に最新の液晶テレビになっていた。
まぁ、今年で80歳を迎える後期高齢者の母上さまは
テレビが唯一の娯楽であろう。

ところが今や進化したテレビには“”なる天気や外気温などの
データ放送が観られるようになっていた。でも、母上さまは
まったくチンプンカンプン。下手に触ると画面が元に戻らない。

携帯電話もそうだが便利な機能がどんなに搭載されても
多くの年輩者は使いこなせずに無用の産物になる。
ま、オイラもその1人だけどね。あぁ、淋しいわい。



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asia_jiyujin at 12:52|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

June 28, 2011

第2155回「35年目の同窓会」

2155「露天風呂大」


6月25日【北海道東神楽町】

北海道立上富良野高等学校を卒業して35年目を迎える。
しかも新設校の為、我々が創設以来の第一期卒業生になる。
現在は少子化の影響ではからくも倍率は1を切っているそうだ。

つまり無試験でも入学できるバカ校とまで噂されるように
なったと聞く。嘆かわしや我が母校。それでも統合や廃校にも
ならずして未だに後輩どもが学ぶ学舎が北の大地に輝く。

明日に煌めけ

なんてぇ青春時代は遠い昔の過去。軟派なヤツらが恋だ愛だと恋愛に
奔走している中、硬派の我々は何も考えず仲間達と汗をかいていた。
その仲間たちといまだに続いているバレーボール部の悪友会(クラス会)。

卒業後2年くらいしてから、つまり20歳を超えて世間的に大っぴらに
酒が飲める年齢になってから始まったような記憶がある。当初は部外者も
含めて10人以上が参加していたが、大学の仲間たちを優先したり、
転勤や各々の諸事情により10年後には8人に落ち着いた。その後毎年
ローテーションする幹事が好きな場所を選んで年に一度開催していた。

今から5年前、セッターのMが1月に心筋梗塞で倒れた。幸い全寮制の
看護学校に通っていた娘が偶然帰郷して家にいた為、すぐに救急車を呼んで
一命は取り留めた。それから3ヶ月後。今度はオイラが胃癌の宣告を受けて
全摘手術。それから2ヶ月後。バンコクで抗がん剤治療を受けていたベッドの
上で開いたノートブックに「Nが脳梗塞で死んだ」という訃報メールが届いた。

中学校時代からの親友でもありサウスポーのライトアタッカーだったN。
俺たちのように酒もタバコもやらない健康優良児。3人の子供に恵まれて
家庭を大事にする良い奴だった。同じ年に続いた突然の病魔のスパイラル。

男47歳は、無理してきた身体が悲鳴を上げてんだな

ま、その前に生徒会長を務め首席で卒業したKは喉頭癌からさらに転移して
長年放射線治療やらいろんな薬を呑みながら現在に至っているけどね。5年前
からはNを偲ぶ上で毎年“悪友会”の開催は6月の第4土曜日と決めた。

2155「花神楽」


で、今年の幹事のAが選んだ場所は、オイラの実家から僅か20分の
東神楽町にある“花神楽“という温泉保養地。千歳から電車とバスを
乗り継いで旭川駅に到着。幹事のAと仲間たちが乗るワゴン車が迎えに
来てくれた。のどかな田園風景が広がる“ど”が付くほどの田舎を滑走。

よ、元気か
「おぉフジ〜、生きてたんかよ」
ったりめぇだろ
「暴動に巻き込まれて銃弾に当たったって聞いたぞ」
そりゃ去年の話だろ。しかも弾に当たってないし

去年よりさらに額が広くなったヤツ。すっかり白くなった髪を
窓から吹き込む風に靡かせるヤツ。こんな時でないと呑めない
発泡酒じゃないビールを呑んで顔を赤らめているヤツ。
場所は違えど昨年と全く変わらぬシチュエーションに安堵する。

森を抜け湖のほとりを駆け抜けようやく着いた桃源郷のような空間。
エントランスの歓迎欄に“悪友会”のプレートが掛けられていた。
その上にも市内の某高校のクラス会一同のプレートも。
どうやら青春時代を懐かしむ輩は他にもいるようだ。

札幌から自分等の車で来たKとDが既にひとっ風呂浴びて待っていた。
これも例年とまったく同じ。部屋に道中買ってきたビールや酒や焼酎を運ぶ。
早速乾杯して勝手に呑み始めるヤツ等。はてさてこれも昨年と同じだ。

「くぅ〜、うっめぇ〜」
元気だったか
「変わりないのか」

ひとしきり挨拶が終わった後に、Aの母親が他界したことを知らされる。
さらにMの父親も他界したことを知る。途端に香典の遣り取りが始まる。

昨年は病気自慢が話題だっけど今年は香典かよ
「もう、そんな歳だぜ。俺達は」
「フジは日本にいねぇからなぁ」
「って、フジは日本の国籍あんのか」
ったりめぇだろ。オレは日本人だぞ

海外の話題とは殆ど無縁の生活をしているヤツ等。
未だにタイ国が何処にあるのか分からんヤツもいる。

「お前、死んだら向こうで葬式やんのか」
ほぉ、死んだら来てくれんの
「俺パスポートないし」
「面倒臭ぇし」

2155「温泉中」


2155「温泉中2」


2155「露天風呂」


歳を重ねれば40歳後半頃から息子や娘の就職先が話題になり
50歳からはもっぱら話は病気の事。やがて両親の葬祭から
子供達の結婚話。そろそろ孫の話も出る頃だと思ったら一緒に
露天風呂に浸かっていた優等生のKの娘に孫が出来たそうだ。

こん中でKがいっちゃん早い爺だな
「おぉ、実感ないけど孫は可愛いぞぉ」

肉親のしかも愛娘の子であればどんな不細工でも可愛いはずだ。
Kの目が笑っている。きっと来年の話題は孫自慢になり、やがて
60歳過ぎれば年金自慢でもするのかしら。

60歳か、あぁ〜もうすぐだな


因みに仲居さんに撮って貰った集合写真が携帯電話のどこに保存
されたのか見つからないのでパンフからスキャナーした写真をアップ。
年に一度しか使わぬ機種は分からんわい。もうボケとんな。



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asia_jiyujin at 12:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 27, 2011

第2154回「幸福度満載の晩餐会」

2154「羽田空港」


6月23〜24日【北海道千歳】

うぉ〜、東京に到着しましたでぇ

1年ぶりの日本上陸はいつもの成田便ではなく
昨年から増便になった羽田便に機乗してみた。

ANA767-300のエコノミー座席は以前には
無かった機能があり非常にご満足だったのだが、
毎回楽しみにしていた朝食にガッカリ。

ありゃま、なんじゃいこの淋しい料理は・・・

この10年以上、メインのメニューに加えて蕎麦やうどん、
デザートのフルーツやアルコール類も充分過ぎる内容だったに
メインもサブもパっとしないし、おまけにいつもの蕎麦がないじゃん。
経費削減なんでしょうか、天下のANAさんどうしちゃったの。

燃料サーチャージは勝手に上昇するのにサービスは降下ですかいのぉ。
これじゃK国のT航空の方がキムチ臭いけどよっぽどいいじゃん。

ま、ワインだけはお代わり自由だからヨシとしますか

さて、羽田で国内線に乗り換えて北海道の千歳の地に降りたった。
帰国初日の滞在先は十年来の旧知の友であり親代わりのN氏宅。
年に一度の再会に一家で迎えてくれる温かい家庭の空間なのだ。

たっだいまぁ〜
「お帰りなさいフジさん。元気そうだね」
はい、お陰様でバリバリ元気です
「今夜は美味しい鍋を用意してるからね」
お、いいっすねぇ

地上の人になった東京は午前中に既に30℃に達する暑さ
だったが、北の玄関口の千歳はその半分にも満たない気温。
こんな夜は鍋を囲んで一献傾けるのが幸せの絵図でしょ。
旧知の建築会社のI社長も呼んで1年ぶりの晩餐会を開催。

んじゃ、無事帰国にかんぱ〜い

2154「牡蠣鍋とワイン」横


さて、最初に口にしたのは2004年物のボルドーの赤ワイン。
広島産の牡蠣にずわい蟹のしゃぶしゃぶなら当然白を選ぶのだが、
敢えてポリフェノールがたっぷりの赤ワインをチョイス。

くぅ〜、ワインもうっめぇけど牡蠣がプリップリ〜

今やオイラの人生幸福度の大半を占める“食”の偉大さ。
これを幸せと言わずして何をもって幸福と言えるのじゃ。
銘酒と肴と酒呑み仲間。これぞ人生最高の幸せの極みでごわす。

ふぅ〜、最高っす

翌朝、5時半に目覚めた。完全に時差ボケなのかしら。
タイの生活サイクルをそのまま引き継ぐとまだ朝の3時半である。
一度起きると寝られない。ま、しばらくは身体が慣れるまで仕方あるまい。

N氏は4時前から起床して洗濯や掃除を済ませて朝飯を作っていた。
実は、現在嫁さんが病気治療中のため1年ほど前から男子の奮起。

あぁ、夫婦はこうあるべきだよなぁ〜

まるで画に描いたようなオイラの理想的な夫婦像と家庭円満な光景。
二日目は昔の親友であり人生の師匠が経営しているI君の喫茶店に顔を出した。

よ、元気
「お〜、フジくん。今年ももうそんな時期か」

本来、朋友なんてそんなもんだ。
特別な挨拶もなく、まるで昨日別れたような顔で再会する。
店を手伝っている嫁さんの明るい笑顔にも幸せを感じる。

ところが、I君の母親が病気で入院しているというではないか。
おまけに妹までもが胃癌になり抗がん剤治療のため入院してという。
その為病院を行ったり来たり。まさに別な意味でダブルパンチの多忙。

そっか、そりゃ〜大変だな

昼過ぎから時間を忘れて話し込んでいるウチに夕方の18時。
西の空がすっかり暮れかかる頃にN氏から帰宅催促の電話。

かんぱ〜い

2154「カツオの叩きと赤ワイン」


2154「越乃寒梅」


さて、今夜も赤ワインで始まり肴はカツオの叩きと白身の刺身。
ならば、2本目は当然銘酒の越乃寒梅と相成る。人生辛いときや
苦しい日々が続いても、結局今宵も笑うことで免疫力を高めて
究極の幸せに近づくために酔人になりもうしたとさ。

宣言、帰国滞在中は毎日幸せを実感するために呑むとしまっせぇ



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asia_jiyujin at 13:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

June 22, 2011

第2153回「初夏の北海道帰国」

2153「建築中の高層ホテル」


目の前の高層ビルもうこんなに見上げるようになった。
いったい何階建てなんだろう。いつ工事は終わるんじゃい。
戻って来た頃にはどこまで高くなっているんだろうな。

さて、1ヶ月ほどタイ国を離れます

雨季の6月下旬。そう、今年もその季節になりました。
毎年恒例になっている朋友たちとの親交と母親孝行の為の帰国です。
今年訪タイして頂いた多くの友人知人客人会員信者塾生たちとの再会。

と言いながら実際は税務署での確定申告やら胃の定期検診や歯の治療。
同窓会や父親の墓参り。さらには我が息子への今年度分の教育費納付。
そして母上様への上納金。なんだか“”に纏わる業務が大半である。

そりゃね、吃驚しますよ

だってさ、帰国すれば、あっと言う間に高額な“現金”が
消えていくんだぜ。さすが資本主義社会の日本である。
オイラが汗水流して1年間貯めた現金が、帰国して
僅かな期間で一瞬のうちに仕分けされるんだもんね。

なんだかなぁ・・・

世の父ちゃん、家族のために毎日えっちらほっちら。
どんなに苦労しても意外と評価の低いおとっちゃん。
これって現代社会の日本の縮図だよなぁ。つれぇなぁ。
負けるな。それでもそれが一家の主の勤めだもんね。

って、オイラには家族がないじゃん

それでも“”の為に右往左往する人たち。
金は生きる為の手段であって目的ではない。
そんな世界から逸脱した世界を求めた人生。

かね、カネ、金。納税は国民の義務である。
そして親への上納や学費はオイラの勤めである


なんて柄にもねぇ。さ、今年もうんまいもんいっぱい食べて
愉快な仲間たちに会って楽しい時間を満喫するべかのぉ。

みんな待っとってなぁ〜、時期会いに行きますんで

2153「エンポリ左前」


2153「エンポロ右前」


そう言えばエンポリアム前の土地開発がかなり進んでいた。
戻って来た頃には杭打ちや基礎工事が終わっている頃だろうか。
都内の彼方此方で林立するデパートやホテルやコンドムニアム。

景色が変わり交通が変わり人の流れも変わる。
それに順応する人々やそこに流通する商品。
そこもまた“”が蔓延る世界になるのだ。

再度「金は生きる為の手段であって目的ではない


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asia_jiyujin at 00:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 21, 2011

第2152回「とうとう認知症か」

2152「モーターショー」


あぁ〜、とうとうボケが始まったか・・・

先日故障したSONYのTVだが、このブログを長く拝読して
いる人であれば「おや?」と思った方もいるかも知れない。

実は帰国してから税務署に申告する22年度の確定申告用の書類を
書いていたのだが、2010年度の出納帳を見ていて、ふと頭上に
???マークが浮遊。

あれぇ〜、TV買ったのって今年じゃなくて昨年だったの・・・

昨年の3月30日に買ったのに完全にボケている。
あまりの忙しさにとうとう脳味噌が溶け始めてきたのか。
僅か2ヶ月前のことさえも、すでに思い出せない脳の海馬。

そりゃあさ、1年以上も過ぎていれば保証も効かない部品もあれば
消耗して交換する部品も出てくるわなぁ。あぁ〜、完全に自己嫌悪だ。
さらにね、先日壊れたと思っていた電気ポットがいつの間にか直っていた。

う〜む、なんちゅう有様。何かがおかしい・・・

いや、おかしいのはオイラの脳味噌だな。
50歳代前半で認知症は早すぎるでしょ。
っていうか。介護が必要になるんとちゃう。

アカン。お〜い、日本の縁ある看護士に介護士たちよぉ〜。
オイラ意外と早くご厄介になるかもしれへんどぉ〜


と、嘆くヒマがあったら今のウチに何かいい対策を練らねば。
そういえば、昔縁があった明治大学のY教授が70歳過ぎても
とてもシッカリしていて若々しいので訊いてみたことがある。

Y先生の若さを保つ秘訣ってなんですか
「そりゃあ簡単じゃ。男はな、いくつになっても異性に興味を持つことだ」
それって単なるスケベってことじゃないですか
「う〜む、ちょっと次元が違うな」

Y教授曰く「女性の後ろ姿にドキッとしなくなったら男は終わりだ」と。
後ろ姿。つまりバックシャイニング。光り輝く後ろ姿って事かねぇ。

2152「」


そう言えば先日のモーターショーのモデルのバックはドキっとしたなぁ。
さらには女子大生の後ろを歩いていても平常心が高鳴るねぇ。
と言うことはオレってまだ大丈夫とちゃう。

いずれにしても多忙は心を亡くすっちゅうことやね。
いくら忙しくても意識して心の余裕を持たんとね。
そうすりゃ、昨年買ったもんくらい忘れんやろうて。

あれ、そう言えば昨日の夜って何食べたっけ



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asia_jiyujin at 00:02|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 20, 2011

第2151回「取材に追われる日々」

2151「ムーランルージュ」


帰国に備えてこの2週間、毎日のように取材に追われている。
平月と違って今月は2ヶ月分の取材をしなければならず、
普段の倍の仕事量。遅々として仕事が進まんのはどうしてだ。

ふぅ〜、完全にキャパオーバーじゃい

2151「コロンゼ2」


2151「ディドリーム」


2151「茜」


2151「ニュー不死鳥」


理由は想定していなかったゴールデンウィークに立て続けに
日本から訪タイされたマスコミ関係者たちのアテンドにある。
この期間中に取材をする予定だったのだが頼まれれば断れない。

NOと言えればどんだけ楽かのぉ〜

地震によって間際に予約が出来たのも考えてみれば皮肉だ。
あの時期に前倒しで取材しておけば、今こんなにクソ忙しい
日々を過ごさずにすんだんだよな〜、と思うのだが、これも
腐れ縁と己の宿命と思って諦めるしかない。

2151「週刊誌記事」


先日、律儀にもその記者から某週刊誌が送られてきた。
早々に拝読させて頂いたが何だか腑に落ちない事件の結末。
結局”真相は闇の中へ”か。同じ執筆業界人としてはである。

さて、ただでさえ時間が惜しい。ところがそんなクソ忙しい時に
限ってタイ人や韓国人やいろんな人から相談事や野暮用で呼ばれる。

「フジさ〜ん、チュアイ ドゥアイ」

おそらく東日本大震災の影響で工場が稼働せず、毎月必要な
商品が日本から送られないから何とかならないか、とか。

あのね、オレは万屋じゃねぇぞ

それでも骨を折るのがオイラの性分。
NO」と言えればどんだけ楽か。

また、某按摩店の受付に日本人を紹介して欲しいと言うので
約束の日を決めて知人を連れて行こうとしたら
「いまバンコク郊外に来ているから明日ね」と。

で、翌日再び電話して行こうとしたら再び「明日ね」と。
なんでやネン」で、さらに翌日に電話すると・・・出ない。
直接店に電話すると「バッテリィチャージしたまま外出した」と
従業員が言うではないかい。

約束したのを忘れたのか

どうしてこうもタイ人の行動思考は
毎日毎日その日の気分次第で変わるんじゃい。

気分次第と言えば、先日も“タニヤ嬢のお部屋訪問”に行ったら
連続3回のドタキャンの末にようやく取材にこぎ着けたP2店の
超売れっ子キャバ嬢のNちゃんがそうだった。

2151「アパート」


2151「部屋の中」


久しぶりにメーターを改造した違法TAXIと遭遇。知らない路を
走りながらの遠回り。メーターは不規則に上がっていく。最後は
高額な料金に吃驚して激怒。口論とバトルの末に何とか解放される。

あぁ、怖かった。拳銃でも出されたら一巻の終わりやで

部屋に入ると同じ店で働くJちゃんが偶然遊びに来ていた。
あまり片付け上手じゃないという家賃4,000Bの部屋に入って
驚いたのはうさぎのペット。猫や犬は何度かあったけどうさぎは初めて。

なんと名前が“オカネ”。うさぎは一匹だと淋しくて耐えられないと
聞くけどNちゃんが店に行っても大人しく留守番しているとか。
普段通りの暮らしを取材するからと前置きしたらホントに2人とも
飾ることなく屈託ない姿。定番のMKタイスキをご馳走しようとしたら
外に行くのが面倒だからと階下にあるタイ料理店からカオパットをオーダー。

2151「メシ食うノリ」


2151「メシ食うジャー」


2151「ソソをする」


2151「ベッドの上」


食事中うさぎがNちゃんの膝にソソをしてJちゃんが笑い転げる。
僅か1時間足らずの取材に3回もドタキャンされたが、
ま、無事に終われば良しとせねば。「ほな今夜店で」と別れた。

帰りに乗ったTAXIは半分以下の料金だった。夜に改めて店で取材。
さすがP2店の指名率No.1のNちゃんは妖艶な姿に豹変していた。

2151「店」


看板売れっ子キャバ嬢は、兎角その日の気分次第で自由に我が儘に
生きているもんなんですな。普通の子でもそういう傾向が多いですが。
ま、これも仏教国に住まわせている者としては精神修業の鍛錬と
考えれば腹も立つまいて。

因みに、Nちゃん、将来は内科の医者になるのが夢とのたまうが、
もしこんな妖艶な女医がいたら毎日行列が出来る病院になるやろね。
ま、オレは絶対に行かないけど。タイの病院はもう懲りた。

さ、今夜も朝まで原稿書きやで・・・



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asia_jiyujin at 01:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 18, 2011

第2150回「相次ぐ家電の故障」

2150「電気ポット」


あれれ、また壊れたのかよ

TVに続いて今度は電気ポットが故障した。
寿命なのか、それとも負荷を掛けすぎたのか。
それともオイラの人生の何かを示す予兆なのか。

形あるモノはいつか壊れる

機械や家電であれば部品の交換で直ることもある。
だが、身体のパーツがイカれたらそう簡単には交換は出来ない。
今のところ多少のガタは来ているけど身体は至って健康体だと思う。

胃を切って丸5年だもんね

それにしても今年は年明けの冷蔵庫に始まりTVやDVDなど
次から次にやたらと家電の寿命が尽きて買い換えるのが多い年だ。
もしかして今住んでいるAPTの電気の周波数に問題があるのか。

日本のように安定していないだけに雨が降ればNHKは映らないし
インターネットのWiFiは時間帯によっては有線電波に問題が生じる。
以前住んでいた安APTは8年も住んでいて1つも壊れたモノが無い。

あ、そういえばノートブックが壊れたっけな

オイラが住むAPTの周りは高層マンションや高層ホテルが林立して
空さえ遮られてまともに光も差し込まない。ま、その分涼しいけどね。
ま、家電にも相性があるように磁場の発生による故障も有り得るのかね。

さて、しばらくは何も壊れて欲しくないものじゃい。
もちろんオイラの身体も栄養価の高いもん食って長持ちさせんとね。
因みに、先日作ったおでんですがあまりにも作りすぎて三食がおでん。

さすがに飽きた。うめぇ鮨が食いてぇよぉ〜

2150「作りすぎたおでん」


そう言えば、トンロー13に美味しそうな回転寿司店が開業したそうな。
しかも、オイラの大好きなエンガワが一皿75Bで回っているんだとさ。
広告を見る度に唾が出るが来週には北海道のうんめぇ鮨が食えるばい。



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asia_jiyujin at 01:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

June 17, 2011

第2149回「関西風筑前煮レシピ」

2149「山岳部の朝日」


先日札幌のH君から道民が愛する究極の肉じゃがのレシピを教えて
頂いたら、今度は和歌山のS先生から筑前煮のレシピが届いた。
すっかり煮物好きになってしまったオイラとしては至極嬉しい。


ブログ見ました。「道産子肉じゃが」おいしそうですね。
じゃあ、私も『筑前煮』のレシピを。

ごぼう、レンコン…乱切りして、それぞれお水につけとく
にんじん、しいたけ…適当な大きさに乱切り、こんにゃく…
適当な大きさに手でちぎるか包丁で切る 鶏もも肉…適当に
一口大に切る ほか、たけのことか、なんでも…。

1.こんにゃくを1、2分ゆでてアク抜きしてから、から煎り
(油をいれずに炒めて水分をとばす)する。
2.なべに油をしいて、鶏肉を炒め、そのあと野菜を入れて炒める。
3.ほんだしを水にといただし汁約2カップ
  酒、みりん、砂糖、しょうゆ、基本はすべて大さじ2、塩少々を入れ
  落としぶた(アルミ箔で内ぶた)して汁がなくなるまで煮る。
  好みで調味料の量は調整してください。

こんな感じです。
私も適当に作ってるので、その都度量が違うんやけどね(^^;)


2149「おでん」


これを読んでいて、ふと気が付いたことがある。
よくよく考えてみたら消化の悪いこんにゃくは食べられない。
ならば、かつて豚肉抜きの肉じゃがを作ったように、今度も
こんにゃく抜きの筑前煮でも作ったろ。

で、いざ挑戦と相成って作っている途中で急におでんが食べたくなって
予定変更。関西風の薄味のおでんを作ってもうた。いずれ機会があれば
S先生から教えて貰った関西風の筑前煮に挑戦してみますわ。

2149「舞妓はん」


2149[ビリケン像がある新世界]


2149「尼崎の貴夜子宅」


今月末に帰国したら来月中旬過ぎから大坂に上陸する。昨年の秋は大きな
仕事が入ったために帰国して関東・東海・関西周遊の旅が出来なかった。
数ヶ月前から大阪のA氏から「舞妓はんが待ってまっせぇ〜」なんて
甘い誘いが来てるし、尼崎のK子嬢からも「ウチの子供らが待ってるでぇ」って。

ならば、再び熱き街日本の東南アジアへ再上陸を試みる事にした。
筑前煮のレシピを送ってくれたS先生からもメールが届いていた。


こちらはまったく元気でやってますよ。
お父ちゃんは元気にデイケアサービスに行ってくれてます。
(中略)
藤岡さんの老後、全然心配なさそう。
みんな入れ替わり立ち替わり様子見にきてくれますよ。
でもまあ、まだまだ元気でいてもらわんとね。
私、タイでやり残したこといーっぱいあって
いつになるかわかれへんけど、またタイに行きたいって思ってます。
その時、藤岡さんと学生たちのイサーンボランティアに一緒に
参加させてもらいたいので、隠居はまだまだでっせ。

来阪の日程、了解です。さすがAさん、趣向をこらして藤岡さんの
来阪を今か今かと待ち望んでますね〜。私の方はいつでも大丈夫なので
ぜひぜひご一緒させてください。また天王寺辺りで鍋でも、ね。
ではでは、会えるの楽しみにしてます!


2149「メコン川の夕陽行き」


イサーンのボランティアですか。メコン川の夕陽が綺麗な地だが
日本食のないところでは生きられぬ身故に今から美味い筑前煮や
肉じゃがの作り方を徹底的に覚えておかんとね。

さて、小学校6年生並のタイ語能力を持ち、読み書きも出来るS先生。
バンコク在住中にはタイ語の書類の翻訳を頼んだことも多々あった。
今年の1月にエジプトに行ってタイに戻って来たその日の夜に日本から
来ていたS先生と一緒に晩餐してかたらもう半年が経っちまった。

なんか今年はやたらと時が経つのが早くねぇか

間もなく1年の半分だぞ。時間と言うより日にちが経つのが異常に早く感じる。
それだけ充実した日々を送っている証拠なのか。いやいや、そんなんじゃない。
すっかり日本のペースに巻き込まれて忙しさに流されちまっているだけだな。

イカンなぁ。早いとこ後輩たちに道を譲って未だ制覇していない
タイの山岳部の県や南部の田舎町にでも1人旅したいものである。
ま、そこまで行けばさすがに“日本時間”も追いかけて来ないでしょ。

2149「国道」


因みに今年1月に行ったエジプトのルクソールで会った
R嬢からもブログにコメントが残されていた。


おいしそう!!
エジプトでは豚肉が手に入らないので残念。
今度鶏肉を代わりにして作ってみます。
はぁ〜日本料理・・・。
バンコクはもう暑いですか??
ルクソールはうだるような暑さです。
みなさんが来た頃の寒さが恋しいです。


2149「スフィンクスとキス」


2149「ハトシェプストオレ」


エジプトの内乱で一時帰国していた時に未曾有の東日本大震災を体験して
しまったR嬢は、運命に翻弄されながらも再び夢を叶えに彼の地へ戻った。
いずれタイに来る事があったら例のあの居酒屋で豚肉入りの美味しい
肉じゃがを食べましょう。



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asia_jiyujin at 09:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

June 16, 2011

第2148回「タニヤ嬢お部屋訪問」

2148「部屋プールサイド」


来週帰国する前に、連載中の某誌の企画でタニヤの神楽で働く
タニヤ嬢のお部屋訪問”の取材に行ってきた。兎角ドタキャン
が多いこの取材だが、今回はキッチリ(30分は遅れたけど、
まぁ想定内)短時間でスッキリ気持ちよく終わらせた。

ふぅ〜、毎回がこうだと助かるわい

2148「部屋3人」


2148「部屋ネンインタビュー」


2148「部屋店コヨーテ」


かれこれこの企画を始めてから45回目になる。この3年半、
何度も凹んだがよく続いているもんだと我ながら関心している。
読者投稿では常にトップだとおだてられれば止めるわけには
いかんし、先日ツアーで来た愛読者たちにも好評だった。

「いいですよねぇ。羨ましい〜」
なら代わりにやりますか
「是非、やってみたいっす」
タイ語は大丈夫ですか
「え、日本語じゃダメなの」
・・・・残念ながらダメです

まぁ、一見端から見たら楽しそうにみえるこの取材も
意外とキャバ嬢の我が儘と約束反故でストレスの溜まる時もある。
ま、その分粘りよく根気強くなったことは確かだけどね。

そんな時、バンコクの某情報誌でも同じようなの企画の連絡を
やる噂が流れてきた。未だ拝読してはいないから真相は分からず。

「そんなのパクリじゃん。文句言わねぇとよ

関係者からも強く言われたが、そんなもんに著作権があるわけでもなく、
二番煎じであろうが、二匹目のドジョウであろうがこの国ではやったもの勝ち。
せいぜい良い作品を掲載して読者を楽しませて来店者を増やして欲しいもんだ。
でも、かなり根気が必要なミッションですけどね。

さて、次回はどの店の子にするべかの・・・

因みに、過去45回の掲載で4人の子が日本人と結婚した。
意外とオイラの記事も人様の幸福に役立ってんのね。
その中の1人が先週1歳になったばかりの男の子を連れて
日本からタイに戻ってきた。

「フジさ〜ん。元気。身体は大丈夫」
おぉ〜、久しぶりやん。どした旦那と別れたんか
「なに言ってんのよ。来週姉妹を連れて日本に遊びに行くのよ」
ほぉ〜、そりゃ良かったねぇ

2148「ピン結婚式」


3年前に結婚した彼女は、今は北関東の某田舎町に住んでいる。
冬は信じられないほど寒く、体験した事もない大きな地震が怖いと
言っていたが、さすがにそこは逞しいタイ人。

「今はすっかり慣れたわ。マイペンライよ」



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asia_jiyujin at 10:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 14, 2011

第2147回「癒しのジョムティエン」

2147「ビーチ」


今回は幾度かコメントを頂いている「の〜様」の特別情報編。

東洋のリビエラと称されるパタヤリゾートから南に位置する
ジョムティエンビーチに滞在して、現地の市場で食材を買って
自炊生活に挑戦されると言う“の〜様”だが、果たして異邦人
が言葉の壁を乗り越えて異国で美味しい食生活が出来るのか。

因みに現在タイ北部のランパーン県に豪邸を建てた御年70歳
を超えたK御大と言う元気な友人がいる。歳はかなり離れているが
郷里が同じと言う事でバンコク赴任中はよく酒の席に誘われた。

2147「ビーチロード」


御大は釣りが趣味でバンコクに在住していた時も頻繁にパタヤ沖
に釣りに行っていた。ランパーンに引っ越して住居を構えてからも
「釣りがしたいなぁ」と言う願望から2年間の期限付きで
ジョムティエンに長期滞在して釣り三昧の生活を堪能していた。

毎年オイラが遊びに行く度にK御大は前日に釣ったキスを天麩羅で
揚げてご馳走してくれた。悠々自適の優雅な生活を謳歌する氏と
沖縄の泡盛を酌み交わしながら「勇退された男の人生はこうで
なくちゃいかんな
」と感心したものだった。

御大はいまはどうしてんのやろ。元気かな・・・

2147「看板」


2147「ママさん」


2147「ゲストハウス」


ご参考までにジョムティエンビーチロード沿いからちょっと
路地の奥に入ったところに「まいぺんらいゲストハウス」と
いう長期滞在者向けのリーズナブルな宿泊施設をご紹介します。

経営者のママさんは流暢な日本語が話せるタイ人女性。
かつてこのゲストハウスにプチロングスティを望む日本からの
友人を紹介したことがある。タイ語の学校に通い、ゴルフに釣りに
念願だったカンボジアのアンコールワットにもパタヤから陸路で行った。

かれこれもう4年前になるかな。懐かしい・・・

市場の情報や或いは釣り船の情報など、日本語で訊けるから
機会があれば訊ねて行くといいかもね。たぶん、いろんな
意味で助けになるママさんだと思います。

でも、やってんのかな・・・

今も健在しているかは定かでは御座いませんが、ご参考までに。



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asia_jiyujin at 12:26|PermalinkComments(8)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう