January 2012

January 22, 2012

第2283回「ハノイ大学で講師」

2283「日本学部」


1月5日

考えてみれば今年は辰年である。その辰年に偶然かはたまた必然か
昇龍(タンロン)に来ていること自体が、縁起が良いというのか
何か不思議な因果関係を感じているのだが。

こりゃあ、今年の運勢は龍のように上昇するのかしらん

で、ハノイ2日目は急遽ハノイ大学で日本語を勉強している
大学生相手に即興講師を依頼された。依頼と言っても大学で
日本語を教えている滋賀県出身のI先生のお手伝い。

昨夜銘酒を一緒にしたT氏は、現在ハノイ大学でベトナム語を
勉強している。その傍ら日本語を教えているI先生のサポートも
しているので、折角だからと我々にI先生を紹介してくれた。

2283「大学正門」

【ハノイ大学正門】

2283「大学キャンパス」

【大学のキャンパス】

早速TAXIに乗り込んで現地へ向かうも道は朝の通学や出勤で渋滞。
それでも遅れること10分でハノイ大学に到着。そのまま紹介された
I先生に会ってからすぐに簡単な打合わせをして1時間半の講義に入った。

「はい、今日は日本人のゲストが2人来てくれました」
「おはようございます。シィン チャオ」
はい、みなさまチャオ

タイ人よりも更に一回り身体が小さいベトナム人は、見るからに
大学生と言うよりはまるで中学生高学年のように感じた。
前列に座った我々の周りが俄に騒ぎ出した。これも中学生っぽい。

2283「は〜い」


「はい、今日はみんなが待ちに待っている今月のテト(正月)に
ついてですが、日本の大晦日や正月の過ごし方を勉強します」

A嬢とオイラは黒板の前に立ち、演劇と言うよりはまるで
掛け合い漫才のようなノリで教科書に書いてある日本語を
シチュエーションに合わせてオーバーな身振りで会話する。

笑い声が飛び交い何だかゆる〜い授業だが意外と日本語が上手い。
気が付けばあっと言う間の90分が終わった。次回の受講は
日本のじゃんけんと「あっちむいてホイ」の遊びをやるらしい。

受講終了後に学生たちから前もって教えて欲しいと言われたので
オイラとA嬢でやってみるとたちまち人集りが出来た。まるで
小学生のようなはしゃぎぶりで可愛い。

2283「あっちむいて」


2283「あずみ書いて説明」


ジェンケンポン
「あっちむいてホイ」
あぁ負けたぁ

これが妙に受けて教室からの退出が遅れて職員さんに注意された。
ハノイ大学では受講終了後はすぐにカギを掛けるらしい。
ま、これが社会主義っぽいところなんだろうな。

で、I先生から昼食を誘われ再びフォーを堪能する。
ついでにA嬢がバイン ミー チュン(フランスパン
の中にサラダや卵焼きが入っている)を買って来た。

おぉ、うまいじゃん
「ね、美味しいでしょ」
うん、イケる味。ベトナムは何でも旨いね

2283「フォー屋さん」


2283「フォー屋店内」


2283「2杯目のフォー」


フランス統治時代の置き土産は美味しいフランスパンと
歴史的な建築デザイン。(ま、他にもありますが)
これはお隣のラオス共和国でも言えることだが、それにしても
なんでこんなにフランスパンが美味しんだろうな。

究極の食べ方はこれにコンデンスミルクをかけるヤツ。
これがね、思った以上に極旨なんですよ。ホント。



この回つづく


asia_jiyujin at 04:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

January 21, 2012

第2282回「越南国極旨フード」

2282「銘酒で乾杯」


1月4日

さみぃ〜マジ寒いじゃねぇかよ

昨年日本に帰国した際にあまりの寒さに耐えきれず買ったユニクロの
ヒートテックの上にフリース含めて5枚も着込んでいるというのに
足下から異常に冷気が入り込んで尋常じゃない寒さである。

おぉもしかしたらオイラはこの国で凍死するかも・・・

アラスカやフィンランドを旅して凍死するならまだしも、昨年
1月に行ったエジプトのカイロより緯度的には下なのに寒く感じた。

Aよ、早ぉ迎えに来てくんろ

仕事で空港まで迎えに来られないNくんの代わりに先入りしていた
山梨から来越していたA嬢がTAXIをチャーターして迎えに来てくれた。
かつて大学在学中にシンガポールに留学しただけあって語学力は
達者なのだが、肝心の英語を話せるベトナム人運転手が少ないらしい。

「ごめんなさぁ〜いJさん。ゲート間違っちゃって」
おぉ、チャオ。やっと逢えたよぉ〜

実はBゲートから出たオイラとAゲートの前で待っていた
2人は同じ空港のアライバルロビーでお互いを探し回っていたのだ。
先ずは会えたことに安堵。実はNちゃんの住所を訊いてなかった
オイラは、もし空港でA嬢に会えなかったらお先真っ暗だったのだ。

空港からハノイ市内に向かうTAXIの車窓から見える景色は
20年前のバンコクに似ていた。まだまだインフラも進まず
お世辞にも綺麗な道路とは呼べない状況だった。

街へ入るとさらに人とバイクが混在してバンコクよりなるいあに酷い
大渋滞だ。まさに無秩序とも言えるバイクがまるで暴走族のように
道路の幅一杯に自由に走っていた。しかも「ピーピープープー」
クラクションのやかましい音が絶えない。この国には交通ルールが
あんのかと思うような反対車線をはみ出して来るヤツ等や一方通行
を平気で逆送してくるクレージーなヤツ。いいのかこんなんで。

かつて見たインドネシアのジャカルタや中国の深センを彷彿させる
ほどのやかましいクラクションの騒音。喧騒の都会は何処も同じか。
これが社会主義国の交通の実態なのだ。9年前に取材で行った
南部のホーチミン・スティとまったく変わらん状況じゃん。

夕方、リサーチ会社に勤めるNくんの市場調査に付き合った。
若いベトナム人女性が市場で何を買い何を食べるのか。またその行動
と流行を調べるというやつ。いずれ日系企業が進出してくるときの
材料と素材をデーターベースにするのが目的らしいのだが、こんな
地道なことをジャンル別に毎日やっているのかと思うと頭が下がる。

で、Nくんがチェーという白玉団子のような(団子は入ってないけど)
ベトナムの甘いスィーツを食べましょうと誘ってくれたのだが、如何
せん東南アジアのスィーツに美味しいと思ったことがないオイラ。

でも、隣で食べていた若いベトナム人女性が「何食べてんの?」
と訊いたら、何の躊躇もなく「食べてみる」といきなり器をくれた。
おぉ、何と心が広く大らかな国民性なのだ。越南人は優しいぞ。

2282「試食店先」


2282「試食1」


2282「試食2


2282「試食3」


2282「試食チェー」


「ンゴン(美味しい)」
あぁ、ンゴン。ザッツ ンゴン(美味しい。とっても美味いよ

オイラがハノイに来て最初に覚えたベトナム語はこんにちはのチャオと
その次に覚えたのが、このンゴン(美味しい)だ。で、実際食べてみたら
これが、甘過ぎずなまら美味いのだ。後日、違う種類のチェーを食べるも
タイにはないスィーツにすっかりハマってしまった。美味しくてしかも安い。

次に食べたのがご存知ベトナムのローカルソウルフルフードのフォー。
これが冷えた身体には有り難くさらには汁がなまら舌にマッチして旨い。
カボスを入れるとまるで先日食べた柚子ラーメンのスープを彷彿させる極旨。

いやぁ〜、こりゃあ驚いた。ベトナムは何を食べても美味いよね
「そうでしょう。僕も毎日帰宅前に外食してるんですよ」

2282「フォー」


2282「焼きそば」


その日の夜は、Nくんが家賃5万円の一軒家をシアしているという
オイラと同郷のTさんと一緒にタイから手土産に持って行った
銘酒で酒盛りとなった。寒さを凌ぐには内側から温めんとね。

「おぉ〜、美味いっすねぇ〜この日本酒」
でしょ。1本ウン万円はするでしょうから
「えぇ、マジっすか。どうりで五臓六腑に染み渡りますわ」

2282「吟雅凜庄」


A嬢が記念に写真を撮ってくれたのだが、どう見ても危ないヤツ等が
部屋に集まって良くない相談事を計画している画に見えるぞ。

旨い銘酒はお互いの距離をすぐに近づける最高のアイテムだな


asia_jiyujin at 05:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 19, 2012

第2281回「越南国からの迎春」

2281「紅色国旗」


少々日にちが過ぎてしまいましたが、越南国は昇龍(タンロン)
より2012年の迎春のお喜びを申し上げます。

昨年の今頃はエジプトのカイロ支局に勤める新聞記者の友人と
JICAの日本語教師でルクソールに赴任しているR嬢に会いに
行きましたが、今年はそのエジプトにその時日本から来たNくんが、
何の因果か昨年の7月からハノイに住んでいたので、ビザの更新で
国外に出る事もあり「ほな行こか」と10日間の日程で参りました。

2281「ラクダとピラミッド」


2281「神殿前」


実はNくんは元々フランス系の会社に勤めていたのですが昨年の
3月11日の震災による福島の原発事故のすぐ後でフランスの本社から
社員全員家族も含めて「早急に日本を脱出せよ」との社命でベトナムに
避難したのを切っ掛けに、すっかり現地を気に入ったようで、その後帰国
してから退職して再びベトナムに戻り現地の会社に勤めています。

今回は山梨県の某小学校で教諭をしている彼女のA嬢も年越前から来ていた。
偶然にも昨年1月にエジプトで会った3人が一同に介して東南アジアで再会。
もっともA嬢とは昨年11月に川越で再会していたけどNくんとは1年ぶりだ。

2281「寺院前」


2281「理恵と学校で」


2281「みんなでパン食う」


考えてみれば東日本大震災が切っ掛けで彼の人生のターニングポイントが到来。
フランスや先進国が似合う彼が発展途上中のアジアで額に汗を流しながら活躍
しているのが凄く不思議な気がしたが、彼をこよなくリスペクトするオイラと
しては飛行機で僅か1時間半の東南アジアにいる事がとても嬉しい。

実は我が息子は来年には社会人になるけど中々就職難で難儀しているらしい。
目先の給料や安定よりも自分が何をやりたいのか、何が人様の役に立つのかを
十分見極めて人生の選択をしてくれればと父親としては強く願う。

それこそ道はいっぱいある。焦ることはない。失敗してもその分強くなれるし
いくらでもやり直せる。Nくんのようにエリートを敢えてドロップアウトして
自らの可能性をアジアに懸けるのも1つの男の人生。オレは限りなく共感する。

さて、昨年は東日本大震災とタイの洪水の影響で沢山の人や企業がそれまで安泰
だった仕事や穏和な生活を一変せざるを得ない状況を余儀なくされ、まさかと
思ったオイラまでもが仕事や生活に多大なる影響を食らうとは思わなんだでした。

地球が温暖化して悲鳴を上げている状況で今や世界の何処で何が起ころうとも
全てを肯定しながら上手く生き延びないとね。先ずは苦手としていたこの
紅色国旗の越南国をいかに攻略するかなのだが、なんと言ってもクソ寒い。

外気温が9℃やでぇ

オイラがハノイに着いた朝にちょうど寒気団が降りてきてここ最近では一番寒
かったらしいのだが、兎に角ユニクロのヒートテックもフリースも通り越して
骨身が凍てつくような寒さにオイラの身体がフリーズしてしまいそうだった。

2281「バイクに自転車」


2281「自転車とバイク」


それにこの異常ともいえるバイクの数にはさすがに辟易する。
しかし、毎晩のようにNくんが運転するバイクにタンデムして
この無秩序とも言えるバイクの荒波と闘いながら移動する事になる。

多少の接触や衝突は当たり前だ。譲り合いなんか誰も考えてないのに
阿吽の呼吸とベトナム人思考を先読みしての究極の運転テクニックで
乗用車やのろいバイクを追い越して先に先にと目的地を目指す。

おぉ、まさにチキチキマシン大レースやで

2281「まさにレース」


2281「バイクの荒波」




この回つづく


asia_jiyujin at 03:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

January 15, 2012

第2280回「今年もやはり多忙」

2280「ツーショット」


なんじゃい今年もやっぱり忙しいじゃん

何が平穏な年の瀬じゃい。31日は我が家で年越し蕎麦でも食べながら
紅白歌合戦でも拝聴しようなんぞ悠長に考えていたら、降って湧いた
ようにカウントダウンとSMクラブの取材の依頼が飛び込んできた。

2280「カガミ」


2280「会場」



こりゃあ、我ながら逃れられない宿命を感じた。かつてアジア中を飛び回り
ながらいろんなアンダーグランドを取材してきた。タイでも妖艶な改造人間
からゲイの世界にも飛び込んできたが、よりによって年の瀬にSMクラブの
取材だぜ。しかもカウントダウンパーティってさ。オレも参加するのかよ。

痛いのは嫌だし、熱いのも勘弁してくれぇ〜

こういう取材はもっと若いヤツのお仕事でしょ。なんでオレみたいな
壊れかけている老いぼれのポンコツに回ってくんのや。過去の実績か。

そんなもんノシをつけてただでくれてやるわい

2280「花火」


2280「花見おんな2」


2280「花火おんな」


と文句を言いながらも相変わらず「NO」と言えないオイラは
キッチリ準備をしてから暗黒の会場へと赴く。しかも割と正装して。
あぁ、悲しい性だ。確か先日このブログを読み返したときに、
300回目くらいのコラムにも「NO」と言えたらと書いたような・・・。

そうなのだ。2012年の占いにも出ていたぞ

2012年のあなたは「協調性」がテーマ。あなたにとってさほど
苦ではないテーマが訪れたようです。他人と多くの時間を過ごし、
甲斐甲斐しく世話することになるかもしれません。だけど、2012年が
いつもの年と違うのは、あなたは単に誰かのために自分を犠牲にするのでは
なく、自分の主張もきちんと持って臨むこと。人の言いなりになってはダメ。
だから、周囲との調和を考え、上手に人と付き合いながら、つねに「自分は
どうしたいのか?」を考えれば、運勢はあなたの思い通りに進むでしょう。

時に「言葉」で自分の意見をあらわさなければならないこともあります。
そんな時は、恥ずかしがらず堂々と落ち着いて表現すれば大丈夫。たとえ
奇抜な意見だとしても、周囲が納得し状況がさらに改善されるかもしれません。
後半は、最後の総仕上げをすべき星回りです。人生の転機の時期となる場合も。
ガラリと生活が変わる前に、身辺整理をしておくべき時なのかもしません。
人の意見をきちんと聞くことと、自分の意見を持つことが大事。



ね、書いてあるでしょ。時には自分の意見を主張すべきだってさ。
よ〜し、今年こそは「断る」と言える人間になろうではないか。
いや、たぶん無理だな。人生半分以上生きてきたら自ずと解る。
そう、オレには平穏な生活なんて夢見ても無縁なんだろう。

ま、今更ながら自分の引きの強さに“穏やかな日々”なんて到底無理。諦めた。
所詮そんな星の下に生まれた運命なんでしょう。ハイハイなんでもお御座れ。
来る者拒まず、去る者追わず」縁ある人やミッションはやったろやないけ。

このオンボロが人様の役に立てられるのであれば例え原発事故の取材だって
行ったるわい。なんて息づいていたら年明け早々に某TV局のPプロデューサー
からかなり久しぶりの国際電話が来た。一瞬、過去の取材が走馬燈のように蘇り
全身に鳥肌が立った。

ブルっ、うっ、寒

久しぶりのPは悪魔のような穏やかな物言いをしながらとんでもない事を口走る。

「そろそろ例の盗難バイクをやりたいと思っているんですが」
えっ、またアレやんのオレあのロケの2ヶ月後に胃癌で手術してんですよ
「もう5年は経っているんですよね。なら大丈夫ですよ」
・・・・鬼、悪魔

腐れ縁の悪魔の業界が再びオイラを闇の世界へ連れ戻そうとしている。
あぁ、初夢なら絶対観たくないシチュエーションだがどうにも現実の世界だ。

「今度はNHKでやろうと思っていますので予算はあります」
予算の問題じゃないっす。オレの身体を考えて下さいよ
「じゃあ、改めて連絡します」

ね、オレが望もうが拒もうがこういう運命なら無理に逆らわずに、
そう川の流れに身を任せた方が利口というもんじゃないのかしらん。
例えそれで命を落とすことがあってもそれがオレの天命なら全うしましょ。

と言うことでいつまでも老いを理由に弱音を吐いているくらいなら
いっそのこと自らの意識の覚醒と強靱な肉体改造をしながら
もっとおもろい人生に積極的に挑戦したろやないけ。

今年は50歳を四つも過ぎる年齢故に長年続いている人生の
惰性感とマンネリ化した仕事からの脱却を計ったろやないけ。

いざ、過去からの脱却と新たなる自分の可能性の挑戦じゃい

もっと元気になって人生の楽しみ方をいろんな人に伝授せんとね。
先ずは肉体改造から始めてみましょうか。

2280「ツーショット2」


で、結局カウントダウンはSMクラブと姉妹店のGO GO BAR
で派手に取材させて頂きました。キッチリ仕事もプライベートも
楽しませて頂きました。また新たなるキャパが1つ増えましたよ。


asia_jiyujin at 08:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 01, 2012

第2279回「今年末も感謝の念」

2279「メコンの夕陽」


「あぁ、今年も今日で終わりか・・・

今年を振り返って何を書こうかと思いながら、ふと過去数年間に
掲載した年末だけのブログを改めて見てみた。「ふ〜ん、なるほど」
読むと毎年事件や災害が起きて同じような事を書いている事に気付く。

昨年は赤服軍団のバンコク騒乱。その前の年は黄服軍団が昨年末に
引き起こした前代未聞による国際空港占拠による経済の低迷。
この時ばかりは予定が全て狂ってさすがに参った。

その前はスマトラ沖地震による津波の被害。その前の年は胃癌摘出
今更ながらではないが、この数年間は毎年のように何らかの問題が
発生しその度に苦難を乗り越えては凄い勢いで発展して来ている。

日系企業や日本外食チェーンが次から次にタイに進出。
その加速度たるや、もうオイラにはついていけない数である。
大戸屋も大勝軒も吉野家もすき屋もおまけにユニクロまで
バンコクにあったら帰国したときの楽しみが減っちゃうでしょ。

日本人学校も2,500人も超えタイ在住者が5万人も超えれば
すでにバンコクは1つの日本人街が形成されタイ語が話せなく
ても十分生きられる環境だ。これだけ日本人が多くなると正直
何だか詰まらなく感じる。便利になるのに詰まらない。何でや。

「昔は時間もゆっくり流れて平穏でよかったぁ」

経済が豊かになり高度成長して行けばやがて東京みたいな大都会に
なって住みづらくなる。いずれ老兵は静かな土地を探して田舎に
逃れるしかないのかね。早ぉ〜引退してのんびり暮らしたいもんだ。


さて、今年に至っては東日本の大震災と未曾有のバンコクの大洪水が
重大ニュースに上がるのだろうが、正直タイも日本も同じように
震災後の対応と政治に対する混迷が国民の生活を直撃している。

物書きの端くれとしては、キッチリ今年もタイであった事件や
災害を記するべきなのだろうが、ふと空虚な心境になってしまった。
タイも日本も同じ年に想定を遙かに超えた未曾有の大災害に見舞われた。
所詮、自然の力の前では人間はなんて非力なんだろう。虚しい。

だが、政府が啀み合う中で被災地では絆や結束力が生まれ、世界中
の国々から多くの支援を受けながら国内でも多くの心ある人々の
善意の力が被災者に元気と勇気と生きる望みになったに違いない。

異国にいながら傍観者だったオイラには何も言う資格は無いが、
被災地の一日も早い復興とお亡くなりになった方々の冥福を祈ります。

今年を振り返って個人的な出来事で言えば初めてのアフリカ大陸上陸。
5000年前の歴史を垣間見たギザのピラミッドと王家の墓のルクソール。
10年越しのA嬢の夢の実現でカイロとルクソールで再会出来た友人との縁。

その後は毎年恒例の北海道帰国と2年ぶりの大阪・京都と、これまた
2年ぶりの東京と関東近郊の周遊旅で仲間達の元気な顔が見られた。

今年の訪タイ者の数は40組総勢166人。前年度を上回った。
どおりで忙しかったわけだし常に時間に追われている感覚だった。
「あぁ、今年も幸せな年やったな」と出逢えた全ての人に感謝です。
でも、来年は数を減らして時間に追われないように生きたいもんや。
毎年そんな目標を掲げながら結局は「今年も多忙や」と嘆くんやろな。

まぁ、来年の年末のブログが「あぁ、今年は平和な年やったなぁ」と
書けることを願いたい。では、このブログを拝読して頂いている全ての
方々に来年は今年以上にご幸多の年になることを祈願いたします。


asia_jiyujin at 05:39|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう