February 2012

February 24, 2012

第2286回「弾けるタイ留学生」

2285「留学生記念撮影」


い、生きてます。なんとか・・・

今年になって9組目となる札幌から訪タイされていた我が儘高齢者
ゴルフ4人組さまが10日間の滞在を終えて無事に帰国されました。
色白のオイラもゴルフにお付き合いして顔も腕も真っ黒。

はぁ〜、しんどかったぁ

今回もいろいろと問題が発生して大変やったけど、特に鬱病の御大さま
にはほとほと手を焼きました。オイラ医者じゃないけん、言葉を慎重に
選んでも分かって貰えないのには辟易。仕事として受けたミッションでも
なくさすがに途中でアテンドを降板。それに並行して2組のアテンド。

あっちで呼ばれ、こっちでも問題発生して呼び出される日々。
これって友人知人故に全てノーギャラの無償奉仕。せめて
大好きなお酒が呑めればと思いつつも御大たちは酒を嗜まず。

さ、酒を・・・頼むからオレに酒を呑ませろ〜

さて今日1日だけ空いた日に取材に奔走。明日からは3年ぶりに札幌から
恐怖のゲイ様が訪タイして来よる。改造人間(ニューハーフ)からゲイ様。
公務員やら漁師やら農家のおっちゃんやら。不動産経営の社長からCA。

大学の教授やお巡りさんや某組織の親分さまと、オイラの客人たちは
異業種天こ盛りの人たちがわんさかと来よる。もちろん真面目?な
いやまともな職種の人も多々おりますがやはり類は友を呼ぶのでしょうかね。

それにしても今年は異常な数やな・・・

寝なくても自分でもようやっとんなと思うほど健在なのが不思議です。
取りあえず、この空いた日に1月に行ったベトナム編の続きを掲載。



【1月6日】

「今夜タイ人留学生の送別会があるんですが一緒に行きませんか」
ほぉ〜、語学留学っちゅうことはきっとハイソなタイ人やろな

ハノイ大学に語学留学しているNちゃんと共同生活者のT氏から
バンコクからベトナム語を勉強に来ているタイ人留学生の送別会に
誘われた。まぁ、毎晩いろんな飲み会が続くもんです。

で、その前にNちゃんが以前お仕事でお世話になったベトナム人が
経営する日本料理店のご夫婦からランチを誘われていた。Nちゃんが
仕事の関係でいけないからとA嬢と2人で行くことに。

2285「ランチのレストラン」


2285「肉鍋」


迎えに来て貰いそのまま(オレには)相変わらず無秩序に見える
渋滞を抜けて川縁のレストランに到着。で、個室で優雅なランチ。
でも、見てみると鍋料理。しかも何かの肉だ。

げっ、まさか犬肉か
「違います。牛肉と鶏肉よ」

ご紹介してくれたご夫婦の奥様が流暢な日本語で説明してくれた。
旦那さまは日本語はまったくNG。常に我々に気を遣って終始笑顔。
とは言え、肉が食えないオイラとしてはつらい食事会である。
しかし、さすがにA嬢。食うわ呑むわ。オイラの分までガッツリ。

よくその小さな身体で食えんねぇ
「だって、美味しいですもの。それに今日が最後だからね」

A嬢と知り合って10年。確かに昔からよく食べるしよく呑んでいた。
この時ほどこの上なく胃のある人間を羨ましく思ったことはない。

2285「鍋ランチ」


2285「あずみと鍋」


「Jさんゴメン。私この後お茶に誘われているの」
いいよ、行っといで

食後、昨夜一緒に呑んだ謎の共産党員が昨夜と違うRV車に乗って
A嬢をアフタヌーンティに誘いに迎えに来た。しかも車から降りた
格好がまるでゴットファーザーの映画のアルパチーノかと思う出で立ち。

「シンチャオ」
君はマフィアか

どうみても「お茶」と言うよりはそのままホテルのパーティーか
結婚式に出席してもおかしくない格好だ。ベトナム人のセンスが
よく理解できん。

「バイバ〜イJさん」
おぅ、次は山梨で会おうな

この日の夜便で帰国する彼女のためにNちゃんは仕事を終えてから
TAXIで空港にお見送りに。オイラはT氏とタイ人留学生の送別会
会場へ。今夜もまた異国でおもろい縁が出来れば愉しいもんやね。

う〜、さみぃ〜
「Jさん。もう少しです」

今日の外気温9℃。オイラにとってはかなり肌寒いです。
夜になるとグッと寒さが増す。T氏のバイクに2ケツして
送別会の会場のレストランに向かった。

2285「奥田さんとツーショット」

このO氏とは2月の春節にバンコクで再会した

会場に着くと日本人留学生のOさんが迎えてくれた。
他にも千葉県出身のM君。会って早速挨拶したが
話し方を見てすぐにアスペルガー症候群だと分かった。

M君はあれ、アスペルガーなの
「えっ、Jさんわかるんですか」
昔の友人がそうだったから
「じゃあ、話が早いです」

T氏もOさんもその事を分かっていてM君に幹事役を任せ
さらには年輩者であるオイラの横に座らせることになった。
自分の弱い性格の克服とさらには大手企業でリストラにあった
という彼は己の可能性を掛けてベトナムに来たんだそうな。

無理して頑張ることはないよ
「いえ、でもですね。このままでは・・・」
なんで?背伸びしないでありのままでいいじゃん
「社会に適合できなくなって・・・」

ベトナム語を習得して次のステップにしたいとのたまう30歳
前半のM君。社会不適合者のオイラが言えることではないが
人間好きなことをやってそれが人様の役に立てられるなら本望。

限りない可能性を秘めた若者には失敗も又人生に必要なこと。
知り合った縁を大事にすればやがていつか活かせられる日が来る。
大事なのは「何をしたいか」よりも今の自分に「何が出来る」だろう。

ホアンキエム湖の南側に位置するそのレストランは地元でも
有名なのか多くの外国人観光客で賑わう人気店。この日集まった
留学生は韓国人が8名。黒人系のカナダ人が1名。タイ人が3人。
ベトナム人の女性教師に我々日本人が4名。

2285「晩餐風景」


随分と韓国人留学生が多いっすね
「ハノイは韓国企業が多いですからね」

タイでも3年前の韓国ウォンの下落で一時期本国に撤退した企業も
最近では長続きしない女性のダイエットのリバンドのように
以前にも増して韓国人旅行者や進出している企業が激増している。

ベトナムは日本の企業の進出よりも韓国企業の数の方が遙かに多い。
先日の新聞に掲載になっていた記事だが、帝国データバンクの調査では
ベトナム進出の日本企業は1月31日時点で1542社。

業種別では「製造業」が725社と最も多く、次いで「卸売業」319社、
「サービス業」236社、「運輸・通信業」76社、「建設業」63社、
「小売業」27社、「不動産業」15社、「その他」81社。
業種細分類では「ソフトウエア業」が71社と最も多かった。

Nちゃんが勤める日系のリサーチ会社も分類すればソフトウエア業だ。
いろんな情報をベータベース化する事によってこれから進出してくる
日系企業の大事な資料になるんだとか。

都道府県別では「東京」627社、「大阪」222社、「愛知」91社、
「神奈川」70社、「静岡」60社、「兵庫」51社、「京都」50社、
「岐阜」33社、「広島」31社、「埼玉」30社、「長野」27社、
「福岡」23社、「群馬」20社、「千葉」17社、「三重」17社。

因みに帝国データバンクの調査ではタイに進出している日本企業は
昨年10月31日時点で3133社。おそらくタイ在住者は5万人を
超えている。洪水があった昨年1年間の旅行者は112万人。

ベトナムもタイも東南アジアはこれからも益々日系企業が押し寄せて
来るんだろうな。日本の空洞化に歯止めが利かなくなれば経済も立ち
行かなくなり長期間続く閉塞感から脱却できずに政治も混迷するだろう。

2285「晩餐風景1」


で、そんな感傷とは裏腹にメインのタイ人が1時間も遅刻して来て
(大方のタイ人は約束した時間に家を出る傾向が多いのね。体験者談)
しかも、このクソ寒い日にノースリーブで登場。どこまで見栄っ張りやねん。

こちとら寒くて持参したペットボトルに移し替えた日本酒を隠れながら
飲酒していたら目の前に大きな鍋が。食べてみて顔をしかめて吃驚。

どっひゃ〜、これトムヤムインやんけ
「だって、今日の主賓はタイ人ですから」

2285「トムヤムクン」


2285「トムヤム鍋食べる韓国人」


タイでも滅多に食べないタイ料理を何故故にハノイで食べんのや。
仕方なくオイラはフランスパンを肴に持参した日本酒をチビチビ。
向側に座るおとぼけ3人組のタイ人と韓国人留学生がさかんに
笑いかけられるもリアクションに困惑。おじさんは結構真面目なのだ。

2285「タイ人と韓国人3人」


2285「タイ人みゃ〜」


その後、酒が進むと多国籍なパーティに拍車が掛かりタイと同様に
二次会会場へ移動して弾け飛んだ。

2285「二次会会場」


2285「二次会乾杯」


2285「韓国人とオイラ」


流暢なタイ語を話すオイラに吃驚しながらやたらと興味を持たれた主賓や
お友達とすぐに打ち解けた。で、バンコクに帰ったら是非一緒に食事に
行きましょうと誘われたが、今日の時点で未だに連絡なし。はたして
我が儘なハイソなタイ人から連絡が来ることがあるのでしょうかね。

2285「リッキーツーショット」


はたして次回はいつ更新出来る事やら・・・

asia_jiyujin at 17:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

February 17, 2012

第2285回「破滅的多忙の日々」

2285「なんと58,5圈


「お〜い、生きとんのか?」
「バンコクで爆弾騒ぎがあったけど大丈夫なの?」
「メールの返信がないけど洪水に呑み込まれたのか?」
「しばらく音信不通ですが心配しています」
「大丈夫?何かあったの。倒れたの」

日本の各方面からいろいろとメールが届いておりますが、現在、半端ねぇ
ほど超多忙の真っ最中です。ハノイから戻った1月13日の翌日から
いまだに続くこの信じられないほどのアテンドの日々。

ハノイの続編ブログも書けず、大好きだったホイットニー・ヒューストン
の死さえ知らず、我が家の近くで起きた爆弾騒ぎも知らず、連日連夜、
朝から晩まで次から次に日本から訪タイされる友人知人会員さらには
団体や信者たちのアテンドが続いている。

まるで売れっ子タレント並の忙しさだがギャラは発生しない。
一番辛いのは普通の日本食が食べられないことだ。

「来月タイに行きたいんやけどフジさんいつ身体空いてんの?」
「いまパタヤに着て今夜の便で帰るけどバンコクで会えますか?」
「来週末に友達連れてバンコクに行くからアテンド宜しくネ」
「ホテルとゴルフ場の予約を頼みますわ」
「アジアンハーブにマッサージの予約しておいてネ」
「悪いけど空港に迎えに来てくれませんか」
「○○の店の○○ちゃんにに連絡しておいて下さい」

はぁ〜、オレはガイドでも女衒でもねぇ

今年は年明け前から次から次とオファーの連絡が続き1月には2つの
訃報が舞い込んだが涙を堪えて哀しむヒマもないほど自分を殺して
がむしゃらに目の前のミッションをこなしている。本来なら全てを
キャンセルして飛んで帰りたい心境だが、それも無理な状況。

オラ芸人かよ

自分のプライベートの時間は殆どない。気が付けば明日履くパンツがない。
溜まった洗濯物を夜中にやって朝には半乾きのパンツを履いて家を出る。
唯一の楽しみはアテンド中に呑まして頂く酒で現実からトリップすること。

あぁ〜、このままどっかに逃亡しようかしら

クタクタ(大概は酔っぱらって帰宅しているけど)になりながらシャワーも
浴びずにベッドにバタン・キュー。翌朝起きて再びアテンドが始まる。
気が付けば下着も昨日のままだったりする。

ふぅ〜しんどい。今年のこの修練はいつ終わんのやろ

未だに年賀状の返信も書けず、アテンド先でWifiの電波を何とか
駆使しながらI Phoneでメールの確認をするも受信が出来ても
返信が出来ない。おかげで仕事に支障をきたしたり、いろんな人に
不義理をしたり、心配されたり、最悪は縁が切られた人さえいる。

ごめんなさ〜い

目の前の客人を優先するばかりにイチイチ言い訳したり説明する時間も
ないが、本業や大事な人を蔑ろにしていたらそれこそ本末転倒である。

「覆水盆に返らず」

かつて自分の多忙が原因で失ってしまった大事な縁も多々あるけど
しゃ〜ないと諦める。頼まれれば「NO」と断れない自分の意志の弱さに
原因があるのだから。

さすがに寝るヒマもなくまともに食事も出来ず、気が付けば今世紀最低値の
体重にビックらこいた。なんと58.5圈昨年の暮れまではずっと62圓
キープしていたのに今年になってから急激に体重が落ちている。

「このまま多忙が続けばまだまだ体重が減るやろな」

各方面にご心配をお掛けしまして大変申し訳御座いませんが、
このまま寝るヒマがないほど多忙が続けばぶっ倒れるのも
時間の問題である。まさに胃を切った年と同じ忙しさだ。

アカン。そうなる前に失踪しようかしらん

まぁ、いろいろ弱音を吐いたところで状況は変わらない事は知っている。
例え病気になっても頼まれたミッションはキッチリこなしてきた男である。
自分を犠牲にしているとは思ってないが、さすがに己のキャパが足りない。


2012年のオイラの運勢
2012年がいつもの年と違うのは、あなたは単に誰かのために自分を犠牲に
するのではなく、自分の主張もきちんと持って臨むこと。人の言いなりになって
はダメ。だから、周囲との調和を考え、上手に人と付き合いながら、つねに
「自分はどうしたいのか?」を考えれば、運勢はあなたの思い通りに進むでしょう。
時に「言葉」で自分の意見をあらわさなければならないこともあります。

よぉ〜し、勇気を持って“言葉”で自分の意志を伝えましょう

おそらくこの多忙が4月のタイ正月まで続くため通常生活に戻れません。
何かと連絡不足や期待に応えられず不義理をするかもしれませんが、
どうかご理解とご了承をお願います。先ずは自分が倒れないことだな。


asia_jiyujin at 17:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

February 05, 2012

第2284回「旧市街地で食探訪」

2284「ホアンキエム湖」


どうもご馳走様でした
「いえいえ、どういたしまして」
「今日は呼んで頂いて有り難う御座いました」

美味いフォーをご馳走になった我々はI先生に御礼を言って別れた。
その後、A嬢が前回来越したときに知り合った現地のベトナム人の
友人に会いに旧市街地へ行くというので「一緒にどう」と誘われた。

もちろん。いいよ

2284「教会前で」


TAXIに乗ってハノイ大教会前で降りる。セント・ジョセフ教会として
1886年に建てられた教会。オイラは仏教徒ながら高校生時代に付き合
っていた彼女が敬虔なクリスチャンだったのでよく日曜日には富良野の
教会に付き合わされた事をふと思いだした。

あれから35年。美○子は元気にしてんのかな・・・アーメン

教会を後にしてそこからぶらぶら徒歩でホアンキエム湖まで探索する。
さすがに観光地である。彼方此方のカフェや街中で外国人と遭遇する。

「凄い外国人の数ですよねぇ」
ま、オレたちも外国人だけどね

2284「街中1」


2284「街中2」


街全体が世界遺産に登録されている旧市街地。ホアンキエム湖の北側に
広がる旧市街地は、昔ながらの商業地区通称“ハノイ36通”と称される
一画。道路を曲がる度に景色が変わり生活の匂いが通りに生きづいている。

なんじゃいこの街は。まるで迷路のテーマパークやな

まさに迷路のようだ。熱気と活気が渦巻きあやゆるエネルギーが混在。
衣料や野菜や果物などの市場やベトナム料理やスィーツなどの屋台など
昔ながらの歴史ある古い商業の街は一日中外国人観光客で賑わっている。

実は観光大好きのA嬢と比べて歴史的な建造物や寺院には殆ど興味が湧か
ないオイラはハノイ滞在中はもっぱら現地料理やスィーツにハマっていた。
そんな中でも唯一入場料を払って見たのが玉山祠(ぎょくさんじ)だった。

「あのねJさん。亀の伝説があるのよ」
カメって、あのカメ仙人の亀か
「そう、なんでもね・・・」

A嬢が言うには、その昔(1428年)に湖に棲む亀から授かった宝剣で
明軍を駆使してベトナムを中国から解放。その後国が安定してから
宝剣を湖に棲む亀に返したそうなのだ。その亀だかその子孫だかの亀が
1968年に捕獲されて湖に浮かぶゴッソン島に鎮座されてるんだそうな。

へぇ〜、詳しいな
「還剣伝説の亀と言って2mもあるのよ」
に、にめーとるって人間よりデカイじゃん

2284「ホアンキエム湖n昼」

日中のゴッソン島
2284「ホアンキエム湖の夜」

夜のゴッソン島

現地通貨の10,000VND(約37円)の入場料を払って橋を渡る。
ちょうどオイラたちの前に日本人夫婦を添乗している現地ガイドがいたので
しばらく後ろからこっそり着いていって日本語で説明を聞いていた。

ふむふむ、なるほど。で、これがあの亀スッポンじゃん
「う〜ん、確かにスッポンの一種かもね」

2284「伝説の亀」


壁には当時捕獲された写真のパネルが飾られていたが、そもそも
亀が剣を持っていること事態、孫悟空のような空想の物語だろうに。
中に寺院のような場所があったのでタイで行けなかった新年の初詣を
ハノイで済ますことにした。しつこいようだが辰年に昇龍の寺院は縁起が良い。

今年は身体を鍛えて元気になったるでぇ

その後、旧市街地の中に日本の旅行雑誌のるるぶにも掲載になっている
と言うレストランを経営するA嬢の友人宅にお邪魔するも、すぐに
彼女の父親に気に入られて特別なハノイウォッカで歓迎された。

うぉ〜、なんじゃこりゃ。このウォッカ。めっちゃキツイ
「呑みなさい。呑みなさい。遠慮はいらぬ」
遠慮はしないけど、口から火が出るほど度数が高いよぉ

この日の外気温は10℃前後。冷えた身体に40度の液体を流し込めば
おのずと体内温度が一気に上昇するもあまりのきつさに舌が麻痺しそうだ。

A嬢の友達と称するHさんの隣に場にそぐわぬ美人が座っていた。
訊けば友達で仕事はモデルだと言うじゃん。どうりで雰囲気も違うし
そんじょそこらの一般人と比べて別格の気品のある別嬪さんだ。

2284「モデルとツーショット」


A,A。ちょっと写真撮ってくれろ。日本の母上に
ベトナムで嫁をめっけたって言うから

「えっ、Jさん結婚する気あるの?」

ついついいつものクセで厚かましくツーショット写真をお願いするも
さすがに現役のモデルさんです。慣れた様子でキメのポーズも一発OK。
これで証拠の写真は撮れたぞ。

母上様。息子はハノイで再婚しますだ。ご安心を

と言っても後期高齢者の母上はタイもベトナムも想像もつかない
だろうからなぁ。

さて、今度はHさんの妹の案内で、ハノイで一番美味いと言われる
チェーを食べに行った。常に満席になるその店には現地の人や旅行
雑誌を片手に探してきたような外国人観光客で賑わっていた。

うぉ〜、うっめぇ。これはイケるな
「ね、美味しいでしょ」

2284「あずみとあ〜ん」


2284「妹と甘味屋ツーショット」


その後ハノイ中心部で最大級の市場のドンスアン市場を巡ったのだが
あまりの人の多さに辟易する。で、少し歩いたら今度はエビ天麩羅のような
食べ物を食べたいとのたまうA嬢。兎に角異国のリサーチ力は完璧である。

また食べんの。さっき食べたばっかりじゃん
「Jさん。あれはスィーツ。これは別腹よ」
へいへい。お付き合いしまっせ

2284「ドンスアン市場」


2284「ベトナム風海老天麩羅」


2284「あずみとエビ天」


情報誌に掲載になっている現地の食べ物を全食制覇するつもりか。
またもやプラスチック製のちっちゃな椅子を道路に並べて即席の
テーブル席を造る。これがベトナム人体系に合わせてあるからキツイ。

お、意外とイケるじゃん。うん、確かに美味い
「ね、そうでしょ」
で、またしてもハノイビール呑むのかよ
「だって、喉渇くでしょ」

Hさんの妹と2人で乾杯しながらの飲みっぷりは単なるのんべぇだ。
訊けば妹は18歳だというじゃん。

え、ダメじゃん。まだ未成年じゃん
「ベトナムはね、いいのよ」
そう言えばタイも18歳以上だな

2284「門前でツーショット」


その後、旧市街地を周りながらお目当てのアジア雑貨の探索。
日本女子定番のグルメにショッピングのお付き合いには慣れているが
これ以上はもう食べられぬ。実はこの日の夜は送別会に呼ばれている。

う〜、さっむぃ〜
{Jさん。もう少しです}

Nくんのバイクに2ケツしてやって来たのはホエンキエム湖の南側
のエリアにある老舗の日本食料理店の和食処“紀伊“。

2284「夜は夏ちゃんの友人送別会」


Nくんと同居のTさんの共通の友人がハノイに別れを告げて日本に
帰国するので彼が勤めていた店で送別会を開くことにしたそうな。
ハノイ滞在2日目にして日本食。はたしてハノイの和食のお味は。

「じゃあ、お疲れ様でした。かんぱ〜い」
「いろいろとお世話になりました」
へぇ〜、かなりのイケメンじゃん

訊けばイタリアのミラノでも働いた経験があるという彼。
それが東南アジアのベトナムに流れ着いて現地で働く。ちょっと
変わった経歴のある彼が、今更なんでつまんない日本に帰るのか。

もったいないね。帰国してホストでもやんの
「いえ、それはまだ」

これだけの容姿と若さがあれば選択肢は限りなく広いはずだ。
しかもヨーロッパやアジアの海外を渡り歩いてきた経験もある。
でも、確固たる目標がなければいずれつまんない人生になる。

日本に飽きたら今度はタイにおいで

Nくんの彼女のA嬢はHさんらと晩餐会だった。Nくんとオオラは
送別会が終わってから彼女たちと合流し、今度は共産党員と思われる
VIPなお友達と現地人が行くパブでハノイウォッカを呑むことになった。

2284「さらにパブでハノイウォッカをやる」


「まだまだ夜は終わらないよ」
「んじゃあ、かんぱ〜い」
くぅ〜、きっつぅ〜

想像以上に寒いため、呑んで内側から温めるしかない。それにしてもだ。
ハノイ2日目は大学にホアンキエム湖に旧市街地で市場とグルメ探索。
夜は和食処で送別会の後にパブである。なんだか今日は濃い一日だったなぁ。



asia_jiyujin at 03:28|PermalinkComments(4)TrackBack(0)