January 2013

January 19, 2013

第2438回「今年の抱負は拘り」

2438J年賀状

お子たちの成長を伺える年賀状


兵庫県に住むJちゃんから年賀状が送られてきた。ネット全盛の
この時代にメールでの味気ない挨拶を嫌うJちゃんは
日本の伝統を大切にする古風で拘りのある女性だったりする。

年に2度、年賀状と暑中見舞いのハガキを送ってくれている。
2人の娘の成長が3年前からのハガキで手に取るように分かる。
あたかも遠くに嫁いだ娘が子供達の成長を伝えてくれているようだ。
オイラもメールではなく必ずタイのハガキを買って返信している。

味気ないわけではないが元旦から沢山の年賀メールが届いていた。


愛泰家O氏
藤岡さま明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。体調はいかがですか?

昨年はツアーも個人訪泰時も大変お世話になりました。
思い起こせば、一昨年の11月に、なんとなく申し込んだ
ツアーがタイとのそして藤岡さんとの出会いでした。

初めて行ったタイで、抑圧された日常から解放されて
すっかりタイ好きになったのを覚えています。タイ人の
ホスピタリティの豊かさや屋台の並ぶ街並みの風景、
ゆっくり流れる時間が心地よかったのだと思います。

その後何回か訪泰しようと試みましたが、なかなか
都合がつかず2回目は春のツアーでした。

昨年の5月で当時携わっていた開発プロジェクトが
一段落したこともあり、また夏休み時期ということもあり、
ツアー後は立て続けに訪泰していました。

その後はご存じのとおり、なにかと時間を見つけて、
適当な理由をつけて、毎月訪泰。行くたびに藤岡さん
には大変お世話になっております。ありがとうございます。

今年もちょくちょく遊びに行こうと思ってますので
また、飲みましょう。よろしくお願いします。

12月訪泰時も3日間付き合っていただき、ありがとう
ございました。無事帰国し、いつものごとく深夜まで
働いています。今年は1月1日から出勤です。

先日の最終日はVanillaで別れた後、スクンビットの
路上バーで明け方まで飲んだくれてました。

2438著者とツーショット


2438小野さんと琥珀で


愛泰家O氏もまた、この国で自分の根底を再確認できる「何か
を見つけられたんでしょうね。いつでもお待ちしておりますよ。
あ、でも2月の3週目迄はビッチリスケジュールが埋まってます。



昨年ハノイで出逢ったO氏
藤岡わこう様
あけましておめでとうございます
ご無沙汰しております。年中暑いタイでの生活の中、
お元気していらっしゃるでしょうか?
日々「時遊人」ブログを楽しみに拝見しております。

さてハノイの宴会でご一緒し、バンコクで食事・ガイド
して頂いてから約1年が経ちました。
楽しかったあの時をよく思い返します。

あれから、バンコクには行っていないのですが、
ノーンカーイやハジャイ〜スンガイコロックに
ほんの少し立ち寄ったりしておりました。まだ
タイ文字は読めませんが、センテンスはすこしずつ、
頭に入ってきました。どの国の言語でもそうですが、
カタコトでも通じるとうれしいですね。学習意欲に
つながります。

しばらくは訪タイの予定はありませんが、またお会い
できる機会を楽しみにしております。そして、今年も
健康でよい年を過ごせるよう心よりお祈り申し上げます。

2438「奥田さんとツーショット」


2438「留学生記念撮影」


今は日本に帰国して愛知県の某市に住んでいるO氏。
またいつでも来て下さいませ。お越しの際は是非伊勢の
赤ふく”を手土産に。うみゃタイ料理もあるでよぉ。



ルクソールから帰国したR嬢
藤岡さん
明けましておめでとうございます。
お元気でいらっしゃいますか?
10月にお陰様でエジプトから帰国し、今は福島県に
あるJICA二本松訓練所というところで働いています。
休みが取れれば、今年こそタイへ行きたいと思っています。
また藤岡さんにお会いできたら嬉しいです。
今年も何卒よろしくお願い致します。
お体ご自愛下さいね。

2438理恵とカフェ


2438カレーパーティ


2438ルクソール3人


任期を終えて帰国されたんですね。その節はホントありがとう。
待っていますよ。君の好きなタイ王国で。今月末にノンカイで
元ポンチャルン中学校のパイブン校長先生ご夫婦と再会します。
                   


昨年ジョホールバルに家族で移住したA氏より
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
良い一年でありますように。

2438荒木さんと


この繁忙期が過ぎて落ち着いたら10年ぶりにマレーシアに飛ぼう。
シンガポールで旨い日本料理食べて近況を訊かせて下さいませ。
時間があれば一緒にキャメロンハイランドまで行きまへんか。
ロングスティされている新潟のK先生夫婦に逢いに行きましょう。


定年を過ぎた札幌のY氏より
明けましておめでとうございます!新年のバンコク市内の
様子はどんな状況何でしょう?札幌のお正月は車の走行も
少なく静かなもんです!しかし積雪は例年の倍程あり今年
バンコクに行けないのは残念ですが冬の期間は除雪に精を
出します♪これから藤岡さんには超ハードスケジュールの
日々ですね!お身体に気を付け元気にお過ごし下さい!


年が明け元旦から2週間以上も真冬日が続いていた極寒の札幌。
例年であれば今頃はタイに来て連日ゴルフ三昧だったのにね。
今年のバンコクは例年より温かく日中32℃の朝夕が23℃。
今が一年で一番過ごしやすい乾季だけにY氏も残念だろうね。


他にも数通の新年を祝うメールが来ておりました。

皆様、今年も明るく元気に毎日笑って暮らしましょう
笑う門には福来たる』の如く笑えば自律神経や副交感神経が
活性化して病気が退散、しかも幸福だって寄ってくるんです。


で、唐突ですが今年のオイラの抱負は「拘り」に決定した。
昨年の抱負は後輩の「育成」だったけどものの見事に失敗。
そもそも育てたいヤツ等がみ〜んな辞めたり消えちゃった。

今年は人様のことよりも己を切磋琢磨するために、仕事も遊びも
考え方も言動も自分が持っているアイテムにも拘ってみようかと。
先ずは規則正しい生活に拘わらんとアカンね。

今年の7月で55歳。体重はまさかの55埓A阿泙任ている。
拘りの55歳。巳年だけにマンネリと惰性からの脱皮や。
え〜、あんさんにできまんの。まぁ、意識の問題どす。

それにしてもオギャーとこの世の生を受けてもう55年か

光陰矢のごとし』まぁ、人生なんて案外早いもんだ。
今年くらいはもう少しスピードを落としてゆ〜くり回り
の状況を見ながら心に余裕を持って生きたるねん。

狭い日本そんなに急いで・・・もとい。広いタイ国やもん。
ゆっくりマッタリのんびりでええねん



asia_jiyujin at 03:05|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 18, 2013

第2437回「必然的な出逢い」

2437暁の寺院上部


1月7日午前5時30分。Tくんが短いタイ旅行を終えて
日本に帰国した。結局1人旅の体験は出来なかった
けどそれも1つの宿命。後日彼から丁重なメールが届いた。

Tです。
刺激的なタイ旅行を終え、慌ただしい仕事始めの中考える
暇ないまま、初の休日を迎えいつもの喫茶店でゆっくりと
旅を思い返していました。

色々な偶然が重なり今回私はタイに旅行にいくことになりました。
悩みがなければ行くことがなかったですし、Kさんに相談して
いなければタイを選択することも、ましてやJさんにお会い
することもなかったです。

(中略)

自分を抑制し、仕事し、家を買い、社会のレールから外れないように
と奮闘していた自分の考えが、独りよがりでちっぽけな世界の考えで
あった事を痛感しています。

また、Jさんの「タイ少女白書/僕らのNGO白書」をKさんから
お借りして読ませていただきました。冒頭のあたりから、自分の体験と
重ねてすっかり自分のことのように読み進めてしまいました。それに
しても、こういった現実があるのだと勉強させていただきました。
そういった視点でもまた、また訪タイしてみたいです。

きっとこの旅やJさんやAさん、Nちゃん、その他の出会いは自分に
とって必然的に出会えたことを確信しております。今の私に必要な出会い
だったんです。口下手でうまく表現出来ない私ですが本当に感謝しています。
また、タイに行きますのでその時にはまたよろしくお願いします。


2437暁の下タケ


よかったね。きっとそうなるだろうと彼が来る前から思っていた。
かつて自分探しの旅と言いながら多くのモラトリアム症候群に陥った
日本の若者たちがタイを訪れた。答えや目標を見出せた人もいれば
何も見つけられずに逃げるように帰ったヤツもいた。それでも確かに
異文化のタイでお金では買えない「何か」を体験できたはずだ。

オイラもまさかタイで生活するとは思っていなかったけど、きっと
必然的な出逢いとちょっとした仏陀様の気まぐれで精神修行の場と
してタイ王国に誘ってくれたんだと思う。奇跡的な不思議な偶然が
重なって来た国たからね。きっと来るべくして来た運命だったと思う。

Tくんがタイに来たこともきっと今の苦難の立場からいっときの
解放を授けるために、また将来の人生の生き様のヒントを得られる
ために導いてくれたのだろう。タイミング良くA嬢やNくんが訪タイ
していたのも必然的な出逢いだったんでしょ。

オイラの処女作を読んで頂けた事もきっと今のTくんに必要な文献。
あまりにも似てる境遇。ま、今は辛いと思うけど、それも仏陀様が彼に
与えたもうた人生の試練。悩んで苦しんで涙して下さい。その先には
きっと一回りも二回りも精神的に成長したTくんに生まれ変われる。

オレは34歳でタイに来て「生きる意味」と「仕事の意義」を悟った。
32歳からの彼はこれからも大きな試練や苦難にぶち当たると思うけど、
男なら逃げないで真っ向から立ち向かえ。その為にも己の持っている
いろんな引き出しから今までに得た多種のアイテムを駆使して、
さらに楽しみながら苦難を乗り越えるようになってくれよ。

幸福の定義は、自分に降りかかる事実を全て肯定して生きること
これもタイの僧侶から教わったこと。自分だけが苦しいワケじゃない。
世の中にはもっと劣悪な環境で生きながらも親を敬い、謙虚で感謝
しながら笑って暮らしている弱い立場の人がいることもまた事実。

彼と夜遅くまで語り合って驚いたことがある。オイラがかつて観た
映画のベスト3に「猟奇的な彼女」と「シンドラーのリスト」と、
フランス映画の「シェルブールの雨傘」がある。3つめの映画は
オイラが中学校時代に観たかなり古い映画だ。それを彼が知って
いたことに驚かされた。20歳以上も年齢差があるんだぜ。

こやつ何ヤツだ

仕事柄彼の能力は一般人よりかなり優れていることが計り知れる。
人に対する気遣いや思い遣りとリアクションの良さも抜群。
ただ、自分を完璧でいようとする事は想像以上にストレスが溜まる。
結果的に周囲にも某等の影響を及ぼしてしまう。

実はタイには100点満点というのがない。1+1=が2にならない。
常にファジィでアバウトだ。それでもみんな笑って生きている。
日本のようにルールで雁字搦めに縛り付けられた社会にいれば
みんな病気になっちゃうよ。時にはタイ人のようにいい加減に
生きることも必要なのかもね。案外こっちの方が正解だったりして。

凄い人だよなぁ。吃驚した。益々彼に興味を抱いてもっと話した
かったけど時間には限りがある。また機会があったらアジアの空の
下でゆっくり語り明かそう。Tくんとの縁にK嬢に感謝します。

2437エメラルドあずみと


さて、A嬢と2人になったこの日はオイラが毎週月曜日に行く
エアコンの効いている涼しい喫茶店でひたすら読書に耽った。
UCCのカフェラテが美味い。

う〜む、引き立ては香りがいいねぇ

ふと山梨県から来たA嬢が「熱々の鍋焼きうどんが食べたい」と
のたまう。「ほぉ、どうしたの。山梨名物のほうとう鍋でも恋しく
なったんか」と思いながらオイラもそろそろ和食が食べたかった
のでA嬢の案に大賛成。ところがこれがいざ探してみると鍋焼き
うどんがある日本料理店が意外とないのだ。

う〜ん、困ったな

縁というのは恐ろしいもので、それから店を出てフジスーパーに入ったら
偶然馴染みの寅次郎の大将に会った。いや、たぶんこれも必然だろ。
メニューにはない特製鍋焼きうどんを作ってくれると快諾してくれた。

「かんぱ〜い」
くぅ〜、うっめぇ

A嬢はギンギンに冷えたシンハービール。オイラはいつもの
冷えた竹酒をくぃっと一気に渇いた喉に流し込んだ。旨い。
A嬢は熱々の鍋焼きうどん。オイラは岩手産のサンマを肴に。まさしく
最後の晩餐の夜。「やっぱ醤油の味は胃が落ち着くわ〜」。

2437フットマッサージあずみ


翌朝午前5時30分。A嬢が帰国した。


asia_jiyujin at 04:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

January 17, 2013

第2436回「言葉のソムリエ氏」

2436アズミ&N&オレ暁



1月6日午前5時半。Nくんが帰国。

あぁ、もっと長く一緒にいて感化されたかったけど、お仕事
だから仕方ない。その昔、彼に初めて会った時の印象は・・・

すげぇや。この人

Nくんはオイラが数少ないリスペクトしている日本人の1人。
最初に出逢ったときは衝撃的だった。今まで聞いたことがない
言葉の比喩」や「表現の豊かさ」に魅了された。

さらには「人を瞬時に引きつける見事な話術」。
天才とはこういう人のことを言うんだなと感銘した。

オイラが逆立ちしても到底考えつかない独創的な発想の比喩。
例えるなら昭和の文豪の「砂の女」や「箱男」を書いた安部公房氏
をも彷彿させるほどの比喩にオレの心が鋭利な刃物でえぐられた。

ぐぅえ〜、この人の脳みそはどうなってんのや

例えば、これから3人で超混んでいる料理店に行くとしよう。
「ねぇねぇ、あの○▲×店に行こうよ」「こんな時間に行ったら
ロシアに初めて出来たセブンイレブンに行くようなもんだよ」
ほ、ほぉ〜、実に的を射た上手い表現。それ頂きます

いかに混んでいるかの比喩だが、行ったことがない人間でも混み合う
映像が想像できる。実際オイラはそれから数年後にロシアではなく
北京にセブンイレブン第1号店がOPENした初日のニュースを
TVで観て「なるほど」とあの時Nくんが発した比喩に感銘した。

まさに、半端ないごった煮のような混みようじゃんか

2436夏日


他にも革新的な比喩は数え切れないほど聞いている。それ以来、
叶うことならば1日中「言葉のソムリエ」の彼の付人になって
片っ端からから研ぎ澄まされた洗練の比喩を習得したかった。

もっとNちゃんと親密になる手立てはないかな。そうだ

さらに画策したのが、A嬢の協力を得て彼女の姉と結婚してNくん
と義兄弟の親族になる計画を企てた。その為A嬢から姉と母親を
そそのかしてタイ旅行に来た際に水上マーケットからスカイバー
や究極のグルメもショッピングも常に笑顔でガイドさせて頂いた。

しかし、姉にオレに対する恋心は芽生えなかった。ところがだ。
訊けば昨年オイラと大した年が離れてない50歳代の年上のヤツと
目出度くハワイで挙式を挙げた。「うっそぉ〜マジかよ
こうしてオイラの義兄弟計画ははかなくも見事に砕け散った。
因みに姉は女医。しかも最近某開業医の院長になったらしい。

いや、もしかしたら数年後に破局が・・・うん、再婚も有りだな。
まぁ、そこまでしてNくんと義兄弟にならなくてもいいのだが、
そもそも肝心のA嬢とNくんが結婚しなきゃ親族にもなれんだろ。

まぁ、義兄弟になんなくても帰国した時やこうやって毎年のように
異国で会えているんだからそれだけで良しとしなくちゃね。

2436学食3人川方向


が、しかし、ここ1,2年ほど「言葉のソムリア」が消えた。
きっと、彼の能がてぇへんな事態になっているんだろうか。

Nちゃん最近どうしちゃったの

どうしたことかハノイで生活してからすっかりNくんらしい
洗練された比喩の新作を聞かなくなった。まぁ、あんな無秩序な
国で米国に勝ったベトコンを先祖に持つベトナム人と日々闘って
いただけに比喩も心の豊かさも消え失せてしまったのかな。残念。

でも、今は先進国家のジャパンに在住じゃねぇか

しかも親分はフランセで、職場の仲間はファラン(白人)だぞ。
ならばすでに日本に帰国してリハビリ期間は十分過ぎているはず
なのに、訪タイして日からオレが期待するあの目の覚めるような
素晴らしい「言葉の比喩」の新作を殆ど訊かずに帰国しちゃった。

オレが尊敬するNちゃん、どうしちゃったのぁ〜

まぁ、それ以上にA嬢との会話の数の方が勝っていたから
どうしてもNくんの口数が少なくなってんだけどね。まぁ、
なにはともあれオレはこの2人と一緒にいるだけで不思議と
極上の幸福な気持ちになれる。

彼らがいる。ただそれだけで嬉しい

2436 IKEA


で、Nくんが帰国した午後からバンナートラッドにある
テーマパークのような巨大コンプレックスの『IKEA』に行った。
そう、日本にも出店しているあの外資系インテリアのIKEAだ。

実はたまに呑みに行くタニヤの神楽のカウンターのイスが酔っぱ
らった暴力的な客人によって半損された為に新しいイスが必要に
なっていた。ま、A嬢も異国のIKEAを見てみたいというし、
特に予定のないTくんも同行していざ3人でタイのIKEAへ。

へぇ〜、でっけぇ〜、どっから入るだよ

ロビンソンデパートやBig Cや無数のテナントを過ぎると
ようやく見えてきたIKEAの入り口。休日のせいかタイの
中流階級の家族連れで店内ははんぱない混みようだった。

2436イケア1


2436イケアカウンターチェア


2436 499B

【499B】
2436 590B

【590B】
2436 3500B

【3500B】
2436 3750B

【3750B】

昨年の洪水被災後も景気が右肩上がりというタイは新年から
1日の最低労働賃金が全国一律300Bに引き上げられた。
今まで159Bのだった県までが一気に倍である。これでは
益々購買意欲が増して異常な好景気が続き物価が上がる。

一方で賃金を払えない会社や工場が大量の授業員をリストラ。
閉業に追い込まれる企業。いくら法人税が30%から23%.。
さらに20%に引き下げられても継続していくのが困難。

まさに現金が罷り通る資本主義社会が今以上の格差社会を生み出す。
人件費が上がり、野菜や日配ものも値上がり、毎月の電気代や水道費
も上がる。銀行の定期金利は3%台。新車購入の優遇処置。
このまま堅調を維持すれば今年の成長率は5%らしい。

あ〜ぁ、だんだんタイも住みづらくなってくるねぇ

数年後には先進国並みの物価になり、ロングスティの日本人も安い
年金だけではさすがにタイでも暮らしていけなくなるかもしれない。
かといって福祉の充実していない日本に帰国しても病院も介護施設
も満床で入れない。死に場所なき高齢者の現実。

タイには今さら帰国できない理由の高齢者がかなり存在している。
自分の死ぬ場所すら決められない老人たちの行き着く場所はどこ?
老後を何の不安もなく生きていける日本になって欲しいよなぁ・・・。

漂流老人。オレもいずれそうなるのかしら

さて、今宵の晩餐は初日に行って閉まっていたプラトナームの
行列が出来る名店のカオマンガイを食べに行ったのだが。

なんじゃいこの味はトンローの方が断然美味いじゃん

行列が出来るからと言って必ずしも現地人とオイラの舌が
合うとは限らない。スープがコショウの入れすぎで飲めんわな。
それでも店先には旅行雑誌片手に行列に並ぶ日本人や中国人たち。
情報は必ずしもあってないぞ。中には提灯記事もあることを知れ。

食べられずに残したカオマンガイをTくんに薦めたらペロっと全部
平らげた。スープも完食。オレの舌の方がもうタイに合わんのか。

あぁ、和食が食いてぇ。醤油の味が恋しい


asia_jiyujin at 04:50|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 16, 2013

第2435回「究極タイ感夜の部」

2435 I LOVE カオサン


バンコク三大寺院を巡って国立タマサト大学で軽食した後に
TAXIに乗って次なる目的地のMBKへ移動しようと思ったが、
肝心のTAXIが殆ど走ってないし、止めても乗車拒否ばかり。

う〜む、どうすっかな

当初の予定では世界中のバックパッカーが集まるカオサン通り
にも連れて行きたかったのだが、今夜の晩餐会の時間もあるし
その前のお土産物のショッピングタイムを考慮して悩んでいた。

ま、折角だから3人に見せておきましょ

てくてく歩きながら4人で王宮広場を横切りカオサン通りへ。
十数年前A嬢のような学生たちが訪タイしていた時代は、
みな挙ってこの町に滞在していた。その時は道路も舗装されず
ドラッグが横行し世界中の外国人たちが沈没していた町だ。

2435カオサン通り


へぇ〜、ずいぶん綺麗になったなぁ

当時学生等が頻繁に宿泊していたドミトリィハオスの看板はなく
お洒落なオープンレストランに変貌していた。1つ10Bのカオサン
名物のパッタイ(タイ風焼きそば)は30Bに値上がりしている。
相変わらずジャーナリストや国際免許証などのまがい物のIDカード
が売っている。パロディTシャツや旅行用グッズ店は健在だ。

2435カオサン闊歩


まるで竹下通りだな

バックパッカーの聖地と言われたカオサンも、今や外国人旅行者以外
にも地元の若者たちが集まるパブやフランスやイタリアにありそうな
オープンレストランが急増。すっかりお洒落な通りに変わってしまった。

TXAIでMBKに行って3人の土産物を交渉した後に、Nくんらと
別れてオイラはタニヤの日本人クラブの取材に向かった。初タイの
Tくんもアシスタントとして同行させるも、初めての目映いネオン街
の歓楽街にかなり戸惑い気味。しかも通りは美女がひしめく出勤時間帯。
昨日見た歴史的なアユタヤ遺跡や寺院とは対照的な妙艶な光景だろう。

2435タニヤ通り


「ひぇ〜すごいとこですね」

この日は地元の出版社2社との同時撮影日。モデルの女の子たちの
メイクアップが終わり次第、次から次に事務的に撮影してインタビュー。
1人3分以内に終わらせないと日本人客が来る時間帯になる。

そんな立て込んだ舞台裏に有無を言わずにアシストしてくれたTくん。
彼が持って来た新品のニコン一眼レフを借りて撮ってみたら、これが
オイラが持っている安モンのカメラとは明らかに鮮明度が違う画像。

2435タニヤ取材同行


綺麗すぎて肌のアラが目立つな。まさにTVのハイビジョンだね

撮影を終えたタニヤ嬢が、やたらTくんを気に入ってかまい始めた。
「ねぇ、あなた 私の好みよ。一緒に日本に連れて行ってぇ」
「えっ、いいんですか僕で」「もちろん、いいわよ」恥じらうTくん。

ドギマギしている彼を尻目に次なるモデルを撮影。実際初めて来た
Tくんはオイラの詳しい素性は知らない。「何をされているんですか?」
と訊かれても、多種多彩すぎて「これがオレの仕事」と説明しずらい。

長年いろんな活動を続けていると仕事も趣味も全てがライフワークに
なり、いつの間にか仕事に対する意義が薄らいでくる。ギャンティが
ある時もあれば無報酬も数多くあるから区別もつかなくなるのね。

さて、後ろ髪を引かれながらタニヤでNくんたちと待ち合わせして
今夜の晩餐会のフカヒレ&アワビ雑炊のホックシャラームへ行く。

「うっまぁ〜い」
「おぉ、これがフカヒレスープですか」
「昨日のフカヒレより美味しいわ」
だろ。ここのは味が濃厚で日本人の舌にあうんだ

2435ホックシャーク


横浜の中華街で同じコースを食べたらおそらく2万円はくだらない
と、以前横浜から来た客人が言っていた。それが僅か1,800円
くらいで堪能できるのだからやはりタイはグルメ国家でしょ。

究極のアワビ雑炊を完食してから最後のアイスと杏仁豆腐を平らげ
すっかりお腹を満たし後はアジア最大の歓楽街パッポンへいざ突入。
ロレックスやパネライのコピー時計やらシャネルやルイヴィトンの
バッタもんのカバンを売る露店をかき分けてキングスコーナーへ入店。

「うわぁ、なにここ。私が入ってもいいの」
あぁ、女も無問題。ゴーゴーバーだからね
「うわ〜、綺麗なおねぇさまばかりですねぇ」

しばらくビールを飲みながら息を呑んで鑑賞する3人。目が輝いている。
ステージでは煌びやかなダンサーたちが一斉に笑顔で熱視線を浴びせる。

この中に改造人間が何人いると思う
「え、オカマがいるの」

ニューハーフショーを観たいって言っていたけど時間がないから
エンターテナーではないが業界では超有名なレディボーイの店だ。
たまに団体を連れていくと必ずボラれる店だから気をつけましょう。

そのうち我々が座る真ん中に強引に割り込んで座ってきた巨乳ちゃん。
緊張するTくんの横でA嬢が爆笑していた。

「だってぇ、白いお乳がぴゅーって飛んできたのよ」
そりゃあ仕込みだろ

実はA嬢らが12年前に初めて訪タイした時にロッブリィ県に
あるAISDホスピスのナンプ寺に行った事がある。その時園内に
あるミュージアムにAISDで他界したレディボーイたちのミイラ
が何体も展示されていたのを彼女は目の辺りにしている。

笑顔で踊っているけど、彼女らはみな好きで働いてるわけじゃない。
貧困→売春→AISD→天竺。そんなリスクを抱えながらも学歴社会
から落ちこぼれて特殊な業界に身を投じたタイ人たちの生き様と実状。

自分の親を幸せにしたいと強く願うタイの上座部仏教の祈りと教え。
無宗教派が圧倒的な日本の若者にはけっして理解できないタイの真実。
タニヤで働く子もパッポンで働く子も、もちろん一般企業で働く子も
自分の両親を敬い毎月生活費を送金している姿はまさに頭が下がる。

自分が食べなくても親の面倒を見る。離婚した両方の親にも送金する。
どうしてそこまでして」と訊くと「当たり前のことでしょ」だってさ。
当たり前〜毎月親に送金当たり前〜当たり前体操

長年最底辺で働く子たちを取材しながら彼女らの生きる逞しさと
無類の強かさと本能的な狡賢しさにはほとほとしてやられた。
だが、その全てが「親を幸せにする」という思いが根底にある。
てめぇがもってる悩みなんか、なんてちっちぇんだろうと反省然り。

そんな彼女たちに人生を生きる意味を教えられた

日本を出て異国を一人旅したいとのたまうTくんを連れてきた
理由は彼女らの表面的な美しい姿ではなく、笑顔の裏に隠された
人生の生きる本当の意味を知って欲しかったからだ。

その後は明日帰国しちゃうNくんの為にも歓楽街パッポンと
打って変わってステートタワー64階にある天空のバーに誘う。

「うっわぁ〜、すっご〜い」
「綺麗ですねぇ」
「絶景・・・」

最後の仕上げは誰もが映画スターの気持ちになれる至高の場所。
まさに宝石をちりばめたバンコクの夜の摩天楼が地平線まで続く。
階下には今日船で渡ったチャオプラヤ川が展望できる。

遠く離れた対岸にワット・ワルンが綺麗にライトアップされて夜空に
幻想的に映えている。2日目の夜に行ったアジアティックの巨大な
観覧車も確認できる。空には無数の星が・・・街が明るすぎて見えん。

こうして12時間に及ぶスペシャルオプショナルツアーが終焉。
飯もまともに食わずによく低血糖でぶっ倒れなかったもんだな。
朝寝る前に体重を量ったら、な〜んと55.5圈さらに減量。

2435 55,5


おっ、マッハ!ゴーゴーゴー・・・なんちゃって


asia_jiyujin at 23:19|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 15, 2013

第2434回「究極タイ感コース」

2434タケ&オレ暁


かつて一部の業界人からタイ最強のコーディネーターと絶賛
された時代もあった。自慢ではないが(ちょっと自画自賛)
長年培ってきたありとあらゆるジャンルの人脈や多種多彩な
コネクションと独自のタイネットワークを駆使してどんな
難解なミッションにも応えてきたコネクターでもある。

こう書くとまるでスパイ映画に出てくる007かCIAの諜報員
みたいに聞こえるけど、そんな格好のええもんとちゃう。ただ、
長年やみくもにいろんな方々からの無理難題なミッションに応え
ているうちに恐ろしいほど自らのポテンシャルが向上したのだ。

例えばタイで起業したい野望がある人。年金暮らしでロングスティ
を希望される退職者。タイで不動産を購入したい投資家。店舗設計
の依頼。語学留学希望者。タイ古式マッサージを習得したい按摩師。
タイでボランティアを体験。究極は日本人が絡む事件のリサーチや、
さらには犯罪に巻き込まれて捕まった日本人の救済の依頼など様々。

あまねく一般的なゴルフやホテルの手配や観光に関してもバンコク
のみならずパタヤでもプーケットでもチェンマイでもお手のもの。
かつてタイ全国1都76県中55の県を回った旅人でもあるのよ。

未だに想い出に残るのは、8年前に北海道の道東のサロマから来た
2代目漁師軍団を伴ってアジア男塾を受けた時はタイ北部チェンマイ
とビルマとの国境沿いの山岳少数民族の108人しか住んでない
アカ族の村で「日本の餅をついて食べてもらうぞ」をやったり
東北部ノンカイ県のポーンピサイのポンチャルン中学校で200名の
学生に「日本カレーを作って食べてもらうべ」イベントもやった。

この19年間で引き受けたミッションの種類は数知れず。
もっともこれら多種多様の依頼をオイラ一人でやるわけじゃない。
仮にこれらが全て1人で出来たらそれこそ究極のコンサルト会社
を開設できる。要は依頼主から受けたミッションに応えるために
自らのリサーチとその道に精通したプロを探しだせるかどうかだ。

つまり、いかにいろんなジャンルの人脈たちと普段から懇意な繋がり
を持ちながら一方で常に最新の情報をリアルタイムに得られる環境を
維持しているか。簡単なミッションは難儀することはないが、たまに
自分では解決できないどでかい壁にぶち当たることがある。こんな時
不思議と昔から救世主がふっと現れてくれるのだ。これらの出逢いの
縁を大切にしているうちに人脈が大きく広がり自分を助けてくれる。

それ故に、いつしか自分が気がつかないうちに大概のミッションを
1人でも出来ちゃうスーパーマルチ対応型コネクターに成長していた。
だから依頼主が求める答えや結果は必ず達成させる自信があるのね。

マルっとお任せあれ

とまぁ大げさに前記するほど今回K嬢から依頼されたTくんのアテンド
がさして難しいミッションとは思えない。おおよその予想はついていた。
おそらく心にデッカイ悩みを抱えてやって来るんだろうから彼の不安
を取り除きエゴを解放して混沌としたカルマから脱却させてあげたい。

心温まるホスピタリティではない。単にK嬢から紹介された若者だが
今年のオイラのドラマに最初にキャスティングされた新規訪タイ者を
いかに覚醒させて無事に帰国して頂きたいという究極のお節介なのだ。

こんな面倒なミッションを無償でやること自体がすでに割が合わないの
だが、これも“人の役に立つ存在になれ”のポリシー。一肌脱ぎましょ。
モチベーションの根底は自分が“面白い”と思える人間かどうかだ。

つまらない人間であれば、あまり関わらず表面的なアテンドで終える。
でも、きっと何がしらの縁に導かれて来るんだろうから尽力するのみ。
かつてこの国でアテンドさせて頂いた数多くの日本人がそうだった
ように、この国で“何か”生きる糧を見つけられればそれだけでいい。

で、考えたのが[1日でタイの裏表を垣間見る究極のタイ感コース]

2434暁3人


大して金もかけずに庶民的な観光や通常一般人では到底体験出来ないで
あろうタイの表から裏まで満載した究極の1日体感ならぬタイ感コース
を企画した。普段なら絶対にやらない自らかなり体力を消耗するツアー。

先ずはバンコク三大寺院の1つワット・アルン(暁の寺院)を崇めるために
チャオプラヤ川を渡船に乗って対岸に上陸。そこで1年の悪行や厄払いを
兼ねて僧侶から聖水を頭からかけて頂き今日までの人生を一度リセット。

2434「暁懺悔


2434暁タケさいしん


次に暁の寺院を登り下界を見下ろしながら少しだけ天竺に近づく。暑さで
熱中症にならないように途中で無理矢理採れたての新鮮な椰子の実を呑ます。
けして美味なる味ではないけど十分水分の補給にはなる。

2434暁上段タケ


2434暁真下から


2434ココナッツ


2434暁船3人帰り


そこから再び渡船でチャオプラヤ川を渡り、高さ16m長さ45mの黄金の
涅槃僧がドンと横たわるワット・ポーに赴き上座部仏教の大きさを肌で感じる。
さらにタイ古式マッサージの総本山でもある広い寺院の境内を歩いて探索。

2434ワットポーご神体


2434涅槃僧タケとオレ


最後にワット・プラケオ(エメラルド寺院)と王宮を巡るために道路に
停車しているトゥクトゥクに彼らを乗せてタイ気分に浸って貰おうと思ったら
最初に交渉した運ちゃんが200B。「どついたろか」次いで150B。「てめぇ
ケリ入れんぞ
」まぁ、どいつもこいつも日本人観光客とみたらボッタくりやがる。
そもそもTAXIでもワンメーター。せいぜい40Bもあったら着く距離だろ。

で、3台目に交渉した人の良さそうな年配の運ちゃんが笑顔で50B。即決して
彼らを後部座席に案内して記念撮影したら「兄ちゃん、運転席に乗ってもいいぞ」
とこれぞタイ人たるサービス満点のホスピタリィに感謝してタイらしさを撮影。

2434サムロー3人


2434あずみ運転手


2434タケ運転手


「Tちゃん、ええ笑顔やでぇ。もっと弾けろ

ところが最後に訪れたワット・プラケオが中に鎮座された翡翠の
エメラルド仏陀を観ることが出来ないらしく、仕方なく外観をバックに
みんなで記念撮影。それから涼しい喫茶店に避難して休息タイム。

2434エメラルド寺院3人


「うぉ〜暑かったぁ。疲れたねぇ」

このコースをA嬢らがまだ学生の頃に来ていた時代に1人僅か
24Bでやったことがある。現地の旅行代理店のツアーなら
1000Bはくだらない料金だが、貧乏学生は金がない代わりに体力
だけはあった。当時の渡船の料金片道2B(現在3B)。中に入ると
20Bかかるワット・アルン(現在50B)は外周から鑑賞するだけ。

さすがに涅槃僧(現在100B)だけは建物内に入らなければ全貌が
見えないので20B支払う。で、長い長い城壁に囲まれたワット・
プラケオの外周道路を大量の汗を流しながらひたすら歩いて中に
入る。300Bの入場料(現在500B)が高いので外観を観て終焉。
締めて24Bの超激安バンコク三大寺院巡り。

そもそもスコータイやアユタヤ遺跡観光もそうだが、例え歴史的な
重要文化財だろうがユネスコの世界遺産と騒いだところで、言うほど
学生等が遺跡に興味を持っているとは思えない。ただ彼女らは単に
旅行誌に掲載してある有名な場所に「行った」「観た」と言う体験
だけを得たいだけのように思えるのだが。

実は正直言うとオイラもそれほど遺跡や寺院には興味がない。
以前エジプトを旅したときもピサの三大ピラミッドでA嬢だけが
1日限定150名の内部探索のチケットを長い行列に並びながら
ゲットして1人で登っていたけど、オレとNくんは日陰で
のんびり巨大ピラミッドを眺めながら待ってたもんな。

さて、その後の昼食は近くにある国立タマサト大学(日本の京都大学と
匹敵する由緒ある名門校)のキャンパス内にある学食で安いぶっかけ
ご飯や麺類を堪能させていた。ここはかつて何度も日本からHY教授
が海外ゼミ研修で引率してきた福祉系学生らと来ていた大学だけに
勝手知ったる自分の庭みたいな大学だった。

2434学食おばちゃん


2434タケらーめん


で、今回も当時を思い出して3人を学食内にご案内する。3人とも
ラーメンやらウドンやらをナンプラーや酢や唐辛子やいろんな調味料
で味付けをしながら食べていた。もちろんオイラは食えないけどね。
当時に比べて15〜20Bほど値上げしていたけど学食は安くていいね。

2434タマサト学殖


オレ今日は朝からなんも食ってねぇ・・・


この回続く

asia_jiyujin at 18:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 14, 2013

第2433回「今年2番目の訪人」

2433フカヒレ昼食


今日の昼食はオイラのAPTのすぐ近くにあるフカヒレスープ
が美味そうなこぢんまりした中華屋さん。昨夜、店の前を通ったら
空心菜炒めやフカヒレスープがやたらと美味そうに見えたのだ。

明日の昼に来てみる
「そうしましょう」

因みにNくんは初日の屋台街でカオマンガイの朝食を食べたそうな。
毎日カオマンガイを食うNくん。そう考えるとオイラが行かないだけで、
近所には雑誌には掲載されてないけど結構美味い店が揃っていたのね。

で、昼間っからフカヒレスープにアワビご飯に空心菜を注文。
出てきた美味そうなスープをいざ口へ・・・へっなんじゃ、こりゃ。
想像していた絶妙の味覚とのギャップに一瞬憤りさえ感じた。

明日の夜にもっと旨い究極のフカヒレをご馳走しますよ
「ここでも十分美味いっすよ」
いえ、もっと極上がありますから

明日の夜に予約してあるホックシャラームのフカヒレやアワビの
方が断然旨い。ベッカムだ。もとい別格だ。それでも2人して
美味そうに全部平らげちゃった。恐るべし大食家のカップル。

実に美味そうに食べるよねぇ。胃のある人間が羨ましい

とにかく昔からこの2人といると不思議と幸せな気持ちになれる。
教え子でもないし、友達と言うには年が22歳も離れている。
実際親子ほど違うんだから娘や息子と言っても何ら違和感はない。

それなのにもう12年間以上もこんな不思議な関係が続いている。
もしかしたら前世では兄弟か親子関係だったのかもね。

さて、午後からチャイナタウンへ行ってみた。下町と言うよりは
現在の王朝が栄えた歴史ある町並みである。古の時代に中国から
移り住んだ華僑たちが作り上げた最初の商業地区。

街には爺ちゃんやその曾爺様も住んでいる。現代っ子は中国語を
話さずタイ語が主流だがお年寄りの大半は中国語で生活している。
世界中の至る国で栄えているチャイナタウンと言われる独自の
文化と習慣を持った一種独特な不思議なエリア。

古き良きだが、今や時代にすっかり取り残されている歴史的な街だ。
今年の中国正月は2月10日。すでに通りの商店街には春節を
祝うグッズが大量に売られている。だから街全体が赤く燃えている。

2433トゥクトゥク2人


2433トゥクトゥク3人


小一時間ほど街を探索してからトゥクトゥクを交渉してバンコク
中央駅のホアランポーンに来た。ここは日本で言えば東京上野駅。
東北や北の田舎から出稼ぎで上京してくる子や、これから手土産
を一杯抱えて帰郷する子もいる。

出逢いがあり別れがあり、喜びがあり哀しみもあった。
大都会のバンコクは彼らに幸せを与えてくれたのだろうか。
帰る場所があるだけ彼らは幸せだ。いざ家族がいる村へ。

グッバイ バンコク。また夢を追いかけて出てこいよぉ

2433ホアランポーン駅


今宵の晩餐は小龍包と餃子がなんまら旨いと評判の北京飯店の本店。
因みに今宵はゲストが1人増えて4人。実は昨年末に東京のK嬢
から頼まれて同じ職場で働くTくんがタイに1人で行くから宜しく、
と連絡が来ていた。だからみんなで気軽に食べられる中華を予約した。

初めて会うだけにどんな男子がやって来るのか楽しみだった。
いずれにしても男1人がタイにやってくるんだから単なる
旅行とは思えない。心に何か悩みを抱えてやってくるなら
宣教師みたいな言葉のソムリエ氏と現役の教諭が待っている。

ま、これも袖振り合うも多生の縁だから宜しくな
「私たちは全然大丈夫ですよ」
ありがと

日中HISのアユタヤ観光のツアーに行っていたTくんと
夕方にエンポリアムデパートの前で待ち合わせ。渋滞で
多少遅れてやって来た彼はまさに想像通りの若者だった。

「こんにちは。初めましてTです」
どうもJです。ようこそタイへいらっしゃい
「どうもNです」
「Aです」

訊けば全員32歳の同世代。奇遇だねぇ。しかもお互い西武ファン
で話も弾んですぐに仲良くなった。これが2人の持つ特殊能力の1つ。
瞬時に垣根を取り払って仲良くなれる術を身につけている。エジプトの
ルクソールのときもすぐに現地人と仲良くなってはしゃいでいたもんな。

小龍包、羽根付き餃子、チンジャオロース、椎茸の包み揚げ、麻婆豆腐、
空心菜炒め、昆布あえ、サンラータンスープ、冷えたシンハービール。

2433北京飯店


「んじゃ、かんぱ〜い」
くぅ〜、うっめぇ〜

中華料理は思いの外3人に評判が良かったのだが、如何せん頼み
すぎて残してしまった。まぁ、中華は残すのが慣習的礼儀と言う
けどもったいないから全部袋に詰めて貰った。

4233フット洗い

マッサージ前の足洗だがタイ人スタッフが足りなくてNくんがTくんの足を洗う

で、食後はお決まりの按摩へ。しかも今日は本格的タイ古式マッサージ。

そしてこれまた昨日と一昨日に受けた按摩とは格段に違う超ベテラン
のノイ先生にNちゃんの身体を預けた。「先生、遠慮はいらんからね」
オレは按摩嬢が全て仕事中だったので別部屋でたっぷり2時間爆睡。

で、こちらは気持ちよくうたた寝するTくんとA嬢を尻目にNちゃんは
1ナノミクロンも寝ることが出来なかったくらい目に涙を溜めながら
ひたすら激痛に耐えていたらしい。そう、彼にはタイ古式マッサージの
総本山でもあるワット・ポー直伝の伝統的な108の“けいらくひこう
と言われるセン(ツボ)を丹念に時間かけて強く揉んで頂いたのだ。

「ひどいよJさん
まぁ、これで完全に身体のコリは取れたでしょ

明後日の朝便で帰国するNくんは、3日間種別を変えて按摩を受けて貰った。
いずれも3日間とも日本円にしてチップを入れても1回1,200円程度だ。
実は12年前にシンガポール留学時代にタイに来たA嬢を連れて行った
同じ店でさらに同じ按摩の先生だったことはA嬢は全く覚えていなかった。

ところで、初めてタイ古式マッサージを受けたTちゃんだが、やたら
オイラたちに気を遣っているように見えたけど、いきなりの異国の初日
に戸惑っていたのかしら。そもそも「一人旅をする」と言うのが今回の
彼の目的なのに一緒に引きずり回していいもんなのか。ま、えぇでしょ。

ほな、明日はバンコク三大寺院巡りに行くから今夜は解散

2433梢土産

東京のK嬢さま。Tくんに預けた美味しい塩ラーメンのお土産ありがとね



asia_jiyujin at 10:13|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 13, 2013

第2432回「激辛料理に大後悔」

2432トンローカオマンガイ


絶対ここの店の方が美味いって

毎日、カオマンガイでもいいと豪語するNくんの希望に
応える為に、今日の昼食はオイラが推奨するトンローに
ある評判の海南料理専門店のブーン・トン・キャにご案内。
冷えたシンハービールにカオマンガイと福建麺と牛肉麺を注文。

オレはここのがバンコクで一番旨いと思うんやけどなぁ
「ホントだ。うぉ、うま〜い。ビールに合いますねぇ」
ね、昨日の店よりは鶏肉もプリップリで食感もいいでしょ
「うっわぁ〜、シンガポール時代を思い出すわぁ」

2432トンローかお2


ご飯も蒸し鶏の出汁で炊いてあるから旨味が米に浸透している。
他の店とは明らかに違う甘辛ダレも至高の味を醸し出している。
満足して頂けて嬉しい。オイラも胃を切った後によく食べに来た。
さて、食後はA嬢のリクエストで睫毛のエクステンション。

そもそも学校の先生が睫毛増やしてどうすんの
「冬休みしか出来ないお洒落なの」
あっそうなの

女って生き物は己の美を追究することである程度ストレスが
発散できんのね。まぁ、この国には男も女もおねぇもゲイも
大概のストレスを発散できるモンが満載してっからね。

昨日MBKで見つけた店はなんと激安の600B。でJCBで
情報をゲットしたハイソ系御用達のプロンポン駅徒歩1分の
店は睫毛1本10B。大体一回で200本くらい移植するらしい。
で、トンロー通りで偶然見つけた店は1000Bだったので即決。

んじゃ、ごゆっくり。Nちゃんを究極の按摩に連れて行くわ

昨日の日本式按摩でも凝り固まったコリが取れなかったNくんに
オイラも定期的に通う按摩店のスポーツオイルマッサージに誘う。
以前、東京から来た愛泰家O氏も連れて行った店だ。

どんなにクタクタでも終わったら階段を一気に駆け上がれるよ
「マジッすか」

昨日紹介したオイラが絶賛する「もみや」のマリ先生でもNくんの
凝り固まった背中のコリは揉みほぐせられなかっただけに、今日の
ナンシー先生に大いに期待する。1時間後彼の身体は見事に覚醒した。

「いやぁ〜、かなり楽になりましたよ」
でしょ。どう?階段二段飛びしてみる
「そうですね。身体も軽いし試してみるかな」

女優のような目鼻立ちに変身したA嬢の今夜の晩餐のリクエストは
世界三大スープのトムヤムクン。だが、残念なことにるるぶを片手に
行った店は昨年暮れにイセタンデパートに移転。ま、しゃ〜ない。
ならばオイラが推奨するなんまら美味いトンクルアンにご案内。

普段はまったくタイ料理を食べないけど美味しい店も知ってんのよ
「昔もあった?」
あったけど高いからね

昔オイラが住んでいたAPTの向かい側にある現地人御用達の人気店。
A嬢が12年前にオイラの部屋にスティしていた時代にもあった名店
だが、さすがに留学生だけに予算的に連れて行ったことはなかった。

店に入るとタイ人のみならず日本人家族やファランのカップルで満席。
ちょうどタイミング良く席が空いたので早速トムヤムクンを注文する。

「かっら〜い。でも美味しいわ」
「うぉ〜、辛っ。うまいっすねぇ」
うっ、辛ぇ辛ぇアカン舌が痛ぇ。ビール、砂糖、アカン塩くでぇ

誰が三大スープの1つ決めたのかオレには到底理解しがたいトムヤムクン。
ココナツミルク入りでも辛いもんは辛い。それに青唐辛子(通称我々は
爆弾と呼ぶ)を5個もぶっ込んだソムタム(パパイヤサラダ)に空心菜炒め。

いやはや、辛すぎて体中の毛穴から大量の汗が一気に噴き出る。
あまりの激辛にいったい何を食べたんだか頭から記憶がぶっ飛ぶ。

2432トンクルアン


アカン舌が麻痺してしゃべられましぇん・・・痛ぇ
「どうして?こんな美味しいのに」
「Jさん、うまいですよぉ」

「辛い」=「美味しい」という方程式はオレには理解不能。
近くにいたタイ人スタッフおばちゃんが笑いながら冷たい
おしぼりを持って来てくれたけど、もう一生タイ料理は
食わなくていいやと大いに後悔した。

激辛タイ料理のバカ野郎〜

それでもオイラはタイに住む。もう19年目の新年だもんね。
結局、今日1日トンロー界隈だけで終焉した感じだ。食べる、
マッサージする、そして食べる。で、最後に呑んだくれる。
Nくんが望んだ「マッタリする」は体感できたのかしらん。


asia_jiyujin at 06:59|PermalinkComments(6)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 12, 2013

第2431回「噂のカオマンガイ」

2431カオマンガイ屋1


「美味しいカオマンガイ屋さんがあるのよ」

バンコクの商業地域にあるプラトゥナ−ム市場付近に連日行列が
出来るほど人気のカオマンガイ(蒸鶏のせご飯)の名店がある。
俗にタイの屋台の定番でもある何処に出もあるチキンライスだ。

あれって何処で食っても味は同じとちゃうの
「海外メディアにも取り上げられた名店だって」

例によってタイ版“るぶぶ”と“ことりっぷ”を片手に得意顔で
のたまうA嬢。ハノイでもそうだったが彼女のリサーチ力は
半端ない。それにかつてシンガポールに1年留学していた
だけあって海南料理には拘るらしい。さすが教諭だと感心した。

ほな、行ってみるべか

2431船移動


新年2日目の道路は普段の慢性的な渋滞とは打って変わって
空いていた。トンローパクソイからエアコンがない路地専用の
赤バス(7B)に乗ってスッソイの終点で降りる。次いでどぶ川の
臭いを我慢しながら水上ボート(14B)に乗り継いでおよそ
20分弱で目的地のプラトゥナームに到着。

まぁ、近代的なBTSでも行けんだけど、敢えて現地人の
目線に合わせて船で移動するのも風情があってオツじゃない。

「凄いねぇ。現地の人しか乗ってない」
いや、普段はスーツ着た外国人も乗るよ

2431プラトナーム桟橋


さすがに新年早々は外資系企業も休みだろう。さて、歩いて
お目当ての店に行くもどうも人だかりも行列も見えない。
いざ店頭に行くと閉められたシャッターに無情にも
3日迄休業」の文字が・・・。

げっ、マジかよ。3日間正月休みだってさ
「えっぇ〜、そうなのぉ。ガッカリ」
しゃ〜ねぇ、どうする

予てより噂の人気店だっただけに一度はオイラも食してみた
かったんだけど残念。仕方なくそのすぐ近くにも行列が出来
ている店があったので並んでみた。

2431カオマンガイ屋行列


ま、どこで食べても大して味は変わらんと思うけど

そもそも普段からタイ料理を食さないオイラにとって
カオマンガイなんて何処も遜色ない味だろうと思っていた。

ん、なんじゃ、このパサパサ感は
「鶏のプリプリした食感がしないわね」
「僕は結構イケますよ」

三食カオマンガイでも良いと公言するNくんは大の蒸鶏ご飯好き。
まぁ、オイラも数少ない食べられる辛くないタイ料理の一品だが
決して好んでは食べない。甘タレをかけなかったら完食は無理。

2431セントラルワールド


2431伊勢丹前パワー


食後はプラトゥナームに新しく出来たデパートでお買い物。
さらに伊勢丹前のパワースポットとエラワン前にあるバンコク
最強のパワースポットにご案内。かつて2年前は赤服軍団に占拠
されていたバンコク最大の商業地区だけに完全復興した姿は嬉しい。

2431プラトナーム通り


2431エラワン前

バンコク最大のパワースポットの1つエラワン像

その後はアマリンにあるJCBプラザでエステや買い物情報をゲット。
ついでに日本で疲れが溜まっていたNくんにマッサージチェアーで
身体を癒して貰う。るるぶに載っていたサイアムスクエアーにある
噂のスィーツを求めてマンゴータンゴに行くも大行列で諦めた。

2431マンゴタンゴの行列

明らかに日本人観光客と思われるマンゴータンゴ前の大行列

すぐ近くにあるタイ人御用達の電子街の秋葉原とアメ横が合体したような
何でも売っている総合デパートのMBKのフードコートで軽く夕食を食べる。
しかも2人とも激辛のタイ料理ばかりチョイスしている。信じられねぇ。

よくそんな辛いもん食えるよなぁ
「私たち辛いの大好きだもん」
オレは絶対無理だねぇ

2431フードコート


夜は昨年出来た新しい観光スポットのアジアティックに案内。
先月事前にリサーチしておいたからご案内はバッチリ。
で最後は日本式按摩の「もみや」でフットマッサージと
全身按摩を体感して頂いて無事に2日目が終焉。

「いやぁ〜、今日は歩いたわねぇ」
オレは足よりも腰が痛ぇ〜

昨年ハノイに行った時は毎晩Nくんとベトナム式按摩屋さんに通った。
その時サウナ後に呑まされた毒ダミみたいなお茶のせいで長年腸内
にあった宿便が全て体外に放出され思わぬデトックス効果を得られた。

62國59圈,気蕕忘鯒1年間で56圓泙蚤僚鼎減量しちまった。
最近は57堊宛紊鮃圓辰燭衢茲燭蠅寮験茲世もう少し太りてぇよぉ。

asia_jiyujin at 23:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 藤岡わこう 

January 11, 2013

第2430回「朋遠方より来たる」

2430ラーメンや


結局初夢は富士山も鷹もナスも出てこなかった。覚えていたのは
TVのクイズ番組に出演して何かの順番を答えている場面だった。
目覚前の一瞬だけに今年を占うには「はてなんのこっちゃい」。

ま、健康で旨いもんをいっぱい食べられて縁ある多くの仲間
たちと幸福な時間を分かち合えられたらそれだけで十分だ。

さて、昨年は12月31日の年超え前から訪タイ客が来たけど
今年は年が明けた1日の夜に最初の客人が山梨と東京から来た。
昨年はハノイで一昨年はエジプトのカイロとルクソールで一緒に
新年を祝ったA嬢とNくんが今年はとうとうオイラの国に来た。

2人とも来てくれてありがと

Nくんは昨年まではハノイの日系企業で働いていたのだが、以前
勤めていたフランス系ゲーム会社のボスから「もうそろそろ長い
夏休みはいいだろう。給料アップするから戻ってこい。それにビック
プロジェクトも待っている」と説得されて現在は元の会社で働いている。

そもそも2年前の東日本大震災で福島の原発が爆発した事で自体を
重くみた会社が全額負担で従業員やその家族全員含めてアジアで一番
近くにあるベトナム支店に避難することになり、それが切っ掛けでNくん
はベトナムに好感を持ち帰国後辞表を出して再びハノイに戻ってきたのだ。

へぇ〜、Nちゃんがベトナムにねぇ・・・

フランスや米国ならまだしも彼がアジアに住むこと自体が不釣り合い
だし、無駄な活気と熱気に包まれた東南アジアには体質的に無理だ
と思っていた。だから1年前に現地を訪れたときは彼がベトナム人
相手に日々闘いながら生きていたのが印象的で面白かったんだけどね。

ハノイもカイロもなまらクソ寒かったよなぁ〜

なにはともあれ、誰が言い出したのか「海外で新年を祝おうぜ会」は
3年目にして暑いタイ王国になった。A嬢は学生時代にシンガポール
に留学して何度かタイに遊び来ていたけどNくんは今回が初タイである。

遺跡も寺院もまったく興味がないNくんは、ただただタイのローカル飯を
食いながらマッタリしたいらしいのだが、対照的にA嬢は10年ぶりの
タイをガッツリ根底から満喫したいとのたまう。その為彼より滞在が長い。

今年の成田からのTGは元旦便からA380の大型便が就航。それに
機上した2人は機内でボールペンやチョコの記念品を貰ってきた。
記念する初フライトだが35分ほどリレーして到着。1時間半
経っても中々2人ともミーティングポイントに現れない。

あれ、もしかして1日間違ったかな・・・
「Jさ〜ん。着いたわよぉ」
なんで反対側から来るんじゃい

てっきり前から現れると思って到着ロビーの最前列で待っていたら、
突然何の前触れもなくいきなり後方から出現。途中で外に出たらしい。

昨年のハノイの空港でもお互いが違う到着ロビーで待っていたから
再会するまでにしばらく時間を要した。どうもこちらが想定している
シチュエーションとはおよそ違う結果になることが多々ある。

まぁ、結果的には無事に再会出来たからいいんだけどね。でも、ハノイ
にはなかった近代的なエアポートリンクに乗せたかったのだがすでに
10分前に終電が出た後だった。仕方なく4FからTAXIに乗車。

「(タイは)暖かくていいですねぇ」
昨年のハノイはなまらクソ寒かったからなぁ
「東京は寒かったですよぉ」
北海道は氷点下30℃だってな

日中32℃で朝夕は22℃。今が1年で一番過ごしやすい乾季。
一昨年のカイロは12℃。ハノイは10℃を下回ってたもんなぁ。

オイラが住んでいるAPTの一室を1週間借りたので、荷物を
置いてすぐに近くの屋台街に出てタイ最初のローカル飯のラーメン
屋に誘った。ここのタイラーメンはタイ人お墨付きの絶品の味。

2430らめんや


「うっまぁ〜い。イケますねぇ」
「ホント、美味しいわね」
ここはタイのハイソも高級車で乗り付ける店なんだぜ

限定1日200食のラーメンはタイのハイソの舌も唸らせる
行列の出来る店。小腹が空いた2人の胃袋を十分満たす。
その後は部屋に戻って明日からの計画を立てることにした。

2430あずみ土産


うっぉ〜超嬉しい

胃のないオイラの為に沢山の救援物資を買ってきてくれた
A嬢に感謝。これでしばらくは日本味に飢えることはないと
思ったら、その後1週間は日本食を食べることはなかった。

まさか日本から来た2人に和食はねぇべ


asia_jiyujin at 09:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 02, 2013

第2429回「理想的な初夢」

2429「1富士2鷹3茄子」


元旦の夜に見る夢が初夢。1年の吉凶を占ういにしえからの
風習だがどうも毎年覚えてないのだ。記憶を辿ればどうやら
友人等と朝まで呑んだくれて爆睡していたのが要因だろう。

諸説は色々あるようだが江戸時代後期には「2日から3日」が
主流となったが明治の改暦後は「元日から2日」になったとか。

初夢に縁起の良い「一富士、二鷹、三茄子」。果たして今夜の
初夢に日本一の富士山や、雄大に空を賭けヶ巡る鷹は出て
くるのかしらん。「」茄子なんて夢に出てきたことないぞ。

文献を紐解けば、富士山は(将来が)末広がり。鷹は(運気が)
高く舞い上がり、茄子は、実(身)に毛が(怪我)ないからの例え
らしい。また、茄子は事を「成す」という諸説もあるんだとか。

気になって四以降を調べたら地域や文献などからいくつかあり
四扇(しおうぎ、よんせん)五煙草(多波姑)(ごたばこ)六座頭
(ろくざとう)だってさ。

いずれにしてもいにしえの人が縁起の良いものとして1年の初めに
見たい夢の順番ならば、是非日本一の富士山を見てみたいもんだ。
でも、昨夜から友人が訪タイしてっから酔って覚えてないだろうな。

ところで、夢で思いだしたのだが、昨年の晩秋に衝撃的な夢を見た。
まるで自分がランボーになったような映画みたいな夢だった。
その日は珍しく午前1時に就寝して3時半に思わず飛び起きた。

うあぁ〜なんだったんだ今の・・・

あまりにも過激な映像が脳裏に焼き付き思わず記憶が鮮明な
ウチにメモをとった。その場面はいきなり核心から始まった。

大勢の日本人が某共産国に拉致されてマインドコントロールを
受けている現場に潜入した。突然出くわした敵側の軍隊の銃を
奪い敢えて心臓を狙わずに膝と肘を撃った。拉致の目的とこの場
から逃げる道を問いただす為だ。(意外と沈着冷静なヤツだ)

それから拉致された日本人の部屋に救出すべく突き進むと目の
前に大勢の軍人に囲まれ万事休す。ところが敵と思われた彼らは、
実は長年何もしない日本政府に業を煮やした拉致被害者らが自ら
身内を救済するために結成した勇士団だった。

その彼らが敵地の警戒網を果敢にもくぐり抜けて上陸してきた。
オレは彼らと一緒に巨大な悪の組織に立ち向かった・・・と夢は
そこで終わった。目覚めた瞬間、妙に心臓が高鳴っていた。

うぅ〜リアルな夢だったなぁ

それにしてもオレは自分で思っている以上に残酷でクールな人間
だった。何のためらいもなく人を撃てる。撃たなければ自分が撃
たれる。その場面を冷静に分析しているもう1人の自分がいる。

もう一度寝たら夢の続きが見られるのだろうか。それともいずれ
忘れた頃に偶然第2章が始まるのだろうか。実はオレはある取材
を通して某国の拉致に関する極一部の情報を知ってしまった。

おそらく一生活字にすることはないと思うが、海馬に残る記憶の
一部がこんなリアルな夢を見さしたのだろうか。それとも映画の
観すぎで現実世界とバーチャルがカオス状態になっちまったのか。

まぁ、所詮夢は夢だ。気にしないでおこう

余談だが、半年前に元嫁の夢を見た。離婚してから19年間で
初めての出演だったと思う。本来であれば良き時代を思い出して
あぁ、懐かしい」とか「おぉ、恋しい」という感情を抱くのだろうが
オレは瞬時に身体が震えて「恐い」と身体が反応した。
くわばらくわばら」と呟きながら必死に頭の片隅に追いやった。

一時はあれほど愛した女なのに、なぜ女は母親になった途端にあんなに
強い生き物に変身するんだろう。当時幼い息子に「母ちゃん恐ぇよな
と言ったら「同感です」って応えた。僅か5歳の子が言う台詞でねぇ。

頼むから今夜の夢には出演してくれるなよぉ

では皆様、良い夢を見て1年を占って下さいまし。


asia_jiyujin at 07:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう