July 2013

July 26, 2013

第2521回「今宵も愉楽の酒席」

2521お酌


【7月19日】札幌 快晴

今夜は札幌滞在中5度目となるW氏と会社のG常務さんとの会席。
河岸は昨年と同じまるでおふくろの味のような家庭料理“まさき”。
昨年は八海山から呑んだが、今年は道内産の酒蔵に拘り
根室産の北の勝を手始めに嗜む。

かんぱ〜い

2521北の勝


偶然にもG常務はオイラと同じ歳。しかもお互いの息子も同じ歳。
さらには同じ札幌の大学を卒業しているとくれば偶然とも思えない。
でも、我が倅は何の因果か昔のオレと同じ建築業界に就職。G常務
の息子さんは何社も内定を貰いながらも何故か国を守る組織に。

なんで
「なんでなんだろうねぇ」
だったら最初から防衛大に行けばよかったのにね

ま、それを言うなら我が倅も建築工学部に進学すべきだったと
言えるんだけど。倅曰くは「今の時代は職業の選択肢が多いから」。
大学に入学するまでは図書館司書。それから出版社に進路変更し
で、最後は建築業界である。

いずれにしてもどんな職業に就いても“石の上にも三年“の
気持ちで企業や社会に貢献しておくれでねぇかい。んで、早く
結婚して初孫を抱かしてくんろ。

2521旬の酒の肴


食後は久しぶりにシガーバーの白楽天へ。先代のマスターが
他界されてから久しいが、昔はW氏とT氏とよく連れてきて
頂いた趣のある雰囲気の良いバーでオイラの好きな空間。

では、お疲れ〜乾杯

2521白楽天


こう毎夜毎夜呑んでいたら肝臓も気になるけど、相変わらず
メチコバール効果で体調はバリバリ絶好調。いずれ何かの
反動が来そうで怖い気もするけど今は考えないでおこう。

モルトのロックの盃は舐めるように3杯目に突入。自分でも
珍しいほど酩酊していない。最近じゃウコンすら飲んでない。
G常務と別れてW氏と2人でネオン煌めく夜の帳へ。

不思議とW氏と呑むと心が和む。虚栄も片肘もつく必要がない。
世間ではこれを“ウマが合う“というのだろうが、おそらく前世
では西欧のワイン工場で働いていた仲の良い師弟だったのかもね。

十数年前に『袖振り合った多生の縁』は今も深い絆で繋がっている。


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July 25, 2013

第2520回「覚醒した女将たち」

2520七番蔵


【7月18日】札幌 快晴

よ、シゲちゃん
「あっら〜、藤岡さん。お久しぶりねぇ」
じぇじぇ

宿泊先ホテルのロビーで待ち合わせをしていたのだが14年
ぶりに再会したシゲちゃんは確実にお局のようなオバちゃんに
変貌していた。ま、オレも14年分の衰えは否めないけどね。

彼女の友達の親がやっている店に予約を入れているというので
帰宅する者と観光客が賑わうススキノの街を2人で歩いた。
進む方向と見覚えのあるビルを曲がった時に、ふと脳裏に・・・。

シゲちゃん。もしかして予約した店って七番蔵
「あら、そうよ」
じぇじぇオレ先々週も行ったよ
「美味しい小林酒造の酒があるのよ」
知ってる。ありゃなんまら旨かったなぁ

酒呑みにとっては有名な店のようで、接待や家族連れでも対応
出来る席と掘り炬燵の和室がある。その和室部屋に通された
我々は後から遅れて来るノリちゃんを待って注文することに。

「遅れてごめんねぇ」
おぉ、ノリちゃん。20年以上ぶりだね
「私とノリちゃんはとりあえずビールね」
じゃあ、オレはこの酒

2520小林酒造の酒


ノリちゃんもまた会わなかった年の分だけ貫禄のある風貌だった。
シゲちゃんとノリちゃんは旧知の長い友達。2人とも未だに未婚。
今まで結婚しない・・・しなかった理由は敢えて訊かなかった。

「これとこれとこれと、あ、それもいいわね」

早々2人ともラマダン明けのイスラム教徒ばりに注文を始めた。
オレも負けじと頼むも歯がないだけに堅いものを避けて選ぶ。

「じゃあ、再会を祝してかんぱ〜い」
「ふぅ、やっぱり仕事終わりは美味いわ」
かぁすっげぇ飲みっぷりだこと

2520 14年ぶりのお嬢様たち


ビールと違って冷酒はゆっくりと唇を尖らして盃に近づきチビチビ
呑みながら酒蔵の杜氏の苦労と思いを噛みしめながら考え深く嗜む。
そもそもこの2人との出逢いは、今や札幌の歓楽街から消滅して
しまった異性間交流社交場のディスコ。(要はナンパスポットだ)

オイラが20歳代後半の時は釈迦曼荼羅やEXCINGが全盛期時代。
まるで何かに取り憑かれたように週に3,4回は会社の同僚と通った。
田舎から出て来た素朴なオイラがコモサデモードやJUNのスーツに
身を包み同僚に誘われて行った都会の華やかな社交場はまさに別世界。

しかもモテた。毎週のように新しい異性達と知り合った。考えてみれば
あの時代が人生最大のモテキだったかもしれない。おそらくその時知り
合った女史たちは殆ど結婚して家庭を持っているだろうけど、目の前の
2人は未だ現役OL。50歳過ぎればお局を通り越して職場の主だろう。

それにしても2人ともよく食うねぇ
「だって食べることしか楽しみないもん。ね、ノリちゃん」

2520よく食べる2人


確かにオレも今更金儲けや恋愛よりも食に対する思いは強い。
話題は懐かしい昔話から親の介護まで次から次に変わり、
時間を超越してくっちゃべった。ほぼ女子達が喋ってたけどね。

昔から口も達者だった凄いヤツらだけど、会わなかった年の分
だけ更に強力にパワーアップしていた。女は怖ぇ生きもんじゃい。
男は年と共に退化するのに反比例して女は年々覚醒して逞しくなる。

幾多の職を渡り歩き北海道の旅行情報誌の出版社に勤めるシゲ
ちゃんと、仕事よりマンタとジンベイザメをこよなく愛する海外
の海を潜りまくるスキューバ上級者の介護施設勤務のノリちゃん。

すっげぇ人生歩んできたのねぇ
「あら、藤岡さんの方がすごいじゃない」

確かにタイに19年も住んで、現地の病院で胃癌手術を受けて
生きていること自体はミラクルな体験だが、君らにはかなわん。
昭和の女は強い。ヤワな男どもよりはるかに逞しく生きている。
地球が滅亡してもゴキブリとこの2人だけは生き残るだろうな。

「飲み足りないから次の店行きましょ」
さすがシゲちゃん。そうこなくっちゃ

2520 TK6


二次会は札幌で働く異国人たちが毎晩集う狸小路6丁目にある
一見怪しいオープンバーのTK6。シゲちゃんの馴染み店らしい。

あ〜、ここ知ってる。ファンキーな外国人が集まるとこでしょ
「来た事あるの」
いや、ないよ。へぇ〜まるで札幌の六本木だな

2520二次会


その後何を話したのか記憶にはないのだが、ふと時計を見たら
午前0時をとうに過ぎていた。

じぇじぇもうこんな時間かよ

いつの世も愉楽の時間はあっと言う間に過ぎてしまうもんです。


asia_jiyujin at 08:54|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

July 24, 2013

第2519回「本日は鮨三昧なり」

2519千春鮨


【7月17日】札幌 快晴

「藤岡さん、寿司食べに行かんかい」

札幌滞在中に度々昼食に誘ってくれるY氏からの電話だった。
実はロータリークラブを数年前に引退されたK氏がオイラを
誘ってランチをしませんかと。2人とも70歳の御大である。

K氏の娘婿は以前某保険会社のバンコク支店立ち上げで現地に
駐在していたことがありK氏夫婦も度々タイに来た。ゴルフを
ラウンドしたこともあるし、ロータリークラブ時代も通訳を頼まれて
現地のタイ人ロータリアンとも親交を深めた時代がある。

以前までは帰国する度にK氏やY氏ともゴルフを回ったが、
2,3年前にK氏が病気を患わせてからはY氏とだけになった。
代わりに3人での昼食会だけはずっと続いていた。

こんちはぁ、ご無沙汰してました
「おぉ〜、帰ってたんかい」

今日の昼食は以前まで札幌駅前に店を出していた千春鮨。一昨年
からススキノに進出して夜の蝶たちの同伴出勤客や仕事帰りのお客
をターゲットにしているらしい。ここはシャリが小さくネタは大きいのが
嬉しい。K氏の計らいでランチメニューではなく本格的なお任せコース。

くぅ〜こんちくしょう。旨い

2519極旨お任せ鮨


思わず唸る。次から次に握られた鮨が目の前に並ぶ。ワタリガニの
お吸い物も出た。うぅ、これで冷酒があれば言うことはないのだが、
さすがにご馳走になっている身としては真っ昼間からの酩酊は
倫理上宜しくないので諦めた。

とは言え一杯くらいは呑みてぇよぉ

さすがに歯がない身としてはイカや貝類などの堅めのネタは噛むだけ
で一向に飲み込めず途中で諦めた。店主、残してすんません。


さて、今宵の酒席は先日タイに初めて旅行された某自動車会社の社長。
9日に全国の売上げ成績上位の代理店をタイで表彰するとかで知人を
介してアテンドを頼まれたけど生憎その時期は帰国して札幌滞在中。
代わりに信頼できるバンコクのガイド役の誘い人を紹介したのだが。

どうも今晩は
「お待たせしました。鮨を食べに行きましょう」
じぇじぇい、いいですねぇ。鮨は大好物です

2519写楽


夕方、東急ホテル隣のカウンターバーで待ち合わせをしていたら、
会って早々に晩餐を聞いて少し困惑してしまった。この3日間
で3回目の鮨。しかもこの日の昼食も鮨。だけど言えねぇっす。

うわぁ〜なまら旨そう

2519鮎の塩焼き


2519ヒラメの縁側


この時期に鮎(だったかな?)の塩焼きに鮃の縁側に道産の銘酒。
地球が滅亡する前に食べたい料理三品のうちの一品ではないか。
以前長野の飯田市で食べた以来の塩焼きに胸が躍る。しかもまるで
オレの好物を知っていたかのような鮃の縁側に道産の銘酒に感動。

話題は新しく完成した工場の視察や懇親会での表彰式。その工場の
落成式にインラック首相が出席されたことや、一度は生で見たかった
アジア最大級歓楽街のパッポンのレディーボーイ。人生初の象に乗って
のトレッキング。最終日は自分でバンコク三大寺院を回ったらしい。

怪我や病行きもなく、さすが若い自分に1ヶ月掛けてインドを周遊した
元バックパッカーは初めてのタイを満喫されて帰られたようだった。

二次会は彼の馴染みのスナックで小一時間ほど楽しいひと時を過ごして
別れた。その帰り道、ふと塩ラーメンが食べたくなり“信月”を覗いたら、
予想を反して行列もなかったので迷わず入店。その後すぐに満席になった。

2519信月


呑んだ後のラーメンは太る。分かっていても食べたくなる。ま、今回の
帰国の目的は”食を堪能して太れ”だから欲望の赴くままに食べる。

スープが甘い。麺も以前と違うな

2519塩ラーメン


先日W氏に連れて行って頂いた“凡の風”に比べたら格段に味が劣る。
まぁ、昼間に食べるラーメンと呑んでから食べるとでは明らかに違う
けどね。それでもオイラの塩味ベスト5にはギリギリ食い込む旨さだ。
帰国して食べた店は『Iori』『凡の風』『一幻』『山頭火』『信月』だけ。

はたして札幌滞在中にあと何杯食えんだろうね


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July 23, 2013

第2518回「再会カイロ支局長」

2518ピラミット


【7月16日】札幌 快晴

「は〜い、口を開けて下さい」

昨日、抜糸した歯の跡をチェックしてから入念に消毒。
本日の診察は僅か2分で終了。あとは義歯が完成する日
まで歯が無い状態で連日の酒席を凌がなければならない。

あ、そう言えば・・・

デンタルクリニックを出てから、ふと思い出したことがあった。
2年前の1月に山梨の友人等とエジプトに行ったときにカイロで
お世話になった支局長が任期を終えて本社に帰られている頃だ。

2518札幌時計台


2518北海道新聞社


歯科から歩いて3分のところに札幌時計台がある。その向側に
彼が働く新聞社のビルがある。受付で彼の名を伝え本社にいる
事を確認。すぐにB元支局長が下りてきてくれて2年ぶりの再会。

いや〜久しぶりです。その節はお世話になりました
「どうも藤岡さん。帰って来てたんですか」

2階の喫茶室でコーヒーを飲みながら昔話と家族の話に花が咲く。
訊けば2人姉妹の高校生の姉はカイロで習得した外国語を将来に
活かしたいと現在コスタリカのインターナショナルスクールに留学。
中学生の妹は家族と一緒に帰国して今は市内の中学校に通っている。
カイロではB氏の自宅に呼んで頂き奥様の手料理をご馳走になった。

2518Bカイロ支局長宅で


「御免なさい。これから選挙の会議なんですよ」

いまだ政情不安が続くエジプトだが、すぐにでも戻って現地で取材
したいとジャーナリストの片鱗を伺わせながらも参院選前と言うこと
で新聞記者は超多忙。30分ほど話して来年の再会を約束して別れた。

2518カイロ支局


実はオイラがバンコクに戻った2日後に、北アフリカで勃発した
アラブの春がエジプトにも飛び火して首都カイロのタハリール広場に
民衆が集まり暴動が勃発した。歴史が動くとき現場に遭遇出来るのは
記者にとっては最大の活躍時であり使命感に燃えるだろうな。

蘭姫2013


一介のフリーランスのオイラはいまだタイの底辺を取材しながら萌えてます。



2518三つ星店頭


さて、その日の夜は一昨年W氏と一緒にタイに来られた仲間たちとの
酒席。晩餐会場はオイラのリクエストで以前みんなで食べた
三つ星の水炊き。出汁がなまら旨くてお代わりしたほどの絶品なのだが、
歯がないオイラは鶏肉のつみれが上手く噛めなくてえらく難儀した。

2518三つ星


ま、歯がないなら酒を愉しむべか

店には日本各地の銘酒がずらり揃っている。今回の帰国は北海道産の
日本酒に拘り、今宵は釧路を手始めに酒蔵自慢の銘酒に舌鼓を打った。

2518矢口似のスタッフ


あぁこれこれこの味ですよ。うっめぇ〜
「あれ?ヤグっちゃんこんなとこでバイトしてたの」
「良く言われますけどモー娘の矢口真里じゃないですよ」

今スキャンダルで公の場から姿を消している矢口似のスッタフを肴に
不倫行為を「ヤグル」とか不倫進行形を「ヤグってる」とか言いながら
いい大人たちが大いに盛り上がる。水炊きも絶品だし酒もなまら旨いし。

あぁ〜、最高に至福のひと時ですなぁ

食後、今宵もススキノの帳に消えていったのは言うまでもない。
例によって後半からの記憶も薄れて何処に流れたのかしらん。


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July 21, 2013

第2517回「法名願悠院釈雅然」

2517札幌駅前通り


【7月15日】新十津川町 快晴

こんにちは。この度はご愁傷様でした・・・
「わざわざ来て頂きまして有り難う御座います」

和寒を出て札幌に戻る途中に新十津川のIさんの家に寄った。
Iさんと5日に別れてからその一週間後に天竺に旅立たれた。
想定していた時期よりも早い死に適当な言葉が見つからない。

「Tには会えないだろうだろうなぁ・・・」

Iさんが天に召される数日前にふと呟いたそうだ。最後の
約束を叶える前に逝ってしまっただけにオレの心境は複雑だ。
ただ、この状況で仮にタイから連れてきて再会が出来たとし
ても支援して貰ったT嬢の方が辛すぎるのではなかろうか。

今は敢えてT嬢に連絡しないでオレがタイに戻ってから電話で
伝えよう。直接会えばオレの方が辛い。人の死の哀しみは過ぎた
時間の長さで気持ちが癒える。だが、オレの想定に反して家族は
思ったより明るかった。

「夫は苦しまず眠るように安らかに逝きましたよ」

通夜と告別式を終えた3人の子供たちと奥様は、昨年の暮れに
胃癌を告知され約半年間の余命を知りながら賢明に家族のことを
思いながら病魔と闘っていた父親の死を忘れることはないだろう。

だが、1つの区切りが付いたことで家族の絆がより深まり、いずれ
子供たち全員が結婚して家族を持ちやがてI氏の孫たちが生まれ、
そして大きくなる。そうやって家族の歴史が1つ1つ刻まれていく。

2517I氏の戒名


仏壇に手を合わせ心で詫びた。ふと横を見ると位牌が見えた。
願悠院釈雅然』名は体を表すというが、すでに体は無く魂のみ。
Iさんらしいでっかくて悠然な法名だ。

心からご冥福を祈ります

先日、神奈川から来てくれた人生の恩師からこんなメールが届いた。

自遊人生ゆとりを持って生きよう。親友の死も受け止めて上げなけ
れば成らない。常に自然体で行動すれば悔いや後悔をせずに済む。
自遊人は自遊人らしく己の気の向くままで良いのでは。そんな生き方
の藤岡さんは素晴らしいと思う。次回は是非ともタイで逢いたいですね。
元気なじじより


時遊人なりの生き様。全てを肯定して生きる。まさにその通りだな

それにしても毎年帰国する度にお墓参りと仏壇に合掌する回数が
増える。まぁ、そんだけみんな歳を重ねて天竺に向かって生きて
いるということなんですな。昔はそんなこと微塵も考えんかったけど。

昼食に出前の鮨をご馳走になり、夕方札幌に着いた。連休最終日の割り
には道路は混んでいなかったが、実はこの日はOデンタルクリニックへ
行く日。しかも状況によっては歯を抜くか、あるいは治療して残すか
を宣告される日だった。だから最悪の場合は酒も晩飯も食べらんない。

ひぇ〜どうか治療して残せますように

ところが、人生そう己の思惑通りにはいかないようです。

「あぁ〜、こりゃあ、やっぱりダメですね」
じぇじぇじぇじぇぇ。っていうことは抜くんですか
「はい、抜いて義歯を入れた方が滞在中に終われますよ」
ぎし義歯って、つまり入れ歯のことですか
「はい、来年帰国された時に改めてブリッジやりましょう」
はぁ〜そうですか・・・

55歳にしてとうとう義歯を入れるハメになっちまった。
あぁ、めんどくせぇ。毎日ポリデントに浸けて寝るのかよ。
やだやだ。望まなくても人生否応なしに爺街道まっしぐら。

ハフハフ、はりかとこさいますた

麻酔と抜糸でまともに御礼の言葉も喋らんない。おまけに
今宵は帰国以来初めて酒を嗜まない休肝(臓)日となった。
食べらんないし呑めねぇ。「おぉまいごっと」最悪の夜だ。


asia_jiyujin at 15:37|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

July 20, 2013

第2516回「夢叶えた偉大爺様」

2516青い空


【7月14日】和寒町 快晴

書物を紐解けば空の青、海の青には日常の思考や感情、物理的な
行動からほんの少し距離を置くことで癒しの作用があるんだとか。
ところがこんだけ連日の猛暑の青空が続くと思考も停止してくる。

2516青の池


あっづ“〜いタイの方がましやでぇ

あっと言う間にゆったりのんびりした1週間の実家滞在を終えて
再び今日から道央巡礼の旅。札幌から車で迎えに来て頂いたメコン
基金のS代表と昨年1月に他界された和寒町のH家に向かった。

2516和寒H家


2516H家のソーラーパネル


小一時間で和寒に着くとH家には地元や札幌から集まった8人の
孫たちがゲーム機片手に待っていてくれた。そのうち7人はH爺様
がラオスの貧困山岳地帯に建てた小学校を訪れている。

どうも、こんにちは
「あぁ〜、来た来た。こんにちは」
「どうもどうも遠いところまで」

2516孫たち


子供は国の宝というけど、まぁ、こんだけ孫がいると賑やかでいい。
亡きH爺様の仏壇に手を合わせ、早速に地元のなんまら味の良い
ジンギスカンを食べながら用意して頂いた久保田の封を切った。

万寿じゃないですか。いいっすねぇ

ところがだ。オイラの目の前でお婆ちゃんが惜しげもなく万寿を
ドボドボとジンギスカンにかけ始めたではないか。一瞬我が目を
疑ったがやはり今オイラが呑んでいる万寿だぞ。

じぇじぇばあちゃん何してはんの
「酒を掛けたら美味くなるのよ」
って、それ万寿。久保田の銘酒っすよ。高っけぇ酒
「あら、そうなのかい」

新潟の銘酒をまるで料理酒のように気軽に使うって信じられん。
ワインを掛けて肉を柔らかくして味を高めんのと同じだけど
やめてくでぇ〜」死んだ爺様もビックラこいて出てくんぞ。

しばらくして7月生まれのオイラとばあちゃんと孫の3人の
ためにめっちゃ美味そうなケーキで祝ってくれた。

2516三人が7月生まれ


「ハッピーバースデイ。おめでとう」
おおきに。なんて心優しきファミリーなんでしょ

2516美味そうなケーキ


ラオスに小学校を建て、山岳の子供達の教育環境を高めてくれた
心ある優しい爺様。翌年8人の孫たちを連れて山岳の小学校を
訪れた。夢を叶えあとは孫たちの将来を楽しみにしていたのに
昨年の年明けに逝ってしまった。H氏はまさに偉大な爺様だった。

そんな爺様に影響されたのかしらん

札幌から来た高校生のYくんが、卒業しても大学には進学しないで
海外に出たいと相談された。ほぉ、今時自分の可能性を賭けて海外
に出たいとは、なんて頼もヤツでしょ。我が倅にも聞かせてやりたい。

昔と比べて海外留学者が減少している今の大学生の実状。机の上だけ
で学んだ人間と、海外に出ていろんな苦境や苦難を体験した人間とでは
ものの考え方や人生の価値観やキャパが違う。大概のことでは動じない。

いいんじゃねぇ。オレは応援するよ

ところが、どうやら語学留学でもなさそうで、とにかく海外で実際に
生活を体験したいとな。「ムムッ」ところで将来は何をしたいのだ。

訊けば、具体的な夢はないらしい。当初はカナダや米国などの先進国
を考えていたらしいが、母親が「タイなら藤岡さんがいるじゃない」
と軽い気持ちで言ったらしく、すっかり本人がその気になったらしい。

大学4年間で多額のお金を使うくらいなら、その分人生の勉強を
させてやりたいと。なんて良い親なんじゃい。例え親の金だろうが
チェンスがあるなら日本を脱出して大海原に出るのは大いに賛成。

どうせ、今の時代は大学出たところで何かが保証されている訳でもなく、
それなら日本語以外の外国語を習得するだけでもその後の自分の人生
が大きく変わる。海外で袖振り合った多生の縁を活かせれば、それこそ
日本では体験できない面白い人生がおくれるよ。それに自信にも繋がる。

まさに、かわいい子には旅をさせよだ

S代表も盛んに海外留学を勧めたが、ちょいと気になることがある。
Yくん、結構イケメンでそのままジャニーズに入れそうな醤油顔。
タイなんか行っちゃったらいろんな誘惑がありそうで心配だな。

あっオーマイゴット。もったいねぇ

ちょっと目を話した隙にまたしてもお婆ちゃんがジンギスカンに。
案外この婆様こそいっちゃんキャパがデカイ人間なのかもしれん。
その後万寿片手に延々と話し込んでいたら外が白々と明るく
なってきた。ふと時計を見ると「じぇじぇ4時」。

その4日後、Yくんの母から電話が来た。我が家に来てもう一度
家族を交えて話して欲しいと。オイラ今週も来週もずっと飲会だぞ。
ところが、例によって呑べぇのオレに「国稀を用意しておきます
から」と言われれば断る理由はない。またジンギスカンもえぇな。

ジンギスカンに国稀は入れんでね


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第2515回「突然の訃報と青空」

2515澄み渡る青空


【7月11〜13日】美瑛 連日猛暑

あづ“〜い

連日の暑さに悲鳴を上げながらも郷里でのマッタリした生活を
堪能していた。例によって夕方から脳を無にして晩酌を始め、
耳が遠くなった母上と毎回同じ話に頷きながら盃を傾ける。

12日の夜。11時を過ぎて母上が就寝したのを見届けてから
おもむろに座卓を出してブログを書き始めて1時間ほど経った。
ふいに横に置いてあった携帯電話が鳴りメールが届いた。

「夫が昨日亡くなりました」
じぇじぇ・・・なしてよ

一週間前に会ったときは普通に会話が出来たのに。
しばらく動揺して手が止まる。頭が混乱した。まさか
オイラと会って緊張が緩んだのか。それとも援助して
いたT嬢と電話で話せて安堵しちゃったのか。

だって、医者はあと2ヶ月くらいは・・・

間に合わなかった。Iさんが話せるうちにT嬢を日本に連れて
来る約束をしたのに。残念だ。何かの間違いであってくれと翌朝
の新聞の訃報欄を見たら、確かにそこにはIさんの名前があった。

・・・

2515新聞訃報欄


人は生きて必ず死ぬ運命だが、あまりにも早すぎる死。でも、
3人の子供たちが成人して仕事も順調なのがせめてもの救い。
叶うものなら子供等全員の結婚式を見られて孫を抱ければね。

面倒見が良くて世話好きの父親だったが、ある意味自分の天命
は全うできたんじゃないんかな。あとは残された家族がI家の
歴史と繁栄を子々孫々まで続けていかなきゃね。

心からご冥福を祈ります

そんな悲報は微塵も見せずに母上が作ってくれた朝飯を食べる。
今日も地場の白米が美味い。美味すぎてついお代わり。ベルトが
1つずれた。おそらく 帰国してから5,6圓和世辰燭世蹐Α

2515遠くに見える大雪山連峰


さて、今日は今年の春頃にバンコクで開催された北海道ナイト
(道産物の輸出を促進する物産会)に美瑛町から出展された
ファーム千代田のT社長さんと会う約束をしていた。

ところが車を所有していないオイラは丘の町をママチャリで
現地に向かった。5分もしないで後悔した。「やっぱり母上
がいうようにTAXIにすりゃあよかったべ。足がなまら辛ぇ


今更実家に戻ってTAXI呼ぶのもしゃくだから、
車で10分くらいの道程を額から汗を流しながら
ひたすらペダルを漕いだ。

ぜい、ぜい苦じぃ

40分後、何とか現地に到着したらT社長が旭川出張で留守。

2515ファーム千代田


じぇじぇ昨日約束したのに

電話を掛けてもsoftbankは圏外。

あれ接続率No.1じゃねぇの

しかたなくレストランの従業員に電話を掛けて頂き夕方オイラ
の家まで来てくれる事に。濃厚でジューシーなソフトクリームを
ご馳走になるも灼熱の太陽が照りつける下で食べたら極上だね。

2515特産乳製品は絶品味


2515なまら美味いソフト


うめぇ

一旦実家に帰り夕方待ち合わせ場所の美瑛の駅に立っていたら・・・。

じぇじぇじぇすっげぇ〜

オイラが人生で一度は乗りたかったポルシェじゃん。しかも4ドア。
授業員が乗っている社用車もポルシェだとか。どんだけ儲かってんの。
因みにオイラと親交の深い札幌のW氏ともお知り合いとかで世間は狭いね。

2515T氏とオレ


「どうもどうも、すいません」
こんにちは。タイで会った以来ですね

その後、T社長の知り合いがやっているという喫茶店に行くも
現在準備中とのこと。次に知人がやっているドイツレストランに。
しかし、ここも残念ながら休業中。しきりに謝る社長さんだが
オイラにしてみれば憧れのポルシェに乗って美瑛の丘をドライブ。

2515一面の花畑


随分この町も変わったんですねぇ。まるで西洋の町みたい

タイ人たちが美瑛は日本のスイスと称賛するのもあながち頷ける。
オレがガキの頃に釣り竿片手に丘や山を自転車で掛けていた時代
とはまるで景色が変わっていた。

2515子供の頃に遊んだ川


結局、社長さんが腹が減ったからと、先月バンコクに1号店を
出店させた旭川の名店“山頭火”で冷やしラーメンを食べた。
帰国して初めて食べる冷やしラーメンだが、これが案外美味い。

2515たまには冷やしラーメン


おぉ、冷やしもいけますね
「暑い日はこれに限るよ」

小一時間ほど話し込む。今後のタイ出店を相談されたが、これだけ
美瑛ブームになってんなら台湾の方がチャンスある気もするのだが。
今後益々東南アジアの国々と北海道が密接な関係になっていくだろね。

2515美瑛の夕陽


いずれオレが必要とされれば故郷に帰って錦でも飾ったろかいな



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July 19, 2013

第2514回「55歳に成りにけり」

2514純米大吟醸新十津川


【7月10日】美瑛 今日も茹だるような猛暑

いやぁ〜今日もあづ“〜いなぁ

いつもの如く涼を兼ねてwifi使用可能の駅前の観光案内所に
行くと駅から日本語の案内の後に中国語が流れていた。
今や台湾からの直行便が道内の千歳・旭川・釧路・女満別の
空港に飛んでいる。しかも1日4便だってさ。

中国人と違って親日が多い台湾人は、円安も影響してこの
季節のお得意様観光客として道内各町にお金を落としてくれます。
人の流れは同時に金の流通になり短い夏の経済効果に繋がる。

だから美瑛の駅には中国語が話せる職員がいて、美瑛各地の
観光地でも中国語を勉強している従業員が増えているそうだ。
いずれVISAが免除になったタイからも大勢の観光客が来る。

2514美瑛の町並み


「フジさん、こっちでガイドやったら」という友人がいるけど現地
の旅行代理店と提携してこの時期限定でやってみるべかの。
でもなぁ、タイから帰国して出稼ぎ労働って何か変とちゃうか。

2514美瑛町役場


さて、今日はオイラが生まれて55回目の生誕の日。でも、
これといって特別な料理もなくケーキもプレゼントもない。
代わりにスーパーマーケットに行って酒のアテを仕入れる。

おめでとうオレ

2514誕生日のお膳


歳は55。体重も55(多分実家滞在時で5,6圓倭えてる)
江戸時代ならとっくに平均寿命過ぎてっけど人生もGOGO。
パッポンもナナもGOGO。まだまだバリバリ行きまっせぇ。

2514メチコバール


2ヶ月前までは、こりゃあオイラの人生もそんなに長くねぇな
と凹んでいたけど、メチコの効果で食欲旺盛の元気バリバリ。
食っても食っても2時間後には腹が減る。日に2回は快調便。
(食事前の人は御免ね)まさに奈落の底から一気に急浮上。

2514幼少時代の家


歳を重ねるということは、人としての魅力を増していくこと
だろうが、白髪混じりの頭髪に老眼鏡が常時必須品となれば
到底魅力なんて増すはずがない。ま、人は外見じゃなく中身。

本当に元気になってよかったばい

誕生日は自分を産んでくれた母上に感謝する日とタイ人に
教わった。その割には「私誕生日なの。何かちょうだい」
っていうタイ人女史は何なんだろうね。母上さまに深謝。

形ある物欲は特にないけど無償の愛が欲しいっす

因みに今年もお祝いメールをくれた横浜の愛妹に東京の
愛娘に感謝。あ、タイからも愛のこもったメールが届いたっけ。
手書きの祝紙を持っての写メに思わずタイに戻りたくなった。

2514タイからの生誕祝いメール


お土産待ってますって・・・やっぱりタイ人やなぁ


asia_jiyujin at 10:41|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

July 18, 2013

第2513回「老いた母に敬愛を」

2513青い池

『今や美瑛の観光新名所の青の池』

【7月7〜9日】美瑛 タイより暑い大快晴

たっだいまぁ〜
「あら吃驚したぁ。帰って来たの」
今日帰るって言ってたじゃん
「あぁ、何だってぇ」

2513美瑛駅前


母上さまは見事に耳が遠くなっていた。補聴器までは必要ない
けんど一般人と話す声の倍以上の声を出さねぇと伝わらねぇっす。
おかげで知らない人が見たら老人虐待しているように思うだろ。

2513駅前ロータリー


昨年目出度く傘寿を迎えた母上は来月で81歳を迎える。母上は
10人兄妹。すでにあの世に召されている兄妹もいるが94歳の
長男は健在している。他にも80歳代の姉妹たちは全員元気だとか。

あっつ“ぅ〜いなんつぅ暑さなんじゃい

毎年長袖を必要とするほどの初夏のはずが、今年はなまら暑い
異常気象。北海道の夏の気温じゃねぇべ。エアコンねぇし。
全国各地で熱中症患者が続出。これじゃタイより暑いっしょ。

アカン外に逃避や

2513大雪山連峰


日中は町の図書館で涼をとりながらメールの確認やブログをアップ。
夕方からは近所の銭湯に行って汗を流し、帰宅の途中でコンビニで
買った冷えたガリガリ君(梨)を食べるのが小さな幸せだったりする。

2513ガリガリ君梨


家に帰って来てからは、砂川のO社長に手土産で頂いた金滴酒造の
北海道限定純米大吟醸新十津川を手酌でのんびり嗜むのが至高のひと時。

くぅ〜うっめぇ〜やっと金滴酒造の酒にありつけたぜ

酒の肴は、母上の手料理を期待したが残念ながら今年もコンビニもの。
寂しいね。今やコンビニは母上料理の味をも凌ぐようになっちまった。
それでもカレイやカスベの煮物やカボチャの煮付けを作ってくれるの
だが、なんせ田舎故にエアコンもなく居間は暑さだけが漂っている。

う〜いおかげで冷酒が妙に旨いべさ

2513美瑛の夕焼け


笑える話を1つ。母上が病院に行った時のことだ。偶然昔馴染みの
同世代のおばちゃんと会ったらしい。「あら〜、随分久しぶりねぇ。
元気にしてたの」母上真顔で「元気ならこんなとこ来てないわ」と。
思わず呑んでいた酒を吹いた。妙に的を射た応えに思わず感心。

いやぁ〜往年の芸者口調は今も健在なりでんな

とはいえ連日同じ話題を何度も聞かされるとさすがに辟易するが、
これも後期高齢者の定めなり。息子としては笑顔で頷きながら
銘酒を傾けるしかなかった。ま、それが息子としての務めであり
人としての優しさでしょ。


asia_jiyujin at 13:43|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

July 17, 2013

第2512回「今年も元気な悪友」

2512苫前祭り2


【7月6日】新十津川 

バーンバーン

朝食後、静かな凪の海を眺めていたらけたたましい花火が上がった。
漁港方向を見下ろすと大漁旗をはためかした漁船が停泊していた。
笛や太鼓の音が聞こえ「わっしょい、わっしょい」の威勢のいい掛け声。

祭りだ
「よっしゃ、行ってみんべ」

2512苫前祭り1


ホテルをチェックアウトして車で追走。御輿を担ぐ声に誘われながら
着いた場所は大漁旗がはためく漁船の前。町の子供達やお年寄り等が
集まりいなせな海のヤン衆たちが御輿を漁船に担ぎ込んでいた。

訊けば大漁旗の漁船が数隻の船が追走し、北から南まで数十キロ
走りながら海の神様に家内安全と無病息災と大漁を祈願するんだとか。
まさに海の町らしい夏祭りの行事である。

2512御輿を船上


2512御輿船出向


いいね、田舎町の祭りには風情があるよねぇ

今日の夕方に神奈川に帰られるI氏。千歳空港までの道すがら留萌の
黄金岬に寄り、その足で留萌で一番見晴らしが良い千望台に登って
感じの良い山小屋風のカフェでコーヒー呑みながら町を一望した。

2512黄金岬の先端


2512黄金岬


わぁ〜、良い眺めっすねぇ
「俺が死んだらここに埋めてくれって家内に言ってあるんだ」

2512千望台のカフェ


砂川のO氏がボソッと呟いた。確かに登ってくる途中に霊園があった。
こんな見晴らしの良い場所に埋葬されたらさぞや心が癒されるだろう。
オイラは上半身はメコン川下半身はチャオプラヤ川に散骨して貰おかな。

2512留萌市内


さて、今日は高校時代のバレーボールチームの同窓会の日。もう30年
以上も続いている悪友どもの集まりだ。今年はオイラが幹事役なので
Iさんの病状を考慮して新十津川のグリーンパークに会場を取った。

昨年新十津川を訪れた時にIさんに連れてきて頂き、ついでに
悪友会で使わせて頂くことを予約していた。最終確認はメール
で遣り取りしたがIさんの顔もあって無理難題を聞いて頂いた。

8年前までは8人だった悪友たちも、酒もやらない一番の健康優良児が
心筋梗塞で他界した。以来7人での同窓会もどの温泉宿も2部屋に別れ
なければ泊まれなかったのだが、この日は宴会部屋を解放してくれて
7人全員が同じ部屋でマクラを並べて寝られる。まさに修学旅行気分。

酒に酔って早くに寝たヤツ。閉鎖時間ギリギリまで何度も温泉に行くヤツ。
いつまでも酒を呑みながら昔話に花を咲かせるヤツ。当然オイラは後者。
最後まで残ったヤツらとは青春時代に戻ったように呑んで語り合った。

昔は自分たちの子供の進路だったが、数年後には常備薬の話題や持病に
なり、今は年金と数年後に貰う退職金が減額された不平不満が主だった。
なんせ3人が公務員。1人は大手電気会社。1人は民間の自動車修理工。
1人は農夫。「未だにお前の仕事が分からん」と言われる時遊人のオイラ。

ま、オイラには退職金もボーナスも関係ないし、養う家族もいてねぇし、
心配事や不安は彼らより少ないのは確か。「お前は自由でいいよなぁ」
と羨ましがられても自由人には自由人なりの苦悩はあんのよ。

2512悪友会


何はともあれ今年も元気に悪友どもが集いし一日だけの親交を深められた。
次回幹事役が回ってくるのは7年後。その時は全員引退しているか定年
を迎えているだろうから開催場所はタイで決まりだな。

じゃあ、来年も元気で会おうな
「フジ、気ぃつけて母国に帰れよ」
おぅって、アホか。オレは日本人じゃ


asia_jiyujin at 16:04|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう