March 2014

March 25, 2014

第2610回「我が人生の宝もの」

2610おしゃまな少女たち


【2月8日】バンコク

S代表や会員さん方が無事に帰国されてから数日後、今回
初参加された北見のH氏と札幌のK氏からメールが届いた。

2610H氏と昼食


今回のメコン基金スタディツアーでは大変お世話になりました。
藤岡様がおっしゃっていた「ウルルン滞在記メコン基金編」を
体験することが出来たのは、代表のS様と藤岡様の献身的な
ご尽力の賜物であります。タイにお住まいの藤岡様のご協力は、
メコン基金の活動を大きく飛躍させたと今回の旅で強く感じま
した。厚くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。 
(中略)
このようなすばらしい援助活動が来年で終了するのは非常に
残念でなりません。S様に代わる代表者が名乗り出て下さって
メコン基金が存続できればいいのにと強く考えています。その
ためには、会員の間で業務分担を行わなければいけませんが。
最後になりましたが健康第一で無理をなさらずにお仕事を続け
られることをご祈念申し上げます。
メコン基金会員H(北見市)

2610朝のタンブン


このたびは、お世話になりまして有難うございました。お礼
が遅くなってしまい申し訳ございません。初参加のメコン基金
スタディツアーびびってました!“重鎮”メンバーを引率
する中、何かとお気遣いいただき感謝しております。 
(中略)
初日の夜から和ませて頂いたこと(S代表も気絶するほどの宴)
とても嬉しかったです。いろいろ感じさせて頂いたツアーでした。
帰札後は、ホームグラウンドなのに何か違和感を感じる日々が‥‥
いったい何が普通なんでしょうかね。でも、そう言いながら
元の感覚に戻る自分を否定しない。まだまだですね。
またお会いできる日を楽しみにしております。
K(札幌市)

2610可愛い小学生


H氏のメールを読んで20年前の自分を思い出した。まさに
異国で衝撃的な体験をしたことで、それまでの自分の人生の
価値観が大きく変わる切っ掛けとなった旅だった。

先進国の日本に比べてまだまだ途上中の国だが、未だにタイ人に
人生の意味や仕事の意義を教わることが多い。人生、名誉や地位や
ましてや財よりももっと大事なものがあることに気付かされる。

毎日夜遅くまで働いて、寝る時間も削りながら奉仕する会社人間。
同僚や部下を踏み台にして1つでも上の地位を目指すサラリーマン。
頑張って無理をして家を建てて借金のために子供を預けて共稼ぎ。

我無沙羅に無茶を繰り返すウチに取り返しの付かない病気を患う。
何が幸せで何が不遇なのか。世間というウワバミに呑まれながら
もの凄い早さで時間が過ぎていく日本。さすがに神経が麻痺して
正しい判断を謝ることさえあるだろう。

確かにH氏が言われるようにメコン基金が来年で終焉することは
大変残念に思うが、24年間の歴史の中には綺麗な部分以外にも
いろんな問題が起こった。それでも会を続けて来られたことは
ひとえにS代表の尽力や理解ある多くの会員さんの賜だと思う。

しかし、如何せん年齢には勝てず、誰かが引き継いでくれること
を願いつつも未だにその大役を担ってくれる人材が現れない。
現れない以上は潔く幕を下ろすしかないのが現実的な決断。

2610バーシーの儀式


それでも、この24年間で十分タイやラオスの恵まれない子供
たちに勉学のチャンスを与えることが出来たと思うし、いつか
両国が経済発展して我々のような団体の支援が無くなることが
一番望ましいことなのだ。時期的にはまだ早いかも知れないが
現地に置いてそれなりの教育支援は果たせられたと思う。

35歳で渡航したオイラも今年で56歳。さすがにこれ以上続ける
には体力的な限界を感じる。そろそろ初老兵も引退の時期。
悔いはなく多くの幸せな場面や癒さしを体験させて頂いたことが
自分にとって掛け替えのない宝であり感謝の念に堪えない。

タイ王国と出逢えたことがオレの人生の一番の宝だ

2610イサーンの田園風景


asia_jiyujin at 15:35|PermalinkComments(2) 気ままなボランティア活動 | 藤岡わこう

March 24, 2014

第2609回「人生を変えた体験」

2609メコン川をバックに


【2月6日】ノンカイ

翌朝は毎朝欠かさず行われる僧侶へのタンブンを体験する。
いつもは無言で通り過ぎる僧侶が足を止め「日本人ですか
と流暢な日本語で質問された。訊けば3年ほど日本で働いて
いたらしく帰国後は出家して僧侶の道に入ったそうな。

「なんだ、知っていれば日本の話をしたかった」と僧侶。
日本で働いていたという事はおそらく不法就労なんだろうが
稼いだお金があるはずなのに何故出家したのか興味があった。

タイを旅していると、どんな田舎町にも日本に出稼ぎに
行ったタイ人に会うことがある。ジパング=黄金の国
今でも彼らの中では伝説になっている。

2609学校で朝食


その後、学校で用意された朝食を頂く。各テーブルでは昨夜
のホームスティ先のことが話題になり朝から盛り上がる。

2609朝礼の可愛い子供たち


常連組は慣れたもんだが初参加の人はさぞや刺激的な体験
をされたことだろう。そんな衝撃的な体験をされた北見市
のH氏から帰国後に考い深いメールを頂いた。


「一泊目の家庭で午前2時に目を覚ますと17歳の高校2年生の
女の子が戸外の暗がりの中で前の晩に使用した食器類を洗っていて、
目が潤んできました。かわいそうになってすべて洗い終えるまで
懐中電灯で彼女の手元を照らしていました。当然彼女は何度も辞退
しましたが。その後、アイロンがけ、床掃除、朝食の準備を行い、
日本の状況とはまったく異なることに強い衝撃を受けました」


きょうび遅刻ギリギリまで寝ている現代の日本の中高生に比べたら
毎日掃除も炊事も親に言われることなく当たり前のようにやって
いる彼女たちの家事手伝いは、まさに強烈な印象だっただろう。

かつていじめにあっていた子や引き籠もりの不登校の問題児が
このスタディツアーに参加され、帰国後は学校に復学したり
いじめを克服して無事に学校を卒業した子たちがいる。

同世代のタイの子たちの劣悪な境遇を知れば、いかに自分が
恵まれた環境の中で生きていることに気付かされたのだろう。

自分の思う通りにいかない理由を親のせいにしたり、学校の
せいにしたり、終いには社会が悪いと勝手に自己弁護して
人のせいにして生きる若者たちがいる。最終的に判断して
決めるのは他人でも親でもなく自分の価値観なんだけどな。

2608朝礼


2609朝の記念撮影


さて、朝食後は朝礼に参列した函館のH氏が代表して昨夜の
ホームスティの感想をタイ語で発表。どこまで通じているの
か不明だが独学で勉強したタイ語はそこそこ場を和ませた。

2609ポータック中が校記念撮影


2609ポータック中の奨学生


2609ウララポーン中学校


午前中はポータック中学校とウララポーン中学校に寄り
今春卒業される奨学生たちに里親の写真入りの卒業証書を
手渡した。将来はコンピューター関係やガイドを
目指す子がいた。昔に比べたら職業の選択肢が格段に増えている。

少年よ大志を抱け

夕食はすでに定年で退職されているパイブン夫妻や
昨年定年されたコーコン中学校のキッチャー夫妻。
ナーディ中学校の元校長のステープ氏とラッチャニー
教頭先生、タニカン先生などをお誘いして華やかに
晩餐会が行われた。

2609最後の晩餐会


来年で25年間の活動を終えるメコン基金に対して
感謝の辞と長年の活動の思い出話で場が盛り上がった。
1994年から携わって来たオイラも人生の価値観を
大きく変えた多くの体験は一言では表せない思いがある。

ありがとうタイランド。そして心優しきタイ人たち

asia_jiyujin at 16:30|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

March 23, 2014

第2608回「至福の癒しの土地」

2608キッサナ家で



【2月5日】ノンカイ

今日の訪問校は6年ぶりに訪れるバーンクアット中学校。
ここは小学校から中学3年生までの学校だから4年生は
(高校1年生)コーコン校かターボ校に通うことになる。

2608歓迎


2608歓迎の議


2608歓迎式典


サリット校長先生含めて先生や父兄以外にも多くの村人が
歓迎してくれた。タイの民族舞踊やバーシーの儀式に加え
何とタイ古式マッサージ無料体験コーナーやタイスィーツ
など、学校訪問にしては意外なおもてなしを受ける。

サリット校長先生は「メコン基金の皆さまが我が校を訪れて
くれたのは実に6年ぶりのこと。大変嬉しく思っております。
今日は特別の歓迎をいろいろと用意しております」

2608バーシーの儀式


2608タイ舞踊


もちろん腰痛持ちのオイラは、いの一番にタイマッサージ
を受けた。ところがハーブが洋服に染みて後から洗濯して
も全然黄色が落ちないときた。せめて素肌にやってくれよ。
他の人たちも無料となればもれなく受けたのは言わずもがな。

2608奨学生


2608おしゃまな子供たち


さて、一通りの歓迎を受けた我々は今日も2人一組になって
支援している里子の家にウルルン体験ならぬホームスティ。
今日もパートナーはK氏。さすがに2日目は慣れただろう。

うわっなまらデッカイ家ですこと

2608でっかい家だぞ


2608キッサナ親子


しかも日本で買えば100万円は下らないだろうチーク材の家具。
訊けば木材を買って来て自ら加工して造ったと言うではないか。
確かに家の片隅には加工された木材が無造作に散在していた。

と言うことはこのデカイ家も自分たちで建てたの
「そうよ」

ふと周囲の家々を見比べると妙に家全体がデカイのだ。
後に先生に訊いてみるとここの村人は見栄っ張りが多く、
隣より大きく建てると、またそれより大きく増築するんだとか。

学校の歓迎会で妙艶なタイ舞踊を踊ってくれた奨学生のキッサナ
(ニックネームはデュ)は中学校3年生。5月からはコーコン校
に通うのだそうだ。両親の他に筋肉マッチョの22歳の
兄ちゃんの4人家族だが、見たところそれほど貧困さは感じない。

父(47歳)の農業を手伝っている兄がオイラたちのために
近くの川でデッカイ魚を釣ってきてくれた。しかも口にネギや
薬草をぶち込んで粗塩をまぶして七輪で焼き始めた。

どっひゃ〜なんちゅうグロテクな顔

2608兄ちゃんが釣った魚料理


2608七輪で料理


陽が落ちて肌寒くなる前に、オイラは早めに水浴びを済ます。
サッパリしたところで父親が帰宅する前から持参した焼酎を
ロックで煽る。キッサナが手招きして家の裏を見ろと誘う。

おぉ〜これぞイサーン(東北部)の風景そのもの

2608牧歌的な風景


この景色に何度も心を洗われたことか。もっとも20年前は
トイレは何処」と訊いたら今オレが見ているような地平線
まで続く大平原を指さし「レウテークン(貴方のお好きに)」。
今じゃ何のためらいもなく野グソが出来るが昔は辛かったなぁ。

さて、お父ちゃんが野良仕事から戻って来た頃、先ほどの
七輪の上で焼かれていた魚から美味そうなにおいがしてきた。
水浴びを終えたK氏が冷えたビールを美味そうに煽る。

「じゃあ、そろそろ晩飯と言うことで乾杯しましょ」
いっただきま〜すうほぉなまら魚がうめぇ

2608晩餐


このノスタルジックなセピア色の空間と、昭和のような
温かい家庭と、まるで時間が止まったようなのんびりした
時の流れに都会ではけして味わえない至福の癒しを感じる。

「いやぁ〜、荒んだ心が浄化されますねぇ」
これぞ究極の癒しの地だね。ノンカイ最高

考えてみれば特別なことなんて何もないのだ。あるのは
いつもと変わらぬ食事と穏やかな家族の団らん。
人間そんだけあれば明日の生きる糧になるんじゃないのかね。

けして物質的な豊かさは少ないが、ここには先進国の
現代人がとうに失っちまった心の豊かさが無限大にある。
スマホが無くてもPCが無くても、家族さえいれば十分に
幸せを感じることは案外簡単だったりするのだ。

あったけぇ家族・・・オレも欲しいなぁ

2608朝のタンブン


asia_jiyujin at 17:04|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

March 22, 2014

第2607回「素朴で幸せな時間」

2607ノンカイ教育庁


アカンわどうやら微妙に歯車が狂い始めてんな

先週引いた風邪がようやく治りかけたと思った矢先に
今度は原因不明の右足甲に激痛が走り始めた。取材に
行った先であまりの痛さにまともに歩けず途中で断念。

「痛ぇ・・・なんやろ。疲労骨折か剥離骨折やろか

どうも毎年この時期は過労が祟って身体の彼方此方に
ガタが来てまうようだ。酒ばかり呑んどらんともっと
栄養価の高いもん食わんとホンマに壊れてしまうで。


【2月4日】ノンカイ
朝9時。メコン基金がノンカイに来て最初にやることは
教育庁に表敬訪問をして活動報告すること。スパキット
グライサクン副教育長が我々一行を温かく迎えてくれた。

2607副教育長


「お早う御座います。また皆さまに会えて嬉しく思って
おります。今日はこれからターボで会議があるのであまり
時間が取れなくて申し訳ない。最近のTVニュースで国民
がいがみ合ってタイの経済が混迷しています。この数十年で
タイの経済が急成長したとは言え、まだまだ支援を必要として
いる子供たちがいることも事実です。今まで長年に渡って
支援を続けて頂いている事に心から感謝を致します。来年で
メコン基金の活動が終わってもいつでもノンカイに来て下さい。
問題が発生すればいつでもサポートいたしますよ。ノンカイに
滞在している間は多くのタイ人たちと交流を深めて下さい。
また会えることを楽しみにしております」

2607副教育長にお茶を点てる


担当者が昨年と同じだったので活動内容を割愛し代わりに
函館から参加された奥様が裏千家の茶道を振る舞いたいと
特別にお茶を点てて日本式のおもてなしを体験して頂いた。

正直、甘い物好きのタイ人には苦みのある本来の緑茶の
旨味を理解することはかなり難儀な趣向と言えるだろう。
ただ、添えられたお茶菓子にはたいそう満足気味だった。

2607C先生とT女教諭


さて、表敬訪問後は支援している里子の家にホームスティ
する予定のコーコン中学校を訪れた。校門で我々一行を
生徒たちが一列になって花輪を掛けて歓迎してくれた。

2607校門で歓迎される


2607校門で花輪を


2607校門で花輪で歓迎


2607全員黙祷


2607顕彰碑


その後は創設者M氏の顕彰碑に買って来た花束を献花して
参加者一同で黙祷を捧げる。それから生徒たちによる歓迎の
タイ舞踊や昼食を振る舞って頂き、来月卒業する奨学生たち
にS代表から里親たちの顔写真入りの卒業証書を手渡した。

昨今は大半の卒業生が大学進学の道を選ぶ時代になった。
20年前には考えられなかった進学率だが、これも国が
成熟した証だろう。学歴はその後の人生を大きく変える。

2607タイ舞踊


2607舞踊のお礼


2607記念撮影


2607卒業証書


今年からコーコン中学校に赴任されたウィラ校長先生から
「今日は子供たちや村人たちと交流を深めて下さい」と挨拶。
因みに卒業される奨学生2人は名門コンケーン大学に進学が
決まり将来は介護士になるのを目標としている実直な生徒だ。

さて一通り行事が終わり午後3時過ぎから2人一組になって
里子の家に移動した。オイラのパートナーは初参加のK氏。
ラオに学校を寄贈して頂いた日本衛生の取締役営業部長さん。

2607ナタポン家


2607ナパポンと先生たち


後から聞いたことだが、正直初参加のK氏はかなりビビって
いたらしい。この数年間毎年会社から社長や専務など数々の
方が参加されているのだが、タイでの田舎の暮らしが相当
サバイバルな生活だと覚悟していたらしい。

確かに場所によってはTVで観るような世界ウルルン滞在記
そのものの環境を実体験することになる。温水シャワーなんぞ
あるはずも無く当然裸で水浴び。大便はウォシュレットなる
文明の利器など無いから手で水をすくってケツを洗うのだ。

「手で・・・マ、マジですか・・・」
慣れりゃあ、どうってことないっすよ

2607お父ちゃんと


で、ホームスティ先は中学1年生の小柄で可愛いナタポン。
ニックネームはパーム。一軒家の平屋で落ち着いた佇まい。
この20年。数え切れないほど体験しているオイラとしては
着いてすぐに確認するのがトイレと水浴びの場所。

人の良さそうな見るからに優しそうな父親としっかりそうな
母親にワイをして挨拶。激辛イサーン料理が苦手なオイラは
唯一食べられるタイ風卵焼きだけは注文しておく。

2607タイ料理を作る


夕刻には朝も教育庁に来てくれた元里子のT女教諭が顔を
出してくれた。昨年から待望の学校に転勤になり実家から
通えるようになったらしい。三十路を過ぎても未だ未婚。

中学生時代から彼女の成長過程を知っているオイラとしては
すっかり父親の気持ちだ。「早ぉ良い人めっけて結婚すろ
晩飯には両親以外にもコーコン中学校から見回りに来てくれた
女教諭や男の先生方が交わり一時は宴会状態に盛り上がった。

2607T先生と


2607賑やかな晩餐


普段から刺激の少ない東北部の夜は、この日ばかりは就寝
時間が多少過ぎても酒とビールで賑わった。ふらっと庭先に
出ると周囲は静寂な闇が広がっていた。ふと夜空を見渡した。

星がめっちゃ綺麗だなぁ・・・バンコクじゃ見られないべ

2607タンブン風景


asia_jiyujin at 02:30|PermalinkComments(0) 気ままなボランティア活動 | 藤岡わこう

March 21, 2014

第2606回「山の子たちの将来」

2606プーサン村ニチエイ小学校前で


【2月2〜3日】ビエンチャン

二日酔いのままTG2004便にてウドンタニ空港へ。空港で
ノンカイの中学校のC先生に迎えられ途中ラオの子供たち
のために学用品や運動具を買いに大型文房具店に寄った。

タイの国境まで送って頂き、もう数え切れないほど渡った
メコン川に架かるミタパブ(友好橋)を通過してラオに入国。

2606メコン川渡る


夕方ビエンチャン市内の居酒屋でタイの禁酒日に関係なく
今宵もそこそこの肴とビールと冷酒で晩餐会が盛り上がる。
さりとて翌朝の出発を考えて会は早めにお開きになった。

翌朝8時。春節(中国正月)と重なったこの日は中国からの
富裕層の観光客で市内のホテルは何処も満室。お陰で我々
も3カ所のホテルに別れての宿泊だったのだが問題は朝食。

うるさい・汚い・ルールを守らない中国人観光客
これは昨年タイのローカル新聞の一面に出た見出しだ。

一昨年の尖閣諸島問題で富裕層の旅行先は日本を避けて
一気に東南アジアに集中した。その最もターゲットになった
地がタイの古都チェンマイ。2年前に中国映画史上歴代
NO.1の興行成績を収めたのが【ラスト イン タイランド

内容は歴史物でも恋愛物でもなく、いわゆるコメディ映画。
ある研究者が水にある液体を混ぜるとガソリンになる発明に
成功し、それをチェンマイに住む富豪に投資の話を・・・。

かつて北海道の阿寒湖周辺の町も中国映画のロケ地になった
ことで町には多くの中国人観光客が押し寄せて景気が向上した。
つまり富裕層の中国人が民族大移動すると経済が好転する。

ここラオスの首都ビエンチャンもご多忙に漏れず、陸路で
越境してきた高級車がホテル前にズラリと並ぶ。だから朝食
レストラン会場の状況は説明せずとも容易に想像出来るだろう。

恐るべし紅色国旗の大国の民たちよ

2606完成したトイレ


2606トイレの中


さて、今日の最初の訪問校はニチエイ小学校。2008年10月
に日本衛生株式会社が創業30周年を記念して従業員ボランティア
基金で建てた小学校。落成後の翌年に天井扇風機と照明。
昨年は高架水タンク塔の設置。そして今年はトイレを新設。

2606ニチエイの子供達


2606ニチエイ花束贈呈


小学校1〜5年(ラオの小学校は5年制)の生徒数が352名。

ニチエイ校長先生より感謝の辞「毎年遠い国からこの村に来て頂き
有り難うございます。先日には待望のトイレも完成し子供たちや
先生たちも以前にも増して衛生的な環境になって喜んでいます。
今までに数々の援助をして頂き子供たちも良い環境の中で学業に
専念出来ることにとても感謝しています。ラオの山岳地帯の学校
にも首都に負けないほどITが必要とされる時代になっています。
来年はノートパソコンを(中古でOK)頂けると助かります」

2606ニチエイK氏に感謝状


2606ニチエイ学用品寄贈


2606ニチエイ運動具寄贈


発展途上国の支援は、一歩間違えるとカンボジアのように
なってしまう。援助してもらうことに依存してしまい自立心
が芽生えないからだ。手を差し伸べれば何とか援助してしまう
先進国の悪い特性が自立の芽を摘んでしまうこともあるのだ。

2606田んぼレストランで昼食


さて、2校目に行く前にいつも利用している田んぼの中にポツン
と一軒だけ建っている通称『田んぼレストラン』で昼食を取る。
タイ料理と違ってラオ料理は辛さはなく意外と日本人の舌に合う。

2606ノンボア東美小学校


2606サバイディ


2606小学5年生たち


昼食後は東京美装株式会社の従業員ボランティア基金で建てた
ノンボア村の東美小学校を訪れた。75人の学生と3人の教師。
とても小さな小学校だがスマホもTVゲームも存在しない村
の子供たちの瞳は限りなく素朴で純粋。日本の4〜50年前だな。

2606運動具を寄贈


2606学用品寄贈


2606素朴で純粋な瞳


最後に訪れたのは首都ビエンチャンから52厠イ譴ラーカー
ハーシップソーン中学校
。ここの学校は50名の子供たちに
奨学金を支援している。生徒の代表2人から感謝の辞を頂いた。

2606 50名の奨学生


2606花束贈呈


2606感謝の辞


「今年もポンサイ村とラーカーハーシップソーン村の学生に
支援して頂き有り難うございます。私たちは一生懸命勉強して
両親を助けることを約束します。将来は国の為に頑張ります。
皆さまのご健康と旅の安全をお祈りします」

教育関係代表者より
「長年に渡り多くの子供たちに支援を続けて下さり、心から
感謝いたします。これからも教師含めて一生懸命精進して
将来は国のために役に立つ教育を続けていきます」

2606奨学金授与1


2606奨学金授与2


2606奨学金授与3


奨学金授与式に続き参列者の健康と旅の安全を祈願した
ラオの伝統的なバーシーの儀式が行われた。

2606バーシーの儀式


2606みんなでバーシースクワン


2606感謝のポッケーン


2606ポッケーンを巻く


2606英語で会話


2606オイラにもポッケーン


来年で25周年を迎えるメコン基金の教育支援活動はその幕を
閉じることになる。その後彼らは限り少ない共産国の教育予算
から外されることはないのだろうか。国の発展に教育は不可欠。

2606ラーカーハーシップソーン学校前で


2606創設者M氏の顕彰碑前で黙祷


夕刻、陽が西に傾きかけた頃、我々一行はラオを出国して
再びミタパブを渡りタイ国に入国した。

2606再びメコン川を渡る


asia_jiyujin at 01:10|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

March 20, 2014

第2605回「禁酒日に泥酔の様」

2605道央組



うぅ〜つれぇ〜

先週タイ東北部からバンコクに戻って来て以来
夏風邪で体調を崩し、未だに完治していない。
おまけに食欲不振で体重が3圓盡困辰拭

昨年の今頃も体調を崩して免疫力が一気に低下。
浅在真菌症なる感染症にかかったが、そのせいで
ビタミンB12欠乏症による悪性貧血を知った。

どうも多忙期が続くと、つい無理して己の限界値を
超えてしまい1日に使えるエネルギー量が不足する。
結果的に元気を使い切った後はボロボロ状態なのだ。

だったら断ればいいのだがNOと言えない性分だけに
諦めている。根本的に健康な身体作りをすれば解決する
話なのだが、長年時間に縛られずに自由気ままに生きて
いる人間にそれを望むのは無理な注文と言える。

風邪に良薬無し。ただ安静にして寝るべし

おかげでここ数日間は午前0時過ぎに就寝して、
翌朝7時には起きるというまるで一般的な会社
勤め人並みの規則正しい生活を送っている。

早よぉ治さんと次のミッションが・・・

ほな記憶が薄まる前に、先月に遡ってブログを
書くことにしましょう。



1月末日
今年も毎年恒例になったメコン基金スタディツアーに
参加される会員さんや関係者の方々が続々訪タイされた。
第一陣は佐呂間町や北見市方面からの道東組6人衆。

初日はオイラが推奨するフカヒレ&アワビ雑炊の店で
初訪タイ組と常連組と晩餐会を開催。ところが、かつて
これは美味い」と誰もが絶賛していた料理の
はずが1人だけ口を付けない御大がいた。

あらま誰にでも苦手な料理はあるもんで・・・

2605道東組


2月1日
さて、この日は朝5時に到着した函館市から
来られたH氏と親戚夫婦の道南組3人。H氏の
リクエストで初訪タイのご夫婦を連れてバンコク三大寺院巡り。

高僧に聖水で清めて頂き、異国で仏教を体験する。
その後は本場のタイ古式マッサージにご案内するも
3組目の迎えにTAXIに乗って空港に向かった。

2605道南組


その日の夕方には道央である札幌から基金の代表で
あるS氏が2人の初タイ者を引率してスワンナプーム
空港に下りた。道東・道南・道央と総勢12名が集結。

因みにこの日の18時からは翌日の下院議員総選挙で
全国的に禁酒日となる。当然レストランや居酒屋や
コンビニでも一切酒類の販売は禁止されていた。

「なんだよぉ、タイでビールが呑めないかよぉ」

選挙権のない我々外国人にはまったく関係のない法律
なのだが、破れば多額の罰金刑が処される。
とまぁ、建前はあるものの我々は某店の特段の配慮で茶漉しに
冷えたビールを入れ湯飲みに注いで乾杯した。

2605禁酒日は


ビールの飲めないオイラは一合の冷酒をペットボトルに
入れて頂きこれまた湯飲みに注いで乾杯する。端から
見ているタイ人にしてみれば、お茶で乾杯する様を
おかしな文化だと思わなければいいのだが。

「いやぁ〜、やっぱりビールがうまいねぇ」
呑む相手が愉しけりゃ酒の量も増えますよ

さて、人間とはおかしなもんで呑めない日と縛りが
ある方が返って盃が進んでしまうようで、気がつけば
食後もS代表が宿泊している部屋に河岸を変えて呑んだ。

翌日の朝8時にはTAXIで空港に向かわなければならない
のだがオイラは帰宅後衣服を纏ったままベッドで爆睡状態。
久しぶりの愉酒に心身共に極楽気分だったのかもしれん。
ところが、朝6時過ぎに突然の電話で飛び起こされた。

「フジさん、お客がケチでお金を払ってくれないのよぉ」
はぁおいおい、今何時だよぉ
「お願い。何とかしてよぉ」
何でオレが嫌ならもう会わなきゃいいじゃん

二日酔いに加えて寝ぼけた頭では思考回路も麻痺している。
何をどう言ったかは定かではないが電話を切ってから
ふと我に返った。「やっべぇ〜行く準備してねぇや

こうして人様の都合など1mmも考えないタイ人特有の
人の懐に土足で入り込んでくる性格が功を奏して寝過ごす
ことなくS代表等を迎えに行った。ところがこれまた滅多に
寝坊することもない代表が酒が元で寝過ごしてしまった。

「いやぁ、いつも5時には目が覚めるんだけどなぁ」
いったい昨夜はどんだけ呑んだのかしらん

確かに酒に酔っぱらって選挙に行かないタイ人たちを
考えればあながち前日の禁酒は必要な法律かもしれんわな。

2605救援物資


2605救援物資2


北国3組からの食料救援物資がなまら嬉しい』とは言え、
これらを食べられたのは多忙期が終わった3月中旬過ぎだった・・・
ありがとうございました。特に山芋はなまらうまいっしょ


asia_jiyujin at 14:53|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

March 15, 2014

第2604回「封鎖解除になれど」

2604抗議活動


アカンぜんぜん身体がようならへん

咳は出るし身体は熱っぽいし段々症状が悪化しとる。
日本なら、ちょいと病院に行ってサクッと注射でも
打ってもろたらすぐにようなるんやろなぁ。タイの
国立の病院に行ったら軽〜く3時間は待たされる。

待っとる間に下手すりゃぶっ倒れるぜ

2604ノンカイ暮らし

ノンカイのポン・ピサイで晩餐会

ようやく超多忙だった月日が終わり再び怠惰な生活に
戻そうと思ったら、しばらくノンカイの田舎で規則正しい
生活を送っていたせいで午前0時を過ぎると瞼が重い。

今も午前0時半が過ぎてから猛烈な睡魔が襲ってきた。
さらに風邪気味で頗る体調が思わしくない。元気が回復
したら2月に遡ってブログを書くことにしますわん。

あぁ身体がだりぃ・・・誰か明日の元気ちょうだい

2604子供までもが参加


さて1月13日から反政府デモ隊によるバンコク都心
の封鎖が今月3日にようやく解除になった。その日を
境にいつも見慣れていた慢性的な交通渋滞が戻った。

反政府派のデモ会場は今後ルンピニ公園内のみとし、
そこを拠点に反政府活動を強化させるとのことだが、
果たして完全に終息するのはいつの日になるのやら。

来月はソンクランもある1年で最も暑い猛暑やでぇ

2604ルンピニ交差点

ルンピニ交差点


asia_jiyujin at 00:30|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

March 14, 2014

第2603回「何とか生きてます」

2603田舎の夕食


はぁ〜やっとこさ一段落やでぇ

年明けからず〜っと続いていた13組のアテンドが
ようやく2日前に一段落。と思った翌朝に原因不明の
虚脱感と異常な怠さで身体が起き上がれなかった。

あれ風邪かな・・・アカン頭がフラフラする

しばらくタイの田舎で朝6時に起きて夜の23時には
就寝するというあまりにも規則正しい生活を送っていた
だけに怠惰な身体が拒否反応を起こしたのかしら。

しばらくブログを更新していなかったために各方面
からオイラの身を案ずるメールが多数届いていた。

取りあえずオレは何とか生きながらえております


asia_jiyujin at 00:30|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう