April 2014

April 30, 2014

第2637回「体重増まさに健康体」

65


ててろ、ろ、65圓よ

つい先月までぶっ倒れそうなほど忙しくて、もろくに
食べられず対戦前の減量ボクサーばりに体重が落ちた。
それが僅か数週間で5圓眩えていたことに驚いた。

そう言えば昨年の今頃はビタミンB12欠乏症による
悪性貧血が原因で免疫力が欠落して浅在性真菌症になり
さらには食欲不振が続き55圓泙蚤僚鼎激減したっけ。

あの時は欠乏症とも知らずに真剣にタイでの生活を断念
して本帰国を考えたほどだった。だが苦境に立たされた
時に現れたT病院の救世主にメチコバールを教えて
貰ってなかったら、今頃は拒食症になっていったんもめん
になっていたかも知れんと思うと心から感謝の念である。

あれから1年が過ぎて10圓眩えちまった

いやはや、やはり人間っちゅう生きもんは食べたら
太るっちゅうことや。考えてみれば一日一食だった
のが、三度三度食べてんだから太らんわけがない。

しかも毎食が新米の白米拉麺パスタ
パンの炭水化物のオンパレードだけに太る要素が満載じゃん。
おまけに食後はすぐに睡魔が襲ってきて寝てんだからさ。

どうりで最近ベルトの穴が一個ずれたわけやで

何はともあれ太れるっちゅうことは健康体の証や。
しかも胃のない人間にとって“腹が減る”感覚は
元気な証拠でもあり料理を作る楽しみもある。

来月から、また気忙しくなる前に煮物や極旨カレー
など凝った料理でも作ってみるべか。さりとて外は
暑い。部屋で料理なんかしたら途端に室温が上がる。
結局は非常食のサバやサンマの缶詰で済ますんやな。

ほな、何処ぞに旨いもんでも探しに行こか



asia_jiyujin at 00:31|PermalinkComments(2)

April 29, 2014

第2636回「イサーン教師を決意」

2636家族団らん晩餐会



この数週間名古屋のO氏と何度かメールを
遣り取りしていたのだが、先日とうとうイサーン(タイ東北)
日本語の教師をやることを決断されたようだ。

人生の成功の秘訣は、コネとチャンスとタイミング。
まさにこのタイミングが彼の人生を開く切っ掛けに
なればいいと願う。


藤岡さん 
正直、昨日仕事しながら考えていました。ホントに
日本語教師の安い給料でやっていけるのか 今後どう
やって生きていくのか。でも改めて吹っ切れました。
親も自分も健康で環境的にも動ける今しかない。だから、
日本語教師養成講座を受け求人に応募してきたんだと。
(中略)
自分はハンデを持って生まれてきたんですが、それは
普通の人とは違う波乱万丈でオリジナルな人生を歩む
ためのシグナルだったのかもしれません。ちょっとした
ことがきっかけでこんなビッグなことになるとはミラクル
ですね。渡航はエアアジアで21日発となりそうです。
(中略)
藤岡さん ありがとうございます。藤岡さんとのご縁
のきっかけを作ってくれた、NさんとTさん
ありがとうございます。




案ずるより産むが易し。四の五の考えるよりは最初の一歩。
現地に行って環境が変わればまた生き方も変わる。学校は
東北では大きな都市のウドンタニ県。学校は空港の近く。
月収はタイの大学を卒業した公務員の初任給と同額。
滞在VISA、労働許可証健康保険、銀行口座開設、
住居などは学校側が全面的にサポートしてくれる。

大学のある都市だから若者も多いし、バンコクよりは
物価は安いし野菜や果物などの食材も豊富に揃っている。
開校日は5月中旬だけど多少の遅れもマイペンライ。

ところでハンデを気にしているようだが、タイには生まれ
ながらにしてハンデを持った子は多い。シャムソーセージ
(胴体が1つで頭が2つ)や奇形の子もよく報道される。

ニューハーフだってクラスに1,2人は居るし、学校の
先生やデパートや銀行でも働いている。タイは寛大なのだ。
いちいち人目を気にすることはない。

因みにオレは普通に五体満足に生まれたけど、その割には
紆余曲折で波瀾万丈な人生だぞ。コンプレックスや逆境と
いうのは、時にはそれをバネにして偉大なパワーに変わる。

兎に角、決めたら振り返るな。常に前向きに考えて敬虔な
仏教徒の国に身を任せんしゃい。さすればおのずと人生が
開けてくる。袖振り合った縁を活かして夢を実現してけろ。


先日、彼の話をノンカイのパイブン元校長に連絡したら
早々にバンコクまで飛んで来てこちらで働いている子供等
も呼んで居酒屋寅次郎で一家団らん晩飯を共にした。

「フジさんの人脈や交友関係は広いですな」
単に長年タイにいたらいつの間にか増えただけですよ

2636パイブン先生親子


パイブン元校長がノンカイやウドンタニの語学学校と、
どういう立場で携わっているのかは詳しく訊けなかったけど
何はともあれO氏の希望が叶えられそうで何よりである。

Oさんが来月タイに来る頃には雨季の始まりだな


asia_jiyujin at 00:40|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 28, 2014

第2635回「1年で最も暑い時期」

36℃



36℃。あ“っづぅ〜い

うだるような暑さとはこういうことを言うのだろうな。
昨年の8月に四万十市が41℃を観測して日本一を記録
したけど、タイはソンクランが過ぎた頃から一気に
暑さが増して、北部ではすでに40℃を越えている。

現地のローカル新聞によると、27日午後12時16分
太陽がバンコクの真上に位置するため1年で最も暑い
日になると国立天文研究所が発表していたけど、確かに
あ“づい一日だった。

さて、そんなクソ暑い時期に日本では黄金週間が始まり、
縁ある方々がやって来る。先ずはからの
ゴルフ組やマイル修行の愛泰家O氏とF氏が訪タイ。

Vanilla


カフェ


初日はタニヤの神楽で始まり最後はスクンビットのVanilla
呑んで別れたけど、またしても部屋に辿り着いた後に
TVも照明もつけっぱなしでベッドに落ちた。

あっちゃ〜またやってまったぜ

毎回泥酔して起きる度に自己嫌悪に苛まれる。二日酔い
の薬を飲みながら、ふとてめぇの為体な生き様を反省する。

そんな状況に追い打ちを掛けるようにPCを開くと来月
からシンガポールのマリーナベイサンズのレストラン
で仕事が決まっているKくんからメールが届いた。

2635バンコク摩天楼


お元気でなによりですが、毎晩のお酒はもう少し
控えた方がいいんじゃないですか。(大きな世話ですね)
(中略)
さてブログは楽しみに拝見してます。
今後はタイも近くなるので遊びに行きますね、
久々に夜のパトロールをしなくては!



おぉ、ホンマにその通りやでぇ。思わず後頭部を
押さえながら呑んだくれ人生を否定したくなった。

何やってんだオレはこんな事ばかりやってて

と反省しながらも、極度の暑さに思考回路も麻痺。
ご心配して頂けるのは誠に有り難いことですが、
この国で生活しとったら、しゃ〜ないんどすわ。

日本に帰国したって毎晩呑んどるやん

何はともあれこの暑さの我慢もあと数日だろう。
先日の夜中に突然のスコールが降ったということは
間もなく季節の変わり目っちゅうことですな。

ジーマーミ


ところで、愛泰家のO氏が先日マイル修行のために沖縄を
日帰りした際に買って来てくれたジーマーミー豆腐の土産。
早速食べたら、これがなんまら超美味でしたわ。

「くわっちいさびたん(ごちそうさん)

asia_jiyujin at 23:50|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

April 25, 2014

第2634回「揺れる男の不安心情」

2290「トウエンちゃんと3ショット」



どうやら名古屋のO氏の心が揺れているようだ。
そりゃあ、誰でも不安と問題を抱えてるもんだが、
あのベトナムに海外留学していた経験があんのにね。

そうあの紅色国旗の国だ

かつて取材を兼ねていろんなアジア圏を旅した
ことがある中で二度と行きたくない国NO.1がベトナムだ。

同じ共産国の中国も然り。この2ヶ国だけには兎に角
良い想い出がない。必ずと行っていいほど騙されるし
打ちのめされたその分記事ネタには事欠かなかった。

さりとて小姐だけはピャオリンだったなぁ

2284「モデルとツーショット」


だが、どんな国にも良いところもあれば嫌なところ
もあるし、オイラが長期滞在しているこの国だって
慢性的な渋滞だけにはいつも辟易している。

O氏が住んでいたハノイだって、あの無秩序なバイク
の運転に辟易していたはずだが、おそらく日本にはない
良いところもあったんだろうな。でもオレは未だに苦手だ。

留学生たち



ご紹介の連絡ありがとうございます。バンコクは
キャンセルしたいと思います。ただいくつか不安があります。
‘本語教師養成講座修了証はとったものの未経験です。
開校が5月中旬だそうですが、5月の赴任は厳しそうです。
今更なんですが、以前から母親は海外行きに反対しており
まして、説得工作に時間がかかるかもしれません。取りあえず
はこの3点ですが、藤岡さんにご迷惑はかからないでしょうか。



あらまいろいろと悩んでおられんのやね

ま、未経験でも何とかなるのがタイだ。「何故」と
訊かれても明確な応えはない。ただ1つ言えることは
今まで日本語教師の免許もなくタイ語も話せない未経験
日本人が何人も現地で教師になっている。その中の数人は
すっかり気に入って任期を延長した子もいたほどだ。

バンコクの私立の語学学校と違ってイサーンのレベルはそれ
ほど高くないし、生徒もそこまで高いレベルを要求してない。
そこら辺がタイのゆるいとこでもありマイペンライ精神の特性。

もし5月が無理であればパイブン先生と相談して時期を
決めればいいだろうし、それに1ヶ月ほど試しにやってみて
無理なようなら普通の公立中学校で教えてもいいだろうしね。
いずれにしても現地で実際にやってみなきゃ何も分からんでしょ。

母親の件は、よほどの健康状態が悪くない限りは自分の可能性
に掛けてみることだな。オレなんて20年前は事後承諾だった。

離婚してバブルが弾けたあの時代の日本から脱出した
かったのかも知れないが、一番の理由は仕事や恋愛よりもっと
面白い生き方を見つけたのと金では買えない体験に魅了されたからだ。

そりゃあ、年配者にしてみれば東南アジアの印象はあまり良く
ないかも知れないが古き良き昭和の時代が残っているのもタイ。
いずれ慣れた頃に愛泰家O氏のようにタイ旅行の親孝行だね。

O氏が以前留学していた共産国のベトナムとはかなり違う。
いずれにしても最初から自信満々なヤツはいないし、
オレも20年前は一言もタイ語が話せず毎日が手探り状態だった。

でも、思い起こせば毎日が刺激的で“生きている”という
実感があった。自分の人生を切り開くのは他人じゃない。
人生なんて一回限り。やらないで後悔すんのは愚の骨頂。

オイラのモットー”袖振り合うも多生の縁”凡人は縁に
気付かず、非凡な人は縁を活かして人生を楽しく生きると
思うのだが、果たして将来の人生を悩む彼の決断は如何に。

2284「妹と甘味屋ツーショット」



藤岡さん
いろいろ考えていたら、空が明るくなってきました。
励ましのメッセージありがとうございます。
いつもながら励みになります。
(中略)
母親の件は朝食時に話したところ最終的にやりたい
ことをやってきなさいと納得を得ました。会社の方も
(所詮派遣というのと増税後の仕事量の低下等で)
5月中頃退職でも構わないとのことでした。車の処分、
家の整理等終え5月3週目くらいにはタイ入りでき
そうです。取り急ぎご連絡差し上げます。



ほぅそりゃあ良かった

母親が承諾してくれたのは何より。親が常に思うことは
子供の成長と健康。オレの左右の目は1.5と0.8・・・
もとい座右の銘は「やらないで後悔するならやってから
後悔しろ。その方が自分の人生に納得できる
」である。
あん時やっておけばなぁ」なんて悔やみたくないわな。

派遣の仕事も心残りがあるのなら続けるべきだが、
もし報酬の為だけに身を置いてんなら考え直すべき。
そんなつまんねぇくすぶった人生に価値があんのかな。

給料と人生を天秤に掛けてみれば一目瞭然やろ

今回の縁が切っ掛けで彼の人生が飛躍的に楽しくなる
かは全て自分次第。オイラも無責任な言動で彼の人生を
台無しにしたくはないが、少なくてもタイでの貴重な
体験や知り合った人は、全て自分の人生の財産に
なるはずだ。

何はともあれ日本で“生きてる実感”もなく、くす
ぶってんなら前向きに生きるべし。毎日ぬるま湯に
浸かってんなら敢えて冷水の滝に身を置きんしゃい。

「因みにイサーンの滝は意外と気持ちがええどすぇ


asia_jiyujin at 02:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 24, 2014

第2633回「袖振り合ったT監督」

2633最後は酩酊す



長年タイにいると多種多様の人間と出逢うことが多々ある。
現地駐在員は別として、犯罪を犯して逃げてきた逃亡者や、
この国で一発一旗揚げてやろうと自信過剰気味な野心家。

はたまた旅行に来て偶然知り合った異性に一目惚れして、
そのまま帰らずにどっぷり片足突っ込んでる不法滞在者。
少ない年金で老後を温かい国で暮らしたい年金受給者など。

あまねくいろんな事情の輩たちが、いろんな欲望といろんな
都合といろんな思惑の中で適当に折り合いをつけながら
この国で生きている。ま、オレもその中の1人だけどね。

2633パーティ前の記念撮影



さて、2ヶ月ほど前のことだが、ある知人を介してタニヤを
舞台にタイで映画を撮りたいという日本から来られたT監督
から連絡を頂いた。いったいオレ如きに何だろうと思いきや。

仮題【バンコクナイツ】というノンカイ県の貧困農村出身の
娘が大都会の風俗業界に身を落とす内容の映画らしいのだが、
ノンカイ】と【タニヤ】というキーワードに思わず触手が反応した。
オレの処女作本の内容とダブってしまったからだ。

しかも、奇遇にもオイラが毎月連載している某雑誌を
資料としてファイリングしていると聞いて二度驚いた。
確かにそれであれば打って付けの適任者かもしれん。

あらままたおもろそうな人が現れちゃいましたぞ

ほんとタイと言う国はミッションが終わる度に、次から
次ぎといろんな業界の人が現れて刺激に事欠かない国だ。
某報道番組のTVプロデューサーの時もそうだったしね。

今思えばあの苛酷なロケで胃癌になったのは否めない
けど、あの時の経験が今の人生に活かされているのも否定
出来ない。感謝はしてるけどおかげで超多忙人間になった。

そう言う運命だったんだと人生を愉しみましょ

人の繋がりと縁を大事にしているコーディネーターとしては、
例え割が合わなくても、道理のモチベーションの根底が面白
いか、そうでないかだけに大いに興味をそそられたのは事実。

人生ってぇのは面白いもんで、ひょんな出逢いやちょっと
した縁が切っ掛けで、今までの人生が突然刺激的なもんに
変わることもある。だからこそ普段から袖振り合った多生の
縁は大事にして生きてんだけどね。

「藤岡さん、どうもTです。またタイに来ました」
あらまど〜も。こちらこそご無沙汰してました

そんなT監督から電話が来たのはソンクランの最終日だった。
現地に2ヶ月ほど滞在していろいろリサーチをされてから
帰国して今年の秋頃からクランクインされるらしい。

2633ママとケーキ


近々お会いしたいというので、たまたま先週神楽ママさんの
誕生日パーティがあったので、タニヤで撮影されるなら
知っておいて損はないだろうとお誘いしたら即効快諾。
人と人が会うことで核融合が起きれば尚楽しい。

かつていろんな人がいろんな都合でオレの前に現れたが、
一見さんだけは会わないことにしていた。大概の場合は
面倒な厄介事や胡散臭い商売の相談が多かったからだ。
正直儲け話にはさして興味が湧かない。

「あんな、面白い儲け話があるんだけどよ」
「確実に儲かる話があるから一口乗らんか」
「倍にして返すから出資してくれへんか」

大概の場合は協力という名の利用だったり、投資と
いう名の詐欺だったり、支援という名の売名だったり、
とにかくこの国では「人を見たら泥棒と思え」の如く、
近づいてくる優しそうな人には十分気をつけんと。

これも資本主義が生み出した縮図やろか

何故人間は金のためだけに日夜奔走してんのやろね。
自給自足で足りる生活してれば借金もせんでええのに。
だがもはやこのご時世、欲のない人間は限りなく皆無。

ええもん食いたいし、ええ車にも乗りたい。人より
贅沢な生活がしたい。地位が欲しい。名誉が欲しい。
要するに、それらを叶えられるのが金と言う資本だ。

元気があれば何でも出来るというけど、
金さえあれば大概のことは何でも叶う国だ


弱者を助けたい。困っている人を救いたい。人を幸福に
する為には自分が幸せにならなければその幸せも分け与え
られない。貧困者を救いたければ自分が金持者にならねば。

国を豊かにしたければ自らが政治家になって国を変えな
ければ。だが、最初に描いていた夢がいずれ利権と権力
の渦に巻き込まれて次第に悪魔に心を支配されていく。

金は目的ではなく生きる手段に過ぎんのだが・・・

間もなくそんな国に住んで20年を過ぎようとしているが、
金と権力の欲望の街で長年生きていると、いつの間にか
善人に見えていた人がみんな悪人に見えてくるのだ。

あれちょいと話が横道にずれちゃった・・・

2633奇遇にも同日誕生日


つまりは、一度もお会いしたことがない人は当然信用が
出来ないし、例え対価が発生してもその人の“人と成り
が分からなければ尽力も協力も出来かねるからなのね。

で、オイラの“人と成り”を判断する材料として一緒に
酒を呑めばその人の人格や性格がある程度分かるし、
こちらも酩酊した自分自身のだらしのない格好をさらけ
出してオレ自身を知って頂く判断材料になればええかと。

某日、毎月のように何だかんだと“呑む”口実を作りながら
嫁の誕生日パーティ会場に刺身と銘酒を片手に顔を出した。
挨拶もそこそこに酔う前に自己紹介と映画の話をサクッと訊く。

どうせ泥酔すれば肝心な話も記憶の彼方へ消えるだろうと
今日は挨拶程度で済ませて、会が始まった途端にイサーン
スタイルのように床に座り込んですぐに持参した銘酒を煽る。

かんぱ〜い誕生日おめでと〜
「今日は落ちるまで呑むぞ。覚悟せいよ」

一升瓶が2本に四五瓶が2本だ。後から来る参加者合わせ
たってせいぜい10人くらいだろ。だったら最初っから
戦闘態勢で呑みまくらなきゃ中途半端で終わるやろ。
呑むならお互いトコトン呑んで自分をさらけ出しちゃいましょ。

ところが、ママの乾杯が終わると共にT映画監督が奇遇にも
同じ日が誕生日だった。へぇ〜、こういうアジアの偶然って
過去にもあったような気がするけど、間違っても年に何度も
「今日は私の誕生日なの」とのたまうキャバ嬢とは違うわな。

果たして、ことさらこういう行事ごとを大事にする義理人情
を重んじるおっちゃん(社長)と、気の利くW店長によって
二つのケーキが用意され同時誕生日パーティと相成った。

ママ。Tさ〜ん。誕生日おめでとう御座いま〜す
「有り難うございます。嬉しいです」

2633僕も誕生日です


2633消えないローソク


2633T監督ケーキ


ところが、T監督のケーキには消えないロウソクが仕込まれて
いて吹いて消しても再び着火。さすがに酔いながらではいささか
肺も疲れる。宴会早々に笑えるタイらしいおもてなしを受ける。

さて、例によって覚えているのはここまで。いつものように
泥酔して先に落ちたのはオレではなくおっちゃん。いろんな人が
後から後から来て呑んでいたのは断片的に覚えていたのだが、
T監督と脚本家のN氏がいつ帰ったのかまったく覚えてない。

あぁ失礼なことをしてしまったわい

で、帰省本能だけで我が部屋に辿り着いていたオレは、
翌朝目が覚めたときは素っ裸でベッドの上だった。
またしてもシャワーに入る前に落ちたようだ。

さて、初めてお会いしたT監督とN脚本家であるが、
あれだけの失態を見てはたしてどう思われたのかしら。
酒癖の悪さで愛想をつかれればそれまでの縁と達観。

タニヤでカメラを回すならこれくらいマイペンライ

つまり、これは布石を打ったようなもんで、これに懲りて
二度と連絡が来なければ所詮それだけの縁だし、上辺だけ
着飾ったオレを見ても信頼性が薄いでしょ。等身大が一番。

えっマジかよ。驚いたなぁ

かつて友人のレンタル店で日本から毎週送られてくる
映画のDVDを6〜8本観賞して内容をリストに記する
手伝いをしていた時期がある。年間千本以上は観てた計算だ。

で、ふと気になってT監督が手掛けた過去の作品をネットで
調べていたら【同じ星の下で それぞれの夜】というタイと
フィリピンとマレーシアを舞台にしたオムニバス映画があった。

あれこれ観たことあんぞ

さらに【サウダーヂ】という山梨を舞台にした日本の社会で
外国人労働者に視点を当てた映画も予告を観ていて覚えていた。

ててマジっすか。結構有名な監督さんやったんや

サウダーヂ

サウダーヂ

ネットで調べていくウチにとんでもない事実が判明。なんと
サウダーヂ】はインディーズでは異例の13年ぶりの快挙で、
仏・ナント三大陸映画祭で最高賞を受賞していた。しかも過去
の作品でもいろんな賞を受賞している実力派の2人だった。

あんらま〜びっくらこいたべさ

最初は何者かと身構えていたオイラもさすがに敬服したべさ。
是非、この国を舞台に感動できる良き作品を撮って下さいまし。
いずれ完成時には某雑誌にトピックス掲載させて頂きますわ。


asia_jiyujin at 06:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 21, 2014

第2632回「愛知O氏がタイ就活」

2632KAEDE


楽しくて憂鬱な水掛祭りも終わり、いつもの平穏な
日々に戻りつつある頃、先月ご厄介になったノンカイの
B夫妻から娘のソンクラン祭の写メが送られて来た。

は、は、はまるでピー(お化け)じゃんかよ

バイトーン


バイちゃん


どんなに疲れていても、くったくのない子供の笑顔は
無条件で癒される。まさにチビ天使が都に舞い降りた。
田舎はいいやねぇ。都会の正月は狂気じみてるわい。



さて、少々月日を遡るが【尾張名古屋は城で持つ】の
名古屋(出身地知多)のO氏からメールが届いていた。

彼とは3年前の1月にベトナムのハノイに滞在していた
時に、世界中から集まった留学生の卒業パーティで
知り合ったNちゃんの友人。その後、彼が帰国する前に
タイを旅した時も一緒に盃を酌み交わした酒呑み仲間だ。

2285「奥田さんとツーショット」


そんな彼がハノイから帰国後、ずっと海外で働くために
日本語教師の資格を取得するために養成講座に通って
いた。話では春先に標準を合わせて就活していたそうだが。



藤岡さん。
ご無沙汰しております。日々ブログの更新楽しみにして
います。1ヶ月間更新がなかった時はちょっと心配でしたよ。
さて先日、タニヤ通りの反対側にあるJエデュケーション
センターという日本語学校の求人に応募しました。
もし受かったら生活どうしようと楽しみと不安です。
(中略)
台湾の求人に落ちたりと中々上手くいってはいない
のですが。バンコクの住居環境をネットで調べていた
のですが、いくつか教えていただきたいのですが。
(中略)
安いアパートだと部屋での自炊禁止らしいのですが、
藤岡さんと同じく辛い料理はダメで野菜をとる食生活
する為には自炊が必要と考えているのですが。大変
お忙しいと存じますが情報よろしくお願いいたします。

2285「留学生記念撮影」


確かに海外生活の最初はいろいろ準備が大変だわなぁ

タイは火よりも電気調理器が便利だし、自炊をするなら
食材が揃ったスクンビット地区が理想だけど、便利な分
だけAPT代の安いところと言えばソイのかなり奥だ。

日本人居住区でも安い物件はあるけど、かなり古い。
安い物件は不動産会社では扱わないから自力で探さねば。
シーロム界隈のオフィス街では希望価格の部屋は限り
なく難儀だし、郊外ならあるけどその分交通費がかかる。

多忙が続いてO氏にメールしてなかったけど、今時期は
フリー誌に日本語教師募集の求人が頻繁に掲載されている。
O氏のように教師免許を持った日本人なら就業可能だろう。

でも、仮に彼が受かったとしても都会じゃいろいろと
誘惑が多いし環境に慣れてもストレスが溜まることも多い。
そんな時にノンカイのパイブン元校長から電話が来た。

「フジさ〜ん。ウドンタニ県で日本語教師を
やってくれる日本人を紹介してくれないかな」

先月のウルルン旅で知り合った大学生のSちゃんは
今年の9月からノンカイ県に来ることになっているが、
どうやらウドンタニでも日本語教師を探してんだとか。
いつの間にかオイラは日本語教師派遣員と化してんぞ。

2285「晩餐風景1」


Oさ〜んチェンスやでぇ

もし不採用になったらイサーンで日本語教師をやって
みませんか。慢性的な渋滞と頻繁に勃発する反政府抗議
活動や物価や生活費の高い都会よりはずっとお勧めですぞ。

先月のウルルン滞在記じゃないけど田舎はいいやねぇ。
小さいことには気にせず親切で優しくて温かい民が多い。
それに比べて都会は世知辛いわなぁ。スリや置き引きや
詐欺などの犯罪率も高いしいろんな欲望が渦巻いてら。

それにしても、毎年赴任される駐在員やタイで就活する
輩等が増えてバンコクの邦人在住者が過密化している。
個人的には「もうこれ以上増えんでええわい」と嘆く。

あまりにもモラルを欠いた傲慢な日本人が多すぎる。
年間150万人以上も訪れる日本人観光客も然りである。
(2013年訪泰外国人2,674万人 日本人154万人)

我々は人様の軒先をお借りして商いさせて住まわせて
頂いている外国人に過ぎないことを肝に銘じて下さいませ。

いくら在泰する邦人が5万人を越えても
 ここは日本じゃ御座いませんことよ


asia_jiyujin at 02:42|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

April 20, 2014

第2631回「紛れもなく強運な女」

2594はたして次回は



1月1日に山梨から遊びに来ていたA嬢が10年間勤めた
小学校を辞めて海外の日本人学校で働くために専門機関に
応募していた。その後送られて来た書類には上海、北京、
マレーシア、シンガポール、インドネシア、南アフリカ、ブラジル
はサンパウロなど10校からオファーが来ていたのだが、
彼女の第一希望はタイのシラチャとバンコク・・・。


Jさん
一昨日と昨日の2日間でリストの中の10校と面接しました。
な、なんと。シラチャがない。っていうかタイがない。
Jさんと週一で飲めるかもなんて、ちょっと期待してただけに
すっごく残念ですが、まあ私の縁はどこか違う地にあるんだなと
気持ちを切り替えて楽しみに結果を待とうと思います。

面接を受けた各地の校長先生や責任者の方に「ぜひキミがほしい」
「非常に優秀だ」「10校から声がかかるなんてスゴイ」「1位指名
させてもらう」などと散々褒めて頂き素直に嬉しかったです。

上司に報告したら「うちのエースとして誇らしい」と喜んで
もらえました。そして私がPM2.5への不安を口にすると
「どこに決まってもそれが運命でそこにきっとキミを伸ば
してくれる何かがあるはずだから、がんばってきなさい」
と励ましてもらいました。結果は1月末に分かるそうです。
決まったら報告しますね!

ちなみに、この途中経過や結果はまだ公表できないので、
ブログに書いちゃだめー!ですよ笑。ではまた。


2592エンポリフードコート


と、A嬢にクギを刺されていたので結果が出るまでは
自粛していたのですが、最終的に決まったメールを
読んで、「あいつはつくづく強運の持ち主だなぁ
と感動すら覚えてしまった。

2593チャルンクルンの蒸し鶏



Jさん。決まりました!まさかまさかのシンガポール。
きっと強烈な縁があるんですね。13年前に学生時代を
過ごした国に再び戻るなんて。Jさんがいるタイに行きた
かったなという想いや、住んだことのない国にも住んで
みたかったなという少し残念な気もちもあるけれど、何だか
ホッとしています。特に両親が喜んでいました。オファーを
くれた10ヵ国の中では一番安全安心な国だからだそうです。

シンガポールには逢いたい人が沢山います。早く逢いたい。
そして、ヤダムさんが「私とシンガポールの相性は良い」
とおっしゃっていたので、どんな新しい出逢いが待って
いるのか今から楽しみです。

2594 A嬢占う


そんなわけで2015年の年始はシンガポールに決定。
JさんやNちゃんが過ごしやすい暑い国でよかった。
二人が唸るような、本場の海南チキンライス(カオマンガイ)
の名店、発掘しておきます!ではではまた。


2593至福のひと時


大学時代から知っている彼女だが、常に前向きでいつも目標を
持った子だった。臆することなく自分の不得意な分野や苦手な
ジャンルでも進んで真っ向から立ち向かう。オレが秋に帰国すると
決まって彼氏と一緒に温泉とワインを堪能させてくれた。

4年前はエジプト。その翌年は彼氏の赴任先のハノイ。
昨年と今年はオイラが住むタイで正月を過ごしている。
いつの間にか新年は海外で過ごすのが定例になった。

来年はシンガポールで決定。仮に彼女がサンパウロや
南アフリカだったら果たして行くのかな。ま、エジプトも
行ったんだから何処の国に決まっても行くんだろうな。

エジプト


因みに3月某日にNちゃんから国際電話が掛かってきた。
2月22日に籍を入れた報告。因みにその日はA嬢の誕生日。
ずっとやきもきしていたオレとしては嬉しさよりもホッとした。

まるで娘を嫁がせた父親の心境に近いな。それにしても
新婚早々に長距離の別居婚かいな。もしかしたらNちゃんも
来年には上海に転勤になるかもしれない。皆自分たちの
可能性に掛けて日本を飛び出して海外で活躍すんのやね。

結婚おめでとう初の海外赴任を楽しめよ


asia_jiyujin at 01:40|PermalinkComments(4) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 19, 2014

第2630回「限界値を悟った瞬間」

2630いつもの江戸屋


まだまだ日替わりのような超多忙な日々が続いていた。
まるで毎日が連続TVドラマのように刺激のある展開。
寝不足で酒浸りの日々なのに、よう壊れんもんだよな。

はてさて今日のドラマはいかなる展開に・・・


【3月28日】初の海外赴任に奔走する嫁
タニヤ


いずれブログに掲載するつもりだったが、今から9年ほど
前に当時関わっていた日本の某TV制作会社の女性AD
から頼まれて「友達のY子をタイで世界ウルルン滞在記
のような体験をさせて欲しいんだけどさ」と頼まれた。

数日間我が家で過ごした後に当時付き合っていたチェンマイ
県出身の彼女と同じ田舎に住むBちゃんに頼んでY子を預けた。
タイ北部の県と言えど、Bちゃんの実家のファン村は、ほぼ
ビルマに近い国境の町。まさにウルルン体験には相応しい地。

そのY子が帰国数年後に結婚したのだが、その旦那様がなんと
4月からタイに赴任になるので、いろいろとサポートを頼まれ
たんだが連日の多忙で体は悲鳴を上げていた4月5日に
いっぺん帰国してソンクラン過ぎに再度訪タイすると言う。

この短い滞在中に長女の日本人学校の入学金を納め、二女
を預ける幼稚園まで自分らで探すらしい。しかも旦那様は
仕事の関係で来られないと来た。全部嫁さん任せかよ。
さらにタイに来る前日まで旦那様の弟の結婚式がハワイであり
終わってからインチョン空港経由で訪タイしたのだと言う。

ひぇ〜なんちゅう強行スケジュールだよ

さすがにオイラは海外の駐在員経験はないけど、こういう
のって会社とか前任者が全部手伝ってくれるもんじゃねぇの。
旦那様の会社は大手の日系企業だろ。いやはや大変やなぁ。

と哀れんでいるところに、早速銀行口座を作りたいと頼まれ
一緒にオイラのメインバンクを紹介して無事に事なきを得た。
労働許可証もない普通の日本人妻が何故口座が開設出来んのか。

ま、そこが日本のような厳格さがなくタイ人特有のファジィで
アバウトでゆるい性格の民族性の良さだったりするんだけどね。
さて、そんなタイを日本の友人は「タイは男性天国」と
羨ましがる事が多々あるが、実際バンコクは駐妻天国なのよ。

仮に東京に会社がある夫婦であれば近郊の県の社宅に住み
課長や部長の奥様たちの顔色を見ながら狭い住居に我慢する。
旦那は毎日満員電車に揺られながら痴漢の冤罪に脅えて
何時間も掛けて通勤していたのが今の日本の現状だろう。

ところがタイに赴任した途端に、お抱え運転手付社用車が
毎日コンドミニアムまで迎えに来て会社に着くまで涼しい
後方座席でふんぞりながら新聞が読める快適な通勤に変わる。

奥様に至っては、それまでクソ狭い社宅に我慢していたのが
一変してプールにジムが併設された3LDK+メイド部屋まで
付いた夢の高級コンドミニアムの生活になる。子供の送り
迎えも掃除や洗濯もメイドがやってくれる。会社が用意して
くれたお抱え運転手付社用車で優雅にお買い物。

やがて時間を持て余した駐妻たちは、高級店でランチを食べ
その後は五つ星ホテルでアフタヌーンティーなんぞを堪能。
テニスやゴルフにカービング。タイ料理にタイ語学校などの
カルチャースクールに通いながら週に数回はエステ三昧。
日本に帰国すればけして出来ないような夢の海外生活を
十二分に楽しむのが駐在員の妻たちなのだ。

ま、そうなるまでには数ヶ月はかかるけど、赴任当初は
右も左も分からずいろいろと大変なのだ。だからオイラは
慣れるまでのサポート要員。ま、いずれそのうち旦那様の
愚痴を聞かされる役目になると思うけどね。

旦那様、くれぐれも家庭を大事にして下さいまし



【3月29日】道産子ゴルフコンペに初優勝
2630ゴルフコンペティーショット


この日は年に数回開催される北海道人会のゴルフコンペ。
いつもは20名前後参加されるのだが、この日に限っては
任期を終えた駐在員たちが挙って本帰国する時期だけに
集まった参加者は僅か7名。途中で体調を崩してリタイヤ
した人がいたので結局6名だけのコンペになった。

「ナイスショット。今日は調子良いねぇフジさん」
はい、毎度の事ながら寝てないんで後半がキツイっす

2630見事ニヤピン獲得


寝不足でこんな最悪な体調なのにショットとパットが冴え、
池ポチャ1回にWパー2回。パーが5つなのに終わって
みればなんと48の45で93。ニアピン賞も獲得して
見事念願の初優勝を飾り賞金までゲットした。

2630表彰式


っしゃあ〜久しぶりに100を切れたぜ
「練習してない割には調子の良い時もあるだね」



【3月30日】日本から鬼編集長が来たる
2630茜


2630HANA


オレが長年連載させて頂いている某雑誌の編集長が訪タイ
して数件をコーディネートしながらの同行取材になった。
1日だけの取材で翌日にはマニラに飛ぶ多忙な編集長を
気遣いながら夜まで間髪入れずに連続4店舗の取材。

ふぅ〜疲れた。めっちゃ疲れたでござるよ

2630fortune


さすがに仕事中は酒を口にしないオレも、この時ばかりは
最後の店の計らいでしこたまウィスキーをロックで煽った。
ここまで来ると完全にアルコール依存症だな。



3月31日】韓国アジョシの策略
2630生け簀のヒラメ


さすがに疲れが溜まりすぎて今日こそは何処にも出ないで
引き籠もりを決め込んだのも束の間、夕方におでん好きの
韓国人Cさんから電話が掛かってきた。

またヒマを持て余したアジョシから晩飯の誘いと思いきや
見事に的中。ところが、あのケチなCさんが友人の日本
食店でヒラメとアワビとサザエをご馳走するとのたまった。

て、て(今年はじぇじぇでなく、て、てが流行る

2630コリアン日本料理店


何か魂胆があると懐疑心ながらヒラメを肴に酒が呑める
チャンスはこのバンコクでは滅多にないだけに、疲れた
身体を押して指定されたラットプラオの店にBTSと
MRTを乗り継ぎ、最後はモトサイに乗って駆けつけた。



【日本料理そうる】違和感のあるのれんを潜って来店。
15畳ほどのさして広くもない店内は地元のコリアンや
タイ人たちの客で賑わっていた。早々に捌いたばかりの
ヒラメやサバの刺身にアワビとサザエが卓上に並ぶ。

おぉ、マジイッソヨー

2630ヒラメの刺身は絶品


マッコリを呑みながら店主のKさんを紹介されたのだが、
このヒラメをフジスーパーか日本料理店に卸したいので
紹介してくれと頼まれた。すでに活きのいいヒラメは
オイラの体内にあるだけに今更断ることも出来ない。

2630新鮮なヒラメ


2630CさんKさん


はっはぁ〜そう言うことでっか。ケンチャナヨ



【4月1日】限界の二文字が頭を掠める
HANA


さすがに連日続く野暮用やアテンドにオイラの疲れも
ピークに達していたけど乗りかかった船である。結局
昼からフジスーパーに同行するハメになった。

ところが数十年来の知り合いの店長が1年前に定年退職
されて日本帰国していた。新しい店長は全てバイヤー
を通さないと店には置けないと言う。もっともである。

コリアンのバイヤーを自分たちで探してくんろ
「フジさん、忙しいのにすまなかったな」

午後からは取材が入っていたのでその場で別れた。
足腰が妙に軋む。一瞬「限界」の二文字が頭を掠めた。
これ以上無理をしたら体が持たん」と真剣に思った。



【4月2日】ついに限界値を超える
2611大将と


和歌山からのS先生が2年3ヶ月ぶりに訪タイして昔馴染み
日本語学校の先生たちや親しい友人たちと交流を深めて
いたのは知っていたが電話が鳴ったのは22時。

て、てこの時間帯から出動ですか・・・

縁と義理を重んじるオレとしては遠方からわざわざ尋ねて
来た友人の誘いを無碍に断れない。鉛のように重い体を
引きずってS先生が滞在されているホテルと我が家の
中間点にある“博多どんたく”で会う事にした。

S先生はすでに友人と晩餐を終えていたのでビールと焼酎
で乾杯。そこに偶然店主のJが現れたので「空輸した韓国
産のヒラメを寅次郎で活魚として売ってくれんか
」と
頼んだら「藤岡さんの頼みならいいっすよ」と二つ返事。

やはり持つべき者は旧知の友である

小一時間ほどしてS先生と別れて帰宅した時点で
限界値を超えたことを体が訴えた。「もう限界だ
その時点で全ての携帯電話のスイッチをオフにした。

2611S先生と


死ぬ絶対に死ぬこんな生活を続けていたら
確実に死期が早まるわい。もう勘弁してけろ〜


電話が鳴るから出てしまうのだ。だったら切るしかない。
酩酊しながら何を思ったのか無意識のうちに遺書めいた
メモを書いていた。

では何故オレはNOと断らないのか。いや断れないのか。
対価が発生する仕事であろうが、無報酬であろうが
何で簡単に引き受けちゃうのか。

冷静に文献を紐解いて分析してみると「頼ってきた人を
何とかしてあげタイ
」というメサイヤコンプレックスで
ある事を知る。つまり早い話が弱い人や困っている人を
見ると黙っていられない性質なんだろう。

言い換えれば単なるお節介焼きじゃんよ

昔からそう言う性質だったわけではない。おそらくタイに
来て柄にもなくボランティア活動に身を投じてからそう
なったように思える。だから縁のある人からの依頼は
極力断らないようにしていたのだが、年齢と共に自分
にも限界があること悟るべきだった

てめぇが倒れたら誰も面倒見てくれる人はおらんのやぜ

今までに何度かブログで訴えてきたつもりだったのだが
どうも通じていないらしい。多忙時の藤岡の取扱説明書
あまり長時間無理をさせると回路がショートして崩壊寸前。
三度に一度は和の食を食させ、加えて冷酒で元気回復成り。


【4月6日】活力の元は日本酒
2630江戸屋


限界を超えた日から携帯電話を切って何処にも出ないで
丸2日間部屋で寝ていたら3日後には元気が回復した。
携帯電話のスイッチを入れた途端におっちゃんから
酒の誘いが来たので呑みに出てしまった。

結局オレの活力の元は日本酒か・・・

こうしてようやく年明けから怒濤のように続いていた
多忙期が終焉した。来週からは狂喜乱舞の恐怖の
水掛祭り(ソンクラン祭り)が始まる。憂鬱だなぁ。

そう言えば8年前の今時に胃癌を宣告されて手術したんだな。
尋常じゃない多忙は知らないうちにストレスを溜めてやがて
体内に病巣を作る。こりゃあ、しばらくは頻繁に携帯電話を
オフって俗世間と遮断した生活を心掛けた方が身のためだな。

ふぅ〜連続テレビ小説ばりに月日を遡って
書いたブログがようやく来週には追いつきそうや



asia_jiyujin at 23:55|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

April 18, 2014

第2629回「超多忙酒浸りの日々」

2629ソイ33


ようやく憂鬱なソンクラン(正月)が終わった。
今年は振替休日もあって5日間の連休だった。猛暑
を歩くとからまで狂気的な水掛が続く。

「サワディピ−マイ(新年おめでとう)」

2629狂喜乱舞


子供も大人も、女も男もオカマも、悪党も警察官も、
偽善者も僧侶も、野良犬もペットの猫も、みんな
全身びしょ濡れになりながらタイの新年をっている。

若い時は楽しかったけど、年老いた今はなるべく
目立たず傍観者に徹しているのが利口な過ごし方。
外を歩けばびしょ濡れになるのは覚悟の上だ。

人様の国のおいごとだけに外国人がとやかく
言えた義理ではないが、毎年この期間だけは憂鬱になる。

あ〜ぁ腹減った何か食べるもん買いにいかな

正月2日目に食材を買いに行く途中で見事に水を掛け
られた。怒ったらイカンと思いながらも酔っぱらいの
ヤンキーファランたちに笑顔で「ファックユー」と
心の中で中指を立てる。

2629恐怖の水掛祭り


もともとはバラモン教の新年にあたるソンクラン祭りは
豊かな水の恵みに感謝し人々の幸せと長寿を祈る儀式だ。
ところが最近の若者たちは、まるでゲリラのように強圧
水鉄砲で武装しながらの水掛け合戦と化している。

さながら外国人観光客も本来の儀式を理解せずに水鉄砲
片手に相手構わず発射。特に若い女性は標的の的になる。
確かに男心(助平心)としては同感するがモラルを守れ。
それもようやく終焉して、いつもの平穏な生活に戻った。


【3月22日】イサーンの酒で記憶を無くす
22オレが酔いつぶれた


風邪も完治せずに虚脱感を抱えながら取材に奔走
していた頃、愛泰家のO氏や愛読者たち数人が連休を利用
して訪タイしていた。そんな週末の土曜日にO氏とF氏
と長野のI氏からお誘いを受けてタニヤの神楽で呑んだ。

例によって途中から記憶を失いつつも最後はI氏の奢りで
めっちゃ餃子が美味いと評判の飯店に行ったらしいのだが
まったく覚えていない。途中で呑んだカオラオが原因だな。

あ“〜風邪と二日酔いでグッタリじゃい

【3月23日】酒で身を潰す
23fortune Club


この日も夕方から新規店の取材。以前まで東京の池袋で
タイパブに勤めていたらしのだが、不況で(と言ってるが
おそらく不法就労で強制送還と推測)タイに帰って来て
からガールズバー&マッサージの店をOPENした。

取材を終えてから日本語の上手なマネージャーとママさんが
酒を振る舞ってくれた。嫌いじゃないから呑んじゃった。
今更ながらオレは酒で身を潰すタイプやな。

気さくで日本語流暢なママさんがおるから飲みに行ってなぁ

【3月24日】〆切り前の取材に奔走
24楓


24蘭姫


この日の夜は日本人クラブの楓と蘭姫の取材をするも、
楓が人数不足で2日後に再取材になる。いつもなら中旬までには
取材を終えて月末までに原稿と画像を日本の編集部に
送るのだが、如何せん多忙と体調不良で思うように進まん。

ひぇ〜時間がなんぼあっても足りんわい

【3月25日】おっちゃんの誕生日
25江戸屋で会席


誰にでも年に一度はやってくる生誕の日。この日の
神楽の社長の誕生日でタニヤの老舗日本料理店に誘われた。
寿司や刺身を肴にしこたま日本酒を呑んでった。

二次会はDayDreamに流れて最後は神楽で常連客と
店の女の子全員でおっちゃんの健康を祈って乾杯した。

2629二次会


最後は言わずもがなで泥酔状態で帰宅したらしいのだが、
いつもながらあんだけ酔っぱらってTAXIに乗って無事に
部屋まで辿り着いてんだから我ながら感心してまうわ。

2629記念撮影


2629ケーキ


数年前にオレの知り合いの日本人が酔って夜道を歩いて
いたら暴漢に襲われて病院に担ぎ込まれた事件もあるし、
TAXIの運ちゃんに身ぐるみ剥がされて人気のない暗い
道端に落とされたケースだってある。気つけなアカン。

おっちゃんおめでと元気に長生きしておくれやす

【3月26日】突然の訪タイ者
26Tご一行


さすがにこの日だけは完全休肝日のつもりで夕方から
晩飯を作っていたら突然携帯電話が鳴り響いた。出ると
いつも何の前触れもなく訪タイされる札幌のT社長から。
どうやらパタヤで数日間ゴルフをやってから移動らしい。

「藤岡さん。Tだけどさ、今バンコクに着いたから
一緒にフカヒレ食べてその後タニヤに飲みに行こうよ」

昔、T社長の会社従業員たちの海外慰安旅行をアテンド
してからの縁なのだが、それ以来頻繁にしかも何の連絡
もなくふいにやって来るようになった。とにかく豪快な社長で、
誘いが来たら無碍には断れんので作りかけの料理
をそのままにしてタニヤへ直行。T社長お気に入りの
“かわせみ”で高級なシングルモルトをご馳走になる。

「今年こそ帰って来たら連絡ちょうだいよ。冷たいなぁ」
はいいつも極上の酒ご馳走様。帰国したら連絡しますよ

【3月27日】想定外の一日
27OCEAN


例によって二日酔いの朝に、前日一緒に来ていた北関東のO社長
から突然電話が来た。前夜に電話番号交換したばかり
だったのだが、まさか不測の事態でも発生したのかと心配になった。

「あぁ、藤岡さん。お早う御座います。実はさ・・・」

何でもツレの女が急に仕事で帰っちゃって1人になったから
どっか楽しいところへ連れて行っておくれと要望。T社長等は
他のグループとゴルフに行っていたのでヒマを持て余していた。

午前中にルンピニ公園近くの五つ星ホテルに迎えに行き、
昼食はエンポリの大戸屋で縞ホッケ定食を食らう。
その後はお土産のショッピングにお決まりのタイマッサージ。夕食は
博多どんたくで遠慮無く日本酒と贅沢な珍味を堪能。
最後は顔馴染みのTAXIをチャーターして空港へ。

ふぅ〜しんどい日やったけど酒が旨かったなぁ

何だかんだ日替わりのような忙しさだったけど、結局振り
返ってみればほぼ毎日酒浸りの週だったような気がする。
と安堵したのも束の間。翌日から再び激疲の日々が続いた。


asia_jiyujin at 04:03|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

April 17, 2014

第2628回「苦悩の男を変えた旅」

2628マッタリウルルン気分



【3月20日】

う〜怠重体中の毒素とウィルスがデトックスでけへん

イサーンの旅からバンコクに戻った翌日から急に体調が崩れた。
どうやら風邪を引いてしまったようだ。ジュラポーン母ちゃん
かSちゃんの風邪が移ったのか寝ても食べても元気になんない。

年明けからの多忙の日々が祟ったのかTちゃんの旅を終えて
一段落した途端に緊張感が抜けて急に免疫力が低下したのか。
いずれにしても今は何も考えたくない虚無の境地。

うぅ〜まいったぜぇ食欲ねぇし体が怠い

結局、その日から多種の風邪薬を服用したけど10日経っても
元気が回復できずに殆ど部屋で横になっていたそんな最悪な
状況に人生の苦悩を吹っ切った男から嬉しいメールが届いた。

2622いざ出発


J様
想像もしていなかった出来事と沢山の出会いの連続でノンカイの
旅は一生忘れない旅の一つとになりました。旅の記録を纏める中、
実は出会った人に聞きたかった事が山ほどあることに気付きました。
生き方や考え方もっと聞きたかったなと。言葉が話せる事は、旅を
何十倍にも面白くさせるのだなと実感しました。反面人の優しさは、
言葉が通じなくても身を持って感じさせて頂いた数日間とても幸せでした。

2623メコン川をバックに


理不尽な事に納得出来ず、何度も後ろを振り返ってきたこの一年間。
ノンカイでは私よりももっと理不尽で苦しい経験をしてきているのに、
なんて生き生きとして魅力的なんでしょう。自分の心に正直に今を
生きる。そして前向きに。そろそろ一歩踏み出せそうです。タニカン
先生やB夫婦、ラチャニィ先生やノンカイの父母に改めてよろしく
お伝え下さい。また改めてノンカイの地に行きたいと思っています。

怒涛の旅に付き合って頂いいてなんですが、くれぐれもお身体を
大切にされて下さい。忙しい中、時間を合わせて頂いて本当に
感謝しています。タイを教えてくれてKさんに感謝。ノンカイに
行けた事に感謝。すばらしい出会いに感謝。Jさんに感謝。

2623Tちゃんハンモック



良かったねTちゃん本当に良かったぜ

これからは過去の呪縛に縛られずに前向きに生きるんやで。
てめぇが惚れた女を幸福に出来んかったんは男の責任や。
父親がいなくても案外子は育つもんだ。(無責任親父の持論)

まだ若いんだから再婚して前よりもっと幸せな家庭を築け。
じゃなかったら結婚生活よりもっと楽しい生き方見つけろ


2628Tタンブン


自分の尺度で人様の幸福度は計れんけどさ、世の中には
我々よりずっと劣悪な環境で暮らしていても明るく元気に
生きている民族は大勢いる。内戦もなく毎日栄養あるもん食って
蛇口をひねれば綺麗な水が飲めるだけでも感謝して生きんとね。

さて、このブログを更新する矢先にまさにタイミングを
見計らったようにTちゃんからメールが届いた。

2628T&S


ここのところ毎日更新されるブログを見て朝の連続テレビ小説
ように楽しみに旅を思い出しています。コメントを入れようと思
っていましたが、今日Sんちゃんと会う予定だったので、その後
にしようと思ってました。

Sちゃんは元気で無事に目的地まで着いて日本に帰ったようです。
今日はSちゃんとタイ料理を食べにきました。実はSちゃんは
34カ国も回るくらいの強者で、旅慣れしている人だと分かり
吃驚しました。私の方は職場も変わり新しい環境で新しい生き方
が始まっています。今回の旅も色々なスパイスが効いて私の第二
の人生を面白いものにしてくれました。全てはJさんのおかげです。
この恩をJさん含め誰かに返して行きたいと思います。

2621苦悩する1Tちゃんの懇願


2人とも元気そうで何よりだけど何でタイ料理なんや

昔はオイラが帰国すると仲間たちは決まって新宿や大久保
のタイ料理店で宴の席を設けてくれたけど、「帰った初日は
本場の和食を食わしてくで〜
ぇ」と心の中で叫んだっけ。
そう言えば2人とも現地のタイ料理を旨そうに食でてたっけな。

ま、何はともあれ2人とも元気そうで良かった。楽しい未来に
向かって日々笑って明るく元気に生きていって下され。

2623電車で乾杯



さ〜て、連休から3月末まで、再び忙しくなりそうだけど
これ以上無理すれば確実に体が持ちそうにない。ところがだ。
予想だにしなかった怒濤のミッションが連日続くことになる。

これでもかと言うほど、さながら野球の千本ノックのように
倒れかけても打ち込まれる硬式ボール。「もう限界じゃい
若い時は全然平気だったけどさすがにポンコツ体には無謀じゃ。

これを書いている今は、何とか普通の生活に戻りつつあるが、
あの尋常じゃなかった忙しさは仏陀様の試練だったのかしら。
兎に角、今は体を休めて毒素をデトックスして栄養ある美味い
もんたんと食って元気にならねば動けん。

オイはしばし休養せり。Tちゃん笑顔で毎日を楽しめよ

asia_jiyujin at 02:24|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう