August 2014

August 31, 2014

第2703回「地球滅亡前の求食」


念願のエンガワ


千歳】8月24日 

「昨日も呑んだねぇ」
はい、たしか寝たのが3時過ぎてましたよ
「どんなに酔っぱらっても寝床が近いからいいね」

翌朝目覚めたのは正午のニュースが流れる前だった。
さすがに呑み過ぎたと反省する。傍らには空になった
国稀とワインが3本。それとNさんが呑んだ発泡酒。

食欲はなかったが、朝食と昼食を兼ねた蕎麦とキノコ入
の味噌汁を作ってくれた。呑んだ翌日は汁物が嬉しいね。
男所帯とはいえNさんは完璧な人だ。

「フジさん。夕食は鮨を食べに行きましょう」
おぉ、いいっすねぇ

回転鮨であれば、自分が食べたい分だけ皿を取ればいい。
比較的「食べねば」という強迫観念が薄らぐ食事である。
と言うよりは激増した体重を考えて無意識なダイエットか。

うっほぉ〜旨い。しあわせですねぇ
「遠慮しないでいっぱい食べてよ」

流れるエンガワ


明日地球が滅亡する前に食べたいモノBEST.3に入るエンガワ
の鮨を一気に3皿(合計6カン)もほおばる。ダンピングを
心配するNさんが冷酒かワインを勧めるもさすがに我慢した。

う〜さすがにもう満腹ですぅ〜
「思い残すことがないようにもう一皿どう」
いや無理っす

回転寿司


イクラの軍艦巻きを入れても4皿しか食べてないオイラ。
それに比べてつみれ汁と巻物鮨も入れて軽く8皿完食した
Nさんは至って健康優良児。胃のある人は羨ましいなぁ。

やっぱり酒を呑んでおけば良かったなぁ

その日の夜便に乗ったときに後悔していたらCAが
ビールやワインなどのドリンクサービスを始めた。
オイラは迷うことなくカベルネソービニオンを注文。

くぅ〜、やっぱり一日の〆は酒を呑まんとねぇ。
CAさん、もう1本赤ワイン頂いて良いですか


こうして夢のような至極愉しかった2ヶ月間が終わった。
思えばこんなオイラのために身銭も時間も費やして宴の
会を作って頂いた多くの方々この場を借りて感謝します。

みな様方、本当に有り難う御座いました。このご恩は
一生・・・もとい、一年間は忘れることはないでしょう.

では、ごきげんよう。日本にさようなら


asia_jiyujin at 01:31|PermalinkComments(2) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 29, 2014

第2702回「幸と福を感じる酒」

ヒラメとイカの


千歳】8月22・23日 

いやぁ〜昨夜もやたらと呑みましたねぇ
「フジさんと呑むと楽しいからねぇ」

札幌時計台


午後に札幌を後にして昔の住み慣れた千歳に移動した。
今回の帰国で3回目となる親代わりで友達のNさん宅に
宿泊するも、そのは顔馴染みとなった松前料理店へ。

おたべ〜の大将。また来ちゃいましたよ
「あれ、もうタイに帰ったんじゃなかったの」
明後日の夜便で戻ります

およべー


で、持ち込んだワインと店の銘酒を頼みながら旬の肴を
しみじみと吟味。美味しくて愉しくて幸せを感じるひと時。
4時間ほど呑んだ後に帰宅。今度はシラス大根和えを肴に
新十津川で頂いた金滴を2人して短時間で空けてしまった。

くぅ〜なまらうまいっしょ
「やっぱり大吟醸はひと味もふた味も違うね」

大吟醸金滴


午前2時過ぎくらいには寝たと思うのだが、翌朝は
揃って起きたのが午前10時過ぎだった。さすがに
呑み過ぎたようで体調があまり優れない。

うぅ〜食欲ねぇ・・・
「ダメだよフジさん。朝はキッチリ食べないとさ」

朝食健康論を持論としているNさんがノンカイのホテル
並みのアメリカンブレックファーストを作ってくれた。
札幌のホテル生活では納豆や野菜サラダ付の朝食だった
だけに健康を考えて無理矢理起きて食べていたのだが。

うぅ〜苦しい。食べたもんが落ちてかねぇや

赤ワインも酒も呑まずして、いきなり炭水化物類を
胃に入れると、途端にダンピング症候群に陥り、
その数分後には低血糖で立っていられなくなる。

Nさんの嫁さんもかつてオイラと同じ胃癌摘出手術を受け
その後、臓器に転移が見つかり苦痛を伴う抗がん剤治療の
甲斐も無く帰らぬ人となってしまった。その時のことを
痛いほど知っているだけに、無理な量は強制しない。

ちょっと2階で横になってます
「あぁ、いいよ。ゆっくりしな」

珍しく食後すぐにダンピング症候群に陥った。食べる順番
を間違えたのかインスリンが極度に出過ぎたようだ。無理
に起きてたら危ないと感じてしばらく休むことにした。

気が付くと夕方の4時。ダンピングもすっかり落ち着き
昨夜あれほど呑んで泥酔したにも関わらず、自分でも
不思議なほど体調が回復していた。

「さ、フジさん、今夜の買い出しに行こう」
は〜いいいっすよぉ

買い物の帰りに千歳時代の親友がやっている喫茶店に
顔を出した。ここも帰国した時と日本を出る前には必ず
来ている。同じ歳で同じ胃癌手術をやっただけに絆も強い。

お互い健康には気をつけような
「フジくんは酒を控えなくちゃな」
う〜ん、それだけは無理だ

親友の喫茶店


で、今宵は家呑みで肴はマグロとタイの刺身にアボガド入りの
野菜たっぷり特製サラダ。お酒は今年も留萌の縁人から頂いた
大吟醸の国稀。さらにフランス産ワインとビールも用意。

「さ、食べましょう。かんぱ〜い」
かぁ〜やべぇ。なんまらうまいっしょ。国稀に感謝

今宵は家呑み


おそらくこれが正真正銘の日本最後の晩餐になる。明日の夜には
機上の人となって無理にでも酒を断たねばならぬ。ならば今宵も
記憶がなくなるほど呑んだくれたくなるのが性っちゅうもんだ。

帰国した最初の夜とタイに戻る最後の夜にN宅で至高の酒を呑む。
それにしてもこの2ヶ月間で呑んだ酒の数は尋常じゃない量だな。
昨年オイラが1年間で呑んだ量の半分以上は超えてんだろうな。

然るに本当に酒がうまいんだもん

国稀大吟醸


酒の味が判るようになったのは34歳で離婚してからだ。
それまでは仕事上の接待や同僚と呑むくらいで“うまい
と思って呑んだ記憶はないし泥酔することは殆ど無かった。

今は心底旨いと感じるんです

不動産業者や施主様の接待でもなく、不平不満を聞きながらの
同僚や部下たちとの飲み会でもない。タイで縁が出来た人たち
との本当に嬉しい酒だからこそ、その旨さがしみじみ感じんだな。

何はともあれ、毎日夕方5時を過ぎる頃には前日の二日酔いも
覚めて体調が万全になる。多少体調不良でも酒を口にした途端に
覚醒したかのように元気になって蘇るのだ。酒は百薬の長だねぇ。

今夜はトコトン呑みましょ
「よ〜し、じゃあ次はこれを開けますか」
お〜2005年ものじゃないですか

本当にオレは幸せモンだ。8年前に胃癌で死んでたら
こんなに幸せな体験は出来なかったんだから。尚更、
生きていることに感謝して、今回一緒に呑ませて頂いた
全ての人にも感謝して幸と福をしみじみ感じながら呑む。

はぁ〜ほんまオレはし・あ・わ・せ じゃわい


asia_jiyujin at 17:31|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 27, 2014

第2701回「札幌最後の晩餐会」

最後の晩餐店


札幌】8月21日 

「かんぱ〜い。今日で最後だね」
滞在中は本当に有り難う御座いました

この日の午後、区役所に行って海外への転出届を提出した。
たった2ヶ月間の札幌市民だったけど名残惜しくもある。
街中で巡回中の警察官に職質されたら「住所不定無職」の
不審外国者扱いされる可能性が大である。

あぁ日本人なのになぁ・・・

札幌中央区役所


転出届け提出


さて、6月の最終土曜日から札幌を拠点に2ヶ月間ほど
滞在していたが今夜で終焉となる。ちょっと寂しいような
それでいて母上のことや墓参りや旧知の友人たちに会うこと
が出来て達成感もあり、今はホッとした満足感もある。

それにしても2ヶ月間はやっぱり長かったなぁ

一盃目


ヨーロッパでは1ヶ月間や2ヶ月間のロングバケーションは
当たり前らしいけど、さすがに長期休暇に慣れていない日本人
が仕事を休んで毎日呑んで食べてばかりいては、いざ現実に
戻ったときに仕事モードに切り替えるのがかなり難儀になる。

正直もう少し長く日本に滞在していたらタイに戻る気持ちが
揺らぎそうになった。だってさぁ、生まれた故郷と旧知の
仲間たちと呑む酒は格別に旨いし何よりも愉しいからね。

さりとて物事にはいつか“終焉”がやってくる。否応なしに
現実”という二文字に気付かされ、夢の時間から
目覚めた途端に我に返り再び知恵を出しながら額に汗して働くわけだ。

うまいっすねぇ〜これ最高

逸品料理


この数年、札幌に滞在している最後の夜は、繁華街から
少々離れた創作料理の店に連れてきて頂いている。どの
料理も季節に合わせた旬のものだけに味は御墨付き。

絶品焼きタラバ


極旨イクラ


絶品に逸品に究極の酒の肴が並ぶ度に冷えた大吟醸を流し
込めば、もう言うこともないほどの幸福感に包まれる。
タイに戻っても滅多に体験できないだけに“”を愉しむ。

「またタイに行ったら宜しく頼みますね」
もちろんですとも。マルっとお任せアレ

焼酎佐藤


結局W氏とはこの2ヶ月間で13回お会いして、そのうち
10回はタイ絡みの宴と個人的に呑みに連れて行って頂いた。
本当に有り難くもあり嬉しい限り。ご馳走様でした深謝。

「最後の〆のラーメンはどうする
大将すんません。もう入りそうもないです

Jの大将


楽しみにしていた究極のあさりラーメンだったが
残念ながらどうにもこうにも腹がキツイ。満腹感と
幸福感に満たされ過ぎてとても入りそうになかった。

究極の旬料理ご馳走様でした
「はいよ、また来年だね」

最後のススキノの夜


二次会はW氏とススキノに流れて夜の帳に流れた。
見慣れたの歓楽街も今夜が最後。感慨深いねぇ。

Wさん乾杯。有り難う御座いました

札幌最後の店は


asia_jiyujin at 22:00|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 26, 2014

第2700回「絶品蕎麦を手繰る」

ごんの大将2


札幌】8月19・20日 

ふぅ〜やっと終わったぜ

前日に、長かった2ヶ月間の義歯治療が全て終わった。
これでまた1年間、美味い食と旨い銘酒を窘めるわけだ。
歳を重ねる毎に弱くなる骨と歯。ま、筋肉も脳細胞も然り。

新しい義歯


タイに戻ったら本格的に体力強化をせねばな。といいながら
呑んだくれの生活は変わらんだろうな。誘惑に弱いし特に
酒の誘いにはことさら断れない質ですからねぇ。

ごんの路地


ごん入口


さて、歯が治れば食べるモノも美味く感じる。当然お酒もね。
で、今宵はあと僅かで日本を離れるオイラのためにW氏が
なまら美味い隠れ家的な蕎麦屋に誘って頂いた。

くぅ〜うっめぇ。最高っすね
「これ食べてみて。馬のレバ刺し」
うわっこれまた絶品の味っすね

馬刺し


とにかくグルメのW氏は、感心するほど札幌市内の美味い
名店を知っている。ラーメン屋は元より和食から中華まで、
何処でどう調べているのか観光ガイドばりの情報通である。

仕事柄、東京出張も多いので銀座も六本木も飲食店には詳しい。
オイラがバンコクに来られる日本人客を連れて行くところは
極限られている。こりゃあもっとグルメ情報をリサーチせねば。

一盃目は


すでに4圓盞秡したオイラの腹なのに、いざ酒が入った
途端にダイエットなどという概念が一瞬にして消えさる。
こんな愉しいひと時は、食して呑むに限る。

「フジさん。〆に蕎麦にしますか」
おっ、いいですねぇ

蕎麦を手繰る


W氏と知り合ってから14年くらいになるが、不思議と
一緒に呑んでいると心が妙に落ち着く。不平不満や
愚痴もなくましてや仕事絡みの話題も殆ど無い。

ならば何の話題で呑んでんだろ・・・

4盃目は


この日はW氏の会社の常務さんも同席しての晩餐。オイラと
同じ歳で息子も同じ歳という偶然。違うのはオレがバツイチ。
同世代が額に汗して頑張っているというのに、オレは・・・。

ごんの大将1


二次会は馴染みのBAR落合へ。先日も早い時間に
訪れた雰囲気のいい店。いろんなところに心が落ち着ける
酒場を持っているのは1つの財産ですわな。羨ましい。
で、何故か話題が急に塩ラーメンになり盛り上がった。

「じゃあ、明日の昼食にあの店に行ってみようか」
あのって、塩ラーメンが評判の逍遙亭ですか
「3人とも誰も行ってないでしょ」

落合


常務さんと別れてホテルまでW氏と歩いていると
「もう一軒行く」と訊かれて「いいですねぇ」と即答。
泥酔しても這ってでも帰れる祥瑞に行く。もう4回目。

ワインでかんぱ〜い

最後は祥瑞で


最後は珍しくワインで乾杯するも、閉店の午前1時迄呑む。
で、この日は珍しく落ちることなく部屋まで辿りついたのだが、
気が付けば翌朝の5時に目覚めた。

うぅ、頭が・・・怠い

で、昼食時、前夜の二軒目のBARで約束した塩ラーメンが
評判の逍遙亭で待ち合わせをして3人で暖簾をくぐった。
ランチタイムを外したせいか8人くらいしか座れない
カウンターだけの小さな店に先客が3人だけ。

おぉなんか美味そうな雰囲気の店じゃないですか

さがみ屋製麺


行列がない分だけ逆に期待度が高まった。で、3人とも塩味。
5分ほど待って出て来たラーメンは丼の底が見えるほどの
透き通った黄金のスープ。益々期待度が上がる。

・・・・
「・・・・」
「・・・・」

透き通ったスープだが


3人とも何も言わない。不味くはないけど塩味が妙に薄い。
肉体労働者であれば二度は来るまい。病みつきにはならない
味だが、これなら向日葵の方がパンチが利いていて美味い。

「じゃあ、フジさん。また明日ね」
は〜い。楽しみにしてま〜す

明日はW氏と札幌滞在最後の晩餐。そう、食事の〆に
究極のあさりラーメンを出してくれるあのJに行くのだ。

っていうか体重激増でベルトが締まりまへん


asia_jiyujin at 19:38|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 24, 2014

第2699回「36年ぶりの従兄」

御輿を担ぐ人たち


札幌】8月17日 

今日も天気が良いやねぇ

K宅に一泊したオレは札幌に戻って来た。あんだけ呑んでも
落ちなかったということは、さすがに息子の前では泥酔した
醜態はさらせないという最低限の親父の見栄かしらん。

札幌駅


さて、猛暑も過ぎてお盆も過ぎると北海道の夏は終盤になる。
道庁前ではご当地自慢の焼きトウキビやスィーツを売る店や
駅前通りでは全道各地から集まった御輿を担ぐ鯔背なヤン衆
たちが短かった夏の終わりを閉めくるために集まっていた。

道庁前の古里露店


美瑛町からも出店


やがて木々が色つき紅葉の季節になり、すぐに雪が降って
銀幕の世界の季節になる。うぅ〜、オレなら凍死してまう。

全道から集まった担ぎ師たち


この日の夜は先月自分の母親を介護看護施設に入所
させた従兄との36年ぶりの飲会である。札幌に住んでいた
20歳代の頃はよく一緒に呑みに行ってたっけな。

「おぉ〜、蕎麦焼酎かい。いいねぇ」
いやぁ〜、実に久しぶり。かんぱ〜い
「おっ、呑みやすいなこれ。ところでタイってよ・・・」

先週道東を周遊した際に頂いた蕎麦焼酎を土産に盃を交わす。
異国を全く知らない従兄夫婦にタイの政情やお国柄を説明する
のが、かなり面倒だったりする。ましてや20年前に何で
タイに渡航したのかを延々と呑みながらの説明だ。


「金よりも大事なもんってなんだよ?」
愛ですよ愛。親子愛とか敬愛とかね

まぁ、正直どんなに熱く語ったところで現地を知らない人に
いくら説明したどころで理解を得るのはかなり難しい。
でも、昔のオレを知る従兄には何となく分かってもらえた。

「で、おふくろさんはどうすんだ」
う〜ん、まだ時期が早いと思ってね

訊けば従兄の母親は、現在自分等が住んでいる地区の福祉課に
特別老後施設の入所の手続きをしているらしい。で、順番の
結果が今日届いたらしいのだが。

「189番目だってよ」
1年間で何人くらい進むの
「う〜ん、20人前後だろうな」
それって順番が回って来る前にあの世行っちゃうでしょ
「そうだな。札幌市は人口が多いから仕方ないべ」

36年ぶりに呑む


従兄の母親が今の施設から移設するなら、我が母親が札幌の
施設に拘らなくてもいいと言うことだ。ならば将来的には
やはり千歳の施設の方が何かと良策ってもんだな。

息子よ。千歳市の介護施設を全部調べておいてくでぇ〜

蕎麦焼酎が1本空いたところでオイラは白石区の従兄宅を出て
地下鉄の東札幌駅を目指した。意識はハッキリあるのだが、
如何せん真っ直ぐ歩けない。「ヤバイ」所謂千鳥足ってやつだ。

あっぶなかしいなぁ・・・

自分でもフラフラしてんのが分かるくらいだから行き交う人が
見たら相当危ない酔っぱらい親父に思うだろうな。で、記憶は
そこら辺で途切れている。よく無事にホテルに辿り着いたもんだな。


asia_jiyujin at 09:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 22, 2014

第2698回「倅と旧知友と呑む」

真面目な倅と呑んべぇ親父


千歳】8月16日 

また千歳に戻って来たぜぇ

千歳駅


約一ヶ月ぶりの千歳。この日は1年ぶりに息子と会う。
旧知の友のK夫婦とも3年ぶりに会うことになり、
数年前にくも膜下で入院して完治したS女史も参加。

「ハッピーバースディツーユーTちゃん」
おめでと〜Tちゃん

52歳の誕生日


バースディケーキ


ロウソクを吹き消す


この日はKくんの嫁のTちゃんの誕生日とオイラの
無事帰国晩餐会を兼ねてのバースディパーティー。
17時から始まった会はあっと言う間に2時間が経ち
仕事が終わってから来た息子は19時過ぎに参加した。

よ、久しぶり。元気だったか
「まぁ、可もなく不可もなく」
今年もお婆ちゃんのとこ行ってくれてありがとな
「早く施設に入れた方がいいんじゃないの」

絶品の創作料理


あまり喜怒哀楽を表面に出さない息子は、幼少の頃に嫁や
オレの友人に育てられたせいか、常にその場の空気を読み
ながら大人の顔色を伺がって言葉を選ぶ性格になっていた。

K夫婦とは息子が4歳の頃にパークゴルフに行ったことが
あるのだが、当の本人は当時のことは殆ど覚えてないらしい。
小学校時代にも河原でバーベキューをやりにいっている。

「う〜ん、あまり覚えてないんですよねぇ」

我が息子と


まぁ、仕方あるまい。それから小一時間ほど酒を酌み交わ
しながら母上の介護の話をする。息子は早めに施設に入れた
方がいいというけど、寝たきりではないだけに本人次第。

で、仕事の方はどうなの
「最近部が変わったからね」
そうじゃなくて会社の景気はどうなん
「上向きだけどボーナスは出なかったけどね」

訊けば息子の勤めている建築会社には、高齢者専用住宅も
経営しているらしい。息子は別部門だから詳しいことは
分からないというけど、条件次第では有りかも知れない。
いずれ詳しく調べておいて欲しいと息子に頼んだ。

「これからKのコンサートがあるから一緒に行こうよ」

4人で乾杯


さて、この日の夜はKくんとその仲間たちの定期演奏会が
ある日だった。Kくんはガラス工房なる窓関係の会社を
経営しながら趣味で音楽活動も続けている。

昔はオイラの7月10日の誕生日に“納豆の唄”を
作詞作曲してくれた。そう7月10日は納豆の日。
他にも自分の生まれた室蘭の街を歌った“鉄の街”。

「ネバネバ〜今日は7月10日だから納豆の日〜

K夫婦


小田和正ばりのハスキーな声は、聴く人を魅了する。
オイラもかつてはそんな時代もあったけど、さすがに
音楽でメシが食えないことを悟ってからピックを置いた。
かつてのオレのギターは未だK宅の屋根裏部屋に保管中。

「今日は嫁さんの誕生日を祝って、それとタイから帰って
来ている友達が聴きに来てくれているので、この曲を・・・」

演奏会


と、オイラの好きな鉄の街を唄って奏でてくれた。
鉄の街とは彼が生まれ育った室蘭の街。新日鉄室蘭が
盛業の時代は街も賑わい経済も活性していたのだが。
いずれオレの生まれ古里の丘の町でも作曲して貰うかな。

「3人で飲んでおいでぇ」と会が終わるとTちゃんと
S女史は早めに帰った。「じゃあ、ちょっと行くか

千歳の歓楽街


実は演奏会の会場の横に最近出来たであろう“BANGKOK
というタイ料理屋が目に入った。普段なら絶対食べないオレ
もかつて自分が住んでいた千歳には日本人と
結婚したタイ人やフィリピーナが数人いた。

「あらぁ〜、サワディカー。フジさん帰って来たの」
やぁJさん。やっぱりね。だろうと思ったよ
「サワディっていうスナックもやっているのよ。後で来てよ」
旦那は
「別れたわ」

15年ぶりに再会したJは日本人と離婚してそれなりに歳を
重ねながら異国で頑張っていた。訊けばオレが知っている
他のタイ人も揃って離婚して夜の水商売に精を出していた。

サワディクラップ。来たよJさん
「いらっしゃ〜い。あら、友達も連れてきてくれた」
昔からの友達とこっちはオレの息子
「え〜、フジさんの子ども。顔似てるわねぇ」
そりゃあ親子だからね
「Eちゃ〜ん。フジさんよ。覚えてる」

カラオケバトル勃発


20歳の時に45歳の日本人と結婚したEは37歳になっていた。
JママもEも子供が大きくなってから離婚している。あらま
もう旦那さまの用が無くなったから別れたのかしらね。

「よ〜し、いっちょ100点だしてやるか」

隣席の下手クソな親父連中のカラオケに業を煮やした
Kくんは、自ら十八番を歌って度肝を抜いてやると名言。
さっき歌ってきたばかりだから喉の調子も良かろうて。

「やったぁー満点出たわよぉ」
あっぱれお見事。ほんとに100点だしちゃったよ

100点満点


満点のご褒美にシンハービールを片手にEと乾杯するKくん。
Jママも参戦してのカラオケバトルが始まった。「なんだぁ
酔いが増す事にここはタニヤのカラオケクラブと錯覚してまう。

う〜オレ間もなく落ちるかもしれましぇ〜ん


asia_jiyujin at 09:00|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 21, 2014

第2697回「極旨うどんとゴルフ」

グッドショット



札幌】8月15日 

グッドショットWさん今日は調子良いっすねぇ

帰国して2度目のゴルフである。今日はW氏とM氏とS氏と
プライベートなゴルフ。さすがにお盆の2日間は酒を断って
肝臓を休ませたせいか、ショットも安定してOBもゼロ。

前半は曇り空で風も吹かないせいか結構蒸し暑く感じた。
それが原因ではないがアウトを終えて50。後半になって
ようやく青空が見え始め、パーが先行して残り3ホールで
5オーバー。でも終わってみれば45と合計95のスコアー。

おぉ何とか100が切れたぜぇ

最終ホール


再来週バンコクに戻ったら最終土曜日に北海道人会の
ゴルフコンペが開催される。前回優勝しているだけに
コンディションを整えてV2を狙ってやるぜ。とは言え
最低でも80台で回らないと優勝は難しいだろうな。

にしても、8月にコンペを開催するのは珍しいことだ。
例年であれば11月を過ぎた乾期の時期なのに、今は
雨期の真っ最中である。スコールと雷が怖いよねぇ。



因みに、朝W氏にホテルまで迎えに来てもらってから
ゴルフ場に行く途中で、グルメ派の彼が推奨する行列が
出来る半端なく美味いうどん屋に連れて行って頂いた。

へぇ〜、5日前ここの道路通りましたよ

かばと製麺所


今週初めに和寒から新十津川に寄って墓参りを済ませた
後に札幌に向う途中の北海道医療大学を過ぎた辺りにある。
よそ見をしていれば気付かずに通り過ぎてしまうほど小さな店。

かばと製麺


そんな小さなうどん屋の名前が“かばと製麺所”。看板だけ
見るとうどん屋とは思えないほどの小さな木造住宅。でも、
駐車場には20台ほど駐まっていた。店に入ると長蛇の列。

へぇ〜丸亀製麺のようなシステムなんだ

家族ぐるみで


かき揚げ類は注文を受けてから油で揚げる。もちろん麺は
打ったばかりの新鮮なもちもち麺。名古屋の味噌煮込みうどん
のように麺が太く感じるけど口に入れると食感が柔らかい。

ほぉ〜こりゃあ絶品ですね。確かに美味いっすね

極旨ぶっかけうどん


こんな極旨の炭水化物を食した後のゴルフだったが
ラウンドが終わってお風呂に入る前に、ふと傍らに
あった体重計に乗ったら「ウソッ」思わず我が目を疑った。

66圓辰董ΑΑΕ泪犬よ

4圓眤世辰討い拭さすがにベルトの穴がMAXだもんな。
普段は食べない朝食を食し、昼食もキッチリ食べて、夜は
決まって暴飲暴食を繰り返していれば当然体重も激増するわな。

やべぇどうりでドライバーの飛距離が伸びたわけだぜ

二度目のラウンド


因みにこの日のも酒は一滴も呑まなかった。これで3日間も
呑んでないということは、アルコール中毒でないことが立証
されたわけだ。でも、呑ないと熟睡できないことが判明した。


asia_jiyujin at 09:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 20, 2014

第2696回「按摩師と野球少年」

Y家親子


札幌】8月12日 

あ〜、そこそこ。うぅ〜利くぅ
「これはかなり堅くなってますね」
そうでしょ、そうでしょ

腰に針


なんせ自分でも末期的な腰痛と背痛と首痛で自覚症状満載
状態なんですから。先月末、W氏等と一緒に会食した時に
同席されたM先生だが、盆休前に特別に針治療してくれた。

愉快な仲間たち


先生、この針ってどれくらい入ってんですか
「4,5センチくらいですよ」
おぉ〜、筋肉の奥が解れていきますわ

腰と首に針


電気を通す


何とも笑顔が漫画に出て来そうな恵比寿様のようで安心出来ます。
実はM先生将来バンコクで按摩と針治療院を開業したい夢がある。
治療中にいろいろとタイの情勢とバンコクで出店する場合の極意
などを説明する。簡単なようでもタイ独自の法律もあるしね。

何も無いとこからやるにはかなりのお金が掛かりますよ

増田医院長


守治療院


店を開業するにはそれなりに経費も時間も掛かる。ならば店を
持たずに出張治療だけにするのか。はたまた既に開業されている
店に常駐させて頂いて治療するか。当然生業で長年やっていく
にはタイ語の習得も必須。訊けば嫁も一緒にいかれるそうだ。

えっ、嫁さんも一緒に行かれるんですか
「そう、実は妻の方が乗り気なんですよ」
家庭不和になんなきゃいいですけどねぇ・・・

首と肩に針


俗にタイは男性天国と囁かれているけど、実際オレが見る現状は
完全に主婦天国である。物価の安さに加えて多種多様のエステや
スパなどの癒しの空間が満載。メイドを雇えば面倒な掃除に洗濯に
子供がいれば学校の送り迎えまで。つまり主婦はやるべき家事から
全て解放され、結果的に自分のために使える自由な時間が増える。

朝から晩まで働いてんのは男だけですからねぇ


炙屋


さて、その日の夜、先日和寒の実家帰りの際に美瑛まで寄って頂き
翌日に札幌まで送ってもらいさらには極旨塩ラーメンまで
ご馳走して頂いたYくんの母から来年高校を卒業したらタイに留学希望の
息子の相談をしたいと連絡があり、すすきのの炙屋別庭に赴いた。

「どうぞ何でも注文して下さい」
じゃあ、取りあえず冷酒を

仲の良い親子


H家じっちゃんがラオスに小学校を寄贈して建てた翌年に8人の
孫たちが偉大なる爺様の功績を見に来た。その時はまだ中学生
だったと思うが、その後彼が大学進学を止めて海外留学を考えた。

高校時代にエースピッチャーだったのに何でやねん

親も寛大なもんで反対するどころか、愛息子の夢を応援する。
日本で大学を卒業して普通に就職するよりも、海外に留学して
母国語以外の外国語を覚えるだけでも価値があると。

当初は英語圏を考えていたらしいのだが、だったらオイラが
いるタイはどうなの?と母が勧めた。Yくんはそれでもいいと
いうのだが、果たして確固たる目標もなく、ただ日本を脱出
して海外に住んでみたいだけではかなり危ない思考だと思う。

何故ならタイはどんな輩でもウェルカムの国だけど日本
より緩いルールと百点満点は要求されず1+1が2にならない国。
つまり日本に比べてはるかにストレスを感じないお国柄だけに
下手をすればすぐに回りに流され自分を見失う傾向がある。

家族は元よりすでに高校の担任ですら応援していると言うの
だから、今更変更して改めて目標を見つけるのも大変だろう。
正直、羨ましいほどの環境と親の理解度である。

これが我が息子だったらなぁ

俗に“かわいい子には旅をさせよ“とは言うけど、ロバが旅に
出てサラブレッドになって帰ってくるわけではない。昔は自分
探しの旅と称したモラトリアム症候群な若者によく遭遇した。

因みに、ある文献を紐解くと、モラトリアムの意味とは「延滞
の意味であり、心理学的に例えるなら、学生が社会に出て一人前
の人間となることを猶予されている状態を示すそうだ。

つまりは大人になる前の準備期間というわけだ

では、モラトリアム症候群とは何ぞや。症候群がついていると
いうことは原因不明の病状を示すわけだが、「延滞」とは社会に
対する不安や将来に対して何をしていいのか途方に暮れる状態。

つまり、自分は何をすればいいのか。どんな人間なのかがまだ
把握出来てない。「自分とは何か」「生きる意味とは
働く意義とは」という悩みは、以前までの自分から新たなる
自分に変わる時に起る症状。これは人間が成長するために必要な
段階であり、この症状が現れたら人間として正常らしい。

まぁ、いずれにしても自分の可能性を賭けて海外に出るような
破天荒な人間は応援してやりたい。でも、レールは引かないよ。
自分の夢は己でスキルを身につけて常に挑戦していかんとね。

成功しても失敗しても全ての体験は自分のスキルと財産になる。
ただし明確な目標が無ければ漠然的にでもいいから自分の将来像
を想定して付き合う相手を判断して人脈を広げていっておくれ。

そう、袖振り合うも多生の縁。活かせるのは人様との縁だぜ

人生経験の少ないYくんが必然的にオイラに出遭ったのも、
袖振り合った縁である。活かすも無駄にするも君次第。
さぁ、明るい未来に向かって飛び立て。

ノートPCを購入したら『野球少年が高校卒業後にタイに行ったら
という具体的なタイトルでブログでも書いてみんしゃい。Yくんと
同じモラトリアム症候群な未成年は無数に存在するだろうからね。

Yくんにしても、M按摩師にしても、いずれも自分の可能性に賭けて
海外に夢を求める人がいる。時代は違えど昔のオイラと重なる
部分があるだけに、可能な限り応援したい。

すすきの歓楽街


で、結局この日は持参した酒を全て呑み干してホテルに戻った後も
部屋呑みしてたら、案の定シャワー入る前に素っ裸で寝ちまった。

Y様どうもご馳走様でした。酔って上手く助言できなくて御免ね


asia_jiyujin at 09:16|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

August 19, 2014

第2695回「鮨と酒と拉麺行列」

すすきの



札幌】8月11日 

「藤岡さん、帰って来たの。鮨に行こうか」

10日ぶりに札幌に戻ってきたら暇を持て余していたのか
早速にY氏から昼食のお誘いの電話が来た。ホテルを出る
寸前に、今度はS代表からも電話が掛かってきた。

「10月のタイとラオスの打ち合わせをしたいんだが」

常宿


先週一緒に道東のサロマや和寒と新十津川に墓参りに
行く予定だったのだが、前立腺癌か前立腺肥大の疑いが
あり急遽検査で取りやめた。検査の結果は無問題だった。

大企業の社長まで勤め上げ、さらにはメコン基金の代表を
やっている間は自分の健康管理も仕事の1つと明言して
いただけに病気でなくて本当に安堵した。

会員の皆様、S代表は何でもなかったようです

海森


で、結局Y氏の行きつけの鮨屋“海森”で一緒に昼食を
食べる事になった。いつもなら3人揃えば蕎麦を手繰り
に行くことが多いのだが、昼間から鮨屋は稀なことだ。

「おっ、ここの鮨はシャリが小さくて食べやすいな」
胃の無いオレには丁度良い大きさですよ

S代表


昼食後、Y氏と別れてS代表の勤めていた会社の会議室で
秋の訪タイ日程の打ち合わせをする。さらに来年が最後
になるスタディツアーについても打ち合わせをした。

「来年は何人くらい来るだろうな」
最後だからねぇ、いつもよりは多いと思いますよ
「問題は3月以降だな。タイよりもラオスがな」

確かにこの25年間でタイの経済は急成長し社会も大きく
変貌した。他国の援助を受けなくても授業料無料化などで
十分自国の力だけで教育を続けられる子供は増えた。

問題はラオス共和国だ。完全に支援活動を止めるのか、
それとも意志ある賛同者だけでも山岳地帯の恵まれない
子供たちの支援を続けるのか。

それは来年考えましょう

その日のにW氏から酒のお誘いの連絡が来た。札幌に
戻ってきた早々に縁ある愉人たちから連絡が来るのは嬉しい事。
近々移転する昔馴染みの店に連れて行って頂いた。

こんばんは〜
「あ〜ら、久しぶりねぇ」

某スナック


毎年帰国する度に必ず連れて行って頂いた思い出深い店だったが、
何年経ってもそこには落ち着ける空間がある。まぁ、基本的には
酒と呑相手がいればどこでも愉楽の空間と一時になるんだけどね。

「じゃあ、お休みぃ」
どうも、ご馳走様でした

ラーメン横町


W氏と別れた後に、特段お腹が空いていたわけではなかったのだが
ふと気になって信月”を覗いたら数名の行列。ついでにラーメン
横町の奥にある“いそちゃん”を覗いたら10人ほどの行列が。

いそちゃん


宿泊ホテルの裏にある“すみれ”には長蛇の列が出来ていた。
おそらくは道外からの観光客と中国人観光客と思われる。

ふ〜ん札幌はラーメンだけで観光客を呼べる街だね

すみれの行列


バンコクにも次から次と日本から進出してくる有名店があるけど、
どれもこれもオイラの舌を唸らせるほどの極旨塩ラーメンは皆無。
札幌も過剰気味だから本格的な札幌ラーメンが進出しないかしら。

あぁ、こんなネタ書いてたら凡の風に行きたくなってきたぜ


asia_jiyujin at 10:39|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

August 18, 2014

第2694回「金滴と極旨塩拉麺」

先祖代々之墓


新十津川】8月10日 快晴

Iさん。Tを連れてきたよ

和寒から札幌に帰る途中で新十津川のI氏の墓参りに寄った。
1年前の7月12日に胃癌で他界されたIさん。60歳で
定年退職され「さぁ、これから」と言うときのまさかの胃癌。

昨年帰国した際、7月4日に新十津川を訪ねたときは
酸素呼吸器が外されない状況の中、わざわざオレの為に
地元の金滴酒造の銘酒を用意してくれて呑ませてくれた。

「フジさんと呑めるのはこれが最後になるな」
バカ言ってんじゃないですよ。俺みたく完治するさ

その翌日病院に同行することになり身内でもないのに
担当医からの「持って後2ヶ月」という宣告を聞いた。
余命を知ったI氏は予てから自分が学費を援助していた
里子のTを早く日本へ連れてきて会わせて欲しいと懇願。

すでに大学を卒業して今はノンカイ県の地元の中学校の
教諭に就いている彼女に国際電話すると、
8月になれば休みを取って会いに行けると話していた。

昨年の7月1日からタイ人の訪日ビザが免除されるように
なったが、その時はそんな法律が施行されたことすら
知らなかったので訪日はかなり難儀すると思った。

分かりました。Iさんそれまで元気でいてよ
「おぅ、任せておけ」

だが、その翌週の朝「今朝、主人が逝きました」という短い
メールが奥様から届いた。あれから1年。Tは連れて来る
ことは叶わなかったけどスマホに保存してあった写メを
持参してお墓の献花台の上に置いた。

本人は無理だったけど、これで勘弁して
「主人も最後までTに会いたがってたのにね」

タニカン先生


I氏には可愛い3人の兄妹がいる。3人の子を全て大学に
進学させ、さらには3人の子を全てタイのスタディツアー
に参加させてウルルン滞在記を体験させた。

親分肌で面倒見の良いI氏はタイでも多くの恵まれない
子どもの里親になり、その中でも教育大学の進学を希望して
いたTの里親になり、年間5万Bを5年間支援してくれた。

「主人の霊を見たら言ってね。私のところも来てねと」

I家のお墓


実は自分では気が付かないが、普段はまったく霊感のない
オレは酒で酩酊すると不思議と手相が視えたり霊を感じる
ことが多々ある。本人は酩酊して自覚はないのだが、何か
得体の知れないモノが降臨しているのかもしれない。

今年3月に東京から来たバツイチの人生迷い人を連れて
タイ東北部を旅した時にI氏が援助していたTの家に泊まった。
で、その日の夜に例によって酒を呑んで酩酊したときに、
ふと傍らに座って何も言わずに微笑んでいたI氏を感じたのだ。

I家の三人兄妹の一番下の娘が先月目出度く結婚した。
I氏は最初転勤がある職種の男との結婚を反対したが、
今年の1月に入院中のI氏のところに長男夫婦と次男
夫婦に紛れて末娘のH子が彼氏を連れて見舞いに来た。

無碍に断ることも出来ず「お前は酒が呑めるのか」と
婿になる彼氏に言ったら「呑めます」と言ったそうな。
I氏は酒が呑める人が殊の外好きである。そんな事もあり
オレはタイでも日本でも何度も一緒に呑んだっけな。

「藤岡さん。これ持っていって下さる」
わぉ金滴じゃないですか。有り難う御座います

金滴


主人が他界しても尚、当時のことを思ってわざわざ買って
おいてくれたことに心から感謝。っていうかさすがに今日は
どんな銘酒でも控えるつもりだった。そう強烈な二日酔いなの。

何処に行っても昔からオレと酒は深い繋がりがあるようだ。
酒は百薬の長とは言うが、それは適量であって呑み過ぎれば
身体に害を及ぼす。それでも呑まずにはいられないのは、きっと
寂しさやま煩わしさを紛らわす道具にしてんのかもしれんな。

そう、酒とは別名『現実逃避短絡的愉楽薬水

さて、これにて予定していた全ての墓参巡礼の旅は無事終焉。
札幌から実家を経由して道東道北を回って札幌に戻ってきた
移動距離はおよそ700辧バンコクからノンカイの距離に匹敵。

長旅だったなぁ。毎夜酒浸りだったけど愉しかったなぁ

開業2年


その日の夜、Y家にお願いして以前から北区で塩ラーメンが
なまら旨いという“けせらせら”という店に連れて来て頂いた。
開業僅か2年にも関わらず、常に行列が出来る名店らしい。

けせらせら


Y家の長男が一時週に3度も食べに行ったというくらい
ハマったらしい。ならば一度は食してみたいと思うのが
塩麺好の性ってもんだべさ。

ほぉ〜、この白湯スープは鶏ガラかな
「ね、イケでしょ」
濃厚なのにスープはあっさりしてる。確かにハマる味だ

感動の塩ラーメン


Yくんお勧めの店


小雨降る中を店頭で行列に並び、さらに店に入ってからも
イスに座ってひたすら待つ。その甲斐あってか、今回帰国
してから新たに極旨塩ラーメンに遭遇。しかしながら、
如何せん北区太平はオイラのホテルからやたら遠いぞ。

Yさ〜ん、なまら旨かったです。ご馳走様でした


asia_jiyujin at 10:19|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう