October 2014

October 25, 2014

第2722回「O教師のタイ一人旅」

日本酒で乾杯


Tです。
遅くなりましたが、滞在中は大変お世話になりました。
おかげさまで短い期間でしたが安心してタイ旅行を
楽しむ事ができました。短かったですが、逆に次回に
対して意欲が湧いたような気がします。早速先輩から
(シンガポール)写真について突っ込まれましたが。
もし日本にお越しの際は御一報頂ければと思います!
ではまた、次の機会があればそのときはお願いします。

おぉ〜タイを好きになってくれて良かったばい

先日のTくんからメールが届いてちょっと安心した。
こんな呑んだくれの酩酊爺に感謝してくれはんのやね。

かつて多くの大学生やらモラトリアム症候群の若者を
アテンドしていた時代は、タイ最強のコーディネーター
とほざいていたオイラも、年々歳を重ねる毎にすっかり
冒険心と好奇心が薄まり、最近はタイ国内すら旅の数が
減りタイ最強どころかバンコクの極一部だけに成り下がった。
まぁ、それでも誘人として失格ではなかったようだ。

Tくん、またいつでもおいでやすぅ



さて、Tくんの次は今年の5月に名古屋からタイ東北
のウドンタニ県にある大きな中学校に日本語教師と
して赴任されたO氏が、タイ恒例の10月の長い休校を
利用して国内を一人旅していた。

先月の洪水で多少の被害を受けた世界遺産のスコータイ
遺跡を見学した後にバンコク入りして、オイラと同じ
アパートに宿泊していた。さらにそこから映画で有名
になった戦場にかける橋があるカンチャナブリも制覇。

まるで昔のオレみたいな人だ。少しでも休みが出来ると
鞄に着替えと洗面道具を入れてぶらっと旅に出ていた。
東北は元より、白肌美人の発祥地でもある北部の山岳
地帯や褐色肌のイスラム系が多い南部の街も歩いた。

あの頃は行動的で若かったよなぁ・・・

この20年間でタイ77県中56の県と街を歩いた。それが
今やバンコクの都内すら出るのも億劫になり、自分が
住んでいる極一部の界隈しか出歩かなくなった。

アカンなぁまるで軽い引き籠もり状態やな

ま、そんだけいろんなもんを数多く垣間見てきて、
異文化と触れ合いながら多種多様の恋や失恋を重ね
苦い思いやら愉しい想い出など、ありとあらゆる事を
体験をしてきただけに、今だけは平穏を切に願っている。

で、O氏からの希望で癒しの温泉がある“湯の森”に
以前お世話になったタイ人大学院生を誘って行きますと。
訊けばその大学院生のK君の彼女は、3年前にハノイに
留学していた時にオレとも現地で会食したCちゃんだった。

ほ〜あの可愛い子の彼氏とな・・・

2285「タイ人みゃ〜」


大学院まで進学してさらにあの可愛い子の彼氏ならば
どんだけ超イケメンの男子なのかと大いに興味をもった。

湯の森はちょうど2週間前にシンガポールから来たA嬢
を連れて行ったばかりである。南国に住んでいる友人等
は、何故か熱い湯と癒しを求めているようですな。

湯の森


オレもヒマになったら開店から閉店まで一日中熱い温泉
に浸かって身も心も癒されたいと思いながらも未だ実行
出来ていない。ま、最近はすっかり出不精だからなぁ。

で、一緒にオイラも温泉に浸かろうと思っていたら
突発的な打ち合わせとリサーチが入りやむなく断念。
でも、JCBカードで支払えば入浴料が15%も割引に
なるので、現地に行ってオイラが立て替え払いする。

じゃあ、ごゆっくり。後で一緒に飯食いましょう

湯の森3人


1時間後、すでに雨季は終わったと思っていたら、突然
バケツをひっくり返したようなスコールが降ってきた。
この大雨ではお互い身動きが取れず、結局30分遅れで
約束した場所で落ち合った。

「すごい雨だったですねぇ」
あっと言う間に道が浸水してるよ

ベトナム留学時代のクラスメートだったCちゃんが、
以前ウドンタニ県の隣のマサハラカム県でO氏が
世話になったからと、その彼氏であるK君に温泉と
晩飯のお持てなしをされたいとの事だった。

「サワディクラップ。K ナ クラップ」
お〜、君がCちゃんの彼氏か

2286「タイ人かわいい」


想像していたよりかなり期待を裏切られた感じだった。
別段ハイソな男優を想像していたわけはないが、そこら
辺で行き交うような極普通の庶民的なタイ人男子だった。

一般的に見栄とプライドが高いタイ人は、とかく自分の
富裕層のバックボーンを振りかざす傲慢なヤツが多いけど
彼は至って身構える必要もない普通のタイ人学生に思えた。

彼のリクエストで晩餐会はS33/1の“担々麺”にした。
胃を切る前は、この店のタンタン麺に填っていたけど
今は激辛の類はすっかり苦手になって食べなくなった。

そう言えば、先月サイアムスクエアに千葉県から勝浦
タンタン麺が出店していただけに、激辛好きのタイ人に
激辛タンタン麺がブームになってんのかと思った。

「かんぱ〜い」
おっ、イケるね

初めての酒にご満悦


K君は日本酒というものを一度飲んでみたかったらしい。
オレも酒ならいくらでもつきあえる。でも、O氏が意外と
アルコール類は強くない。ならばオイラが代わりに呑む。

あれ、タンタン麺じゃないの

とんかつカレーラーメン


自ら“担々麺“を指定するくらいだから誰もが当然この店
の人気のタンタン麺をオーダーすると思いきや、彼が注文
したのは、なんとトンカツカレーラーメンなる邪道な拉麺。

日本人としてカレーうどんや南蛮蕎麦ならまだ分かるけど
カレーラーメンかよ。しかもその上にトンカツかよ。
トンカツカレーとラーメンを別々に頼みゃあいいじゃん。

ま、こちとら持参した焼酎と酒さえあれば文句はねぇ。
それにしてもタイ人の味覚の違いには驚かされるぜ。
で、つい興味を持って彼のラーメンを味見してみた。

うわっなんまら旨いじゃん。なんじゃこの味は

日本酒とラーメン


思わず声が出た。外見で人を判断してはならぬが
食べ物も見た目だけで判断してはいかんと悟った。
それにしても感動の味だ。甘みも辛味も旨味も
絶妙に混ざり合った秘伝のカレー汁の味である。

翌日、スーパーでカレーの食材を買ってハウス
バーモンドカレー甘口にスパイスを入れて作って
みたのだが、あの店と同じ味はついぞ出せなかった。

来週からオイラは所用でウドンタニに飛ぶ。
現地でまたO氏とも会える予定である。

今度はウドンタニでカレーウドン食べようぜ


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October 23, 2014

第2721回「世話好き押売人間」

極旨トムヤム


あれこれって案外イケるじゃん

最終日の昼食は予てからTくんの希望だった本場の
タイ料理のローカル店にご案内した。世界三大スープ
でもあるトムヤムクンにパッタイ(タイ風焼きそば)
にチャーハンの三点セットに冷えたシンハービール。

店内は扇風機だけのオープンな店だけに否応なしに
外気の暑さと厨房の熱気と辛いスープで汗が滴り落ちる。
例によってタイ料理の苦手なオイラは持参した焼酎を呑む。

暑いけど真っ昼間からええ気分やねぇ

で、おそらく在泰20年間で10回も食べたことがない
トムヤムクンのスープを、つい味見してみたのだが、
これがそれほど辛くもなく妙にコクがあって旨いのだ。

へぇ〜、こりゃあ良い店みつけちゃった

トムヤムクン


ま、1人では絶対に来ないだろうけど、ここなら
日本からの客人を連れて来ても価格はローカルだし
味もそこそこイケるだけに思わぬ新発見である。

さて、ホテルをチェックインしたために飛行機の
出発時間まで、どこぞで時間を潰さねばならぬ。
かといって彼の所持金と滞在時間を考えれば
おのずとタイ古式マッサージが定番になってしまう。

足を洗う


初のタイ古式マッサージ


と言うことでトンロー駅から歩いて数分の所に
ある現地の日本人やファラン(白人)のお客が
比較的多い正統派のマッサージ店にご案内。

この雰囲気じゃ呑めんわな

マッサージ店


さすがに初めて行ったこの店内で焼酎を呑みながら
待っているのは気が引けたので、一端部屋に戻った。
で、彼のマッサージが終わる時間に迎えに行く。

もう空港に行く時間だから駅まで送るよ

19時頃のフライトという何とも中途半端なLCCの
出発時間だけに帰宅ラッシュになる前に移動せねば。
TAXIだと心配なのでTくんが初日にも利用した空港
に直結しているエアポートリンクの駅まで見送った。

「どうも、いろいろと有り難うございました」
おぅ。ほな、気ぃつけてな

えあぽーとりんく


すぐに帰宅してすでに2日前からバンコク入りして
いたウドンタニの中学校で日本語教師をやられている
O氏を晩飯に誘うつもりで連絡しようと思いながらも、
ついベッドに横たわった途端に爆睡してしまった。

じぇじぇじぇやっべぇ〜寝ちまった

目が覚めたら、なんと牛水時。照明もTVも
点けっぱなしで寝てしまっていた。さすがに連日
睡眠不足と呑んだくれてばかりだったからな。

やっべぇもうこの時間じゃしゃ〜ないな

こうしてTくんは初めてのタイを体験して帰国した
けど、未だに連絡が来てない。はたしてオイラの
押売りのようなお世話が気に召さなかったのかしら。

十分満喫できたのであればいいけど、もう2度と
訪れたくない国の印象を与えてしまったのであれば
アムステルダムの友人に申し訳ないし、依頼を受けた
誘人としては失格である。あぁ、連日の酩酊に反省然り。

まぁ四六時中呑んでばかりだったもんなぁ


asia_jiyujin at 19:40|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 22, 2014

第2720回「マルっとタイを満喫」

アムスのTKくんも行った店で


朝食が何だか健康的な生活やなぁ〜

前日はTくんをホテルまで送り届けて帰宅したのが
午前2時過ぎだったにも関わらず、酩酊気分で即就寝
したオイラは今朝も早くに目が覚めてNHKの連続
テレビ小説「マッサン」を観ながら朝食を食べていた。

さて、2日目の昼食にタイローカルフードの定番でも
あるカオマンガイの名店にご案内した。昼間っから
ビール片手にカオマンガイと福建麺を食べる彼を愛で
ながら例によってペットボトルに入替えた焼酎を嗜む。

「この蒸し鶏美味いっすね」
はぁ〜、オレは昼間っから酔えて幸せじゃわい

カオマンガイ


食後に外に出るとフレッシュジュースの屋台があった。
彼が飲んでみたいと果敢にも現地のココナッツに
挑戦するとのたまうので焼いた椰子の実を頼んだ。

通常獲りたての椰子の実はポカリスエットのように
大して味がないのだが、皮を焼いた物は甘みが出て
美味しく感じる人もいる。オレはあまり好きじゃない
けど炎天下で歩くには熱中症の予防にもなるからね。

「う〜ん・・・」

ココナッツ


美味いでも不味いでもなく淡々と飲んでいる彼。
感動するほど美味いモンではないけど、異国での
食物に対するチャレンジャー精神はあっぱれ。

随分洒落た店が増えたよなぁ・・・

さて、昼食後はかつてオイラが8年間ほど住んでいた
トンロー通りをブラブラ探索しながら昔を懐かしんだ。
今や原宿並みに変貌した通りだが、オレが住んでいた頃は
セブンイレブンとスターバックスくらいしかなかった。

さすがに午後は歩くと暑いトンロー駅からBTSで一駅の
プロンポン地区に行き、喫茶店でカフェを飲みながら涼む。
昼食の満腹感も癒えた頃、タイマッサージ店にご案内。

喫茶店でカフェ


例によって彼がマッサージを受けている間に持参した
焼酎を呑んで待っていようと思ったら、なんと先ほどの
カオマンガイ屋のテーブルに忘れてきてもうた。

お〜まいごっと酔いが覚めてきた・・・

落胆していると馴染みの子が前夜に友達等とディスコ
に行った時の残りがあるからと、わざわざ家に戻って
ジョニーウォーカーとシーバスリーガルを持ってきた。

おぉ〜コップンクラップ。チャイディナ

Tくんがマッサージを終える頃にはすっかり酩酊気分。
今宵の晩餐はタイ人も大好きなタイスキに誘おうとしたら
Tくんの按摩嬢が「私も食べた〜い」と言うのでシーバスを
持ってきてくれた子も誘って4人でTAXIに乗ってMKへ。

「こういう(展開)のっていいんですか」
マイペンライ(気にせんでええ)

初めて訪れたタイで、しかもさっきまで自分の体
を癒してくれたタイ人女性と非日常的でバーチャル的な
疑似恋愛のような晩餐会である。そら緊張もするわな。

端から見たらどういう関係に見えてんのか心配になる
ウブな彼を尻目に、タイでは極々日常茶飯事な出来事。

鍋ってぇのは大勢で食った方が美味いだろ

仮に日本人クラブからキャバ嬢を連れ出して食事に
行ったとしたらペイバー代やら店外デート代まで
やたらと経費が掛かるだけに晩餐代くらい安いもんやろ。

「アロ〜イうっま〜い」

タイスキ


普段から屋台飯などの粗食ばかりを食べている彼女らに
してみれば、滅多に食べることもない栄養満点の鍋だ。
こんな時くらい遠慮せんで腹一杯食ったらええねん。
タイ料理が苦手なオレもタイスキだけは食べられる。

う〜んええねぇ。幸せの極みじゃい

昼間っから、ずっと酩酊気分が続いているオイラは
鍋をつつきながら先ほどのジョニーウォーカーを
ペットボトルに移し替えてロックでチビチビやる。

「あ〜ん。アロイマイ
「えっ、あ・・・」

あ〜ん


目の前で照れながら食べさせて貰っているTくんを
見ながら昨夜と同じように「これが息子やったらな
と妄想しながらさらに深い酩酊に入り込んでいった。

「コップンカー。フジさん」
おぉ、じゃあ、またなぁ。ありがと

ここら辺からオイラの意識が断片的になっていた。
すでに8時間以上は呑み続けている計算になる。
これが仕事で受けているなら絶対にヤバイ状態だ。

結局4人で食べた食事代の合計はビール1本と
タイスキ鍋4人前と北京ダック、モロヘイヤ麺で
1,025B(約3,400円)だった。

よし、次の店に行こか

ガールズバー


今年の6月に彼がアムステルダム時代の同僚だった
友人等も連れて行ったガールズバーにTくんを誘った。
普段は呑むだけのオイラも、何故かこの夜は2人で
カラオケを唄いながら2時間も呑んでいたらしい。

もう0時やんほな帰ろか

TくんをTAXIに乗せて運ちゃんに行き先を告げてから
オイラは終電前のBTSに乗って帰宅したらしい。
しかも彼に電話して無事に着いたか確認したらしい。

この「らしい」と言うのは、実は全く記憶にないのだ。
翌日に彼から聞くまでガールズバーの失態すら覚えてない。

いやはや昨日は半日以上記憶が飛んじまったな


asia_jiyujin at 14:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 21, 2014

第2719回「息子のような若者」

永和


「お久しぶりです。アムステルダムのTKです。6月
にはお世話になりました。実は日本から友人が1人で
バンコクに明日から3日間滞在します。お土産を持た
せるので少し会って軽く案内して頂けませんか?」


先週の中日に、突然オレの携帯電話にSMSメールが。
なんじゃいこりゃ。これだけかい
誰が何処に泊まって何泊滞在するのかも書いとらんやん。

通常オイラは何の所縁もない一見さんのアテンドは
一切断っている。さりとて過去に縁が出来た方からの
紹介者は、その人の顔もあるから快諾する事もある。

アムステルダムのTK君は、現在シンガポールの
マリーナベイサンズの日本料理店で働いているK君の
元同僚であり、今年の6月に訪タイされた際に一緒に
呑んだホテルオークラの日本食のシェフである。

その彼からの紹介者故に無碍に断る事も出来ず、しかも
初めてのタイ”であれば尚のこと“人様の役立つ存在
を信条とするオレとしては、俄然使命感に燃えるわけで。

にしてもだ。少し会って軽く案内ってさ・・・

この“軽く”っていう度合いが分からん。そもそも本人
からは何の要望も受けてないわけだし、もしかしたら
とてつもなく癖があって苦手なタイプかもしれんじゃん。

君主危うきに近寄らず』『雉も鳴かずば打たれまい
と言う格言もあり、兎角「お節介焼きは後で泣きをみる
ことが過去に多々あっただけに少々躊躇した。

そう言えばかなり昔にもこんなようなことがあったっけな。
「毎度ですぅ。Aやけど友人が今日の便でタイに行くん
やけど住むとこと仕事を紹介してやってくれへんですか」

御存知「毎度」で始まる浪速の大阪の挨拶だが、このA氏
からの連絡は実は8年ぶりなのに、いきなり用件だけ
言って電話を切った。普通なら「元気にしてまっか」とか
自分の近況報告くらいするのが筋ってもんでしょ。

で、人の良いオレは自分のアパートの部屋を提供し、
翌日には友人が経営している雀荘を紹介したのだが、
何とその彼は、今は会社を2つも経営する社長に昇格。

で、オレに友人の世話を一方的に押しつけたA氏は、
現在は一家してジョホールバルに移住して暮らしている。
袖振り合った多生の縁が彼らの人生を大きく変えたわけだ。

ま、それはそれとして突然のメールに「明日から」だけ
では、到着時刻は空港の迎えは必要なのか滞在中の
希望はなどなど何をどうすればいいのかさえ分からん。

それにしても先週末からの連休は、1ヶ月ぶりのマイラー
修行僧の愛泰家O氏が訪タイして連日神楽で泥酔するほど
呑んだくれ、挙げ句の果てには二日酔いが祟り体調絶不調。

雑誌の連載引退後は「ヒマを持て余すほどのんびりした
怠惰な日々を過ごす」
という淡い企みが僅か数日で挫折。
今月と来月に至っては毎週毎に訪タイされる方々がいる。

酒を呑める機会が増えっから、ま、いっか

翌日の朝。珍しく朝早くに目覚めてしまった。最近は
前夜に酒を呑むと翌朝は決まって早朝に目覚める事が多い。
逆に呑まないと頭が冴えて朝まで寝られない。それ故に
翌朝に早起きしたい場合は酒呑んで酩酊するに限ると悟った。

「あの〜、Tという者ですが・・・」

朝10時何の前触れもなくその電話は掛かって来た。
かてつ訪タイされた客人たちは、全国各地の空港から
来たけどこんな時間帯に到着する便は初めてだった。

訊けばベトナム航空なるLCCでホーチミンを経由して
タイに到着したそうな。さらには電車を乗り継いで、すでに
ネットで予約した某ホテルにチェックインしたと言う。

案外、旅慣れしているヤツじゃないの〜

下手に動かれると迷子になりかねないので、オイラから
彼が泊まっているホテルに出向いたのだが、これがまた
何とも多国籍人が集まる猥雑な環境の中にある宿だった。

ドンドンドン
「あ、どうもです」

例によって、初めての場合はドアの上部に付いている
来客確認用の凸レンズを人差し指でふさいでドアを叩く。
Tくんは何の疑いもなく簡単にドアを開けてしまった。

危ないねぇ。相手を確認しないで開けたら襲われるよ
「あ、そうなんですか」

兎角、平和ボケした日本人は危機管理意識が欠如している。
さりとてTくんは昨年までは比較的治安が安全なアムス
テルダムに住んでいた海外長期滞在経験者である。

今は六本木のリッツカールトンホテルの日本料理店に
勤めているらしいけど、帰国すると危機管理意識も鈍感
になってしまうのかしら。ま、それだけ平和国家なんだな。

で、我が息子の1つ年上の25歳のTくんのだが、特に
遺跡や寺院などの観光には興味がないらしい。先ずは
空腹なので本場のタイ料理が食べたいとのたまった。

初めてのタイの初日にタイ料理は危険だぜ
「えっ、そうなんですか」

赤ワイン

お土産は赤ワインとバームクーヘン
東京銀座


かつて初日にタイ料理をたらふく食べた客人たちの
1人が食後に腹痛を訴えられて病院に搬送。その3日後
皆さまが帰国される日迄バンコクで闘病生活して帰った。

まさに貴重な体験。誰しもが体験することが出来ない
タイの医療技術を自ら体験されて帰られたのですから。
本人にしてみれば愉楽を体験せずに帰ったのは至極残念。
それ以来、初日にタイ料理を食べさすことはしていない。

めっちゃ美味い小龍包の店に行こか
「中華ですか、いいですねぇ」

で、普段なら北京飯店にお連れするのだが、2人だけでは
喫煙可能なVIPルームは座れない。しからばナラティワート
通りに面する台湾人経営の老舗の永和にご案内申し上げた。

「うわっ、この小龍包美味い。空心菜も美味いす」
だべ。この店は安くて絶品の味だかんね

永和豆腐


はたしてこの若者。痩せている割には食うわ食うわ。
1人でシンハービルを飲みながら小龍包、空心菜、
エビチャーハンをペロリとたいらげてしまった。
例によってオレは持参した焼酎を嗜んでいた。

さて、15時という中途半端な時間帯に昼食したせいで
晩餐に考えていた“フカヒレ&アワビ雑炊コース”を
食べに行くには何処かで時間を潰さなアカンかった。

さ〜て何処に行くべかな・・・

そもそもこんな時間帯は大抵の場合タイマッサージ店で
時間を潰すのだが、あんだけ食べた後の満腹状態では
さすがに少々危険を伴ってしまうかもしれぬ。

折角食べたモンをはき出されてもなぁ

仕方がないのでオイラの個人的な野暮用でTGと
ANAの支店に顔を出して時間を潰す。夕暮れ時は
バンコク最大の歓楽街のパッポンやタニヤ通りを散策。

「えっ、フジさんの息子さんなの

タニヤ通りで行き交う顔馴染みの子たちから、
親子に見られたようだが、年齢が近いだけに
あながち「違うよ」と弁明するのも面倒だった。

もう少し滞在が長かったらもっと彼方此方見せたいけどな

で、結局夜はタイ初心者向けに某カラオケ店で彼が気に
入ったタイ人キャバ嬢を相手に呑んだのだが、これが
お互いタイ語も日本語も話せず会話が弾まないときた。
仕方がないのでオイラが所々を通訳してひたすら和ます。

これが(オレの)息子だったらなぁ〜

日本人クラブ


と妄想しながら例によって持参した焼酎をロックで
煽りながら心地良い酩酊気分を味わっていたわけで。


asia_jiyujin at 16:30|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

October 20, 2014

第2718回「縁は異なもんです」

H氏より奨学金授与


へぇ〜凄い偶然やなぁ

まさに『縁は異なもの味なもの』の格言の如くである。
実は、先月のブログに記載した「恩師の古希の祝会
に出ていたF先生が、なんと今夏に道東を周遊した際
にお世話になった北見のH氏の知り合いと知って吃驚。

某日、H氏からのメールを読んで「世の中は狭いなぁ。
こんな偶然もあるんだ
」と心底人の縁に驚いた次第だ。


ブログで古希を迎えた恩師F先生の写真を見て、えっと
思いました。私とよく対立したと言うか、意見が合わな
かった校長ではありませんか。校長にとっても、年下の
私が異議を唱えることに我慢ができなかったことでしょう。
でも、F校長を高く評価する先生もいましたから、違う
角度から見ると良い指導者だったのでしょう。
それにしても、F校長が藤岡さんの高校時代の恩師とは、
本当に教育界は狭いですね。


確かに教育界も世間も狭いもんやなぁ

古希の祝い


確かオレの卒業した高校から旭川のエリート進学校に
転校になったまでは人伝いに聞いてたけど、校長になった
F先生が何処の高校で定年を迎えたのかは知らなかった。

確かに堅物で真面目な数学の先生だった。文化系が得意
で数学が苦手だったオレは高校1年の時に、居残りで
数学の面白さを熱心に教えてくれた先生だった。

高校2年の冬にオレの父親が胃癌になって余命半年を
宣告されたときから、経済的な理由で大学進学を諦め、
すっかり自暴自棄になっていた矢先の数学の授業中だった。

サイン、コサイン、タンジェントなんか覚えたって
卒業してから実社会で何かに役立つんかよ


とF先生を愚弄したら「教室から出て行け」と怒鳴られ、
その学期は殆ど授業に出なかった。ところが通信簿の
出席簿は全て出席になっていた事に驚いた。おそらく
は自暴自棄になっていたオレを気遣っての処置だろう。

高3の夏、父親は47歳の短い人生を終えた。高卒後、
夜学もデザインの専門校も中退し、その後は職を転々とし
紆余曲折な人生を送りながら何の因果か建築士になった。

で、ある時新築住宅の設計をやっていた時のことだ。
建設地の四隅のどれもが90度ではない。建坪率を出し
たくても古い土地だけに正確な面積が分からないときた。

この土地の面積ってどうやって計算すんだよ
「お前、学生時代にサインとか習わなかったのか」
サイン。はて過去に聞いた記憶があるような

その建設地の土地の面積を計算するときに初めて
サイン、コサイン、タンジェントを使うことになり、
あれ実社会で使うときもあるじゃん」と自己反省。
その後、恩師に謝罪の電話を入れたことを覚えている。

縁は異なもの味なもの』とはよく言ったもんで、何処で
誰と誰が繋がっているのか未知数である。今あるオイラ
の多くの縁人たちも、その殆どがタイ繋がりだもんなぁ。

縁は異なもの味なもの』であり『袖振り合うも多生の縁』。
人生を面白くするのもつまんなくするのも全ては『』次第。
だから、普段から『』は大切にして生きたいものである。

ところでサイン・コサインだが・・・

建築業界を去ってから20年。すでにサインもコサインも
その公式はまったくと言っていいほど記憶に残ってない。
今オレが生きてる社会では使うことは皆無なわけで。


asia_jiyujin at 10:35|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 13, 2014

第2717回「空翔る教授に感謝」

雨雲が近づく


慌ただしく嵐のように去っていたA嬢からメールが届いた。


Jさん
シンガポールに無事に帰国しました!
なんだかいっつも直前にバタバタしちゃってすみません。
飛行機乗れなかったらNちゃんに爆笑されるとこでした。

初のシーチャン島。癒されました〜。まあ実のところ、
シーチャン島だったからというよりは、Jさんと居たから
なんだと思います。不思議だなあといつも思うんだけど、
Jさんといる時間って自分が穏やかでゆったりした気分で
いられるんですよねえ。なんでしょう、この居心地の良さは。

知り合った15年前から変わらない感覚です。もしかしたら
前世で兄妹とかだったのかも!ってくらい、結びつきがある
ような気がしてしまいます。Jさんの面倒見の良さのおかげ
かもしれませんが。

とにかく、癒しの3連休を満喫させていただきました!
ではでは、次はいよいよシンガポールで!

新年はシンガポールで


いやぁ〜そない言うてくれると嬉しいやん

でも、感謝してんのはオレの方だったりする。15年前に
タイで袖振り合った多生の縁が未だに続いているのも奇跡。
何よりも親戚でも兄妹でもないのに、しかも親ほど歳が
離れてんのにいつも気兼ねなく自然体でいられるもんな。

A嬢も含めて未だに付合いが続いている当時の学生たちも
今は結婚して子育てに追われながら、たまに思い出した
ように第二子が生まれたとか、課長に昇進したとか、
マンション買ったとか、忘れずに近況報告メールが来る。

ホンマに嬉しいヤツ等やねぇ

オイラが老後になったら順番で介護をしてくれるという
心優しき福祉関係のヤツ等もいたけど、ホントに
そうなったらオムツも替えてくれんのかしらん。

いずれにしても、オレは昔の学生等も含めてA嬢と
Nちゃんと一緒にいるひと時は昔から妙に心が和み
愉しくて幸せを感じる。だから感謝してんのはオレ。

それにしても飛行機に間に合うて良かったぜ

ドンムアン空港


オレも昔熊本で講演を頼まれた時に、市役所の人が講演後に
どうしても宮本武蔵が寛永20年から死の直前の正保2年に
かけて、熊本市近郊の金峰山にある霊巌洞で執筆された場所に
案内したいと小雨降る中を車で行ったんだけど(オレは
あまり興味なかったんだけどね)実はその日は名古屋から
飛行機に乗って福岡から電車で来る御大と熊本駅で落ち合って
鹿児島に行く予定だった。見学後に急いで駅に到着して
券を買ってプラットホームに走ったら目の前に電車が到着。

まさに間一髪ギリギリセーフ

あん時はさすがに肝を冷やしたぜあわや乗り遅れる
寸前だったもんな。それ以外にもギリギリで新幹線や
飛行機に乗ったこともあったから、A嬢も大丈夫だろう
と思いながらも、なんせここは先が読めない国だからね。

何はともあれ間に合うて良かった

朝の散歩


おかげでいつかはLCCで訪タイされる観光客の為に、
旧国際空港のドンムアンをリサーチしようとは思って
ので、A嬢を見送った後に小一時間ほど空港内を見学。

それにしても超懐かしいなぁ

到着ロビー


昔はいろんな大学の学生たちを出迎えた到着ロビー。
ボランティアのコーディネートをした女子大生等と出発の
まで過ごした24時間営業のタイレストラン。

その内の十何人が我が部屋にスティして、その殆どの
子がその後にシンガポールやマレーシアやタイ、韓国、
などに留学した。A嬢もその中の1人。

ガパカオ食らう女


やがて大学を卒業して社会人になって数年が経ち、
結婚して子育てに追われる彼女ら。役職が付けば
家庭を顧みないで休日出勤に連日残業に追われる現実。

だが、どんなに辛くてもどんな苦境に立たされても
彼女らはそんじょそこらの柔な人間ではない。異国で
身につけた術を武器に真っ向から立ち向かう力がある。

考えてみれば不思議な人生だが、今思えば18年前に
1人の大学教授と知り合ってからオレの人生も変わった。
すでに定年を迎えられて故郷で静養されていると聞いた。

出来ることなら、もう一度お会いして感謝したいと
A嬢とも話していたのだが、人づてに聞くところに
よれば老いた姿を教え子たちには見せたくないと。

かつては“空翔る教授“と異名を持つほど世界中を
飛行機に乗って研究や調査していた人であり、自分の
ゼミ生等も毎年のようにタイに引率して見聞を広める
ために実習介護や視察などの海外研修を行っていた。

オレはそんな学生たちを現地で受けてアテンドさせて
頂いていたのだが、やがて学生等はゼミに関係なく
自分たちだけでも頻繁にタイに来るようになった。

今の時代は海外留学をする学生が減少したと聞くが
あの時代は多くの学生たちに世界に目を向けさせた
先駆者的な教授だった。先生が教え子たちにいつも
言っていた名言が「今を愉しみなさい」だった。

今を愉しめるようになったオレを含めて、アジアを
通して多くの学生たちに人生の価値観を変えてくれた
偉大な恩師に尊敬の念と謝意をお伝えしたい。

先生、長い間お疲れ様でした。貴方の教え子たちは
みんな立派に社会に役立つ人間として活躍しております。
学生たちとの出逢いで愉しい人生になったことに深謝



asia_jiyujin at 03:30|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 11, 2014

第2716回「大雨と共に去りぬ」

ジョディ夫婦と記念撮影


どうもお世話になりました
「また泊まりに来てね」

昨夜の願いが叶ったのかはカラッと晴れていた。
別れ際にジョディ夫婦と愛犬ボビーと記念撮影をする。
雨はしゃ〜ないにしろ、本当に癒されたひと時だった。

お洒落な部屋


タイ人にしては珍しく時間通りにトゥクトゥクが
迎えに来た。午前9時出港の船まで送ってもらった
のだが埠頭にはオレたち以外に誰の姿もない。

朝の港


港に立つ女


船を待つ岸壁で


取りあえず乗船して2階席のいちばんいい席を陣取る。
しばらくするとポツポツと人が乗り込んできて出港する
頃には満席に近いほど混み合っていた。

「風が気持ちいいわねぇ」

良い席確保


さらばシーチャン島


頬を伝う海風が妙に心地良い。だが、まだ午前中だと
いうのに南国特有の日差しが強くて頭皮が暑い。

来た時と同じく50分でローイ島の港に到着。それから
トゥクトゥクに乗り替えてバンコクのエカマイ長距離
バスターミナル行が来るTUKCOMターミナルへ直行。

今はシンガポールの日本人学校で小学校5年生を教えて
いるA嬢だが、本来はこのシーラチャにある日本人学校
が彼女の第一希望だった。もしこの街に決まっていたら
月に何度かはワインを鞄につめて来てたかもな。

バンコク行きが来たぜ。先に乗ってくれ

9時57分。ターミナルに着いてチケットを買いに窓口に
並んでいたら、いきなり大型バスが入ってきた。

グッドタイミングっていうかギリギリじゃんよ

この日はシンガポールに帰る前に、前にも行ったことが
ある癒しの“湯の森”の熱い温泉に浸かりたいとA嬢が
のたまった。まぁ1時間くらいなら大丈夫だろうと。

大型バスに揺られること2時間20分。バンコクの市内に
入った途端に慢性的な渋滞に巻き込まれた。途中で下りて
BTSに乗り替えようかとも思ったが、例によって
何処でも寝られる女』は口を半開きにしてグッスリ就寝中。

げっ雨かよ。参ったなぁ

バスターミナルに着くなり雨がポタポタ降ってきた。
すぐに止むと思いきやバケツをひっくり返したような
まさにゲリラ豪雨。ただでさえ時間がないっちゅうのに。

「Jさ〜ん、お腹空いたぁ」
「そっか、朝から何にも食べてないもんな

ガパカオ


例によって『食べないと動けなくなる女』にカオマンガイを
食べさせてあげようと思いながらも、すぐ目の前にある
屋台までの道が洪水状態でとても歩ける状態じゃない。

ガパカオ食う女


しばし雨宿りをするも一向に雨が止む気配無し。
仕方なくターミナル内を探索していると横手に
彼女の好きなガパカオの店を発見。そこに案内して
即効で食べさせる。さすがにオイラは食欲がねぇ。

シンガポールから来たときはLCCのジェットスターで
到着はスワンナプーム空港だったけど、帰りの便はLCC
のエアアジアで出発はかつての旧ドンムアン空港である。

これだけ雨が降れば渋滞は確実だし、いつも空港まで頼んで
いる日本語の流暢なTAXIが一向に電話を掛けても出ない。
フライトの時間は16:45だが、チェックインが15:45まで。

それに後れれば完全にアウトで乗れない。既に12:30。
最低でも14:30にはTAXIに乗せないと間に合わない。
食後にTAXIで湯の森まで彼女を送り、オレは一端帰宅。

最悪の事を想定していつものTAXIに乗せられない場合は
オレが彼女をドンムアン空港まで送らねばならんだろう。

やっべぇな・・・

スワンナプーム空港であればエアポートリンクが
あるから一番近い駅まで送れば時間は読めるのだが、
ドンムアン空港はTAXIしか移動手段がない。

そうこう考えを倦ねていると14:00に、いつものTAXI
からようやく連絡が来た。以前にも乗せた事がある女子を
ドンムアン空港まで送ってとお願いするも、どう足掻い
ても今いるところから1時間以上は掛かると断られた。

そっかぁしゃ〜ねぇな

BTSとバイタクを乗り継いで急いで湯の森に戻ると
妙にご機嫌なA嬢が丁度出てきたところだった。即
彼女を急かしてBTS駅まで行き、そこからドンムアン
空港に一番近い最終駅のモチットまで行くことにした。

時間は14:45。残り1時間。モチット駅までは
およそ30分と予想。そこからTAXIに乗り替えて
高速道路で行けば何とか1時間以内で着けるかも。

「大丈夫かしら。TAXIの方がいいんじゃない」
雨が降ったら完全に渋滞になる。危険じゃい

BTSに乗りながら、一昔前に流行った映画の
24-TWENTY FOUR』のジャック・バウアー
のように、心の中で時を刻む音だけが妙に響いた。

間に合うかな・・・

ま、かつてもこんな状況でも間に合ったことがあるしね。
焦ったところでマイペンライの心境でいなくちゃな。
14:15。BTSモチット駅に到着。すかさず走る。

A,右だ右歩道橋の下で停まっているTAXIを拾え

オレは彼女の鞄を持っているから、それほど早く走られない。
おまけに50歳を過ぎた運動不足の爺である。下手に無理
して転倒でもしたらそれこそ本末転倒っちゅうもんだ。

「あ、外国人に先越されちゃったわ」
大丈夫、あれに乗ろう

普段は黄色と緑色のツートンカラーの個人タクシーには
乗らないようにしているのだが、この場はそんな悠長な
選択してる場合じゃなかった。

運ちゃんドンムアン空港に大至急
「旦那。大丈夫。雨は上がったから10分で着くぜ」

ほぉ〜、実に頼もしい回答だが、ここはタイである。
そんなスムーズに行くはずがないじゃん。それでも
藁を持つ噛む心境でこのファジィなタイ人に託す。

高速に乗ったらアクセル全開で頼むぜ
「クラッポン

フランス映画のリュック・ベッソン監督『TAXi』に
出ているドライバーのダニエルの如く滑走。
メーターを除いたら120辧さすがタイ人だぜ。

ドンムアン空港


14:31。無事にドンムアン空港に到着。公約通りでは
ないにしろ14分で着いたのだから十分合格である。
これで高速道路の出口が混んでたら完全にアウトだった。

残り14分。ドアを開けると急いでカウンターに走るA嬢。
おもむろに鞄を引きずりながらゆっくり出発ロビーに入るも、
未だにジャック・バウアーの如くドク ドクっとオレの
心臓の鼓動と時を刻む音が重なって鳴り響いていた。

ふぇ〜なんじゃいこの人混みは

出発ロビー


10年ぶりに来た懐かしの空港はタイ人グループやら
中国人団体客から欧米人やらまるで芋洗い状態の如く
人種の坩堝と化していた。何処にA嬢が並んでんのか見えん。
遠くを見ると小柄な女性が背伸びしながら手を振っていた。

「時間が無いからこのカウンターでチェックイン出来るって」
ふぅ〜まったく君ってぇ子は・・・

こういう女を人は“持っている”って言うんだろうな。
確かに今までの人生で自分の夢をことごとく叶えてきた
まさに“持っている”女にはもはや恐いもの無しなのか。

「じゃあ、新年はシンガポールで待ってるからね」
おう、気ぃつけて帰れよ

パスポートコントロールで彼女を見送った途端に
膝の力が抜けた。その足で久しぶりのドンムアン空港
の中をゆっくり時間を掛けて歩いた。2階には離発着
する飛行機が見学出来るガラス張りのフロアーがある。

16時45分。お、あの赤い飛行機かな。バイバイ

エアアジアで飛び立つ


家に帰り体重計に乗ったら2圓盡困辰討い拭F本に
帰国して酒三昧で激太りした体がようやく元に戻った。

ふぅ〜愉しかったけど、最後は妙に疲れたな


asia_jiyujin at 12:30|PermalinkComments(4) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 10, 2014

第2715回「アズと大雨の女王」

シーチャン島を展望


晴れてんじゃん。散歩に行くぜ
「ふぁ〜い、朝食も食べた〜い」

朝起きてベランダに出ると空はカラッと晴れていた。
昨夜の酒が残っているせいか妙に後頭部が怠かった。
いつもなら昼過ぎまで寝ているオイラだけに、
さすがに頭と体の細胞がまったく機能してない。

ナニコレ
「海洋研究所のようだけど」

チュラロコン大学のミュージアム


英語が堪能なA嬢はすかさず看板の文字を理解するが
オイラは本能的にタイ政府か大学の研究施設だと察知。
見るとおよそタイらしくないような建物と博物館がある。

チュラ大桟橋


水族館らしき施設前で出逢ったタイ人スタッフに訊くと
ここら辺の土地はチュラロンコン大学の水産研究所と
博物館がある大きな公園なんだとか。

へぇ〜どうりで綺麗な砂浜だと思った

ビーチ


十分泳げるほど海は澄んでいたけど、訊けば肌を露出する
ようなビキニは御法度。水着の下に短パンとTシャツを
着て泳ぐなら問題ないそうな。どうしても水着で泳ぎたい
なら島の反対側にあるビーチに行きなさいとのこと。

ビーチ探索


どうやらこの小さい島には規制がなく自由な格好で遊泳が
出来るビーチは1カ所しかないようだ。ゲストハウスまで
歩いて帰る途中で、ポタポタっと小雨が降ってきた。

こりゃあ(スコールが)来るな
「Jさ〜ん、お腹空いたよぉ〜」

ゲストハウスに着く寸前に小さな麺屋があったので雨宿りを
兼ねて入った。オレはラーメン。A嬢はウドン。
麺が茹であがる時にはバケツをひっくり返したような豪雨。

「凄い雨ねぇ」
ま、すぐに止むさ

シーチャン島を一望す


朝昼兼用の食事を終えてから宿に戻り、昨日のトゥク
トゥクの運ちゃんに連絡して島内の観光を依頼した。
すぐに迎えに来た車に乗って、いざ島の観光へ。

先ずは高台に聳え立っている紅色の中国寺に案内される。
階段は辛いので斜型ロープウェイに乗る。終点に着いて
てっきり高齢者用の無料サービスかと思ったら、目の前に
ちゃっかりドネイションBOXが。中国を侮ったらアカン。

斜めロープウェイ


やたらと黄金色の仏陀様の像と紅色の壁が目に付く。
奥に進むと、何やらけったいな洞穴に続いていた。
中に入るとこれでもかと壁一面が黄金色に塗られ、
正面には一際輝く黄金の仏陀様が鎮座している。

うっ苦しい。あれ息が出来ねぇ

中国寺を参拝


霊とかの部類ではなく。これはありとあらゆる
魑魅魍魎がこの洞穴に集結しているような感じだ。
A嬢に事の成り行きを説明して即刻その場を出た。

「大丈夫、Jさん」
う〜ヤバイよ。死ぬかと思ったぜ

中国寺からの展望


階下に降りてくると、途端に息が吸えるようになった。
人には“合う界”と“不得手な空間”があることを
再認識する。それをイチイチ何故とか解析することも
なく単に“ここはタイだから”と深考することもない。

狭い道路を進みながら「ここは島一番のホテル」とか
「ここは○●の美味い店」とか説明しながら滑走する。
で、次に着いた場所が島一番のビューティフルスポット。

おぉ〜綺麗な岸壁じゃねぇか

島一番のビューティフルスポット


まるで自殺の名所のような断崖絶壁の場所だが、
高所恐怖症のオイラにとっては苦手な観光名所だ。
A嬢が絶壁の先端まで歩いて行くというので途中で待機。
ところが急に空が暗くなり雨雲が上空を覆い始めた。

おぉーい。雨が降るから戻ってこ〜い

ビューティフルスポットに突然の雨


ポタポタ、と小雨が降り出したと思ったらすぐに
バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨状態。
近くのカフェに入り、しばし止むまで雨宿り。
本日2度目のスコール。ま、モンスーン気候だからな。

「このアイス美味しい〜」
えっまた食べてんの。君はローラかよ

気がつくと、この肌寒い中をまたもアイスを食べていた。
午前中の散歩でもアイスを食べていたのに、とかく世の
女性どもは甘いモンとアイスがやたらと好きだよなぁ。

トゥクトゥクの運ちゃんに電話するも出やがらない。
ふと道路を見ると違う観光客を乗っけて走り去った。

おいおいオレたち専属のチャーターじゃねぇの

ま、風が吹けば桶屋が儲かるが如く雨が降れば
トゥクトゥクとTAXIが儲かる国なのである。
マイペンライだと、しばし雨宿りを続行。

客を降ろして迎えに来た運ちゃんに、この島一番の
ビーチに案内して貰った。携帯電話の電波が入りにくい
場所だけに1時間後に迎えに来るようにして別れた。

お〜なんか昔来た時と随分変わってんじゃん

ビーチに到着


以前まではビーチパラソルもなければバナナボート
だってなかった岩肌剥き出しの自然そのままだったのに。
今や大量と砂を引き詰めて人工的なビーチになっていた。

「うわっ、水がぬる〜い」

綺麗なビーチを満喫


A嬢がゴープロを使って水中撮影を始めた。スマホを
使って遠隔操作も出来る代物だって言うんだから、
こちとらアナログ人間には技術の進歩に驚かされる。

「うわ〜、綺麗な魚が泳いでいる」
お、ホントだ。早ぇ〜

潜水するオイラ


小一時間ほど波と戯れた後に溺れた土左衛門のように
海面を大の字になりながら浮遊する。これぞ究極の
リラクゼーション。それを見たA嬢が私もやりたいと
のたまうので、全身の力を抜けば浮くとコツを伝授。

ところが一般的には皮下脂肪が多い女性なら黙って
いても水面浮遊出来るはずなのだが、彼女はすぐに沈む。
死海に行けば15ポンドのボーリング球でさえ浮くのに。

やっべぇ(海を)上がるぞ。雨が来る
「え、さっきも降ったばかりよ」
まるでインデペンデンス・デイみたいな雲だな

突然のスコール


上空を見上げるとまるでUFOの巨大空母のような
大きくて黒い雲が結構なスピードで迫ってきている。
こりゃあ、さっきよりも土砂降りになりそうだな。

「ぎゃー、どこに逃げても雨が吹き込んでくるわ」

高台にある屋根付のドーム型の待合所に逃げ込んだが
壁がないので雨が中まで吹き込んできた。ふとビーチを
見下ろすと、こんな土砂降りの大雨の中を嬉しそうに
はしゃぎながら泳ぐ数人のタイ人たちの姿が見えた。

こんな豪雨なのに楽しそうに泳いでるぜ

豪雨の中を泳ぐタイ人たち


タイ人にしてみればクソも味噌も一緒。濡れてしまえば
雨も海も同じ事だろうから、ここは最大限に楽しむんだな。
時間通りに来たトゥクトゥクに乗り帰宅するとジョディが
傘を差してオレたちの部屋のカギを開けてくれた。

「今日はよく(雨が)降るわねぇ」
う〜体が冷えて寒いよぉ〜

水着を干す


トゥクトゥクの運ちゃんに観光料とチップを含めて300B
を支払い、明日の朝8時半に迎えに来るように頼んだ。

熱いシャワーで体を温め、お湯を沸かして熱いコーヒーを
飲みながら内蔵を温め、さらにはドライヤーの熱風で
体全体をくまなく温めた。風邪でも引いたら洒落にならん。

「お腹すいたぁ〜」
細い体の割にはよく食べる女だな

もっとも辛いエスニック料理が大好物な彼女にしてみれば
本場のタイ料理は日本の料金の10分の1で食べられる
だけに、ここぞとばかり堪能したいだろう。

ましてや日本より物価の高いシンガポールに住んでいれば
タイの価格は頗る安く感じるだろうね。しかし、普段から
タイ料理を食べないオイラはもっぱらワインと洋酒を嗜む。

かんぱ〜い
「イカが美味いわぁ」

今夜のディナー


今夜も昨夜と同じシーフードの屋台。昨夜はどれも味付けが
濃かったので炭火で焼いてもらって味付けは自分らでやった。
隣のテーブルにやたらとテンションの高いタイ人家族が。

訊けばナコンパトム県から来たらしい。タイ語を話す
日本人が珍しいのか、自分たちが呑んでいたブランディ
をご馳走してくれた。なんでもこの島に役所に勤める
旧知の友人がいて、その彼が経営するバンガローに宿泊。

宿泊料金を訊くと無料だから分からないと。
おそらく800Bくらいだと言うが部屋は狭いらしい。
まぁ、なんともタイ人気質というかマイペンライだな。

部屋に戻り、再びワインとビールで部屋のみ開始。
例によって昨夜と同じ結果になったのは言うまでもない。

それにしても今日はよく雨が降った日だねぇ

二日目の部屋呑み


「私は晴れ女よ」と自慢するA嬢だが、はたして
オレも晴男だけどさすがに雨季の最終月には叶わん。
「明日こそは晴れてくれよ」と切望するも・・・。


asia_jiyujin at 03:03|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

October 09, 2014

第2714回「癒しのシーチャン島」

シーチャン島に上陸


「うっわぁ〜、海が綺麗」
お〜水が澄んでんなぁ

シンガポールの日本人学校に赴任したA嬢が現地の
三連休を利用してタイにやって来た。彼女からの
リクエストが「バンコクの街中より綺麗な海で
のんびりしながらビールが呑みたい」と。

大概の人がバンコクから近場のリゾートと言えば
かつては東洋のリビエラと呼ばれたパタヤを想像
するが、今やあの町はマイアミ並みに犯罪率が高い。

新聞やニュースでは毎日のように外国人を狙った
スリや置き引きや睡眠薬強盗に抱きつき強盗など
日常茶飯事的に犯罪が多発している猥雑な街である。

今年の2月に籍を入れたばかりのか弱き新妻に
何かったら日本の旦那のNちゃんに会わす顔がねぇ。

ならば外国人もあまり行かねぇちっちゃい島にしょ

シーチャン島一望


ということで国際空港でA嬢を出迎え、そのまま空港
からシーラチャ行のワゴン車(110B)に乗り込んだ。
1時間50分で現地に着くと外は小雨が降っていた。

「Jさんお腹空いてもう動けな〜い
じゃあロビンソンのフードコートで何か食うか

シーラチャでランチ


港からの船の出発時刻が気になったが、腹が減っては
戦が出来ぬばりに2人してタイローカルフードを食らう。
久しぶりの辛いガパカオ(バジル飯)に舌鼓する前で
タイ料理が苦手なオレはラートナー(あんかけウドン)。

トゥクトゥク


食後、腹を満たして外に出ると雨が止んでいた。
目の前に止まっていたトゥクトゥクに交渉(60B)
して離島行の船が出るローイ島の港まで滑走する。

お〜い乗る乗る。待っちくれぇー

トゥクトゥクでローイ島の港へ


港に着くと、今まさに船が出港する寸前だった。
2人分の船代(50B/人)を支払って急いで乗船。
これに後れたら次の船は1時間後になっちまう。

「Jさん間に合って良かったね」
ふぅ〜君といるといつもギリギリだなぁ

船内は満席


船内で


夕方の船内は満席に近かった。西に傾きかけた太陽が
海に反射して眩しかった。タイ国第2の大きさを誇る
レムチャバン港には、日本を含めていろんな諸外国から
大量の物資や資源を運ぶ大型タンカーが集まってくる。

「私ね、どんなところでも寝られる体質なの」と
のたまうA嬢は燃料臭い船内でうたた寝していた。
オレもウトウトしかけたときに港が見えて来た。

おぅ間もなくシーチャン島に着くぜ
「ふぁ〜い。もう着いたの」

シーチャン島の港


数年前に北海道は道東の佐呂間から遊びに来られた
メコン基金の会員さん等を連れてきて以来の上陸だ。

おぉ〜ここはちっとも変わってねぇなぁ

事前にネットで予約してあったゲストハウスから
連絡を受けていたトゥクトゥクが迎えに来ていた。
すぐに乗り込み、島の狭い道を滑走するとものの
5分で目的地に着いた。(60B)

ベルギーの国旗


「サワディカー。予約してくれたフジさんね?」
サワディクラップ。どうもお世話になります
「うっわぁ〜お洒落な部屋じゃない」

ジョディーズハウス


ネットで予約したジョディーズハウスは1泊の
素泊まりが1,200B(朝食無)のローカル価格。
ベルギー人の旦那さんとタイ人のジョディーが
経営する僅か2部屋の家族的な雰囲気の宿だ。

早速部屋に入りA嬢はベッドに横たわり旦那に
LINEで無事に目的地に到着したことを伝える。
本来ならNちゃんも来たかったのだが、生憎
昔の同僚の結婚式で韓国に行っているらしい。

2年前迄はハノイで働いていたNちゃんは、その後
日本に帰国して今は東京のデザイン会社に勤務。
で、今度は彼女がシンガポールで働いている。

LINEで


いったいこの2人はいつまで超遠距離恋愛を続けてん
だろうと心配していたら、今年の2月の彼女の誕生日に
目出度く籍を入れた。でも今度は遠距離の別居婚だぞ。

ま、形にとらわれん夫婦もいいわな

宿を出て1人で近くを散歩していたらすぐに浜辺に着いた。
しかも十分泳げるほど海が綺麗である。ふと見渡すと
すぐ近くの埠頭で釣りをしているタイ人たちがいる。

まるで時間が止まったようなのどかな風景にしばし
見入っていた。宿に戻りA嬢を連れ出して再び埠頭へ。
見ればおばちゃんがカラフルなルアーで何かを釣ってる。

何が釣れんの
「イカよ。今夜の夕食はガーリック焼きよ」
へぇ〜美味そう

初日のディナーはシーフード


そんな会話をしていたら急に腹が減ってきた。A嬢と
島内の道を歩きながら島に一軒だけあるセブンイレブン
で冷えたビールを仕入れてジョディーに教えて貰った
なまら美味いという評判のシーフードの屋台へ行った。

「シーチャン島にかんぱ〜い」
ここって意外といいとこだな

ネオン煌めく歓楽街らしきものもなければ、耳をつんざく
クラブやGOGOBARもない。まさに究極の癒しの楽園。
オレは着いた瞬間から携帯電話をオフにして時計も外した。

これで時間に追われることもなく、突発的な依頼や野望用
が来ることもなく、心行くまで命の洗濯が出来るぜ。
部屋に戻ってからもTVを点けることなく二次会の開始。

おっこのフランスワインいけるねぇ
「バンコクに着いてから空港の免税店で買ってきたの」
いいねぇ、幸せの極みこれでNちゃんがいればなぁ

極馬イカ


A嬢が韓国に滞在している旦那にLINEを使って会話を
始めた。オレも何かを話したらしいのだが全く覚えてない。
この後何時まで呑んで何を話していたのかさえ記憶無し。



うっ(体が)冷てぇ

翌朝起きるとA嬢はベッドの上で腹を出して寝ていたが、
オイラは布団にくるまって冷たいタイル床の上で寝てた。
普段から腰痛持ちの人間には堅い床は頗る気持ちが良い。

それにしても昨夜は何時に寝たんだ・・・

部屋の時計は電池切れで正確な時刻は分からなかった。
酔っぱらってそのまま落ちたようだがまさに呑んべぇ
のオレにとっては究極の理想的な就寝ではないかしらん。


asia_jiyujin at 21:40|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

October 02, 2014

第2713回「今そこにある木曽」

山小屋のK氏


そのうち君に会いに行くよ
「是非、一度御嶽山に登ってきて下さい」

Kさんと知り合ったのは今から3,4年前だったと思う。
タニヤの神楽で偶然一緒に呑んだのが最初だ。
日本の冬の間はバンコクに長期滞在しながら現地発行の
情報誌に記事を寄稿していたフリーのカメラマン&ライター。

所謂オイラと同じ同業者だったわけで、この業界では
珍しく物腰が柔らかく、人の悪口も言わず愚痴や
不平不満の類は一切喋らない愉しい人物だった。

以来、毎年タイが乾季になる頃にバンコクにやって
来た彼とたまに連絡を取り合い酒を酌み交わした。
夏場は御嶽山の山小屋で働いていると聞いて興味を持った。

木曽のナー中乗りさん 木曽の御岳さんは 
ナンジャラホーイ 夏でも寒い ヨイヨイヨイ


古い人間であれば一度は聴いたことがあるであろう長野県
木曽地域に古くから伝わる民謡の木曾節の一節である。

その彼が夏場に働いている御嶽山が先月の27日に突然
何の前触れもなく噴火した。昨日の時点で、新たに23人の
死亡が確認され、これまでに確認された分を含めて死者は
合計48人となった。

Kさん大丈夫なんかなぁ。生きてんのかな

御嶽山噴火


彼の安否が気になり、御嶽山が噴火した日から連日
TVにかじりつきながらNHKニュースを食い入るように
観ていたのだが、彼に関する情報は一切なかった。

ところが、それから5日後の10月1日の夕方17時の
NHKに流れたニュースに、彼がインタビューされている
姿を観てホッと胸をなで下ろして安堵した。

あぁ・・・良かった生きていてくれてありがとう

以前と比べて多少太った感じだったけど、あの噴火の中で
何とか生き延びたようだ。ただ、事態は収束したわけでは
なく、今も尚、御嶽山の噴火活動は続いている危険な状態。

8月の20日未明に発生した広島県広島市の北部での
集中豪雨による大規模な土砂災害で多くの人が亡くなった。

地震といい津波といい、大雨による土砂災害に
活火山の噴火も含めて、日本はこの数年で多くの
然災害に遭遇し多くの尊い命を失っている。当たり前の
ように平和に生きていた日々が、一瞬にして変わった。

身勝手に自然を破壊する傲慢な人間たちに地球は
怒っているのか。それとも泣いているのか。戦後
いろんな犠牲を払って高度成長してきた日本も、
近年俄に高度成長を続けているタイも然り。

自然資源は無限ではないのだ

今世界中で起きている紛争や戦争も含めて、やがて
起きるかもしれないアルマゲドンの前に、民族紛争や
醜い争いを止めて人類は何をなすべきなのか。

そんな地球規模のデカいテーマまでは無力の
オイラには想像もつかないが、御嶽山にいる
K氏の安否が確認出来ただけでも良かった。

Kさん、また何処かアジアの空の下で呑もうぜ

御嶽山の噴火で不幸にも亡くなられた方々の冥福を祈ります。


asia_jiyujin at 03:51|PermalinkComments(4) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう