January 2015

January 31, 2015

第2768回「風水歴十二支占い」

二軒は酩酊状態



とても穏やかな一年です。気持ちも運勢も穏やかで
静かな海面のように波がありません。アルコールのせいか、
疲れのせいか、今年は肝臓が弱りぎみ。悪化しないうちに
気をつけましょう。どうしても飲まなければならない時は、
ウコンなどを飲むといいでしょう


だってさ。いやはや参ったね。あまりにも図星というのか
今の荒んだ現状を見透かされた状況じゃん。このままでは
占いに書かれているように肝臓が悲鳴を上げるかもしんねぇ。

誰か“ウコンの力”のスティック状のヤツ買って来てぇ

大戸屋で晩餐会


実はあの日N氏等6人が空港に向かうのにエアポートリンク
駅まで送った後に、神楽のK社長から呑みの誘いが入った。
で、その直後に今度は先週から訪タイされてパタヤに
滞在していた札幌のT社長から電話が入った。

「今バンコクに向かってるから一緒にフカヒレ食おうよ」
今っすか分かりました。これから向かいます

カラオケを唄う


このT社長は事前に連絡してくることがないだけに、いつも
突発的に呼び出される。幸い晩餐会の場所が例のフカヒレ
&アワビ雑炊の店だったから、神楽に行く前に向かった。

タニヤ


「おぅ、藤岡さん元気でやってたの」
毎晩呑んだくれてましたよ

トゥクトゥクでタニヤへ



で、フカヒレ店を出た後にT社長とH先生を無理矢理誘って
トゥクトゥクに乗って神楽に行くも僅か10分足らずで出て、
T社長のお目当ての店に行って呑んだ。

突発的なT社長


小一時間ほど呑んでT社長等と別れてから、再びオイラは
神楽に戻ってまで呑んだくれていたらしいのだが、全く
記憶にないのだ。ホントよく毎回無事に帰宅できるよな。

わっちゃ〜なんじゃこの荒れようは・・・

例によって泥酔状態で帰宅するも翌朝の部屋は悲惨すぎる
ほどぐっちゃぐちゃの散乱状態だった。眼鏡は無くすわ、
3台持っていた携帯電話の1台がどっかにいっちまった。

その端末機に掛けてみたらベッドの下から呼び出し音が。
で、夕方近くに神楽のW店長から眼鏡ケースに入れておき
ましたよ、と連絡が来た。いろんな人に迷惑を掛けてんな。

アホやでそのうち本当に致命的な怪我をするぞ

それにしても今年は年明けからずっと呑みっぱなしである。
酒を呑まんかったのはシンガポールから戻った日だけかな。

最近はタバコに火を点けるときや、文字を書くときに指先が
細かく震えるようになった。これはもはやアルコール依存症
の初期症状じゃねぇのか。おまけに部屋で食べるときでも
ワインや焼酎で晩餐するのが習慣になってしまった。

逆に呑まない日は目が凛々として睡魔さえ襲って来ない。
やっと眠りにつけるのは、朝の9時を過ぎた頃である。
無理に早寝をしても頭が冴えて寝られんのだ。

結局酒の力”を借りなければ寝られない体になっち
まったわけで、しかも浴びるほどにだ。その酒の為に
ウコンの力“が必要になったら本末転的じゃんね。

あながち風水歴十二支占いは間違ってないな

ま、来月初めからはメコン基金の最後のスタディツアー
が始まる。しばらく田舎町に行けば、さすがに浴びる
ほど呑むこともないだろう。いや、来られるメンバーを
考えれば・・・・たぶんしこたま呑むだろうな。

もう、手が震えるようになったらお終いじゃて


asia_jiyujin at 01:00|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 30, 2015

第2767回「再訪泰アジア男塾」

ナナプラザ


よぉ〜N元気だったかぁ〜
「ご無沙汰してました。藤岡さん」

御大たちをホテルまで送った後で、夜の路線バスに
乗ってN氏が滞在しているナナに向かった。待ち合わせの
ホテルのロビーで再会を果たしてお互い熱いハグをする。

断っておくがゲイではない

3,4年前に帰国した時にも、札幌のススキノの街角を
歩いていた時に、ぶつかりそうになった相手が偶然N氏
だった。思わず懐かしくて人目もはばからずに熱いハグ。

何度も言うがお互いゲイではない

カウンターバー


懐かしくもN氏の元気な姿に嬉しさが込み上げてきた。
かつてS氏が団長を務めて男の道を究める名目で地元の
若き二代目漁師たちを引率してタイにやって来た。

オレはそんな若者たちに『アジア男塾』と称して現地で
いろんなサポートをさせて貰った。時にはタイ東北部
ノンカイ県の中学校で、200人分の日本カレー作って
生徒たちに食べて貰ったこともあった。

またある年はビルマとの国境に近いタイ北部チェンライ県
山奥に118人の少数山岳民族のアカ族が住む村で、
餅をついて甘いお汁粉とゼリーのスィーツを村人に食べて
貰った。小学生たちにはジャージとサンダルを寄贈した。

それ以外でも、いろんな想い出が今でも鮮明に残っている。
とにかく良いヤツ等ばかりで、オイラが9年前にタイで
胃癌手術をしたときは、激励内輪と見舞金まで頂いた。

その後も北海道に帰国して道東で静養生活をさせて頂いた
時も男塾のみんなの温かい優しさに癒された。

(この時点で多少の年数の誤差はあると思いますので
興味のある方は過去のブログを遡って読んで下さいませ)

いずれにしても、オイラが足を向けて寝られないほどの
恩人の1人だけに懐かしさも感極まっての熱いハグだった。
今回は5人を伴っての組合関係の視察旅行らしいが
知っている顔はN氏だけだった。

かる〜く呑もうか

ナナで再会


その日の夜は、着いたばかりで疲れていることもあり
近場のナナプラザで軽くジントニックを呑んで別れた。

で、何故かその日は1人で深夜食堂に行って極旨の
豚汁を食べて帰宅したのだ。しかも殆どしらふ状態。

たまには記憶がある夜もあんのやねぇ

で、翌日はN氏の希望で再びチャイナタウンへ行った。
中国人街はいろんな商品が売られている問屋街でもある。
今年は2月19日が春節(中国正月)だけに、街中には
すでに春節用の飾り物がいっぱい道端で売られていた。

「凄い街だなぁ」
バンコクで最初に出来た歴史のある街だからね

トゥクトゥク送迎


小一時間チャイナタウンを散策してから昼食の店を
探すも適当な場所がなかったので、トゥクトゥクに乗って
いつものフカヒレ&アワビ雑炊の店に6人をご案内。

「うぉ〜、何これなまらうっめぇ」
「おぉ、なまら美味いべさ」

アジア男塾


懐かしい道産子弁が飛び交う中で、みんながビールを注文。
オレとN氏は日本の焼酎を一本卸してオンザロックで乾杯。

あぁ、幸せだ今日も昼間っから酒が呑めるなんてさ

さて、N氏等と別れて今度は夕方からY御大たちとの
晩餐会に呼ばれる。当然その店でも当たり前に焼酎が
1本卸され乾杯と相成ったわけだが、食後は3日前に
行ったタニヤの日本人クラブで再び呑むことになった。

「今日が最後だからフジさん一緒に呑むべ」
いいっすよぉ。Yさんたちと呑むと楽しいっすからねぇ

で、再びタニヤの店で呑んでいたらN氏から電話が。
途中で抜ける訳にもいかず、同じ店に呼んで呑むも
この時点ですでにオイラはかなりの酩酊状態だったらしい。

おし、呑むぞN
「大丈夫っすかぁ藤岡さん」
あたぼうよ。これくらいで酔うかよ

気がつけば、N氏と深夜食堂で焼酎を卸して呑んでいた。
もちろん久しぶりに呑んだだけに、今までの思いの丈が
口を突いて酒も手伝ってかなり遅くまで呑んでたらしい。

うぃ嬉しいよN。またタイで呑めるなんてなぁ

後日N氏から聞いた話では、この後グラスを持ったまま
落ちたらしい優しい気遣いの彼は、そっとオレの手から
グラスを外してしばらく傍観してくれていたんだそうだ。

「Nめんぼくねぇご迷惑をお掛けしました

翌日、N氏たち6人は視察を兼ねてパタヤに行った。
その2日後に帰国する前に空港に荷物を預けて再び
バンコク都内まで来てくれて大戸屋で晩飯を食べた。

大戸屋で晩餐会


「藤岡さん、また来年タイに来ますから元気でいてね」
帰ったら昔の塾生たちに宜しく伝えてくれな


asia_jiyujin at 06:55|PermalinkComments(0) 藤岡わこう 

January 28, 2015

第2766回「まさかの連夜酒盛」

初トゥクトゥクにご機嫌


まず最初にお断りしておきます。人生とは自分が
思い描いている通りにはいかないということ。

そう禁酒とまではいかないまでも、しばらくは本気で
酒を控えるつもりだったのは間違いないのです。
それが、まさか6日間も続けて酒盛状態になるとは・・・。

とかく人生とは人様の縁に左右されるものなのです



どうもYさん。長旅お疲れ様でした
「いやぁ〜フジさん。久しぶり」

3年ぶりにゴルフツアーで来られた札幌の
Y御大とは15年来のつき合いになる。すでに70歳を
越えていられるのに元気な人だ。今回は7人
の参加者で1週間ほど滞在されての帰国になる。

もう20年近く続いているという札幌の某社が主催
するゴルフツアー。一時の盛況期は20名以上が
参加される人気のツアーだったが、長年の不況と
円安が重なって参加者が年々減少しているらしい。

過去には現地でオイラも参加して何度か一緒にラウンド
したこともあったけど、胃を切ってからは自慢の飛距離
も落ちて、さらに体力減退でとてもつき合えられない。

そりゃあ〜そうだべ

毎朝早起きして日中は炎天下で汗をかきながらのゴルフ。
終われば皆さまをタイマッサージにご案内。晩餐後には
お決まりの日本人クラブでの呑み会で帰宅はいつも午前様。

翌日も殆ど寝ないで灼熱の太陽の下で再びゴルフである。
若い時なら2週間連続でもへっちゃらだったけど、
さすがに胃癌を切ってからは無理が出来まへん。

それにしても皆さまご高齢の割に元気ですなぁ

どうして日本から来られる御年配の方々はあんなに
元気なんでしょ。オレの方が若くて体力もあるはず
なのに、やはり戦前戦後生まれは体が丈夫なんだな。

Yさん、お腹すいたでしょ
「2人も一緒に飯食べに行くからさ」
はい、分かりました

来る前は、いつも一緒に来ていた友達と不仲になったとかで
Y御大1人のアテンドのはずだった。当然2人切りなら酒を
呑むことはない。ところが、タイに来る機内で仲良くなったと
いう苫小牧の2人を食事に誘うことになった。これが後から
飛んでもないことに発展するとはこの時は知るよしもなかった。

初めまして藤岡です
「藤岡さん、20年もタイに住んでるんだって?」
はい、気がつけば20年過ぎました

15年前からツアーに参加していた苫小牧のY氏は
今回友人のI氏を無理矢理誘って来たのだとか。
会食が始まりオレは酒も呑まずに傍観していた。

えっ、Iさんも胃癌手術したんですか
「おたくも胃を取ってんのか」
はい、全摘しました

ホテルに割と近い居酒屋にご案内してからI氏が
胃癌摘出者であることを知る。しかも9年前の同時期。
急に意気投合して誘われるがままに酒を口にしてしまった。

くぅ〜うめぇ
「お、いける口だね」
いえ、嗜む程度です

酒を嗜まないY御大には申し訳ないが、急に親しみを
感じてしまったI氏と盃を重ねた。もう1人の
大きな声で笑う気さくなY氏も豪快で愉快な人だった。

「藤岡さん、この後どっか案内してくれんか」
はい、お安いご用ですとも

酒を呑まないY御大をホテルまで送り3人でホテルの
近場にある馴染みの日本人クラブにご案内。
小一時間ほど呑んでから、馴染みのキャバ嬢たちが
ホテルに行って一緒に呑みたいとのたまいやがった。

「ね、フジさ〜ん、いいでしょ」
またお前かよ
「お酒が飲みたいのぉ」

部屋呑みす


かつての愛読者ツアーですっかり親しくなってしまった
キャバ嬢のT子。ビールが好きで、店で横に座らせた時は、
遠慮無く死ぬほど呑みやがる恐怖のウワバミ娘だった。

だがI氏が日本からオールドパーやらチューハイやら
大量に鞄に入れて持ってきたからと、あっさり快諾。

オレどうなってもしらないっすよぉ
「楽しいからいいだろ。フジさんも付き合えよ」
だって、明日は2人ともゴルフでしょ
「大丈夫だって」

ウワバミ娘


つい数時間前に初めてお会いした10歳以上も離れた
御年配の2人なのに酒を交わすうちにすっかり
意気投合して、すっかり酒呑み仲間になっていた。

あれもう6時っすよ
「それは大変だ。ゴルフに行く支度しないとな」

気がつけば腕時計は6時を指していた。ウワバミ軍団は
途中で帰ったらしくI氏はいつの間にか部屋に戻っていた。
その後すっかり気が合ってしまったY氏と朝まで酒呑論議。

じゃあ熱中症に気をつけて楽しんできて下さい
「ホテルに戻ったら連絡するよ」
「フジさん、今夜も楽しく呑むべ」

迎えに来たゴルフツアーのワゴン車に皆さまを送り
1人BTSで帰宅して倒れるようにベッドに落ちた。
あぁ、今年になって、すでに3回目の帰りである。

う〜気持ち悪ぃ〜あったま痛ぇ〜

Y御大からの電話で起こされたのは午後3時を過ぎて
いた。かなりの超二日酔い状態で目覚めるも、再び夕方
から合流しての酒呑み晩餐会が始まった。

例によって食後にY御大をホテルに送った後に、再び
スクンビット界隈の日本人クラブを数軒回るも2人の
お好みの相手が見つからない。

「フジさん、タニヤに連れて行ってくれよ」
行ったことあんですか
「昔行った馴染みの店があるからさ」

結局、オイラの古巣の職場にご案内するも、店の外で
待機していたキャバ嬢を一目で気に入りそのまま入店。
偶然にも、その店にはオレの古いボトルがキープされてた。

「じゃあフジさん、かんぱ〜い」
あ〜ぁ、もうオレ止まんなっすよ

先ほどの店で焼酎一本を3人で空にしたばかりなのに
今度はバーボンのジャック・ダニュエルに手をつける。
すでに内臓の中ではオンザロックのチャンポン状態。

だからY先輩。○×△・・・・
「そうだろ。聞けフジさんよ。俺はな・・・」

日本人クラブにて呑む


もうお互い何を話しているのか訳が分からない。
傍らで黙って聞いていたI氏もあきれ顔である。
2時間ほど呑んだら、すでにオレのバーボンが
空になり、新でバーボンを1本卸していた。

「よぉ〜し、フジさんもう一軒行こう」
ウチの近くに面白い店が出来たんですよ

タニヤから再びスクンビットに戻り、昨年12月に
オープンしたばかりのコミック雑誌に連載されている
タイトルと同名の“深夜食堂”に行ってみた。

開店が午後22時で閉店が朝の8時という、まさしく
アフター専門店みたいなコンセプトの居酒屋なのだが、
ここの自慢の豚汁がなまら旨い。おでんも味が染みていて
焼酎のアテには最高なのだ。

「よっしゃ、フジさん乾杯だ」
Yさん、大丈夫っすかぁ。明日もゴルフでしょ

結局、この店でも焼酎を卸して呑み干してから帰った
らしいのだが、まったく記憶にない。っていうか
わずか8時間足らずで3本も空けるか普通。

尋常じゃない呑み方は、翌日も同じだった。3日目は
スクンビットにある九州酒場”どんたく”で晩餐会。
いつも3人で1本空けちゃうから、丁度これ幸いに
九州焼酎40銘柄の2時間飲み放題のプロモーションを
やっていたので、呑んべぇの2人に薦めた。

「おっ、これいいな。よし今夜も呑むべ」
「そんじゃ、先ずは1盃目は子鹿にするか」
オレは麦の二階堂にしますわ

居酒屋でも


今宵も豪快な呑み会が始まった横でY御大は鮭定食。
さすがに3日目は自粛して1盃ずつ時間を掛けて呑む。
で、終わってみれば2時間をゆうに超えて最後は
みんなで1盃ずつオーダーして呑んでいた。

「よぉ〜し、この後はあの店に行くべ」

で、Y御大をホテルに送ってから、またも深夜食堂へ。
で、またも焼酎一本卸して空にして帰ったらしい。
毎朝起きる度に二日酔いで後悔の念が頭を駆け巡る。

今日こそは絶対自粛せんとな

ゴルフ休日の4日目はY御大の希望でチャイナタウンへ。
炎天下の中3人をご案内するもさすがに体調が優れない。
しかもTAXIがつかまらずに排煙だらけのトゥクトゥクに乗車。

「おぉ、おもしれぇ乗りモンだな」
エアコンもないのにタクシーより高いんすよ

トゥクトゥクに乗る


御大たちは、初のトゥクトゥクに喜ぶもオイラは
排気ガスが臭くてリバースしそうになった。で、
夜は夜で、今度は宿泊先と同じ通り沿いにある
居酒屋”こいも”で、またも焼酎を1本空けた。

喉の奥が酒焼けして痛ぇ・・・

何がしばらくはマジで酒を控えるだよ。結局4日間
連チャンの深酒じゃねぇか。これ以上呑み続けたら、
さすがに喉や肝臓がぶっ壊れるぞ。

「じゃあ、今日は早めにお開きにして帰ろう」
ご馳走様でした。じゃあまた明日ね

ところが、この日の夜に、かつて男の道を極めにやって
来た懐かしき道東の二代目漁師軍団の1人が
地元の友人等を伴って8年ぶりにタイにやって来た。

「藤岡さ〜ん、今夜会えますか」
おうN酔ってけど会いに行くどぉ


asia_jiyujin at 04:28|PermalinkComments(4) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 27, 2015

第2765回「連夜の泥酔混濁者」

2765K君と記念撮影


う〜またも不覚に酔いつぶれてしまった

さすがに自分でも呆れるほどウンザリしてきた。
立て続けに旧知の友人やお馴染みの客人たちが
来るから、ついつい呑みすぎてしまうオイラだが。

あ“〜もういい加減やんになっちまう・・・

いくら自己反省したところで陽が落ちるとまるで
ドラキュラ伯爵のように活溌的になり酒場を
徘徊しながら酔いつぶれて夜が明ける前に帰宅。

さて、前夜に続いて今夜もオイラは酒に酔いつぶれて
落ちることになる。「改めて新年会をやろうぜ」と
先週やったはずなのに神楽のK社長からお誘いが。

「芋焼酎卸しておいたで。よっしゃ、乾杯や」
おぃ〜っす改めて今年も宜しく

吉野で乾杯


場所はタニヤの歓楽街から少し離れた場末間タップリ
の京都風のお好み焼き屋。客はオイラたち2人だけに
店内には妙な哀愁感が漂う雰囲気で始まった。

基本的に酒を呑むとあまり物を食べなくなる質だが
この日はジージャンを羽織るほど肌寒かったので
アツアツの鉄板焼きの食物は冷えた体を温めた。

「これから店に向かいます」
は〜いオレ等も行きますわ

前夜に一緒に呑んだシンガポールのK君から連絡が来た。
1日ずれて職場の先輩料理人が初めてタイに来たので、
K君が彼方此方案内しながら21時には神楽に入ると。

ワイン買ってくから、おっちゃん先に店行っとって
「おう、分かった」

どうせみんなで呑めば酒類が足りなくなるだろうと思い、
道すがら先日と同じワインを2本買って神楽に行った。

「どうも初めましてSです」
おぉ、君がK君の先輩か。藤岡です。宜しく
「おう、挨拶は良いから呑むぞ」

神楽で乾杯


この後は詳しく書かなくても皆さまの想像通りです。
例によってワインがすぐに空になり、K君が3本
仕入れて来たそうなのだが、全く覚えていないのだ。

2時間くらいしてK君等が帰った後も、この日に訪タイ
された馴染み客のK氏が途中から参加していた。以前にも
何度か一緒に呑んだ客人だったので気兼ねなく盃を重ねた。

あれおっちゃんは
「社長は帰りましたよ」

すでに酩酊状態


K君もK社長も帰宅したんだから、てめぇも素直に
帰ればいいものを、何故か最後はW店長とK氏と
3人で呑み続けていたらしい。

終いには、とうとう酒が切れて最後にはカオラオ
(タイ東北地方の地酒)が出てきたのだが、いくら
酒好きのオレでも、さすがにこいつだけは苦手なのだ。

「藤岡さんもこれ呑みましょうよ」
ざけんなよこれを呑んだらどうなるか知ってんだろ
「あ、僕は平気ですよ。ほら」
てめぇら、よってたかってよぉ呑めばええんやろ

Pねぇさん


オレはこの夜思った。こうやって唆す悪いヤツ等がいる
からいつも醜態をさらけ出してしまうんだろ。いっその
こと呑む時は、冷静沈着なお目付役でも頼もうかしらん。

かぁ〜またやってもうたで・・・

翌日目覚めたら、部屋は前日と全く同じ酷い状態だった。
イスはひっくり返りテレビも照明も点けっぱなしである。
毎回これじゃ電気代が嵩む。もしオレが所帯持ちだったら、
今頃は三行半押されてとっくに嫁も出てってんだろなぁ。

アカンばいマジでしばらくは酒を控えな・・・

幸いにも今週ゴルフで来られる札幌のY御大は、
酒を一滴も嗜まれない人だ。1週間ほど滞在されて
毎夜晩飯のお伴。と、この時はそう心に強く誓ったのだが。

まさか、それが・・・


asia_jiyujin at 20:40|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 24, 2015

第2764回「今宵も呑んだくれて」

パイブン先生一家と



P先生。サワディ ピーマイ クラップ
「おぉ〜フジさん。来てくれましたか」

この日の夜、オイラが携わっているメコン基金で
長年お世話になっているノンカイ県の元中学校長で
教育長にまで登り詰めたP氏がバンコクに上京していた。

「フジさ〜ん、お久しぶりねぇ。元気だったの」
おぉ、ノンカイの母上さま。ご機嫌麗しゅう
「フジさん、久しぶりです」
おぉ、Bちゃん久しぶりだねぇ

P氏はオイラにとってはノンカイの父であり、奥様は
タイ語にも厳しい母上様である。現在バンコクで仕事
をしている36歳の娘さんと35歳の息子に会いに来た
ついでに、オイラの相談事を訊いて貰う事になっていた。

紹介します。こちらはシンガポールから来たK君
「初めましてKです」
「え、シンガポールからって、シンガポーリアンなの」
いえいえ、日本人で日本料理店の料理人ですよ

2人でポッケーン


そう、この日の朝便でバンコクに着いたK君とは
正月のシンガポール滞在中には、お互い時間が折り合
わなくて、ついぞ会うことが叶わなかった。

「あのカジノがある建物の下ですよ」
え、割と近くまで行ってたんだな

マリーナベイサンズホテル近場にある彼が働いている
日本料理店を探したけど、歩けども歩けども、なにせ
モール内がデカすぎて、さすがに探しきれずに諦めた。

「マイペンライ。一緒に食べよう。先ずはビールか」
いえ、僕はウィスキーをオンザロックで
「フジさんはいつもロックだな。大丈夫か」

さすがに恩師のような父と母の前では酩酊することは
出来ないのでチェーサーを横にして呑むことにした。

「じゃあ、チョン ゲ〜ウ」
コンド買ったんですって
「駅前で130万バーツですよ」

息子と娘の2人に頭金を払ってオンヌット駅周辺に
完成したコンドミニアムを購入してあげたらしい。毎月
アパート代を払うくらいなら財産だと思ってオイラにも
コンドミニアムの購入を勧めてきた。

今更買ってもさ、所帯があるわけじゃないしね
「だったら早く嫁さん貰いなさいよ」

未だ未婚という36歳の娘さんは、偶然K君と同じ歳だった。
それとなく結婚話を訊いても恋人はいないらしい。逆に
オイラに早くタイ人の嫁を貰えと叱咤激励が・・・。

いやあ〜タイ人の女は恐いからなぁ・・・
「あら、何なの」

ふと、娘さんを見ながら話すと目つきがきつくなった。
だってさ色恋沙汰や浮気騒動で毎日のようにテレビで
殺されるニュースが報道されているのが日常茶飯事じゃん。
さすがに、そんな冒険心も忍耐力も勇気もないもんね。

ところでP先生、Aさんの日本語教師の件だけど
「おぉ、そうだ、そうだ」

実は、先日もブログに登場して頂いた新潟県のK氏から、
ノンカイで日本語教師を希望する女性を紹介されていた
のだが、具体的に何処に配属になるのか訊いてみた。

本人の希望は小さな中学校らしいですけど
「う〜ん、何処がいいかなぁ」

昨年の5月、ノンカイ県の隣のウドンタニ県の中学校に
配属になったO氏もP先生からの要請を受けての紹介だが、
実際日本女性の教師は何処の学校でも要望が強いらしい。

オレもポッケーン


結局、話が具体的になる前にJ奥様から僧侶の強い念が
入ったポッケーンを手首に巻いて貰って祈念して頂いた。

「それにしてもよく呑みましたねぇ」
2本くらいでしょ

K君ポッケーン


オレは知らなかったが、気がつけばリージェンシー・
ウィスキーが6本も空になったとK君に言われた。
しかも、念のためのチェーサーは全然減ってなかった。

じゃあP先生、来月ノンカイで会いましょう
「フジさんも気をつけて帰ってくれな」

パイブン先生と


その後、娘さんが運転する車でBTS駅まで送って頂き、
P先生家族に別れを告げたまでは記憶に残っていた・・・。

うっ寒ぅ頭痛ぇ・・・

シャツとパンツ一丁でベッドに横たわる自分がいた。
しかも、例によってテレビも照明も点けっぱなしである。
どんなに酔っても帰省本能だけは未だに機能しているらし。

いい加減「泥酔するほど呑むじゃねぇ」と自己反省然り。


asia_jiyujin at 01:00|PermalinkComments(4) 藤岡わこう 

January 23, 2015

第2763回「新年早々の朝帰り」

ワインがうめぇ


今年も宜しくお願いします
「おぅ、こちらこそ宜しくな」

按摩屋で泥酔した3日後、神楽のK社長から新年初呑み
の誘いがあった。考えてみれば、雑誌の連載を引退して
からはすっかり歓楽街から足が遠のいてしまっていた。

よほど日本からの訪タイ客でも来ない限りは、食材を
買いに行く以外は滅多に外出することもなくなった。
まさにこの歳になってからの引き籠もり症候群である。

1日中部屋の中にいて何をやってんだ」と言われれば
TVの観賞と料理の研究に没頭している。後はもっぱら
ブログの更新とメールのチャック以外はPCは触らない。
行動範囲は5m圏内。こりゃあ、足腰が弱るわけだぜ。

珍しいじゃん。今日はワインなの
「お客からの貰いもんだけどよ」

いつもは日本からの客人が銘酒を手土産に来られると
義理堅く「良い酒が入ったぞ」と誘ってくれるのだが
今宵は、2人には不釣り合いな赤ワインで新年の祝杯。

「あれ、もう空いたちゃったぞ」
じゃあオレが買ってくるよ

3本も空けちゃった


酒好きの2人だけにワインはすぐに空になったので、
近くのスーパーマーケットで2本ほど仕入れてきた。
再び店に戻り2本目を開ける頃に、ふらっと1人の
若い日本人が入ってきたので一緒に呑むことに。

ぶらっと入ってきた若者


数年前にも一度来店したことがあると言うその若者は
どこから来たのか、何を話したのか、全く覚えてない。
でも、結構気があって楽しかったんだと思うのです。
その証拠に・・・。

「あの〜、もう帰ってくれないですか」
えっマジかよもう6時じゃん

そうなのだ。神楽で3本目のワインを開けた後に
何故かオイラは彼が泊まっているホテルまで
行ってまでずっと喋り続けていたそうなのだ。

シャイなオイラが初対面のヤツと何時間も話を
してたってことは、よほど気があったのか、
はたまた酩酊気分で気分が良かったんだろう。

すいませんねぇご迷惑をお掛けしました

新年早々酒に酔って帰りとはね。反省然り。
始発のBTSはすでに運行していたけど、下手に
座ったら寝過ごしてしまいそうだからバスで帰宅。

あぁ・・・自己嫌悪

と・ほ・ほ・ほ・ほ。年が明けてからブログのネタが
殆ど酒に酔った話題ばかりである。いっそのことアジア
時遊人的日記を改め『呑んだくれ日記』に改題すっかな。


asia_jiyujin at 14:07|PermalinkComments(8) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 21, 2015

第2762回「年代物の響で泥酔」

響を開ける


くぅ〜スモーキーフレーバーの香りがいいねぇ

シンガポールから戻って来て以来、何もする気が
起きなくて連日のように呑んだくれていたある日、
馴染みの按摩店から新年のパーティに誘われた。

実は、半年前からこの店の『あるモノ』がずっと
気になっていたのだ。誰からかのお土産だという
熟成されたスコッチ・ウィスキーの『』17年。

これぞ響


サントリーの創業90周年のため1989年に作ら
れたという、国産のブレンデッド・ウイスキー
の中では最高峰に位置付けられている逸品である。

そのウィスキーがいつ開けられるのか、予てから
気にはなっていた。Xmasか誰かの誕生日と
言いながらも、ずっと開けられなかったのだ。

それがとうとう開瓶の日がやって来たのだ

シンガポールで買って来た土産を手渡し、早速瓶に
掛けられた帯封を切って重厚なガラス蓋を開ける。
中から十分に樽で熟成された香りが鼻先を撫でた。

おぉ〜えぇ香りが漂うねぇ

馴染みの子がグラスに氷を入れて持ってきた。厳かに
かつ慎重にグラスに注ぐと香しくも愛しい臭いが。
グラスを揺すりながらゆっくりと口をつける。

・・・・うまい

17年響


酒の味が分かるようになったのは、歳を重ねてからだ。
それまでもいろんな酒類は呑んでいたのだが、唸る
ように「これはうまい」と本気で感じるように
なったのは、おそらく胃を切ってからだと思う。

現在NHKの連続テレビ小説「マッサン」でも
やっている北海道余市が舞台のドラマを観ながら、
確かに樽の中で十分に熟成された琥珀色をした蒸留酒
じゃないと本場のウィスキーの味ではないのだろうと。

もう15年以上も親交が続いている札幌のW氏にも
昔から日本に帰国する度に名だたる銘酒やウィスキー
をご馳走になっていたけど、正直8年物でも12年物
でも、それほど熟成した味は分かっていなかった。

ただ、いつもオンザロックに拘って呑んでいた理由は、
いずれ時が経つにつれてアイスは溶ける前に、最初の
一口だけは、造手が苦労した自慢の味を感じたいからだ。

かぁ〜それにしてもなんまら旨いべよ

ワインも味わった


周りのタイ人スタッフたちは激辛タイ料理を食べながらワインや
ビールに乗じていた。しばらくするとみんなが
持ち寄ったプレゼントの抽選会で盛り上がっていた。

「フジさん。大丈夫」
・・・・・

そんな賑やかな光景を酩酊気分で見ていたら、いつの間
にか酔って落ちてしまった。馴染みの子が冷たいタオルで
顔を拭いてくれたが起きない。さらに熱いカフェを
飲ませてくれて泥酔したオイラを介抱してくれている。

コートートナめんぼくねぇ
「マイペンラ〜イ」


asia_jiyujin at 01:00|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 20, 2015

第2761回「和食の味に飢える」

チャンギ空港内で


「じゃあ、Jさんまた会いましょう」
は〜い。Nちゃん気をつけて帰ってね

朝早くNちゃんに起こされた。今朝の便で日本に
帰国する。オイラは午後の便だけに、もう一眠り。
二度寝して起きたのは12時近くだった。

豆乳プリン

『意外とハマったジーマーミーのような豆乳』

荷物を纏めてTAXIに乗り込みA嬢とチャンギ国際空港
へ向かう。来た時は途中で晩飯に寄ったから分かんな
かったけど、直行だと僅か20分くらいの距離だった。

あれ、もう着いたの。めっちゃ近いじゃん

空港の外


TGのカウンターでチェックインを済ませからランチを
食べにターミナル3にシャトルで移動。ここの空港は
あまりにも巨大すぎて1人だと迷子になっちまいそうだ。

ガラガラのチェックインカウンター


「Jさん、板麺も美味しいのよ」
あ、そう。じゃあそれにする

板麺


最後も福建麺にするつもりだったのだが、A嬢の勧めで
板状になったうどんのように幅広麺の板麺を注文した。
調理の最後に麺の上に振りかけた小魚のようなモノが
板麺の味をいっそう引き出させていた。

おぉ旨い。イケる味ですな

お世話になったA嬢


元々シンガポールは福建省の華僑系が多い国だけに
多彩な麺文化が広がっている国だ。昨今
北海道から進出した旭川市の山頭火やらあめんチャンピョン
なる日本からの有名ラーメン店もかなり出店している。

しか〜しなまら高っけぇ〜

ホーカー内のタイ料理店


最低でも$10から$15するのが平均だったりする。
ラーメン如きに1,000円以上も出して食いたかねぇ。
しからば普段は食べられない中国4千年の麺食を堪能。

じゃあ、有り難うね。楽しかったよ
「Jさんシンガポールに来てくれて有り難う」
次はセブで会おうぜ

パスポートコントロール


イミグレでA嬢に別れを告げてシンガポールを出国。
夢のような非現実的な愉楽の日々がとうとう終焉した。
現実の世界に戻り、ちょっぴり寂しい思いも残る。

ま、楽しい時はあっと言う間に過ぎるもんです

チャンギから飛び立つ


機内に乗り込み、早々映画をチェックしようとしたら
来た時の機種と違って古いタイプだった。おかげで
画面でメニューが見られないじゃん。かくなる上は
機内食を肴にワインを呑むしか楽しみがなくなった。

お、ルパン契い犬磴

彼方此方コントロールバーを操作していたら小栗旬の
実写版をやっていた。そこに機内食が運ばれ麺食を選ぶ。

CAさん、ワインを追加で

機内食にワイン


赤ワインを何度もお代わりしたら面倒臭かったのか
別のビニールコップになみなみと注いでくれた。
それもすぐに呑み干して三度目のお代わりを。

おぉ〜大分えぇ気分になってきたでぇ

酔っぱらってCAにいかがわしい行為をして捕まった
不届者のニュースを思い出しながらも、さらに機内食が
片付けられた後もCA室まで行ってお代わりを願い出た。

「いいですよぇ。好きなだけ呑んで下さいクラップ」
コップンクラップ

5杯目のお代わり


物腰の優しいおねぇのようなCAに笑顔で注がれる。
ヤバイこれ以上呑んだら記憶が無くなるかもしんない。
と思ったら、5杯目を飲み終える頃には着陸態勢。

あぁ〜、束の間の愉楽のひと時が終わっちまった

バンコク到着


FTSのスタッフ


数日前のFTSの、これまたナヨっとしたおねぇの
ような男性スタッフが迎えに来てくれていた。バゲージ
を駅まで運んで頂き、いざエアポートリンクに乗り込む。

あぁ〜和食の味が恋しいよぉ

と言うわけで、その日の夕食はスーパーマーケットで
タイムセールで50%オフになったカツ丼弁当を食した。
足りなくてお土産で頂いたうなぎの蒲焼き缶詰も食す。

うっめぇ〜なんまら旨いっしょ

日本食が食いたい


うなぎの蒲焼き缶詰


さすがに1週間近くも日本食から遠ざかると醤油とか
出汁のような和の味を猛烈に体が欲してんのが分かる。
もちろんワインを買ってきて呑んだのは言うまでもない。

あぁもう酒のない人生は考えられへんわい

すっかり夕陽が


こうして愉楽のシンガポールの旅が終わったのだが、
新年モードに頭が切り替わるには今しばらく掛かりそうだ。
しかし、再来週からは立て続けに5組のアテンドが始まる。

それまでには切り替えなきゃなぁ・・・

さりとて年が明けて半月以上も経った今でも、毎日
酒に溺れた日々が続き未だに頭も体も働かない
モードのままだったりするのだ。

ヤバいどげんかせんといかんな

しばらく禁酒してみっかな。まぁ、無理だと思うけど・・・。


asia_jiyujin at 20:51|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

January 19, 2015

第2760回「これぞ愉楽の一時」

今日もワインでマッタリ


いいねぇこの何とも言えないマッタリ感

A嬢が転校生の準備があるからとから日本人学校に
行っている間に、Nちゃんと2人で今日もプールサイド
ワインを呑みながらのんびりすることに決め込んだ。

プールサイドで


雨季のシーズンながら、珍しくこの日は朝から快晴。
プールで大の字になりながら土左衛門のように漂う。
ところが海と違って淡水のプールでは上手く浮かない。
しからばプール脇にあった浮き輪を利用してプカプカ。

おぉ〜究極のリラクゼーションじゃい

プールで泳ぐ


ベンチに戻りチーズを肴に冷やしたワインをチビリ。
もう、この上なく幸福感が全身に込み上げてくる。
仕事もなくしがらみもなく『何もしない』を満喫。

「気持ちよさそうね。お二人さん」
お、Aお帰りぃ
「はいJさん、これ」

日本人学校の教科書


そうこうしているとA嬢が学校から戻ってきた。
彼女が手渡してくれた本は、日本人学校の3、4年生が
使っている社会科の副読本だった。

今は定年退職された縁人でもある新潟のK先生が、
かつてこの地の日本人学校に赴任
されていた時代がある。その時の話を自身のブログで
掲載されていたこともあり、興味深く読ませてもらった。

因みに、中学年の社会科では地域社会について学習
する為に、昔の先生たちがシンガポールについての
情報を調べる教材を自力で作ったそうです。

ふむふむ、なるほどねぇ

A嬢もマッタリ


「ランチはどうする?」
今日は近場でいいよ

中華料理屋で


と言うことで、昼食はバスに乗ってタンピネス駅の
周辺にある中華料理の店に案内してもらう。店内は
お客こそ少なかったが、本格的な蒸鶏料理と空心菜炒。

旨い酒のアテには丁度良いね

チキン料理


空心菜炒め


食後はNちゃんの職場のお土産を探しにデパートを探索。
さすが先進国である。エスカレーターに乗る人はみな
左側によって急ぐ人のために右側を空けている。

タイでも最近になってからBTS駅のエスカレーター
ではキープライト(大阪と一緒や)の広告を貼って
右側によるように推進しているけど誰も守ってない。

モラルを守らせるには小さい頃からの躾けやろな

右側をあける


大人がやんないんだから子供だってやらんだろな。
今年になってからバイクの歩道バイク運転を禁止にした
ようだけど、警官自らやってたら一般人もやらんわな。

それにしても人が多い。週の初めだというのに、
こんな昼日中からお客が多いのが不思議に見える。
バンコクでも東京でも同じか。

ここってさ、町田駅の周辺に似てるよね

昔オレが若い頃に東京に住んでいた時に、度々小田急線
に乗って兄夫婦が住んでいた町田市に遊びに行っていた。
その時の雰囲気がタンピネスの駅周辺に似ていたのだ。

さて、Nちゃんが手頃なお土産が見つかったようで、
ちょっと早めの夕食に。飯はすっかり馴染んでしまった
庶民の台所のホーカーでラクサと福建麺を食べることに。

バンコクでもそうだけど、ここの国民もあまり家で
自炊をしないのだろうかね。Nちゃんが食べていた
ラクサに興味が湧いて汁を飲んでみた。

うぉ(ラクサ)辛い
「ここの福建麺も美味しいのよ」
オレには福建麺が一番合うかもね

辛そうなラクサ


福建麺


結局、何処で食べても福建麺は旨かった。あの伝説の
1時間待ちの福建麺だけ食べてないのが心残りだ。
例によってオイラはジョニ赤をロックでゴクリと。

ふぅ〜やっぱいいねぇ、この雰囲気
「Jさん、ご機嫌ですよねぇ」
そりゃあ、君たちといるから酒も旨いやね

2人といると楽しい


A嬢が山梨にいた時代から、ずっと続いているこの関係。
山梨名物ほうとうを食べほったらかしの湯で疲れを癒し、
馴染みの創作料理のスエキで岩魚骨酒を堪能していた。
後何年この関係が続くか分かんないけどホント良い関係だ。

さ、帰ったら今夜が最後の部屋呑みだね
「さ〜て、じゃあ帰って呑みますか」

5日部屋呑み


S先生のおかげで最終日のまでは何とか酒が持ちそうだ。
それにしても短期間でこの国の主要地を探索してオレが
行きたかったかつての想い出の地の現状も垣間見られた。

さらには、毎日毎日いろんな人たちと出逢って楽しい
食事も満喫出来たし、何より言葉のソムリエである
Nちゃんの軽快な話術とA嬢との掛け合いで心が和んだ。

毎日毎日、本当にありがとね
「Jさん、次回はセブ島に行きますからね」
マラミンサラマッポ。温かい国はいいねぇ


asia_jiyujin at 05:45|PermalinkComments(2) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう

January 18, 2015

第2759回「変貌したゲイラン」

映画のワンシーンの如く


いいねぇ〜これぞ南国らしいバカンス気分

年が明けて以来、毎日呑んだくれていたオイラを
見かねたのか、はたまたNちゃんの本来の旅の目的
でもある『何もしない』を実行するために2人で
プールサイドでマッタリすることにした。

プールサイドでまったり


折角こんな大きなプールがあるのに使わない手はない。
まるで映画『M I B』の如くサングラス姿の東洋人が
白い肌を太陽にさらけ出してのんびりとする。

5年前のカイロやルクソールでも、Nちゃんがいた
4年前のハノイでも、あまるにも寒すぎてとても
肌をさらす気にもならんかったしね。

ルクソールは寒い


ハノイは寒い


その後の2年間はオイラのホームのタイで温かい
湯の森で温泉に入って冷えたビールを呑んでたっけ。
それだけに今回のシンガポールのプールは新鮮だった。

バンコクでは至福のひと時


考えてみれば水着になるのって初めだね

青いプール


年の暮れにバンコクのMBKで海パン買っといて
正解だったな。タイでもその気になれば出来ない事
もないのだが、さすがに1人でプールは寂しかろ。

「今日のランチはプロウンミーを食べに行くわよ」
ミーっちゅうことは麺じゃの

例によって旅の食事は全てA嬢に任せてあったので
言われるがままに服を着替えてケンパンガンに行く。
ここはエビラーメンがめっちゃ美味いらしい。

2年前に帰国した時に、札幌でもエビラーメンが
ブームになっていて友人に連れて行ってもらった
ことがあるけど、ここシンガポールは如何かしら。

「あ、どうも。この間は有り難うございました」
すいませんねぇ。重いのに頼んじゃって

エビラーメン


実は、入国時に1人3リットルまでの制約があった
ので、先日バンコクで市内観光にご案内したS先生に
シンガポールに帰るときに、ワインとウィスキーを
買って持たせて現地で受け取ることになっていたのだ。

そこまでして酒が呑みたいんか〜い、と言われても
現地で買うにはとても貧困層のオイラには厳しい。
酒は百薬の長でもあり話の潤滑油になるからね。

「わぁ、来た来たエビラーメン」
ひぇ〜でっけぇエビ。しかも真っ赤っか

プロウン・ミー


S先生とランチ


汁色からして濃厚な味かと思いきや、意外と香辛料が
きつくなくて好きな部類の味だ。いやはやA嬢さま。
毎日毎日、オイラが食べられそうな現地の極旨料理を
リサーチしてくれていて感謝の念に堪えませんわい。

さて、食後にS先生と別れて今日はオイラの希望で
かつて雑誌の取材で探索したバングラデシュ人などの
外国人出稼ぎ労働者の多いリトルインディアに向かった。

うぉ〜インディアばかりで異様だな

ヒンドゥー教寺院


リトルインディアのモスク


まさに異国に迷い込んだかのように、そこはヒンドゥー教
の寺院やモスクがあるインド系の民族が溢れる街だった。
ところが、ここもチャイナタウン同様に建物の壁の色が
綺麗に塗られていて妙な違和感を感じた。

何だか街全体が綺麗に整備されちゃってるね

リトルインディアを歩く


今も力車が走る


さすがにこの街も政府の都市開発によって綺麗な町並みに
変貌していた。あの外国人労働者のバングラデシュ人が
大勢たむろしていた赤線地帯はすっかり姿を消していた。

3時のおやつを


Aで一休み


少しばかり街を歩いた後で小腹が空いたのでA嬢と同じ
店名のインド料理店で、喉を潤しながらカレーを食べた。

おぉ、かっれぇ〜でも意外と旨い

AZMI


ナンとカレーを食べる


これぞインド料理


その後、ブギスに足を伸ばして街を歩くも、ここも
丸の内のような綺麗なビジネス街になっていた。まさに
世界中からの投資と金融が蠢くビジネスの街である。

まるで丸の内みたいな街


ブギスは建設ラッシュ


足按摩店


2人が足按摩をするというので、オイラはその時間に
13年前に歩いたであろう通りを探索してみた。ふと
コンビニに入って商品の値段を見てタイと比較してみた。

うわっどれもこれもなまら高いじゃん

明治の牛乳


明治のババナオレ


タイで26.5B(約97円)売っている明治の牛乳が
$2.5(約225円)。さらに明治のバナナオレが
タイだと12.5B(約45円)が$1.5(約135円)

でも、日本菓子のブルボンのポテチが$2(約180円)
タイでは40B(約145円)と、少しの違いだった。
いずれにしても物価の高さには驚かされる国だ。

ブルボンの御菓子


と言うことはみんな所得が高いんだろうな

2人仲良く足マッサージ


足按摩を終えた2人と、今度もオイラが昔取材に奔走
したゲイラン地区へ向かった。このエリアは昔から
ベトナムやマレーシアや、もちろんタイなどのインド
シナ半島の娼婦たちが挙って出稼ぎに来る街だった。

「ホウラー」
・・・・

ストリートガール


如何にも福建語のような言葉で声を掛けられるも理解不能。
おそらくは「ちょっと、お兄さん」とか誘ってんだろうな。
ロロン(路地)16から20に掛けては、昔から置屋や
ストリートガールたちが国別に分かれて立っていた。

ロロン16の


もしかしたらオレの知っているタイ人が出稼ぎに来てる
かもしれないと通りをそれとなく歩いたが皆中国系ばかり。
しかも通りを歩く労働者風の男等も相当な数だ。もちろん
格安の飯を求めて食べに来ている輩もかなりいるんだろう。

かくゆうマリーナベイサンズの日本料理店で働くK君も
この街の安くて旨い飯屋によく通っているとか。

ゲイランの夜


ここもすっかり昔と変わっちまったな

日本の昔もそうだったように、どんな国でも娯楽と刺激
を求めて遊楽なる場所は存在しているもんだ。それが
例え先進国の国際都市であっても必要悪として存在する。

ゲイランの置屋街


かつてタイを始めインドシナ半島や東アジアの国々の
いろんな置屋や売春窟で働く子たちを取材してきた。
その背景には貧困が故に教育を受けられず、親や
姉妹のために風俗界に身を投じる子が殆どだった。

貧困』→『売春』→『AIDS』の負の連鎖から脱出
する為には、紛れもなく『教育』しかないのだと。
20年前にメコン基金のスタディツアーで、初めて現地
の実態を垣間見たときからオレの人生は一変した。

別に日本での豊かな暮らしを捨ててまで、タイの貧困者
たちの教育支援活動に人生を捧げてきたわけではない。
それは「見てしまった者の責任」としての自分の覚悟。

ま、それもいかんともしがたいが間もなく終焉する

置屋が並ぶ通り


さて、遅めの夕食に選んだのはA嬢が極旨の羊肉料理と
豪語するゲイランでも屈指の店だった。それにしても
僅か10ヶ月足らずで現地の美味い店をよく探したもんだ。

有名らしい羊肉店


「かんぱ〜い」
おぉ山盛りの前菜だな

なんと大盛り


羊肉の串焼き


胃を切って以来、普段からあまり肉類を口にしない
オレでも北海道出身だけに羊肉は好物だったりする。
と言いながら昼間にS先生からのウィスキーをゴクリ。

羊肉を食らう


この2人と酒を呑むと味まで格別に旨く感じてしまう。
当然、帰ってからも部屋で宴が始まる。Nちゃんが
再び“オタ”を料理してくれるも昨夜食べたものと
色も味も全然違う。おそらく2種類あったのだろうと。

いやぁ〜今宵もすっかりご機嫌じゃ〜い

ゲイラン羊料理


幸せの極みじゃい。この生活、延々と続かないかしらん。
呑んべぇ爺は今宵も幸せな気持ちで眠りにつきましたとさ。

ドリアン市場


asia_jiyujin at 02:10|PermalinkComments(0) 気ままな帰国滞在記 | 藤岡わこう