January 2016

January 31, 2016

第2953回「霊能占ツアー訪泰」

アジアティック


1月21日】バンコク

どうも皆様タイ王国にいらしゃいませ
「来たわよ、こちらがあの藤岡さんですよ」
「初めまして、お世話になります」

オレが胃癌全摘手術を受けた頃だろうから、もう
かれこれ10年になるのだろうか。その頃に千葉県
の柏市からSISTERSの会員ツアーを現地で受けた。

それが縁で翌年柏市に呼ばれてパーソンデーの
講師をさせて頂いた。パーソンデーとは、いやその前に
そもそもSISTERSから説明すると会員制のサロンだ。

う〜む一口では説明しづらいな・・・

ぶっちゃけて言うと、マンションの一室を改装した
小料理屋に、会員たちが集う家族団欒的な和やかな
居酒屋と言えば、何となくご理解頂けるだろうか。

で、そこでは国内外を問わず様々なジャンルの業界
人を招聘して講演をして頂き、会員の皆様と杯を
傾けながら和やかな輪講演を定期的に開催している。

過去の講演者には、自民党や民主党の衆議院議員、
東京大学や新潟大学の教授、参事官や知事や市長、
弁護士に司法書士に医者に看護師、官長に宮司
などの数々の著名人に加えて酒造蔵元の杜氏、
ンガーソングライタージャーナリスト、
シャーマン漫画家などの異色の業界人もいた。

オレが講演させて頂いたのは平成19年11月28日
の第12回の時だった。以来、永久会員にして頂き、
毎年帰国の度に柏市に寄って皆様と親交を深めた。

で、昨年4年ぶりに帰国して柏市へ行った時に、
急遽第70回のパーソンデーの講師として再びマイク
を握らせて頂くことになり酒もかなり入っていたこと
もあって後半部分で自分がかつて霊能者に胃癌を
霊視されたことや客人達の驚く話まで喋っちゃった。

で、講演が終わった数日後、サロンを経営する
N女史から1本の電話が入った。

「来年1月にタイに行くことが決まったから宜しくね」
宜しくねって観光旅行ですか
「みんなで霊能者に会って視てもらうのよ」
じぇじぇじぇ吃驚ポンや。マジっすか

もう1つ付け加えると、会では今までに年に何度か
霊能者同行パワースポット巡り』『伊勢神宮参拝
日立御岩神社参拝&山方湯の澤鉱泉』『鬼怒川温泉
雅楽の夕べ』『神の島シャーマンと巡る沖縄久高島
など数々の勉強会やツアーを開催してきている。

で、記念すべき第100回記念スペシャルとして今回
10年ぶりに『タイ霊能占ツアー』になったと言うわけだ。

誤解の無いように言っておきますが、神々とか神社とか
シャーマンなどと聞くと、おかしな新興宗教的な集団と
思われますが、けしてそんな方々では御座いませんので。

10年ぶりですかねそれに同じ空港ですよ
「そうねぇ、あの時と同じ空港だよね」
「いやぁ、やっぱりタイは暑いなぁ」
これでも乾季で過ごしやすい気候なんですよ

今回訪タイされた13名の参加者はN女史以外は
全て初めてのタイである。気温一桁台の関東から
来られた人には、かなり暑く感じるだろうな。

実際、現地にいるオレでさえ暑く感じるほど異常気象
が続いているのは確かだった。とにかく頻繁に水分を
取って頂いて熱中症や食中毒だけには気をつけんとな。

「わぁ〜、ホテルがお洒落になっているわねぇ」
最近になってからリニューアルしたようですよ

10年前に来られた時にも宿泊された想い出のトンタラ
リバーサイドホテルだが、当時と比べたら色彩も艶やか
になってデザイナーズホテルとして生まれ変わっていた。

じゃあこれからアジアティックにディナーに行きますよ
「わ〜い、楽しみねぇ」

チャオプラヤ川を愛でる


今回は2泊3日の滞在中の観光先やランチとディナーは
全てオイラに一任されている。それだけに限られた予算の
中で如何にゴージャスにかつアジアンティーストな食事と
時にはタイならではの庶民的な体験も満喫して頂く企画だ。

「ここは何て言う川なの」
バンコク都とトンブリ地区を流れるチャオプラヤ川です
「バンコクは東京と同じ都なんだ」
はい。タイは1都76県です

チャオプラヤ川の夕陽


この川の水はタイ湾の海に流れてるんですよ
「わぁ〜、見てぇ。夕陽がすごく綺麗ねぇ」

予約の時間が来たので御一行をMKにご案内した。
ところが、あれだけ念入りに14人が近場の席に
座れるように伝えたはずなのに、行ってみれば
韓国人やタイ人客を予定していた席に座らせていた。

あ“〜やっぱりタイ人だよなぁ

いくら念入りに計画したところで、結果がともなわない。
ま、今に始まったことではないが、上司やスタッフ間の
通達事項がまるで伝わってない。20年経ってもこれか。
仕方がないので、なるべく近くの席に寄せて座ることに。

では、皆様タイへようこそかんぱ〜い
「ほぉ〜、美味そうだねぇ」

かんぱ〜い


「これは何て言う食べ物なの」
タイ人が大好きなタイスキです
「それってダジャレ」

初日の晩餐


「わぉ、俺の好きな肉も入ってるぞ」
「いろんな食材が入っているから栄養あるわよね」

みな初めて食べるタイ料理にご満悦気味である。最後に
鍋奉行のオイラが、〆に出汁が十分出ている汁で日本風
おじやを作ろうと思ったのだが、ふと、「まてよ
もっとタイっぽいサプライズを思いついた。

本当はおじやを作ろうと思ったんですがやめました
「え〜、どうして。美味しそうじゃない」
これからバンコクで究極のカオマンガイを食べに行きます
「わ〜、なんだか面白くなってきたわぁ」

MKで乾杯


チャルンクルン通、今では一番古い通りになってしまった
通称ニューロードに出たら、タイミング良くガラ空きの
ローカルバスが走ってきた。それを手で合図して全員を
走らせて手際よく乗せるも、最後の人が乗る前に発車した。

「きゃあ〜、びっくり」
タイはドアが閉まる前に出ちゃうから気をつけてね
「日本なら座席に座るまで発車しないのにね」
ま、これがタイですよ

で、いつもソイの幾つに店があるのを忘れてしまうので、
目印の歩道橋が見えるまでジッと前を向いて身構えた。

おっ、歩道橋だ。車掌さん。ここで下ろして
「吃驚だね。停留場でもないところで停まってくれるの」
まぁ、それもタイです

普段から時間通りに来るバスや、交通法規でルール
ずくめの日本人にしてみれば全てが驚きだろうな。

はあいこの店です
「えっ、うそ。ここ・・・

極旨カオマンガイを食う


一瞬、言葉を飲み込む日本人たち。予想を遙かに裏切る。
すっかり地元のお洒落な屋台と思いきや、まさにトタン
屋根にビニールシートの壁だけの古ぼけた小屋だ。

「いいじゃな〜い、まさに地元って感じだし」
「良い雰囲気よ。ローカル色満載だもん」

14人の日本人の団体さんを見た店のスタッフたちは
「なんでこんな店に外国人が」と顔を見合わせながら
驚いていた。まぁ、そんだけ地元民だけの店のようだ。

「こういう店は、普通のツアーじゃ来れないでしょ」
って言うか旅行会社は絶対に連れて来ないですよ

二次会は究極のカオマンガイ店へ


大手旅行会社はコミッションが貰えるレストランや
土産店にしかお客を連れて行かないのが常である。

それを条件に団体を乗せる大型バスは、土産店が
所有するバスを無料で貸し出される。そうでもしなければ
年々加熱する海外からの格安ツアーは
利益が出なくて倒産する会社が続出してしまう。

今それが問題になっているのが、プーケットや
パタヤやチェンマイなどの中国人団体観光客だ。

今やタイ国内の観光地の土産物店では契約した
店以外での買い物は御法度である。もし他店で
購入したお客はバスに乗せないという徹底ぶり。

これではタイの観光業界に従事するタイ人ガイド
の職も減り、当然タイ土産物店は売り上げが激減
して閉店に追い込まれる。恐るべし紅色国旗の国だ。

「じゃあ、三次会はホテルの部屋で呑みましょう」
オレも行っていいの
「もちろんよ。呑みましょうよ」

3次会はホテルで部屋呑み


と、例によってオレの記憶はここら辺で途絶えた。
この事態を予想して、仕事を終えたT君を電話で
呼び出して、参加者たちにアシスタントとして紹介。

あれなんでTちゃん部屋にいんの
「いいから部屋によって呑んでけって言ったでしょ」
へっそうなの

4次会は根か我が家で


翌日、頭が割れそうなほどの二日酔いで目覚めた。
恐る恐る確認のために前日の写真を確認したら、
自分の部屋で泥酔している無様なオレの姿が。

さらに、オレに確認させるつもりで自撮したT君
の顔が。で、その後ろにオレが落ちている姿が。

はぁ〜またやっちまったよぉ

T君の後ろで落ちてるオレ


どうすんだよ。今日は午前中から“バンコク三大寺院巡り
に、午後からは今回の旅行のメインの“霊能者ヤダム占師
の通訳があんだよ。こんな状態で果たして通訳できんのか。


asia_jiyujin at 03:09|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

January 30, 2016

第2952回「驚愕泥酔性認知症」

隠れ家で乾杯


「藤岡さん。Mです」
うっわぁ〜久しぶりですねぇ
「これからトンローの鳥花で呑まないですか」

M氏から指定された居酒屋が移転していたので、
最近オレが気に入っているソイ51の“隠れ家”
予約を入れて現地で落ち合うことにした。

どうもMさん5、6年ぶりですかね
「久しぶりだね。こちらはUさんです」
「Uです。よろしくな」

美人の若女将


どうも初めまして藤岡です
「先ずは何か頼んで乾杯しようよ」
じゃあ、日本酒とインカの目覚めを

インカの目覚めにイカの塩辛が絶品


10年ほど前、オレが胃癌全摘手術を受けて帰国
した時に道東の佐呂間町の友人宅にご厄介になって、
しばらく静養生活をさせてもらったことがあった。

その時に、リハビリを兼ねて何度かゴルフに行った
のがM氏である。その後も毎年冬期間にタイを訪れ
長期間滞在しながら大好きなゴルフを満喫していた。

「今でもゴルフはやってんの?」
実は2ヶ月前に右腕を骨折してしまってね

おそらく5、6年前にタイで会って以来の再会だった。

「うわっ、手術跡が痛々しい」
100万円かかりましたよ

痛々しい縫い目


「え〜、高い手術代だね。保険は入っていたの」
保険に入ってなかったらとても払えない金額でしたよ

それから小一時間ほど呑んでから、M氏は宿泊先の
ホテルに帰った。ところがツレのU氏がどうしても噂の
場所を検証してみたいというので地下室にご案内。

「噂には聞いていたけど、すごいとこだね」
まさにカオス需要と供給の坩堝でしょ

店を一周してから落ち着いて呑めるところに
行こうということで、いつものガールズバーの
fortune Clubへ案内するも店は盛況だった。

「ここのお客は日本人ばかりだね」
まぁ、気軽に呑めるしカラオケもありますからね

3次会はガールズバー


1時間ほど呑んでから、今度はM氏が宿泊している
ホテルがあるソイ22のガールズバーへ行った。
例によって記憶はそこまでだった。

はぁ〜またやっちまったよ

起きた時は、またしても家具が散乱していて
冷蔵庫には記憶にないサーモンの刺身と
焼きそばが入ったプラスチックの容器があった。

「・・・オレ最後に何処に行ったんだ

確認のために撮った写真はソイ22まで。そのからの
写真がないだけに、その後の行動が全く判断不能。

もしかしたらいつもの深夜食堂に行ったんかな

いずれにしても、1人では行くことはないから
最後にU氏と行ったとしか考えられない。
でも、1ミリも記憶にないことが不安だった。

やべぇなぁUさんに迷惑掛けんかったかなぁ

ふと、携帯電話をみるとAM1:53分に着信履歴が
残っていた。当然、その時間帯は自宅で爆睡して
いただけに電話には出られなかったんだろう。

S×△■ 22って誰やろ

22ってことは、昨最後に呑んだ店の子だろうと
思いながらも、何故その子の番号を登録したんだろ。

普段はよっぽどのことがなければ、イチイチ女子
携帯電話の番号なんて登録することはない。
不安になって試しに電話を掛けてみた。

マイミーサンヤー・・・

その日以来、今日までその子からもU氏からも
何の連絡もない。益々不安が残る。


asia_jiyujin at 11:09|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

January 29, 2016

第2951回「青年よ大志を抱け」

今年最初の乾杯


おっちゃん、今年もよろしくね
「おぉ〜爺、こっちこそよろしく頼むわ」

昨年の8月17日のエラワン廟爆発テロ以来、
訪タイされる客人たちは、人の賑わう歓楽街を
避けていたので久しぶりにタニヤの神楽を訪れた。

「形ばかりの新年会だけど、まぁ、呑めや」
こういう年中行事はちゃんとやっとかんとね

タニヤが盛況だったころは、忘年会や新年会など
関係無しにちょくちょく呑んでいたけど、昨今の
オレは呑んでる途中で落ちて、翌日は記憶喪失する
という泥酔性認知症が酷くて外出を控えていた。

今年からロックをやめて水で割って呑んでんのよ
「なによ、爺らしくないな」

先日の台湾での一件以来、一度寝たオレがその後に
起き上がって夢遊病者の如くイスに座って揺れている
自分の姿や、2時間以上も訳の分からぬ独り言を喋って
いる事実を垣間見た時から真剣に考えるようになった。

で、先日録画してもらった“主治医が見つかる診療所”
という健康番組を食い入るように観て気になったのが、
レム睡眠行動障害』と言う症状だ。

知っている人も多いと思うけど、睡眠には『レム睡眠
と『ノンレム睡眠』があり『ノンレム睡眠』は深い眠り
で身体を休ませている状態。これが望ましい睡眠らしい。

レム睡眠』は眠りの浅い睡眠で、頭を休ませているが
脳は活動している。その為起きる障害が、夢遊病や
物を食べたり、時には壁を叩いたりするらしいのだ。

これって、まさにオレの症状じゃねぇか

解決方法は、過度のストレスを溜めずに方の
睡眠を改めてに15分ほど仮眠を取ること。
つまりに寝てに起きるという至って
規則正しい生活を心掛けることらしい。

だが酒の力を借りないと熟睡できなくなったオレは
酩酊することで『ノンレム睡眠』状態になり、すぐに
深い眠りの睡眠になって身体を休ませることが出来た。
呑むことで低血圧のオレでもスッキリ起きられたのだ。

ま、いずれにしても寝ている間は『レム睡眠』と
ノンレム睡眠』を交互に行っているのだから、
深く考えすぎてストレスを溜めないことが肝心。

因みに、友人曰くは酒を呑んで途中で不意に
落ちるのは、いわゆる“気絶”という症状らしい。

「こんばんは〜藤岡さん」
おぉTちゃんおつかれさん

昨年の8月末にタイに来てから5ヶ月が過ぎたT君も
最近は仕事上のことでの悩みが多いようだったので
仕事終わりに神楽に呼んで一緒に呑むことにした。

「Mちゃんたちのアテンド有り難うございました」
移動距離が長すぎて最後は体力の限界だったよ
「いろいろとご迷惑をかけました」
今年最初のアテンドとしては面白い2人だったよ
「その翌日に食中毒ですよね。大変でしたね」

週休2日のT氏は、今は金・土曜日が定休日のシフト。
その為、毎週木曜日のに仕事が終わると、毎週の
ようにちょくちょく呑みの誘いが来るのだが・・・。

昔なら遅い時間でも出て行ったんだけどね

今や自堕落で気ままな生活のオレとしては、夕方から
晩酌しているので22時にはすでに部屋で寝ている。
タイミングが悪ければとても外出する気にはなれない。

ま、彼にとっては酒を呑みながら悩みや相談事を
聞いてくれる相手を欲しているのだろうが、何分にも
オレが覚えているのは前半の部分だけで、後半からは
殆ど覚えてない。だから約束事は御法度である。

こんないい加減な酔っ払い爺と呑んだところで
彼の相談事の適任者としては完全に失格だろ。
でも、オレが知るところ親しい仲間はオレと
もう1人の30歳代の日本人しかいないようだ。

タイ人とか同世代の日本人の友達を作ればいいのに

オレの息子と同じ歳とは言っても、さすがに
親子ではないし、価値観も考え方もまるで違う。
昭和生まれのオレとしては、時には厳しい意見も
言ってしまいそうになる。

かつてはタイに来る福祉系の大学生たちのアテンドを
やっていたときは「良い兄貴分」として彼らの悩みや
相談を親身になって聞いていたけど、今や彼らの方が
家族を持ち実社会人として自分の考えが出来る大人だ。

人様の人生を左右するようなことは言えんわな

今年2回目の乾杯


今年になってから最初にT君と呑んだその3日後、
日本から顔馴染みのTさんが訪タイしたこともあり、
再び神楽に行った時に彼を呼んで呑んだ。

おつかれさん。今週で2度目だな
「はい、明日は休みですから」

それからしばらく談笑しながら呑んでいたけど、
オレは泥酔性認知症を自粛して閉店時間で帰宅した。
ところが、何とT君はTさんとW店長と朝の8時まで
男だけでカラオケを歌いながら呑んでいたそうだ。

たまには羽目を外さないと発散できんでしょ

今年3回目の乾杯


で、その翌週、再びT君から電話が来たので、最近
北海道の道東から来られた懐かしい客人と行った
ばかりの”隠れ家“に呼んで呑むことにした。

ここはアサヒ生ビール何杯呑んでも1杯39Bだよ
「おつかれ様です。かんぱ〜い」
ここの広島産の牡蠣とインカの目覚めは絶品だぜ
「仕事柄、生の牡蠣は食べないんですよ」
あ、そうなの

ま、そう言うオレも昨年北海道から来られたN氏と
貪るように食べたけど、先日の食中毒の一件もあり
さすがにこの日は控えた。ま、胃を全摘している
だけに、生物はあまり食べられないんだけどね。

北海道産のインカの目覚めにイカの塩辛は旨いよ
「初めて食べました。美味しいですね」
な、これで99Bの安さだよ。広島産の牡蠣もね
「実はですね・・・」

最近の彼の悩みは、終始仕事のことばかりだ。
まぁ、海外で働く25才の世代は結婚や
子育てなど将来の不安があって当たり前の歳頃だろう。

他にやりたいことがあんなら挑戦してみればいいじゃん

たとえ失敗したところでまだまだやり直しはきくし、
第一オイラを見てみろ。過去の日本での実績
なんて海外に出たら何の価値もなくなる。

人に信用してもらいたかったら誠実さと実績を残すこと

組織に属せず、何の後ろ盾もないオレが20年間も
異国で生きてこれたのは、常に“謙虚”“敬愛”“感謝
を大事にしながら“袖振り合うも多生の縁”を活かせて
これたからだと思うよ。

ま、嘘も方便という諺もあるけど異国で生きる為には
嘘をつかない”と“義理を欠くな”だけは守りな。
いくら6万人以上が住むタイでも狭い日本人社会だ。
良い噂よりも悪い噂は、あっと言う間に広がる。

生き馬の目を抜く“ような世界で生きぬくには
自分を信じてくれる仲間を大事にすることですな。

ま、偉そうなことは言えんけどタイでの生活では、
裏切られたり騙されたことも多々あったけど、敬虔な
仏教徒のタイ人や現地の日本人の諸先輩方からも、
いろんなことを学ばせてもらった20年間だったよ。

だからさTちゃん少年よ大志を抱け。あ、もう青年か


asia_jiyujin at 04:59|PermalinkComments(0) 気ままな呑んだくれ日記 | 藤岡わこう

January 28, 2016

第2950回「食中毒で病院搬送」

ビールで乾杯


前回からの続き

「どうも藤岡さん。名古屋のMです」
おぉ〜M時間通りに到着したんだね

一眠りした頃、M氏から電話がかかってきた。
半年前と変わらず元気な声だった。

「今晩一緒に食事どうですか」
いいよ良い店見つけておいたから

半年ぶりに訪タイした彼だが、前回もホイクワンで
シーフードを食べたので、今回は前日にネットで
見つけた『食べ飲み放題399B』という同じ地区に
あるシーフードレストランに行ってみることにした。

海産物も肉も1時間半食べ飲み放題なんだってさ
「ビールも飲み放題ですか」

地下鉄に乗ってホイクワン駅まで行き、そこから
トゥクトゥクを50Bで交渉して乗り込んだ。
10分ほどで現地に到着。TAXIよりも安い金額だ。
やはり外国人の少ない地区だけにボルこともない。

おぉ〜ここだ。ネットの写真と同じ店だよ
「庶民的なところですね」

問題のシーフードレストラン


早速、中に入ると現地のタイ人客で賑わっていた。
店内のシーフードの食材や飲み物類をチェック。
ビールはチャーンしかなくウィスキーはなかった。

ブッフェ形式


この店でいいか。それとも他の・・・
「炭火焼きで美味そうじゃないですか」
じゃあかんぱ〜い

乾杯


ウィスキーがないので、仕方なく生ビール
に氷をぶち込んで炭酸を抜いてから呑む。早々M氏が
エビや鶏肉などを皿いっぱいに運んできた。

おぉ〜いっぱい持って来たね
「先ずはエビと貝を」
貝類はヤバイからね
「ちゃんと焼けば大丈夫でしょ」

鶏肉を焼く

手長エビと鶏肉の手羽先、オレはイカをガッチリ焼く。
それにしても屋根だけ掛かった野外だけにクソ熱い。
ま、室内なら煙が充満して食えたもんじゃないだろ。

「タイ人の給料を考えたら高いですよね」
そう言われてみればそうだな

炭火でモコモコ煙が


確かに1日の最低労働賃金が300Bなんだから、
低所得者には399Bは高いだろうな。

ま、週に一度の贅沢ってヤツじゃない
「藤岡さん、今回もあそこに行ってみたいんですけど」
いいよ。食べたら行ってみよ

食べる食べる


前回もM氏のリクエストで、日本人や外国人観光客が
あまり行かないスチサン地区のインタマラに行った。

「相変わらず薄暗い街だよなぁ

パッポンやナナやソイカウボーイに比べて圧倒的に
華やかさのない街だが、歓楽街に飽きた人にはこの
素朴で地元感溢れる田舎っぽさがいいんだろうなぁ。

「相変わらずお客が少ないですねぇ」
まだ時間が早いからね

ソイカウボーイ


とは言っても21時は過ぎていた。入店早々純朴
そうな女の子たちが、珍しい日本人に興味を
抱いたのか近づいて来たので横に座らせた。

出身地を訊いたらイサーンだったので、早々東北弁で
つかみのギャグを炸裂して場を和やかにしてから乾杯。

「ちょっとトイレに行って来ます」
はいよ。トイレはあっちだよ

しばらくしてから顔面蒼白になった彼が
戻ってきた。見るとお腹を押さえながら
額からは滝のように汗が流れていた。

どうした体調悪いの。食べ過ぎたんじゃない
「もしかしたら、さっきのであたったかもしれないです」
あたたって、まさか食中毒かよ
「たぶん、前にも同じような症状が・・・」
おいおいマジかよ

今にも倒れそうな彼を急かせて勘定を払ってから外へ。
走ってきたTAXIに乗り込み急いで病院に向かうも、
彼の旅行傷害保険証がホテルだという。

なんで外出する時に持って来ないの

前にも記載したことがあるが旅行中は何時何処で
不測の事態になるか分からないだけに、パスポート
(あるいはコピー)と同じに常備しておくのが鉄則。

オレはTXAIの中から現地の保険会社のサポート会社に
電話をかけて現状を説明。すると「そのまま病院に
向かって下さい」と指示されるも保険証がホテルと伝える。

今宿泊しているホテルにTAXIで向かっているので
一番近いS病院の、そうオレが骨折入院していた
あの五つ星病院に連絡して救急車をホテルで
待機してくれるように頼んだ。

M、大丈夫かもう少しだから我慢すれよ
「すいません。うっ、ゲロゲロゲロ」

さっき食べたエビや鶏肉が、まるでシンガポールの
マーライオンのように袋の中にリバース。
ホテルに到着して部屋に戻り保険証を預かる。

よし、行くぞ

救急車の中では辛そうだった


階下に救急車が到着して待機していたので、急いで
乗り込む。その間彼は苦しそうにマーライオン状態。
夜だったこともあり10分ほどで緊急外来に到着。

着いたでもうすぐだからな。気張れや

2ヶ月半前にオレも運ばれた病院


ストレッチャーに乗せられ、すぐに緊急処置室へ。
何だか2ヶ月前に右腕を骨折して運ばれた自分を
見ているようだった。さすがに経験していただけに、
その後の展開が手に取るように予想ができた。

もう大丈夫だからな
「大分楽になってきました」

ストレッチャーで運ばれる


急いで医師が処置をしてくれて事なきを得たが、
問題はこの後1時間ほどベッドで様子を見た状態で
病状が変わらなければ入院になってしまう。

「実は明日の昼の便でラオスに飛ぶんですよ」
最悪の場合は、入院して院内観光やな

緊急処置室に運ばれる


1時間ほど待つ間に、病院の事務の担当者に
食中りになったと思われる原因と吐いた
時間などの経由を細かく説明。

それから再び先ほどの現地のサポート会社に
連絡して、処置してからの症状を伝え保険会社
書類の件を事務担当者に説明したことを伝えた。

これでキャッシュレスフリーになりますよね
「はい、大丈夫です」

緊急処置


2ヶ月前の自分の経験が活かされたのか病院も
偶然現地の保険のサポート会社も同じだったので
慌てずに全て効率よく完了。

M、どんな具合なの。大分落ち着いたか
「はい、多少ムカつきはありますけど」

医者は入院を勧めたが、取りあえず一度ホテルに
戻ってから一晩様子を見てになって回復しない
ようだったらラオス行きを諦めて入院することに。

「いろいろとご迷惑を掛けました」
オレがあの店に連れて行ったせいだから責任感じるよ

1時間様子を見て


ホテルまで彼を送ってAPTに帰宅したときは、すでに
2時を回っていた。それにしても腑に落ちないのは同じ店
で同じ物を食べて同じビールも呑んだオレが何で平気なんだ

あまり物も食わずに呑んでばかりだったもんな

或いは、長年タイに住んでいる間にいろんな免疫力が
ついたっちゅうことかな。それにしても、20年も
住んでいるのに食中毒にはなったことは一度もないぞ。

普段から屋台飯や不衛生な生ものは食べんからね

翌朝、M氏から連絡が来た。体調が回復したので
これから飛行機に乗ってビエンチャンに向かうと言う。

ほぉ〜い楽しんで来いよ

2日後、彼のコメントがブログに載っていた。

ご迷惑をお掛けしました。
様々な対応、本当にありがとうございました。
すっかり治り、初ラオスを楽しんでおります。
これに懲りずにまた訪タイさせて頂きます。

ま、何はともあれ元気になって良かったよ

タイを含めて海外を旅行される皆様方、けして
非衛生的な現地の生ものは食べませんように。
さらに旅行傷害保険の証書は常に持参すべし。

asia_jiyujin at 16:19|PermalinkComments(2) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

January 27, 2016

第2949回「お気軽娘たち帰国」

按摩にご案内


1月9日

「コインロッカーって何処かにないですか」
ここは日本じゃないのよ

ホテルをチェックアウトしたM嬢から電話が来た。
爆弾テロが多いお国柄だけにコインロッカーはない。

今日、帰国すんだろ
「その前にサンデーマーケットに行きたいの」

今日の午後便で帰国すると言うのに、午前中に
マッサージを受けてからチャトチャックに行くと
のたまう。女子はどこまでもどん欲な生き物である。

カバンはオレのアパートで預かるよ
「わぁ〜、ありがとう」
トンロー側のエスカレーター前で待ってるから

荷物を預かる


ところがだ。またしても時間を過ぎても待ち合わせの
場所に現れない。BTSトンロー駅のエスカレーター前
なんて一カ所しかないから絶対に分かるはずなんだが。

「あ〜、こっちだったんですね。階段側で待ってました」
だ・か・らエスカレーター前って言っただろ

こやつホント人の話をちゃんと聞いてないヤツだな。
大丈夫なんか。将来看護師になったら病室を間違えて
違う患者に投与剤や注射を打たなければいいけどな。

仮に、将来帰国してオレが高齢になって足腰立たずに
入院した病院に偶然M嬢が勤務していたとしたら・・・。
おぉ〜恐ぇ今はそれは考えないでおこう。

「マッサージの前にお金が足りないから両替したいの」
はいはいそんじゃ行く途中にあるから

オレが台湾から戻った頃から急激に円高になってた。
実に何年かぶりに1万円が3,000Bを越えていた。

へぇ〜良いレートじゃん

ようやく3000Bを越えた


両替してから馴染みのマッサージ店のトンロー店に
案内するも開店する午前10時を過ぎても肝心の
按摩スタッフが1人も出勤していなかった。

ま、タイ人は時間通りには来ないだろうからな

仕方なく別の姉妹店のプロンポン店に連絡してみた。

「今日は子供の日で渋滞で出勤が遅れている
みたいなのね。今なら2人たけなら当店で出来ます」

と言われたので2人にプロンポン店を説明している
間にお客が2人来店して満室になってしまった。

日本人が途中まで迎えに来るから22に行って

両替してチャトチャックへ


結局、彼女たちにもう1つの支店がある22店を紹介
して日本人スタッフに近くまで迎えに行ってもらった。

マッサージが終わった後に、チャトチャックに行った
2人が無事アパートに戻って来た。空港まで見送る
元気が無かったオレは、また悪質なTAXIにボラれ
ないように一番安全で確実な行き方を教えた。

さっきBTSで行ったチャトチャックまで行った
モチット駅まで行ってね、そこからドンムアン空港
行きのエアポート送迎バスがあるから


ま、行けば分かると思うけど、なんせ方向音痴の彼女
のことだから、果たして説明した通りに行けんのかな。

さてと、夕方の客人に備えてちょっと寝ておくか


翌日M嬢から携帯電話にSMSメールが届いた。


「無事に日本に帰国しました。台湾から帰ってきた
ばかりの所に、色々わがまま言って案内して頂いて
本当にありがとうございました。お陰で今回も充実
した旅になりました。7月北海道に帰ってくるとき
時間があれば美味しいお酒を飲みましょう。手首
肋骨共に早く良くなることを日本からお祈りしてます」


ほっどうやら無事に空港まで辿り着いたんやな

2人が看護学校を卒業したら、患者や病人に対して
優しくて気遣いの出来る立派な看護師になれることを
南国から願っておりまする。

この回続く

asia_jiyujin at 07:09|PermalinkComments(2) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

January 26, 2016

第2948回「お気軽娘が訪タイ」

歓喜する2人



うっ、寒っむぅ。なんじゃいこのヒンヤリ感は

昼過ぎに起きたら妙に肌寒さを感じたあまりの
寒さで外のベランダに出たら気温が18℃だった。

「やっと乾季が来たようね」
今頃か〜い遅いっちゅうの

なんと18℃


エルニーニョ現象で世界中の気候に異変が起こり
自然災害が相次いでいる中、タイでも乾季に入ってからも
ずっと暑い日が続き、1月でも34℃が続いていた。

近年は1ヶ月位季節がずれていると言われていたけど、
1月の終盤になってからようやく乾季が来たようだ。

タイ気象局によると25日朝の気温はバンコクの
ドンムアン空港で15.・3度を記録。北部の
チェンマイ県のアンカン山で2・3度まで下がった。

さらに26、27日の首都圏の最低気温が13〜16度、
北部が6〜14度、東北部が8〜15度、中部、東部
が13〜18度と予想している。

13℃ってなんまら寒いじゃんよ

因みに、年末年始に行った台湾でも強い寒波に覆われ
台北市で−4℃。近郊の山では雪が降った。もう少し
寒波が早ければオレ達は寒さで打ち震えていただろうな。

こない寒いと熱燗呑んで体を内側から温めんとな



1月8日

「ごめんなさ〜い。電話が繋がらなくて」

どうやら自分が使っている携帯電話の国際ローミング
の使い方が分からなかったようだ。オレにかけたら
変な言語のアナウンスが流れたので諦めたらしい。

過去の客人もそうだったが、彼女が使っている
docomoを海外でかける場合は、日本でかける
ように国番号の入った状態で『このままかける』
に【はい】ではなく【このままの番号でかける】
つまり国番号は必要なく+66-87-004-○▲□×
ではなく、そのまま087-004-○▲□×とかければ
市内通話の料金でオイラに繋がるのだ。

「Tくんから連絡行ったでしょ」
SMSでメッセージが届いていたよ

M嬢が到着した日の夕方オレに繋がらなかったので
LINEでT君と遣り取りしてどうにか連絡が取れた。

トンロー駅って言っただろ
「ご免なさい。ホテルを出てから方向を間違えちゃった」
ソイを右に曲がって言っただろ
「何だか分からなくなっちゃって」
おいおい、海外で方向音痴は致命傷だろ

待ち合わせした駅に時間通りに現れず、何故か隣の
エカマイ駅で待っていたのだ。で、どうにかこうにか
再会できたときは彼女以外にもう1人女が立っていた。

ところで君は誰
「あれぇ、2人って言ってませんでしたっけ」
聞いてねぇし
「初めましてNです。Nちゃんって呼んでね」

なんと、M嬢1人ではなく同じ看護学校に通うN嬢を
誘ってのマレーシア&タイ旅行のようだった。
得てして最近の女子どもは肝心な部分を省くようだ。
B型気質と言ったらそれまでだが、確か彼女はO型だ。

「それでね、今日行きたいところがね・・・」
その前にタイバーツはあんの
「それがね・・・」

ドンムアン空港に到着してから空港で1万円を両替
したのだが、悪質なタクシーにボラれて通常は
300Bも掛からない距離を800Bも払ったそうな。
はぁ〜やれやれ。先が思いやられる娘たちだわい。

すまんな。来た早々に嫌な思いをさせちゃって

海外旅行は全て自己責任ながらも、現地の危険情報
くらいちゃんとネットで調べろよと思ったが、自分を
訊ねてきた客人や友人が、この国でボラれたりすると
オレのせいじゃなくても申し訳なく思ってしまう。

身ぐるみ剥がされて捨てられなかっただけマシか

お気軽娘達がやって来た


先ずはタニヤの両替商で両替した後で、本日最初の、
いや2番目のリクエストはチャイナタウンに行って
中国人街を散策してからランチを食べたいとのたまう。

「トムヤムクンが食べてみたいのね」
日本のと違って本場のはめっちゃ辛いぞ
「私、辛いの大好きなの」
あっそう

TAXIでチャイナタウンまで行ってから100年以上も
営業を続けている如何にも古ぼけた歴史のある
老舗の中華店で、N嬢が食べたいとのたまう本場の
激辛トムヤムクンや空心菜炒とカオマンガイを注文。

「ん〜、美味しい。辛くないわ」
んなわけねぇだろ

初トムヤムクン


在泰21年目で数えるほどしか食べたことがない
オレも、納得いかずにちょいとスープを味見した。

あれ、あまり辛くな・・・げっ辛っれぇ〜

いつも騙されるんだよなぁ。一般的に口に入れて
すぐに辛さが判別できる韓国料理に比べてタイ料理は、
食べてから数秒経ってから猛烈な辛さが襲ってくる。

やっぱやめとけばよかった。舌が麻痺して痛ぇ
「私たちは全然平気よ」

チャイナタウンの老舗でランチ


飯食ったら次は何処に行きたいの
「T君がね、ヤダムさんのとこに行ってみればって」

確かに彼女たちが来る数日前に、悩めるT君に
頼まれて霊能者ヤダム占師の店に行ったばかりだ。

あのねぇいま行っているかどうか分かんねぇだろ

ヤダムと記念撮影


電話したら居た。しかも2人を診てくれると。
ふぅ〜、占いの通訳ってもの凄くしんどいのよ。
まぁ、これもタンブン(功徳)だし人助けでしょ。

「わぁ〜い、わぁ〜い。思い白い乗り物ねぇ」
遊園地のアトラクションじゃねぇっちゅうの

初トゥクトゥク


中国人街に来るといつも困るのが帰りのTAXIだ。
滅多に空車が走ってこないので、この際だから、
タイ国産製のトゥクトゥクを体験してもらった。


「貴女は深夜から朝の仕事が向いているわね」
「わぁ〜、実は私。救急外来が希望だったの」

ヤダムに占って貰うN


最初にヤダム占師が彼女の全体像を診る。現在看護学校
に通うN嬢の将来はER希望。将来的には国境無き医師団
のように、海外で医療活動に従するのが夢だったそうだ。

こやつ見た目より壮大な夢を持ってんやね

次はMが占う


で、次なるM嬢の悩みが・・・ま、個人保護法の
ため詳細はやめとく。って言うか忘れてしまった。

「うっわぁ〜、黄金の象さんだ」

金の象


ヤダム占師に将来を診て貰った後は、「ナイトバザール
に行きたい」という彼女たちのリクエストで、今や外国人
観光客尾の定番になっているアジアティックにご案内。

「わぁ〜、美味しそう」
熱いから気をつけて食べろよ

初タイスキ鍋


今夜のディナーはアジアティック内にあるMKで
タイスキ鍋を堪能してもらった。ランチのトムヤムクン
は食べられないけど鍋料理なら何とかオレも食える。

「この後は○×△□ストリートに行ってみた〜い」
あれTちゃん連れて行ってくれんかったのか
「あのディープな場所は藤岡さんに連れて行ってもらえって」
あんにゃろ

アジアティックで


本来であれば、いくら同郷とは言えT君の彼女の友達で
あるからして、彼がアテンドをするのが筋とちゃうの。
ところが、そのT君は自分の休みを利用して1泊2日の
弾丸ツアーでシンガポールに息抜きに行きやがった。

たまには異国で癒されて来んしゃい。後はオレが・・・

とは言え、いくら昔の仕事柄バンコクの裏街道を熟知
しているオレでも○▲×■ストリートは未だに苦手である。

じゃあ、後で迎えに来っから

午後22時から始まる某店のエンターテーメントショー
の中席に彼女たちを案内してから、新年の挨拶回りで
昔の仕事場だった歓楽街の馴染みの店に顔を出した。

サワディーピーマイ。今年も宜しくね
「あ〜らフジさん、お久しぶりね」
オレのボトルまだあったっけ
「ジャックならあると思うわよ」
んじゃあ、ちょっと呑ませてくんない

小一時間ほどしてショーが終わる頃を見計らって
彼女たちを迎えに行ったら、さっき座った場所に
いなかった。フロアーを見渡すと最前列にいた。

おい、もう帰るぞ
「もうちょっとだけ」

結局、店を出て来たのは30分してからだった。
BTSに乗ってトンロー駅まで辿り着いたときは
すでにオレのエネルギーが底をつきかけていた。

じゃあ道間違えないで帰るんだよ
「は〜い。お休みなさ〜い」

本来であれば、最後の〆に深夜食堂で呑むつもりで
いたのだがから彼女たちの強行スケジュールの
リクエストに応えていたのでかなり疲れ果てていた。

アカン。今日は酒呑まんで寝よ

昔のオレなら、これくらいへっちゃらだったのに、
今や残業続きの疲れ切ったサラリーマンのように
歩く姿はもはやヤドカリの如く抜け殻状態だった。

精力剤呑んで明日も・・・アカンもう限界や


asia_jiyujin at 04:09|PermalinkComments(0) 気ままなアテンド日記 | 藤岡わこう

January 25, 2016

第2947回「右肩痛で注射治療」

まだ70%の治り



1月7日】バンコク

「う〜む、骨はまだ70%くらいですね」
ドクター右腕よりも右肩が痛くてたまらんのです

台湾旅行中は、ずっと右肩が痛かった。酒を呑んで
痛みを誤魔化してはいたんだけど、実は相当辛かった。
骨折した右腕も寒い日はサポーターを装着して
ないと中の金属プレートが冷えるのか妙に疼くのだ。

鍼治療で大分良くはなったんですがね
「注射を打つか最悪の場合は手術になりますよ」

手術になれば再び入院して数日間は自由が無くなる。
それでなくても今月から訪タイ客が目白押しである。
少々悩んだ挙げ句に注射治療を選んだ。

「はい、これでしばらく様子を見て下さい」

肩に注射


右肩に何かの液体を注入してからは頗る調子が良い。
代わりに今度は左肩や首筋が酷く痛む。まさか転んだ
ときにむち打ち症になったわけではあるまいか。

車の衝突事故でも“むち打ち”は後から症状が出てくる。
医者は単なる老化による肩こりか肩と筋がすれて起きる
痛みだと説明するも、後遺症を考えると妙に気になる。

もう彼方此方の身体のパーツにガタがきてんだな

今日から例の看護学生がマレーシアを旅した後に
バンコクに来るはずだったが夕方になっても
一向に連絡が来ない。

おかしいな夕方には連絡するってSMSが入ってたのに

身体が本調子でないのに、今週は2組のアテンドが続く。
台湾のT氏のようにタイに住んでいる宿命と諦めるが、
連絡がないと心配になる。その前に自分の身体を心配せい。

肩に頭に・・・あぁ強靭な肉体が欲しいわい


asia_jiyujin at 00:09|PermalinkComments(2) 藤岡わこう 

January 24, 2016

第2946回「想い出の台湾紀行」

温泉街を歩く



ブログ面白かった早く次の旅に行きたーい

台湾紀行のブログを終えたばかりだが、シンガポール
のA嬢からいい感じの写真送ります!と画像を送って
くれたので、折角だからダイジェスト版でアップします。

29バスの外で車炎上


12月29日
テロ爆発では御座いません。桃園空港
到着後にバスに乗って台南までの
移動中に、オイラが爆睡している最中に
バスの外では大炎上している車があった。

30台南で担仔麺を食す


12月30日
台南の初めての食は担仔麺を食らう

30安平古保で


これぞ歴史に名の残る鄭成功氏の『安平古保

31台南の赤奴楼


12月31日
赤奴楼』にて、ここにも鄭成功氏の銅像があった

31台南で在来線に乗る


在来線に乗って新幹線の駅まで移動

31新幹線に乗車


台湾で初めて新幹線に乗ったぞ

31台南から新幹線で台北に


新幹線の中で酒を呑みながら待望の駅弁を食らう

31お茶屋で


Nちゃんのお友達が働く茶屋で東方美人を味わう

31S嬢一家と


Nちゃんのお友達のS嬢が嫁いだ台湾人のご家族と

31S嬢一家と記念撮影


日本では場所によっては規制がある自撮り棒で撮影

1永楽商場の拉麺屋


2016年1月1日
月下老人に祈願をした後に担仔麺を食べる

1Nちゃん洗髪


Nちゃん髪を洗う

1A嬢洗髪


A嬢シャンプー中

1髪廊


A嬢ブロー後の気分はマリーアントワネットか

2金品茶楼


1月2日
金品茶楼でT君と極旨の小龍包を食らう

2スィート店で


食後に糖分補給でカフェラテを飲む

3ウィスキーを買うオレ


糖分補給の後はコンビニでウィスキーを購入

3入りづらい居酒屋で


1月3日
念願の『世界入りづらい居酒屋』で阿才さんと呑む

いやぁ〜いま思い出してもおもろい旅やったなぁ

果たして今年の暮れは何処の国で年を越すんやろう。

asia_jiyujin at 22:09|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

January 21, 2016

第2945回「中華民国という国」

スクーター売り場では御座いません



1月5日】台北市(天津)

A,風邪は良くなったかぁ
「うん、大分良くなったみたい」
そりゃあ良かったオレ朝食に行くわ

パンも充実


T君のお陰でA嬢の風邪は大分回復したようだ。
先に帰国した旦那のNちゃんは38度の熱で
寝込んでいた。それでなくても東京は冬で寒い。

南国に戻るA嬢にしてみれば、熱さえ下がれば
大丈夫だろ。かく言うオレは一番不健康のはずが
風邪も下痢もないけど悪性の泥酔性認知症だ。

おぉ〜今朝の朝食も美味そうだな

以外と旨かった朝食


普段は朝食を食べないオレも、新鮮な野菜に
盛りだくさんのチーズにパンやお粥もあった。
リコピンにベータカロチンがある時は摂取せねば。

特に台湾の珍味は酒のアテになるしね

ホテルの朝食


持参したウィスキーを水で割ってチビチビ。
新聞を読みながら日本や台湾の新年の情報を得る。

ふむふむ、総統選は民進党の蔡英文主席が有利か
「お早う」
お、今日は食べる気になったか
「あんまり食欲ないけどね」

いつもは昼近くまで寝ていたA嬢も11時には
チェックアウトして空港に向かうので食べるに
気になったようだ。彼女のフライト時刻は13時。
オレは20時だがTAXIで一緒に行くことにした。

「もっとゆっくりして行けばいいのに」
もう観るとこも食べたい物もないしな

両脇にスクーター駐車


大手旅行代理店の台湾ツアーのパンフレットを見ても
台北101展望台こそ行かなかったが、龍山寺参拝に
故宮博物院見学、霞海城皇廊と周辺散策や士林の夜市。

さらには九分老街観光。食事は定番の小龍包に
台湾家庭料理で、最後は台湾式足つぼマッサージ。

君のお陰で有名な場所には殆ど行けたからね

警察署の隣にオークラプレステージ


初めて訪れた中華民国だったが、思っていた以上に
中国色は感じなかった。電車も降りてから乗るし、
マナーは頗る良い。交通ルールは守るし渋滞もない。

TAXIは乗車拒否もなくお釣りもキッチリくれる。
国民も礼儀正しく優しい人が多かったし治安も良い。

ただ、スクーターの異常な数には驚いたけどね

スクーター2重駐車


かのベトナムと匹敵するほどの多さかもしれないが
秩序のある走りだし、やたらとブザーを鳴らさない。
滞在中は暴走族らしきものも見なかった。

これぞ台湾の交通事情


東南も東アジアも二輪バイクが多い国の中で、何故
台湾だけがスクーター天国なのかが不思議に思えた。
そう、警察官まで白バイならぬ白スクーターだった。

喫煙罰金最高一萬元(約38,000円)には驚いた

罰金一万元とな


タバコを吸わない人には全然興味は無いだろうが、
バンコクでも2,000B(約6,700円)が最高だ。
東京や札幌でも5,000円くらいだろ。

タイと同様に日本料理店は多かったな

串かつだるまもある


タイにも進出している大阪の串カツだるまに吉野屋。
丸亀製麺に九州筑豊ラーメン山小屋。確か名古屋の
世界の山ちゃんもあったけな。それ以外にも個人経営
の日本料理店や焼き肉屋や鍋屋も彼方此方にあった。

T君の家の近くの”焼き肉焼”の看板の店には笑ったな

吉野家もある


日系の大手デパートのスーパーには、バンコクの
日系スーパーよりも日本食材が豊富だし、御存知
“デパ地下”には惣菜やご贈答品売り場が満載。

日本にいるのと全然変わんないね

日本人の入国時の滞在期間はビザ無しで90日間。
地下鉄も郊外まで伸びてるし温泉もある。
コンビニは異常なほど多いし、屋台街も面白い。

案外タイよりも生活しやすい国かもしれないね。
在泰21年目。政情不安のタイも飽きてきたしな。
そろそろ違う国で住んでみるのもいいかな。

A,そろそろ空港に向かう時間だよ

ホテルの回りは新宿みたいな街


台湾でお世話になった全ての方に感謝です

asia_jiyujin at 00:49|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう

January 20, 2016

第2944回「最後はやはり温泉」

滝之湯でひとっ風呂



1月4日】台北市(新北投)

「今日は温泉に行きましょ」
湯冷めしたら風邪引くから止めた方がいいよ
「百年以上も続く老舗の温泉があるのよ」

お互いタイとシンガポールの南国に住んでい
ながらいつもシャワーで済ませている生活だ。たまには熱い
湯に浸かって疲れた体を芯から癒したいとは思うが。

「昨日行った士林駅からちょっと先の場所よ」
熱い湯に入りたかったら部屋にバスタブあるじゃん
「何言ってんですか。水道水じゃ効能がないでしょ」

バスタブにウォシュレット完備


すでに幾つかの温泉を調べ上げているA嬢。オレが
行かなきゃ1人でも行くとのたまう行動派娘。旦那が
帰国しただけに女1人で行かせるわけにはイカンわな。
ま、オレも久しぶりに温泉にでも浸かりに行っか。

「その前にね。Sさん夫婦に昼食に誘われているのね」
何食べに行くの
「丼物か蕎麦なんだけど。Jさんどっちが食べたい」
おぉ〜久しぶりの日本の味か〜い。蕎麦がいいねぇ
「お茶屋のMさんも後から合流するって」

さすがに連日の台湾の味に疲れていたA嬢も日本の
味に飢えていた。かく言うオレも日本酒を呑みながら
蕎麦を手繰るのを想像しただけで食欲が湧いてきた。

「ホテルから歩いても10分くらいだから」

ところが、指定された道を歩いてもそれらしき
蕎麦屋を見つけられず、何度か道を往復していると
S嬢の旦那様のA氏がスクーターで駆け付けてきた。

「通りすぎてるよ。店はそこ」
おぉ〜なんちゅう判りづらい店構えじゃん
「看板が小さすぎるんだもん」
入りづらい居酒屋ならぬ見つけづらい蕎麦屋だな

店に入ると懐かしい蕎麦粉の臭いが鼻を掠めた。
日本人としては胃が落ち着く香りだな。S嬢と
M嬢は台北で一番美味しいと豪語する蕎麦屋だ。
(何だかS嬢とM嬢と書くとエロっぽく感じるな)

「わぁ〜、寝てるの」
「ちょっと風邪気味なのねぇ」
「あ、起きちゃった。抱かせて貰っていい」

あやさせてぇ


おぉ、あと数年後には自らの子をあやすであろう
A嬢も、今は沢山の児童の先生である。はたして
彼女が母親になったらどんだけ強くなんのだろ。

いずれ子供が出来て再び現場に復帰するときに
もし都内に保育所がなくて待機児童になったら
血の繋がらない爺役のオイラがオムツを替えて
あやしてやるぞ、と心密かに思うのであった。

赤ん坊をあやす


おぉ〜、えらく大盛りの蕎麦を頼んだねぇ
「何だか種類いっぱいのが食べたかったの」
これから温泉行くのに温泉卵食うんかい

久しぶりの日本食


オイラはみなに断って1人日本酒をチビチビ嗜む。
やがてざる蕎麦が運ばれてきた。あぁ、この香り。

くぅ〜、うんっめぇ。堪えられんわい
「わぁ、この味懐かしいわぁ」

蕎麦屋で


Nちゃんが先に着てお世話になったこともあり、
先日も問屋街やビアバーなどいろいろ案内して
貰ったので昼食代は我々がご馳走させて頂いた。

「こちらから誘ったのにいいんですかぁ」
「無問題。こちらこそお世話になってばかりで」

最後の宿泊ホテル


昼食後は一度ホテルに戻って温泉の身支度を
してから電車で台湾を代表する温泉地の
ひとつである『北投温泉郷』に向かった。


おいおいこれってまさに日本の温泉街じゃん
「あ、加賀屋があるわよ」
おぉ〜あの有名な加賀屋ですか

名店加賀屋


昨日同様淡水信義線に乗って士林駅を通り過ぎてから
北投駅で乗り替えて一駅。降りるとまさに景色は山間の街。
硫黄の臭いが鼻を掠める定山渓か草津の温泉街に似ていた。

まるで熱海の温泉街と同じだな
「あ、あそこに熱海大飯店ってホテルがあるわよ」

熱海大飯店


ところで、目指す温泉は何処なの
「この道を真っ直ぐ行って、あった。滝之湯」

歴史を感じさせる温泉です


如何にも時代を彷彿させる『瀧乃湯浴室』の看板を発見。
趣のある木造平屋建ての瓦葺きの純日本風建築の建物。
中を覗くとまさに昔ながらの日本情緒が残る銭湯だ。

うへぇ〜、こりゃあかなり覚悟して入らんとな
「凄いとところだね。歴史を感じるわねぇ」
出るときは日本語で叫ぶから

日本式の番台がある


入口に掲げられた『瀧乃湯浴室』の看板に時代を感じ
ながら、未だに台湾に存在している事に驚く。入浴料金
100元を払ってお互い男湯と女湯に分かれて入室。
北投にある温泉ホテルの入浴料金と比べると破格の安さだ。

じぇじぇじぇ吃驚ポンや。脱衣所がねぇじゃん

一瞬我が目を疑った。石造りの湯船の前に木の脱衣棚が
あるだけだ。入浴している人の前で衣服を脱いで入る。

脱衣所と風呂と洗い場が1つになっている。温泉の
湯気が立ちこめる空間を、薄暗い裸電球が照らしていた。
この光景を見たA嬢も、さぞや驚いてんだろうな。

くはっ熱っ。げっ、60度かよ

身体にお湯を掛けようと源泉掛け流しのお湯に
触れたら、なんと『注意源泉60度』の札が。
近くにいたおじさんが水の蛇口をひねってくれて
桶に半分入れて薄めろと無言で教えてくれた。

謝謝。おじさん

下半身を洗い、全身にお湯を掛けてから
いざ湯槽へ。恐る恐る膝まで入って奥に進む。

あ“っつ”ぅ〜

言葉にならない熱さが、一気に足に襲って来た。
思わず洗い場に撤退。尋常じゃない熱さなのに、
平気な顔をして湯船に浸かっている地元の年輩者。

我慢大会じゃなるまいし、よく入ってられんな

「ふん、若僧が」みたいな顔で見返された。ここは
日本統治時代に建てられた公衆浴場で、100年
以上の歴史を持つ台湾を代表する老舗温泉の一つ。

女湯には石造りの湯船が1つしかないと後からA嬢に
聞いたけど、男湯には湯船が2つあり。ギガ熱い湯船
とおそらく45度以上はありそうな湯船に再度挑戦。

うぐぅ〜こっちもあ“っづ”ぃ〜

ものの30秒で我慢の限界。再び洗い場に退却。
回りを見ると、湯船の回りで小休止している輩が
頃合をはかりながら、ゆっくり湯船に入って身体
を沈めていた。

この湯は質の良い青硫黄泉として知られていて、
細胞の活性化や免疫力の増強に効果があり、
慢性皮膚病、痛風、筋肉痛に効能があるそうな。

こんだけ熱けりゃあ細胞も活性化すんだろ

泉質は世界でも珍しいラジウムを含んだ青硫黄泉
(酸性硫酸塩泉)。ここから30分ほどの場所にある
源泉の地熱谷から湯を引いている。世界でも北投と
秋田県の玉川温泉でしか産出されない貴重な湯らしい。

そうとわかってもこの熱さでは長湯は出来んわい

その昔、この辺りに住んでいた人たちは『瀧乃湯』前を
流れる北投渓に入って湯を楽しんでいたそうな。日本が
台湾を統治するようになると、政府は軍人の療養のため、
この地に大衆露天風呂を設置し、『瀧乃湯』が誕生した。

へぇ〜、まるでテルマエロマエみたいだな

当初は男性ばかりだったため、男湯しかなかったのだが、
1945年に日本の統治が終わると、瀧乃湯は中華民国
政府に接収されて競売にかけられ台湾人に落札された。

再度オープンした際は、露天だった男湯に建屋が立ち、
新たに女湯と個人風呂が増築されたんだそうだ。

おぉ〜い、もう出るからなぁ

老舗の温泉は60度


さすがにこれ以上入っていたら湯あたりしそうだった。

かぁ〜汗がとまんねぇや
「冷たいものが飲みたい」

「この浴場に皇太子殿下が来られたんだって」
ほぉ〜、そうなの
「庭に記念碑があるそうよ」

湯上がり美人?


1923年(大正12年)、当時皇太子だった昭和天皇が
北投に行幸された際に北投公共浴場を訪れ、北投
渓沿いを散策されたそうだ。その時に、快適に歩ける
よう渓流内に飛び石が新たに敷設された。それを記念
して建てられた「皇太子殿下御渡涉記念」という石碑が、
今も『瀧乃湯』の敷地内にひっそり建っている。

木造の図書館


「何だか風邪気味で身体が怠いわぁ」
だから言ったじゃん。湯冷めして風邪引くぞって
「Nちゃんが置いていってくれた台湾の風邪薬あるから」

ホテルに戻ってからA嬢が体調不良を訴えた。
湯中りなのか湯冷めして風邪を引いたのか。

今夜のT君との晩餐はどうすんの
「部屋で休んでいるからJさん1人で行ってきて」

約束の時間にホテルの下で待っていると、大きな
ビニール袋を2つも携えてT氏がやって来た。

「Aさん風邪引いたんですって。これ食べて下さい」
おぉ〜ありがとね。こんなにいっぱい
「食べたらルル飲んで寝ていたら治りますよ」

袋には近くで買った熱々のキツねうどんとお粥。
ポカリスエットが3本にウンダーゼリー2つ。
さらに現地では高額な日本の風邪薬のルルが1瓶。

それを部屋で休んでいたA嬢に渡すと、申し訳なさ
そうにしながらも、T氏の気遣いに感激していた。

「優しい人ねぇ。宜しく言っておいてね」
良いやつだよぁじゃあ行ってくるわ

庶民派の盛國


TAXIに乗って、これまた現地の人で混み合う
盛國』という台湾料理屋に案内して貰った。

「今朝から何にも食べてないからいっぱい頼みますよ」
オレはあんまり食べられないからね

T君と最後の晩餐


出てきた出てきた小龍包に麺類に、オレの為に
頼んでくれたトロトロのお粥がテーブルに並ぶ。

ほぉ〜これは胃に優しいお粥だね

胃に優しいお粥


「ここも日本人には評判が良い店なんですよ」

小龍包に麺


見たところ店内は、現地の台湾人で賑わっていた。
店員たちも忙しそうに店内を動き回っている。

店は地元民で混み合っていた


オレは持参したウィスキーを隠れて呑んでいたのだが
例によって、どうもここら辺から記憶が断片的になる。

訊けば「Aが心配だから部屋呑みしよう」とT氏を
誘ったらしくコンビニで再びバランタインを1瓶
仕入れてから3人で呑んでいたんだそうな。
で、その後T氏が帰宅してからオイラが落ちた。

最後の夜も落ちた


落ちた後で2時間ほど独り言を喋っていたと
聞いて愕然とした。夢遊病の後は独り言かよ。
さらに、判断できない言語で寝言も言うそうだ。

益々酒癖が悪化してきたぞぉ

独り言を2時間も


こうして台南でも台北での最終日の夜も、見事に
部屋で落ちたのでありました。未だ人様に迷惑を
掛けてないとは言え、いつかは大惨事になりかねん。

やばいよやばいよ何か良い薬ないんかい


asia_jiyujin at 19:19|PermalinkComments(0) 気ままな流浪的旅日記 | 藤岡わこう