September 2019

September 30, 2019

第3547回「老頭児にもめげず」

背中はほぼ全裸です



9月26日

「サワディーカ サバイディールー」
J先生元気なら病院に来てないっすよ

9月26日は57.9圓世辰


今日はJ先生の都合で午後からのリハビリ。
いつも通りの低周波治療から始まり、その後は
神の手で見事な指圧&按摩の施術。

痛い・・・けど気持ちえぇ

9月26日の血圧


それが終わるとホットパックが20分。




9月28日

通い慣れた4階の物理療法室


今日は土曜日とあってか日本人専用窓口が
妙に親子連れで混んでいた。タイでも
インフルエンザが流行してるから院内
感染を恐れる人たちは皆マスクをしてた。

インフルよりPM2.5の方が・・・

9月28日も57.9圓世辰


さて、今日も血圧と体温と脈拍を測ってから
体重もチェック。通院を始めてから徐々に
体重が落ちているのが妙に気になるな。

J先生 今日が最後になります
「あらそうなの じゃあ今日も念入りにやりますね」

9月28日の血圧 低いなぁ


いつも通りの低周波治療から始まり、
その後は神の手で見事な指圧&按摩の施術。

あぁ痛い・・・けど何だこの幸せ感は

この低周波治療器で


それが終わるとホットパックが20分。

「じゃあ自分で毎日リハビリを続けて下さいね」
スクワットもやるんですよね・・・嗚呼

後は自分で腰と臀部の周りの筋肉を鍛えろ
ってことですかい。インナーマッスル鍛える
ためにホテルのプールでも行こうかしら。



9月30日

「どうですか?」
まだ痺れますけど大分良くなった感じです

9月30日は57.6圓世辰


午前9時から物理療法のP女医との診断。
リハビリ治療を続けて12回。多分このまま
続けてもあと2,3ヶ月は掛かるんだろなぁ。

で、続けて手術を担当して頂いたC医師との検診。

9月30日の血圧も低いぞ


「4ヶ月後にまた検診に来て下さい」
4ヶ月後ですか・・・

次回は4ヶ月後です


4ヶ月後と言えば来年の1月だぞ。
本当にオイラの腰は完治するんかいな。
ゴルフなんか出来るんかな。

まぁ、完治せずともこのポンコツの身体に
合わせて生きるしかないようだなぁ。

じぇじぇじぇ先生の手首が消えて・・・

じぇじぇ心霊写真か!?


このご時世、胃や胆嚢が無く腰が不具合な
オレより五体不満足でもパラリンピックで
活躍してるアスリートたちの汗をテレビで
観る度に呑んだくれのオイラなんか・・・。

Xレイ検査は問題なし


まぁ、なっちまったもんはしゃあ〜ない。
不摂生な生活しながらこんな老頭児(ロートル)
の体になった歳で後悔しても始まらんわい。

こんな身体でも楽しんで生きるべし・・・痛ぇ




asia_jiyujin at 22:29|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 28, 2019

第3546回「菜食週間でも呑む」

今夜も楽しき夜会で呑む



9月28日】 

おやっとさぁ

夜のしじまに輝く行灯


今夜はN大将といつもの“極楽”で定例会。
朝4時までやってるからゆっくり呑めるな。

いつもながら食べきれんほどN大将が注文
するからキンジェー(菜食週間)だけに
肉類は除いてもらったらシシャモがあった。

ま、今のオレには貴重なカルシュウム源だしね

菜食週間なのに魚食べちゃった


そもそもキンジェーは普段から美味いもん
食べてる富裕層の華僑系タイ人の習慣だしね。
生き物を食べんとしても酒類の飲食も
自粛する週間なのにタイ人平気で呑んでんじゃん。

この前はMさんたちとありがとね
「旦那さんも元気そうで良かったね」

今夜も呑んじゃうよ


M氏の嫁のYさんも従業員とは言え普段から
多忙な大将と落ち着いて話すことないだけに、
たまの仕事終わりに河岸を変えて旦那さまも
交えて呑むのもいいもんだなぁと思ったりした。

「とうとう来週だよ」
台風来てるけど鹿児島は大丈夫かな
「その前に腰の具合は大丈夫なんかい」

寿司もあったんだ


8月にバンコクに戻って来て最終週から
リハビリと治療を始めて1ヶ月間、真面目に
通院しながら来週月曜日に最後の検診がある。

完治はしてないけど大丈夫でしょ

鹿児島に行けば銘酒もあるし温泉に泊まるから
温浴治療も出来るしね。この際だから指宿の
砂風呂に入れば案外腰の痺れが治ったりしてね。

何はともあれ菜食をアテに
 今夜も呑んだくれるぞぉ〜い


右隣にはニッコーホテル



asia_jiyujin at 15:49|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 24, 2019

第3545回「異国で生きる意味」

今夜はなぎやで



9月24日】 

「こんばんは藤岡さん ご無沙汰してました」
どうもMさんおばんです

年で一番暑いソンクラーンの時期に札幌から
タイに移住された整体鍼師のM氏夫婦と深夜に会う。
嫁のYさんは1ヶ月遅れてバンコク入りしていた。

「おやっとさぁ」
おぉ〜こんな軟らかい豚の角煮食ったことねぇ

豚の角煮がなまらうまいっしょ


普段からあまり肉類を食べないオイラだけど
医者からも言われていたのでキンジェー
(菜食週間)にも関わらずビタミンB6を食した。

タイという異国ながらこの渾然一体とした
妥協のない味付けに思わず舌が踊った。

うっめぇ〜

今夜はN大将の計らいでいつもの定例会の
極楽”ではなく平日でも朝4時までやってる
なぎや”でM夫婦との宴席を設けてくれた。

ほんじゃあお疲れさまです
「は〜い ありがとうございます」
どうですか仕事は慣れましたか

M夫婦と夜会で呑む


「大雨とかタイ語とかいろいろ苦労してますわ」
そりゃあ 気候も環境も違うもんね

M氏と最初に出逢ったのは6年ほど前かな。
帰国して札幌に滞在しているときに長年
懇意にしてるW氏が以前タイでアテンドした
人たちを誘って宴席を開いてくれた。

その中の1人に整体師のK氏がいて、
その友人のM氏も以前からタイに
興味を持っていたので同席した。

それ以来、毎年帰国する度に滞在中に
スパや按摩業界の現状を話しながら
M氏の治療院で鍼の施術を受けていた。

「近い将来タイで開業したいんですよねぇ」
タイは日本人が直接施術できないですよ

海外の医師免許がある医者は別としても
歯科医でも整体師でも外国人が直接治療や
施術が出来ないのが表向きの原則である。

グレーゾーンで働いてる人もいるけどね
「出来れば正式にやりたいんですよね」
かなり難しいと思いますよ

海外での開業を考えていたM氏はバンコクの
知人たちを頼っていろいろと調べたようだけど
結局諦めてオーストラリアやアメリカに
渡航して海外の現状をリサーチしたそうな。

で、その時に現地で知り合った日本人との
縁があって一度は諦めたタイでの移住を
再び本格的に考えた。今年の1月にも下調べを
兼ねて訪タイしたときに彼と呑んだ。

ようやく夢が実現できるんですね

札幌の治療院を引き払って今年の4月に
晴れてバンコクの某整体治療院で
タイ人スタッフに技術を教えている。

嫁のYさんは、来た当初からいろいろと
紆余曲折がありながらも多生の縁から
今月初めから寅次郎の本店で働いている。

そんなこともありM夫婦の現状も知りたくて
N大将が今夜の席を開いてくれたわけで。

まぁ何はともあれ楽しんで下さいよ

文化も風習も違う国で生きてくと言う事は
簡単に見えてそんなに楽なことじゃない。
ましてや駐在員の赴任と違って全ては自分だ。

滞在ビザに物価の価値観にタイ語の習得など
日本で生活していればしなくていい苦労や悩む
こともあるし理不尽で不条理な事も多々ある。

それでも異国の移住を決断したからには
同郷故に毎日楽しく笑って生きて欲しいと思う。
その為には現地で頼れる日本人が必須だ。

ま、呑んだくれのオイラはアテになんないけど
N大将がいるから心配はしてないけどね。

遠くの親戚より近くの友達ですな

因みに来年に定年退職する札幌の某大手会社に
勤めてるK氏も本格的にタイ移住を考えている。

う〜む旅行で来るより実際住んでみると
 習慣も違うから何かと大変なんだけどなぁ


一見気ままに呑んだくれてるオイラの
ブログは悪までも表の顔ですぞ。それでも
ここが自分の選んだ生きる居場所なんだな。

この国で仕事の意義と生きる意味を探して下され



asia_jiyujin at 20:49|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 22, 2019

第3544回「泰好家K氏の奇行」

楽しき宴席



9月22日】 

「どうも藤岡さん こんばんは」
あれまいきなり女性同伴ですか

日本のとある都市から来たK氏から会食の
お誘いがあったので“どんたく”で待ってたら
若いタイ人女性を伴って店に入って来た。

すっかり2人で呑むと思ってたから少々躊躇。
ま、いつも彼と会うときは何かと驚かされる
だけに今回も覚悟してたら案の定だったな。
さすが伊達にタイ好きを豪語する人だべさ。

「サワディーカ」

さて何を頼みますかのぉ


へぇ〜君大学生なの

どう見ても会社勤め人には見えんかったけど、
現役の女子大生にしてはハデな出で立ちだな。
とは言えタイ人は皆お洒落で流行に敏感だしね。

「サワディーカ」
ありゃもう1人来たよ
「友達を呼んだそうです」
えっオレお邪魔虫じゃねぇの

仲良いね


彼らが来てからすぐにもう1人が登場。
事前に何も聞かされてないからまたも戸惑う。

いったい今夜は誰との晩餐なんだ・・・

今宵も酔いどれます


昔からK氏は場の雰囲気を気にせんで
時として一瞬にして周りをフリーズさせる
KYな独特のギャグをのたまう癖があった。

今回もまったく先が読めん演出に躊躇
しながらも取りあえず呑んで対応する。

「多い方が楽しいでしょう」
細かいことはいっかマイペンライ

酔って候


「ジャスミンです」
は〜いよろしくチョンゲーオ

プリプリの牡蠣


初対面だけに取りあえずピエロ役を演じながら
亜鉛の牡蠣を肴に濃いめのハイボールをクイっと。

酔いどれ御膳


K氏はプロモーションの“酔いどれ御膳
を注文して飲み放題のビールで乾杯。

美味そうに牡蠣を食べるねぇ

生牡蠣を食らう


1時間半ほど飲み食いしながら愉楽の
ひと時を過ごしたK氏は2人を伴って帰っていった。
1人残って呑んでたらY店長の娘が顔を出す。

お〜Pちゃんサバイディールー

屈託のないPちゃん


おいおいカワイイ顔が台無しだぞ

無邪気なPちゃん


さ〜て帰って土産に頂いたアテで呑みなおすかのぉ

嬉しか土産ですばい



asia_jiyujin at 16:39|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 21, 2019

第3543回「新嘉坡からの訪友」

定例会にK君も合流



9月21日】 

おぉ〜K久しぶり
「藤岡さん こんばんは」
Kちゃんナイスミーチュアゲイン

日曜から土曜日に変更になったN大将との
極楽”での定例会にシンガポールから
遊びに来たK君たちが突発的に合流した。

「ハノイは楽しかったですよ」
オレが行きたくない国NO.1の国だよ
「交通は酷いですからねぇ」

ハノイを旅行した後にバンコク入りしたK君
とは、前回は6月の中旬に東京のYご夫婦が
訪タイしたときに“どんたく”で一緒に
呑んで以来だから3ヶ月ぶりの再会になる。

「店変わったんですよ」
またか大変だね

以前まではマレーナベイサンズの近くの
有名な日本レストランで働いてたけど、
2年起きに変わってるから今回はどこの
レストランに移ったのか覚えてない。

「シンガポールに来たら寄って下さい」
ランチが29SP$って高すぎて行けんよ

人が多いと楽しいね


何はともあれアムステルダムのホテル
オークラからシンガポールに移住して
未だに異国で腕一本で日本レストランを
渡り歩いている料理人の彼は凄いと思う。

包丁一本サラシに巻いてぇ〜

かく言うオイラも異国でこの歳になるまで
会社や組織の歯車の一個になることもなく、
ペン一本で生きてこれたのも多生の縁。

今は多くの友に恵まれながら感謝を
忘れず毎日呑んだくれてんだから、それは
それで気ままな時遊人的な生き様だよね。

んじゃあ今夜も呑むぞぉ〜い


asia_jiyujin at 16:49|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 18, 2019

第3542回「治療の甲斐あって」

9月14日おぉとうとう58圓鮴擇辰燭



9月14日

ありゃ〜とうとう58キロ切っちゃったぜ

おかしいなぁ。ちゃんと食べてんだけどなぁ。
この日も午前中からいつもの低周波治療と
マッサージとホットパックを2時間受けた。

9月14日血圧が低いぞ




9月16日

たぶん日に日に痺れは緩和してんだろな

9月16日58.4


この日もいつもの低周波治療とマッサージと
ホットパックを受ける。リハビリのJ先生は
的確にピンポイントでマッサージしてくれる。

リハビリを受け始めた当初は毎回世代の
違う物理療法士が代わってたけど、J先生は
なまら上級者。掌が温かくて患部を押されると
至福の痛みが走るのだ。以来ずっと指名してる。

J先生の手はまさに神の技だ

タイ北部プレー県出身で勤続20年を超える
アラフォーのベテラン物理療法士だけに、
午前中の予約を取るのが結構大変なのだ。

9月16日は血圧が低いな




【9月18日】

おぉ〜なんじゃなんじゃ

9月18日は58.3


この日はいつもの低周波治療を受ける前に
見たこともない最新の近代的なマシーン台に
寝かされて腹筋や足の筋肉を鍛えた。

「これを家でもやって下さいね」
はぁ・・・毎日っすよねぇ

術後は身体を反るのが厳禁で腹筋を鍛えるのも
NGだったけど、これからは自ら腰の周りの筋肉を
鍛えて痺れや痛みを緩和しなさいとのことなのね。

真面目に通院してリハビリした甲斐があってか
前よりは痛みや痺れが少なくなった。

そんでも未だに歩き方や座り方でピリッと
電気のような痛みが走るし左の手足が痺れる。

嗚呼もうこの痺れに慣れるしかないんかな

9月18日も正常値


医者の言われた通りにカルシウムや他の
薬を飲んでるよりは飲み慣れた酒を呑んでた
方がはるかに痺れが緩和できんだけどなぁ。

asia_jiyujin at 16:59|PermalinkComments(0)

September 13, 2019

第3541回「酒浸りの薩摩の旅」

定例会で呑む




9月13日】 

鹿児島の旅は楽しみだねぇ

今日は金曜だったけどN大将から電話が来て
突発的に“極楽”で定例会の宴席になった。

「いろいろと計画したよぉ」
もはや大将は旅行会社並みのコーディネーターだね

来月初めに千歳から来られるN氏とI氏と
長年お世話になってるノンカイのR教頭先生を
伴ってN大将の故郷でもある鹿児島を旅する。

タイは10月から1ヶ月間は学校が夏期休暇に
なるのでT先生も誘ったけど毎年10月上旬は
生徒たちを連れてルーイ県でサマーキャンプ
なるものに行かねばならず残念だけど諦めた。

「指宿温泉の砂風呂を体験してもらいましょう」
唐船峡の流しそうめんも喜ぶだろうなぁ
「藤岡さんはまた朝から呑むんでしょう」
オフコース一応免許証はもってくね

鹿児島の旅


2年前の10月にN大将が中学時代に米国に
ホームスティした時のホストマザーのMさん
夫婦と一緒に福岡・佐賀・長崎・熊本・
鹿児島・大分の九州一州を旅をした。

あんな楽しい旅をNさんともしたいなぁ

1年前だったかN大将と呑んだ時に何気なく
呟いたのが発端で「よしじゃあNさん連れて
鹿児島旅行を計画しょうか
」と相成った。

毎年何度か店のスタッフたちを日本に
慰安旅行で引率してるN大将だけど、
オレたちは従業員でもないけどいいのか。

でもそうなったらさぞや楽しかろうて

鹿児島ツアーの話で盛り上がる


その話を昨夏帰国した時に千歳のN氏に
伝えたら「よしじゃあR先生の分は
僕が出すから誘ってよ
」と相成った。

そんじゃあT先生の分はオレが」と
T先生も誘ったけど行事があって断念。

T先生は雪が見たいからなぁ

昔から雪に触れたいと懇願してたから
いずれタイミングが合えば冬期に寅次郎の
北陸能登カニ食べ放題ツアー”の
慰安旅行にでも誘ってあげようかな。

そんなわけでトントン拍子に話が進み
N大将がLCCのエアチケットを手配
してくれて香港空港経由で“酒浸り
薩摩ツアー
”が現実のものになる。

今年の1月にもN大将の免許の更新で
鹿児島に帰国したときにオイラも誘って
もらって心が和む旅を体験出来たわけで。

あんときはわっぜ寒かったばい

ところで何で北海道から来る友達をタイに
着いた翌々日に九州なんだと思うかも知れんけど
実際千歳から鹿児島の国内線のエア代より安いしね。

昨年はバンコクを中心にタイ東北部の
ノンカイを旅してからタイ南部のクラビと
ナコンシタマラートとトランの旅をした。

今年は鹿児島の旅からバンコクに戻ったら、
翌日からはR教頭先生の生まれ故郷の
タイ南部の旅を計画している。

今年は日本の南とタイの南の旅だなぁ

つい先日、N氏から「また酒浸りのタイランド
旅行を楽しみにしています」とメールが届いた。

今回も行程は全てN大将任せだけどこの
日泰合同メンバーはさぞや想い出に
残る面白い旅になるだろな。ま、またオイラは
朝から呑んでくれると思いますが・・・。

その前にリハビリをしっかりしとかんとな


asia_jiyujin at 15:39|PermalinkComments(2) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 12, 2019

第3540回「愛泰家O氏と呑む」

どんたくで乾杯



9月12日】 

「藤岡さん 今バンコクに来てます」
おぉ〜久しぶりのOさんからじゃん

昨年10月に一時帰国したときに
東京の赤羽と中野で呑んだ愛泰家の
O氏から晩餐のお誘いだった。

昨年11月にも千歳のN氏が訪タイした時に
ナポリ”で一緒にランチしたけど、今年に
なってからバンコクで呑むのは初めてだな。

んじゃあかんぱ〜い
「腰の具合は大丈夫ですか」
呑めば痺れも感じなくなりますよ

嬉しいお土産


「これお土産です」
おぉ〜ありがと助かりますわ

酔いどれ御膳


今宵は九州酒場“どんたく”で今月の
プロモーションの“酔いどれ御膳”を嗜む。

こんだけついて500Bはお得感あるよね
「90分飲み放題なんですね」
これに〆の蕎麦もついてますよ

コースの最後は〆の蕎麦


現在50歳代前半のO氏は東京都内の
某大手会社の管理職残業手当はなく
毎晩遅くまで働きながら未だ独身である。

そろそろ辞めてタイに来たらいいじゃん
「そうしたいんですけどねぇ」

愛泰家O氏と呑む


早期退職すれば相当の退職金がもらえるだろうし、
なして現状に拘んのかねぇ。数年前に都内で高額
マンションを買ってローンの返済中らしいけど、
そんなもん貸すか売っちゃえばいいじゃん。

無責任な言い方かもしれんけど、O氏とは限らず
現状に流されて日々我慢とストレス溜めてる人を
見るとつい・・・でも、それが今の日本社会なのか。

人生は一度限りだぜ

とは言え、そんな簡単にできんことも分かるし、
必ずしも日本を脱出して海外移住すれば毎日が
楽しくて幸せな世界が待っているわけじゃない。

むしろ日本の方が良かったりして・・・

せめてマンネリ化した日常の仕事を楽しむか
結婚して家庭を築いて子育てに追われれば
違う意味で人生に変化が・・・ま、たまに
タイに来て南風にふかれるのがいいんかな。

「いらっしゃ〜い 藤岡さん」
おぉ大将酔いどれ御膳十分満足しましたよ

N大将と


「今夜も呑んでるねぇ」
いつものオレだけどね この後が恐いわ



おっちゃ〜ん久しぶりやねぇ
「おぉ爺 生きとったか」

1年半ぶりにK社長と呑む


酔いも手伝ってか〆の蕎麦を手繰ってから
久しぶりにタニヤの“神楽”に顔を出した。

海外移住組のK氏もまたタイ人嫁と4人の
子育てに追われながらも生き馬の目を抜く
不景気が続くの業界で生きてる1人でもある。

「爺 腰大丈夫なんかよ」
もうポンコツの老体でアカンわ・・・

例によってこの後の記憶がまったくない。
おそらくO氏がアパートまで送ってくれたんかな。

下手すれば身ぐるみ剥がされてパンツ一丁で
路肩で寝てるかもしれんし抱きつき強盗もいる。
日々魑魅魍魎が彷徨うバンコクのの世界で
毎回無事に帰宅してるのが奇蹟に近いことだ。

Oさんご厄介になったね楽しいひと時でした


asia_jiyujin at 17:09|PermalinkComments(0)

September 08, 2019

第3539回「母校の還暦同窓会」

上富良野高等学校普通科1期生還暦同窓会



9月7・8日

おぉ〜みんな歳とったなぁ

9月7日は10年に一度開催される我が母校の
上富良野高等学校普通科1期生還暦同窓会だった。
1期生と言うことはそれまで農業科と商業科しか
なかった高校に新設されたばかりの普通科。

だから普通科の先輩はいないんです

今回は1泊で地元の温泉旅館で開催するらしく、
古希を過ぎた恩師たちも参加されるし、これが
おそらく最後になると幹事からも連絡があった。
学級委員長としては是が非でも参加したかったぜ。

参加者が20人たらずとは寂しいな

男子はほぼ悪友会のヤツ等だ


同窓生は100人前後はいたはずだけど、すでに
病気で他界したヤツや自殺したヤツもいたし
地方都市に住んでたら参加は難しいのかな。

おぉAにSちゃん変わってないねぇ。
 え〜と昔つき合っていたMちゃんは・・・


参加したのは近場が多かったようで


男子たちは毎年開催してる“悪友会”の面子と
面影が残る懐かしい顔もあったけど女子が・・・。

誰だ女子の顔がわからん

女子は顔がわからん


現国の先生と結婚したMちゃんに離婚した
看護師のHに・・・う〜ん、他は容姿が
あまりにも変わりすぎて誰だか判断できん。

みんな還暦だもんな

建て替えられた校舎の前で


古くなった母校が建て替えられて参加者数人で
体育館や校舎や石碑の前で記念撮影してた。

おぉ〜B先生立川談志師匠みたいじゃん

懐かしき石碑の前で


熱血教師だった担任のB先生は、確か
宮城県の女子高校に赴任したと聞いた。
東日本の震災時は大丈夫だったんかな。

数学のF教諭は母校の後に名門の旭川
東高校に赴任した。最後は校長職を
勤めてあげて退職されたらしい。

サイン コサイン タンジェントを勉強 したって
 世の中に出て何の役に立つんだよ


数学担当のF恩師


とF先生に毒づいて教室を出たことがあった。
その後もしばらく数学の授業には出なかった。
父上さまが胃癌で余命半年と知ってから大学
受験を諦めて自暴自棄になってた時期だった。

ところが1学期が終わって通信簿を見たら
欠席が無く全部授業に出てた事を知ってから
2学期からは真面目に出席した。

そもそもサインコサインってなんだよ

さりとて人生はかくも面白いもんで、卒業後に
何の因果か設計建築士になったオレは
直角でない土地の面積を求めるのに初めて
サインコサインを駆使することになり難儀した。

どうやって土地の面積計算すんだよ

で、赴任された旭川東高(地元ではエリート校)
に連絡してF先生に教えを頂いた経緯があった。

まさか社会に出てサインコサインを使うとは

ま、そんな懐かしい想い出もあったけど、
担任のB先生は度重なる生徒たちの構内での
喫煙問題に自らのタバコ箱をストーブ
(当時は石炭ストーブ)に投げ入れた。

「オレも今から禁煙するからお前等も止めろ」

当時は熱血教師だったB恩師


とまるでテレビドラマのような熱血先生だった。
問題児はいたけどそれほど不良はいなかった。

同じ地区に不良が多かった富良野工業高校が
あったけど、オレが通っていた上富良野高校を
上不良の高校と呼んでたヤツもいたっけな。

学校祭に乗り込んできたときは焦った

当時は何処の高校にも番長が存在してたし
ビーバップハイスクールが流行ってたから
不良の格好に憧れていたヤツらは多かった。

さしずめ今なら小栗旬主演の映画
クローズZERO”みたいな他校同士の
抗争があった時代だったからね。

それもこれも全ては44年前の想い出だ

新校舎の体育館で


無事に卒業させた生徒はオレたちも含めて
数え切れんほどいただろうけど、きっとあの時代の
先生たちは真剣に生徒たちと向き合ってたし
不思議な信頼と絆で繋がってたと思う。

次回は5年後にやろうと恩師が発案したらしく
幹事からは今度こそ帰国して出席して下さいと。

5年後かはたしてオレはタイにいるんかな

asia_jiyujin at 19:09|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう

September 07, 2019

第3538回「久しぶりの日本語」

まだ半分残ってました



9月7日】 

おやっとさぁ

先月末はN大将が日本に出張してたので
2週間ぶりにいつもの居酒屋“極楽”で
深夜の定例会で呑んだ。

この2週間は月水金と週3回真面目に通院
してリハビリに専念してたけど、気がついたら
誰とも日本語を話してないことに気づいた。

今日は久しぶりに日本語を話すよ

極楽でも呑むも


病院でもスーパーマーケットでもカフェでも
スタッフはタイ人だからタイ語しか話してない。

別に引き籠もりではないけど、ロングスティ
してる日本人の爺さまたちも、下手をすれば
誰とも話さずに暮らしてるのかもしれんな。

おぉ〜恐ろしいことだよな

数ヶ月前に東北の田舎町で日本人の独居
老人が心筋梗塞だか脳梗塞で死んだ数日後に
近所の人に発見されたネットニュースを見た。

大将との定例会がなければオレも・・・

今宵も元気に呑みますぞ


日本でもそうだがいくら地位があって経済的に
豊かな人でも友達がいなければ人生はつまらん。

幸いオイラには毎週のように誰か彼か
訪タイして一緒に呑む友人がいるけど、
乾季と違って8月からの雨季は極端に少なくなる。

今年の5月27日から3週間近くは
腰の術後ともあってアテンドを断って
いたから誰とも会わない日々が続いて日々
痺れと闘いながら呑んだくれていた。

「ボーっと呑んでるんじゃねーよ

新規のユニフォーム


と、チコちゃんに叱られそうですが、
なんせこの腰が完治しないと辛いのよ。

いつものチコちゃんカットのKUNさんが
笑顔で接客してくれるのも安心ですが、
お店のユニフォームが新しくなっていたのが
なんかお客の立場ですが嬉しいですな。

チコちゃん今宵も呑んだくれま〜す

以前までのユニフォーム

以前までのユニフォーム



asia_jiyujin at 00:59|PermalinkComments(0) 気ままな時遊人的日記 | 藤岡わこう