亜洲鉄道日記

月曜日と木曜日に定期更新。亜洲鉄路(アジアの鉄道)の日記です。中国と日本の鉄道が主になりますが、そのほか近辺の国の鉄道・飛行機の写真を載せています。 旅行をした年も記載していますが、古い旅行の写真も入りますのでこの日記を参考に旅行をされる方は充分に現地に確認して下さい。 下の写真をクリックすると目次が開きます。

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2016年3月 陰陽連絡ルートを辿る(因美線・津山線) 5

12(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

「3月21日 津山線 普通955D 津山→岡山」

津山からは津山線で岡山へ出ます。

津山は美作地方の中心の都市であり、高速道路もありますからここから大阪までの高速バスや東京への夜行バスも出ています。

津山と岡山との間の交通も重要で、この間には津山線があります。
距離は58.7km。
明治31年にはもう岡山〜津山までの鉄道が開通していました。

最初は中国鉄道の本線として開通し、昭和19年に国有化して国鉄津山線となりました。
今では陰陽連絡ルートの役割を失いつつあります。
しかし岡山との都市間輸送の役目は大きく、この区間にはJRの定期列車における最後の昼行急行列車となった「つやま」が平成21年に廃止になっていますが、快速列車が数往復設定されています。

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14:11に岡山からの快速「ことぶき」が到着しました。
キハ47形の2両編成。

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ほぼ同時に留置線からキハ47形の2両編成が出てきました。
「岡山」表示になっているのでこれがこれから乗る14:35発の普通列車になるようです。

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続けて14:18にキハ40形の単行も出てきました。
こちらは14:42発の姫新線の中国勝山行になるようです。

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14:20過ぎに岡山行955Dとなる編成がホームに入線してきました。
津山駅の入線メロディーは「線路は続くよどこまでも」。

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客待ち中の岡山行普通955D。

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座席の埋まり具合は1つのボックスに2人程度でした。
これは岡山に近付くにつれてだんだん増えてきます。

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14:35に津山を発車しました。
駅を出ると右へ線路が分かれていきます。
新見への姫新線です。

姫新線と分岐すると津山口に停まります。
津山線の前身である中国軽便鉄道の最初の終着駅が津山口です。

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佐良山を過ぎて、次は亀甲。
駅の近くに亀の甲羅のような岩があるから亀甲駅なんですと。
駅舎も亀のようになっているらしいんだけど、ホーム側からはよく分からないですね。

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小原、誕生寺と停車して、次は弓削。
弓削では2分ほど停車します。

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岡山発津山行の普通952Dと交換です。
向こうはキハ40形の2両編成。

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神目、福渡、建部と停車していきます。
福渡辺りまでは誕生寺川、そこから先は旭川に沿って列車は進んでいきます。

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金川に到着。
ここでも3分ほど停まります。

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すれちがったのは岡山発津山行の3940D、快速「ことぶき」。
編成はキハ47形の2両編成。

この辺から乗客が増え始めてきました。
野々口、牧山、玉柏、備前原、法界院と停車していきます。

最後の駅、法界院を出る頃の車内は通路までいっぱいに。

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16:02に岡山に到着しました。
列車は折り返し津山行になるようです。

1津山では何も食べていませんでしたからね。
岡山で遅い昼食です。

「鳴門わかめとあさりうどん」。(880円)

このあと、女史はそのまま青春18きっぷを使って帰ります。
17:48発の赤穂線に乗って、播州赤穂で新快速に乗り換えて帰ります。

改札口で見送ってから私は駅の外へでます。


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駅前の喫煙所にいると、総社行の吉備線の列車が停まっていたので撮影。
私はけっこう時間を余らせています。
駅と喫煙所との間をウロウロします。
この間に路面電車にでも乗ればよかったな。

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岡山駅西口から18:25発のバスに乗って岡山空港へ向かいます。
バスは岡山電気軌道による運行です。

岡山空港は岡山駅の北の方にあって、所要時間は30分。
市街地の道路の混雑で少々遅れましたが19:00に岡山空港に到着しました。

「3月21日 全日本空輸 ANA660便 岡山→東京(羽田)」
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岡山からはANA660便で羽田へ飛びます。
出発は19:55発です。

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お迎えの飛行機は19:25になって東京からやって来ました。
これが定刻かどうかは知らないけれど30分で折り返しできますかね。

飛行機はB767-300です。

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やっぱりお約束のディレイでしたワ。
岡山を出発したのは20:11です。

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左写真は岡山離陸後。
右写真は大阪港付近上空の写真です。

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着陸します。
左写真で点々と横に繋がっている光はアクアラインのもの。

岡山から羽田まで1時間以内に飛んできました。
21:07に到着。
所要時間は56分でした。

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羽田での写真。

あれ?
飛行機が違う。

はい。

乗ってきた飛行機が、端っこの方の写真を撮れないところに止まってしまったので、隣に停まっていた全然関係ないB737-800を撮影したのです。


2016年3月 陰陽連絡ルートを辿る(因美線・津山線) 4

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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

「3月21日 因美線 普通635D 郡家→智頭」
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郡家からまた因美線の列車でさらに南下して乗り潰しの再開です。
12:16発の智頭行635Dに乗ります。
この列車は鳥取発智頭行で因美線の線内での完結列車です。
しかし車両はJR西日本のものではなく、智頭急行のHOT3500形気動車の2両編成です。

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HOT3500形の車内。
先頭には指導が乗っているのと、後部の車両の方が空いていたので、この列車においては後方展望をします。

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因美線は地方交通線ですが、鳥取〜智頭間は特急「スーパーはくと」や「スーパーいなば」が走る区間なので、地元負担で線路改良を行って95km/h運転を行います。

線路状態はまあまあよろしい。
この列車も快速に走ります。

因美線のこの辺りでは千代川に沿って進みます。

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河原、国英、鷹狩と進んで用瀬では少々停車します。
交換列車があります。

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すれちがって行ったのは岡山発鳥取行の特急「スーパーいなば5号」。
車両はキハ187系。

こちらの列車は12:35に発車します。

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用瀬の次は因幡社。
そしてその次がこの列車の終点の智頭です。

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12:48に智頭に到着しました。
この先に行くには列車を乗り換えますが、線路は二つに分かれ上郡方面の智頭急行智頭線と津山方面の因美線があります。

どちらの列車も12:51発。
乗り換え時間は3分だけですし、この列車に乗っている多くの人がどちらかの列車に乗り換えます。
でも乗客の多くが青春18きっぱーなので、別料金となる智頭線ではなく因美線に乗り換える人が多そうです。

うまい具合に跨線橋の階段が、私がいる最後尾の扉のところにとまったので列車が着いたらすぐに階段を駆け上がって乗り換えます。


「3月21日 因美線 普通677D 智頭→津山」
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これから乗るのは12:51発の677D。
私が乗り込んだあとから次々と乗り換え客が乗って来て車内の座席は埋まりました。

智頭から先、津山方面の因美線の運転本数は少なくなります。
この列車を逃すと次は夕方までありません。

列車はキハ120形の1両編成です。

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12:51に677Dは発車しましたが、ちょっと出遅れました。
同発の智頭急行線の列車の方が先に行ってしまいました。
列車は県境まで土師川に沿って進みます。

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土師、那岐(右写真)に停車。
那岐までが鳥取県です。

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那岐から次の岡山県の美作河井までは10.0km。
その間に3077mの物見トンネル(左写真)というのがあって、そのトンネルで県境を越えます。

因美線の鳥取〜智頭の間は特急列車も走りますし線路改良も行われていますが、智頭〜東津山(津山)の間はその区間折り返しのローカル列車しか走らず、「必殺徐行」も多くなります。

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動画は那岐〜美作河井の前面展望です。
「必殺徐行」は岡山県側に入ると特に多くなります。

因美線は大正8年に因美軽便線として鳥取から用瀬との間が開業したのが始まりです。
大正12年に智頭まで開通しました。
昭和3年に津山側から因美南線として津山〜美作加茂が開通。
その後、延伸をして昭和7年に智頭まで繋がり因美線が完成しました。

岡山から津山までは津山線がすでに開通していて、津山線と因美線とで陰陽連絡ルートと一つとなり急行「砂丘」や「みささ」が数往復走っていましたが、平成6年に智頭急行智頭線が開通すると、鳥取への陰陽連絡ルートは智頭急行線経由になります。
因美線の智頭〜津山間は優等列車が走らない閑散路線になりました。

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美作河井からは岡山県です。
知和、美作加茂(左写真)、三浦、美作高尾、高野と停車していきます。

岡山県に入ると、分水嶺を越えていて今度は加茂川に沿って進みます。

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高野の次は東津山。
東津山の手前で左から線路が寄ってきます。(左写真)
姫路から津山を通って新見までの姫新線です。
そして、東津山駅。(右写真)
因美線は鳥取から東津山までの路線です。
東津山から津山までは姫新線の線路を走ります。

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東津山から津山までは2.6km。
途中で吉井川の鉄橋を渡ります。(左写真)

そして前方に津山駅が見えてきました。(右写真)

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13:59。
津山に到着です。

私はこの後は津山線で岡山に出ますが、他の青春18きっぱー達は姫新線に乗り換えるようです。
津山線のホームの方へ移動しているのは私の他に数人だけでした。

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津山にはたくさんの留置線があります。
その奥の方に機関庫が見えます。
かつての津山機関区のもので、この旅行の後の4月から「津山まなびの鉄道館」という鉄道保存施設になっています。


2016年3月 陰陽連絡ルートを辿る(因美線・津山線) 3

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松江温泉からの朝の写真です。

今日はJR松江駅から8:00の列車に乗ります。
アジトから「ばたでん」の駅はすぐですが、JRの駅までは離れていますので7:30にタクシーを呼んでもらっていました。

朝早くから朝食も取れ、予定通りに出発です。
昨夜のちょっとしたこともあり、チェックアウト時には責任者らしき人も出てきてお見送りされました。
名誉のために言っておきますけどね、ホテル一畑はとても良いホテルでしたよ。

アジトからJR松江駅までは約10分。
タクシーの運転手さんはよく喋ります。

「松江へは初めてですか?」
―――いや・・・。
「ご旅行で。」
―――うん。まあ・・・。
「どんなところ見てこられました?」
―――でんしゃ・・・
「は・・・?
   これからどこに行きますか?」
―――でんしゃ・・・
「は・・・?」

運転手さんは、何をしに来たんだという顔。
だって、本当に今日の行程は「乗り」ばっかりだし・・・。
アタマの中身はそれしか考えてないし・・・。
早く駅に着いてくれないかな。

「3月21日 山陰本線 特急2004D スーパーまつかぜ4号 松江→鳥取」
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松江から鳥取まで山陰本線に乗ります。
鳥取までも普通列車で行きたいところですが、初っ端のここで特急を使っておかないとどうもその後の行程が上手くいかないのです。

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乗るのは8:00発の特急「スーパーまつかぜ4号」。
益田発鳥取行きの列車で、キハ187系の2両編成。
短い列車ですね。
前位が自由席で後位が指定席車両。

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車内販売さえなく、どうも安っぽい列車ですな。
安っぽい車両の割にはA特急なので特急料金は高い。

一応、特急なのでスピードは速い。
最後尾の座席だったので、後方展望を楽しみます。

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右側には伯耆大山が見えます。
中国地方の最高峰ですな。

列車は米子、伯耆大山、倉吉、鳥取大学前と停車していきます。

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9:27に鳥取に着きました。

さて、ここからは普通列車の旅になります。
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で、青春18きっぷを使います。
私が使うのは久しぶりです。
学生の時以来かも。

せっかくなので、今回きっぷを購入するのにあたって「赤券」を買ってみました。
マルスで発券したものではなくJR西日本とJR四国の一部の駅でしか売らないレア度が高い18きっぷです。

2016年2月21日に奈良線でJR藤森駅に行ったのはこの赤券を購入するためでした。
なお、この「赤券」は2016年冬の販売を最後に無くなったんだそうです。


「3月21日 因美線・若桜鉄道若桜線 普通1333D 若桜谷観光号 鳥取→若桜」
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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

鳥取から因美線に乗ります。
因美線は鳥取から智頭を通って東津山(津山)まで70.8kmの路線です。

途中の郡家からは若桜鉄道という第三セクターの路線があり、そこを往復してから智頭方面へ向かおうと思っています。

丁度よいことに、次に発車する9:45発の普通1333Dは、若桜まで直通の列車です。
車両も若桜鉄道のWT3000形のトップナンバーの「さくら1号」。
若桜鉄道が(国鉄→)JR若桜線から転換され開業した昭和62年から走っている車両です。(開業当時はWT2500形で、更新工事によってWT3000形に改番されたもの)

車内は最初は空いていたのですが、だんだん多くなってきて最後はいっぱいになりました。
自治体で企画したイベントへの参加らしい団体かな。
観光協会らしき人まで乗り込んできています。

あとで調べたら、若桜線は開業85周年だそうで、そのイベントとして「歴史散策・若桜鉄道見学ツアー」を催行していたようです。

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サボには「若桜谷観光号」とあります。
どうやら定期観光列車として運転して、車内では観光ガイドが乗って沿線の案内をするらしい。

静かに乗りたい私には迷惑。

案内係からは何やらお菓子を振舞われましたが、私、和菓子的な甘いものって嫌いなの。
そのお菓子は女史のお腹の中に入っていきました。

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9:45に若桜行の普通1333Dは鳥取を発車しました。
鳥取駅は高架駅なので高架線で出発。
少し先で山陰本線と分岐しますが、因美線には高架線は縁が無かったようでその後すぐに地上に下ります。

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津ノ井、東郡家と列車は進んでいきます。
若桜鉄道の直通列車で、郡家まではJR因美線の線路を走ります。
乗務員は以前は若桜鉄道の乗務員が鳥取から乗務したそうですが、今は郡家まではJR西日本の乗務員が運転して、郡家で若桜鉄道の乗務員に交代します。

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8:15に郡家に到着します。
岡山発鳥取行の特急「スーパーいなば1号」(右写真)からの接続待ちもあり、ここで8:29まで14分停車します。

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14分停車の間に乗務員が交代です。
若桜鉄道内では、運転士の他に精算要員も乗って来て2人乗務となるようです。

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精算要員の乗務員がいるので好都合。
郡家からの若狭鉄道はJR線ではありませんからね、青春18きっぷの範囲外です。
なので乗車券を別に購入します。

若桜鉄道でもコロプラきっぷがあります。

乗務員が持っているか不安でしたが、車掌カバンの中からコロプラきっぷが出てきました。
へ〜、どんな切符でも持ってきているんだ。

そのかわり、日付印はスタンパーで代用です。

コロプラきっぷを購入しているときに、車掌カバンの中に興味深いモノを発見。
車内補充券の冊子です。

趣味発券をしてくれるか訊いてみたら、快く発券してくれました。
まあ私にとっては、こんな切符の発券ごときを頑なに拒否する鉄道会社の方が異常だと思っていますが。

若桜鉄道の初乗りは170円です。
しかし、郡家と次の八頭高校前の間は0.9kmしかなく、その1区間でも高校生に利用してほしいとのことで、この区間に限って100円という特定運賃を設けています。
さらに、こども運賃で発券してくれたので1枚50円です。
2枚買って、1枚は旅途愉快総書記へのお土産です。

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若桜線の列車は10:07に郡家を発車しました。
因美線の線路と分岐してだんだんと離れかけたところで最初の駅の八頭高校前。(左写真)
ここまでの1駅間だけが100円運賃区間。

八頭高校前を発車すると八東川を渡ります。(右写真)
列車は東南に向きます。

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因幡船岡の次は隼。
隼は昭和5年に若桜線の初期開業区間の終着駅でした。

無人駅ですが、駅前の商店で切符を売っているので入場券があります。
隼駅以外でも若桜駅で入場券を売っています。

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安部、八東、徳丸、丹比と進んでいきます。

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前述していますが若桜鉄道は昭和5年に鉄道施設法により開業しました。
八鹿を目指して建設されましたが、若桜まで開通後はその先へは建設されず、国鉄若桜線は第1次特定地方交通線に選定されました。
JRになってからの昭和62年に第三セクターの若桜鉄道へと転換されたものです。

第三セクターになっても行き止まりの路線というのは末端に行けば乗客が少なくなるのは当然で、経営は厳しいです。

こういうローカル線、好きですよ。
でも、今回に限っては車内は混雑していて、観光ガイドのアナウンスに参っています。
私は静かに乗っていたいもので、現地に来るまで気づかなかったとはいえ、観光列車に乗ってしまうとは列車選択を誤りました。

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丹比の次は終点若桜です。

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若桜駅は有人駅。
駅員が列車を迎えてくれます。

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10:37に列車は若桜に到着です。

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見学ツアーの人たちがホームに多くいるのでその間に構内を見てみましょうね。

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DD16 7とC12 167の機関車がいます。
動ける状態にはありますが、どちらも車籍がないので機械扱い。
たまに構内を走ったり、若桜線の線路を閉鎖して他の列車が全く走らない状態にして本線上を走ったりします。

C12 167は現役のときは鳥取機関区にいて、国鉄若桜線を走ったこともあります。
蒸気ではなく、圧縮空気で走るようになっています。

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若桜駅舎です。
昭和5年の開業当時の駅舎です。

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有人駅ですからね。
入場券と隣の駅の丹比までの乗車券を買いましょう。

窓口の隣ではグッズも売っていて、廃札もあります。
しかし、この廃札が他の鉄道のものに比べて値段が高いんだな。

どうせ廃札なんて最終的にはゴミになるもの。
ならばゴミみたいな値段で売ってくれればいいのに、ここのは手を出すのを躊躇するくらいに高い。

上信電鉄だったら、廃札を紙袋1つに詰めたものを売っていますが、その値段で若桜鉄道では数枚しか買えません。
そして廃札の状態が綺麗というわけでもない。

しかし、廃札の横には使用済みの「通券」があって、それは買ってきました。
これも「ゴミ」の割には高値でしたが・・・。
若桜鉄道では平成15年までは票券閉塞でした。



「3月21日 若桜鉄道若桜線 普通1336D 若桜→郡家」
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11:23の鳥取行1336Dで郡家まで戻ります。

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ふつうのサボに変わりました。
帰りの列車は観光列車ではありません。

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ご覧のとおり帰りの列車はガラガラです。
発車間際になって数人が集まってきた程度です。

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WT3000形の運転台。

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11:23に列車は発車します。
右側にはWT3300形があります。
その向こうには12系客車が見えますね。
客車はJR四国からやって来たものです。

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往路のときと、運転士と車内精算係は同じです。
車内精算係といっても名札は「運転士」となっていて、この道のベテランと思われる人でした。

車内巡回のあと、運転士のところへやって来て、
「子供が乗っています。
    静かな運転をお願いします。」

定時運行だ、停止位置だ、速達だのそんな「見た目」を気にするより、ここの乗務員のような「安全第一で乗客優先」の気配りができる鉄道会社の方がずっとすばらしいじゃないか。

動画は若桜→丹比の前面展望。

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11:53に郡家に着きました。
列車は3分停車して鳥取へ向かいます。

私はここで下車。
因美線に乗り換え南下します。


2016年3月 陰陽連絡ルートを辿る(因美線・津山線) 2

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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

「3月20日 一畑電車北松江線 普通104列車 雲州平田→川跡」

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デハニの体験運転を終えた後は、雲州平田12:24発の出雲大社前行104列車に乗ります。

車両は私にはあまり嬉しくない1000系。

体験運転をすると1日乗車券が貰えるのでそれを使えばいいのですが、今回は「ばたでん」にもコロプラ切符がありますのでそれを使いましょう。

この切符を使って、雲州平田、電鉄出雲市、出雲大社前と松江しんじ湖温泉の4駅で位置登録してあとはお土産を集めればクリア。

雲州平田ではすでに位置登録を済ませているので、次は電鉄出雲市に向かいます。

この電車が川跡に着いたのは12:34。


「3月20日 一畑電車北松江線 普通506列車 川跡→電鉄出雲市」
「3月20日 一畑電車北松江線 普通507列車 電鉄出雲市→川跡」
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川跡ではホームの対面乗換ができるので楽です。
12:37発の506列車に乗って、電鉄出雲市に12:46に着きました。

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車両は2100系。
元、京王の5000系です。
4編成が「ばたでん」で稼働していますが、そのうちの1編成、2101編成は京王時代の塗装をしています。

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2100系2101編成の車内と運転台。

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「京王帝都電鉄」の「KTR」のアルファベットが残る車内スピーカー。(左写真)
電鉄出雲市を発車するときにおいて、後位となる車両の赤い線は「ヒゲ付き」になっています。
「ヒゲ」は京王を走った5000系の中でも初期の車両に施された塗装です。

この電車が13:20発の507列車となって川跡に折り返します。

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出雲科学館パークタウン前、大津町、武志と停車して、やがて前方に川跡駅が見えてきました。
この電車は川跡止まり。
川跡からは出雲大社前行の電車に乗り換えますが、接続は抜群に良く、3方向への電車がほぼ同時に到着します。

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13:29(1分遅れ)に川跡に到着しました。

「3月20日 一畑電車大社線 普通106列車 川跡→出雲大社前」
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ホーム対面には出雲大社前行の106列車がいます。
発車は13:31です。
みなさん急いで乗り換えます。
急いで乗り換えても結局は全員が座れました。

車両はこれも2100系。
2104編成で、観光PRのために「ご縁電車しまねっこ号」となっています。

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車内にはハート型の吊皮がありますぜ。
「幸せをつかむ」だそうな。

このハート型の吊皮をはじめにやったのは静岡県の「いずっぱこ」。
テレビドラマでも話題になり、他の鉄道会社へと広まっていきました。

殆どの鉄道会社では、ハート型の吊皮がどの編成のどの位置にあるのかは秘密なので(吊皮の位置も担当者の気分で変わる)それだけレア度が高くなります。

しかし「ばたでん」の場合には「ご縁電車しまねっこ号」の車内にあるのは知られていて、しかも「ばたでん」のHPに運行予定が出てしまっているからレア度は下がります。

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「ご縁電車しまねっこ号」の車内床には「あみだくじ」があって、これを辿ると向こう側の座席に座っている誰か運命の人の前に・・・。
面白いのですが、私が座ったところから向こう側に辿っていくと老夫婦の爺さんに当ってしまい、爺さんも私の方を見ていて目が合いました。

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電車に描かれているのが島根県観光キャラクターの「しまねっこ」。
好きな食べ物は「どんちっちアジ」。
最近食べ過ぎて動きが鈍いらしい。

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13:42に出雲大社前に到着しました。

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出雲大社前駅に保存されているデハニ52。
静態保存に見えますが、動ける状態になってます。

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「ばたでん」の出雲大社前駅。
西洋建築の駅舎でステンドグラス風の窓があります。
昭和5年の開業時からの駅舎で、国の「登録有形文化財建造物」であり「近代化産業遺産」でもあります。

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前回はすぐに折り返しちゃったのですが、そう何度も素通りでは申し訳ないので今回は出雲大社まで行ってみます。

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これが拝殿。
右奥に見えるのが本殿。

拝殿は1519年に造営したらしいけど、昭和28年に火事で燃えちゃったらしい。
今の拝殿は昭和34年に建てられたものです。

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こちらが神楽殿。

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凄い注連縄ですな。
神楽殿が何のことだか知らんけど、ここのが日本で最も大きい注連縄の一つなのだけはわかります。
5トンあるんだって。

出雲大社前で下車したならば、出雲大社の他にもう一個行きたい場所がありました。
今度は駅から南の方へ歩きます。

地図で見るより遠かったです。
バス停3つくらいあったかも。

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はい。
こちら。
(国鉄→)JR大社駅。
出雲市から大社まで大社線というのがあって、かつては名古屋から急行「大社」、大阪から急行「だいせん」という直通列車もあったのですが平成2年に廃止になりました。
第3次特定地方交通線として廃止されましたが、バス転換された路線の中ではいちばん成績は良かったらしい。

その大社線の終点が大社駅。
列車は来ませんが、大正13年の2代目の駅舎が重要文化財として残っています。

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駅舎内部。

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駅名板などがそのまま残されています。

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ホームにはD51 774が静態保存されています。
大社線が廃止になるときにJR西日本から大社町に貸与されたもので、最初は出雲大社にありました。
それを平成13年にここに移設したものです。

平成17年9月7日汽車会社製造で、国府津(昭和17年)→新鶴見(昭和20年)→福知山(昭和45年)→新見(昭和46年)→浜田(昭和48年)で、昭和49年11月30日に本州最後に走った蒸気機関車です。
昭和50年に廃車となりました。

「3月20日 一畑電車大社線北松江線 106列車 急行出雲大社号 出雲大社前→松江しんじ湖温泉」
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15:49発の「ばたでん」に乗ります。
これで松江しんじ湖温泉まで行きます。

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休日には1往復運転される急行列車です。
元京王5000系の車両ですが、こちらは2100系ではなく観光車両として作られた5000系です。
座席はクロスシートになっていて、小田急ロマンスカーの座席を移植したらしい。

この車両は急行電車に以前はよく使われていました。
最近は急行電車には「ご縁電車しまねっこ号」がよく使われるので、5000系は普通電車として使われることが多くなっていました。
しかし、この日は「しまねっこ」が普通電車に使われていて、5000系が急行電車に充当されました。

まあ、「しまねっこ」のロングシートの車両よりかはクロスシートの5000系の方が急行列車らしい。

でもね、クロスシートの部分には座りませんよ。

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だって、座ったのはかぶりつきヲタシートですから。
一畑口で方向転換をするのと、以前に出雲大社前から一畑口まで先頭に乗ったので今回は最後尾。
一畑口から終点までの区間の前面展望を楽しみます。

急行電車ですから通過駅があります。
出雲大社前を出発すると、川跡、雲州平田、布崎、一畑口と停車していきます。
一畑口には16:11着で、普通電車なら30分以上かかるところを22分で走ってきました。

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一畑口からは先頭です。
16:12に発車。
伊野灘を通過して次は津ノ森。
高ノ宮を通過して松江フォーゲルパークと秋鹿町を連続停車。
長江、朝日ヶ丘を通過して松江イングリッシュガーデンに停まります。

動画は一畑口から津ノ森までのものです。

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松江イングリッシュガーデンで列車交換。
電鉄出雲市行の普通308列車で、車両は1000系「しまねっこ供廖

こちらは先ほど登場した「ご縁電車しまねっこ号」とちがって車内は至ってふつう。
ラッピングだけです。

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16:34に松江しんじ湖温泉に着きました。
普通電車だと1時間1分ですが、急行電車は45分で到着です。

今夜のアジトは駅からすぐのところにあります。

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ホテル一畑。
「ばたでん」の一畑グループです。

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部屋の窓からは「ばたでん」が見えますぞ。
さっき乗ってきた急行電車の車両が16:55に回送電車として発車して行きます。(左写真)
その後、17:05に普通115列車が到着です。(右写真)

温泉に入ったら食事です。

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前菜にお造り、つみれ豆腐鍋、ふぐ竜田揚げ、ずわい蟹、出雲そば。
あとは食事と続きます。

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そして夜。
ちょっとしたことがありまして、部屋を変わることになりました。
ホテルの人に荷物を持ってもらって移動です。
宍道湖側の部屋になりましたが、「ばたでん」が窓から見えなくなってしまったのが惜しかったです。



2016年3月 陰陽連絡ルートを辿る(因美線・津山線) 1

「3月20日 日本航空 JAL277便 東京(羽田)→出雲」
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朝の羽田空港。
今回は第1ターミナルから出発です。
赤組ではヒラ会員なので搭乗口付近で飛行機を待っています。
だったら、
「カードラウンジに行けばよかった」
と帰って来てから後悔。

随分と写真が撮りづらい場所ですな。
これが今回乗るJAL277便。
7:10発の出雲行です。

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ここんとこしばらく、純粋なJAL便に乗っていませんでした。
最近乗った赤組は元JASの路線と機材だったり、沖縄のコミューター路線だったり。

ここんとこどころか、純粋なJAL便は、たぶん旅途愉快総書記とB747で中国に行ったときが最後だと思う。
国内線なんて小学生の時が最後かも。
どちらの時も飛行機の塗装が赤と紺のラインの初代鶴丸塗装ですぜ。
国際線なのに伊丹乗り換えだった時代。
曜日によっては日本航空の成田から上海への直行便がなくて伊丹で乗り換えでした。

それだけ久しぶりなので、JAL村では浦島太郎状態。

2
乗るときに正面から写真が撮れました。
機材はB767-300。

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優先搭乗の人がわずかしかいなかったので早めに飛行機へご案内。
6:55には機内に入ってました。
最終的には飛行機は満席になります。

出雲という行先のせいか機内にはオジジとオババの団体の他、女子旅が多い。
私の隣にもお年頃の女性一人旅。

でもごめんねえ、私は「返品」だけど中古で「売約済」なのよ。

5
7:13に動き出して、飛んだのは7:21。
34Rから離陸しました。

なので、
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飛ぶとすぐに右旋回して、左側にお台場が見えます。

7
ネズミの国、「出銭ランド」も見えます。
この辺まで来ると飛行機は左に旋回し、西向きになります。

その後は雲が多くなり下界が見えなくなりました。

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飛んだら空弁。
今回は「かに助六ずし」。

中身はまあまあ。
朝っぱらなのに空弁には肉類がメインのものが多く、これを選択しただけ。
値段は税込669円という、駅弁では有りえない1円単位の設定。

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今日の富士山。
雲が多かったので富士山を見るのは諦めていたのですが、雲の中からアタマだけを出していましたよ。
さすが日本一。

こういう富士山もいいものですな。

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出雲行きだと富士山の山梨県側を飛ぶのは調べていたので「裏富士」をみるために左側座席にしていました。

今日の富士山は雲が多くて下界からは富士山が見えないでしょうね。
飛行機からしか見えないわけで、得した気分になります。

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雲が多かったのは赤石山脈まで。
そこから西側(右側)は晴れています。

13美濃太田14各務原

美濃加茂市上空です。(左写真)
木曽川に飛騨川が合流するところです。
そこから間もなく見えてきた飛行場。(右写真)
各務原の自衛隊ですな。

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しばらくして高度を下げてきました。
木次くらいかなと思ったら、どうやら本当に飛行機の真下が木次らしく、尾原ダムが見えてきました。

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こちらは雲南市の掛合町掛合というところらしい。
さんざん地図で探すのに苦労しました。(1日かかりました)
貫いていく国道は国道54号線で「出雲神話街道」。

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出雲市に入りました。
出雲市佐田町というところ。

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この辺で飛行機は東北東に向きました。
出雲平野を西から東へ飛行機は降下していきます。

翼の下あたりに出雲ドームが見えます。

平野の中の、緑のあるところが浜山公園。
その向こう側辺りが出雲大社です。


出雲空港に着陸します。
出雲空港はローカライザのみの設備しかなく計器着陸ができません。
パイロットの腕で8:33に着陸です。

1718

出雲空港は改装中とかで、降機した後の飛行機の写真が撮れなかったんですよ。
飛行機から降りたのは8:40。

ターミナルを出たら東の方へ歩きます。

2
出雲空港に隣接して「出雲空港公園」があって、そこから乗ってきた飛行機の側面を撮影できました。

さて、出雲空港からの公共交通のアクセスはバスです。
バス停を見ると、出雲市、松江、出雲大社、玉造温泉へのバスがあります。
しかし、私が行きたい平田までのバスがありません。

もしかしたら、
「何処かにいくバスが平田を通るかもしれない」
「主だったバス路線以外に、コミュニティバスがあるかもしれない」
と、考えて客待ちのバスの運転手に訊いてみましたが、平田までのバスは無くタクシーしか方法はなさそうです。

で、タクシー乗り場に行くのですが、タクシーが1台もありません。

なので、タクシー乗り場に記載してあるタクシー会社に電話してみます。
いくつかにかけたのですが、いずれも電話自体に出なかったり、
「空港までは遠いから迎えに行けない」
と。 

何だそりゃ。
会社からは遠くても近くを走っているタクシーを無線で探そうともしてくれない。
だったら、タクシー会社の電話番号の記載をやめちまえ。
失礼不便。

どうにもならないのでしばらくタクシー乗り場で待ちます。
20分くらい待っていると1台のタクシーがやって来ました。

19乗ってから運転手さんに訊いてみれば、東京からのJAL277便が到着する頃はもう一つ大阪からの飛行機も飛んでくるので多めのタクシーが待機しているが、それでも10台くらいしかいない。

タクシーに乗り損ねると次の飛行機が到着する時間までタクシーがいない状態になるそうです。
このタクシーも、間もなく飛来してくる福岡からの乗客を狙ってやってきたのだそうな。

そんなんで、やって来ました雲州平田駅。
値段は3000円弱で、20分くらいでした。

駅舎内で女史と待ち合わせです。
女史は前日に伯備線経由で普通列車を乗り継いで平田に先着していました。

これからすることはもちろんアレですヨ。
女史はアレをやりませんが・・・。

4
今日のデハニ53。
今回の運転で「エントリークラス」から「ブルーリボンクラス」に昇格する予定です。

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さて、「ブルーリボンクラス」の腕前は如何でしょうか。
もっとも、私以外の方々は「ゴールドクラス」や100回以上の「マスタークラス」がほとんどなので、私のランクと腕は皆様の足元にも及びません。

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最後の最後の停止位置測定の時が一番目標をズレるという失態に・・・。(写真は他の人の時の測定時です)

3
私が来る時はなかなか稼働してくれない3000系。
この日も3000系は車庫でお休みです。
ここで休んでいるのは3006号ですが、前回「ばたでん」に来たときに乗車した3007号は2016年初めの頃に「お星さま」になってしまったので「ばたでん」の3000系はこの1編成だけの存在になりました。

これにより、南海21000系の生き残りは「ばたでん」の1編成2両と大井川鐵道に2編成4両の6両だけになりました。

21さて、お昼です。
雲州平田駅の近くには呑み屋はあるのですが、昼食を食べるところが少ないです。
「ばたでん」の社員からも紹介に困るほどです。

少し歩いたところにあった関東にもあるチェーン店のラーメン屋で「つけ麺」。
「油そば」にすればよかったかな。

食べたらすぐに駅に戻ります。

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