亜洲鉄道日記

月曜日と木曜日に定期更新。亜洲鉄路(アジアの鉄道)の日記です。中国と日本の鉄道が主になりますが、そのほか近辺の国の鉄道・飛行機の写真を載せています。 旅行をした年も記載していますが、古い旅行の写真も入りますのでこの日記を参考に旅行をされる方は充分に現地に確認して下さい。 下の写真をクリックすると目次が開きます。

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2016年8月 阿里山森林鉄路 7

阿里山 001-1

「2016年8月13日 阿里山森林鉄路嘉義線 104次 阿里山→神木」
「2016年8月13日 阿里山森林鉄路嘉義線 105次 神木→阿里山」

さてこの日、私と女史はもうちょっとだけ阿里山に居残ります。
あさと番長、いはち総長、たけさと大佐殿は一足早く台湾高速鉄道の嘉義駅まで直行のバスに乗るのです。

前日の話。
阿里山のアジトに着いてから少ししてあさと番長の秘密部屋をノックします。
往路のバスで車酔いのあさと番長はヒドイ目にあったので、復路のバス用に私は画期的(?)なものを用意して持って行ったのです。

台湾の観光ホテルには部屋にお土産入れ用にと大きな紙袋が用意してあります。
で、ランドリー用の大きな厚地のビニール袋もあります。

紙袋の中にビニール袋を重ねて入れて、
「はい、特製の『エト袋』。」

これならば小さくないから胃袋ごと全部出しても大丈夫ですよ。
ビニールで横もれガード。
外側が紙袋だから外部の人にも見えなくて「多い日も安心」。

バスが終点に着いたら、お土産袋を持つように自然体で持ち去れます。

10時過ぎにアジトの入口でお三方が乗ったシャトルバスをお見送りします。
私たちはそれから荷造りをして少々遅れて次のシャトルバスで阿里山駅に行きました。

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阿里山駅前の「阿里山公車総站」です。
バスターミナルですな。
イレブン屋がバスターミナルの建物で、コンビニのレジでバスの切符を購入する仕組みです。

コンビニ前にバスが停まっていますが、このバスが10:40発の高鐵嘉義行のバスです。
これに三人が乗っています。

バスに近付くと、あさと番長はバス酔い対策に一番前の席をゲットしています。
足もとには例のアジトのお土産袋で作った「エト袋」。
あさと番長はこれから死刑台に上がるような顏をしていますよ。

大型バスだから、昨日の小型バスのような酷い運転はしないと思いますけどね。
あさと番長の隣の席には台湾人のオバちゃんが座っています。
あさと番長は、
「車酔いするから他の席に行った方がいいですよ」
と、私からオバちゃんに言って欲しいのだそうだけど、私の勉強不足で「車酔い」という言葉を知らなかったのです。
使ったことないし。

でもね。
帰国してから調べましたよ。
「暈車(yun1 che1)」
です。
「車に酔う」という動詞なので
「我暈車」
で、いいらしい。

結局、オバちゃんを隣に座らせたままバスは阿里山を発車して行きましたが、そのオバちゃんは地元の人ですぐ先のところで下車したらしいです。

皆様との再会は明日の午後です。

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6-2さて、阿里山に残りましたわたくしめ。
昨日と今日の今までで、阿里山森林鉄路の嘉義〜奮起湖と阿里山〜沼平〜祝山の区間に乗りました。
現在、運行中の区間はもう1つあって、阿里山〜神木の間に列車が走っています。

神木にはさっき歩いていきましたけどね、その区間の列車に乗ってから下山するつもりです。

阿里山から日中は沼平と神木への2方向へ昼休みを挟んで約30分毎に運転されています。

10:40にバスがあさと番長を乗せてドナドナして行ったあと、駅舎に入ったら10:45の列車が丁度出発して行ったところでした。
次の神木行は11:15です。
その間の11:00に沼平行の列車があって、15分毎に行先が交互に発車して行くダイヤになっています。

神木までの運賃は100元(364円)。
何故か乗車券は沼平までのものが出てきました。
窓口のおっちゃんにそれを言うと、

「没関係、没関係。」

運賃は沼平まででも神木まででも同料金なので、切符があれば別にどっちでもいいらしい。

前述している通り、往復乗車券は廃止になっているので帰りの切符は神木駅で買ってほしいとのこと。

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11:15発の神木行104次。
祝山形客車5両を30トンのディーゼル機関車が推して進みます。
客車側が先頭です。

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先ほどご来光観光で祝山から阿里山まで乗車した客車と同じ車番でした。

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神木行の車内。
ガラガラです。

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阿里山駅は車両を留置する側線が何本か有って、その中に「檜木車両」がありました。
昔からの車両ではなく、観光用に2005年に作られたものです。
昔の阿里山線の客車を模して作られました。

木造客車は事故があると危ないので世界的に鋼鉄車両に置き換わっていますが、ここでは珍しく木造客車が作られました。
こういうのは休日に運転されそうなものですが、なぜか平日の水曜日にだけ阿里山〜沼平・神木で運転されます。

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11:15に阿里山を発車しました。
駅を出ると早速急こう配の下りです。

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阿里山の標高は2216m。
神木の標高は2138m。
1.8kmの距離で78m下ります。

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しばらくすると左側に線路が見えてきました。
神木から先、奮起湖、嘉義へと続く線路です。
神木駅はスイッチバックの駅なので、2方向からの線路が並んで駅に進入するつくりになっています。

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神木駅に到着します。
駅到着の直前に、ヒノキの大木が横たわっています。
樹齢3000年のこのヒノキがあったから神木駅です。
落雷によって衰弱してして、倒木の恐れが出てきたために1998年に切り倒されました。

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さて、こちらは1987年3月21日の写真で、その神木が健在だったときです。
もう既に何度か雷に打たれていて、木は折れていました。
それでもこの大きさなんですから、折れていなかったらどれ程の高さがあったのでしょうね。

神木を散策していたら、ちょうど嘉義→舊車站(現:沼平)の「中興號」が山を登ってきました。
阿里山森林鉄路唯一のディーゼル列車で、この時は6両で運転されていました。

立派な神木ですね。
切り倒されてしまったのは仕方が無かったけれど残念です。

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列車は11:22に神木に到着しました。
ホームは両側にあって、降車用と、乗車用のホームに分かれています。

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神木に到着した104次。
折り返しは11:25で105次として阿里山に折り返します。

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折り返しまで僅か3分。
次の列車は25分後にやって来るのでそれでもよかったのですが、間に合いそうなので折り返しの列車に乗っちゃいましょう。

切符売り場は少し離れたところにあったので、そこで急いで切符を購入。
以前は無人駅だったのに、今は切符売り場と改札があります。

乗車定員が厳しいので、発車直前の無札乗車は認めてくれないと思います。

ここにも電光表示のカウンターはあって、「あと100人」の表示。

阿里山から神木までの列車はガラガラでしたが、神木から阿里山までの列車は満員に近いです。
78mの標高差があるので、阿里山から神木までは歩いてきて、阿里山までは列車に乗って戻るのが一般的で楽なルートなのでしょう。

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乗車する人が多かったので、11:25より少々遅れて阿里山行の105次は神木を発車しました。

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今度は機関車が先頭です。

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3分ほど遅れて11:40に阿里山に到着しました。

折り返し神木行の発車時刻(11:40)になっています。
下車客が全員ホームから出て行かないと次の乗車客をホームに入れないようになっているらしく、写真を撮る暇もなく駅員に改札外にすぐに追い出されます。

これにて阿里山森林鉄路の現在運転されている区間は全部乗車しました。


「2016年8月13日 嘉義県公共汽車 阿里山→嘉義」
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あさと番長に遅れること2時間。
私も阿里山を下山します。
帰りのバスは嘉義まで直通の嘉義公車のバスです。

あさと番長は今日中に台北まで行くので高鐵嘉義行のバスに乗りましたが、私は今晩は嘉義に宿泊するので台鐵の嘉義駅まで行くバスに乗ります。

運賃は230元(835円)。
イレブン屋のレジでバスの乗車券を買います。
バスの座席は早いもの勝ちの座席指定で、あぶれた人と、短区間乗車の人は「無座」になります。
思っていたより乗車する人は多くてですね、阿里山を発車する時点で10人ほどはお立ちでしたよ。
発車したところで空席があれば「無座」の人も座ることができます。

バスの座席定員は32名。
2016年に導入したばかりの新車のバスです。

一応、私も女史もバス酔いをしたくありませんから、予防のために昼食はイレブン屋で売っている軽食だけです。
バスは12:40に阿里山を発車しました。

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新車なんだからもうちょっと大事に扱ってくれればいいのに・・・。
大型バスでもお構いなしで、九十九折の山道を速いスピードで走ります。
お立ちの乗客は、ふり飛ばされないように踏ん張っています。

途中、奮起湖方面はバスを乗り換える石棹で、半分くらいの人が下車しました。

時刻表を見ますと、バスは嘉義まで2時間半の所要時間がかかります。
日本の長距離バスみたいにバスターミナルとバスターミナルを直達するものではなく、いたってふつうの路線バス。
途中には数多くのバス停があって、下車ボタンが押されたり乗車客がいるとバスは停まります。

バスには途中も運行時刻が決まっているでしょうに、時間調整をすることも無く、ただひたすらすっ飛ばします。
途中、故障した大型バスが路肩に停まっていました。
それもまた急カーブの途中に停まっています。
バスは徐行することも無く反対車線に入って故障車を追い抜きます。
ちょっとの差で対向車のベンツと正面衝突にならなかったけれど、タイミングが悪くぶつかって左の方に飛ばされたらバスは遥か崖下に落ちますゼ。

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行程の3分の2くらいを過ぎますと、道はまっすぐで広くなりました。
速度が速いのには変わりませんが、やっと安心できるところまできました。

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14:44に嘉義駅前に着きました。
所要時間は2時間30分のはずですが、2時間4分で到着してしまいました。

日本と同じく、鉄道の切符は記念に貰いやすいですが、バスの切符は台湾でも徹底回収です。

バスを降りると、
「うへ。
  暑い。」

あの20℃以下だった阿里山から30℃を超える嘉義に降り立つとものすごく灼熱に感じます。

阿里山では今日の昼食はロクなものを食べていませんから、バスを降りたことだし、今、何か食べましょうか。

女史は台湾3日目で中華料理の連続に食傷してきたらしいです。

日本の名物料理って、特産物を素材の風味を生かした現地独特の料理法で作るから、何を食べても飽きないでしょう?
でも、中華料理って、みんな炒めるか煮るかで中華の味付けするだけだから特産物であろうとそうでないものであろうと、みんな同じような完成品になっちゃう。
たしかに慣れてこないと胃袋が疲れてくると思います。

で、何を食べたいか女史に聞くと、
「なんでもいいから日本にもあるファーストフード。」

だそうで、少し歩くと、遠く500mくらい向こうに「マクド●ルド」の看板を見つけました。
で、手前には「モ●バーガー」を発見。

気分的には「マクド●ルド」だけど、暑くてあそこまで歩きたくない・・・。

と、いうことで「モ●バーガー」に入ります。

私は「●スバーガー」に行ったら日本だろうがどこでだろうが「スパイシーチリドッグ」。
ナゲットと飲み物がセットで150元(545円)。
「スパイシーチリドッグ」は台湾では「辣味吉利熱狗堡」という。

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本日のアジトは駅から離れた皇品国際酒店というところ。
タクシーで向かいます。
部屋は割といい。

お。
桃がありますぞ。
私の好物です。
食べてみますが、すご〜く固いの。(;´Д`)

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「ボディーシャンプー」に「エマルション」。

17「シャンプーをすすぐ」。

直訳しすぎて残念!







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アジトの人に訊いて足つぼマッサ屋へ。
なんか広い店でここは良かったな。

帰り、アジトまでのタクシーをお店で呼んでもらいます。
しかし、やって来たのは「白タク」。

台湾では白タクは多いです。
日本での思っているような怪しい白タクではなく、ふつうに営業していて、メーターはないけれどその距離に応じて料金が決められます。
ふつうのタクシーと同じ料金、むしろ安い料金で走ってくれて、遠回りをされることもありません。
ただ、事故に遭った場合、たぶん、補償は無いと思いますので、そこんとこは利用するときに自分で気を付けてくださいね。

アジトから出るのも面倒臭く、夕食はアジトの1階で。
日本食と西食がありましたが西食の方へ。
ビールをなかなか持ってこなくて10分以上待たされる。
オーダーした小姐に言ってみれば忘れられており、別の人に言ってさらに10分ほど待たされてやっと持ってきてもらいました。
不愉快なので、料理も全然うまくない。

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オマケ。
阿里山森林鉄路が元気だったときの阿里山駅の硬券です。
上記で出てきた中興號の阿里山〜奮起湖と、普通列車の阿里山〜二萬平までのもの。
準戦時体制下の時代の台湾だったので、普通車の切符の裏には「反攻大陸拯救同胞(大陸を反撃して同胞を救おう)」とあります。

2016年8月 阿里山森林鉄路 6

阿里山 001-1


「2016年8月13日 阿里山森林鉄路祝山線 祝山→阿里山」
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阿里山に戻る列車は6:20発。
小笠原山展望台から駅に戻ってきたのは3分前です。

往路の列車では乗客はいっぱいだったのに、帰りの列車の乗客は少ないです。
他の多くの乗客は、先行列車で帰ったか、阿里山まで散策しながら歩いて帰るのでしょう。

最後尾の客車に乗ります。
発車時刻になると、乗務員が客車の手動の扉を一つ一つ閉めていきます。

駅の外の道をこちらにやってくる台湾人がいます。
何やら声をかけながら急ぎ足で歩いていますが、もう発車時刻です。

ご来光見物用の祝山線では、6:20発のこの列車が本日の最終列車です。
発車までの残り時間とホームまでの距離を考えたら間に合いそうにはないですな。

乗り遅れの台湾人は頑張って歩いて阿里山までいくしかありません。

でも、列車は遠回りをしています。
列車での所要時間は25分ですが、歩いても阿里山駅まで40分だとか。
下り坂だし、走ったら列車より早く到着できるかもしれません。

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客車は「祝山形」。
客車5両の先頭に機関車の編成です。

この「祝山形」の客車には先頭部に乗務員室はありますが、そこに機関車の遠隔操作の装置は有りませんので祝山行の時の、客車が先頭になる場合は機関車で運転操作して先頭では前方監視だけです。
阿里山行の場合は機関車が先頭になるわけで、機関士も安心して運転ができますな。

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あのギリギリで駅にやって来た台湾人は結局間に合わず、列車は動き出しました。

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祝山から1.4kmで対高岳を通過。
そのあと2.0kmは祝山線単独の路線です。
対高岳の次の十字分道からは石猴までの眠月線と重複します。

カーブのアーチ橋がありますね。
以前来たときはこの橋は木橋だったような・・・。

2021

十字分道まで来ました。
石猴への眠月線の線路が右側に見えて合流します。
昔は塔山線といいましたが、観光鉄道になった1981年に眠月線と改称されました。
阿里山鉄路の設計者の琴山博士が石猴付近の幽美さに圧倒され、夜も眠れなかったことから「眠月」です。

しかし1999年の921大地震の時から16年間運休中です。


祝山線の途中から、沼平に到着するまでの車窓動画です。
いきなり車輪が軋む音がしますから、音量注意ですよ。

2:03付近が対高岳駅があるところです。(ホームは反対側)


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6:40に沼平に停まります。
往路では通過だったんだけど、帰りの列車では沼平に停車するようです。

シェイ式の蒸気機関車の24号機が保存されています。
この機関車は1912年製で、今は静態保存だそうです。

アジトの阿里山賓館へはここが最寄りで、歩いて帰れます。
でも終点の阿里山まで乗りつづけます。
だって、ここからだと歩かなくちゃいけないけれど、阿里山からだったらアジトのシャトルバスがあるでしょ。

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何人かの乗客を下車させたらすぐに沼平を発車しました。
阿里山までは1.3km、5分です。

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沼平〜阿里山の間は線路脇に遊歩道があります。
この部分では線路脇は桜がいっぱいになるんですよ。
阿里山の桜は日本と同じ春休み頃が丁度よいです。

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6:46に阿里山に到着しました。
駅前にはアジトのシャトルバスが待っていてくれて、それでアジトに戻りました。

1さて、アジトで朝食です。

私はサラダに麺ですよ。
辛いの入れてね。
パクチーも入れますよ。

あさと番長はこれからの下山バスの試練がありますからね。
朝食は少なめ。

それにしてもあさと番長は「養楽多(ヤクルト)」ばかり飲んでいますね。
4本飲んでいますよ。
大丈夫ですか?
4つで200キロカロリー、乳酸菌800億個。
台湾人って、ヤクルトを緑茶で割って飲むことがありますからね。
実は美味しいらしい。
「養楽多緑」っていうんだって。
それで沢山置いてあったのかなあ。

朝食が済んだら下山のバスが発車するまで散策しましょうか。
昨日は早めにアジトに到着するも、雨で散策できませんでしたからね。

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左写真は「三代木」。

1株の古い木があって(第1代)、枯れたあとにその上から新しい枝をだし(第2代)、さらにその上に新しい枝が出てきています(第3代)。
1代目の木は雷により倒木して枯れました。
2代目の木は日本人が切り倒しました。
3代目はその上にしっかりと根付いています。

中国語の説明からなので、私のデタラメな中国語の読解力はアテになりませんからね。

その傍には「象鼻木」もあったけど写真撮るのを忘れました。

右写真は「香林神木」。
阿里山の神木が切り倒されてしまったので、「2代目の神木」となっているものなんですと。
樹齢は2300年、周囲は12.3m。

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で、こちらが元祖の「神木」。

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で、神木のすぐそばに阿里山鉄路の神木駅があります。

神木駅の標高は2138m。
阿里山駅の隣の駅で、阿里山駅の標高は2216mです。
僅か1駅間1.8kmで、78m下ってくるのです。

嘉義〜阿里山の嘉義線は、奮起湖〜神木間23.8kmが運休中で、神木〜阿里山間には昼間に約30分毎に列車が走っています。
ただし、1番列車が神木にやって来るのは10:22到着、10:30発車です。
今の時間は9時。

神木駅はスイッチバックの駅になっていて、この先のポイントで左に行くと上り勾配で阿里山方向。
右へ行くと運休中の区間で嘉義方向です。

列車はまだ来ないのでまた歩いて帰らなければいけません。
しかもみなさんがお帰りになるバスの時間までの残り時間があまりありません。
急いで帰りましょう。
ここからの上り坂はキツかった。



さて、以降は1987年3月22日の祝山線での写真です。

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祝山を発車する阿里山行の下山列車。
このころはまだ旧型の客車が沢山残っていました。

祝山6:25発の列車と記録してあります。

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その旧型の客車の車内。

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阿里山に到着しました。

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乗客を下車させるとすぐにホームから引き上げます。
当時は5本の祝山線列車があって、これは下山の1番列車。
すぐに続行列車が来るので、ホーム側の線路はすぐに空けなくてはいけません。

写真はもうちょっとあります。

1
これ。
シェイ式の蒸気機関車が現役で走っていた時代の舊車站(現:沼平)です。

列車は眠月線の列車です。

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今となっては、なんで乗っておかなかったんでしょうねえ。

当時、2往復の眠月線の列車がありました。

駅順は、阿里山〜舊車站(現:沼平)〜十字分道〜塔山〜眠月〜石猴。
9.3kmで所要時間は45分でした。

この当時、嘉義〜阿里山の往復乗車券を持っていれば眠月線の列車には「タダ」で乗車できました。
ただし、石猴は入山許可証が必要でそれはパスポートと手数料を出せば、駅に出張警察官がやってきてすぐに発行されました。

今は、眠月線は運休中ですけどね、往復乗車券も廃止になったので、復旧しても「タダ」サービスは無くなっているでしょう。
また、石猴への入山許可証も今は必要ないかもしれません。

2016年8月 阿里山森林鉄路 5

阿里山 001-1

「2016年8月13日 阿里山森林鉄路祝山線 阿里山→祝山」
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翌朝、3時過ぎにモーニングコールが鳴ります。
時間を間違えていませんよ。
午前3時です。

窓の外を見ると、阿里山の麓の嘉南平原の夜景(?)が見えます。
雲が少ないようです。
これは期待できるかも。

また部屋の電話が鳴りました。
電話を取ると、いきなり中国語でナンヤラカンヤラ一方的にしゃべりまくっています。
上着のレンタルは利用するかとのことで、これはお断りして電話を切りました。

阿里山賓館から、バスが3:40に出発するとのことでその時間にフロントに下りるとロビーには沢山の人がいました。
ホテルバス1台に乗り切れるはずはなく、2台稼働させて阿里山駅までピストン輸送をしています。
1台目には乗れず、その次のバスを待ち、3:50に阿里山駅に着きました。

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1阿里山駅は早起きです。
もうこんなに乗客が列車に乗るために集まって来ています。

阿里山のご来光を見に行く人たちで、阿里山に来たら見ておかなければ後悔します。

阿里山鉄路では、ご来光が見える展望台がある祝山までの祝山線という支線があります。
それに乗って祝山まで行きます。

祝山線は阿里山から祝山までの6.3kmの路線です。
阿里山鉄路の本線(嘉義線)とその他の支線は日本人によって作られた中、祝山線だけはご来光観光のために1986年に台湾政府によって作られた路線です。

運賃は高めの片道150元(544円)。
往復割引は台湾では廃止されて存在しないので往復の運賃はそのまま倍の300元。
切符は記念カードタイプです。

阿里山賓館で前日に代理で切符を購入してきてくれます。

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当日にも駅で切符が買えます。
写真は当日売りの切符を買うために並んでいる人。
枚数制限があるので前売りで購入しておいた方が無難です。
ちなみに、切符売り場のところに電光のカウンターがあって、当日切符の残数が表示されています。
これが0(ゼロ)になったら切符の販売は終了します。

以前はこんなことは無くて、どんどん列車に押し込んでラッシュの状態で運行していたんです。
たぶん、連続して脱線事故を起こしたことがあるので、そのころから定員超過には厳しくなったのかもしれません。

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列車の発車は4:20です。

祝山線はご来光をみるために開通した路線なので、この時間にしか運転されません。
日中は列車がないんです。

4:10になって客車5両をディーゼル機関車が推進する列車がホームに入ってきました。

沢山の人がいますからね。
ドドド・・・!!!
とたちまち車内はいっぱいになります。

1
はい。
車内はこんな感じに。

祝山線の所要時間は約25分。

ふつうなら苦ではありませんが、阿里山鉄路はナローゲージです。
走行時の揺れが大きくて、車両が小さいので立って乗るのはキツいですよ。

今回の旅行の場合の編成は、

←祝山(進行方向)「客車5両+機関車」阿里山→
です。

4:20の発車時刻前の4:12に列車は発車しました。
これは、満員になったから発車したのであり、このあとに続行便が走るのです。
ちゃんと前売りの切符の枚数で乗車人数を予測して続行便を仕立てるのです。

この日は2本の列車が祝山線に運転されたようです。

1987年にも私は祝山線に乗っています。
その時は、阿里山を始発として、発車すると次は沼平に停まったのですが、今は阿里山から祝山までノンストップで行くようです。
阿里山駅で祝山までの正確な乗車人数を把握するためだと思います。
沼平は通過。

列車はそのあとは真っ暗な中を走っていきます。
いったいどのようにどこを走っているのやら・・・。
先頭の客車からの警笛だけが聞こえてきます。

沼平の次は十字分道で、その駅は休止中で通過。
その次は対高岳で、ここは新年の初日の出用の臨時駅。
なのでここも通過。

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4:40に祝山に到着しました。
当然ながらみなさん下車するので客車の車内をパチリ。

車内はロングシートです。
狭いでしょ。
これでお立ちでの乗車は疲れますよ。

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祝山線で使われる客車は1994年製造の「祝山形」といいます。

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乗客が下車すると、すぐに列車はホームを離れます。

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で、側線へ。
続行の列車が来るのでホーム側の線路を空けておかなければいけません。

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側線は3本、ホーム側に1本で、祝山駅には4つの編成を留置することができます。
最盛期に5本の列車が運行されたときは、あぶれた1編成は現在臨時駅の対高岳まで回送して、そこに留置線が1本あるのでそこに停めていました。

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阿里山鉄路は直轄市の嘉義市と嘉義県を走って、阿里山まで通じています。
阿里山は嘉義県です。

祝山線は阿里山の上の尾根伝いに線路が敷かれていて、十字分道からは線路の左側が南投県、右側が嘉義県となります。

なので、終点の祝山駅は駅舎とホーム先端が南投県となり、留置線とホーム手前が嘉義県に所在します。

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祝山駅の標高は2451m。
日本最高所鉄道駅の野辺山の1345.67mをはるかに超えています。
無軌条電車も鉄道ですから、その駅も含めると立山の室堂駅で2450mの標高になりますが、それでもわずかに祝山駅が勝っています。

祝山駅は台湾鉄路の最高所鉄道駅です。

阿里山鉄路は嘉義の熱帯、途中の温帯、そして祝山の寒帯と3つの気候の地域を跨いで走る鉄道です。
8月ですが、気温は日の出後で14℃です。

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祝山駅の出口には、この日の日の出時刻と阿里山へ戻る列車の時刻が表示されています。
駅を出て階段を上っていくと展望台があります。
展望台は南投県ですよ。

かつては、観日楼という日の出を見るための建物があったのですが、921大地震で倒壊しました。

だから、今では屋外で日の出を待たなければいけません。

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向こうからお日様が出てくるのですな。
日の出時刻は5:40です。

29年ぶりにやって来た祝山。
前回来た時は雨でご来光は、見ることができませんでした。
今回はどうでしょうか。

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日の出時刻の5:40になりました。
雲が多くて残念ながら見えませんでした。
前回は雨、今回は曇りなので、次回は見ることができるかな。

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日の出時刻の40分後の6:20に阿里山行の最後の列車が祝山を出発します。
それまでの時間で、祝山展望台から少し登ったところにある小笠原山展望台までやって来ました。
祝山駅から、そんなに遠くないのですが、高地で空気が薄いせいか登るのがツラい。
阿里山の樹齢3000年のタイワンヒノキの神木を発見した小笠原富二郎から小笠原山と名付けられていると考えます。
こっちの景色もなかなかなものですな。
次回はここから日の出を見てもいいかも。


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1
上写真は1987年3月22日の祝山線です。
阿里山駅発車前です。

当時の編成は、
←祝山(進行方向)「客車4両+機関車+客車4両+機関車」阿里山→
でした。

当時は4時〜5時の間に満員になり次第、5本の祝山行の列車が運行されていました。

編成車両数と運行本数は、1987年当時より現在は減って来ていていることが分かります。
阿里山にやって来る観光客自体が減ってきているのだと思います。

左は1987年当時の祝山線の乗車券です。
往復乗車券がありました。

運賃は往復で80元なので、30年で3.75倍に物価があがったんですな。

切符が一部千切られているのは、祝山駅での入鋏の代用です。



2016年8月 阿里山森林鉄路 4

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11:30に阿里山森林鉄路の列車は奮起湖に到着しました。
標高は1403m。

奮起湖という駅名ですが、ここに湖があるわけではありません。
この辺りは窪地になっていて、霧や雲が集まってその様子を上から見ると湖のようになるからです。

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嘉義から阿里山へと続く嘉義線(本線)の線路は、度重なる災害のために奮起湖から先、阿里山の一つ手前の神木駅まで23.8kmがもう10年以上運休中です。

奮起湖からはバスに乗り換えて阿里山に向かいます。
で、そのバスの時刻なのですが、次のバスは13:00です。
少し時間があります。

2
奮起湖駅の隅の方に車庫の跡があって、そこに車両が展示してあります。

これはDL-28。
1969年三菱製。
これは退役車両ではなく現役みたいです。

3
阿里山鉄路には20両のシェイ式と呼ばれる蒸気機関車がありました。
今でも3両が稼働できる状態になっていて、この18号は修復中です。
18号は1912年製で18トンの機関車です。

シェイって、中国語では「謝伊」と書くんだって。

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こちらは29号。
1913年製で一回り大きい28トン機関車です。

でね、阿里山鉄路で活躍したシェイ式の蒸気機関車は他のSLと違うところがあります。
まずは、ボイラーが偏っているでしょう?
小型なので付属するものを片側に集めたらこういう格好になったのです。

あとは、子どもたちが汽車を表現するときに両腕をグルグル回すでしょう?
グルグル回すあの棒をロッドと言うのですが、阿里山森林鉄路のSLはそのロッドの動きが違うのです。

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ね。
これはシェイ式SLの模型ですが、阿里山森林鉄路のSLはロッドには、ギアが付いているのです。
中心付近にある3つのピストンが縦に動いて下の棒を回転させて車輪に付いているギアを回すんです。


(You Tubeからお借りします)
だからね、ここのSLはこのように動輪が動くのです。
シュッシュッポッポッと動くのではなく、ガラガラガラガラ・・・、と動くのです。

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もう一つ、こんなのが奮起湖の車庫に展示してありました。
保守車両にも見えますが、私はこれを阿里山からもっと奥地に行く林務局の人を乗せる車両とみた。

駅の外に出ましょう。

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駅の外には食堂が沢山あります。
かつて、SLが走っていたころの阿里山森林鉄路はここを要衝として、機関車の給水や給炭をするために長い停車時間があったそうです。
そこで乗客は駅の外にでて食事をしたり、弁当を購入するためにこの周辺に食堂が沢山できたのだそうな。

この時もお昼時ですからね、ここで食事をしますが、炒飯と野菜炒めはいいとして、このビーフンみたいなものは美味しくなかったな。


「2016年8月12日 嘉義県公共汽車 奮起湖→阿里山」
3
食事を終えたら阿里山までのバス乗り場に行きましょうね。
狭くて階段だらけの奮起湖駅前にどうやってバスが入るのだろうと思いましたが、店の人に訊いてみると集落を出て踏切を渡って坂道を上がったところに「涼亭」があって、そこからバスが出るのだそうです。
「涼亭」とは東屋のこと。

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東屋のそばにはこんな小型のバスが2台停まっていました。

13:00発の阿里山行のバスはこちらの1台らしい。
もう1台は途中の石棹どまりのバスです。

だけどね、バスはこんなに小さいのに乗ろうとする人が東屋にいっぱいいるのです。
絶対に乗りきれないだろ。

奮起湖から阿里山に行くバスは13:00と14:40のバスしかありません。

しばらくすると、12:40発、石棹行きの時刻になります。
係員なのかオッサンが何やら列を作っている人たちに説明すると、半分くらいの台湾人は石棹行のバスの方に乗りこみ、出発していきました。

奮起湖から阿里山までの道の途中に石棹というところがあって、そこまで行くと嘉義から阿里山に向かうバスに乗り換えられるのです。
「そちらの方が早く着くよ」とでも説明されたのでしょう。

東屋に残った人数からして阿里山への直行のバスに私たちは乗れるでしょう。

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no title
奮起湖から阿里山までのバスの運賃は96元(340円)。
係員らしきオッサンは、こちらが日本人とみると、
「100元」
といっていましたが、実は96元。

台湾のバスの車内精算ではお釣りが出ないので初めからキリのいい「100元」と言っておいたのでしょう。
しかし、私たち5人は全員がお釣りの無い96元をそれぞれが用意できたのです。
僅かな金額だけど、こんなところで4元多く出したくないですものね。

バスに乗り込むと、ちょうど私の座席の窓の上に、バス会社への意見箱がありました。
まあ、こういうのはよくあるのですが、その箱に直接マジックで、

「這個公車 太快了!!」
という文字が書いてありました。

「このバス速い!!」
って書いてあるのですが、そこに「太」という文字が入っています。

これが入ると、
「速過ぎ!!」
と、いうことになります。

切符を買うと、予定より5分ほど遅れてバスは奮起湖を出発しました。
阿里山までの道は、道幅は広いけれど九十九折の道です。

予想通り、そこをバスはチョロQのように走っていきます。

最後尾の座席には日本人が座っていたのですが、そこ付近が少し広くなっています。
その日本人の好意で、みんなの荷物置き場にさせてもらっていたのですが、遠心力が連続してかかるので荷物はバスの中で踊りだしました。
最後尾の日本人は預かった以上、みんなの荷物を必死に支えています。

ね、ね。
だからバスより列車の方がお奨めなのよ。
これを奮起湖から阿里山までの1時間だからガマンするけどね、嘉義から2時間以上となると大変でしょ。
でね、バスの事故も多いし、たまに崖から落ちたりして阿里山より高いお空の向こうに行くことになったり・・・。

もう帰りは嘉義までバスって決めちゃったしなあ・・・。

あさと番長、大丈夫っすか?

って後ろを振り返ると、もう限界を超えている顏をしています。
顏に、
もう降ろして
と書いてあります。

まもなく、前方席に座っている女の子がリバース!
その直後にこちらの方でもリバース!

飛行機のエト袋を持って来ればよかったな。
商店に入るときに使ったビニールの傘袋しかないや。

前のおばちゃんが、
「大丈夫なの?」
と日本語で言ってきますが、ならばどうにかしてくれよ。
言葉だけなら放っておいてくれ。
返事するのが面倒くさい。

石棹を過ぎて、しばらくすると、前方に嘉義公車の大型バスが走っていました。
たぶん、奮起湖を20分前に出発した石棹行に乗車して行った人たちが石棹で乗り換えた、嘉義からきたバスだと思われます。
そのバスを追い抜こうとしています。

だけどこの場所はカーブの途中。
対向車は見えません。

でも、こちらのバスは追い抜きにかかりました。

こういう時って、むこうから車が来るんだよね〜、

って、思ったその瞬間、

本当に向こうからバスキタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ━( ゚∀)ノ━(  ゚)ノ━ヽ(  )ノ━ヽ(゚  )━ヽ(∀゚ )ノ━ヽ(゚∀゚)ノ━━━!!!!!

ギリギリで大型バスを追い抜いてその前に入り込みましたが、もうちょっとで「たまに崖から落ちる」の「たまに」に大当たりするところでした。

2阿里山までの所要時間は1時間なのに、40分ほどで阿里山の入口まで来ました。
料金所のようなゲートがあります。

阿里山は「国家森林遊楽区」となっていて、入園料が必要です。
この日は金曜日だったので入園料は150元(540円)。
土休日だと入園料は200元(720円)になります。

で、1回入ったら、ずっと帰るまで有効なわけで、1日でもそれ以上何日いてもいいのです。
だから平日に阿里山に入った方がお得ですよ。

あさと番長が虫の息なので、私がみなさんの分を立て替えておきますね。
こちらからバスを下車してお金を払いに行きます。

以前はこの入園料を払うと記念券式の領収書が貰えたのですが、ずいぶんと今はあっけない領収書をよこすものですな。
しかも5人分まとめての領収書です。

最後に係員がバスに乗り込んできて、全員が入園料を払っているか人数をチェックしたらバスは出発です。

なお、鉄道が阿里山まで繋がっていた時代、列車で来たら阿里山駅のホームで入園料を支払い、集札口で鉄道の乗車券を渡して入園料の領収書に入鋏をしてもらう仕組みになっていました。

阿里山国家森林遊楽区のゲートを過ぎると3分ほどで阿里山駅前にあるバスターミナルに到着しました。

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13:55に到着です。
雨がすごいです。
あさと番長はヘロヘロになってバスから下りてきました。

なお、バスでの奮起湖〜阿里山までの所要時間は1時間。
嘉義から阿里山は2時間半。
すっとばしてこの所要時間です。

それなのに、週末に運転される台北から阿里山の夜行バスの所要時間は6時間となっています。
21時前に出発して翌日午前3時に阿里山に着きます。
いったい夜通しでどんなすっ飛ばし方をするのでしょう。
休憩ありで高速道路を時速140km/hで走るか、休憩なしで時速120km/hで走りつづけないと6時間での到着は無理だと思います。

阿里山のバス駅は広い駐車場にあって、その隅の方に本日のアジトの送迎バスが停まっていました。
それに乗って5分ほど行きますとアジトに到着です。

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本日のアジトは阿里山賓館。
かつては林務局による国営のホテルでしたが、2009年に民営になりました。
台湾最高所にある5つ星のホテルだそうです。
103年の歴史があるらしい。

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阿里山賓館のチェックイン時刻は16時なんだそうです。
天気が良ければその辺を散策できるのですが、雨ですからね、アジト内で待つしかありません。

ロビーでビールを飲んで待つ。

阿里山駅前でスナック菓子を買ったら、気圧の影響で今にも中蓋が破れそう・・・。
そういえば袋菓子もパンパンに膨れ上がっていたなあ。
ビールも気を付けて蓋を開けないと中身が飛び出しますよ。

16時までビールを飲み続けてやろうと思っていたのですが、15時前には部屋に通してくれました。

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部屋は旧館の方です。
元国営の5つ星だけあって、かつての台湾の総統もここに宿泊していますね。
この部屋は「蒋公套房」というそうです。

お偉いさんが宿泊した部屋の前には、そのお偉いさんの名前が記載されています。

中華民国の第1代から第11代までの5人、蒋介石、厳家淦、蒋経国李登輝陳水扁がこの部屋に泊まっていますぞ。

陳水扁の次であり、今の1つ前の馬英九だけは泊まったことがないみたい。
現職の蔡英文はこれからかな。

10雨で外に出られないのでアジト内をウロウロ。

お土産売り場に茶器が置いてありました。
お茶を買いたいが、味を確かめたいので試しに飲ませてほしいというと、

「この茶葉1回分で、8杯のお茶が入れられます。
  あなたのために開封するので、全部飲んでくださいね。」

はいはい。
意地っ張りな私ですから、頑張って飲みますよ。

ちなみにね、8杯って、茶碗8杯じゃなくて、急須8杯のことですからね。

3杯目を飲み終わったところでだんだん苦しくなってきましたよ。
ガボガボ。(;´Д`)

そこに南房総の若大将とたけさと大佐殿が通りかかりました。
いや〜、助け舟です。

そのうち他の台湾人もやって来て、そちらにもお茶を振舞うようになってきたので、みなさんが茶葉を買ったところで私は退散しました。

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阿里山賓館は2食付です。
素泊まりだったら、アジトの周辺に食事ができるお店は見当たらず、それはまた困ります。

夕食は17時半からです。
日本の温泉ホテルでも多くなってきた夕食バイキング。
みなさん、最初からずいぶんと大量に持ってきましたねえ。

明日の朝は早いのです。
夕食が終わったら早めに寝ましょうね。


2016年8月 阿里山森林鉄路 3

「2016年8月12日 阿里山森林鉄路嘉義線 1次 阿里山號 嘉義→奮起湖」
1
嘉義駅です。
日本統治時代の昭和8年の駅舎です。

嘉義駅も将来高架化が計画されてるのでこの駅舎もどうなってしまうことやら・・・。

駅舎の手前に何かコンクリート製の殺風景な覆いが作られてしまっています。

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1987年3月21日の嘉義駅舎。(左写真)
この時代の方がスッキリしていて綺麗でしたね。
こういう景観をぶち壊すような設計をした人のセンスを知りたい。

1987年3月21日の嘉義駅前。(右写真)
学生は綺麗に2列に並んでバスを待っています。
手前にいるのは交通の警察官。
初めて台湾に行ったときは、
「なんて軍人が多いところなんだ」
と思ってしまいました。

嘉義駅ではスタンプを押します。
羽田空港国際線ターミナル、本川越、東京でスタンプを押した続きです。

今回やっているスタンプラリーは、難易度が高いと思います。
クリア条件は、日本で3つ、台湾で2つスタンプを押すもの。
関東の鉄道と台湾鉄路のコラボのスタンプラリー企画です。
今、嘉義駅のスタンプを押しましたからクリアまではあと1駅となりました。


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さて、これから乗車するのは阿里山森林鉄路です。
阿里山森林鉄路は阿里山の檜を輸送するために日本人によって作られました。

阿里山を中心にいくつかの路線があり、嘉義〜阿里山が本線となっています。
阿里山線とよばれますが、これは通称で正確には嘉義線。
阿里山から木材を運び出すのが目的で作られた鉄道なので、阿里山ではなく嘉義が目的地です。
だから嘉義線。

阿里山森林鉄路は林務局が運営する国鉄です。
1年半の間だけ民営化したことがあるのですが、再び国鉄に戻されました。
その時に、同じ国鉄でありながら組織が違う交通部が運営する台湾鉄路から運営の協力がされるようになっています。

嘉義線は嘉義から阿里山を通って沼平まで72.7kmの路線ですが、列車は現在は阿里山まで通じていません。
途中の奮起湖までの運転で、そこから阿里山まではバスに乗り換えです。
度重なる災害で、奮起湖から先は運休中なのです。
阿里山まで行けば、その付近の列車による小運転も行われています。

この日は金曜日。
平日なので、列車は1日1往復しかありません。
休日には増発があります。


旅行前、阿里山に行くにあたって、あさと番長と旅程について連絡していました。
あさと番長からのメールで、最初の計画では阿里山までバスでいくと・・・。

「いやいや、列車で行く方がいいですよ」
と私は返事。

私が「乗りテツ」だからとかそんなのじゃなくて、みなさんのことを考えてここは鉄道で行く方が良いのではないかと・・・。

でも嘉義から阿里山まではバスの方が所要時間は短いし、運賃も安いです。
阿里山鉄路の運賃はとても高いのです。

結局、下山にも列車を使うと、嘉義に到着するのが夕方になってしまい、そこから台北に向かうと夜遅くなってしまうので、往路は列車、下山はバスということになりました。

大丈夫かな・・・。
阿里山のバスには、いろいろと良くないウワサはあったのです。

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8:51に阿里山鉄路の列車が入ってきました。
機関車と客車5両の編成です。

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機関車には特に形式名は無く、DL-46という序列番号だけ。
2006年、日本車輛製で30トン級、750馬力。
阿里山鉄路の機関車の中で一番の力持ちの機関車です。

で、こちらが最後尾です。

1
はい。
こちらが先頭です。
客車が前で、機関車が推して進むのです。

阿里山鉄路の最急こう配は62.5‰。
機関車が引っ張っているときに、連結器が外れたら・・・。
だから機関車が下になって押し上げるのです。

客車には運転台があって、DL-45(2006年製)以降の機関車を繋げた場合には、ここに機関士が乗り込んで機関車の操作ができます。
それ以前の機関車での運転の場合はここでは前方監視だけで、後ろの機関車に機関士が乗り込んで操作します。

3
阿里山森林鉄路は日本の大井川鐵道と黒部峡谷鉄道とそれぞれ姉妹鉄道となっています。

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阿里山鉄路の客車内。
軌間が762mmなので、車両は小さく、座席は2-1のクロスシートです。

3
3
さて、こちらは1987年3月21日の嘉義駅。

当時は嘉義から阿里山まで線路は通じていました。
発車を待つ阿里山行の列車の横を縦貫線の貨物列車が通過していきます。
車両の大きさの違いが分かりますね。

阿里山鉄路の機関車はDL-40。
1982年日本車輛製で、28トン550馬力。
力がDL-46より少なくて、この時の客車は4両です。

それ以上の客車を繋げる場合には、もう1両、編成の真ん中に機関車を挟んで運転していました。

(←登山方向)「客車4両+機関車+客車4両+機関車」(下山方向→)
という日本では見ることができない珍しい編成となります。

現在の台湾の鉄道では往復切符というのは廃止されました。
左は1987年に乗車した時の阿里山鉄路の往復切符です。
746元の運賃表示のところ636元に値下げされていますが、台湾では燃料が安くなると鉄道運賃も安くなるのです。

当時の阿里山鉄路は特快「阿里山號」が2往復、「中興號」が1往復、各駅停車の普通車が1往復、合わせて4往復の定期運行と、不定期でその他に「対快(指定席急行)」が2往復ありました。
さらに日曜日には「阿里山號」の夜行列車が片道1本あったのです。

今は、1日に「対號(指定席列車)」が1往復だけ。
しかも区間運転。
寂しくなったものです。

11-2

さて、阿里山鉄道の列車は9:00に嘉義を出発しました。
1日1往復しかないからこの列車が初発であり終列車。

次は北門に停まります。
前回来た時とは反対側にホームがあります。(左写真)
前回の時は2代目の駅舎で、現在は初代の檜の駅舎を復元させているのだそうです。

ここでほぼ満席になりました。
北門駅は嘉義の市街地に近いところにあります。

北門の次は竹崎です。

嘉義から竹崎までは、上り勾配ながら水田が見えて、開けたところを走ります。
阿里山森林鉄路の初期開業区間は嘉義から竹崎までで、日本統治時代はその間に沢山の駅がありました。

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竹崎に着きました。
かつての終点だけあって構内は広いですね。
側線には25トン級の機関車のDL-27がいます。(左写真)
1969年三菱製で古いながら現役です。

その後ろの客車のうち赤い客車は、阿里山號の客車が登場する前の光復號の客車です。
阿里山號が登場してからは普通車の客車として使われていました。

貨車の車両もありますね。(右写真)
これはタンク車かなあ。

1

竹崎を出ると、樟脳寮、獨立山と進んでいきます。

樟脳寮と獨立山の間は阿里山鉄道においてテツ的に最大の見どころです。

ここはループ線になっています。
日本のようなクルリと一周するだけではなく、なんと3周してからの逆回転1周という世界にもなかなか無いループ線になっています。

このものすごいループ線で、標高543mの樟脳寮から獨立山の741mまで上がります。

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残念なことに雨が強くなってきました。
あまり景色は楽しめないのです。

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獨立山から梨園寮、その次の交力坪までの2駅間は団体が乗って来て通路までいっぱいになりました。
こんな区間だけ乗車しても面白くないだろうに。

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1987年3月22日の交力坪駅で。
写真は嘉義発阿里山行の普通51次。
DL27号が推進で最後尾、客車2両と先頭に貨車2両の編成でした。

交力坪の次は水社寮、そしてその次が奮起湖です。
この列車の終点です。

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11:30に奮起湖に着きました。
時刻表では11:20着になっていたので10分の遅れです。

機関車があるから、こちら側をつい写真に撮ってしまうんですけれどね、こちらは最後尾ですよ。

9
先頭はこちら側です。

奮起湖の標高は1403m。
すでに日本の普通鉄道最高点の標高より高いところにいます。

奮起湖から先、阿里山鉄道は阿里山の1つ手前の駅の神木までの間、23.8kmは災害のために運休です。
本来ならばこの年に復旧するはずだったのですが、復旧直前に台風が直撃してまた路盤が流されてしまいました。
再復旧にはまたあと2年以上かかるようです。

今回、この列車運休区間はバスで行くことになります。


それでは、このあとは奮起湖から先にも列車が走っていた1987年3月21日の写真です。
線路が通じていればこういう所を走っていたのです。

1
1987年は阿里山鉄路には1日に多くの列車が走っていました。
当然、列車交換も多いわけで、写真は奮起湖で上下の「阿里山號」がすれ違ったところです。
阿里山號は当時は特快でヘッドマークもありました。

この時は9:58発車のところ、嘉義行の列車が少々遅れたので、10:00に奮起湖を出発しました。

2
奮起湖を出発すると、多林、十字路と進みます。
十字路は「阿里山號」の通過駅でしたが、運転停車です。
交換列車は普通車の嘉義行。
観光列車の「阿里山號」に対して、1日に1往復だけの普通車は山の中に住む人の貴重な足です。
旧型の客車2両と貨車の混合列車でした。

当時の時刻表では10:25に普通車が来ることになっていますが、私の記録では普通車が遅れて10:37に到着したとなっています。

3
普通車が発車した後もしばらくこちらの列車は発車しませんでした。
当時は解りませんでしたが、今となっては、先行列車がこの先の閉塞区間を抜けきらずにいて、その影響でこちらも発車できなかったのだと思います。

結局、十字路は11:10に発車しました。

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8十字路を出ると、屏遮那、第一分道、二萬平、神木と進みます。

「阿里山號」は特快なので、これらの駅は通過です。

第一分道には1つめのスイッチバックがあります。
そのあと5分位の所に第二分道という信号所があってそこで2つめのスイッチバック。

そして3つめのスイッチバックは神木(第三分道)にあって、嘉義を発車した時とは逆向きで終点の阿里山に到着します。

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阿里山に到着した特快「阿里山號」。
12:08に58分の遅れで到着したと記録しています。
阿里山駅の標高は2216mです。

当時の阿里山駅は宮殿式の駅で、こういう造りは台湾で唯一のものでした。

かつて日本統治時代からの阿里山駅というのは、この先にある沼平のことで、そこまでが嘉義線です。
1976年に沼平で火災があってその時に4つ目のスイッチバックの場所だった第四分道の場所に現在の阿里山駅が作られ移転、ここがターミナルになりました。

この宮殿式の阿里山駅は、1999年の921大地震で被災して取り壊されました。
この後に出てくる現在の阿里山駅は2007年に再建されたものです。

ところで、2016年の今回の旅行のあと、9月に奮起湖から十字路までの間で復旧作業が終わって試運転が始まりました。
阿里山まではまだまだですが、一部復旧し、運転区間が2017年に延長になりそうです。
十字路から阿里山なら、代行バスの所要時間は3分の1になります。



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