亜洲鉄道日記

月曜日と木曜日に定期更新。亜洲鉄路(アジアの鉄道)の日記です。中国と日本の鉄道が主になりますが、そのほか近辺の国の鉄道・飛行機の写真を載せています。 旅行をした年も記載していますが、古い旅行の写真も入りますのでこの日記を参考に旅行をされる方は充分に現地に確認して下さい。 下の写真をクリックすると目次が開きます。

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2015年8月 泰緬鉄道と台湾澎湖 11

「2015年8月13〜14日 澎湖観光 2」

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澎湖諸島には90の島があります。
そのうち、有人島は19。
澎湖県という独立した県になっていて、県都は馬公。

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6:30過ぎに起きました。
窓から外を見ると静かです。
あんなに夜は賑やかだったのに。
どうも島暮らしは夜更かしでお寝坊さんみたいですね。

朝食はバイキング。
魯肉飯ばかり食べてました。

9時ころに観光タクシーが迎えに来るはずですが・・・、

いませんね。

しばらく外で待っています。
雲がありますが、空は明るいです。
暑くなるかな。

すると、爺さんが近寄ってきて、
「これから雨が降るヨ。」
と日本語で話しかけてきました。

アジトの1階には薬局があって、そこの主人。
薬局の前には「強い酔い止め」と日本語でチラシが貼ってあります。
この島には魚釣りに来る人が多いのでしょうな。

写真入りの名刺を貰いましたが、どのくらい前の写真なのか、今ここにいる爺さんと同じ人とは思えない。

―――これから雨が降るの?

「南に雲があるでしょ。
  するとあとで雨が降るんだ。」

―――ふーん。

1約束の時間を30分過ぎて、タクシーがやって来ました。

遅れてきたのを謝るわけでもなく、遅れたこと自体を忘れている様子です。

のんびりしてますな。

ドライバーはおばちゃん。

おばちゃんの名前は姓名で4文字。
中華系の名前で4文字は珍しいですな。

タクシーでアジトを出発したら雨が降ってきました。
しかもけっこう降ってる。

私、傘持ってきてないアルよ。
途中から、おばちゃんが傘を貸してくれました。

タクシーは県道203号線を北に向かいます。
203号線は澎湖で36.3kmの一番長い県道です。
中正橋、永安橋、澎湖跨海大橋という3つの海上橋で4つの島を繋ぎます。

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中正橋を渡ったところに風車群があり、そこでタクシーは停車。(9:50)
なにがなんだかわからないけれど、晴れていれば絶景ポイントなのでしょう。

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ここは台湾で2番目に大きい風力発電所なんだって。

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向こうに見える島は員貝嶼というらしい。
向こうに薄く見えるのは鳥嶼。

ホントはきれいな島らしい。
天気が・・・。

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通梁古榕。(10:09)
樹齢300年を越えるカジュマルだそうです。
1本の木から成っているそうで。

保安宮という廟の前にあって、タクシーのおばちゃんは、保安宮を見てほしかったのか、このカジュマルを見てほしかったのかわからないけれど、とりあえず、私にはカジュマルの方が凄かったのでこっちの写真を載せます。

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あさと番長、買い食いがお好きですなあ。

カジュマルよりダンゴ。

これは炸花枝丸。
イカ団子ですな。

コショウがきいていてなかなかよろしい。

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10:20。
澎湖跨海大橋を渡って西嶼に渡ります。

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橋を渡ったところにある漁夫の像。
おばちゃんがタクシーを停めて像を指さすので、澎湖を開拓した人かと思い、
「何て名前?」
と、訊いてみました。

すると、おばちゃんは、
「台湾」

しまった。

「什麼名子?」
と訊いたつもりだったのですが、私が間違えて
「名子(ming2 zi3)」
のところを、
「民族(min2zu2)」
と、言っちゃったらしく、
「台湾」
と返事が来てしまいました。

ここは
「什麼姓名?」
と訊けばよかったです。

質問のやりなおし。

すると、おばちゃんは
「んーー・・・。」
と返事に困ります。

結局この像は、

ただの漁夫の像

で、別に名前とかそういうのは無いそうです。

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10:35。
大義宮に来ました。
三国志の関羽が祀られているそうです。
そんなの帰国してから知りましたよ・・・。

この廟の真下に「珊瑚蓮花洞」という地下洞窟があります。

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珊瑚がいっぱいあるんですワ。
台湾でも現在は珊瑚の採取が禁じられているので、大量の珊瑚が一度に見ることができるのは珍しいのです。
地下洞窟というよりか、ふつうの地下室ですワ。

でも、それはそれでいいとして、この青とか赤とか、中華民族の装飾のセンスが理解できない・・・。

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地下洞窟には池があってアオウミガメがいます。
島の漁師が誤って捕まえてしまったものだそうです。
誤ったなら海に還してあげればいいのに・・・。

神の遣いとでも思われたのか廟に寄贈してここに住んでいますが、カメにとっては迷惑な話でこんな地下ではなくて太陽の下の砂浜にいたいだろうなあ。

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カメだけかと思ったら、こんなのもいました。
カブトガニ。

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次にやってきたのは二聚落。(10:56)
陳延益という人が金門島から澎湖にやってきて漁業をしていましたが、家族が増えてきたのでここ二に集落をつくったものです。

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建物はのちに修繕されたものですが、その建物のデザインは他の台湾の地域では見ることができない澎湖独特のものになっています。

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よく見ると、この石垣が・・・。

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石の他に珊瑚も使っていますぞ。

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聚落から狭い道を通って11:12に大菓葉柱状玄武岩へ。

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日本の統治時代に馬公と西嶼とのあいだに定期船で結ぶために港を作りました。
その時に偶然に千年前の柱状の玄武岩が見つかります。

この辺りは港のおかげで栄えていたらしいですが、橋が完成すると誰も寄り付かない場所になってしまっていたそうです。
それが、最近になってネットなどで紹介されて再び人気の場所になってきたそうです。

澎湖は殆どの島の岩質は玄武岩でできています。
溶岩が爆発し、海水で急激に冷やされると、このような六角柱の玄武岩になるんだそうで。

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そして11:30に西嶼西臺へ。
1884年にフランスの遠東艦隊が澎湖を攻めてきたときに、劉銘伝が澎湖を守りました。
その後、劉銘伝が澎湖強化のために作られたのが西嶼西臺です。
完成は1888年。

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窪んだ土地にトンネル式の壕が作られ、四方を城壁に囲まれています。

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砲台は4台。

1あら、

あさと番長、ここでも買い食いですか?

黒糖饅頭。
15元。







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お昼になりました。
タクシーが停まったのは清心飲食店。
あさと番長が予習で目をつけていた店です。
人気店らしい。

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まずはビール。
ヘチマとイカと牡蠣。

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大根のつまを作るのが本当に下手なんでしょうなあ。
大根が麺状になっていてその上に刺身がありますぞ。
切り方自体を間違えていると思う。
これだと大根の消費量が多くなってしまいますから、そのほかはキュウリで誤魔化しているのだと思います。

なぜか最後に追加した麺だけが出来上がりまでエラく時間がかかりました。

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食事後、時間がわずかながら余っているようです。
空港の近くの海岸へ。
林投金沙灘というところらしい。

帰国後に地図を見てみれば、このすぐそばに日軍の上陸記念碑があったのに、その時は気付かなかったのが残念。
記念碑があるということは日本軍はこの海岸から上陸したのでしょうな。

ここに少しいたあと、14:00に空港到着。
島の観光はこれでおしまいです。


2015年8月 泰緬鉄道と台湾澎湖 10

「2015年8月13〜14日 澎湖観光 1」

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馬公空港。
雨が止んだばかりのようです。

空港にはアジトのお迎えがいるらしいのですが、いませんね。
こういうところは島時間のようです。
私がコンビニで買い物をしているうちに、いつの間にかアジトの人が迎えに来ていました。

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車で馬公の市街地に向かいます。
道路は片側2車線。
澎湖全体の人口は10万人。
そのうち、馬公市の人口は6万人。

宮古島の人口は5万1千人。
あまり変わらないけれど、空港もでかいし澎湖の方が発展しているように見えます。

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アジトはちょっとボロめ。
明るいおねいさんのフロント嬢です。

さて、雨も止んでいるし、せっかく臨時便で早く到着したのでちょっとアジト周辺を歩いてみましょう。

ところで、夜の呑みどころってこの島にはあるのかねえ。

で、明るいおねいさんに訊いてみますと、18:30になったら教えてくれるとのこと。
なんで18:30なのかなあ。
今でもいいのに。

妄想族な私は、
「18:30になったら私の仕事が終わるから一緒に呑みに行きましょう」
と、言われると勝手に考える。

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馬公の市街地。

ここが島なのかと思うほどいろいろなものがあります。
コンビニだってたくさんあるし、100均のダイ●ーまでありましたぞ。(左写真)

私が思っている、台湾の島の暮らしからはずいぶんとかけ離れています。




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とりあえず、南の方に行ってみましょうか。

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海の方に出てみましたが、何もありませんなあ。
と、いうわけで、ここから西へ行きます。

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順承門(左写真)をくぐって奥に入ってみましたが、イヌがいるだけで面白くない(右写真)から戻ります。

順承門は澎湖の媽宮城の6つある小門の1つです。
1885年から1886年にかけて作られて、澎湖の火成岩でできているそうです。
私の使えない中国語では、正確に理解できるのはここまでです。

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緑の建物は郵電局。(左写真)
これは古いですなあ。
これも私の中国語が正しかったらですが、日本統治時代の1924年に作られたものらしいです。
媽宮郵便局と言ったらしく当時は郵便局でしたが、戦後の1945年からは澎湖郵電局といって、郵便の他に電話も扱っています。
さらに今でも現役。
建物は日本時代の物なので瓦があって、その屋根の形は「兜」をイメージしているのだそうです。

さすが台湾。
街の至る所に祠があります。(右写真)

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澎湖天后宮に来ました。

海の女神は「媽祖」と言います。
澎湖の人々は海で暮らしています。
なので「媽祖」は特別な存在です。

澎湖天后宮はその媽祖廟で、台湾の歴史の中でも古いものです。
昔は「媽祖宮」と呼ばれ、簡略化して「媽宮」に。
その「媽宮」と同じ発音の「馬公」に変わりました。
だから、ここが澎湖の中心です。

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そして「老街」へ。(左写真)
ここは澎湖で最初に作られた商業エリアです。
現在は明や清の時代の町並みを再現したものです。
日本統治時代もここは商業の中心地だったそうです。

その老街を奥に入っていくと「四眼井」がありました。(右写真)
澎湖最古の井戸らしい。
こんなに海に近いところで湧水は海水にならないだろうか。
中身は雨水かな?

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媽宮城隍廟に来ました。

1777年に建立されたものらしい。

城隍とは都市の守護神で、その廟ってことか。

「城隍」というものを私は知らなかったから、この廟が何のために存在するのか調べるのに時間がかかっちゃったよー!
しかも中国語だし。
「城」は城壁、「隍」は濠のことで、その2つに対する信仰なんだそうです。

あとは、なんか説明が難しくてわからん。

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あさと番長がアジトへの帰り道で買い食いをする。
看板とかメニュー表を写真に撮ってくるのを忘れたので、これがなんだか忘れたけれど、見た目「炸蛋葱油餅」だと思う。

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まずは食事処へ。
朝のタイ国際航空の機内食から何も食べていなかったので早めの夕食。

「長進食庁」というところで食べる。
人気店らしい。
最初は少ない客数でしたが、だんだん混雑してきました。

台湾ビールにお通しは煮干し。

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雲丹と酢牡蛎。(左写真)
雲丹は盛り付けが・・・。
台湾では刺身を食べるけれど、盛り付けがイマイチ。
大根のつまを作るのがヘタらしい。

酢牡蛎は何か勘違いしてる・・・。
醤油を入れると丁度良くなります。

澎湖ではヘチマを食べるとのことでヘチマの炒め物。(右写真)

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ちっちゃいエビに青菜類を食い散らかす。
これで終了。
おばちゃんが日本語を少し話せるので注文も楽です。

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約束の18:30。
アジトにいったん戻って、フロントの明るいおねいさんに「酒巴」の場所を教えてもらいます。
ただし、英語。
あさと番長に訊いていただきます。

なんてことはなく、ふつうに笑顔で数カ所教えてくれただけ。
別に一緒に行こうというわけでもない。
なんだ、つまらない。

11軒目の店に入ると、ビールしか出せないとのこと。
カクテルなどの酒類の瓶は並んでいるのに・・・。
どうやらバーテンがまだ出勤時間前なんだそうです。

と、言うわけで、ちょっと離れた2軒目。
店の扉を開けた瞬間、イロっぽいおねいさんがいて、一瞬間違った店に入ってしまったのかと思ってしまいます。

結局、ふつうの酒巴だったので、安心してここで呑む。
どうやら、台湾ではカクテルは「ストロー」で飲むものらしい。


2015年8月 泰緬鉄道と台湾澎湖 9

「2015年8月14日 復興航空 GE5111便 台北(松山)→馬公

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台北桃園空港から国光号のバスで台北松山空港に着きました。
一瞬、すごい大雨が降りました。
で、すぐに止みました。

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これから行くのは澎湖諸島。
いはち総長のおかげさまですっかり離島マニアにもなってしまった私。
香港へ行く時、帰るときの飛行機から見える、この台湾の離島に大変興味を持っておりました。
(別旅行時に飛行機から撮影)

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澎湖の場所はここね。

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乗るのは復興航空のGE5111便。
澎湖の馬公行。
例の「マクング」ですよ。
本当の読み方は「ma3 gong1」。

最初は16:30発のGE513便のはずでしたが、直前に臨時便が出るとかで14:50発のGE5111便になりました。
早い分にはいいですね。
時刻表では所要時間は55分。

ファックスで送信してきたものをさらにスキャンしてパソコンのメールで送ってきたと思われる、印刷が汚く、搭乗者の氏名もなく予約番号と区間だけの怪しい予約票を見せてチェックイン。
カウンターは若いおねいさんが複数人。
その後ろにお局様がいるので、実地訓練かな。

お局様は日本語ができます。
あさと番長と私に席の希望を訊いてきます。

「それぞれ、バラバラでもいいから窓側希望」
「あさと番長は出口に近い方がいい」

お局様は「両個(中国語)まど(日本語)」と私たちに確認してそれをおねいさん達に伝え、おねいさんはみんなで「ああだこうだ」と口を出し合いパソコンと格闘。
数分待たされ、やっと搭乗券が機械から「べろ〜〜っ」と出てきました。

その時のおねいさん達、笑顔で
「わ〜〜
「でた〜〜っ!!

国内線とはいえ、日本ではこんなカウンター対応無さそう。
でも、わからないことを無理に知ったように適当に答えられたり、自分だけがわからないだけなのに、
「それはできかねます。」
と言い切られるより、今回の方が新人らしくて可愛いから許せる。

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飛行機はこれ。

私が好きなプロペラ機。
あさと番長がニガテなプロペラ機。

ATR72-600。

この前の2月の基隆川に墜落した事故機と同型なので記憶も新しく気分が悪い。
同じ復興航空だし。

そして1年前の7月にも復興航空は墜落しています。
あろうことか事故現場はこれからの行き先の馬公。
しかもATR72-500。
同種の飛行機で1モデル前の型式。

台北松山空港でプロペラの飛行機の搭乗ではランプバスは使いません。
ターミナルから飛行機まで歩きます。
荷物室が前方にあるので、乗客は後方の扉から搭乗します。

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14:50発のところ、15:05に台北松山を離陸しました。
東向きに離陸です。
東向きに出発すると正面に山がありますから、一生懸命ブンブンと上昇していきます。

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新北市の上空で飛行機は180度回転。
今度は西に向かいます。



台北松山空港を出発するGE5111便。
ATRはDashシリーズよりも静かで揺れも少なく安定した飛行をする飛行機だと思います。

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西に向かうと今度は出発した台北市が見えてくるわけで。

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新竹付近から海に出ました。
あとは海上飛行です。

台湾でも国内線ではジュースのサービスのみ。
おしぼりがあるだけ日本の国内線よりかマシか?

飛行時間が短く、手際よく配られていきます。

コーヒー、お茶、ジュースの3種のみ。

私はお子ちゃまなのでコーヒーが飲めないのでジュースを飲みます。

凄い・・・。
こりゃ色つき水だ。
身体に悪そう・・・。
飲んでみると、どうやらグレープジュースらしい。

この時に、向こうに座っているあさと番長の方を見た瞬間、目を疑うような面白いものを見てしまいました。
一瞬の出来事でした。
これは当事者であるあさと番長からオフ会の時にでも聞いてください。


台北を出発して50分。
馬公に着陸します。
いつも香港行の飛行機から見えていて気になっていた澎湖にやってきましたぞ。
思っていた通り、まっ平らな島ですなあ。

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離島の空港なので、茨城空港レベル(茨城県のみなさんごめんなさい)のローカル空港だと思っていたのですが、こりゃデカイ。

ボーディングブリッジも3基あります。

1日に40往復以上の飛行機が発着します。
国内線の空港ですが、南京と青島の大陸にも遠東航空のMD82による便があります。
たまに香港と澳門便もあります。

軍が所有の空港で、滑走路は3000m。
A380でも離着陸できますな。

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15:50に馬公に到着しました。

高翼機はどの窓側に座っても機窓が楽しめますからいいですな。

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乗ってきた飛行機。
B-22812。

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隣にはB-22822。

こちらは復興航空の新塗装のようです。

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離島の空港としては馬公発着の飛行機は多いです。

ちなみに澎湖諸島の人口は10万人です。
いかに観光客が多くやってくるかがわかりますね。

 

2015年8月 泰緬鉄道と台湾澎湖 8

「2015年8月14日 タイ国際航空 TG634便 バンコク(スワンナプーム)→台北(桃園)

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翌日。
もうタイを出国です。
鉄道に乗ったらお帰りです。

今回は朝早い便に乗ります。
5:45には空港のラウンジにいました。
あさと番長毎度の大盛サラダでワイン。

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今回は7:10発のTG634便。
行き先は台北。

あら?
香港じゃないの?
と思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、

そうなんです。

今回は地上の楽園に行かないんです。
1999年に初めて行って、2002年からは毎年、多いときは年に4回行っていたあの「地上の楽園」に今回は寄り道しないんです。

2014年の夏から行っていない。
でも2年経過しちゃうと「澳門パス」が失効しちゃうので、それまでに一回行くかも。

さて、飛行機の搭乗時刻は6:30。
出発の40分前とはずいぶんと早いですね。
しかも搭乗券の搭乗口の表示がなんか変。

もしかして・・・、と思いましたが、

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やっぱりね。
沖止めです。
ランプバスを使用します。

座席はビジネスクラスですが、ビジネスクラスの乗客は左写真のワゴン車の方へご案内。

イヤだ。
なんでこんな狭っくるしい車に乗らないかんのか。

というわけで、エコノミークラス用の大型のバスに乗ります。

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バスに乗って進んでいくと、乗る飛行機が見えてきましたよ。

飛行機はA330-300ですな。

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私、2列目アルよ。
1列目はもちろんあさと番長。

そのあさと番長が面白いものを見つけた顔で私を呼ぶので見てみると・・・。

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座席ベルトに取り付けるバックルの向きが逆ですな。(左写真)
あさと番長に指摘されちゃったら航空会社としてそのまま飛ぶことは出来ず、整備が来てベルトを根もとから一旦取り外し、裏返しにして取り付けます。


7:30にTG634便はバンコクを出発します。

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南に向かって離陸したので、すぐにタイランド湾が見えてきます。
それにしても低い土地だなあ。
高潮になったら冠水しそう。

もともとスンダランドといって陸地だったのが、海面上昇でタイランド湾となったものなので、海の深さは浅いのだそうな。

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さよなら、タイ。
次回は違うところに行くので、今度来るのは2年後ね。

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飛行時間がそんなに長くないのでさっそく機内食。
豚肉が載った麺なんだけど、私、汁無しの麺って飲み込みにくくて苦手です。

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8:19にメコン川を横切ります。
殆どの部分でタイとラオスとの国境になっているメコン川ですが、眼下に見えるパクセというところの付近ではメコン川が国境になってはおらず、川の両岸ともラオス領です。

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8:40にベトナムのダナンから東シナ海に出ました。
ダナン空港が見えますね。

飛行機はこのまま真っ直ぐ進みます。
このままだと西沙諸島の真上を飛ぶことになります。

こりゃブログネタ的な写真が撮れるかな、
と、思っていたのですが、この後雲が現れて機窓は真っ白になります。

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なんかアンケートに答えると往復の無料航空券が当たるらしい。(左写真)
回答しておいたけど、まだ往復航空券は送られてきません。

雲が切れて下が見える頃には台湾沖まで来ていました。

でも・・・、

あれ?
この飛行機は東に向かっています。
台北の方向には向かないのかな?

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やっと、北を向きました。
マレーシア航空機の行方不明事件もありましたから、どこに連れて行かれちゃうのか心配になっちゃいましたよ。

それにしても、地図の日本語表記・・・。
酷過ぎる。

「台中」と「タイチュン」がありますぞ。
「台中」の読み方は「タイチュン」でしょう。
同じ地名が2か所にあります。

「タイチュン」で表示されている場所の正しい地名は「台東」。

「台東」の併音は「tai2 dong1」。
しかし、台湾でよく使われるウェード式の表示では「tai tung」となります。
なので、この地図を作った人が「タイチュン」と誤植してしまったのでしょう。

そして「マクング」。
これにはあさと番長と(爆)状態。

このあと行く予定の澎湖諸島の「馬公」。
「馬公」も併音では「ma3 gong1」。
でも、ウェード式表示だと「ma kung」。

ウェード式は中国語の発音を英語表示にしたものです。
英語読みするならば、このときの「g」は「グ」なんて読まないよね。

この訳をした人が「香港」を表示するときは「ホングコング」なんて書き込むのかなあ。

さらに「キア」。
たぶん、「嘉義」のことだと思う。
でも併音で「jia1 yi4」、ウェード式で「chia yi」であり、どうやったら「キア」と読めるのか理解不能。

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11:17(以降台湾時間)に台湾最南端の鵝鑾鼻(がらんび)が見えました。

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11:25には高雄上空。

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11:30には台湾最高峰の玉山が見えましたぞ。
「ニイタカヤマ」ですな。
標高3952m。
富士山より高い。

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そして台北桃園空港が見えてきました。

ぐるっとまわりこんで東側から着陸します。


12:03に台北桃園空港に着陸しました。
時刻表では11:50着だったので少々の遅れですな。

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せっかく着陸してきた飛行機を撮影できたと思ったら、左の中国南方航空機にカブられた。

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中国国際航空。

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中国南方航空。

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中国東方航空。

なんだ、大陸系の航空会社ばかりで、共和国の方の中国に来てしまったんじゃないの?


安心してください。

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台湾ですよ。

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TG634便は台北桃園空港では写真が撮れないところに駐機してしまいました。

だから、これが飛行機の最後の写真です。

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今日は、台北には泊まらず、このまま澎湖まで飛行機で行きます。
しかし、澎湖への飛行機は桃園空港ではなく、松山空港から出発なので松山空港まで移動しなければいけません。

鉄道でいくと乗り換えとかが面倒ですからね。
国光号のバスで行きましょう。
これだと直通です。

12:40の発車で、13:40には台北松山空港に到着しました。

 

2015年8月 泰緬鉄道と台湾澎湖 7

「2015年8月13日 泰緬鉄道を撮る」

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1時間半以上遅れて14時過ぎにナムトクに列車が到着しました。
遅れて着いたので、列車はすぐにトンブリーへ向けて折り返していきました。

写真は側線に停まっていた15:30発の列車になると思われる編成。

ナムトク線の定期列車はナムトクで終点です。
でも、線路は次のナムトクサイヨークノイという駅まであと1.4km続いています。
この区間は休日だけに運転されるバンコクからの旅行会社のチャーター列車だけが走るのです。

せっかくなので、線路が途切れる所まで行きます。

列車の中ではあまり話さなかったサラさんの出番ですよ。
ここ以降のためにガイド頼んだんですからね。

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駅前にはソンテウが客待ち中。
「滝を見に行くのかい?
 滝までの往復だったらチャーターで300バーツだヨ」

高いなあ。
鉄道距離1.4kmの往復の2.8kmで300バーツとは、完全に観光地かつ外国人相手、ボッタクリ料金。

予習では滝まで乗合で10バーツです。

そこでサラさん登場。

私にとって、滝はどうでもいいのです。
でもとりあえず「滝の場所」(←滝の場所にナムトクサイヨークノイ駅がある)まで行って、そこからカンチャナブリまで送ってもらいたいのです。

途中、「アルヒルの桟道」にも寄ります。
そこで「撮り」もしたい。

ナムトクの駅から滝までは鉄道距離で1.4km。
ナムトクからカンチャナブリまでは鉄道距離で77.2km。

果たしてその料金は・・・・。


800バーツ。

最初の数kmでの300バーツから比較して随分と安くなりましたね。

「アルヒルの桟道で撮りをするなら、今列車が出て行ったところだから、後発の15:30の列車の写真を撮った方がいい」(←もちろんこんな言い方はしていないけど、こういう意味)
とのことで、あまり慌てずにとりあえず滝の近くまで行ってもらいます。

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滝の駐車場のところから階段をあがるとナムトク線のホントの終点のナムトクサイヨークノイ駅がありました。
もちろん無人駅。

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線路の状態は、一昨年乗ったメークロン線よりも酷い。
ここまで来るのは休日だけ運転される旅行会社のチャーター列車だけです。

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そして駅の先にSL。
これはC56ですな。
C56の愛称は「ポニー」。

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うん。
このテンダーの形はC56。

C56は160両作られて、90両がタイとビルマに送られました。
こちらにやって来たC56は日本のと違って空気ブレーキではなくて、真空ブレーキが使われています。
さらにプロテクターがありません。
テンダーの上の方には柵が見えています。
これは石炭ではなく、薪を燃料とするために薪を積むことができるように柵が取り付けられました。

こちらにやって来たC56は、戦争中にその半数が爆撃され、終戦後も敵に機関車を使われないように破壊されました。

生き残ったC56は、タイ国鉄で引き継がれて使われました。
その番号は、生き残ったC56の番号の序列でタイ国鉄の番号が割り振られたので、写真の702号はC56時代は「C56 4」であったと思われます。

90両のC56のうち、たった2両だけは日本に帰ってきました。
その2両は「C56 31」と「C56 44」で、31号機は靖国神社で静態保存、44号機は大井川鐡道で今でも動態保存で現役です。

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線路はここまで。
この先、ビルマまで繋がっていた線路は途切れます。

維持費が大変だったとかいろいろ説がありますが、戦後、イギリスが植民地としていたシンガポール港が栄えない原因のひとつとして、イギリスによって廃止させられたとも言われています。


この先、すぐのところに滝があります。

「見に行きますか?」

―――行かなくていいです。

じゃあ、戻りましょう。

駐車場に着くと、ソンテウの運転手さんは、
「なんだ、もういいのか?」

―――滝が目的ではないのでいいです。

ここで、車がソンテウからトヨタの四駆に変わりました。
運転手さんの自家用車だそうです。
ソンテウだと乗り心地が悪いので、これでカンチャナブリまで送ってくれるそうです。

一応、
「料金は・・・?」
800バーツのままだったので安心。

運転手さんが思っていたより、私が早く車に戻ってきたので、さっきナムトクを出発したトンブリー行の列車に間に合うかもしれないと車を飛ばします。
はい。
私もその列車の撮影に間に合った方が、そのぶんバンコクに早く戻れるのでそうしてもらいたいです。

運転手さんはよく喋ります。
運転手さんはこの辺のソンテウを走らせている元締めで、観光地だけに収入は多いのだそうです。
だからトヨタの四駆なんか運転しているんだなあ。

この地方に住んでいる少数民族のモン族と結婚しているのだそうで、

しかも、

5人目。
若いの。

なんとも羨ましい。

自動車の方が鉄道よりはるかにスピードが早く、20分で「アルヒルの桟道」までやって来ました。
列車はナムトクから時刻表では45分かかります。

トンブリー行の258列車はナムトクを14:20ころに発車しました。
15:05ころに列車がやってくるはずです。

今の時間は14:50。

私が撮影したいと思った場所はリゾートホテルの私有地でした。
またサラさん登場。

フロントで、
「あとでリゾート内のレストランで何か注文するから、リゾートの利用者として庭に入れさせてー。」

結果は
「いいヨ」
とのことで庭に急ぎます。

敷地が広くて、途中で草刈りをしていたおじさんに場所を確認して撮影場所にたどり着きました。

1
カメラを構えたら、サラさんが電話をします。
さっき往路での列車の車掌さんが知り合いだったのだそうです。
電話で列車がどの付近を走っているか確認してくれます。

「今、危ない橋(←アルヒルの桟道のこと)の2つ前の駅だそうです。
  あと10分くらいです。」

丁度良い時間。

少し待つと、警笛を鳴らしながら258列車がやって来ました。
15:08で1時間32分の遅れです。

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列車は時速5kmで走っているので写真はたくさん撮れます。

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やはり機関車が一番重いので、列車が進む先頭の方の支柱がギシギシ軋んでいます。
客車は満員。
学生の団体が乗っていて、すごく賑やかです。
川の対岸のこちらにも車内の声が聞こえてきます。

1
こんな木造橋にこんなに長い編成の列車が通過すると、見ている私の方がハラハラしてしまいますぞ。
列車は無事に渡っていってくれました。


「アルヒルの桟道」を通過するトンブリー行258列車。

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撮影を終え、約束なのでコーラを飲んで、アイス食べる。

また急いでもらえばカンチャナブリのクウェー川鉄橋でも写真を撮れそうですが、もう暑くてバテました。

もういいです。
クウェー川鉄橋は鉄道の撮影場所としてはどうも気に入らないし。

だったら早くバンコクに帰りたい。

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カンチャナブリのバスターミナルまで送ってもらいました。
到着したのは16:35。

このバスターミナルからバンコクへは20:00まで頻繁にバスが出発しています。
所要時間は3時間。

バスターミナルの乗り場は島式になっていて、その反対側には・・・、

1
1
ロットゥーの乗り場になっています。

次の発車は17:00だそうで。
私はロットゥーで帰ることを選択。

サラさんは「恐怖のミニバス」のロットゥーはお好きではないようです。

私としても大型バスの方が好きですが、ここは早くバンコクに戻りたいのです。

料金は120バーツ。

17:00発のロットゥーはチケットをオーバーブッキングしてしまったようです。
カンチャナブリのバスターミナルを満員以上の定員オーバーで出発します。
でも近距離の利用者が半分くらいいて、1時間くらいのちには乗客は半分くらいになっていました。

運転手は発車直後からずっとLINEと通話を繰り返しています。
サラさんが内容を教えてくれるのですが、どうやら彼女と通話をしているようです。
なんか別れ話みたいで、そのとたんに運転のスピードが落ちます。

しかし、しばらくLINEをしたあとにまた通話して仲直りしたようで、
「今日は●●が食べたいなあ。
  もうすぐ仕事が終わるから。」
なんて話しているんだって。

また車のスピードが上がります。

私の予想ではナムトク線の線路に沿った道路でバンコクに向かうのかと思っていましたが、実際地図と比べてみると全然違うルートでバンコクに向かっていました。
カンチャナブリから、東に向かう道があって、それでドンムアンの方に抜けられるんですね。

11

おかげさまでカンチャナブリを出発して2時間後にはバンコクの市内を走っていました。
しかもバンコク市内なのに渋滞が全くない。

運転手は上機嫌で車を飛ばします。

ところが・・・。

このロットゥーは戦勝記念塔近くのロットゥー発着場が行き先ではないようです。
そこはBTSやMRTの駅から遠いところで、タクシーを使うことになってしまう場所らしい。

そこで、乗客たちで相談。
今乗っている乗客は8人。
一人10バーツずつ出してサラさんがあと20バーツを足して運転手に100バーツを渡してBTSの駅で降ろしてもらおうという話になりました。

ところが、中国人のギャル2人が10バーツを出すことを拒否。

仕方がないので他の人たちで少しずつ公平に出し合って100バーツにして運転手さんに渡します。
で、ロットゥーはBTSのモーチット駅に着けてくれたのですが・・・。

おい。
中国人ギャル2人も下車しているじゃないか。
「たまたまBTSの駅のところで停まったから私は下車しただけ」
という考えらしい。

そういう考え方もあるけれど、まるで協調性が無い。
こんなんだから中国は世界から浮いた存在になるんです。

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モーチットはスクンビット線の始発駅。

サラさんが切符売り場に案内しようとしますが、
「Dr.さん、それ、持っているの!?」
私はラビットカードを持っているよ。
あさと番長から貰ったものですが。

カードがあった方が便利だけど、バンコクの市内交通共通で使えるようにしてほしいですね。

時間的に夕刻の混雑する時間。
電車も頻繁運転で、ホームに停車している電車の後ろにもう続行の電車が見えていますね。

モーチット駅は折り返し駅で銀座線の渋谷駅ににた配線をしています。
乗車ホームと降車ホームがあって、到着した電車はいったん引き揚げて乗車ホームに入ってきます。

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乗ったのはこっち。
シーメンスの車両。

サラさんは、サイアムでシーロム線に乗り換えます。
サイアムでさよなら。

アソークで下車。
そう言えば、いつもあさと番長と一緒だから、一人でBTSに乗ったのは初めてだなあ・・・。
と、考えながら駅を出たら・・・。

出口から反対方向に歩いてた・・・。

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アジトのロビーにあさと番長が座っていました。

で、ビール・・・。

なのですが、

この時、私、夕飯食べましたかね?
このときの食事だけ全然覚えていないんです。
もしかしたら、食べてないかも。
鉄道乗ると、それだけでおなかいっぱいになっちゃうんです。


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