亜洲鉄道日記

月曜日と木曜日に定期更新。亜洲鉄路(アジアの鉄道)の日記です。中国と日本の鉄道が主になりますが、そのほか近辺の国の鉄道・飛行機の写真を載せています。 旅行をした年も記載していますが、古い旅行の写真も入りますのでこの日記を参考に旅行をされる方は充分に現地に確認して下さい。 下の写真をクリックすると目次が開きます。

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2016年1月 どなんちまの飛行機 4

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12:30に空港に着きました。
飛行機のチェックインをしたらお昼を食べましょうね。

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空港内の食堂で昼食です。
とんかつ定食(1000円)とか生姜焼き定食(1000円)とかあるけれど、なにもここまで来てこれを食べるのはねえ・・・。
ここでも生姜焼きは沖縄バージョンの肉野菜炒めみたいになっているかもしれないけど。

食べたのは与那国そばおにぎり付き(700円)。
このおにぎり、塩が振っていないんです。
海苔も焼き海苔なのでなんの味もないの。

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13:22にお迎えの飛行機が飛んできましたよ。
石垣からのRAC743便です。

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風があるのでフラフラしながらの着陸。

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与那国島ではふだんも風がやや強いです。
いはち総長が以前に与那国に来た時には風で飛行機が遅れていたような記憶があります。

今回はちゃんと飛行機は迎えに来てくれました。

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13:25に乗客が降りてきました。
ちょっとだけ遅れて到着です。

「2016年1月11日 琉球エアーコミューター RAC744便 与那国→石垣」
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これから乗るのは13:45発のRAC744便石垣行。

さて、どのくらいで機内整備ができるかな?

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なんとまあ13:40に搭乗開始ですワ。
小さい飛行機だと折り返しも早いですね。
そういえばYS11でたくさんの便数が飛んでいた頃の方が、ジェット機で大型化してからより遅延は少なかったと思う。

飛行機はJA8972。
DHC8-Q100。
往路での飛行機と同じ。
そして、今回はCAさんは違うものの、機長が1年前に那覇→北大東→南大東で乗った時と同じです。

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13:47に飛行機は動きだし、50分ころに与那国を離陸しました。
この飛行機、日中は陸にいる時間より空を飛んでいる時間の方が長いんじゃないの?

さよなら与那国島。

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この飛行機は短距離線ですからね、低高度で有視界で飛びます。
飛行機はそんなに混んではおらず、CAさんも飴ちゃんを配ったらその後はいはち総長からの依頼物を仕上げています。

往路の時より風が強いのか揺れます。
プロペラ機は軽いからいきなりフワッと風に煽られるわけで、私はこの揺れがプロペラ機独特で好きなのです。
でも、隣の女史は「怖い怖い」と・・・。

高高度でもないし、スピードも速くないし、機体が軽くてフワフワ浮いているような飛び方をするので、私には事故が起こりそうな気がしないんです。
実際は大きかろうが小さかろうが同じなんだけど。

どんなに揺れてもエクストリームな遊戯物より面白い。

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与那国を出発して20分。
怖がる女史に、
「ほらほら、石垣島が見えてきましたよ。」

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14:20に石垣に着きました。
楽しかった。

RACだったらまたDHC8-Q100に乗れるかなとこの時は思っていたのですが、もうこの機体は製造されて20年になります。

RACではDHC8-Q400CCを5機発注して1機は2016年4月から運用に就いています。
これからDHC8-Q100はDHC8-Q400CCに置き換わっていくんですと。

毎年恒例になりつつある成人の日の離島めぐりですが、この次はすでに置き換わってDHC8-Q100が運航していない路線に乗ります。

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あ。
JTAの飛行機が石垣空港を離陸していきます。
B737-400。
地上で写真が撮れるのも、ボーディングブリッジを使わないプロペラ機に乗った時の楽しみですな。


「2016年1月11日 全日本空輸 ANA92便 石垣→東京(羽田)」
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15:35のANA92便で東京に戻ります。

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その前に女史が乗った那覇行のANA1774便の飛行機が15:00に離陸していきます。
B737-500。
女史は、与那国→石垣→那覇→伊丹と3つの飛行機に乗って帰ります。

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そのあとすぐにお迎えの飛行機が到着しました。
時刻表での出発時刻まで35分しかありませんよ。

やっぱりね。
出発は予定の15:35から遅れての・・・。

ん?
5分遅れの15:40発で表示されています。
搭乗開始は15:25。

大丈夫なのか?
到着してから40分で「降機→機内整備→搭乗」とできるのでしょうか。

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やはり15:40の出発は無理でしたよ。
優先搭乗で乗ったのが15:45です。
その後、飛行機が動き出したのは16:00を過ぎていました。

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で、16:05に離陸。
すぐに右旋回で東を向きます。

さよなら石垣島。

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その後はすぐに雲の中へ。

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「ANAオリジナル 華味鳥の塩ちゃんこ風雑炊」(500円)
お金を取るだけあって、プレミアムシートで貰える雑炊よりゴハンが多い。

私が食べているので釣られたのか、姐さんも同じものを注文する。

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東京(羽田)には18:20に着きました。
時刻表では18:15到着なので、遅れは許せる範囲。

え?
飛行機が違うって?

はい。
石垣から乗ってきた飛行機は、撮影できないところに止まってしまったので、写真は隣に止まっていたB777-300です。


2016年1月 どなんちまの飛行機 3

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(与那国町発行の「よなぐにじまガイドブック」より)

「与那国半日観光」
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昨年の大東島の時と違って、与那国での滞在時間は長くありません。
この日の午前中だけで島を廻ります。
まあ、大きな島ではありませんから、
「島内ならば2時間あれば大丈夫」
と、与那国リピーターのいはち総長談。

観光の最初は、与那国ミステリーの「海底遺跡」を見に行きます。

フロントのアンちゃんが、
「船酔いには強いですか?
   ここを8:20に出発します。」
与那国周辺の海は波が高いらしい。

私はけっこう船は強い方。
酷い船酔いは起こしたことがありません。

8:20になって、チェックアウト。
アンちゃんにお礼を言って外に出ます。

アジトの前にあった日本最西端の地のマンホールの蓋。
近くに与那国郵便局がありました。
日本最西端の郵便局かな。

「はい。
  お待たせしました〜。」

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あれれ?
フロントのアンちゃんが「海底遺跡」への送迎ですか?
ここでお別れじゃなかったんだ。

他の旅館やホテルに立ち寄り、「海底遺跡」のお客を回収しながら車は西へ向かいます。
船は久部良というところから出るらしいです。
最西端の港で石垣島へのフェリーもそこから出ます。

久部良の集落に入ったところで見つけました。
郵便局。(右写真)

アジトの傍にあったのは与那国郵便局で、こちらは久部良簡易郵便局。

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海底遺跡を見るにはこの船に乗ります。
「半潜水艇」だって。
ふつうの観光船に見えますが、実は船底にガラス張りの船室があるという構造です。
グラスボートとは違いますよ。

あれ?
フロントのアンちゃん、乗るの?
このアンちゃん、なんでもしちゃいます。

1台のセダンがやって来て、おっさんが降りてきました。
この人が船長のようです。

10人ほど乗せて、8:50に久部良を出航しました。

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最初は港内なので揺れませんが、港を出た途端に船は大きく揺れ始めました。
日本最西端の西崎(いりざき)が見えます。
そこに立つ灯台はその名も「西崎灯台」。

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船は西崎を回って与那国島の南側へ。
西崎をパノラマで撮影。

船はものすごく揺れます。

船長さんの孫と思われるチビッ子2人は船に参ってすでに「リバース中」。
アンちゃんはバケツを持ってきて船の上でもよく働きます。

与那国島は波が激しく船で渡るのが困難だったので「渡難島(どなんちま)」と方言で呼ばれるようになりました。

今でも石垣から与那国までの船は週2往復ありますが、ものすごい揺れなんだそうな。
「ゲロ船」のキーワード1つだけでパソコン検索をしてもトップの方に「フェリーよなくに」のことが並びます。

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凄い波の飛沫。
海岸に見える建物は「Dr.コトー診療所」。

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この新川鼻の付近に海底遺跡があります。
港から25分くらいかかります。

では、船底から海底を見てみましょうね。

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海の時化で海水の透明度が低いんですよ。
なんとか撮影した写真を加工してここまで見えるようにしました。

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階段のようにもみえますね。

昭和61年にダイバーによって発見されたものです。

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自然地形だの遺跡だのいろいろな説があるのですが、真相はいまだに調査中。

海底遺跡のそばにある新川鼻の地形をみても、自然地形説の方が有力のようです。
もし、遺跡だったら世界最古の遺跡となる可能性もあります。

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海底遺跡ってこんな感じになっているらしい。
これ、見学前に配られるのですが、船がすごく揺れていますので、実際にこれと実物を見比べる余裕がないんです。
しかもうつ伏せ状態で海底を見ていますので、私としたことがだんだん気持ち悪く・・・。

でも、まだ大丈夫。
もうちょっと大丈夫。

と、あらら。
海の子のいはち総長が起き上がりました。

続いて女史も起き上がります。

そして私もギブアップ。

最後まで姐さんが全然平気でした。

港に戻る時間になったので船上にあがります。

海底を見ていたのは15分ほどです。

もうちょっと船底にいたら、私、危なかったかも。
外に出たらもう大丈夫です。

久部良の港に戻ってきました。
船長はやって来たセダンに乗ってすぐに帰っちゃいました。
アンちゃんが船の後片付けをするので、その間送迎車の中で待たされます。

その後、それぞれのアジトまで送って行って解散です。

私たちはレンタカー屋の前で下してもらいました。
それではアンちゃん、さようなら。

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10:20にレンタカー屋を出発しました。
さっきまでヘロヘロになっていたいはち総長が運転します。
祖納のレンタカー屋から与那国島を時計回りに一周します。

この日の与那国は雨が降ったりやんだりです。
うまい具合に、車に乗っているときに雨が降り、下車すると雨はやみます。

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まずは与那国島の東の方へ。

お馬さんがいます。

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どんなのでも子供はかわいい。
そのうち生意気で憎たらしくなってくる哺乳類もいるけど。

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与那国島の東端の東崎(あがりざき)です。

この辺りは東牧場となっています。
お馬さんは「与那国馬」といって、日本在来の馬です。
離島なので、他の品種との交配がなく、血統が保たれてきました。
馬としては小さ目で、分類ではポニーになるらしい。

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立神岩です。

まあ、ご立派。
与那国島のシンボルです。

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立神岩を望むところから東崎方向をみます。

断崖の険しい島です。
珊瑚の隆起によってできた島です。

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島の南側を西へ向かって走ります。

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与那国島の道路はところどころで工事をしています。
自衛隊誘致の影響かなあ・・・?

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比川地区にあるここに来ました。

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「Dr.コトー診療所」。
テレビでは「志木那島診療所」の名称でしたね。
漫画の方では「古志木島診療所」になっていたと思います。
ドラマも漫画も中途半端で終わりになっちゃって・・・。
続きが気になるのに・・・。

Dr.コトーのモデルになった離島の医師は実在して、鹿児島県の下甑島の診療所の医師です。
一時期引退されることになっていたみたいですが続投者が現れず、いまも40年目の離島の医師をされているようです。

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受付のところは無人。
受付の人は出かけているみたいです。
300円を置いて勝手に診察券風の入場券を取ります。

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ここに聴診器なぞ置いてありますが、ドラマでは診療室は受付の隣だったはず。
ここは事務室で和田さんが座っていたところだと思う。

ちなみに、ここはフジテレビの所有物なのだそうな。
古い建物を使ったのではなく、撮影のために建てられた建物なのだとか。

窓の外には比川浜という小さいビーチがあります。
ドラマの時には防波堤が無かったけれど、今は防波堤があるので、ドラマとは少し景色が違うのだそうです。


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待合室と病室。
待合室のテレビではドラマの録画が再生されていました。

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車をさらに西へ走らせます。
南牧場を突っ切る道です。
なので、沿道にはお馬さんがいます。

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与那国島の道にはテキサスゲートがいくつかあります。
テキサスゲートは道路の進行方向に垂直にある溝で、こうしておくと臆病なお馬さんはここを通り抜けることができません。

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そして来ました。
西崎灯台。

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日本国最西端の地です。
天気がいいと、台湾が見えるらしいです。

一般人が行ける最東端の納沙布岬と最北端の宗谷岬には行ったことがあり、これで最西端を制覇。
あとは波照間島の最南端ですな。

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石垣島より台湾までの方が近いです。
ここから台湾で一番近いのは花蓮より蘇澳付近ですね。

こうやってみると、東京ってすっご〜く遠いんだな。

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灯台から、さっき半潜水艇に乗船した久部良港が見えます。

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で、車を祖納に向けて走らせて、島の一周はおわります。
途中、与那国空港を通ったので、売店でお土産を買います。
ついでに帰りの飛行機のチェックインもしちゃおうかと思いましたが、こちらはまだカウンターが開いていないみたいです。

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12:05に沖縄(那覇)行のRAC724便が出発していきます。

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機体はDHC8-100。

車をレンタカー屋に返して、そのままその車で空港まで送ってもらいました。
レンタカー屋には10時から12時までのレンタルとなっていたのですが、借りたのは10時半だし、返したのも12時過ぎ。
でも何も言われないし、そこんとこは島時間ですなあ。

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帰ります。
於)那覇空港

2016年1月 どなんちまの飛行機 2

「2016年1月10日 琉球エアーコミューター RAC745便 石垣→与那国」

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石垣島は僅かな滞在でした。
これから17:30発の琉球エアーコミューターRAC745便で日本最西端の与那国に向かいます。

でも、使用する機材の石垣への到着が遅れているみたいですよ。
RAC745便は17:30定刻のところ、17:45に遅れて出発見込みと表示されています。

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那覇からのRAC705便の飛行機がそのあとRAC745便の機材になるようです。
17:15になって、RAC705便が到着しました。

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機内の整備が整い次第機内へ案内されるとのことでしばらく待ちます。
飛行機はDHC8-Q100。
座席数は39だけなので、機内の整備はすぐに終わるのでしょう。

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17:33に搭乗開始となりました。

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飛行機は1年前に南大東→那覇で乗った機体です。
で、たった1人だけのCAさんは、同じく1年前に那覇→北大東、北大東→南大東で乗った時と同じ人でした。
昨年も今年も成人の日の休日出勤だったんですね。

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飛行機が小さいので満席でも39人しか乗りませんから、搭乗はすぐに終わってしまいます。
遅延の予告通り、17:45に石垣を離陸しました。

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北に向かって離陸。
その後左旋回します。
於茂登岳、ぶざま岳の上を飛んでいるようです。
石垣島の西側、名蔵地区が見えます。

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富崎が見えて、そこからは海の上。
向こうに竹富島も見えます。

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これは小浜島です。
「ちゅらさん」の舞台ですな。

左下にあるのは嘉弥真島。
石垣島のホテルの所有で、無人島だけどホテルのツアーで行くことができるらしい。

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この原生林の島は西表島ですな。

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そのあとは50kmほど海上飛行です。
短区間の航空路なので、機内でのサービスは飴とRACのルートマップを希望者に配る程度で終了です。

石垣を離陸して25分、18:10に与那国島が見えてきました。(右写真)

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そのまま真っ直ぐに着陸ではないみたい。

飛行機は与那国島の北側を通り抜けて行って、西の方から着陸するようです。

18時を過ぎて日没も過ぎて外は暗くなりかけてきました。
その中で滑走路の誘導灯を点けて飛行機の着陸を待っているのが見えます。(左写真)

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18:15にRAC745便は与那国に到着しました。
飛行機の写真を撮りたいので最後の方に降機したのですが、いはち総長がなかなか降りてきませんね。

いはち総長が降りてくるまでは大丈夫だろうと写真を撮っていましたが、空港職員の方の「早く出て行ってくれオーラ」を感じたので飛行機から離れます。

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これだけ飛行機から離れたところで、いはち総長が最後に一人降機してきました。
総長は1年ぶりのCAさんとお話をしていたようです。

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日本最西端の空港の与那国空港です。

空港の建物に入ると数歩歩けばすぐにセキュリティエリア外です。
そこには今晩のアジトのアンちゃんが迎えに来てくれていました。

空港の外にはいくつかの民宿からの迎えも来ていました。
ダイビングができる島なので、それを目的に来る人にはリピーターが多いのでしょう。
その人たちは民宿の人に、
「おかえりなさい」
と迎えられています。

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今回のアジトは空港から2kmほど。
祖納というところにあります。
18:30に到着しました。
送迎車から降りると、迎えに来てくれたそのアンちゃんがそのままフロント係となります。

この辺で呑めるところをアンちゃんに訊くと、
「予約があった方がいい」
とのことで、おすすめの場所を19:30に予約してもらいます。

ところが、ボイラーの関係で、
「22時までにお風呂に入ってね」
とのこと。
これから呑みに行ったら22時までに帰ってくる自信が無い。

呑みに行く前に急いでお風呂に入っちゃいましょう。

と、部屋に行きかかる私をアンちゃんが呼び止めます。

「あの、Dr.さんの部屋は、ドアを開けるのにコツがいるんです。」

一緒に2階に上がって、ドアの前でカギのまわし方のレクチャーを受けます。

とにかく、カギをふつうに回してはいけない。
息を止めるような感じで騙し騙し回さないといけません。

部屋の中は「島のホテルだから、このくらいで仕方ないだろう」程度。
あまり期待をしていなかったのでこれで充分。

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アンちゃんが予約してくれたお店は「女酋長」というお店。

最初は、
「気の強いオバちゃんが経営しているのかな」
「どの人が女ボスなのかな」
忙しそうにオーダーを取っているオバちゃんがいたので、
「この人が女酋長なのかな」

なんて勝手に考えていたのですが、帰って来てから調べてみればどうやら間違いで、

「与那国島の女酋長、サンアイイソバ」

からの名称なのではないかと考えました。

16世紀のはじめ、与那国島は女性人口が圧倒的に多くて残忍な方法で人口を減らしていました。
その時の酋長に襲い掛かり、蛮風をやめさせた女性がサンアイイソバなんだそうです。

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まずはオリオンビールで乾杯ですな。
ミミガーに水雲。(右写真)

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なんか内地と違う「肉の生姜焼き」。(左写真)
あまり生姜の味がしません。
どちらかというと肉野菜炒め。

豆腐のチャンプル。(右写真)
生姜焼きと同じ味で、肉と豆腐が入れ替わっただけのように見えます。

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大きなラフテー。(左写真)

そして「アーサー(あおさ)の天ぷら」。(右写真)
これが一番みんながウケたものだと思います。

なんと、この店には海ぶどうは無かったのです。
残念。
沖縄県に来て、一度も好物の海ぶどうを食べない旅になりました。

さて、昨年の大東島の時のパターンでしたら、この後にスナックとかに行くのかな・・・?

と、思っていたのですが、

あれ?
いはち総長、元気が無くなってきましたよ。

「あまり美味しくない」
と言いながらも泡盛を瓶の半分呑んでいましたからね。
酔っぱらってきてしまったかもしれません。
去年は泡盛をジョッキで2杯のんでいたのに・・・。

と、言うわけで与那国島での夜はこれでお開きです。

アジトに戻るとアンちゃんが一人でフロントに座っていました。
アンちゃん以外、このアジトで働いている人をまだ見ていません。
このアンちゃん、すごく働き者だと思います。

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さて、翌朝。(1月11日)
冬の日の出は遅いですが、日本最西端の与那国ではもっと遅いです。
この日の与那国島での日の出は7:33です。

7時半過ぎに朝食です。
食堂に行こうとするとフロントのアンちゃんが呼び止めます。
食堂は今は満席なのだそうな。

少しフロントで待っているとアンちゃんが呼びに来ました。
1日中よく働くアンちゃんです。

これといって島らしい朝食でもありません。
朝食を運んできたのはオバちゃんで、ここでこのアジトで初めてアンちゃん以外の従業員をみました。

女史がコロプラの画面を見ています。
女史は昨晩、与那国島に着いてから「旅とも」のパンダを旅に出させていました。
そのパンダが今、稚内にいると・・・。

え!?ウソ!!
石垣地域から稚内地域まで1晩で!?

「旅とも」は誰か実際に移動する人について行きます。
昨晩のうちに八重山から稚内まで移動した人がいるということです。

画面を見せてもらうと19:52に石垣地域で拾われて、日付が変わって0:12に稚内まで運ばれています。
4時間20分でこの距離を移動した人がいるのです。

この区間に航空便なんて無いし、この時間に国内線の飛行機なんか飛んでないし。

いったい誰がどうやって移動したのかな。

最初は、
「自衛隊かな」
と思いました。

基地内で職務中にコロプラをやっている自衛隊員がいるとは思いたくありません。
隊員が職務に着く前にパンダを拾って、稚内で拘束時間が終わった時に位置登録をしたと考えます。

でも打ち合わせや、飛行機のチェックなどの時間を含めても3時間以内で稚内へ飛ばなければならない。
F-15でほぼ直線的に飛んだら可能かも。

でもね、自衛隊説にも疑問があります。
八重山に航空自衛隊がないんですよ。
宮古島には分屯地がありますけどね。
宮古島はコロプラでは「宮古島地域」で「石垣地域」にはならず、女史のパンダは拾えません。

運んでくれた人のコロプラの番号も分からず、いったいどこの誰が八重山から稚内に移動したのか謎のままです。


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久米島にきています。
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