亜洲鉄道日記

月曜日と木曜日に定期更新。亜洲鉄路(アジアの鉄道)の日記です。中国と日本の鉄道が主になりますが、そのほか近辺の国の鉄道・飛行機の写真を載せています。 旅行をした年も記載していますが、古い旅行の写真も入りますのでこの日記を参考に旅行をされる方は充分に現地に確認して下さい。 下の写真をクリックすると目次が開きます。

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2015年7月 肥薩線と熊本電鉄 6

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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)


「2015年7月20日 肥薩線 普通1224D 人吉→八代」

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アジトで朝食を食べたら出発です。
写真は人吉駅。

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乗車するのは7:37発の普通1224D八代行。
列車は1両編成。

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車両はキハ31のトップナンバー。

九州のローカル線用気動車として登場しました。
国鉄末期の昭和61年末に登場した最後の国鉄型。
登場してから数か月でJRが発足しています。
国鉄からのJR九州への置土産。

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キハ31の車内。
国鉄末期でとにかくお金をかけないように作られたので、台車と変速器など足回りの部品は廃車されたものから流用されました。

ドアは折り戸。
バス用のドアエンジンを使っています。

空調もバス用の物が使われています。
バス用では鉄道車両においては容量が不足するので、補助のために扇風機も付いています。

座席は0系新幹線の座席を改造して流用されました。

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ワンマン運転を想定してつくられたので、国鉄型ながら運転室は半室構造。

しかし、

あまりにもお金をケチりすぎてトイレなし。


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列車は7:37に私と4人の女子高生、おばちゃん1人を乗せて人吉を発車しました。
さっそく右側に、元、人吉機関区が見えます。
今は熊本鉄道事業部っていうんだって。
機関区の建物は日本で唯一の石造りの車庫です。

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西人吉、渡と停車して、その先で鉄橋を渡り、球磨川はしばらく右側になります。

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川沿いを走ります。
国道は鉄道側から球磨川を挟んで反対側を通っているので邪魔物が無く球磨川の景色を楽しむことができます。
那良口に停まり、次は一勝地。(右写真)

「まずは一勝を・・・・」
ということで、一時期入場券が売れました。
私もこの駅の入場券は持っています。
しかし、昭和61年に無人化。
でも、駅に同居しているJAで今でも入場券を売っているとか・・・。

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一勝地では八代発人吉行の普通1223Dと交換。
向こうはキハ40の単行。

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トンネルがいくつかあります。
坑門は開業当時のものなのでしょうなあ。
蒸気機関車のモノと思われる、付着した煤から肥薩線の歴史を感じます。

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球泉洞、白石、吉尾、海路と停車していきます。(写真は海路駅)

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次は瀬戸石。
ここでは人吉行の普通1225Dと交換。
相手の車両は昨日乗車した「いさぶろう・しんぺい」のキハ140形。
熊本からの送り込みの間合いで営業運転していて、熊本から八代の間は回送です。

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瀬戸石の次は鎌瀬。
鎌瀬駅に到着する直前に鉄橋を渡って、球磨川は左側になります。

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葉木、坂本、段と停車。
段の次は終点八代です。

段を発車すると、まず、九州新幹線の高架をくぐります。(左写真)
その先で肥薩おれんじ鉄道の線路もくぐります。(右写真)

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球磨川の堤防の上を走って・・・、
肥薩おれんじ鉄道と合流します。

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8:51に終点の八代に到着しました。

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肥薩線の0kmポストがあるのは八代駅。
隼人からの肥薩線124.2kmの旅が終わりました。


「2015年7月20日 鹿児島本線 普通5338M 八代→熊本」

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これから熊本へ向かいます。
8:59に快速「スーパーおれんじ2号」というのがあって、それだと熊本まで32分、ノンストップで走ります。

が、乗るのをやめました。

ホームでそこそこの人数が待っていたのに、この列車、1両編成でやってきたからです。(写真)
車両は肥薩おれんじ鉄道のHSOR-100形気動車が、鹿児島本線に乗り入れて熊本まで直通するのは分かっていましたが、まさか1両編成だとは思わなかった・・・。

混んでいる列車に乗るのもイヤだし、後続の列車でも後の予定には影響はないので、次の列車に乗ります。

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次の列車は6分後で9:05発の鳥栖行普通5338M。
車両は815系の2両編成。

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6分前に快速が出て行った後だから空いてるし。
火の国の7月なので、電車は空いていて冷房が効いている方がいい。

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9:44に熊本に到着しました。
電車は8分停車ののち、鳥栖まで行きます。

2015年7月 肥薩線と熊本電鉄 5

「2015年7月19日 くま川鉄道湯前線 普通19D 人吉温泉→湯前」
「2015年7月19日 くま川鉄道湯前線 普通20D 湯前→人吉温泉」
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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

今日は人吉にアジトを構えます。
いったん、アジトにチェックインをしてから、くま川鉄道を往復しようと思っていたのですが、急に強い雨が降ってきたので先にくま川鉄道を往復します。

JRは人吉駅、くま川鉄道は人吉温泉駅と駅名が違いますが、実は同じ場所にあってすぐに乗り換えができます。

1次の発車は17:27。
まだ時間があります。
くま川鉄道のホームに切符売り場があったので、自動券売機の切符以外の乗車券の有無を訊きます。

しかし、硬券は平成26年4月に廃止されていて、実乗に使う切符は自動券売機で購入してほしいとのこと。

つまらんですね。

しかもこのデザイン。
特につまらん。
なんか1200円の切符にはみえません。

実乗で使う硬券は無いのですが、記念切符なら硬券であるとのこと。




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それがこの入場券。

平成26年に売り出した「くま川鉄道開業25周年・湯前線開業90周年」の記念入場券。

即決で買ったので、駅員さんは私には売れると思ったのか、これも出してきました。

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1なんだ。
硬券あるじゃないの。

しかし、これは廃札です。

硬券を廃止しているのでこれは廃札としてランダムに10枚 500円で発売。

そして、

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おかどめ幸福駅の入場券だけは縁起切符として記念購入する人が多いので硬券が現役。

翌日の朝に再び窓口を訪れて購入したものなので日付が翌日(7月20日)になっています。 

2日連続で窓口を訪れ、両日とも同じ駅員さんだったので、気をよくされたようでそのときに出札補充券も売ってくれました。

補充券の冊があと残り数枚で、けっこう発券しているようだったので、他にどんな時に補充券を発券するのか訊いてみたら、

「マニアにしか売ったことが無い」

だそうです。 

見せてもらったら、控えの方の行き先がみんな初乗り運賃の相良藩願成寺までです。 

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17:20になって、湯前から16Dが到着しました。
この列車が折り返し17:27発の19Dになります。

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車両はKT500形。
平成26年からの新車で「春」「夏」「秋」「冬」「白秋」の5両が在籍。
この編成は「秋」と「夏」の2両編成。

車内はですね・・・。

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こちらが「秋」。(湯前で撮影)

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こちらが「夏」。(湯前で撮影)

これも水戸岡デザインですわ。

こういうデザインは全国に多くなってきて食傷ぎみ。

でもね。

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かぶりつき席に椅子を取り付けたのは好評価。(笑)
ただし・・・、

うん?

椅子が小さい。
子供用か?

女子なら座れるかもしれないけれど、最近一旦痩せたのにまた体重が増えてきた私にはこの席はキツい。

他に子供が乗客にいたら譲るけれど、幸いこの列車には子供の乗客はいなかったので、この場所に立って陣取ります。

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運転席にはタブレット。!(^^)!

そうです。

くま川鉄道にはタブレットが現役なのです。

一回り輪の部分が大きい九州型タブレットキャリアです。

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はい。
人吉温泉駅にあった閉塞機。(許可を得て撮影)

くま川鉄道湯前線では、人吉温泉〜あさぎり、あさぎり〜湯前の2閉塞になっています。
人吉温泉〜あさぎり間がタブレット閉塞、あさぎり〜湯前間はスタフ閉塞です。

現在、九州で非自動閉塞を行っているのは、このくま川鉄道だけです。

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15:27に部活帰りと思われる高校生を乗せて人吉温泉を出発します。

くま川鉄道24.8kmの旅がスタート。

側線にはKT500形導入によりお役御免となった、開業時からのKT100形が放置中。

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肥薩線とは別のホームから出発した湯前線列車ですが、少し進むと肥薩線の線路と一緒になります。(左写真)

山田川の鉄橋をJR線と共用しているためです。(右写真)

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鉄橋を渡ると再び線路は2本に分かれます。
で、しばらく肥薩線と並走。
ちょうど、それが分かれるその場所に相良藩願成寺駅があります。


動画は人吉温泉→相良藩願成寺→川村→肥後西村までの前面展望。
(途中、わずかながらカットがあります)

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川村と肥後西村との間では球磨川の鉄橋を渡ります。

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一武、木上、おかどめ幸福と停車していきます。
あさぎりでは列車交換。
湯前発人吉温泉行の18D。
向こうは「春」と「冬」の編成。

ここで通票の交換。
あさぎりから湯前までの区間はスタフ閉塞になります。

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あさぎりを出てからしばらくすると右側に虹が出ました。
凄く大きくて写真に入りきらないです。
なので、一部だけ。

車内の高校生が、私が窓の外を写真に撮っているのを見て虹に気づき、車内一斉に右に向かってスマホを向ける。

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列車は夕暮れの球磨盆地を走ります。
東免田、公立病院前、多良木、東多良木、新鶴羽と停車していきます。

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湯前には18:11に着きました。

ここで終点。

湯前線は大正13年に人吉〜湯前が開業しました。
一方、日豊本線側から、妻線と佐土原から杉安というところまで開通していて、それと繋げるはずでした。
国鉄時代は湯前と杉安の間には国鉄バスが連絡していました。
しかし、妻線は第1次特定地方交通線として昭和59年に廃止、バス転換されました。
湯前線も昭和62年に湯前線は第3次特定地方交通線として廃止承認され、平成元年にくま川鉄道に転換されました。
第三セクター鉄道として湯前線は存続しましたが、利用状況は転換時よりさらに減少しています。

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湯前駅の駅舎。
くま川鉄道の駅舎のなかでは一番古いらしい。

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18:41発の20Dで人吉温泉へ戻ります。

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帰りの列車の乗客は少なかったです。
19:27に人吉温泉に到着しました。

下車したら、さっそく、さっきの切符売り場の駅員さんのところへ行きます。

ぜひ、あのタブレット閉塞機を動かすところを見たい。

すると、閉塞機を扱う作業日程を見せてくれて、今日これからは最終列車の時に扱うけれど、あさぎり駅側で「タマ」を機械の中に入れて閉塞解除するだけなのだそうな。

翌朝、6:08に1D列車があさぎり駅に到着したら、人吉温泉駅で「タマ」を出すとのことで、また明日伺わせていただくことにします。

アジトは駅から5分ほど歩きます。
荷物を置いてから、また駅の方に戻ってきて郷土料理「四季」という料理屋に入ります。

さっき、駅から歩いているときに気になっていたお店です。

それは看板に蒸気機関車の絵(写真)?があったからで、中に入ると、

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お店の中に国鉄時代の湯前線の「サボ」がありました。

当然、大将とは話が合うワケですわ。

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禁止の牛やブタのレバ刺しではありませんので念のため。
これは馬のレバ刺しです。
他にもご当地ものをいただく。

最後にタマゴかけご飯。
タマゴは熊本の地鶏のものらしい。

満足し、いい気分でアジトに帰らせていただく。

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翌朝、6時に人吉温泉駅へ。

昨日の駅員さんがいて、
「本当に来たのか」
という顔をしています。

そりゃ時間を教えてくれれば本当に来ますよ。

で、見せて頂きました。


くま川鉄道人吉温泉駅の閉塞操作。
通票、ヨンカクですな。

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出された「タマ」は6:21発の3D列車に載せられて行きました。

一旦、アジトに戻って朝食を食べてから出発です。





2015年7月 肥薩線と熊本電鉄 4

「2015年7月19日 肥薩線 普通1256D しんぺい4号 吉松→人吉 2」


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さて、15:34になったら逆方向に列車は出発しますよ。

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この駅は通過不可能な構造の逆Z型の配線のスイッチバック駅です。
かつての優等列車もここでは全列車が停車する必要があったわけです。

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列車の進行方向が再び正方向になると、右側にさっきまで停車していた真幸駅が見えてきます。
真幸駅のホームでは売店のおばちゃんが手を振って見送ってくれています。


動画は真幸駅進入手前からスイッチバックをして発車するまでの前面(後方)展望です。

4:36 真幸駅到着
4:55 真幸駅発車(後退)
7:04 前進発車

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真幸駅を発車して、5つ(だったと思う)トンネルを潜ったところで列車は停車しました。

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はい。
ここが日本鉄道三大車窓の一つ、「矢岳」です。

あと2つは「狩勝峠」と「姨捨」ですね。

でも雨だからなあ。
晴れていればよかっただろうけど、天気が悪いので素晴らしい風景に見えないのです。

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三大車窓の場所を発車すると、列車は「矢岳第一トンネル」に入ります。

2096.17mあって、肥薩線で最高所、最長のトンネルです。
湧水が多くて難工事だったそうです。

トンネルの扁額には、「引重至遠」という文字。
鉄道院総裁の後藤新平の書で、ここからこの列車名の「しんぺい」がきています。

因みにトンネル北側の扁額は「天嶮若夷」で山縣伊三郎の書。
だから人吉から吉松への列車名は「いさぶろう」。

「天嶮若夷 引重至遠」と2つの文字を繋げて読むことができるんだって。

「天嶮夷のごとし 重きを牽いて遠きに至す」
ってよむらしい。

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矢岳第一トンネルをくぐると、宮崎県から熊本県になります。

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で、矢岳駅。
肥薩線の最高所で標高は536.9m。

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15:53に到着して、ここでは6分停車します。

スイッチバックがあるとか、そういうわけではないんだけどとりあえず6分停車。

かつてはすれ違いができる駅でしたが今は線路1本の無人駅です。

周囲に大きい道はなく、過疎化が進んで、小学校も休校。
殆ど秘境駅。
秘境駅ランキングの38位になってるよ。

矢岳駅のスタンプは人吉駅にあります。



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矢岳駅にはD51 170が静態保存されています。
「デゴイチ」ですね。
日本車両で昭和14年に製造されました。
最初は静岡、昭和20年に人吉にやってきて、昭和47年に廃車になるまで肥薩線で活躍しました。

人吉〜吉松間は最大勾配30.3‰で、蒸気機関車では登坂し難い勾配でした。
旅客列車においても本来貨物機であるD51の力がここでは必要で、そのD51でもこの区間では前牽き1両、後押し2両の3両の機関車で峠を越えていました。
蒸気だけでは出力が足りなくて、「重油併燃装置」というのを付けていたのだそうな。

いいなあ。
そのような時代に乗りたかったなあ。

因みに、今はD51 170だけですが、かつては隣にもう1台の機関車が静態保存されていました。
それが大正11年日立製の8620形(ハチロク)の58654号機で、こちらは運び出されて復元され、現在は「SL人吉」として熊本〜人吉間で動態保存されています。

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矢岳を出発すると、下り勾配です。(左写真)
矢岳〜大畑間に最急勾配の30.3‰があります。

やがて列車は右カーブの連続に。(右写真)
大畑ループに入りました。

日本の鉄道で勾配緩和を目的としたループ線は上越線の松川ループと湯檜曽ループ、北陸本線の鳩原ループ、中村線の川奥ループ、そして肥薩線の大畑ループの5カ所。
ゆりかもめのレインボーブリッジにも勾配緩和のループ線はあるけれど、あれはちょっとねえ・・・。

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その大畑ループに入るところで列車は一時停車してくれます。
右下にこれからループして下っていく線路と大畑駅が見えます。
しかもその大畑駅はスイッチバック駅です。

ループ線内にスイッチバックを併せ持つ日本で唯一の駅です。

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ループ線をぐるっと回って、スイッチバックで後ろ向きに走り、大畑駅に着きました。

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木造の駅舎は明治42年の開業当時のものです。

この駅のスイッチバックも逆Z形の通過不可能な形状になっています。
優等列車も停車していました。

大畑駅の駅舎内にはいろいろな名刺が貼り付けてありますぞ。
なんか、ここに名刺を貼ると出世するらしい。

私は、これ以上出世することは無いだろうから別にいい。
かえって私の肩書で悪用されそう。

動画は大畑駅が見えるループ手前の高い所での観光停車のところからスタート。
1:10 右カーブで大畑ループ開始
2:28 ループ上で観光停車
4:25 引き上げ線停車
5:05 後退
6:22 大畑駅停車
7:00 大畑駅発車


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16:35に終点の人吉に到着しました。

このあと駅舎に行くには構内踏切を渡るのですが、それまでの間に・・・。

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すっげ〜〜雨。
構内踏切には屋根はありませんから、雨が落ち着くのを少し待つ。

隣の列車は16:48発の別府行「九州横断特急8号」。
185系気動車だなあ。
一応、国鉄型。
国鉄末期に四国に投入された特急型気動車が九州に売却されたものです。

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「九州横断特急8号」が出発して、雨が落ち着いてから、乗ってきたキハを撮影。

人吉に到着した列車は17:30発の普通1234Dとなって八代まで運転されます。
八代に到着した後は回送列車として熊本まで行くようです。


 

2015年7月 肥薩線と熊本電鉄 3

「2015年7月19日 肥薩線 普通1256D しんぺい4号 吉松→人吉 1」

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 吉松駅での乗り換え時間は2時間19分もあります。
後続の列車でも間に合うのですが、ここではゆっくりと・・・。

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駅前にC55が静態保存してあります。
昭和12年3月14日に製造されて、小郡→糸崎→鳥栖→大分→宮崎→若松→吉松と移籍してきました。
吉松にやってきたのは昭和47年で、吉松から西鹿児島と都城との間を走っていたそうです。

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吉松の駅構内にあるお店でちゃんぽん食べる。
ウスターソースも一緒に出されました。
人生ウン10ウン年目にして、ちゃんぽんにウスターソースをかける人とかけない人がいることを知る。
ちゃんぽんにソースなんて今までかけたことはありませんが、せっかくなので半分かけないで食べて、残り半分をかけて食べてみました。
これも私にとってはエスカレートしていきそう。
食べ続けているうちにだんだんソースの量が増えてそのうちソースの殆どを入れるようになってしまいそうです。

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時間があまっているところに、駅前温泉を見つける。
男湯には他に入浴客はおらず、出たり入ったりを繰り返す。

衝立の向こうの女湯には誰かがいるみたい。
私と同様に湯船から出たり入ったりを繰り返しているのが分かります。
で、たまに、
「ガ〜〜〜〜っっっ!!!ペッ!!」
と痰を飛ばす音。
イヤだなあ、こういう音が響くと気分が悪い。

私がお風呂から出て、フロント前で涼んでいたら、女湯の方からその痰飛ばしが出てきました。
あら、なかなかのおねいさんではありませんか。

しかし、私はすっげ〜〜っドン引きしていました。

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気温も高く、お風呂に入ったので身体がオーバーヒートしそうになります。

吉松駅の待合室はエアコンが効いていて、畳敷き。
ここで寝て列車を待つ。 

次に乗るのは15:16発の「しんぺい4号」人吉行です。
この列車、愛称名はありますが普通列車。
指定席車を繋げているので、その指定席券の発券のために愛称が付けられているようなものでしょう。

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14:47になって、人吉からの普通列車「いさぶろう3号」が到着しました。
これが折り返し15:16発の人吉行「しんぺい4号」になります。

吉松〜人吉間には5往復の普通列車が走ります。
そのうち、日中の2往復は指定席があるので、人吉から吉松行の列車は「いさぶろう」、吉松から人吉行の列車は「しんぺい」という列車の愛称名があります。

「いさぶろう」は肥薩線のこの区間が建設された当時の逓信大臣の山縣伊三郎、「しんぺい」はこの区間の開業当時の鉄道省大臣の後藤新平から名づけられました。

平成8年から観光列車のような感じで1両編成での運転を始めましたが、好評で今では2両か3両での運転です。
この日は3両編成。

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ワンマン列車ですが、3両編成で運転するときは車掌が乗務します。
車両は吉松方向からキハ140 2125、キハ47 9082、キハ47 8159。

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観光列車らしく外観も改造。
この部分は展望スペースがあります。

さて、車内ですが。

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こんなの。
またも水戸岡デザイン。
ワンパターンで飽きた。

基本的に全車指定席となっていて、わずかに自由席もあります。
ただし、キハ47の方に、6席または7席だけ。

「観光客は指定席を買ってね」ってことです。

地元の人の利用で座れないのを防ぐために地元の人用の優先席はあります。

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ボックスシート(左)と展望スペース(右)。

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車端にはモニターがあって、前面展望を映し出します。

しかし、こんなのじゃいかん。
私は運転席後ろに立ちます。

そのためにこの日の編成を問い合わせ、3号車11番の座席を指定したのです。

展望スペースには記念乗車証が置いてありました。
勝手に持って行ってOKなのですが、ジジババ軍団とか家族連れが、お土産に付けて配りたいのかゴッソリと持って行ってしまいます。

おテツ達はこういう時は自分の分しか持っていきません。
こういうのってね、自分で行って貰ってきたから価値のあるものであり、お土産にされたって行っていない人は貰って困るだけ。

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鹿児島中央から特急「はやとの風4号」が14:56に到着しました。

この列車から「しんぺい4号」に乗り換えてくる人が多いです。

鹿児島中央13:24→「特急はやとの風4号」14:56吉松15:16→「しんぺい4号」→16:35人吉16:48→「九州横断特急8号」→18:15熊本

と、乗り継げるので、このパターンで乗車する人が多いと思います。
しかし、特急料金、指定席料金が別に2970円かかるわけで、また肥薩線を楽しみに来ているのに何も特急で肥薩線を通過することもないじゃないですか。

なので、今回は私はあえて普通列車で来たわけです。
この特急で通過するパターンであれば、東京からも6時台の朝1番の鹿児島行の飛行機に乗らずとも9:30頃の3番目の便でも間に合うのです。

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さて、もうそろそろ「しんぺい4号」の発車時刻になりますよ。

半分くらいの座席が埋まる程度の乗車率。
私のボックスは他に人がいなくて独り占め。
なので、荷物置き場と化して私は運転席後ろにかぶりつきです。

15:16に吉松を発車しました。

駅を出ると線路は2つに分かれていて、列車は左の方へ行きます。
右へ行くのは都城までの吉都線です。

さっそく、線路は上り勾配です。
肥薩線の難所の矢岳越えです。

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吉松〜人吉の間には最急勾配30.3‰です。
この区間が肥薩線最大の難所で、2か所のスイッチバックと1か所のループ線で越えます。

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15:29に最初の駅、真幸に着きました。
観光列車らしく、途中の駅では数分の停車時間があります。
ここでは5分停車。

昭和47年に土石流がこの駅付近を襲い、57戸の住居と共に流されました。
線路は復旧したものの、住居は全部が移転したので、この駅付近はほとんど無人状態です。

上の写真の右に少しだけ木の柵がありますが、そこに当時ホームに転がり込んできた8トンの巨石が残されています。

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駅舎は開業時のもののようです。
吉松は鹿児島県ですが、真幸駅だけが宮崎県にあります。
真幸の次の矢岳は熊本県となります。

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地元の人が駅に売店を出しておりますぞ。
「真の幸せ」ということで、国鉄時代から縁起切符となっていましたが、昭和61年からは無人駅。
入場券はここの売店か、吉松駅で購入することができます。

が、その入場券、硬券ではないんです。
かなり残念。
2つ折りになっていて、中にメッセージが書き込めるようになっています。
駅のスタンプは真幸駅にもありますが、人吉駅にも設置してあって、人吉駅の方がきれいに押せます。

ホームには鐘があります。
「幸せの鐘」だって。


2015年7月 肥薩線と熊本電鉄 2 

「2015年7月19日 日豊本線 普通6932M 鹿児島中央→国分」
「2015年7月19日 日豊本線 普通6939M 国分→隼人」

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(路線図はURL: http://www.47rail.jp/サイト名: 47都道府県鉄道路線図 より)

今回の乗車券は肥薩線経由で鹿児島中央から熊本まで。
九州新幹線が出来たら、鹿児島本線が分断されてしまいましたからね。
JR在来線での最短ルートは肥薩線を行くルートになります。

肥薩線は文字のとおり、熊本と鹿児島を結ぶ路線。
歴史的にそうなのですが、今は八代から隼人までの路線になっています。

で、JR九州の路線の中で輸送密度が2番目に低いです。

でもかつては現在の鹿児島本線ができるまでは、鹿児島までのメインルートの路線でした。
そして、こちらが鹿児島本線と呼ばれていました。

今回は、そのかつてのメインルートで熊本まで越えてみましょう。

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肥薩線は隼人からです。
そこまでは日豊本線の列車で移動します。
東シナ海側の鹿児島本線と、太平洋側の日豊本線との境は隣の鹿児島駅ですが、列車の運行の境は鹿児島中央駅です。

これから乗る列車は9:40発の国分行の普通列車。
車両は817系。

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座れなかったのでかぶりつきね。

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817系の車内。
座席には本革が張られているらしい。

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鹿児島で宮崎発鹿児島中央行の6751Dとすれ違い。(左写真)
相手はキハ40系。

鹿児島を出ると、日豊本線を走ります。

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少し走ると、海沿いの線路になりますよ。
桜島も見えます。

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鹿児島から1つめの竜ヶ水に停車。
都城発鹿児島中央行の6935Mが道を開けて待っていました。

竜ヶ水駅の片隅に災害復旧記念碑がありました。
平成5年にこの駅で土石流が発生し、列車が巻き込まれたもの。
多くの乗客は乗務員の指示で避難しましたが、列車に居残った一部の乗客は亡くなりました。

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竜ヶ水の次の重富でも少々停車します。

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すれ違ったのは宮崎発鹿児島中央行の特急「きりしま5号」。
車両は787系。

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姶良、帖佐、錦江と停車して、加治木へ。
加治木では国分発鹿児島中央行の6937Mとすれ違い。
相手は415系。

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加治木の次が私が乗りかえる隼人ですが、最後まで乗らないと気が済まない性分が出てしまい、もう一つ先のこの列車の終点の国分まで乗ります。
国分には10:25に着きました。

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で、折り返しの鹿児島中央行の6939Mで1駅戻るわけです。
国分を発車するのは10:34。


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10:37に隼人に着きました。
ここで下車です。

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そのまま折り返しましたが、ちゃんと切符は買ってありますよ。
鹿児島中央駅でおねいさん出札に発券してもらいました。


「2015年7月19日 肥薩線 普通4226D 国分→吉松」

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国分から肥薩線の旅の始まりです。
列車は1両編成。
次の肥薩線の列車は11:45発の吉松行の4226D。

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11:28に吉松発の4229Dとしてホームに入線してきました。
その折り返しが4226Dとなります。

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車両はキハ40。
もちろん国鉄型ですよ。
肥薩線の隼人〜吉松間は定期列車では国鉄型だけが走ります。

この車両は8000番台。
JRになってから、高出力にエンジンを換装した車両です。

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肥薩線キハ40の車内。

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で、運転台。

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扇風機には国鉄のJNRマークが残っていますよ。
ただし、銘板はJR西日本みたいに国鉄のモノではなくなっています。

車両は昭和55年製。

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さて、10人くらいの乗客を乗せて11:45に隼人を発車します。

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隼人を出発して、日豊本線と分かれると、すぐに上り勾配です。
どんどん登っていきますよ。

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日当山に停車して、その次は表木山。
11:59に到着して10分停車します。

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無人駅です。


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すれ違ったのは吉松発鹿児島中央行の特急「はやとの風1号」。
車両はキハ47。
なんと普通列車用の車両を特急車両に改造した珍しいパターン。

で、特急でありながらワンマン列車。
ただし、アテンダントが乗務しています。
JR九州にはワンマンの特急が他にもありますね。

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表木山を12:09に発車すると、中福良に停車してその次は嘉例川。(写真)
12:18です。

ホームに人がいますね。
でもここから乗車したのは0人です。
ホームにいたのは、ただ列車を見に来た、自動車での観光客のようです。

無人駅ですが観光バスが立ち寄るほどの駅で、明治36年に開通した当時の駅舎があります。

そして、この駅は鹿児島空港の最寄駅だったりする。
ただし、直線距離は2kmほどですが、山道なので実際の走行距離は5kmくらいになります。

嘉例川駅の入場券は嘉例川駅前のお店と吉松駅で購入することができます。
だけど、本来は無人駅には入場券は不要です。

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嘉例川の次は霧島温泉。
12:25に到着。
ここで10人のうちの多くの乗客が下車しました。

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2分停車して、都城発隼人行の4231Dとすれ違い。
相手はキハ47の2両編成。

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植村、大隅横川、粟野の停車してついに乗客は私だけになりました。

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だけど終点の吉松まであと1駅だけです。

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12:57に終点の吉松に着きました。



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