京葉線に関しても昔のフィルムがでてきたんですよ。

京葉線が最初にできたのは西船橋〜千葉みなとの間で昭和61年3月3日。当時の京葉線の起点は西船橋駅でした。
写真は西船橋。
開業当初は103系の6両編成で運転されていました。ラッシュ時は4両を増結して10両編成。
でも、その後、日中は4両での運転になります。総武緩行線からの103系の転属が遅れて車両不足になっていたためですが、当時は京葉線の沿線は何もありませんでしたからね。そんなに車両は必要なかったと思います。
京葉線最初の103系は京浜東北線と横浜線から移籍してきました。
日中は20分間隔でラッシュ時でも1時間に4本〜5本の運転でした。

武蔵野線の電車が西船橋に到着しましたよ。

なんと武蔵野線電車は101系ではないですか・・・。

ダイヤ改正の車両移籍したばかりの関係で、青い武蔵野線もあったみたい。
京葉線と共通運用ということは無かったですけど。

当時見たところでは低い運転台の103系と高い運転台の103系が半々くらいだったような気がします。

開業したばかりの京葉線。
冷房車と非冷房車の混結編成だったから窓をあけても大丈夫。
高速道路の出口標識で「市川・行徳」となっているのが見えるから、写真は湾岸線と交差するところだと思います。

津田沼運転区鷺沼派出所。今の京葉車両センターですね。(津田沼運転区鷺沼派出所→津田沼運転区新習志野派出所→京葉電車区→京葉車両センター)
ただ広いだけで何もない・・・。

ライトをシールドビーム(ブタ鼻)にしていない103系初期車も走っていました。
当時はあちこちほぼ同時に電化開業したり通勤路線の延伸開業が行われたりで、国鉄は通勤車両の不足で先頭車だったら何でもアリだったかも。103系の全盛期だったかもしれません。
千葉みなとに着きました。
ここで私は1本列車を見送ったようです。

で、次の電車が来るのを待ちました。次の電車は低い運転台の103系。
写真を見ると、日中4編成が動いていたみたいです。

私は当時、高い運転台の103系があまり好きではなかったなあ。
この編成は西船橋方向の先頭が高い運転台で千葉みなと方向の先頭が低い運転台の車両だったと思います。
この車両は移籍して間もないので京葉線の行先幕を作るのが間に合わなかったようです。他にもいくつかの編成で行先表示がされていない電車もありました。

千葉みなと方向の先頭は低い運転台。
これに乗って西船橋に戻ったんだな。
で、このあと、まっすぐ家に帰ったのか?
現像はしませんでしたが、フィルムにはその続きに埼京線電車が写っています。調べると、このとき同時に埼京線が新宿まで開業しています。それを撮りに行ったようですね。
ところで・・・、
これは京葉線開業記念の乗車券。
ちゃんととっておいてありますよ。
この乗車券は音が鳴るんです。
この頃は音が鳴る乗車券とか香りが出る乗車券とか果ては煙が出る乗車券などいろいろな乗車券が流行ったんですよ。
25年経ってボタンを押してみたら・・・。
鳴りました!
科学万博の記念乗車券も音が鳴る乗車券だったのですが、そちらは今はウンともスンともいいません。
目次へ→

京葉線が最初にできたのは西船橋〜千葉みなとの間で昭和61年3月3日。当時の京葉線の起点は西船橋駅でした。
写真は西船橋。
開業当初は103系の6両編成で運転されていました。ラッシュ時は4両を増結して10両編成。
でも、その後、日中は4両での運転になります。総武緩行線からの103系の転属が遅れて車両不足になっていたためですが、当時は京葉線の沿線は何もありませんでしたからね。そんなに車両は必要なかったと思います。
京葉線最初の103系は京浜東北線と横浜線から移籍してきました。
日中は20分間隔でラッシュ時でも1時間に4本〜5本の運転でした。

武蔵野線の電車が西船橋に到着しましたよ。

なんと武蔵野線電車は101系ではないですか・・・。

ダイヤ改正の車両移籍したばかりの関係で、青い武蔵野線もあったみたい。
京葉線と共通運用ということは無かったですけど。

当時見たところでは低い運転台の103系と高い運転台の103系が半々くらいだったような気がします。

開業したばかりの京葉線。
冷房車と非冷房車の混結編成だったから窓をあけても大丈夫。
高速道路の出口標識で「市川・行徳」となっているのが見えるから、写真は湾岸線と交差するところだと思います。

津田沼運転区鷺沼派出所。今の京葉車両センターですね。(津田沼運転区鷺沼派出所→津田沼運転区新習志野派出所→京葉電車区→京葉車両センター)
ただ広いだけで何もない・・・。

ライトをシールドビーム(ブタ鼻)にしていない103系初期車も走っていました。
当時はあちこちほぼ同時に電化開業したり通勤路線の延伸開業が行われたりで、国鉄は通勤車両の不足で先頭車だったら何でもアリだったかも。103系の全盛期だったかもしれません。
千葉みなとに着きました。
ここで私は1本列車を見送ったようです。

で、次の電車が来るのを待ちました。次の電車は低い運転台の103系。
写真を見ると、日中4編成が動いていたみたいです。

私は当時、高い運転台の103系があまり好きではなかったなあ。
この編成は西船橋方向の先頭が高い運転台で千葉みなと方向の先頭が低い運転台の車両だったと思います。
この車両は移籍して間もないので京葉線の行先幕を作るのが間に合わなかったようです。他にもいくつかの編成で行先表示がされていない電車もありました。

千葉みなと方向の先頭は低い運転台。
これに乗って西船橋に戻ったんだな。
で、このあと、まっすぐ家に帰ったのか?
現像はしませんでしたが、フィルムにはその続きに埼京線電車が写っています。調べると、このとき同時に埼京線が新宿まで開業しています。それを撮りに行ったようですね。
ところで・・・、
これは京葉線開業記念の乗車券。
ちゃんととっておいてありますよ。
この乗車券は音が鳴るんです。
この頃は音が鳴る乗車券とか香りが出る乗車券とか果ては煙が出る乗車券などいろいろな乗車券が流行ったんですよ。
25年経ってボタンを押してみたら・・・。
鳴りました!
科学万博の記念乗車券も音が鳴る乗車券だったのですが、そちらは今はウンともスンともいいません。
目次へ→










この頃はオレンジカード全盛期だったかと。
それにしても未だ健在なんて、すごいですね。保管状態がよほど
良いのでしょうね。
当時 同じ職場から京葉線に転勤した仲間は「暇でいいよ。」
なんて 言っていました。