38年前の大雪の朝、親父が死んだ。
36歳の若さで生涯を終えるということがいかに残酷で無念であったかを今の年齢になって知る。

毎日をみかさんと鼓動と3人で愛しさいっぱいで過ごしている俺が、ある日突然居なくなるという非現実的な状況。
まったく想像もつかない。

親父は俺のように愛情丸出しで子供と戯れるタイプでは無かったが、力強く愛されていた実感はある。
どちらかと言えば厳格で厳しい親父だった。
酒を飲まなければ・・・。
そんな親父が10歳の俺と9歳の弟、お袋を残して旅立った無念さはどれほどだっただろう。



寒い冬は嫌いだ。
特に雪は嫌いだ。
その日の夕飯で食卓にあった茶碗蒸しが、38年経った今でも食べられずにいる。
他にも夕飯のメニューはあったはずなのに、茶碗蒸しだけが強烈に残っている。



自分の子供や嫁さんに俺と同じような悲しい想いをさせたくない。
そんな想いで生きてきた。
48歳・・・まもなく49歳になる俺はそろそろ人生の行き先を視野に入れながらの日々になるのかな。
目標はたったひとつ。
家族を悲しませる瞬間を少しでも先延ばしにすること。
簡単に言えば家族みんなが元気で過ごすこと。

1月はみかさんと鼓動の誕生日に挟まれる形で親父の命日がある。
否が応でも生きることと死ぬことについて考える時期だ。
暖かい春を待ち望む季節。
今年も家族3人で迎えられたことに感謝。