2011年03月

今は激変している広西省・藤県の十年前のレアな写真が出てきたので、チベカムばかりじゃ飽きるから一寸はさんでおきますね。
因みにここ藤県県城(県庁所在地)はこの直後に更地になって今では大廈高楼が所在なさげに建っている。

これ「藤県散歩」という題だったのをかえた。非常は、とってもの意味。


だから、とっても田舎なんだが、非常はよく使う…非常可楽というコカコーラの可口(コカ)を非常に書き換えただけのバチコーラはよく売れた。裁判か調停でもあったのか近頃みないが、メーカーが大儲けしたことだけは事実である。さて…

広西省というのは解放軍が解放という名の解放に来るまでは蛮地で、壮族がすむ瘴癘の地であった。一応清朝のあとをついだ國府軍によって広東の一部になっていたので解放初期に広東省長といえば広東・広西・海南三省を治める大官だった。(と、往時の広東省長の子息が言ってた)

そんな事はどうでもいいが、すでに中華民族化が完了した莊族はもともと温和で順応的な民族だったから、北京語(国語)をおぼえると急激に漢化した。字や言語はあるが、すでに自分たちは中華人民であることにいっこうに違和感をおぼえていない。

その他の少数民族と称する52の部族もまた似たようなもので、なんか問題が熾きるのは西のほうの2部種だけである。
1亀ゼリー缶詰2粥裏賞味期限
サンプルの賞味期限から10年前だとわかる。
3-1快餐3-2快餐屋の店員1
快餐屋のオババ達が笑顔なのはデジカメが珍しかった頃だから自分のツラ見て笑ってるわけ。

中華をずっと眺めている俺にとっては、小さな違いもよくわかるので、なんだか博物館に来たようだが、このイメージが10年前の藤県(地方町)20年前の南寧(省都)30年前のシンセンと同じようなものだと思ってくれて良い。
3店員24店員3
デジカメなんて実際ここ2-3年の流行りで5年前には珍しがられた。
6店員55店員4
こういう素直なはしゃぎっぷり、華人(漢族)は教養と知性が邪魔をするので、これが出来ないさまを死板瞼(スーバンレン)
7唐辛子と?8 4菜5元
と表現するが、お高く止まって「フンッ」て事だ。
盛りきり飯におかず4品で5元のメシ。
9-1招待所看板9-2招待所全景
小学校にくっついた役所の招待所に泊まったが
9-4藤県招待所の長い廊下9 3人部屋88元
外廊下をガラスで囲うのが当時のはやりで、ここ3人部屋で88元。今なら(改装してれば)150元か。
9-3便所10シャワー
この程度がイナカ出張ベースのデフォなホテルである。
(これ以上が無い)ので。
11イス11-3歯ブラシセット
歯ブラシセットとかは、上海の日本ホテルから全国に広まったものだ。
13サイドカー214サイドカーしか在りません
今は村落程度のところに居る「摩達車」摩はモーターのモだ。
15煙草や12浪漫性愛売りのおばさん
「ロマン性愛」というエロ本売りのおばちゃんも明るい。
17キリスト教会16暇な民工
太平天国の発祥地だからキリスト教会もある。太平天国はキリスト教からヒントを得た。
暇な民工。
18しょぼい洗濯物20ぼろい騎楼で商い
二階の下に道路を作って雨に濡れないアーケードのようにしたのを「騎楼・チーロー」という。
19ぼろい騎楼に住む21古い騎楼
これは西洋人が南方植民地で考案したもので、このへん広西はフランスの植民地になっていた影響。
23軍民魚水情スローガン24軍民共建のスローガン
どこにでもある「軍と民は水と魚」とかいうスローガン。
22靴修理達25悟った婆
靴修理屋と悟ったババア。
26人民公安27貨車の価格
公安局とトラック駅の料金表。ここで荷にあわせたトラックを調達する。
28引越し29ダフ屋に注意の看板
引越しと、バスの客引きに注意の看板。
「切符は駅で買え!外の切符はぶったくられて恐喝だ。」
そうです。
31藤県行き30最低の寝台バス
長距離バスだが二人寝台で天井高1mのベッドで人民とともに3昼夜…サイテイである。
32埠頭の階段33水上レストラン1
河の埠頭は階段でできてる(水位が季節で違うので)水上レストラン。

いいかげん飽きるが、これで50年もたてば立派な骨董品の記録になるかも知れないから、焼酎でもひっかけてまだまだヤルつもりだ。
34今にも倒れそうな家39犬羊専門鍋屋
犬・羊ナベ専門店。
38ピアス耳穴あけ屋35小学校
雑貨屋では耳にピアスの穴あけサービスも(10元)やってた。
36小学生137小学生2
小学生のありさま。
40県立運動場41市内バス
県立運動場。
この時期はまだここで審判大会・即決銃殺の記憶があった。
44中バス47野外劇場
バスと臨時の歌舞台
京劇の方言版のエツ劇というキーキー歌劇をやる。
45水上生活146船大工1
船大工は流れ者。
船で暮らして仕事がなくなったら流れていって、仕事がありそうな時期にまた帰ってくる。
43白雲ホテルの趣味の良いこと50横の家はお正月のまま
趣味のよいホテルの装飾と、正統な民家の玄関。
48大八車49山鳥頭ご飯F
晩ご飯はニワトリ斬首メシだった。
ここで終わり。

今でも無名な内地ではこんな感じで生活がくりひろげられている。結局この国はずっとこんなふうに、虚の上海やウソな北京の見世もの町いがいはこれでいい。こっちの方が上海より俺は好きである。

カンボジアと国境でつながっている国は、ベトナム・ラオス・タイだが、そのどちらにも国境は陸路でつながっていて、ベトナム国境が5つくらい(2008年・水路2つ含む)タイが2か所、ラオスにも有るが行ったことはない…

今日はモクバイというベトナム国境に行ってみるが、国境編という写真が見つからないので見つかったら又のせたい。 カンボジア内のベトナム国境に工業団地を造り、アッパニハーなカンボ人は全部パスしてしまい、ワーカー達はベトナム人を越境して働かせるという企画ものをやった時の写真だ。

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プノンペンから30分くらい、川を越えてちょっと行けばベトナムだ。
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歩いても渡れそうだが越境して逃亡するものも、偽装結婚もない。
要うするにどっちに居ても貧乏なわけだった。
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フェリーに乗るまでも、乗ってからも物売りがいるのも便利だが、なんか買ってやらなきゃ悪いみたいで一寸こまる。

国境というのは日本人にとってはけっこう重いが、この界隈では在ってないようなもの。 身分証さえあれば(無くても1$あれば)正門から越境するか土手から這い上がるかのちがいで、向こうに行けるんだから…

闇バイクもあって、国境が混んでたらバイクで越境したって良い(くない!)。 国境越えの正規・非正規の感覚とは何よといえば、駅前でエーーイっとタバコ吸っちまうか、20m歩いて公園の灰皿で一服するかくらいの違法感覚なのだ。
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中華なポルポト派を駆逐したベトナム軍が、トンチャイ将軍の手引きで進軍したのがこの道路だったわけで、記念碑がたってる。
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アンテナの山。
平屋の群れ… いずれ2階になり、いきなり5階になるとおもう。
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ベトナムから正規に密輸してきた建材などの取り次ぎ屋がならぶ。
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国境にはベトナム客や、ベトナム経由でくるチャイナ客を当て込んだカジノがならぶ。
どれもこれもブッタクリ・カジノ…
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こんな所がリゾートになるわけないが、これがカンボジア側の国境。
あ・ジャパニーシ… OK・スタンプ・ポンである。
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カンボジアはいい加減に出れるが、ベトナム入国は公開賄賂制をとっているので、並びたくなきゃ5‐10$でフリーパス。

あとは変圧器と電線や電柱の写真ばかりだが、2年前の政変でベトナム系のホックランディー警視総監(実質は内務・国防・警察の長… チャイナ系のフンセンと勢力的には拮抗していた)が、このあたりでカミナリと称する何かでヘリを撃墜されて四肢バラバラの八つに裂かれてしまった。

前日にはベトナム協会の親爺が乾杯したとたんに血をふいて死ぬし、そんなことはどうでも良いが、それでカンボジアには孔子学院がいっぱい出来て御目出度いわけであった(らしい)。

仏滅つづきだからたまには御目出度いカンボジアも紹介しておきたい。 
人生一番の厄介日、地獄の一丁目といえば結婚式だが、ここプノンペンでは 「頼母子講」 か、成人式保険みたいなもの...

要するに 「金集め」 だから、名刺でも交換すれば必ず呼ばれて苦労する。 外人なら義理帳にものせないお返しなしの上客だ… 気になるお布施は一般庶民ベースで20$くらい。 肩書のある人なら50$とか、親戚友人は懐具合しだいだ。

自分のところで客になって来た人の家には必ず行かなければならない決まりだから、10年前の5$なら今は20$かなあ、なんて計算して持っていく。 知らない人の結婚式なら金と名前を書いてビール一を杯飲み、裏口から消えるって手もあるが、知ったやつや偉い奴の結婚式に外人玉としてパンダ役をさせられるのは、本当につらい。

暑いカンボジアの乾季・11月から結婚式のオンパレードで、慣例として冠婚葬祭には道路を占拠してよいので、何処もかしこも通行できずにウロウロする。 その上カンボジアの楽隊は鼓膜がやぶれたおっさん揃いだからピーヒャララとひたすら五月蝿い。

だが五月蝿くても死にはしないが、普通の日本人がポット出で食ったら 必ず半死半生になる」 御献立がならぶから行くなら正露丸で武装し、先に腹いっぱいコメ飯を食って、飲めなくても消毒のためにアルコールは強いのをキでやっていただきたい…

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フンセン様の兄貴の子の家… お金持ちで、おまけに電気代は顔パスという御家柄。
一族から王がでればこの通りという見本のような邸宅の右に見えるのが路上宴会場だ。
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結婚式の準備は前々日からはじまる。
家の前が泥道ならセメント道路にしたり、ゴミ屋をよんで屑バッタも片づける。
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食材かと思えばゴミ。
ついたての陰で見えない(見せない)料理が作られている。
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貸しテーブル屋は、コップやテーブルクロスも扱う。
故意による紛失が多い国柄なのでそのぶん高い… ゴミかと思えば食材。
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調理場は道路。
余りものによろこぶ犬。
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こんなふうである。
燃料は大人数なので薪、貧乏な家なら炭を使っているのが多い。
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冷蔵庫代わりの氷ボックス。
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これみると食いたくなくなる程ヤワじゃないけど…
前日から数百人分つくり置きというのが気に食わない。
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道っ端でみがかれたコップで飲む酒は特別にうまい。

家の中の大広間が祭壇というかひな壇で、歌をうたうとか演説やら何かやっている。 その辺に貴賓席があって一人前100$位の料理を有名店から仕出しでとる。 庭に50卓くらい広げて、庭のほうはまともなお客・外のテントはどうでも良い客と、ただ飯を食いに来る年寄りとかが座る施し席。

これを三日三晩やったりするので、暇な国だと思うしかない。 ちなみにこの結婚式は純収入で50万$ほどの上がりだったそうで、そっちの方が御目出度かったらしい。

「国際結婚っていうやつはさ… クエッ」

カンボジアはポルポト派と称する華語が達者な若者が、中国で紅衛兵やら大躍進をまなんで帰った。 それにアッパニハーなシアヌークが乗ったので色々あって国民の三分の一が消えてしまった。 やっと平和になった1990年代後半からベビーラッシュが起き、今が結婚適齢期の子供たちの山になっている。 葬式はポルポト時代に先々までの需要をみたしてしまったから少ないが、若い青年男女は多い…

青年男子は置いといて年頃の女の子がおおいから国際結婚もおおい。 カンボジアではまともな国に移ってお金持ちになる方法は毛唐人との結婚が手っ取り早いので、外人バーで張っている美女とか多いわけだ。

で、結婚したらどうなるのよといえば、女の子は当然いまよりお金持ちになるが、結婚相手の男性の方はグッと貧乏になる。 結納金は(男性が持っていく養育費みたいなもの)外人だから最低2万$くらいは要るし、結婚式の費用と、純金の装身具は男性が買わなきゃならないが今や金高でたいへんそうだ。

外人と結婚する女方の実家は貧乏人と相場が決まっているから、結婚したとたんに現れる兄弟親戚に蚊のようにつきまとわれ、羊のようにむしられる… 舞い上がって本国の家財を売ってプノンペンに店でもひらけば、使用人はツルミに攣るんだ身内しかこないから、いくら働いてもほとんど食われてしまって儲からない。

家産が傾くころにはかみさん達の外国永住権も下りていて… はいそれまでよ。 というのが90%(当社調べ)である。 カンボジアに限らず若さでくっつける内にくっついてみるなら途上国の結婚も悪くはないが、金で何とかしようという方々には止めておくが良いと、前述の三須田氏(葬式麻雀のゲスト)がシミジミと述べられていた。

日曜日だ。昨日は大三元を上がってしまったからこれにて一件落着、あす朝の飛行機でさようなら… 五萬を切っちゃった三須田氏はまだ寝ているのだろう、立っているのもしんどそうだったし。

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こんな椅子を倒して、壁の鏡を台にしてやるマージャンもこれで終わり?か。テレビは日本のが(サムソンTVでチカチカと)見れるが、NHKで尾張藩が山の木をまもった話をやっている。 木を切れば洪水や水枯れにみまわれるのだ。『木を切るは亡国の兆しナリ』だとさ。

カンボジアにもキリロムという山があって木が生えていたたが、売木奴たちが寄ってたかって切ってしまった。シアヌーク国王が若かったころには、カンボジアを独立させた残留日本兵の日本の只熊力という人が、日本カンボジア合資会社(社名)をつくって木を植えながら輸出する仕事をされていた。

中国で文化大革命に感動し、中国人顧問団を率いて帰ってきたポルポトが天下を取ると、大躍進に学べと木も人も刈りつくしてしまった。そんなことはどうでも良いのでプノンペンの朝ならベトナム珈琲ときまっていた。

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上のドリッパーに強焙煎の細びきコーヒー豆を入れて熱湯をいれる。器の底にはこんな穴が開いていて、もうひとつ穴目の皿がセットになっているから、穴とアナとでフィルター目の調節ができるからコーヒー粉の粒子のサイズをみてカンで調節する。
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栄えある大仏帝国のエスプレッソから学んだらしい。
これは砂糖だけでのんだ方がはるかに美味しい…
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朝はフォーかこのベト粥が食べたいと、世界中のどこに居ても思う。
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レモンと一緒にいるのは「味噌」金山寺味噌のゆるい感じの甘ミソを、カンボジアの地鶏にからめて食うのは絶品である。お粥にレモン汁というのもここでは全然ミスマッチではない。もやしが付いてくるのも嬉しい(160円)。

水の悪い国
カンボジアは水の悪い(不味い)国で、プノンペンあたりは元々が砂州のような所だから砂地で、砂が細かいから井戸を掘っても砂水しかでない。ペットボトルの水はこれを濾過しただけだからきわめて不味い。

風呂だって水をはれば茶色である。キリロムの山清水がでるコンポンソムにビールやコーラの会社があるのは水が良かったからだが、アンコールビールがそんなに美味くないのは水のせいだ。土地も黒土の肥沃なところはタイ国境のバッタンバンのほうだけで、痩せている。 

米の収量はおなじ面積当たり日本の5分の1くらいで、大根も人参もぜんぶひなびて小ぶりだ。 どこが好いのよ? と聞かれれば、人間がいいかげんでアッパニハー(パープー)な所がいいだけである。

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冷蔵庫の有料エビアンと、タダのカンボ水には雲泥の差があった。
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昼は牛肉煮込みパンと、
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カンボジア風バインセオ。
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晩にまたあらわれた三須田氏のリクエストで、河っぷちの洋メシになった。明太子スパゲッティーを毛唐人に食わせるための試作メニューがこれだが、カルボナーラまぶし明太子スパ。粉チーズまでかければ混沌なカンボ洋食、アッパニハー・・ じゃ空港にいくよ…

このところ御仏前だの遺言だのみょうな題をつけてしまったが、今日は葬式麻雀だ。プノンペンに余命一年という友人がさいごの旅行に来た。

なんとなしに皆が集まるというので知らせが来た‥ 週末だったのでカンボジアに出かけ、冥土の土産に美味いカンボジア中華でも食わせて送り出そうかと思ったのだ。マージャンをやるために麻雀マットを背負ってきた三須田氏(仮名)は、どこが死ぬんだよ! というほど元気だった。

カジノで一発当てるというからカジノに付き合った。俺が久々に負けたのは「ここ一番でいいところを見せてやろう」という焦りだったが、行った全員が負けたので昨夜は朝まで箱点500リエル(20円)のマージャンをした。

人間どこかで死ぬものだからそれは置いておき、パッと後腐れなく成仏するすべを後学のために聞いておきたい。最後のお願いは死神が迎えに来たなら、死ぬという瞬間に遠くはなれた俺に信号おくってくれと頼むつもりである。俺は神も仏もいっさい信じていない只の無神論者だが、ひょっとして我々は日本をご神体にした日本教徒なのではないかと20年位前からおもってきた。。

伊勢神宮と靖国神社の区別がつかない異形徒の国にいれば、神社の御札など俺の留守中には粗末にされるだろうから、部屋には額装の日本地図を東を背にしてかけてある。日本地図に柏手を打つようになった頃から、俺も無神論者じゃなくて日本教徒なのかなとおもうようになった。

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プノンペンの35$のホテルの床で朝までマージャンをした。どうせ死ぬなら役萬で、それもリーチ一発で送ってやろう。一回目は大三元リーチ寸前に奴(三須田氏・仮名)に振り込んだ。
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プノンペンには結構いけるイタ飯なんかが、多い。
オリーブ油でたべるパンは好きだ。
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シーザース・サラダとカルパッチョのサラダ。
材料費はたかいけれど人件費が安いので9$...
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中華では西洋料理はとても不味いから極力食わない…
そのぶんカンボジアや日本ではよく食べる。
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プノンペンの洋飯屋はシェフが若いカンボジア娘と結婚して、そのまま居ついたというのが多い。女性の吸引力は限りなくでかい‥
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ティラミスとかデザートは5$。

今夜もマージャンをやると思う... 俺はカラオケもマージャンもゴルフもやらない不趣味な人間だが、できないわけではなく何れも上手い。時間をとられるから止めているが、これヲ読んだ若い人はカラオケくらいは良いけれど、マージャン・ゴルフは止めときな。上を見ればきりがない遊びだから面白い分だけ人生の浪費である。チャリとかジョギングのほうがずっといいと思うよ。
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今夜はまあカンボジア中華でパアーッといきたい。
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アワビもフカヒレも食ってみようか。
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だが、三須田氏の好物はコレ…
コーンとスブタだった。

翌日も昼からマージャン大会だった、会おうかなと思っていた実業家の人は急用でアメリカに行ってしまったので完全に三須田氏のトーンだった。
1老舗のハンバーグ2老舗のエビフライ
これは上野の老舗の普通の洋食だが、これ食ったフランス人は「キャーーーン」と叫んでシェフはフランス人だろうとぬかした。
3老舗のステーキ4老舗のあんみつ
バカめ… とぼけて黒服を呼んで尋ねたら「当店は100年以来日本人がやって御座います」と、流暢な英語で答えてくれた。
5七百円のハンーグ6七百円の豚生姜焼き
「貴方ハイツモ何を食ウノデスカ?」と聞かれたから、その辺で700円のハンバーグ食わせたら、「やはり日本版のガイドブックを作ったミシュランは偉い」とのたまった… 世界の中心に居て偉いと思いこんでいるのがフランス魂、それを国名にしたのが中華国である。ブログを書いてるうちに三須田氏も起きてきたので昼飯にした。プノンペンと言えばフォー(ベトナム米粉)だ。

フォーが無いとプノンペンではなく、只のチャイナの辺境都市だからナンデモかんでもフォーを食って精気を取り戻さなければならない。ここやベトナムがフランスの栄えある植民地だった頃に、フランス人がビーフシチューに浸したフランスパンを食ってるのをみて、ベトナム人が「牛腩麺皰:カレー牛味煮込み」を発明して今でも定番で売れてるのが、(下6枚目)である。
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フォーにはどっちゃり野菜がついてくる。
レモンもとんでもなく辛い唐辛子もついてくる。
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牛肉煮込みの牛肉には、レモンで割った塩コショーがあう。
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カリッと焼いたフランスパンを割いて、煮込みにつけて頂く… 美味い。
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ホテルの裏窓からプノンペンを見れば高層建築を建てている。金がないと工事が止まって、金ができると韓国人の民工たちがやってくる。
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しかし、カンボジアはずっとカンボジアなわけで、「柬甫塞」と漢字をあてるその読みはチェンブザイ…「銭不在」というわけだ。

プノンペンは 「金辺」 と漢字をあてるが、黄金の周りでうろうろ・・ ついに金にはたどり着けない。「金辺・銭不在… 」。ここはもうチャイナの一都市、タイも・ラオスも・ミャンマーも、中華に接地してるところは大中華圏である。

チベットの水をおさえた毛沢東は偉かったが、今度は海をおさえるんだと叫んでいる。余波でうるおう周辺も御幸せなことで結構だが、日本にだって福沢諭吉の一万円札があるじゃないの… 福沢諭吉の精神でジャブジャブ刷ってみたらどうなんだ。通貨戦争は米中ユーロだけの特許じゃないとおもう。
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カンボジアの海どれなイシモチは美味い。浜辺でとった蟹も新鮮。だが、ここの地鶏はホント中国にもないような美味さ。
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カモ鍋と石班。
お一人様用土鍋フカヒレ。
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さて6日の0時を回ったころ。白・發と鳴いてるのに強引な上家が中を切った。写真にいる三須田氏(仮名)は親であせってリーチをかけていた。

その一刹那、電気が落ちた。「高層ビルの需要がある国でなんでしょっちゅう停電するんだ?」非常灯の薄明かりのなか、三須田氏が引いてきたのは「五萬」‥だ、ダイサンゲン「大三元」ができちゃった。

どうやら俺のほうが先にあの世で待つようになるのかな? 今夜は厄落としにアワビでも食いに行かなきゃならない... 暗闇の中でそうおもったが、見逃してやりゃもっと良かったのを忘れていた。

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