2008年12月

2008年12月31日

2回目の大みそか

2回目なんてホントに考えていなかったのに、今年も最後の日がやってきました。
6畳ほどの狭い部屋の掃除を真似ごと程度にして、なんとなく一人で盛り上がっています。年末になって不景気番組ばかりやっているから、こうお先真っ暗だと今のわたしの状況は悪くないかもなどと思ったりもして。

ただね、三途の川の荒れ具合が気にはなるけど…。

でも、それにしてもこの暮れになって職や家を奪われてしまった人は本当に気の毒だと思う。こういう事態が発生したのに何も動かない。これって政治が死んでるってことなんじゃないですかね。

テント村でもなんでも対策をうたなきゃ日本を支えている若者たちが、凍死してしまいますよ。このお正月どうかつつがなく過ぎてほしいと願っております。

皆さま、どうか良いお年を!

ちなみに、わたしはコシノカンバイ(いただきもの)でかんぱいです。

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2008年12月29日

今年もあと1日

今年もあと1日で終わり。
すごく悪い状態かといえばそうでもないし、かといっていい状態かといえばそれもそうでもない。
どちらかといえば、9月ごろに比べると良くない。
疲れが溜まりやすい。味覚障害がある。軽い頭痛がある。そのどの症状も皆が日常的に感じている症状とたいして変わりはないらしいが、大病ですよって太鼓判を押されてしまったからビクビクせざるをえない。
あと、長年主婦をしてきた自分が年末に何もせずパジャマで過ごすのも、実に退屈。
忙しいというのも楽しいことなんだって、昨年に続き感じている。

生き物はみな元気でなければ生きていけないし、それなりに努力をしなければ元気ではいられない。病気になってから後悔したって仕方がないってつくづく感じている今日この頃です。この世に未練があるんですよね、実は。

この世はけっこう楽しかったし、ムカつくこともたくさんあったけど、それはグリコのおまけのようなもので必ずセットになっているわけで、どう楽しみながらムカつくかってことかもしれない。そう思うとわたしはムカつきの対処が下手だと思う。

来年はムカつきの素が一つ消えてしまったので、心穏やかな年になると想像しているが、うまくいきますかどうか…。

病気次第。でしょうか。


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2008年12月26日

メリークリスマス

クリスチャンでもないのにクリスマスが近づくとなんとなくそわそわ。
24日は実家でファミマのチキンと手作りのお寿司。パーティーのメンバーは弟、弟の嫁さん、母、わたしというじいさんばあさんチョー地味目組のイブだった。

12月に入って外出が続き、お疲れモードで脳みそぱっとせず、亭主の急死もなんだかずしんとこたえて体調もよくない。

昨日25日は自宅で様々な後始末のため税理士と息子と待ち合わせ。自分も病気だから世帯主の変更などきちんとやりたい。

40年近く一緒にいたからなのか、いたのになのか、亭主の最後に立ち会わなかったからなのか分からないが、自分の気持ちの中で区切りがつかないのだ。

息子はは「う少しショックがあるかと思っていたけどほとんどない」と言っている。
息子には少なくとも連絡があり、彼は最後の様々なことをできたし、話もしたからそれでいいのだろう。

亭主は恐ろしく社会性のない人間だった。たとえば、俺は歳などとらないから介護保険などには入らない。そういうことを口にしてそれを実行するのである。年金も同じ理屈で加入しない。

歳をとらない人はいないし、そんなことは分かっているのだが、この男と話をしているとどうでもよくなってしまうのである。

そういう、やぶれかぶれのところが面白く思えたのかもしれないし、今となっては何がよくて家出までして結婚したのかわからない。人生にリセットボタンがついていたら迷わずリセットしてみるつもり。

でも、めちゃくちゃ好きだったときもあったけど…。



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2008年12月20日

本格的なお蕎麦は食べおさめかな

今年もあと残りわずか。
昨日は従姉妹が食事に招待してくれた。
母を待ち合わせ場所である駅西口のベンチに絶対に動かないように言い含めて、コンビニで用を足して戻ると、不安的中、母がいない!母は最近ボケが進んでいて、場所がなじみのない駅西口となると、混乱から徘徊しないとも限らない。
「どうしよう!」焦っていると、従姉妹の声がして母はすでに車に乗っているとのこと。
なにもなくてよかったけど、わたしと、母の組み合わせではこれからは怪しいかも。
最近母は、数分前のことを忘れている。それを指摘すると86歳まで元気に歩けてトイレも失敗せずにできるのは傑作なんだと逆切れする。
「86歳まで生きてみれば分かるよ」って言われても生きられないしね、たぶん。

お蕎麦屋は本格的な庭園付き。借景が素晴らしく荒川の土手の裏に奥武蔵の山並み。
昼間からまたまたビールで乾杯。
早いところ悪い年は忘れてしまいましょう。亭主があっという間に死んでしまったせいか自分が死なないのが不思議である。昨年の今頃は覚悟もできていたのに、今は覚悟がどこかに行ってしまって死ぬのが怖い。というふうに毎日心揺れるまりりんなのだ。

弱気になるといけないとはよく聞くが、強気にもなれないのが現状だ。


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2008年12月18日

怖がってなんかいられない

時間が経つのが早くて、なかなか更新できずにごめんなさい。
特に具合が悪いとかはなくて、忘年会だったり、飲みすぎて翌日混乱していたりで、病人らしからぬ生活を送っている。
ただ、軽い味覚障害があり、口にしないと食べられるか食べられないかが分からないので、実家にはかなり迷惑をかけていると思う。
病気になるということは、しかも不治の病?になるということは時が経てば経つほど残り時間が少なくなるということなので、それなりの恐怖もあり、それでも永遠に生きるよりは適当な年齢で人生を終わらせることができるほうがいいかなとも思うのである。

でも、旅行に行く機会がないのは残念である。
さすがに病を押してまで出かける気にはなれない。

明日は姉と従姉妹と母と美味しいと評判のお蕎麦屋さんでランチ忘年会である。

一昨日はがんセンターの外来だったので、いつものとおりお寿司を食べてきた。
味覚障害と言うわりには、食べ物の話題が多いのはなぜだろうと自分で思う。

亭主が死んで日が経つにつれ、がんという同じ病気のせいか、昨年の今頃は、半ば覚悟はできていたのに、1年以上も経過してしまうと、だんだん恐怖心が湧いてくる。

でも、誰でも必ず終わる時がくるのだから、怖がってなんかいられない。




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2008年12月09日

骨まで愛してあげて

亭主が死んでほぼ1週間が過ぎようとしている。
その間の手続きはすべて息子がやったのだが、身体を動かさないでいいという意味では楽だった。でも、その間なにか割り切れない気持ちを抱えていたことも事実である。

相手の女性は亭主の骨を欲しがらなかったそうである。
息子は「分骨しましょうか」と尋ねたのだが「よく考えたけどいりません」と言っていたとか。
「そんな面倒なことを言うからよ!はい、あなたが欲しがった男の骨です。どうぞ一緒の墓に入るなり、なんなりご自由にって渡してくればよかったのに」とわたし。
「彼女は彼女なりの責任は果たしたと思っているし、おれはそんなに迷惑かけられてないから…」
「冗談じゃない。迷惑かけられてないと思っているのはママが守ったからよ。ママはすごく大変だったわよ」

一家の経済を支えている人間が勝手な動きを始めると、それは大変だし、不安である。
なまじ、零細ながらも会社形式で支えあって運営していると、経理のような面倒なことは全部押し付けられる。すると、経理というのは怖いくらいに誰がどこで何をしているかがわかってしまうものである。
会社もいつまでも東京の一等地に事務所を持っているわけにはいかなくなり、2人のデザイナーには担当していた仕事を持って独立してもらう準備に2年かかった。
そういう後始末のために事務所に出入りして分かったことは、亭主の頭の中には会社を立て直すことなどまったくなく、目先の楽しみだけどのようにクリアしていくかだけが、あまりにも露骨なのである。

あるとき、わたしの後ろを気配だけが通り過ぎた。
「あれ、亭主は?」
「帰られましたよ今」
「でも、なにも言わなかったよね」
「いつもあんな調子で帰られますよ」
ダッシュ!である。
即座に追いかけることにした。
表に飛び出し「待てー!」と叫ぶと、わたしの声が耳に入った瞬間飛び上がって敵もダッシュ!逃げるのである。
まるでチャップリンの映画みたい。
そんなことを考えつつ猛スピードで逃げる亭主を鈍足なわたしが追いかけた。
亭主は勝ち誇ったようにちらり後ろを振り返り可笑しそうに笑いながら地下鉄の階段を下りていってしまった。
追いかけたことを後悔しながら事務所に戻ったが、
「どうでした?」
「追いつけなかった」
惨めだった。
ひどい男なのは分かっている。
一刻も早く別れようと思っても、息子の学費など責任をもてるのか。
これから大学というときに。

不倫というのは、必ず巻き込まれる人間がいるということを認識し、大いなる罪悪感と責任感をもってしてほしい。
最後はいろいろな手続きに親族が必要だから、一番当たり障りのない息子に連絡して、骨はいらないから返してやればいいなどというものなら、一つの家庭をぶち壊すようなことはしないでほしい。
わたしとしてみれば、せめて亭主の骨をかき抱いて夜ごとむせび泣いて欲しいと思う。

亭主がわたしの嫌いなところを箇条書きにして息子にメールで送ってきたらしい。
その中にすぐに説教するというのがある。
説教しなければ普通人として暮らすこともできなかったわたしの苦労を少しでも息子が理解してくれたらと願っている。


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2008年12月04日

グッバイマイラブなのかな

昨日、亭主が死んだ。
ブログをアップして数分後、携帯の呼び出しが鳴った。
息子の顔がにこやかに微笑んでいる画面が目に飛び込んできて、軽い気持ちで電話にでる。
「じいさん死んだらしい。さっき病院から電話があって…、そういうことだって。全然苦しまないで、眠るように死んだって言ってたから…。よかったよ」
「そうだね。生きていたって、本人も、周りの人間も大変だからね」
なんとも展開の早い話で、ばかぼんのパパ的に言えば「表にして欲しいのだ」というくらい目まぐるしく悪くなっていったわけで、自分の命を守っていたら、追い抜かれてしまったわいという感じ。
息子も特にショックを受けている様子でもないが、本当のところは分からない。
よく、死ぬ前には、枕もとに立つとかいうけど、まったくそういうこともなく、知らせを聞いてもまったく心が動かない。
本当の他人になっていたのだとあらためて認識した次第。

でも、息子をプレゼントしてくれただけで満足です。ご冥福をお祈りします。

先日、自宅からの帰りの電車で若い男女が私たちの前に立ち、無駄に大きな声でしゃべっていた。
いつも思うのだが、女学生というのはなぜあんなに大きな声でしゃべるのだろう。
おばさんだって!という声が聞こえてきそうだが、それは、後日検証するとして、その女学生が、言うには、「高層マンションを買ったと聞いて訪問したら、4階だった。それって微妙じゃね」
「…」とボーイフレンド
「だってさー、高層マンションで4階だよ。フツー高層っていったら高い所を想像するじゃん」
「うん」
「4階って一番半端だよね」
正解。
4階は高層マンションで買う階ではない。
思わず、会話に加わりたくなってしまったほどである。
その女学生の話によると高層マンションの高層階は申し込み多数で抽選になってしまうから買えないとかいうことも起きたりするのだとか。確実に買えるところということを追及して4階になったらしい。でも、抽選で外れても高層階狙いでいったほうがいいよね。というのが女学生の主張であった。
同感です。


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2008年12月03日

師走ですね、なにかと大変です

昨年、自分の人生も終わりだなと諦めていたのに、頑張った甲斐あって?今年も元気に年末をむかえられた。しかし、逃げた亭主はどうやら年を越せそうにない状態のようだ。
息子は昨日2度目の見舞いに行ってきた。
一昨日、税理士との打ち合わせのために自宅に行ってきた。もちろん、息子にも立ち会ってもらうために、待ち合わせていろいろな相談をしたのだが、何かと手続きがあり、ちょっと動くと疲れが蓄積していく感じが不気味であまりいろいろな予定を組み込みたくない。
だから自然に家族である息子になにやら頼んでしまう。

「ねえ、病院に行ったら、じいさん写メして」「いいよ」自宅からの帰りにはこんな軽い会話があったのに、息子は「たった10日間でさらにさらに弱ってしまっている。もはや、写メなんて気の毒でできない」とメールしてきた。「じゃ、あたしは動くじいさんが見られないの」「動かないし」と息子。
亭主は、わたしには知らせるなと言っていたのだから、見舞いには行くなというのが息子の意見である。もう、会話ができる状態ではなく、病気を押して行く意味などないということらしい。
「愛人がなんの不満も言わずに面倒を見ているのだから、このまま波風立てずに終わらせたい」のだそうだ。
「わたしの人生ってなんだったんだろうって感じ」
「それじゃ、お前最後まで、面倒を見られるの」

「やーだー、そんなこと言っちゃ。あたし、もう死にそうな肺がん患者なんだけど」
都合で使い分けているから、かつては輝いていたこの言葉も、この頃、水戸黄門の印籠のような威力がなくなってきている。

確かに看病を引き受けてなんてまっぴら御免だし…などと考えると、息子が言うように今さら出て行って、息子が穏便に波風立てずに進めている、相手の責任の下で終結させてもらうというシナリオをかき回してしまうのはよくないのかも。

でも、なにかと息子に電話してくる愛人も図々しい。自宅に行った日も電話してきて、病院で動き回って危ないから誰か付き添ってくれないかということだった。
確かに二人とも仕事があるから、お互いをたよるのかもしれないけど、わたしは、息子の電話にあれこれ言ってくることじたい、許しがたい。

逃げた亭主はもう、6年も会っていない人間である。
たとえ、青春時代に始り、40年近くを共に生きてきた人間であっても、最後に側にいなければ、心乱れることもなく、涙するタイミングさえないのだ。

病院では息子は、少しもじっとしていない父親なので、次々と立つ、座る、水などの単純な要求を助けてやっていたが、会話が成立しないので、見舞いも厳しいものがあると言っていた。
「最後の想いを聞くには、時期を逸してしまったね」と息子。
「ふーん」
時期ね。確かに会話が成立しないのでは、共に人生を振り返ることはむりですね。
ただし、神様にお願い。あの世では会いたくないよー。


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