June 17, 2022

株式の併合について争う方法

札幌地判令和3・6・11金判1624号24頁では、非公開会社で行われた株式の併合によるキャッシュ・アウトについて、キャッシュ・アウトされた少数株主(1人)が、(1)株式の併合のための決議(以下では「本件決議」という)の無効確認と、(2)本件決議の取消しを求めた事案だ。

原告(締め出された少数株主)は、(1)の根拠として、次の点を主張した:
(1-a)会社は事前開示書面(会社法182条の2)を備え置いていなかったし、原告からの事前開示書面の閲覧請求を拒否した。
(1-b)会社は株式の併合の際の端数処理(会社は、株式の併合によって生じる1株未満の端数の合計数に相当する数の株式について競売または売却をし、これによって得られた金銭を、端数となった株式を保有していた者に交付しなければならない)をしていない。
(1-c)本件決議は株主平等原則に違反する。

また、原告は、(2)の根拠として、本件決議が、決議に特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって、著しく不当な決議がされたとき(会社法831条1項3号)にあたると主張した。本件決議が「著しく不当な決議」にあたると主張された理由は、次のようなものだ:
(2-a)問題となった株式の併合(以下では「本件株式併合」という)には正当な事業目的がなく、単に会社の代表者の個人的感情にもとづいて、原告だけを締め出す目的で行われたものである。
(2-b)本件株式併合によって原告に交付される予定の金員は著しく低廉である。

判決は、結論として、原告の(1-a)〜(2-b)すべての主張を認めず、(1)・(2)いずれの請求も棄却した。この判決の結論自体には大きな問題はないのかもしれないが、裁判所が(1-a)〜(2-b)の主張が認められないとする理由付けの中には、注意を要すると思うことがいくつか含まれている。

たとえば、裁判所は、(1-a)・(1-b)の主張が認められない理由として、それらが、本件決議の内容自体の法令違反をいうものではないとする。たしかに、裁判所の事実認定によると、(1-a)については、そもそも原告は、会社に対して事前開示書面の閲覧請求をしたとはいえないとされており(原告が請求したのは、会社の最新の定款や最新の株主名簿の閲覧だけ)、(1-b)については、会社は端数処理を実際にやっている。このように、(1-a)・(1-b)の主張は、そもそもその前提を欠いている。また、事前開示書類を備え置いていなかったとか、端数処理が行われなかったということが、決議の内容の法令違反ではないということも、そのとおりだろう。

しかし、そうやって、「これは決議の内容の法令違反ではない」という切り方をされたのは、原告が、決議の無効確認の請求という争い方を選択したからだ。株式の併合については、会社法上、特別の無効の訴えは定められておらず、株式の併合に重大な法令違反があれば、株式の併合は当然に無効だと評価されるはずだ(リークエ第5版397頁[田中亘]、久保田安彦『会社法の学び方』214頁)。だから、このような事案で、締め出された少数株主は、株式の併合の無効の確認を求める訴え(あるいは、株式の併合が無効であることを前提とする、株主権の確認の訴え)を提起することはできるはずで(そもそもそういうふうに訴えを起こさなくても無効を主張することはできるけれど)、もしそういう形での争い方がされていれば、少なくとも、「これは決議の内容の法令違反ではない」という切り方は免れたのではないかと思う。特に、本当に会社が端数処理を実行しなかったのであれば、株式の併合の効力を否定する必要性は高いのではないか。

また、裁判所は、(2-a)のようなことから株式の併合の決議が「著しく不当な決議」に該当する可能性は否定しなかったが、(2-b)のようなことから株式の併合の決議が「著しく不当な決議」に該当することはありえないかのような判示をしている。次の判示だ:

「そもそも株式の併合についての株主総会決議(会社法180条2項)においては,全部取得条項付種類株式の取得についての株主総会決議(同法171条1項)とは異なり,株式の併合により株式の数に1株未満の端数が生じる場合の売却額(会社法235条2項,234条2項)や買取りと引換えに交付される金員の額(同法235条2項,234条4項1号)などは決議事項とはされていない。……株式の併合の場合においては,株主総会決議とは別途の手続によって株式の価格を定めるものとされているところである。……本件においても,本件決議の際に,株式の買取りと引換えに原告に交付される金員の額についてまであえて決議したような事実はなく……,本件決議の後に,札幌地方裁判所が売却額を定めて売却を許可し……,これを踏まえて原告に交付される金員の額が定められたものであって,後に定められた金員の額の多寡によって本件決議が遡及的に『著しく不当な決議』となるというわけでもない。結局のところ,原告の主張は,実質的には札幌地方裁判所の上記許可決定に対する不服をいうものにすぎず,採用することができない。」

しかし、学界では、株式の併合についても、対価の不当は株式の併合の決議が「著しく不当な決議」に該当する理由になりうると考えられている(リークエ第5版397〜398頁[田中]、久保田・前掲書214頁)。裁判所が言うように、少数株主に交付される金銭の額は、端数処理手続を経て分かるものだが、株式の併合の決議の効力について考えるときには、少数株主に交付される予定額が相当かどうかを考えることになる(久保田・前掲書213頁)。たしかに、株式の併合の決議の場合、裁判所が言うように、1株未満の端数が生じる場合の売却額等は決議事項とはされていない。しかし、事前開示書類では、端数処理により株主に交付することが見込まれる金銭の額も記載事項とされるのであり(会社法施行規則33条の9第1号ロ(2))、この額が相当かどうかを考えることはできる。

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May 28, 2022

株主総会の議長としての権限行使の差止め

東京地決令和3・2・17金判1616号16頁では、取締役の違法行為差止請求権(会社360条1項)を被保全権利として、代表取締役が会社の定款規定にもとづいて株主総会議長を務める場合の、議長としての権限行使の差止めの仮処分命令の申立てがされた。同決定は、結論として申立てを認めなかったが、次のように述べて、そのような申立てが認められる可能性はある(株主総会の議長としての取締役の権限の行使は違法行為差止請求権の対象となる)とする。

 「株主総会の議長と会社との関係についての明文の規定は存在しないが、株主総会の議長は、株式会社の最高意思決定機関である株主総会の開会から閉会に至るまでの議事の全般に渡り、その秩序を維持し、議事を整理すること等の権限を有する(会社法315条)ことから、会議体である株主総会の一機関であるとともに、会社の機関の一つであるということができる。そして、株主総会ごとに議長を選任する煩雑さを回避するために、あらかじめ会社の代表取締役等が議長に就任する旨を定款で定めることも有効であると解されるところ、会社の取締役が当該会社の定款の定めに基づき株主総会の議長に就任する場合には、当該取締役は、会社の機関の一つであるといえる株主総会の議長としてその議事進行等の事務を行うこととなるから、その権限の行使は、会社の業務執行の一環であるとみることができるというべきである。そうすると、株式会社の定款の定めに基づき取締役が株主総会の議長に就任する場合には、当該取締役は、取締役としての善管注意義務(会社法330条、民法644条)として、議長としての権限を適切に行使し、株主総会を適正かつ公平に運営すべき義務を負うと解するのが相当である。
 そして、違法行為差止請求権の対象である取締役の法令違反には、取締役としての善管注意義務違反の行為も含まれると解されること、前記の株主総会の議長の権限には一定の裁量があると解されることからすると、取締役が議長に就任し、その権限を行使するに当たり、裁量権を逸脱濫用して議事の全般に渡り法令違反等の行為を行い又はそのおそれがあることその他の被保全権利及び保全の必要性の各要件の疎明がなされた場合には、当該取締役に株主総会の議長として権限を行使させることを許容するのは相当ではないから、取締役が株主総会の議長として権限を行使すること全般についての差止めを求める事も許容されると解するのが相当である。
 したがって、株主総会の議長としての取締役の権限の行使が違法行為差止請求権の対象になるというべきである…。」

このように、同決定は、定款規定にもとづいて取締役が株主総会の議長に就任する場合には、その取締役が株主総会の議長として議事進行等の事務を行うことは、「会社の業務執行の一環」であるとみることができることから、そのような者の議長としての権限行使の差止めも、会社法360条1項によって請求できるとする。ここでいう「会社の業務執行」というのは、取締役の職務の執行として行われる業務執行を指しているのだろう(ここでは、取締役の善管注意義務違反が会社法360条1項にいう「法令違反」として捉えられている。取締役が善管注意義務に違反したといえるためには、取締役が、取締役としての職務を、善良な管理者の注意をもって執行しなかったことが必要)。

しかし、定款規定にもとづいているにせよ、取締役が株主総会の議長に就任した場合に、議長としての権限の行使が、その者の取締役としての職務の執行にあたるということについて、上に引用した決定文では、十分に説明されていないように思う。同決定の先行評釈でも、同決定の部分の理由付けが説得的かということが主に議論されている。

ただ、この決定文を読んで私が思ったのは、このように、「そもそも株主総会の議長の権限行使は業務執行の一環である」といった議論をする必要はないのではないかということ。この決定の事案では、会社の支配権をめぐって現経営陣と反対派の間で争いがあり、反対派は臨時株主総会の招集を求め、現経営陣を解任しようとしていた。そういう状況で、現経営陣に属する取締役が、支配権を維持するために、株主総会の議長として裁量を逸脱した権限行使等を行うことは、善管注意義務違反であるといえるだろう。会社法360条1項によって、議長の権限行使の差止めが認められるためには、それで十分なように思うのだ。つまり、一般論・そもそも論として、株主総会の議長の権限行使は業務執行の一環であるといった議論をする必要はなく、具体的なその事案で、取締役が善管注意義務違反の行為として(善管注意義務違反の手段として)、議長としての裁量を逸脱した権限行使等を行うおそれがあるかどうかを問題にすればそれでよいのではないか、ということである。

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May 17, 2022

金商法197条1項1号にいう「提出した者」

金商法197条1項1号は、有価証券届出書や有価証券報告書などの開示書類であって、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者は、10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金に処し、またはこれを併科するものとする。ここでいう「提出した者」の意味については、いくつかの解釈があるようだ。

(a)「提出した者」=発行者を代表して有価証券届出書を提出した個人(代表取締役等)
:黒沼悦郎『金融商品取引法〔第2版〕』(有斐閣、2020年)211頁。神崎克郎ほか『金融商品取引法』(青林書院、2012年)577頁も同様

(b)「提出した者」=自然人を指し、経理部門の作成担当者・責任者のみならず、取締役会における承認者も含む
:長島・大野・常松法律事務所編『アドバンス金融商品取引法〔第3版〕』(商事法務、2019年)435頁。岸田雅雄監修=神作裕之ほか編『注釈金融商品取引法(4)〔改訂版〕』(きんざい、2020年)798頁[小野上真也=弥永真生]も同様

(c)「提出した者」=書類の提出義務を負う会社
:山口厚編著『経済刑法』(商事法務、2012年)209頁[橋爪隆]

(a)と(b)は、いずれも、「提出した者」を自然人とする。(a)は代表者のみを「提出者」とするが、その他に報告書の作成に関与した者も、共犯に問われる可能性があるとする(黒沼・前掲書211頁)。その上で、金商法207条が、両罰規定として、報告書を提出した会社にも刑罰を科すのだと捉えられる。

これに対して、(c)は、「提出した者」を文字どおり開示書類を提出した会社だとする。その上で、金商法207条の「その行為者を罰するほか」という文言によって、構成要件の主体が拡張・修正されて、開示書類の提出に関与した役職員が、同罪によって処罰されることになるといわれる(山口編・前掲書209頁[橋爪])。

たしかに、金商法の他の条文では、「提出者」「提出した者」という文言は、書類を提出した会社を指しており(たとえば、金商法5条2項2号・21条の2第1項)、法規定の解釈の仕方としては、(c)が自然なのかもしれない。しかし、(c)の解釈は、やっぱり分かりづらい。(c)の解釈からすれば、金商法197条1項1号を見るだけでは処罰される者が明らかにならず、207条の「その行為者を罰するほか」という文言を合わせて考えて、初めてそれが分かることになる。そういう解釈は、何というか、無駄にややこしいだけのように思える。

これに対して、(a)・(b)の解釈には、そういったややこしさはない。私個人は、こちらの方の解釈がよいと思っている。法規定の解釈は、すっきりしているにこしたことはないからだ。

裁判所がこのうちどの解釈を採用しているかというと、いろいろあるようだ。

たとえば、横浜地判令和3・3・12(2021WLJPCA03126006)は、重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出したとして、提出会社とその取締役が処罰された事例だが、「法令の適用」のところで、罰条として、取締役についても金商法207条が挙げられている。これは、(c)の解釈をとるからだろう。もし(a)または(b)の解釈をとるのであれば、取締役について金商法207条を挙げる必要はない。

これに対して、たとえば、西武鉄道の有価証券報告書虚偽記載に関する東京地判平成17・10・27(2005WLJPCA10270001)は、コクドの会長については、金商法197条1項1号と刑法60条だけを挙げる。これは(a)または(b)の解釈を前提とするのだろう。

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April 26, 2022

会社法181条の通知・公告と株式の併合のための株主総会決議

株式会社は、(単元未満株式以外からは1に満たない端数が生じない場合を除いて)株式の併合の効力発生日の20日前までに、株主・登録質権者に対して会社法180条2項各号に掲げる事項を通知するか、それらの事項を公告しなければならない(会社法181条・182条の4第3項)。

この通知・公告について、会社法の立案担当者による解説では、「株式の併合の決議をしたときは、株式の併合がその効力が生ずる日の2週間前までに、……併合の割合等を通知することとされている(会社法181条1項)」とされる(相澤哲ほか編著『立案担当者による新・会社法の解説』別冊商事法務295号(2006年)46頁。平成26年改正以前の文献なので「2週間前」とされている)。この記述からすれば、会社法181条の通知・公告は、株式の併合のための株主総会決議(会社法180条2項)よりも後に行われるものと捉えられているようだ。

しかし、会社法181条の通知・公告を株式の併合のための株主総会決議よりも後にしなければならないのかといえば、そういうことは、会社法の条文からは読み取れないように思う。理由は、以下のとおりだ。

(1)会社法181条1項には、「効力発生日の2週間前までに…通知しなければならない」と定められているだけで、それを会社法180条2項の決議の後でしなければならないとは定められていない。その点で、同項は、特別支配株主の株式等売渡請求に関する会社法179条の4第1項とは違う。会社法179条の4第1項では、対象会社は「前条第1項の承認をしたときは」取得日の20日前までに通知をしなければならないとされていて、同項の通知が株式等売渡請求についての対象会社の承認をした後でされることが規定上も明らかだ。しかし、会社法181条1項ではそのような定めはされていない。

(2)株式の併合の場合の株式買取請求権は、平成26年改正のときに、組織再編行為や一定の定款変更の場合の株式買取請求権と同様のものが定められたものだ。組織再編行為や定款変更の場合の株式買取請求権でも、株主への通知・公告が定められる(たとえば、会社法785条3項・4項。会社法182条の4第3項は、これと同様のルールを定めたもの)。そして、そちらの方の通知・公告は、組織再編行為や定款変更を承認する株主総会の決議よりも後に行わなければならないとは考えられていない。たとえば、合併の場合、合併承認決議よりも前にそのような通知・公告をすることも可能だし(江頭第8版907頁)、そうやって合併承認決議以外の様々な手続を先にやっておいて、合併承認決議の翌日に合併の効力が発生するというスケジュールで合併をすることも可能だ。株式買取請求は効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間にしなければならないが(会社785条5項)、合併承認決議よりも前に、株主総会における反対の議決権行使を条件とする株式買取請求(停止条件付の株式買取請求)をすることはできる(江頭第8版876〜877頁注7)。だから、株主からすると、たとえ合併承認決議の翌日に合併の効力が発生するとしても、株式買取請求権を行使できる期間が実質的に短くされてしまうということにはならない。株式の併合についても、以上と同様に考えられるだろう。

(3)キャッシュ・アウトに関する実務書には、会社法181条の通知・公告が株式の併合のための株主総会決議よりも後に行われるというスケジュールが記される(松尾拓也ほか『スクイーズ・アウトの法務と税務〔第3版〕』(中央経済社、2021年)235頁図表2-4-2)。実際に、上場会社の適時開示などを調べると、キャッシュ・アウトのための株式の併合が行われる場合、株式の併合の効力発生日は、株式の併合のための株主総会決議の日の3週間後に設定されている。これは、株主総会決議の後で公告をして、その20日後に株式の併合の効力が発生するというスケジュールを前提にする。しかし、こうなっている理由は、上場会社の株式が株式の併合によるキャッシュ・アウトに伴って上場廃止される場合に、株式の併合のための株主総会決議の日から上場廃止日(株式の併合の効力発生日の2営業日前。東証有価証券上場規程施行規則603条6号の3)までの間に一定期間を空けることが求められることからくるのであって(松尾ほか前掲書251頁参照)、これは会社法の規定の解釈とは関係がないだろう。

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February 12, 2022

商法576条3項と最判昭和53年4月20日

商法576条1項・2項は、運送品の滅失・損傷の場合の運送人の損害賠償額を定型化する規定であり、それに続く同条3項は、「前二項の規定は、運送人の故意又は重大な過失によって運送品の滅失又は損傷が生じたときは、適用しない」と定める。同条3項は、平成30年改正前の581条を現代語化したものだが、改正前の規定は、「運送品カ運送人ノ悪意又ハ重大ナル過失ニ因リテ滅失、毀損又ハ延着シタルトキハ運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と定めていた。つまり、現代語化によって、「運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」という文言が、「前二項の規定は、……適用しない」に変えられたわけである。

この両方の表現の意味は実質的には同じだと考えられたのだろう。しかし、私が気になるのは、この文言の変化によって、最判昭和53年4月20日民集32巻3号670頁の示した判例法理の一部が、商法の文言上の基礎を失ったことにならないかということだ。

同判決は、次のように述べる。

「おもうに、右五八〇条一項が運送品の価格による損害賠償責任を定めている趣旨は、運送品の全部滅失により荷送人又は荷受人に損害が生じた場合、これによる運送人の損害賠償責任を一定限度にとどめて大量の物品の運送にあたる運送人を保護し、あわせて賠償すべき損害の範囲を画一化してこれに関する紛争を防止するところにあるものと解される。したがつて、実際に生じた損害が右条項所定の運送品の価格を下回る場合にも、原則として運送人は右価格相当の損害賠償責任を負うのであつて、運送人に悪意又は重過失がありその損害賠償責任について同法五八一条が適用される場合にも、その責任が右価格により軽減されることがないのは、もちろんである。しかしながら、前記のような立法趣旨からして、右五八〇条一項は、運送品が全部滅失したにもかかわらず荷送人又は荷受人に全く損害が生じない場合についてまで運送人に損害賠償責任を負わせるものではなく、このような場合には、運送人はなんら損害賠償責任を負わないものと解するのが相当である。」

ここで私が気になっている部分は、上の引用の真ん中あたり、「運送人に悪意又は重過失がありその損害賠償責任について同法五八一条が適用される場合にも、その責任が右価格により軽減されることがないのは、もちろんである」というところだ。この判示によれば、運送人に悪意または重過失があり、改正前商法581条が適用される場合(「運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」とされる場合)に、実際の損害の額が改正前商法580条の定める額を下回るとしても、運送人の賠償額は改正前商法580条の額だということになる(商法580条の定める額は、運送人に悪意または重過失がある場合の運送人の賠償額の下限でもあるということ)。

最高裁の調査官の解説は、その理由を、次のように説明する。

「商法581条は、右の場合、運送人は一切の責任を負うものとし、同法580条の適用を全面的に排除しているようにみえるが、故意又は重過失がある場合の運送人の責任がその他の場合における責任より軽減されることは不合理であるし、損害賠償請求権者が580条所定の賠償額の支払のみを請求してきた場合には、実損害の程度を問うことなく、同条の定めるところによって賠償額算定するのが同条の立法趣旨にも合致する…。」(加茂紀久男「判解」最高裁判所判例解説民事篇昭和53年度200〜201頁)

たしかに、改正前の581条の「運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」という文言からすれば、以上のように解釈をするのも、無理ではなかったのだろう。しかし、平成30年改正後の商法576条3項は、「前二項の規定は、……適用しない」と定めており、その文言からは、むしろ、運送人に悪意または重過失があれば、商法576条1項および2項の適用が「全面的に排除」されると解釈するのが素直なように思われる。また、以上の点についての最判昭和53年4月20日民集32巻3号670頁の判例法理を維持するのであれば、商法576条3項の文言は、むしろ、それをダイレクトに反映する表現に改められるべきだったのではないかと思う。

それでは、平成30年商法改正のこの部分の文言の変更が、判例法理の一部の無効化を意図したものなのかというと、これがよく分からないのだ。松井信憲=大野晃宏編著『一問一答平成30年商法改正』(商事法務、2018年)や、野村修也「国内陸上物品運送に関する改正」ジュリスト1524号(2018年)20頁以下にも、以上のようなことについての説明を見つけることができなかった。私が見落としているだけなのかもしれないけれど。

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