武家の女性世界でいちばん受けたい授業

March 02, 2009

わが国に経営判断原則は存在していたのか

商事法務2月25日号が届いたので、森田果「わが国に経営判断原則は存在していたのか」を読んだ。この論文の主張は、次のようなもの。

「しかし、本稿はむしろ、わが国の裁判例においては、思想[原文では傍点付き]としての経営判断原則はこれまで存在していたことはなかった、と考える。ここで思想[原文では傍点付き]としての経営判断原則とは、たとえば、『経済の専門家ではない裁判所が、事後的に役員等の責任を問うてしまうと、経営を委縮させ、かえって会社や株主の理9駅にならない』といった理論的な根拠に基づいた法ルールのことである。本稿は、わが国の裁判例においてこれまで展開されてきた『経営判断原則』の実態は、この法ルールの形成主体である裁判所や当事者の行動メカニズムに着目することによって、より的確に説明することができるのではないか、という仮説を主張したい。」(商事法務1858号4頁)

「裁判所や当事者の行動メカニズム」というのは、次のようなことを指す。委任契約における債務者の善管注意義務違反の認定においては、(1)善管注意義務のレベルの高低と、(2)債務者に認められる裁量の幅の広狭が問題になる。たとえば医療過誤の場合と経営者の責任が問題になった場合とでは後者の方が原告の分が悪いが、それは、上記(1)の注意義務のレベルの差によるのではなく、(2)の債務者の裁量の幅の広狭による。医師よりも経営者の方が、裁量の幅が広いのである。同様に、「法令違反行為には経営判断原則が適用されない」ということも、そのような法令違反の事例では経営者の裁量の幅が狭いがゆえに責任が認められやすいのだと説明できる。また、整理回収機構が原告になって破たんした金融機関の役員を訴えた場合に勝訴率が高いのは、そもそも金融機関の役員に認められる裁量の幅は通常の会社の経営者よりも狭いことに加えて、整理回収機構が「筋の良い」事案をセレクトして提訴していることと、整理回収機構が証拠を容易に収集できることによる。

以上を要するに、経営者の裁量の幅の広狭によって、法令違反行為が問題になる場合には経営者の責任が認められやすく、そうでない場合には経営者の責任が認められにくいというだけのことだったものが、あたかも、「経営判断原則が存在する」ように見えていただけだ、というのが、同論文の骨子(だと読みました)。

以下は感想。善管注意義務のレベルの高低と、債務者に認められる裁量の幅の広狭を明確に分けて説明をするやり方は読んでいて勉強になったし、同論文の「仮説」も、そうかもしれんねーと思わせられる。一方で、なんだか釈然としないのが、次の点。同論文では、日本と対比された米国には「思想としての経営判断原則」が存在したとされている(ようなのだ)が、そこで紹介されているのは、契約理論による説明であったり、学界で言われている経営判断原則の根拠だったりするもので、「判例上提唱されている経営判断原則というものの機能や根拠は、これこれこういうふうに説明・正当化できる」という類の議論だ。そうすると、米国においても、別に「思想としての経営判断原則」が存在するのではなく、その点は日本と変わらないのではないかとも思える。まさか同論文を書く際にこういったことを彼が考えなかったわけはなく、そうすると、少なくとも私のような一般読者には、伝わっていない何かがあるのだということになる。

要するに、「わが国の裁判例においては、思想としての経営判断原則はこれまで存在していたことはなかった」と言われても、その意味が十分に説明されているようには思えないし、わが国で「思想としての経営判断原則がこれまで存在していたことはなかった」のだとしたら、米国でも同じではないのかと思える。彼が従来の議論のあり方の何にどう違和感を抱いたのか、また、そのような違和感に意味があるものなのかが、よく分からないのだ。

assam_uva at 14:37││研究 

この記事へのコメント

1. Posted by くろぬま   March 05, 2009 01:57
ひとのブログに書くのもなんですが、同感です。
2. Posted by いとうY   March 05, 2009 10:08
コメントありがとうございます。奇しくも同じ日付の「isologue」の記事で同じ森田論文が扱われてるんですが、「そもそも日本に経営判断原則がなじむのか」とかいった、森田論文の趣旨からはだいぶズレた議論が展開されてるんですよね。「わが国に経営判断原則は存在したのか」というタイトルの問題もありますが、森田論文で論じられている事柄や、論じ方(こういうふうに見えていた現象というものは、実はこういう現象だった)というものが、多くの読者には分かりにくいのだろうと思います。
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