Paka Paka ブログ ~きみの世界をおもしろく~

 発達しょうがいを持つ子どものABAを中心としたる個別療育と家族支援をするべく、2011年10月から愛知県武豊町を拠点に、知多半島を中心に活動しています。  発達しょうがいを持つ子どもたちの世界が少しでも面白く、楽しいものになるように、みんなで考える場になればと思っています。

2012年09月

この度、社会福祉法人 愛光園 知多地域障害者生活支援センターらいふ様より講師の依頼を受けました。
興味のある方は、来てください。

1. 日 時    平成241128() 10301200
2. 場 所    阿久比町中央公民館 (阿久比町大字卯坂字殿越50番地)
3. 内 容    講演会「家庭療育ノススメ」
4. 対   象     知多圏域の発達障がいのある子どもの保護者
5. 講 師     PaKa PaKa 代表 土肥 克也氏   
5. 定  員    30名程度 (先着順)
6. 費  用    無 料
7. 申し込み   下記のメールに、件名を「家庭療育講演会の申し込み」とし、①お住まいの市町村 ②参加者氏名 ③子どもの名 ④
            子どもの年齢 ⑤子どもの障がい名 ⑥連絡先(TEL)⑦質問事項(ある方のみ)を記載し送信してください。
8. 問合せ先    社会福祉法人 愛光園 知多地域障害者生活支援センターらいふ

            ※ 研修への参加の可否についてのご連絡は、お断りの場合のみご連絡します
           Tel  0562-34-6609   Fax  0562-34-6618
           Mail  higasi-sa@aikouen.jp   障害児等療育支援事業   担当 東(ひがし)

先日26日、武豊町思いやりセンターで子育て支援課主催のファミリーサポート会員さん会員さん向けに
「発達しょうがいって何?」というテーマで、PaKaPaKa代表の土肥が講師としてお話させて頂きました。


まずは、発達しょうがいの分類や特性。関わり方のコツを主人が。
そして、発達しょうがいの子どもとその母親がどんな気持ちで、どんな世界で生活しているのか、私自身も少しだけ、体験談を交えてお話させて頂きました。


皆さんとっても真剣にお話を聞いてくださって、本当にうれしかったです。

この町でも、発達しょうがいの子どものファミサポ利用が増えています。
健常児でも、小さい子を預けるには抵抗を感じる母親が多い中、子どもにしょうがいがあればなおさら母親は大変です。簡単に預けることはほんとに難しい。。ていうか、ほとんどどれは出来ずにママは頑張っています。

でも、物理的に困ったときに助けてもらえる場所がある。
これは、その家族にとって、とても大きな希望です。将来に繋がる希望です。

これを機会に、地域で、発達しょうがいをもつ子どもとその家族を見守る人が少しでも増えていってくれたらうれしいですね。

今日も、参加してくださった方とすれ違ったときに、
「ほんとにいいお話を聞かせてもらいました。私たちに出来ることがあれば、いつでもいってね。もっとたくさんの人に聞いてもらいたいわ」
といってくださいました。

これほどうれしいお言葉はありません。
こんなに素晴らしい機会を下さった子育て支援課の皆様、そしてご参加くださった皆様。本当にありがとうございました。

そして、話は変わって、オーラソーマ講座3回目。25日に武豊町、中央公民館で行いました。最後の会となりました。
たくさんのボトルたち

今回も4本のボトルを選んで、色の意味を知りながら、チャイルドセットのボトルがあらわすメッセージと子どもの発達段階と照らし合わせながら、お話を聞きました。

お話を伺いながら、子育てにおいて、7歳までに固めるべき基盤とか、9歳までに固めるべき基盤とか。
親はとにかく「ちゃんと教えなきゃ!!」と必死になりがち。
でも、その必要な基盤はしょうがいがあってもなくても同じ。

そういった一番大事にしなければいけない部分って、療育に必死になると忘れちゃうこともある。

そんな、一番大切なことを、改めて教えてもらえたのが、印象的でした。

参加した方も、1回目、2回目、3回目では選ぶ色が違っていて、心境の変化も少し垣間見れたようです。

とても癒された時間となりました。

3回にわたって講師をしてくださった樋口さん。本当にありがとうございました。

私は以前介護士として働いていたときに、介護士の仕事における役割って目に見えないところで、大きな力を発揮するものだと感じることがよくあった。

ヘルパー講習の講師をして、初めての事例検討で頭を悩ませる受講生に、
「難しかったひと~」と問いかけると、たいがいの受講生は不安そうに手を挙げます。
中には、「この仕事ができるかどうか不安になった」という方も出てきます。

でも、それって当たり前。

人の生活とか、人の人生に関わる部分の支援をしているのです。
簡単に答えがでるなら、それは間違いです。

基本は自己決定で、ヘルパーはそれが出来るよう環境を整える役割があります。


不安そうにしている受講生に「それでいいんだよ」と私はいつも伝えます。
大切なのは、利用者本人が今できることを的確に見極め、それが出来る環境をいかに整えるかということ。



話は変わりまして、今月はじめ、私の父が亡くなりました。
持病の悪化で、6月から入院をしていましたが、お盆あたりから状態が悪くなり、あっという間に逝ってしまいました。

5月の連休明けから、入退院を繰り返し、持病が悪化して、合併症が進んでいることがわかったとき、
私はうすうす、そんなに長くもたないだろうと思っていました。(余命宣告をされたわけではありませんでしたが)
簡単に治る病気ではないことは分かっていました。

でも、母は、病気がどんなものかを理解できないのと、あまりの急な変化を受け入れることが出来ずにいました。

多分、昔の私だったら、「この病気はね・・・」と母に一生懸命受け入れるように説明を繰り返したでしょう。

でも、長男のしょうがいと向き合った経験から、受け入れられない母の辛さを責めることは出来ませんでした。
そして、間に入ってくれたケアマネさんが、私の両親の夫婦仲をとにかく大事に考えてくれる人で、
大切なのは、病気を理解するってことじゃないなと思うようになって。だから、あえてそういう話はせずに、母の不安を軽減すること、そのために出来ることを考えました。

父が6月末に、手術後からの出血が止まらず、ふらふらの父を、何度も病院へ連れて行った母。
最初は看病とか介護とかいう響きにも戸惑いを隠せなかった母が、
自分を必要としてくれている父の存在の大きさに気づき、毎日バスで片道一時間半かけて病院へ通ってくれたこと。

離れて暮らす私が出来ることは少なかったし、ほとんど何にも出来なかったけれど、
間に入って、二人の関係を温かく見守ってくれる人がいて、退院してからのことを不安に感じないように、いろんな相談に乗ってくれる人がいるということ。

大変な中でも、少しでもその不安を取り除ける環境の調整をすることが、唯一私がしてあげられる事でした。

でも、正直とてももどかしかったし、やっぱり状態が悪いっていうことを電話で聞くと、近くにいてあげられない辛さで落ち込み、体調も壊してしまったり。また、そんな自分がまたいやで・・。精神的に結構きついのもなかなか人に話せず・・・.。辛い時期でもありました。


でもきっと、病気を理解してもらおうと私が必死になっていたら、父と母の最期の二人のあたたかい時間はなかったかも知れません。

最期の日。
母から電話が掛かってきました。
「今日病院から電話で、緊急のときはどうやってくるか?と聞かれたの。これってもう長くないって事だよね。私はもう覚悟したよ。あんたも、もう覚悟してると思うけれど、覚悟しなさいね」
と母からの言葉。

私は、母が落ち着いて、状況を受け入れられていることに少し安心しました。

その電話を切った後、すぐに電話が掛かってきて、
「今病院から電話があった。いってくるから」と。

その日は、私が浜松へ向かう直前まで、先生から積極的治療についてどうするかを電話で聞かれたりしていましたが、結局すぐに血圧が下がり、それは不可能との判断で、夕方必死に車を走らせました。

30分、間に合わなかったけれど、ほんとにたくさんの親族に囲まれて、最期まで意識もはっきりと、酸素マスクもつけずに、穏やかに、安らかに、父は亡くなりました。

まるで、母が落ち着いて覚悟をすることができたのを見届けたように。

精神的に不安定な母を、いつも何も言わずに見守っていた父。

お盆の帰省時、お見舞いのとき、珍しく娘婿である私の主人を病室に呼び出し、やせ細った手で、強い握手を交わし、
母に目をやり、もう一度主人の目を見て、一言だけ「頼むな」と言ったそうです。

入院してから70日間は、父と母にとって、私たち家族のこれからにとって、とても大きな意味のある70日間だったと思います。だから、私たち家族も、父亡き後、そこまで落ち込まずに過ごせることが出来ているように思う。

父のケースは、ターミナルケア的な部分が強いですが、人と人が落ち着いて向き合える環境を作るということ。
そのために必要な支援というのは、目に見えない部分がとっても多い。

でも、そういう支援があってこそ、本当に今しなければいけない支援が活きてくる。
それをするためには、高いアセスメント力があってこそ。
今の状況をいかに正確に把握できるかが鍵です。


しょうがいを持つ子どもと母親の関係もそう。

環境を整えるということを、母親だけで行うことはとても困難。
客観的に、状況を捉え、問題を一つ一つ解決する方法を見つけることももちろん大事。

でも、そこに落ち着いて向き合うために必要な支援は何であるのか?

大変なのは当たり前ではなくて。

同じ経験をしたものとして、少しでもその環境をよくするお手伝いを。
PakaPakaを通じて、これからもしていけたらと思っています。

亡くなった父は、55年間、同じ造船所で勤務していました。
船を作る大工でした。
とても技術のある職人で、若いころは地元の大手のメーカーからよく独立を促されたそうです。


でも、父は早くに親をなくして、進学できずに働き始めた学のない自分と、まじめでやさしすぎる自分を分かった上で、会社の縁の下の力持ちを全うしました。

そんな父は、いつも子どもの私に
「楽な道と困難な道があったら、困難な道を選びなさい。それを乗り越えると必ずおおきくなれるから」
「自分のことより、人のことを考えなさい。人にしてあげたことは、必ず回りまわって、自分に帰ってくるから」
と言っていました。

父はきっと見えない部分での大きな役割を全うし続けたはずです。私はそんな父を心から誇りに思います。
ケアマネさんも、「12月になったら仕事に行くんだといっていました。とても希望のある人でした。」と涙ながらに言ってくださいました。

これからも見えない部分で、黒子になっったつもりで、大事な部分で動ける。
常に希望を持ち続けながら、支援に取り組める。そんな支援者でありたい。

秋空を見上げて、そう心に誓う今日この頃です。



さて、来月の自然教室、まだ若干空きがありますよ~♪
参加希望の方はお早めにご連絡くださいね♪

みんなで静かな里山の中で、ゆっくりゆったりと子どもと向き合って見ませんか?

日々の療育や子育てに活かせるヒントがきっと見つかりますよ~。

皆さんのご参加、お待ちしております~!!

 2語文、3語文で言葉も伸びてくると、今度はこちらの情報に対して答えて欲しい。

 情報に対して答えるやり方はいろいろあると思うけど、私はクイズ形式で行っている。
 やり方は、絵・写真カードを伏せながら、クイズを出して答えてもらう。
例えば・・・バナナの絵カードを机に置き、手で伏せながら、「黄色で長いくだものなんだ?」とクイズを出す。わからなさそうならば、絵をチラッと見せて答えてもらう。
 答えは「バナナ」でも「パイナップル」と違う正解を答えても、それはそれでよしとする。

 結構楽しくできるのでよく使います。

 ただ、絵を見たくて、机に置く前に盗み見されたり、答える前に手をどけようとすることに必死になる子もよくいる・・・
 

だんだんと秋の風を感じるようになってきました。

でもまだまだ暑い~。皆さんお元気ですか?

Paka Pakaも任意団体としてスタートしてから、10月で一年を迎えます。

Paka Paka 1周年記念としてイベント企画しました!!


 『季の野の台所』で秋を遊ぼう!
季の野のピザ
季の野の石釜


日時:平成24年 10月13日 (土) 10:00~14:30

場所:季の野の台所 
http://kokokonohatake.p1.bindsite.jp/
                     愛知県知多郡美浜町布土字豆池23

対象:就学前~小2まで 発達しょうがいを持つ子どもとその家族

会費: 会員 大人子ども一人につき1500円 
(会員:非会員とも3歳以下無料)
    非会員 大人子ども一人につき2000円

内容:稲刈り体験
   玄米酵母もパンとピザを石釜で焼こう!
   ヤギと犬とお散歩
   動物のお世話体験

5月に行った自然教室の2回目です。
今回は、季の野の森に新しくできた石釜で、パンやピザを焼きますよ~♪

また、日ごろできない体験としては、稲刈りの体験もできます!!

前回思ったのですが、我が家の子どもたちも、遠くで泣いているロバの声などをしっかり記憶していました。
里山の中で、普段の街中のざわざわがない分、五感を働かせて、遊びに没頭していたんだなあと感じました。

必ずしも、みんな同じ動きをしなくても大丈夫。

自然の中で、自分の好きな遊びを発見することを、大切にしています。

このごろ「原体験」という言葉をよく聞きます。

本当に、「えっ!ここにこんなものが?」
っていう発見は、本当に大切。そんな次に繋がっていく経験が出来る素敵な場所です。

前回の反省点も踏まえ、私たちもPakaPakaの仲間とボランティアさんで、みんなが楽しめるにはどうしたらよいか、いろいろ話し合いを重ねています。

場所慣れに時間が掛かるお子さんのためのおもちゃなども用意していますので、
興味のある方は、お気軽にご参加くださいね。

また、行きたいけど、下見が出来たら・・・という方のために
下見会も企画しています。

下見会・・・9月30日 13:00~13:30 季の野の台所にて

自然教室参加希望の方で、下見会も参加希望される方は、その旨も連絡ください。
集合場所など、こちらからご連絡させて頂きます。

また、当日、場所が分からなくて不安。。。という方は、朝9時45分に美浜町体育館前で待ち合わせて一緒に行きますよ。場所が分かっているメンバーが案内しますので、ご安心ください。

申し込みは pakapaka_aba@yahoo.co.jp まで、
① 名前 ② 人数 ③連絡先をお伝え下さい。

皆さんと楽しい秋を楽しめることを楽しみにしています!
皆さん。是非、ご参加ください♪ 








   

久々のママコラムとなりました♪

このごろ、「いじめ」のニュースが後を経ちませんね。

いろんな人がいろんな考えを述べていますが、私も発達しょうがいがある長男が来年就学ですので、
他人事ではありません。

不安がないといったらうそになります。(小学校でも養護でもね)

「現代の子どもたちはおかしい」

とか、そんな言葉で済ましてしまうのも何か違う気がするんです。

しばらく、いろいろなことが頭を巡らせていました。

そんなときに、私の心に何か引っかかる・・・ そんな気にさせられたのは、smap木村拓哉さんのコメントでした。

「もう大人は当てにならないんだ。子どもたちが自分自身でなんとか解決するしかない」
というようなものでした。

簡単に聞けば、?って思う人もいるかも知れません。

私もしばらくこの言葉の意味を考えていました。

O市の事件については、生徒のアンケートや聞き取りで、勇気を持って事情を話してくれた子どもたちがいました。先生に何度も訴えていた子どももいたといいます。

事件を未然に防ぐことは出来なかったけれど・・。


でも、その声は大人たちの意向で一度消されてしまった。
これは、あの痛ましい事件と同じぐらいひどいことだと、私は思うのです。

やっぱり、こんなひどい状況でも、事の重大さを理解し、勇気をもって声を挙げた子どもたちがいたという事実。
その強さをもった子どもたちであれば、自分たちで解決に向かうことがでできるんじゃないか?ということなんだと思うんです。

事件をどう解決するか?ということと平行して、今、大人がこの子たちにしっかりと向き合うことができなければ、きっと一生大人を信用できなくなるでしょう。



「いまどきの子どもは・・」という大人。「大人は信用できない」という子ども。



大人と子どもの境っていったいどこにあるんだろう?



私の両親も古い世代の人間ですから、「親は絶対」という考え方を持っています。
もちろん今両親には感謝をしていますが、その考えに反発したこともありました。(今もたまに思うことありますけどね笑)



でも、私が大人になって思う。


「大人ってそんなにすごくない」


大人として自覚を持つことは大事だけれど、それを振りかざして子どもと向き合うのではなく、
一人の人間として、誠意を持って向き合うこと。
それが何より大切なことなんじゃないか?



長男の保育園交流で、保育園の年長クラスに月に一度お邪魔している。
大きな保育園で、障害児保育も行っていない大きな保育園。

でも、なんとなくわかって、長男に手を差し伸べてくれるこどもたち。

そんな子どもたちを見ていると、「子どもってほんとに優しいな」って思う。
みんな、素直な気持ちとやさしさをしっかりと持っている。

発達しょうがいをもって生まれてきてくれた長男の子育てを通して、子どもと向きあうこと、受け入れることの大切さと一緒に笑うことの大切さを教えてもらいました。


もしかしたら、健常の子育てでは、当たり前に過ぎて行ってしまうことかもしれないけれど。

大人と子どもしてではなく、一人の人間として、自分が試されていると感じることがとても多い。

いじめは絶対いけないことだし、もう悲しい事件を繰り返さないためにも。

大人として、一人の人間として。

しっかりとこどもと向き合い。

子どもたちが安心して、自分の意見を言えて、そしてそれを受け止められる環境を。

物理的な環境ではなく、人的環境を整えなければならない。と切に思う。


子どもたちをどうするかではなく、今、大人が試されているのだと思うのです。



そんなでかいことを語りながら、私は、まだまだだなあ。。。

朝登園時に、このごろ泣く次男に手を焼きながら。
長男のことばかりではなく、この子にしっかり目を向けなければと思いながら。

そのために何をすべきかを、いろいろと考えながら。

やっぱり子どもに育てられている大人な私は、小さいなあと思うのです。















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