アシスト 社長のブログ

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2008年09月

メキシコの警察はあまり信用できない

━メキシコの旅 ━   1992.3(26年半前、名古屋中南米音楽愛好会掲載された旅雑記です)

<メキシコの警察はあまり信用できない>
僕と同様、中南米を旅してきた人が異口同音にいうのは、メキシコのみならず、中南米全域で旅行者にとって一番恐いものは本来、私たちを守ってくれるはずの、ナント、ナント、警察なのです。

メキシコには日本のような暴力団やアメリカのマフィアのようなのはいません。でも、その替りをチャッカリと警察がその役割を果たしています。警察官は恐喝をしたり、また麻薬や売春まで管理しているように思えます。

こんなことは日本人にはとても理解しにくいことですが、長年、現地で在住の人ではなかば常識といったようにうけとられています。

例えば、某日本人が公園でメヒカーナとデートしていて500ペソも巻き上げられたり、なんにも交通違反をしていないのに50ペソ取られたり、また路上で働く女性からパトカーからおりてきた警官がお金をとっていたなどなど・・・・・。

あとで親しくなったメヒカーノに聞いたら末端の警官はそうして巻き上げたお金を上司に上納し、その上のポストをもらうということでした。まるでマフィア組織のように。

旅行計画中の皆さん、警察にはくれぐれも注意デスゾ。

◆帰国後に、日本の警察庁長官にあたる人がメキシコで交代しました。そうすると大体は前の警察庁長官が「汚職・密輸・麻薬」で摘発されて逮捕されます。これは民主的だからではなくて、前の警察庁長官の汚職の仕組みを壊して、新しく警察庁長官になった人が新しい利権構造を作り出すために行われるみたいです。
◆中日文化センターのスペイン語の先生に、「メキシコにおける警察官の罰金の現金徴収」の事を聞きましたら、「日本のように交通裁判所まで行って罰金を納付するよりか便利じゃない」と言われました。仮にそうだとしても、なぜ領収書は出ない!またこのお金は何処に行くの!

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メキシコのフィエスタは楽しかった。

━メキシコの旅 ⑧━   1992.3(26年半前、名古屋中南米音楽愛好会掲載された旅雑記です)

<フィエスタは楽しいゾ>
自宅フェスタ0005日本の形式ばったパーティーと違って、メキシコのフィエスタには楽しさがいっぱいあります。それは主催者が全てを用意し、部屋の中や庭、ガレージなどで軽いつまみをとりながらお酒を飲んで踊り明かすのです。

踊ることにあまり慣れていない日本人は最初どうしてもとまどいがちですが、慣れるに従いほんとに楽しくなっちゃいます。

僕も最初の頃は招待されるばかりでしたが、それまでの返礼の意味もこめて私が借りていた大きな部屋で3回フィエスタを企画し、大きな音量でデイスコ曲をかけて踊り歌い飲んで大騒ぎをしました。フェスタ②多い時は28人も集まってくれ、本当に楽しかったです。人生の楽しみ方のうまいメキシコ人Viva Mexico!



ここでの出会いにより日本の一流商社マンと中国系メキシコ人が結婚して東京で暮らしています。幸せづくりのお手伝いをしたのだ。

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セニョール、メヒカーナは情熱的だョ。  そして <メヒカーナはお固いよ>

━メキシコの旅━   (1992.3名古屋中南米音楽愛好会掲載された旅雑記です)
<メヒカーナは情熱的だョ>
美人一般的に、ラテン系の人々は情熱的だといわれていますが、とりわけメキシコ人はすごい情熱家でしかも陽気です。 いつも恋と喧嘩に熱く、人生の楽しみ方をもっともよく知っている人達なのです。若い男女は、いたるところでアツーイ抱擁とキスをくりかえし、夜ともなれば街中が愛と恋の園に化す程です。

そして恋人たちの手の組み方、ベンチでの過ごし方、キスのうまさはほとほと感心させられます。また、男たちは酒を飲んではささいなことでよく喧嘩をします。喧嘩の時には「イホデ・プータ」「ピンチェ・カブローン」と悪い言葉を使います。

こんな熱い国民性のため、格闘技をみるときには必ずその入り口でボディーチェックが行われ、高級なキャバレーでは係員によるピストルやナイフのチェックがあるほどです。そしてまた、闘牛熱でも、本場スペインをはるかにしのいでいます。

これ以外の国民性には、あまり働かない、時間にルーズ、約束を守らない、他人のものをよく盗む等があげられますが、メキシコでの生活や旅をより楽しくするためには、こうしたことに自分が慣れていくことです。

<メヒカーナはお固いよ>
メキシコの恋人たちは本当にキスを上手にやります。これは子供の頃からの親子と兄弟でキスの習慣があるという理由の他にもう一つ秘密があるからです。
メキシコではその風習で、気軽にキスしたり、女の側から誘惑したりしますが、カトリックの教義が強いせいでなかなかそれ以上に進行しません。
男の側では進行させるために結婚を決意しなければならないので、自然にそのプロセス時間が長くなってしまい、その間、男と女の1つの芸術の創造としてキスがうまく行われると思うわけです。

余談ですが、女遊びをして帰国する日本人が、メキシコ空港で怒ったお父さんによりピストルで撃たれた(?)という話しを聞いたことがありますが本当は…。しかしながら他の欧米文化の浸透によって、こういった国民性も変化してきつつあるのも事実です。

(次回を楽しみに)清須市のアシストのホームページ   
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親切で、親日的なメキシコ人

━メキシコの旅Θ  1992.3(26年半前、名古屋中南米音楽愛好会の旅雑記です)
自宅フェスタ0004写真の一番左が私です。
メキシコ市で私が借りていた家賃で4万円のマンション内の写真です。日本人は左から天理教大学の学生と上智大学の学生とスペイン語を単身で学んでいた人です。そして外国人はメキシコ人ではなく同じマンションのコロンビア人です。

自宅フェスタ0005メキシコを旅した人なら幾度もメキシコ人の親切さに触れ、また助けられたことがあるでしょう。
道を尋ねれば、熱心に教えてくれ、宿泊するホテルがないときには自分の家に泊めてくれたり。そして、親しくなったメキシコ人は食事やフィエスタで家に招待してくれたりします。
しかもそれには他意がなく、あえてあるとすれば親愛と特別な親日感情だけなのです。メキシコは観光国ですから一般に外国人に対しては親切ですが、日本人に対するそれは、また特別なものがあるように感じました。

一部、欧米志向のエリート層は別としても、メキシコ国民大衆の日本や日本人への共感や親日感情にはかなり熱いものがあります。

日本は欧米と異なる東洋の島国であるにもかかわらず、自由世界第2位の生産高があり、高い技術と文化・芸術を持ち、勤勉で頭のよい日本人へのあこがれや共感があるみたいです。

とりわけメキシコは歴史的には米国に国土の半分を奪われ、未だにアメリカ資本によって経済的に支配され、‘米国の裏庭化’されているものだから、当然にも国民的な反米感情は根強く、この反米感情もあいまって、東洋の島国で同じ皮膚の色をした日本人への強い共感となっているようです。

◆ちなみに名古屋市とメキシコ市は姉妹都市でもあります。

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彼女の案内でメキシコ観光へ

━メキシコの旅エ   1992.3(26年半前、名古屋中南米音楽愛好会に掲載された旅雑記です)
アンブルゴ学院アンブルゴ学院のクラスメート達です。




全く偶然の出会いは日本人経営のレストラン「さつき」でした。思い出せないけれど、どこかで見覚えのある日本女性がウェイトレスとして働いていて、その女性も「どこかでみたことのある男」だと考えているよう。そして食事が終わり、食器を片付けに来た彼女とのちょっとした雑談がきっかけで「あぁー、あの時の人」となったのでした。

それは日本から遠く離れたメキシコの地で9年ぶりに再会したのでした。思い出せば彼女は僕と同じ大学の後輩でメキシコの地で働きながらスペイン語を勉強していたのです。そしてまた、これも偶然なのですが彼女の住まいが驚くことに僕が泊っているアンバサダーホテルからナント50メートルもはなれていなかったのでした。

彼女のガイドによって市内の名所見所や、市の郊外にある観光地への旅、そして長期に亘ったメキシコ北部・カリフォルニア半島・メキシコ南部・ユカタン半島へ、またグァテマラやホンジュラスへの旅をしました。メキシコで旅しなかったのは第二の都市グアダラハラくらいです。

<メキシコにあるスペイン語学校>
メキシコには2つの大きなスペイン語学校があります。そのうち1つはソナ・ロサにあるアンブルゴ学院です。メキシコ人に英語を教えるとともに、外国人にスペイン語を教えています。

1クラス15人前後で他の外国人と共に勉強するのです。都心にあって学費も高いので、商社マンやお金をたくさん持っている若者が多いようです。

もう1つはメキシコ国立自治大学(U.N.A.M)にある外国人のためのスペイン語クラスです。ここでは、やはり外国人と一緒に30人ほどの日本人の若者が勉強していました。スペイン語を勉強する動機や目的は、人それぞれでまた熱の入れ方も異なっていたわけですが、一様にみんな楽しそうでした。

僕も久しぶりに学生の時のような気分で4ヶ月ほど通ってみました。その時、宿題は苦痛でしたが、何といっても一番の楽しみはクラスメイトと雑談したり、また食事をしたりすることでした。

◆写真はスペイン語を勉強するために通ったソナ・ロッサにあったアンブルゴ学院でのクラスメートの人達です。15人ほどの学生達は欧米の人達と日本人です。

私は後ろの一番左です。前の日本人男性は自称画家、その右がやり手の商社マン、その右が東京から来て乗用車を持っていた藤井さん。そして後ろの男性が神戸でメキシコレスランを経営している玉利茂樹さん、その左の日本人女性が東京から語学勉強にきていました市原節子さん。

《但し、2006年にメキシコ市に旅した時には廃校になっていてありませんでした》

次回の更新では約1年間に亘ったメキシコ生活の内から感じとったものをいくつかご紹介いたします。


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