アシスト 社長のブログ

清須市の不動産会社 創業36年 株式会社アシストの社長が書き綴ったブログです。 にほんブログ村 経営ブログへ
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2015年02月

モロッコ旅行の原価が10万円を切っているのは本当 !?

モロッコ旅行の原価が10万円を切っているのは本当 !?

偶然ですが飛行機の隣の席の人が有名な旅行会社のモロッコ駐在所の所長でした。その所長さんの話によるとモロッコ旅行の原価は1人10万円を切って企画するそうです。何とビックリです。

だから私なりに試算してみました。
 ̄復の飛行機代2万円(片道1万円)
現地の9泊分の宿泊費・朝夕食費2.7万円(1泊3千円)
8獣牢儻バス・添乗員・助手2名費が3万円
て本の添乗員・正規社員費2万円(委託であれば1万円)
・・・私なりに試算してみましたが、こんなもんではと思います。だから利益率は50%〜70%になるわけです。参加者さえ集まれば旅行会社は儲かる仕組みになっています。そして『参加者6名から催行』などはリスクの保全をチャッカリしているわけです。集まれば催行、集まらなければ中止するわけです。燃費もサーチャージ料で確保するために、航空会社が破綻しても旅行会社は儲かる仕組みなのです。

JTBなどでドイツ・東欧4ヵ国旅行が149,800円で販売されています。これも原価は10万円を切ってと思います。。

1月中旬〜2月末日頃の寒い閑散季節に飛行機は「空気を運んでは」遺憾し、ホテルの従業員を一時解雇しホテルを閉じるわけにはいきません。例え1人のお客様からでも1円でも儲けなければならないわけです。飛行機会社もホテルも閑散季節には安くして、繁忙期でどんと儲ける仕組みなのだと思いました。

ここを知りつくし、儲かる仕組みを創り出し成長したたのが、あのH・I・Sの澤田会長なのです。


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株式会社アシスト
 会 長   寺澤立夫

株式会社アシスト住建
 代表取締役 寺澤立夫
ERA新ロゴ アシスト
愛知県清須市の不動産会社アシストのHP

モロッコ旅行記・・・『メクネスとシャウエンと首都ラバト』

古都フェズの次には、モロッコにあるローマ都市遺跡では唯一の世界遺産であるヴォルビリス遺跡です。最盛期には2万人の人々が住んでいた。このヴォルビリス遺跡が世界遺産です。

遺跡1遺跡2CIMG6414





次にメクネスでは、エディム広場に面したマンスール門やムーレイ・イスマイル廊を訪ね、キリスト教徒が弾圧されて数千人が閉じ込められていた地下牢を訪ねました。メクネスも世界遺産です
CIMG6418CIMG6419CIMG64312CIMG64251CIMG64244CIMG6426










ティスーカ山とメッグ山の山肌の街シャウエンでは少しメディナを散策してホテルに入りました。シャウエンは一時期、欧州のピッピーが多数住んでいてマリファナ・ハシシが吸われていた有名な街で、シャウエン地域は、モロッコにおいて大麻の主要な生産地の一つであり、今でもハシシは町中で売られているようです。そして、ここでは私のスペイン語が使えました。
シャウエンの夜は寒くエアコンが壊れていて効かずに本当に寒かった。恐らくは日本のツアー客では私達が初めて泊ったのではないかと思う。他の部屋も壊れていたようです。けれどホテルの人は早く起きて朝食を用意して持てなくてくれた。
シャウエン3人CIMG6439CIMG6440CIMG6441CIMG6442CIMG6443









最後は首都ラバトですが、途中の街全体がスペイン風の装いのティトゥアンでは、ムーレイ・メフディ広場から観光を始め、王宮や旧市街(ここも世界遺産)のスークを見学しました。
スペ風1スペ風2スペ風32CIMG64543CIMG64554CIMG6456









そして最後は行政上の中心地・首都ラバトです。現在の国王マハメド6世の住居や王宮やハッサンの塔、マハメド5世廊を観光しました。
ラバト王宮王宮CIMG6463ラバト1
ラバト2ラバト3ここの観光を終えて、カサブランカのホテルに泊り、早朝に空港に向かい一路帰国の途につきました。12日間に及ぶ旅行には疲れました。1日くらいは休息日が欲しかった。

もう三度目のモロッコ旅行はないでしょう。


モロッコ旅行記・・・『古都フエズ』

サハラ砂漠の日の出を鑑賞してから観光バスにて一路古都フエズに走ります。欧州を襲った寒気団によりアトラス山脈の道路に積雪があり、迂回路を走りながら古都フエズのホテルに着きました。
雪遭遇した砂埃雪はあるわ、途中で凄い砂嵐に遭遇するわで驚きました。



宿泊し朝食後に、世界一複雑な町、フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都です。旧市街が世界遺産です。現地ガイドさんの出身地である世界遺産である旧市街観光です生活に関連したあらゆるお店があり迷路になっています。
旧市街地CIMG6393個人宅前





王宮前広場古都フエズの王宮前広場




緑青のタイル門青と緑のタイルが美しいブー・ジュルード門


神学校マリーン朝最大の神学校マドラサを見学。




個人宅2中庭3人ハミドさん宅でミントティーを飲ませていただきました。旧市街地にあるハミドさん家は入口が小さく中庭があり結構広くイスラムの家の特徴です。




CIMG6383フエイズ街を次にフエズの街を見下ろす高台に行き写真を撮りました。




36年前に1人で行って凄い衝撃を受けた「皮のなめし染色場」です。(みやげ物店の4階で撮影する)
CIMG6403皮なめし場CIMG6404




CIMG6401CIMG6399CIMG6405皮のなめし染色場の隣の階下には、ちゃっかりと土産物店がありました。こんな姿にさせられたら買っちゃうのでは?

モロッコ旅行記・・・『サハラ砂漠編』

古都マラケシュから一路アトラス山派を越えてサハラ砂漠に向かいます。

峠から雪風景アトラス峠3人アトラス山脈の峠です。寒い。





峠を越えてサハラ砂漠の入口の街・ワルザザートに到着しました。

食事1食事2食事3モロッコの主食であるタジン料理の昼食です。正直にあまり美味しくはなかった。




アイトベン1アイト2アイト3アイト4アイト3人アイト・ベン・八ッドゥ。ここも世界遺産です。現在は5世帯が住んでいるだけです。昨年の11月の集中豪雨によって土造りの家々が削られたりしており修復は全くなされておりません。少し痛々しかったです。


トドラ渓谷3人トドラ渓谷20トン石レストラン絶景なトドラ渓谷がありました。ここも昨年の昨年の11月の集中豪雨によって崖下のレストランに20トンの巨石が落ちてきて建物が押し潰されて、現在は使用禁止になっておりました。



砂漠の入口、エルフードに着き4WDに乗り換えました。4WDが多数ありましたが全車が日本製です。約30分ほど乗ってメルズーカのホテルに向いました。

砂漠のホテル砂漠ホテルCIMG6339砂漠の中にあるメルズーカのホテルです。予想してたよりも良いホテルだった。



CIMG6344暗い中ラクダにラクダに乗り朝の5時に起床してラクダが集められている所に集合して、真っ暗ななかでラクダに乗ります。しかし砂漠の夜は本当に寒いのです。鉄の支柱を掴むのですが、ラクダの背が本当に不安定で、落とされないように必死でした。そして月の明かりの砂丘を30分ほどしてやっと砂丘の頂に到着しました。
頂からよく見ますと、遠くの砂丘の頂にも日の出観賞のツアー客の人達が、他にも三組ほどいて日の出を待っていました。



日の出を待つ日の出1サハラ砂漠日の出が出る朝の7時頃まで寒い中を待機しました。そして念願の砂漠での日の出です。やっぱり感動しました。帰国してからも夢にでてくるのは砂漠の夢が多かったです。

【36年前にモロッコを海外青年協力隊の家に泊めてもらいながら旅行した時には、隣国のモーリタリアと国境紛争があって青年協力隊員から少し危険があると言われたのでサハラ砂漠には行っていなかった。】




モロッコ旅行記・・・『マラケシュ編』

カサブランカを観光してから列車で一路マラケシュに向かいました。一等席は3人座席の対面式の個室です。

添乗員から言われたまま座ると、私達3人と大阪のオバサン3人です。何かいやな雰囲気です。そうしたら大阪の一人が「合コンしましょう」、「自己紹介しましょう」と声かけてくる。「何でこんなババーと合コンがあるものか?!」と思いながらも自然に雑談が始まりました。

大阪のオバサン三人も一緒に参加していたのです。私達3名は妻帯者ですがオバサン2人は独身です。そして雑談を3時間ほどしているとマラケシュ駅に到着いたしまし。
マラケシュは、フェズに次いで古い町です。1070年頃にベルベル人による最初のイスラム国家・ムラービト朝がこの地を都に定めました。
マラケシュ駅マラケシュホテルCIMG6274そして駅から観光バスで宿泊するホテルに到着いたしました。このホテルには二連泊しましたが結構お金がかかっておるホテルでモロッコ旅行では一番良かったホテルでした。

ベルベル美人マラケシュ夜佐原少し部屋で休憩してから夕食をとり、オプショナルのナイト・ファンタジーショーを見に出かけました。


夜、馬揃う夜、銃を撃つ夜、最後の行進馬に乗った10数人ほどが駆けてきて空砲を撃つのは迫力があった。

ホテルに帰り宿泊し翌日は、商業の十字路として栄えたマラケシュで広大な貯水池を持つナメラ庭園や、この街のランドマークのクトウビアの塔、1マラケシュの塔3人多くのコウノ鳥が集まるアグツウ門、サアード王朝の墳墓軍、バビア宮殿を順に観光し、メディナのスーク(市場)を通りぬけて有名なジャマ・エル・フナ広場へ行きしばらくは自由な時間を散策し楽しみました。


マラケシュ佐原マラケシュ広場マラケシュ広場2マラケシュ広場3ジャマ・エル・フナ広場では、あいも変わらずに本当に多数の人々が集まり、昔ながら格好で水を売る人達、コブラをあやつる人達、猿をあやつる人達、大道芸人達、小物を空に飛ばして売る人達、そしてエスカルゴを食べる家族達やシシカバブーを食べる人達などが熱気を発していました。ここでは36年前に私が旅した時と全く変わらずにこんな風景が繰り返されておるのです。何か追憶のような旅になりました。そして、人々が織り成す風景が世界遺産なのです。

作村元子コブラ大阪の勇気のあるオバサンが首にコブラを巻いてます。何か蛇使いのほうが驚いていたよう。添乗員が言うのには毒のあるコブラの牙が取ってあり心配ないとのことですが、やっばり怖いですね。



【帰国する頃には3人のオバサンの素性がだいたい分かってきました。大阪で強かに女として生き抜いてきた3名です。私達と同じように「元気で暇とお金」がある旅行の好きな人達です。だから男性添乗員は私達と女三人組とが上手く行くかを心配していたようでした。ついでに、ツアーは男4人と女6人の総数10人と添乗員です。平均年齢は68歳でした。】

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