こんにちは、横浜市の商標弁理士Nです。

さて、話題的には今更感もありますが、論文合格発表がありましたね。
司法試験とか、司法書士試験の合格発表も9月だったようですね。

論文合格された方、おめでとうございます
口述本試験まであとわずかかと思いますが、体調だけには気を付けて、ラストスパートを頑張ってください!

一方で、惜しくも残念な結果に終わってしまった方は、今は少し休んでいただきたいと個人的には思います。

特に、何度も何度も挑戦しているのに、あとちょっとでうまくいかない方へ。

焦らないでください!きっと大丈夫です!!

すべてが終わったような絶望的な気持ちになるのは、私にもよくわかります。

私も、なかなかうまくいきませんでした。
しかも、専業受験生で仕事をしていない時期もあったので、不合格になったときの絶望感や罪悪感が、挑戦すればするほど増長して、心が壊れる寸前だったように思います。

でも、だからといって焦ってもロクなことにはなりません。
「今年は特に運が悪かったんだ」ということにして、積極思考に戻していただきたいと思います。そのためにも、1か月くらいはゆっくり休んでほしいと思うのです。

ただ、やはり反省点というか、「今年、何がダメだったのか」という振り返りは必要だと思います。

私は、(最後に不合格となった年は)いったん論文試験の初心に戻ってみました。
こだわりを捨てて、(イヤイヤ)素直に反省した結果、私のダメなところは以下の点なのがわかりました。

・なまじ知識がありすぎて、1つの項目の記載量が多くなりすぎる傾向がある。
結果、紙の量が足りなくなって全体としてバランスの悪い答案になる。

・なまじ知識がありすぎて、「学術論文」のようになる時がある。
しかも、そういった点で、他の受験生との差を試験委員に見せつけようとしていた。


自分で言うのもアレですが、めちゃくちゃ勉強してたので知識は十分だったのです。
答練なども、安定してそこそこ上位だった記憶があります。
しかし、逆にこれが仇となっていたようでした。
「当たり前のこと」すぎる事項や項目を、どうも省いてしまっていたようなのです。

論文本試験の採点は、その時たまたま当たった試験委員が担当するはずです。
ですから、試験委員は、この人が本当にわかってるかわかっていないかを判断するには、答案用紙しかありません。
本人からすれば「当たり前のこと」だからと記載を省いても、彼らからすれば「こいつは書けなかったんだ」と判断するのが普通なのです。

考えてみれば、至極当然のことなのですが、勉強すればするほど、受験期間が長くなればなるほど、このようなワナにハマってしまうこともあるような気がします。同じようなクセがある方は、ぜひ見直してみてください。

翌年の論文本試験では、面倒くさがらずに項目立て、定義、趣旨など、誰が書いても同じようになりそうな答案を書いた結果、合格することができました。

完全に答案から個性というか、オリジナリティを消しました。

なので、自分の出来としては過去最低の印象だったのですが、なぜか合格しました。
論文試験は、基本的に項目や論点言及で加点となるようですので、淡々と必要なことを読む試験委員が読みやすいように書く、というのが意外と重要なのかもしれません。

以前の私のようにクリエイティブな論文にこだわるのは、やめた方がいいのでしょう
今にして思えば、カッコつけすぎというか中二病みたいな考え方でした笑。

弁理士が書く意見書や審判請求書なども、ある程度は書き方の流れや型のようなものがあります。あまりクリエイティブすぎる内容にする弁理士はいない気がします。そして、審査官や審判官に快く読んでもらえるような文章にすることが必要です。論文試験もこのへんに通じるのかもしれませんね。

などと、偉そうなことを述べましたが、私が論文試験を受けたのは10年前ですので、現在の試験では当てはまらないかもしれません。その場合は申し訳ありませんという話になりますが、少しでもご参考になれば幸いです。

最後に。
「菜根譚」という中国古典に、このような言葉があります。

長い間うずくまって力を蓄えていた鳥は、いったん飛び立てば必ず高く舞い上がる。
他に先がけて開いた花は、散るのもまた早い。


「じっくりと時間をかけて努力すれば、最後は必ず飛翔する」と解釈できます。
勇気が湧いてくる言葉です。私も特にお気に入りの言葉です

焦らず、じっくりやっていきましょう!
いざ弁理士になれば、短期合格したことなど何の役にも立ちません。
多少時間がかかっても、実務をこなすための知識や人格をこそ、養うべきと思います。

おわり