January 16, 2012

家のこと

引っ越しのブログを買いてからながいあいだ話が途切れてしまった。さかのぼる事9月12日、無事に愛する我が家を売却し、仮住まいのマンションに引っ越した。引っ越しの日、既に息子は膝の怪我で立てなくなっていたので、からっぽの家に一つ残されたソファーに座って引っ越しが終わるのを待っていた姿が印象的だった。

その後も毎週末、2,3軒のオープンハウスを見に行き続け、次の家を探した。息子の怪我と並行していたので「息子がはしゃぎすぎて足首を痛めた家」とか「3階建てのすみずみまで息子を抱っこで回った家」などと関連づけて覚えていた。

そして10月末に見た一軒をダンちゃんと私がとうとう気にいった。その物件は今よくあるショートセール物件(持ち主がローンを払いきれないため、ローン会社あるいは銀行が家を売りに出している。フォークロージャー/差押え物件の一歩手前)。不動産担当者はショートセールはおすすめできないといい、銀行との交渉に時間がかかり、いつ手に入るかわからないし、待っても最後に手に入らない可能性もあるから止めた方がいいとしつこく言ってきた。それでも直感で二人ともすごく気に入ったので、ダメもとで購入希望を出し、他にいい物件が出てきたらそっちに乗り換えようということに決めた。

その直後に息子の症状が悪化。オープンハウス巡りも一旦やめざるを得なくなった。息子が入院し、私の気持ちも混乱しているときに不動産担当者から連絡が入り、予想に反して着々とショートセールの手続きが進んでいるといわれた。こっちは医師から別室に呼ばれて病名を宣告されているというのに、そんなこと言われても正直どうでもよく、サインをしなくてはいけないものだけiPhone上で無条件にサインしては送り返した(最近のアメリカの不動産売買はほとんどe-sign/ウェブ上の電子署名だけでできる)。

退院して息子の看病で精神的に大変だった間もさらに家の交渉は進展を続け、私たちは心ここにあらずの状態でサインをし続けた。何度も「これでいいのかしら?あの家本当に気に入ってたのかしら?」と不安がよぎったけれど、息子の状況が状況だったので「こんなにうまく交渉がはかどったのも何かの縁さ」と割り切って流れに任せる事に。。。そしてあれよあれよという間に12月28日、「おめでとうございます!」と鍵を渡された。他人事のよう、というのがまさにそのときの気分だった。

さて、息子が歩けるようになり調子もいいので、今日はじめて家族で新居に遊びにいった。息子とダンちゃんはさっそくだだっ広い庭で久しぶりにバッティング練習。娘と私は庭を歩き回ってちらほらと咲き始めた花や実を拾った。山が目の前に見える住宅地で空も広く緑も多く、とーっても気持ちがいい。この家に決まってよかったと心から思えたひとときだった。

早く引っ越したいところだが、あと数ヶ月お預け。家のあちこちに修理が必要で、息子の免疫力が低いため、修理が終わってからしか住めないからだ。これからしばらく週末ごとに遊びに行くのが私たち一家の楽しみになりそうだ。

IMG_1116ここが子供部屋になる予定。ただいま壁の色を選定中











IMG_1135庭を散歩して見つけた花や実。リスの人形まで発見!

astrogirl_2004 at 15:39|PermalinkComments(0)この記事をクリップ! | Los Angeles

January 04, 2012

息子の病気(その2)

11月18日抗がん剤治療がはじまった。最初は4日間。点滴、投薬、そして脊椎から、いくつかの薬を入れる。PICCラインという血管カテーテルを腕につけられ、それ以降、何度も繰り返される血液検査や点滴はすべてその管から行われることになった。その都度、針をさされる心配がないので私も息子もずいぶん精神的に助かった。4日間の抗がん剤で、かなり効果が出たらしく、これまで24時間のモルヒネでも取れなかった痛みがうそのように消えた。5日目に退院。ここからは定期的に通院しながらの治療にかわった。

最初の30日は寛解導入と言って、体内の白血病細胞を全滅させるための集中的な投薬だった。主な薬はステロイド。1週目ぐらいから副作用で食欲が異常に増え、夜中も空腹で起きるほど。特にうちの子は食べたいものがはっきりしていて、「ワンタンラーメンが欲しい」といってみたり「かぶの煮物が欲しい」、「とろろかけご飯が食べたい」「飲茶がほしい」と言って食べられないと泣いたり、私は彼の欲求を満たすため、周りの友達に買い物を頼んだり、食事作りで一日中振り回された。

食べると胃が痛み、気分がめいってぼーっとテレビを見るだけ。何か遊ぼうか?と聞いても答えず、廃人のようだった。11月13日からずっと自分の足で立てなくなっていたので、トイレに行くのも食卓につくのもすべて抱っこ。
30日間のステロイドのせいで、体重は4キロも増え、顔はムーンフェイス、靴も入らなくなり、おなかも風船のように膨らんだ。2週目ぐらいに髪の毛が抜け始め、退屈すると引っ張って髪をぼろぼろ抜いてはその量に自分でも驚いていた。

全身麻酔で骨髄検査を受ける日には、前夜から飲食が禁止。検査を待つベッドの上で、息子は空腹に耐えきれず大声で泣きわめき、「食べたい!食べたい!ばかばかばか!」と私にむかって叫び、周りの看護婦達を驚かせた。

芯の強い子供なのでほとんど弱音をはかずに医師のいうことをきちんと聞いたが、イライラする時は私にあたった。薬のせいだとは思っていても、一日中部屋にこもって看病をするのに疲れて私も何度か泣き言をいったら、息子はそれを聞きながら悲しくてしくしく泣いていた。

12月16日導入治療が無事に終わり、血液中から異常な細胞がなくなった。あれだけ急激に増殖していた細胞がたった1ヶ月で消えるなんて狐につままれたような気分だった。それからクリスマスまでの1週間、息子の症状が格段によくなった。笑顔が戻り、食欲が普通に戻り、字を書いたり、絵を描いたりする気力が戻ったのがうれしくて夜も眠りたがらないほどだった。

クリスマスまで1週間の休暇がもらえ、薬と副作用のない毎日を過ごした。ただでさえお祝い気分のクリスマスの日々、どこにもいかず家にこもっていても私たち家族はとにかくうれしかった。

その後から一旦全滅した白血病細胞が戻ってこなくする地固め治療が始まった。新しい副作用を恐れたが、うれしい事に今のところ特に何も見られない。これから数ヶ月、薬が変わったらまた新たな悩みが出るかもしれないけれど、それはそのときに対処しようと思う。とにかくこの調子で3年間治療を続けたら完治する可能性が見えてきた事、息子ができることが毎日増えているのが心からうれしい。

これまでも家族や友達に応援してもらって何度も救われた。世界のいろんな所からただ息子や私たちのことを考えてくれていると思うだけで励まされた。
この場を借りて心からありがとうございます。私たちはこれからもがんばるので応援していてください。

IMG_1055クリスマスイブ。どうしてもたべたかった小龍包レストランで大満足。


astrogirl_2004 at 13:35|PermalinkComments(11)この記事をクリップ!ALL 

息子の病気

7月末に、息子が肩を怪我し、原因はわからないのに異常なほどに痛がる日々が続いたときはまだ成長痛だと思ってた。

9月頭、もう片方の肩を怪我して腕があがらず、入学したばかりのキンダーで毎日泣いている彼に対しては正直どこかでイライラしてた。

1週間後には膝の怪我で立てなくなった。その2週間後には反対の膝が、そして足首がおかしくなった。家の中では抱っこで移動、学校の送り迎えはベビーカー。入ったばかりの学校では「足の痛い子」と覚えられるようになり、先生に細かくお願いしても過保護な親と思われ始めた。整形外科と小児科で診てもらってもその度に問題はなく、「時間が解決するでしょう。痛かったら市販の痛み止めを飲んでください。」で終わった。心がざわざわする毎日だった。

10月半ばのある日起きてきて今度は突然、腕が痛いという。手首から肩まですべて痛くて腕があがらない。こっちは仕事があるから、心を鬼にして学校に無理に行かせるが、鉛筆を持てず、お弁当袋も鞄から出せず、しかもそれを誰に相談する事もできずにしくしく泣いて帰ってきた。心の中の信号が赤になった。小児科医に懇願してもう一度見てもらい、「小児リウマチの可能性があります」と告げられる。リウマチ専門医に紹介状を書いてもらい、アポを待つ事10日間。その間に、徐々に市販の鎮痛剤では効かないほどの痛みになっていた。

10月末、タイミング悪く私もイベントの仕事がピークで、正直仕事の間どうやって子供を預かってもらうかを考える方に気が回ってた。イベントを無事終わり学校のハロウィンイベントに駆けつけると、格好よくダースベーダーのコスチュームを着た息子が、痛みで棒立ちになり、マスクの下で号泣していた。そこまで無理をさせていた自分が情けなく、こんなはずじゃないのにと無性に悔しくて、しばらく仕事は入れないと決めた。

その数日後、リウマチ医にやっと診てもらったときには、腕がはれあがって「く」の字に曲がったまま伸びなくなっていた。小児リウマチと診断されるためには数々の検査結果が必要で、それがないと小児リウマチ専門医に診てもらえないと説明され、早速、MRI, 血液検査、と順番に片付けて行く。強い痛み止めを出してもらうが、それもだんだん効かなくなり、早く診断をしてもらえないのかとイライラする毎日だった。

11月13日(日)。朝、旦那が海外出張に出発した。それを見送る事もせず、ベッドから出てこない息子を横目で見て、無意識に悪い予感がした。
突然歩かなくなり、ベッドから出てこない息子をみて、私ができることは痛み止めを定期的にあげることとマッサージをしてあげることだけ。不安でリウマチ医に1時間ごとにメールで相談した。夜8時、医師から電話があり、小児病院の救急に行くことを薦められる。入院してしまえば翌日にでも小児リウマチ専門医に見てもらう事ができ、紹介状のアポ待ちを短縮できるというアドバイスを頼みの綱にして、急いで入院の準備をして家をでた。頼りがいのある友達が車で駆けつけて娘をしばらく預かってくれると言ってくれて本当に助かった。予想通りその夜から入院。痛み止めにモルヒネが24時間入れられる。薬の効果で息子は元気に出張先の主人と電話で話せるぐらいまでになって私の緊張はかなりゆるんだ。

入院して二日間はモルヒネと痛み止めで様子をみながら、血液検査、レントゲンなど順番に検査。大泣きに泣く息子を見守りながら検査をすすめ、三日目に骨髄検査をして、血液中の白血球の状態を見ることになった。その結果次第でリウマチの治療が始められるというので、私はどこかほっとしていた。

ところがその日の夕方、新しい医者に別室に連れていかれ、「白血病」だと告げられた。 これまで何度かリウマチの別の可能性として名前は挙げられていたが
言葉がはっきり飲み込めなかった。ただ出張先の主人に伝えなきゃという思いと、なんでうちの子がという思いがぐるぐる頭を回った。

翌日、ものすごいスピードで出張の予定を繰り上げて帰ってきた主人と、医師との話し合いをした。同じ病気の中でも「急性リンパ性白血病」の前駆Bタイプで症例も多く、治癒率が85−95%に至る事、治療が3年ほどかかること、など詳しい事を聞いた。頭で大丈夫だと思っても涙はとまらなかった。

IMG_0984入院中も左腕の痛みが続き首を曲げてテレビをみる息子


astrogirl_2004 at 04:25|PermalinkComments(0)この記事をクリップ!ALL 

June 01, 2011

「やっぱり買いません」ってそんなー!?

家を売りに出してから3回のオープンハウスを開き、総勢100人が見に来て、5件の購入希望オファーが届いた。その中から選りすぐって一組のカップルに我が家を売ることに決めたのが一週間前。

それから建築物の査定をする人が来て家の隅から隅まで調べ、売り手が修理代を払うもの、買い手が数年後に修理をしなくてはいけないもの、などをリストにする。同時に、売買の代理を行う仲介業者がローン額を確認したり、細かい作業を行って契約から45日で鍵の引き渡しになる予定。

先週土曜日に、私たちは外出するように言い渡され、査定の人が家を調べにきた。

なんせ、こっちの家は築40ー60年なんてざらにあるので、柱が腐ってる、水漏れがする、蜂の巣がある、などふたを開けてびっくりなことがよくあるのだが。。。

我が家も例外ではなく、屋根のあちこちに穴があいていて、水漏れするので屋根を修理する必要があることが判明。雨がほとんど降らないロスだから、そんなこと気にしなくても平気で住めるのですねー。

私たちはもちろんその修理代を払う覚悟で、査定の一覧表が届くのを待っていたら、突然、今日、買い手から「屋根が古くて、住めない家らしいのでやっぱり買うのやめます。」っていう返事が返ってきたからびっくり!

えええええーーーーー?!そんな一方的に!?こっちに何の相談もなしに? 私たちは実際の査定に立ち会っていないので何がどの程度悪いのかもわからず、ただ呆然。。。

一応、私たちの雇っている不動産屋が先方と交渉してくれて、屋根の修理屋さんの見積もりをもらってから、改めて買うか買わないか決めてほしい、ということになったのですが。。。

どうなるのかなー。なんとしてもこのカップルを逃がしたくないのです。そして早く次に住む家を見つけて、7月か8月までには次の家で落ち着いていたい。。。







astrogirl_2004 at 15:32|PermalinkComments(0)この記事をクリップ! | Los Angeles

May 11, 2011

お家売り出し中

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外壁、内装の手入れが終わり、モデルハウスのように見せるための装飾品の購入が終わり、シロアリの検査が終わり、カメラマンが写真を撮りにきて、とうとう今日から我が家が売りに出されました。あさってからオープンハウスのはじまりはじまり。。。

もうここまで来たら、愛する我が家も商品のひとつにしか見えず、名残惜しさはなくなりました。

この写真の状態にいたるまで、処分したもの、ガレージに隠したもの、は相当な量。
なんかこの1年間、引っ越しばかりしてるような感じで、おかげでモノを捨てるのがずいぶんうまくなりました。

そして次の目標は、我が家が売れるのと同じタイミングで、次に住む家を探すこと。。。その間に時差がうまれたら、短期間でも借家に入らねばならず、引っ越しを2回することになります。なんとしてでも引っ越しを1回で終わらせたい。。。この目標にむかってがんばります。。





astrogirl_2004 at 00:34|PermalinkComments(2)この記事をクリップ! | Los Angeles

May 03, 2011

また引っ越しです

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改装前のわがや


10年間住んだ家を売りに出すことになり、この不景気な世の中で少しでも高値で売れるよう、集中的に修理をしはじめました。こちらの不動産業界用語で、こうやって売る前に手を加えることを「stage(演出)」すると言うそうです。

具体的に何をするかというと、、、外壁、内装のペンキ塗り変え、庭木の植え替え、部屋の家具を品のいいレンタル品に置き換える、壁にかける絵、ベッドカバー、ソファーに置くクッションなどをセンスよく配置する、などなど。。。一番きついのは、本棚、おもちゃ箱など、目に見えるところにある雑用品の量を50%以下に減らす作業です。隠したいものはすべて箱詰めしてガレージへ。

プロのステージャーにこと細かくアドバイスされた通り、ただいま毎日作業中です。もちろん、ペンキ塗りや植木など大規模な部分は割安な業者を雇いますが、安くてもセンスよくみえる調度品を買い足したり、目障りな私物を箱詰めしガレージに隠すのは自分たちで毎日こつこつと。。。せっかく日本からの引っ越し荷物をなんとか家におさめたところなんだけどなあ。。。それは考えないことにして。。。

来週末のオープンハウスに向けてあとひとふんばりがんばります。








astrogirl_2004 at 00:33|PermalinkComments(1)この記事をクリップ! | Los Angeles