2011年02月19日
広報の方向性
暫く前にUSTで
JAZZイベントについて広報してるけど人集まらないよ〜
有名な人も来るのに (´;ω;`)
て言ってた人に対して
「どんなに広報しようと人は自分の興味がないものには目を向けないと思ってるのでまずは興味を持ってもらうことが重要かな」
ってつぶやいたら
興味を持ってもらうために広報してるんだって 言い返されちゃったので
ちょっと補足をしてみるんだよ。
とりあえず・・・
今日外を出歩いた人は 本日すれ違った赤い服を来ていた人が何人いるか覚えてますか?
一人でもいいんですがどんな服だったか、男だったか、女だったか、年齢は・・?
覚えていない? いるわけがない?
街ですれ違う人は 飛び交う情報、広告 として
赤い服の人は さしずめ JAZZイベントの広告 とでもしましょうか。
今、赤い服が欲しいなぁ とか ファッションに興味がある人以外は
まぁ覚えてません。 覚えません。 興味ないからだと思います。
何が言いたいかというと
知ってもらうための広報をする時代は終わったんじゃないかなぁと思うのですよ。
今は兎にも角にも情報がバカみたくやり取りされ飛び交ってるので
その情報に関して 興味を持ってもらい 自分でちょっと調べにきてもらう時代じゃないかなぁと。
興味を持ってもらうための広報と 知ってもらうための広報の違いは割と明確な気がします。
同じように思えますが・・。
知ってもらうための広報は とりあえず自分の持ってる情報を出していくのがメインとなります。
相手が興味あるかないかなんて関係ない。とにかくこういうモノがあるよ と分かってもらうための広報。
興味を持ってもらうための広報は 自分の持っている情報ではなく、
予めターゲットを決めて、できるだけその人達が興味をもちそうな情報を投げかけて
それに自分の持っている情報、広報したいものを絡める感じでしょうか。
メインは自分が発信したいものとは若干異なります。
興味がある人を引きつけて 調べてもらう て感じにもなるかな。
今は情報過多なので自分は 興味あるもの以外は全く見ない聞かない聞き流すようにしているので
広報も そうあるべきじゃないかなぁと 思った次第です。
そういえば 任天堂3DSはCMに嵐つかってましたね。 ゲーム画面よりそこをメインに出していた気がします。
ターゲットは10代女性なのかな・・
ゲームユーザーは広報せずとも買うひとが多いだろうし、
ゲームをあまりやり層のない・・その辺りの新規開拓狙ってんじゃないかと思うんだけど
・・・今の時代この考えは安易かな・・
まぁ ナンでもいいけどw
とりあえずまとめると
広報したいなら 新規開拓したいか 興味ある人を呼び寄せたいか・・
ここを見直す。 するとどういう広報すればいいかが見えてくる。
新規開拓は メインは程々にしてターゲットを決めてその興味をひくようにする。
興味ある人を呼び寄せるなら メインの情報を深く掘り下げて 分かる人には伝わる広報にする。
まぁこんな感じでしょうか。
広報するなら まず どういう人に向けるかというか
新規開拓か 既存ユーザー狙いかを分けたほうがいいんじゃないかと思うのさ。
・・・・・まぁ 広告業界では常識にも満たない雑学の範囲だろうけどw
2010年12月15日
若者の〇〇離れ
若者の○○離れって多いですよね。
テレビ、バイク、車、新聞 上げていくとキリがない。
そんな背景をなんか偉い人が分析して本まで出しているらしい。
何だかねぇ・・・・・
ある本は 嫌消費の風潮があるんだとか オウム事件がうんたらかんたら・・
いいかげんにしろ〜 ヽ(*゚д゚)ノ
そんなんじゃねえよって。
まぁそもそも ○○離れなんて言ってる時点で間違ってるんだよ。
離れているように感じるのは それを語る人の視点でしかなくて
当人たちにとっては「いや、離れるってことは近づいていたってことだろうけど
近づいた記憶ないからさw」ってな感じかもw
簡単に行ってしまえば〇〇離れって言ってる人達の過ごした時代と背景が変わりすぎたのが
原因だと思うんだけどね。
背景というか 価値観か。
昔はさモノが揃ってなかった時代でなおかつ それを所持していることが一つのスタンス
みたいな風潮があったかもしれないけれど、今はそうじゃないよね。
モノが溢れてる・・ 有り余ってる。
貧乏だ不景気だと行っても手に入れようとして手に入らないものはさほど無い。
すでに在るから。
そしてなおかつ「みんながそれに夢中だ、流行だ」という情報に対して
様々な意見を取り入れ自分に必要かどうかの分析というか情報の真偽を確かめることができるように
なったことも一つの要因じゃないかねぇ。
日本人はなぜかしら みんながやっている ことを追い求めるのが好きらしいし。
今もそれは変わらないけれど。
本当にそうなのか? もっといいものがあるんじゃね?
むしろ無くても代えがきく・・
モノを買うまでに 「ちょっとまてよ・・」 という考える段階が一つ増えたことが
重要なんだよ。
〇〇離れを語る前に そもそも何故 昔は それが流行っていたのかをじっくりと
考えなければ そこに意味はないと思うんだよ。
逆に言わせれば
そもそも昔の若者は何で 車やバイク、旅行、テレビ、etcに近づいていってたの?
って話ですよ。
車やバイクなんて走ればいいというか 移動手段じゃん 目的にはならないよw
離れてるように感じるのはあんたらだけだってばw
てね。
テレビもそこそこみえればいいしょ。いや、最近くだらないし無くてもいいよねw
もちろん好きな人は好きだし 金をかけている人もいる。最近の若者でもそれは同じ。
要は趣味や価値観の多様化でしょうよ。
モノが平均して売れないのは 不景気もあるだろうけどさ。
年金破綻して今じゃ75からとか80からっていう払い損な仕組みまで話し合われてんだよw
ってそういう背景もあるし
そもそもある物、持ってる物は買わんでしょう。
モノを持つことに価値を見出していた時代が終わっただけのことさね。
モノを持たないことに価値があるのじゃなく、持っていることの価値が薄れたんだよ。
自分の興味あるものは誰しもそれなりに金はかけているだろうし。
興味あるもの、価値ある物が集中していた時代が終わったに過ぎないんだ。
それはおかしな事じゃなく とても自然なことじゃないか。
人それぞれ考えかた価値観が違うのが当たり前、誰もが同じような考え方していた時代が
おかしいんじゃないかなぁ。
2010年10月25日
ブランディングとオンラインメディア
ブランディングとメディアの話を徳島と絡めつつ
まったりと書いてみようかと思います。
あんまり期待しないでね!
ブランド力=商品力×マーケティング力×業績×社会貢献力
でもってその価値向上は一日にしてなることはないけど崩れるのは一瞬
ドミノみたいなもんだね。
徳島のブランドに付いて書きつつパナソニックのセミナーの話を絡めていこうかな。
徳島には ブランドが2つあります。
「阿波」と「徳島」
阿波牛、阿波尾鶏、阿波踊り、徳島ラーメンなど
阿波ってつくのと徳島ってつくのがあるのね。阿波の方が多いのかな・・。
県外の人からすると 「阿波」=「徳島」の概念はない人もいるようで、
徳島ってどこ?・・・あぁ阿波踊りのとこかってな感じらしい。
なので ブランド統一しようぜって話も出てましたね。
それが「阿波とくしま」らしい。
10月9日を「阿波とくしま観光の日」に制定したのも偶然じゃなかったのね。
今の時代ブランディングに重要な役割をはたすのが
オンラインメディアの活用 です。
twitter、blog、UST、HP、youtube、SNS いろいろありますね。
情報を双方向でやり取りできて、商品に関して言えば作り手と消費者がつながれる・・・
そんな時代。
ネットとテレビの違いは 個人主導性がネットが高いことにある。
要は興味ないものは見に行かない。
でも面白いものやユニークなものは自然と広まる。
金を賭けるか否かではない。金をかけたものが広まる時代は終わってると思う。
良いものが広まる時代なんだと。
そんな中でオンラインメディアを活用していくかです。
各企業、町や県自体もが その流れに乗って行くべきだと思うんだ。
情報発信もできるし収集もできる。
映像配信やらつぶやきやら放送やら・・いろいろすね。
活用に関して個人的には初めて間もないけれど金をかけないならTwitterが一番やりやすいんじゃなかろうかと思う。
短文だから読み流しでもさほどストレスにならないし、
そこからustなりblogなりに引っ張っていくのがいいと思ってる。
街や県も主体的にこのオンラインメディアを駆使してその魅力を伝えていくことが必要。
でもね、一番重要なのは興味を持ってもらうことね。
街や県にとっちゃそれそのものが「商品」のようなもので
それに対して
広報していかないといけない。
けれども、 商品を売る時代は終わってるので 物の魅力を伝えることは無意味です。
個人的に 人を売る時代だと思う。 人身売買じゃなく・・
一つの宣伝したい物があったとして それに関わる人に対して興味を持ってもらって
物についても知ってもらうって感じ。
今や 物と関係者をセットで 情報を発信し、 魅力を感じてもらって
興味を持ってもらうことが重要だと思うんだ。
そこから始めるわけだから時間はかかる。
まだまだあらゆる機関、企業においてオンラインメディアの活用方法がわからないでいるところや
それをしようと思ってないところが多いけど
早めにやっていかないとブランド構築なんて何時まで経ってもできないんじゃないかな。
ブランドとは 信頼、信用なんだと思うんですよ。
自分の話を聞いてくれない人を信用する人はいませんわね。
徳島もこれから「阿波とくしま」ブランドとして物を売り込んでいくのはいいんだけど
どのように創っていくかが重要。
一方的に宣伝し情報提供し創り上げるか
ハタマタ相手の話を取り入れつつ 顧客と共に創り上げるのか・・。
相手先は県外なので「内側にいて殆どわからない」ですがなんか気安く絡めたらいいなぁと思う。
2010年10月21日
徳島と観光
やぁやぁ 久々のブログ更新だよ。
ミクシィとはま逆ベクトルのことを書くんですよ。
わからない貴方はそのまま興味があれば読み進めてください。
さて、先日マチアソビで予期していなかった徳島の観光関係についての話を聞いたことや
チャレンジメッセのセミナーで語ってたことなんかと我が意見を混ぜ込んで
徳島の観光とブランディング関係について? ちょっと書いてみますよ。
興味ない人は ここで ノシ
長いかも。 引き返すなら今だっ!
徳島は定住人口の低減と共に税収も少なくなっているわけで
定住人口を増やすことも画策してるんだろうけど
もうひとつの考え方として 徳島を訪れる人 いわゆる
「交流人口」に目をつけて 観光を通じて税収上げようってことで
観光に力を注いでいるらしい。
大きく私が把握してるのは 医療 と アニメ のジャンルかな
医療は とにかく糖尿病患者の多い徳島においてそれを逆手に取り
徳島大学を中心に研究を進めて、糖尿病に特化した医療システムを確立し
「医療観光」として病気の人が快適かつ適正な治療できるようにしていってるみたいね。
主なターゲットは 外国の富裕層。
ビンボー人からは治療のためにわざわざ国や県をまたぐなんてことはあまり考えられませんよね。
これとは別に徳島自転車王国だとかとくしまマラソンてのもやってまして、
これは医療観光の 予防 という視点からの仕組みなのかなぁと思ってみたり。
阿波踊りも体験の部分ではここに入るかな。阿波踊りは130万人ほどの人が来てるみたい。
医療観光の治療の部分は 県内一般店舗はあまり恩恵に預かれない気もするんで
予防の部分において便乗していけばいいんじゃないかと思う。
徳島は 徳島ラーメンや 阿波牛 も有名だけどさ、言っちゃわるいけど
食べ過ぎたら万病の元よね。
だから ヘルシーな海産物、農産物を推し進めてるのが なっとくしま のブランドかな。
スダチや阿南のハモ、鳴門わかめ辺りは今後ヘルシー分野で
健康料理、病気の予防食として売りだせばいいと思うよ。
県内の店舗はそれに乗っかってヘルシー料理なんかもどんどん開発してブランドを作れば良い。
で、県としては「あわとくしま健康グルメ」とかなんとか銘打って
県産の農海産物を使用し、ヘルシーな料理を提供する店をブランド認定していけばいいんじゃないかと。
現医療観光の方向はどうにも治療目的だけで
多くの店はその恩恵に預かれない気がするんですよね。
ちょっともったいないなぁと思ってる。まだどうなるかわかんないけどね。
後、10月9日は 阿波とくしまの観光の日と制定したみたいです。
文字って とぉく つまり 徳、得
きて・みて・なっとく!おいでよ徳島。てキーワードで観光を進めていくみたい。
医療観光でのキーワードまとめると
糖尿病、健康、治療と予防、ヘルシー料理 あたりかねぇ。
ほいじゃつぎだー
アニメ方面ね。
マチアソビサイコー! おk?
・・・じゃなく。
ufotableというアニメスタジオができたことが皮切りになってるのかどうかは知らないけれど
年3回ぐらいかを目安に行われているアニメ/漫画/ゲームをメインテーマとしたイベントです。
来場者数はだいたい1回につき1〜2万5千人くらいみたい。
主催は・・・興味あったら調べ下さい。
アニメでまちおこしがテーマなのかな。
これも 観光だね。
日本が本当に誇っていいのかどうか怪しい作品も多々多々見受けられかねない
そんなアニメですが、
好きな人は好きなんですよ。
マチアソビでは 業界で有名なアーティストや声優を読んでトークショーやライブが行われるとともに、
アニメ制作会社のグッズショップなんかが集まります。
現在までに4回行われていまして、ゲストの人が訪れた店は 巡礼として
行ったことのない人が大量に押し寄せているよう?です。
このあたり確認取れてない。
マチアソビの経済効果に関する資料ってどこかにあるのかな。
県か市が作成してくれているといいんだけど・・・。
それはさておきマチアソビはまだまだ始まって1年のイベント。
今後の集客や効果に期待しつつ 自分も参加者として楽しみます!!
地元店舗は興味を持って積極的にしかければいいと思うけど
やっぱ理解出来ない部分があるかもしれない、でもさ趣味なんて人それぞれだし、
理解できなくてもわからなくても 否定や批判せずに 愉しめばいいと思う。
阿波踊りの真髄は みんなで踊れや騒げなんじゃないかと思ってみたり。
要はその考えなんだよ。
まだまだ始まったばかりのイベントなんで今後の展開次第で
名物になっていくものだと思う。
キーワード
マチアソビ、巡礼、アニメ、漫画、ゲーム
さて、ここからはブランディングかな。って思ったけど
長くなるしブランディングはまだまとまらないのでまた今度で。
2010年09月11日
時間の早さ
シュタゲやってます昨今。
ゲームの中で 人は年々時間が流れるのを早く感じる・・
歳をとるごとに早く思えることについて
ジャネーの法則の話が出ていたので
人が感じる時間の早さについてちょっと考えてみたよ。
これは70歳の人にとっての1年が 1/70 なのに対して
7歳の人にとっては 1/7 である。
って考え方らしい。
つまりは時間を感覚する速度は 過去を覚えていることにより
相対的に短く感じるってことかな。
となると 記憶喪失で全てを忘れてしまった人間は 時間の流れ的には
0歳と同様であり、
すべてのことを思い出さずに 覚えることで過ごしていったなら。
赤ん坊と変わらない時間の長さを感じることになる。
時間の感覚ってのは 記憶の連続ってことかな。
昨日の記憶、過去、経験があるがゆえに短く感じる。
逆にそれがないと長く感じる。
極論かもだけど初めての物事に対しては時間を長く感じるってことかな。
これは脳の働きにも似ている気がするんだ。
確か・・・初めての物事を行う際には脳内で様々な経路を使って
情報やら何やらを伝達するんだけど
経験をつむと無駄を省き不要な経路は使わなくなって効率が上がる。
つまりは物事を処理する時間が短くなる。
毎日において一週間短いと思えるのは 過去の記憶を持つが故とも考えられるけど
その他に 真新しいことを行っていないということもあるのかもしれない。
まったくやってなかったことをやり始めると最初は時間を長く感じるのかなぁと思ってみたり。
まぁそんなわけで一概には こうは言えないけれども、
長く人生を過ごしたいなら 毎日違うことをやれってことになる。
過去の様々な経験が存在しているけれどそれの通用しないものに挑戦するとなると
時間は長く感じれるのかもしれないですねぇ。
2010年07月24日
twitterは儲かるのか?
本日参加してきた異業種交流会でtwitterの活用について話していたので
思うことを書いてみますよ。
しかしあれだね。企業の一般社員で営業でもない人間だと売り込むものが・・・ww
まぁ趣味のようなものなのでいいんです。
さてさて、本題に入りましょう。
もう基本の辺りtwitterて何?辺りは ググってもらうことでお願いします。
とりあえず 講演では 初めに 儲からない! と断言してました。
ここは私も同じ考えです。 すぐに儲けにつながるもんじゃないと思う。
これはtwitterに限らずblogもね。
でも一部業界では儲けになるらしい・・・どこなんだろか。
情報収集と 販促 カスタマーサポート で利用すればいいよってのが結論みたいでした。
私はそこまで深くは考えてなかったんですが 商売やってる人は違うね。
ここからは 私の考えを「思いつき」で書いていくんで適当に読んでくれればいいと思う。
twitterやblogで自分の商品や店をひたすら紹介している人がいるけど
効果あるのかかなり疑問。
ちなみに私は そういうのはいらない と思う。blogならまだしもtwitterでやられると
TLがそれだらけになって目も当てられない
なのでフォロー来ても 売り込み必死な人は放置 です。
興味もないものを語られてもね・・
興味があっても多すぎるのはウザったいだけです。
でもそんなに興味なくても日常生活のつぶやきならあまり気にならないのは不思議www
仕事の裏話のようなものや役立ち情報は面白くていいと思う。
twitterとblogはどっちがいいんだろーみたいな話があるかもしれませんが
これは役割が別物です。この二つは似て非なるものだと思う。
twitterは 短文、 つまり 読み易いんです。 そんなに興味がなくてもちょこっとなら読んでみる。
でも深い部分まではわからない 伝えられない かな。
逆にblogは興味がないと 読みに行かない部分が多いと思う。
短文だと 興味がなくても サラッと呼んでしまうんです とりあえず。
その後どうするかはまた別問題ですが。
なのでtwitterは 興味のない人に対して自分のことを知らせるという点では
blogより優れている。わざわざタイトル見なきゃいけないわけでもないしね。
ネットとblog、そしてtwitterの普及により 商売法は 昔と比べ大きく変わったと思う。
ぶっちゃけ商品はどれも同じだ。唯一無二なものなど無いに等しい。
近くのスーパーで欲しいものが見当たらなければ楽天かアマゾンで検索クリックしておけば良い。
そういう時代なんです。価格コムも忘れられないね。
モノを売れない ようになったと思います。 景気に関係なく。
・・でね。
twitterとblogで何売り込むかってと 自分です。
商品を売るのではなく 自分を売る時代。 人身売買じゃないよww
twitterで まず 自分に興味を持ってもらって blogやHPで お役立ち情報交えつつ
自分こんなの売ってる、やってるよ ってのが 今の商売法だと思う。
自分は 唯一無二ですからね。
貴方から買いたい。 という風な ファン作り が このあたりの役目かなぁと。
ファンの構築に関しては 講演でも言ってましたんで こんな感じかな。
非買の過程でもふれましたが 興味のないものは 見向きもしないです 人は。
でも 人に対して興味があれば その商品にも目が向くようになる。
自分が必要とせずとも 自分以外の誰かに伝える手段は 溢れている。
このあたりが twitter、blogの活用術なのかもしれませんねぇ。
まとめると
商品を売るのではなく 自分を売る
twitterは 自分のことを知ってもらい 情報を簡単に提供し 相手と簡単にやり取りするもの
blogは その 詳細やら 説明 かな
HPは さらなる説明と 販売
今後twitterが広がるのか廃れるのか・・・ わかりませんが
blog,HPとの役割はわかれてくると思うよ。
twitterは 入り口 みたいなものかな。
2010年06月05日
非買の過程
titterでコンサルの人が
「わが社の商品は買ってもらえさえすればその価値がわかる」 という言葉に対して
買ってもらえないことが問題なんだーというようなことをつぶやいていました。
まぁたしかにその通りで買えば何でもその価値はわかるもんだよ大体は
それが値相応かそれ以上かそれ以下かは別としてね。
比較的モノを欲しない自分としては よくよく購買行動を考えると
人がモノを買うと決めるまでには
幾つかの段階、過程があるんじゃねっ? て思うようになったんです。
で、買ってもらえない商品の理由がどこにあるかを考えると同時に
自分が不要なものを買わないための防衛策として 非買の過程を まとめてみますよ。
この過程を経たものでなければ 売れることはない! って感じでww
素人な人の考えなので適度にアレンジしてくれるといいかもしれません。
でわでわ、思いつくままに。。
○ 非買の過程
1.興味の有無 2.認知 3.必要性(緊急or将来) 4.資金 5.入手(可能性、期間) 6.判断
こんな感じでしょうか。
まず興味が 認知より前に来ている訳ですが どんなにCMを垂れ流そうが興味ないものは見向きもされない
と思うので こっちが先にしました。
もちろん広告で知って興味を持ったというのもありますが
個人的には 興味があったからこそそれを認知することができたと考えます。
100万円のダイヤモンドを1万で売りますっていってもそれに興味がないのでどうでもいいですよって思う。
そもそも金儲けにもダイヤにも興味ないのでそんな情報すら入ってこないっていうね。
認知しても興味がなければすぐにその情報は記憶の片隅に流される。
興味があって それを知っていたとして 次に来るのが 必要性。
安いものなら資金が先に来ることもあるかもしれませんが やはりこちらが先だと思います。
緊急で必要か 将来的に必要か 不要か 度合いは人それぞれ。
不要なものと判断すれば買わないし将来的なものであれば迷うところ 緊急ならば言うまでもなく。
ただこの条件の上、代用品の有無も此処にきます。必要だけれどもそれじゃなくてもいい場合はやっぱり買わないね。
次ぐらいに資金かなぁ。その有無も含めてだけど、それだけの価値があるかってことがメインだと思う。
他のと比較したりしてそれを買うに値するかどうか、
それだけの資金を今出せるか否か(今後の生活も考慮して)
ただ、個人的にはこの段階でもし今急遽必要でなければ値下がりするのを待つ手も考えます。
供給が需要に比べはるかに少ない場合を除き値は上がらんでしょうしね。
どんなに新規のものでも安価な代用品は出てくるものです。
資金の問題をクリアしたら 入手 です。 その可能性や それまでの期間ですかね。
私は入手できるのがはるか先になるようなものは好みません。
必要でも入手が先になるなら それまでに代用品が見つかったり予約するよりは
他で探した方が値下がりもするだろうしね。
でも入手できる可能性が低い・・いわゆる限定ものは ちょっと考えるところです。
代用品があるなら切捨てるけどね。
入手の可能性自体は資金の部分にも絡んでくる判断材料ですが
個人的に手にはいらないものは 必要ないものと判断して 無駄遣いを防いでますw
まぁそんなこんなで よし買うか!ではなく さらに今までのことを考慮して
買うか否かを 判断してます。
かなり慎重かもしれないけどだいたいこんなもんでしょ。
あとは意識しているかどうかだと思うんだ。
最後にもう一度
○ 非買の過程
1.興味の有無
2.認知
3.必要性(緊急or将来)
4.資金
5.入手(可能性、期間)
6.判断
2010年04月03日
なぜ悪事を公開するのか?
最近、ミクシィやらブログやらでいろいろとやらかした
悪いことを 悪びれることもなく 堂々と公開してくれやがるひとが多いわけで
見つかって 掲示板にさらされて 炎上し 削除 退会 することを
繰り返しています。
そんなニュースやら 噂やらを聞いて こう思う人がいるはずです。
「何でネットでそんなこと公開するんだろうか?馬鹿じゃないの?」
不思議なものですよね。
口は災いの元 から 書き込みは災いの元 に変わってしまった昨今。
どうして身を滅ぼすようなことを書くのか理由を考えてみた。
飲酒運転だら成人じゃないのにタバコだとか
日記に書いたり つぶやいたりするわけなんですが
この行為自体はネットが普及していなければ
友達との会話の中で冗談のように語られるような話題なんじゃないかと思います。
それ自体は いつの間にか消えたり 気にしない人が多かったりで
霧散してしまっていたんですが
今は 記録として残り 多くの人が閲覧できるネット環境があるため問題になっているだけだと思う。
簡単な話ネットでの公開は 「ネットで公開する」と言うことの危険性を認識していない人が
やっているに過ぎないんです。
世の中の動きについていけてないというか ネットが当たり前に普及してしまったなかで
昔と同じような感覚で 友達にしか話さないようなことを書き込んでしまっているんだと思う。
友達以外は誰も自分の日記にあんまり興味も持たないだろうという意識もあるかもしれませんが。
会話だと残らない証拠が残ってしまう というところに気づいてないんじゃないかと。
あとは 拡散することを考えてないってことだと。
本人はちょっとやっちまったぜー へへー (^^;)
みたいなノリなんでしょうが 友達もそのノリなんでしょうが
他の人は違う。 ここに気づけてない。
悪いことを公開するのは 意識の低さ故でしょう。
ネットの危険性を意識する人が多くなるつれて これは減ってくるはず。
今はまだ そこのところが良くわかってない人が まだまだ多いってことだと思うんだ。
・・・・・いつしか自分に降りかかる火の粉かもしれない と思っておいた方がいい。
つか自分も いつどうなるか本当にわかりません。。
誰しもが現社会では 監視されているんですから。
2010年03月29日
無意味な日記だよ!!
なんかもう久々の更新です。
今回言いたいことは 2年前の記事にしてます。
素晴らしきバラマキとなった子ども手当の事態も予想できたことだし。
http://blogs.yahoo.co.jp/tobutoriasuka8810/56065869.html
傍観していようかと思ったけどやっぱりダレも見なくても
意見をすることは重要だとおもうんだ。
さてまぁ、現政権に対して文句不満しかなくたってそれは
多くの人が支持し選んだ結果なので 重税をかせられて一部の人のみが恩恵を受けて
それがなおかつ日本のためにならないとしても受け入れなきゃならない。
思い通りにならないのが人生さね。
ぐだぐだ政治のこと言っても仕方ないね。
今日は適当に思いつきで・・・ いやいつもだけどもww
書いてみます。
2ヶ月ぶりの更新だね。
長いし 意味がないし 暇な人だけ読むことを推奨します。
自分のことも含めて世の中で起きていることに対して見聞きするだけで
傍観を決め込むのも楽でいいんだけども
それだけじゃ自分の中で考えが渦巻いては霧散するだけで
それこそ本当に意味が無いんだよね。
どんなものであれ人に伝えることで
初めて価値がうまれるというかそのためのモノだと思うんだ。
肩書きがある人はいいやね。それだけである程度の人に影響及ぼしたり伝えることができる。
そんなものはない一個人には何が出来るだろうね。
ただ毎日をそれなりの目的を持ち過ごし、誰かとすれ違いながら、生きて、老い、朽ちる。
日々は長くとも人生ほどに短いものもないわけで。
終わる瞬間に振り返って自分に何ができたろうかと嘆いてみる。
光陰の矢は生まれたときに 心臓に向かって解き放たれているんじゃないかな。
ああ、そんな世界でさ。自分が生きてるんだけど他の人も同じなわけだ。
誰しもいずれ同じ運命を迎えるさ。
遠くを眺めるときにいつも思う。
多くの人が生きているちっぽけな世界においてなお 知らずにいるんだって。
あの家の人は何考えながら生きてんだろうかとかね。
でも自分は明日のアニメが何かとか晩飯のメニューだとか明日の仕事はとか
それこそ唐突の無いことを考えて そこでいっぱいいっぱいになってしまってる。
要するに日々自分のことを考えて終わってるんだ。
これは他の人も同じなのかなぁと考え出した昨今です。
生きることは 自分にあるんじゃなく 人とのかかわり合いの中にあるんじゃないかと思ってたけど、
実際は今の自分は会社意外では人とさほど話すこともなく、
意見を示すこともなく、生きていながら 意味としては死んでいるらしい。
明け暮れることの出来る趣味もない。 怠生 とも呼べる。
なんというかそれは 殻に閉じこもってるというよりは 外からの一方通行状態。
情報や考えなんかが 自分に入ってきては 消えてるんだ。
それでいいのかなぁと 疑問を感じています昨今。
ここまで読んでくれた人ありがとう。
いないかもしれないけどww。
少なくとも 自分ひとりはいるぜww。
この日記に意味なんて求めちゃいけない。オチもなく。
いろいろ渦巻いていものを書き綴っただけ。 でわ (´・ω・`)ノシ
2010年01月19日
世界共通言語
エスペラント語って知ってますでしょうか?
中学地理辺りだったと思うんですが、 あれ?歴史だったっけ?
まぁなんでもいいや。
世界共通言語 を 目指して作られた言葉です。
たしか太平洋か地中海かの3つの島でのみ使われていたと思う。
うろ覚える過ぎるなぁww。
それはさておき、今や 世界共通言語 と言えば
英語がそれに最も近いような気がします
が
全世界で通じるかというとそういうわけでもない。
当たり前ですね。
最近ふと思ったんですが 音楽ってのは世界共通じゃないでしょうか?
音符があって 五線譜があって
どこの国でもというのは大げさだけど 殆どの 英語圏より多くの人が
同じものを使用して 同じ音を出せるんだしね。
ただまぁ これを言語にまで落とし込めてないのが現状ですよ。
さしずめ世界共通記号 というところでしょうか。
音で意思疎通ができる 文法的なものが開発されれば言語になり得るかもしれないです。
あともう一つ
10の文字で構成され 表し多くの人がその意味を知り
日常的に使用しているものがある。
0,1,2,3,4,5,6,7,8,9
これも世界共通だと思うんですよ。 あとは + − × ÷ 辺りなのかな?
演算子は微妙なところですね。
世界共通言語作ろうと思うなら せっかく世界共通で日常的に使用しているものがあるんだから
これを あるルールに当てはめて構成することで ひとつの言語とすることができるなら
それが一番早いかもしれない
・・・・・・・とまぁそんな 他愛も無いことを考えてみた。
そのルールづくりは 少し困難かもしれないけどね。
数字の羅列による組み合わせと 群と個による断続的な表現 辺りでどうにかならないものだろうか?
というか そもそも言語ってどうやってできたんだろうかなぁ。
日本でも漢字伝わる前は・・ なんか記号だったっけ?
忘れたのか習ったことが無いのか・・
