明日香村文化協会

明日香村文化協会は、昭和53年明日香村の文化の顕彰、継続、発展を目的とし発足した文化団体です。夏期講座、秋冬の文化講座、明日香村文化祭への参画、新年互例会、春の研修旅行、会誌「明日香」の発行等を行っています。 現会長は境山正甫、会員は約300名、事務局は、明日香村教育委員会(明日香村中央公民館)に置いています。 ※ 明日香村中央公民館 〒634-0141 奈良県 明日香村川原91-1 電話番号 0744-54-3636

                                                                                                                                              (令和311)

謹みて新年を寿ぎ奉り
  
御国の安泰と 皆様の御多幸をお祈り申し上げます

ほのぼのと春こそ空に來にけらし天の香具山霞たなびく  (新古今和歌集)

    令和三年 元旦

 


昨年は何かと大変な一年でありました。
大陸武漢由来の新型コロナウイルス肺炎に振り回され、秋にはこれまた大陸よりトビイロウンカが飛来し、西日本を中心に甚大な被害を稲作に及ぼしました。
古来、文字文化をはじめ、あらゆる文化もまた大陸より齎されて来、多大な恩恵を受けて来ましたが、同時に、この大陸、朝鮮半島との付合ひに、聖徳太子、天智天皇、菅原道真、北条時宗、徳川幕府の人々達など、多くの先人たちが苦労をされてきました。明治開国後はヨーロッパ、特に英国一辺倒になり、第二次世界大戦敗戦後はアメリカ一辺倒となり、より速く、より高く、より強く(どこかで聞いたスローガンの様ですが)と、弱肉強食の世界に引きずり込まれ、アジア、日本の文化文明の危機となって居ります。これから先も欧米文化等、他文化との付合ひ方で悩んで行かねばなりませんが、祖先、先人たちが遺してくれた文化文明を、同様の苦労をしながら次の子孫たちに引き継がねばならないと思ひます。「文化」に携はる者の使命かと思ひます。

今年もより良き年となります様に。(田邊竹雄)

◎ お知らせ
一昨年7月の立ち上げより、「明日香村文化協会 公式ブログ」を担当し、1年半に亙り更新を続けて参りましたが、あくまで一常任理事としての業務でありましたので、ある程度私的な感想なども交へて書くことが出来た半面、執行役員・事務局との事務的齟齬も生じることが出てきました。この辺りでこのブログの更新実務も執行部・事務局にお返しす可きと考へる様になりました。
近々移行したいと思ひますので、移行期間中、一時更新が途絶えることがあるかもしれませんが、その場合は御容赦ください。(田邊)

尚、10月号-2 で予告いたしました様に、
・1月24日予定の「新年互例会」
・3月予定の「県外研修会」は、いづれも取り止めとなります。ご承知おきください。
次の文化講座は、「明日香村の歴史探訪 Ⅲ」第1回目・1月30日(土)13:00~、
                        「古文書で読み解く飛鳥 Ⅳ」第2回目・2月6日(土)13:30~となります。

◎追伸   「明日香村の歴史探訪」
令和元年度分第3回目が 約8か月遅れで実施されました。     (12月5日)

今回は、「越智崗周辺の古墳を探る」で、明日香村より出て、高取町与楽古墳群のカンジョ古墳、同 車木にある斉明天皇御陵、市尾宮塚古墳などを案内していただき、最後に、先日現地説明会があったばかりの 明日香村・中尾山古墳にも特別にご案内いただきました。
今回も誠に有意義な充実した探索会でした。千葉県からの熱心な会員のご参加もありました。次回、本年度分は、1月30日(土)13:00からです。 (田邊)

                                                                                                                                      (令和2年11月28日)
◎ 『文化講座-2』古文書で読み解く飛鳥 Ⅳ が 11月28日、漸く開催されました。
講師は奈良大学講師・からくりおもちゃ館館長 安田真紀子先生です。
平成29年、「大和廻り道の枝折」を読み始め、今回は平成30年、令和元年に引き続き秋里籬島著「大和名所図会」の原文(版本)を読み進めました。
ある程度見当がつけば「くずし字用例辞典」で、全くわからなければ「くずし字解読辞典」から探してゆきます。すこしづつ見えてきましたが、まだ自分のものにはなってゐません。
第二回目 2月 6日(土)、第三回目 3月 6日(土)の予定です。
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ちなみに、江戸時代の大和、吉野の紀行文や旅行案内記は、貞享元年(1684)、芭蕉の『野ざらし紀行』、同じく貞享4年(1687)の『笈の小文』、貝原益軒著の『和州巡覧記』が元禄9年(1696)に刊行されてゐる。これを読んでゐた本居宣長が綴った旅日記が『菅笠日記(すががさのにっき)』で、明和9年(安永元年・1772)のことである。この日記写本を手に飛鳥を歩いたのが国学の論敵・上田秋成であったと言はれてゐる。そして秋里籬島『大和名所図会』(六巻七冊)の版行は寛政3年(1791)である。(田邊竹雄)

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