2005年01月03日

「2005食べ初め」 天下一品 本店

京都における天下一品の存在って大きいです。好き嫌いが分かれるのは、あの個性的なスープを思えば仕方ありませんが、「こってり」という言葉をラーメン界に定着させた功績は小さくありません。

ぼくも、なんだかんだ言っても、天一好きなんですね。

で今年最初の一杯は北白川の本店へ行って参りました。 地図

やっぱり美味しいですね。「こってり」なのは当然として、なんでこんなに美味しいんだろう?
何度も食べたラーメンですが、改めて一人で味わっていると新しい発見がありました。それぐらいわかってたよ、って方もいらっしゃるでしょうが、僕にとっては新鮮な感覚だったので書き留めておきますね。


1)スープの温度
一般にはあまり関心がもたれませんが、僕は結構気にしているんですね。屋台など設備が限られている場合は仕方ないと思いますが、よくあるのは「熱すぎる」というケース。僕が猫舌なので食べられない、というのもありますが、あまりにスープが熱すぎると麺が湯だってしまいます。せっかく麺を硬めで注文しているのに、スープが熱すぎるとすぐにゆるくなってしまいます。

しかし、普通のサラサラのスープなら仕方ない面もあります。やはりすぐ冷めちゃいますから、ある程度の温度で出さないといけません。

それが、「こってり」の天一の場合、出されるときの温度はけして熱々でなくていいです。というのも、あの粘性のスープは鉢のなかで還流しにくく、表面はともかく底のほうはなかなか冷めません。むしろ熱々ででてきちゃったら、なかなか冷めなくて食べられたものじゃありません。だから食べはじめから終わりまで、ちょうどいい温度で食べられるわけです。「こってり」の効果ってこんなところにもあるんだなぁと感じました。


2)タレ・薬味の攪拌
ラーメンは鉢にタレを盛り、スープを注いでつくるのが一般的です。天一の場合は、スープの個性があまりにも強烈で、タレ自体は味を調える程度だと思います。ただ唐辛子味噌やニンニクなどの薬味は重要な要素を担っています。

今回、このタレ・薬味を鉢に入れたのちスープを注いだあとで、あまり攪拌していないことに気がつきました。というのも休暇中だったのでニンニクを普通に入れてもらったのですが(いつもはなしか少なめ)、食べ終わるころの底の方へいくほどキツくなってきたのです。そういえば、食べはじめの上のほうはスープまで少し薄めに感じました。

つまり、スープを注いで混ぜることは混ぜるんでしょうが、鉢全体をかき回すのではなく、あくまでもタレ・薬味を溶かすことが目的で、その後ほどよく「沈殿」するぐらいの混ぜ方ではないかなぁと推測します。こうすることで、食べ始めはライトな感じで、舌が慣れてきた後半は味が濃い目になるという寸法です。これは偶然というよりも、確信的なものだと個人的には思います。

チェーン店がすべてこれを踏襲しているかわかりませんが、京都の直営店ではおそらく徹底されているでしょう。考え過ぎかもしれませんが、「おそるべし天一」と痛感した次第です。

そんな新春の一杯でした...。

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天一のフランチャイズ店【京都ラーメン膝栗毛】at 2005年06月12日 17:49