2006年09月08日

しばらく @博多西新

しばらく@博多全国にその名を馳せる西新の老舗「しばらく」を訪れます。
このお店は以前にも訪問したことがあります。もう随分と前のことですが、そのときの回顧録を大阪なんばのフードパーク「浪花麺だらけ」にある同店の支店を訪れたときに綴っています。

今回の再訪は、単に美味しい一杯を食べに行きたかったというに留まらず、実はなぜあの時あれほど感動を味わったのか?という疑問を明らかにせんがための訪問であったといっても過言ではありません。

麺は標準的な極細麺。「博多製麺」という麺屋さんみたいです。バットに広げてから丁寧に手揉みの後、釜へ放り込まれます。
具材はチャーシューとネギ、きくらげ。注文を受けてから小振りの包丁でチャーシューを刻まれています。
テーブルに目をやると、山盛りの煎り胡麻。紅生姜との相性が抜群です。

鉢すりきれまでスープで満たされます。最後は高い位置から注がれます。単にヴィジュアル的な演出ではないでしょう。スープ表面に発生する気泡を作り出す目的なんでしょうか?

最後まで飲み干しましたが、骨粉はなし。タレの色は薄いです。

これが今回いただいたときに書き留めた一部始終です。

間違いなく美味しい一杯です。その日の一杯目ということもありましたが、いとも容易く最後まで飲み干します。いや、気がつけば無くなっていたというほど、受け入れやすいスープでした。食後の満足感も以前と同様に実感することができます。


これは何か?

思い出は記憶の中で美化されます。その美化された記憶もまた真実です。
ですから、無理に蒸し返して分析の俎上に乗せるといった野暮をする必要などないのかもしれません。

が、こうしたブログを主催している以上、敢えて私見を綴っておかないとならないと諦めて、筆を進めます。

鉢を湯に浸け、器を温めますが、その後、湿った内壁に白い粉が塗されておりました。丁寧に、そしてまんべんなく。

僕は旨味調味料を否定しません。むしろ適度な使用は費用対効果の面など、現実的な問題として容認の立場を取っています。その存在自体を否定するような論評を見ることがありますが、その発言者自身が現実を知らなさ過ぎると思いますし、また「ラーメン店」においてのみ、この調味料の使用の可否が問われることが多い風潮もいかがなものかという感想をもっています。

そういう前提を明示しておかないと、なかなか理解が得られにくいことを予めお断りしておきます。


実に上等をお使いである!(^◇^)
旨味調味料にも、いろんな種類があって、ピンキリだそうですね。その差が須らく判別できるわけではありませんが、ここでいただいたものが、嫌味が少なく、後口がよく、膨満感を引き起こすこともない、とても品質が良いもののように感じます。また、豚骨出汁との相性が抜群にいい。とてつもなくいい。グルタミン酸とかイノシン酸とか、その塩梅が関係するのでしょうが、この相性の良さは永年のお店の歴史に裏付けられた完成形をみる気がします。

思い描いた美しい記憶が脆くも崩れ去る瞬間なのかも知れません。ただこれも現実。どちらが幸せだったかは、誰も答えを出すことができません。

まるで20年ぶりに会う初恋の人を記したような表現になってしまいましたね...(^_^;)

一私見です。間違った見識だと、ご叱責されませぬように...。

地図 

【2006年9月8日訪問】

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