2017年09月21日

「鶴巻温泉の歴史」

d4c89b62.jpg柘山寿郎(つげやま としろう) 172ページ 昭和63年 近代文芸社

タウン誌「ディープ鶴巻」の情報原稿に応募するつもりで資料を調べている。本書は昭和2年小田急線の開通とともに開業した鶴巻温泉・光鶴園をめぐる経緯が書かれている。

光鶴園は小田急の肝いりで(小田急が土地を用意し経営者を決めるというやり方)で発足した。いわば小田急の”国策”会社である。著者は旅館営業開始の数年後に創業者の伯母から経営一切を譲り受けて社長になった人。その経緯を各種契約書などを掲げて説明している。そしてこの社長は戦後秦野商工会議所の会頭を6期18年も努めたという経済人としても知られる。

小田急から土地を譲られた経緯、小田急線開業初日の混乱、性風俗博物館の設置、など詳しい事情がわかった。


atelier246 at 19:24|PermalinkComments(0)読書 | 歴史探偵

2017年09月20日

マツタケ山の話

6df7d079.jpgきょう長野県飯田市近郊に住む友人が来てキノコの話になった。まずここで有力な産業である”マツタケ山”の入札取得について。

この村には区有山(森林組合)があってマツタケが生える。毎年の季節前にマツタケを採る権利の入札を行う。大体10区画あって一番広い区画で2町歩もあるらしい。入札できるのは組合員つまり村民に限られる。

友人の知り合いが村の有力者でこの人が入札する山は大体わかるので他の人は入札しない=できない雰囲気=のだという。そして今年この人が落としたのは50万円の権利山だった。これは中程度の権利金だそうだ。

そして山を落とした人は人を雇ってマツタケの採取、出荷、販売を行うが利益の分岐点はだいたい落札の3倍だという。つまり知人は今季150万円以上の売上がなければ十分な儲けにはならないという。

そして飯田の友人はマツタケ以外のキノコを取りに行くがその適季は山の温度が20度以下に3日間ほど続いた頃がいいという。彼はそれを10月第1週とみて山に入る、と言っていた。小生はその時に連れて行って貰う(山には入らない。下で酒を飲んで待っているつもり)。楽しみだ。

atelier246 at 17:56|PermalinkComments(0)おばか | 自然

2017年09月19日

小田原句会

4815e3a2.jpg7月から毎月1回小田原で開かれる句会に参加している。つまり今回が3回目。駅近くの喫茶店の1室を借り切って行われた。参加料(指導料)は2000円でこれに喫茶店の場合は場所代・飲み物代が別に700円(公民館の場合はなし)。

本日は参加者が少なく女性9人、男性2人+先生だった。先生は素晴らしく能力のある人格者だがどうも参加者がもひとつ納得できない。その多くは自分の句の製作動機や他人の句の批評をするにあたって”詩歌”に対するのではなく個人的な生活を述べるにとどまっていて勉強の参考にならない。来月以降はやめようか、と考えている。

句会終わってタウン誌小田原支社長と支社長就任祝いで一杯やる。いろいろ面白い話があった。

「甚平着て 父もかくてか 句を作る」

atelier246 at 22:28|PermalinkComments(0)詩歌 

2017年09月18日

「サンカと説教強盗」〜闇と漂白の民俗史〜

8b5b0fc1.jpg礫川全次(こいしかわ ぜんじ) 1992年 批評社

読みやすい専門書である。前半は”説教強盗”についての事実解説。大正極末から昭和3年までの約3年間、東京近郊(今ではほとんど都区内)で同一犯人による連続65件の押し込み強盗が発生した(本書に一覧表あり)。新興住宅を狙ったものであり押し込みのあと(始発電車の時間待ち?)被害者に防犯の説教をするなど長時間被害者宅に居座ること、奪った金品の多さ、(婦女暴行を伴うこと)などの特徴から重大な社会問題だった。

そして犯人の逃走方法が特異である(足が速い)ことから事件当時の警察から”山窩”(サンカ)ではないか、と見られていた。

ここから後半サンカの考証へと進む。民俗学の柳田国男、サンカ小説の第1人者の三角寛などの説を引用しつつ批判する。なかなかわかりやすい。当市でも20年ほど前まではサンカの流れを汲むと思われるグループを見たことがあるので一層興味深い。

atelier246 at 18:32|PermalinkComments(0)読書 | 歴史探偵

2017年09月17日

ディープ鶴巻

41913643.jpg<FB>「鶴巻のディープ情報」募集! 昨日のタウンニュース秦野版で当店”キノコ蕎麦”の広告を掲載しましたがその隣に載っていた記事です。おお、ちょうど好い。鶴巻の「弘法の里湯」の入り口に石組みの大きな常夜灯(灯籠)があってその中央に俳句を刻んだ石碑がはめ込まれています(ボクは拓本が趣味でこれを採取しました)。この常夜灯は里湯ができる前の「光鶴園」旅館にあったもので俳句の作者も当時の社長だったようです。そしてこの旅館には一部で有名だった”秘宝館”がありましたがそのお宝は今どうしたのでしょう。そんなことを書いて応募しようかと思っています。みなさんもどうぞ。


atelier246 at 20:52|PermalinkComments(0)歴史探偵 

2017年09月16日

飯田の話

e8c6159a.jpg夕方BSTVで”寅さん”の一部を見た。香川京子がマドンナだ。そのマドンナの死んだ亭主の出身が長野県飯田市だって。きょうは飯田にばかに縁がある日なのにびっくりした。こんなこともあるんだな。

(大学の1年先輩に”飯田”さんという人がいた。仙台市内の女子高の校長までいったが退職直後になくなってしまった。この人は”イイダ”ではなく”ハンダ”と読む)

〆ちょっと原稿を書く必要があって「小田急電鉄史」の分冊を読んでいる。この本を書いた人の経歴を見たら長野県飯田の出身だって。ただそれだけだけど。

蕎麦屋で使うキノコが足りなくなりそうだ。去年はシーズン後半に長野県に住む友人が多量のキノコを下処理(掃除、加熱した後冷凍まで)したものを持ってきてくれた。聞くと飯田市の森林組合でマツタケの取引が行われるがその際マツタケ以外の”地”キノコも売買されるんだって。これが種類が多く値段も安いらしい。で今年も頼もうとしたら引っ越してしまった。で、きょうネットで調べたらこの組合は飯田市にある”飯伊(ハンイ)森林組合と言うらしい。きょうこんなことを調べていた。

そしたら寅さんだ。こりゃ再来週あたり飯田に出向くことになりそうだ。色々因縁のある話。

(写真は3日前のバスツアーで奥さんが買った土産。干した山ぶどう=南アフリカ産だよ=とヒジキ。変なものを買ったなあ)

atelier246 at 19:42|PermalinkComments(0)おばか 

2017年09月15日

蕎麦屋のタウン誌広告

3d940bc9.jpg<FB>キノコシーズン到来! 本日のタウンニュース(秦野版)に当店の秋冬メニュー広告掲載。9月前半はタマゴタケ、チタケなど。後半からショウゲンジ、イグチなどの天然キノコで田舎風蕎麦です。万願寺入り京風ニシン蕎麦も好評。各800円。”広告見た”で100円値引き。秦野市堀山下815「相州ぼそそば庵」営業11時〜14時 不定休

タウンニュースの前編集長とは3年来の付き合いで拓本などの一般ニュースも取り上げてくれた。その編集長が小田原の支社長に栄転。代わって女性支社長が就任した。同時にそれまで週2回のタウン誌発行が週1回に減った(=タウンニュースは神奈川県内全域で各地域版を発行しているが秦野が発刊の地であることから広告主が多いらしく?唯一?週2回の発行だった)。

で現在の支社長・編集長とはなじみがないので小田原支社長に頼んで紹介してもらった。女性支社長が来て広告を組んでくれた。紹介ということで格安で引き受けてくれた。

よって初日のきょうタウン誌を持って来る客あり(100円引き)。まあ効果はどうかな。それにしても天然キノコの確保だが去年は長野県飯田に知り合いがいて格安で仕入れ、下処理までやってくれたが今年は不在だ。飯田まで遊びがてら出張するつもりがある。




atelier246 at 19:50|PermalinkComments(0)ぼそそば 

2017年09月13日

海鮮バスツアー

db20032f.jpgバス会社の日帰り”ミステリー”ツアーに参加。奥さんも一緒。どこに行くか行き先内緒ということだったが昼飯が海鮮づくしというので房総か静岡方面と思っていたら房総だった。

東名から木更津へ。奥さん”うみほたる”は初めてで天気良く海を見て感激していた。最初の立ち寄り先は山の中の養蜂場。なんの施設もないところだが従業員青年の口上がよろしく(=隣室のお土産売り場では買わないでください、おみやげはボトル定量ですが作業場では口いっぱいまで入れます)。試食のヨーグルト蜂蜜味比べもよかった。

続いて農産物会館へ移動。小さいポリ袋で野菜詰め放題をやったがかなりゲットできたよ。

期待の昼食は伊勢海老、あわび、ホタテ、サザエの各1匹丸焼き。形が小さいのはやむを得ないが新鮮でまあよかった。漁師飯(醤油ご飯)、漁師汁(魚アラ汁)、サンマは食べ放題。サンマは塩なしだったが新鮮でうまかった。お代りする人多し。

あと”ノーミゾの滝”を見る。ここは数か月前に他のバス旅行でも訪れたが2度も行く所ではない。帰りバスで”軽夕食”ということでアサリ飯がでる。皆自宅に持ち帰る。ボクは持参の焼酎を飲んで帰ったが他の人は歌うでもなく飲むでもなく静かなものだった。見るところの少ないツアーだったがこんなものか。料金2人で2万円。お土産5千円。
<奥さんの脚の状態がおもったより深刻だったことに気づく>

atelier246 at 21:17|PermalinkComments(0)家族 

2017年09月12日

「山窩は生きている」

d1b54ef4.jpg三角寛 2014年 河出書房新社
著者得意の”山窩”小説とエッセイ。山窩(サンカ)とは近代以前村落に定住せず野山を渡り歩きながら独自の生活と規範を持っていた集団。明治以降は(戸籍を持たないため)兵役・教育・納税などの義務を果たさず定住民から特殊集団と見られていた。”山窩”というのも元は警察用語とされ、自らは”ソデシ”と名乗っていたそうだ。

著者は警察担当記者だった昭和8年30歳の時、ひとりこの集団と接触して親交と知識を深め戦後に至るまで多くのルポと小説を残した。

本書は戦後のNHKアナウンサーとして有名な藤倉修一氏を案内して山窩一家を訪れたいきさつや短編小説を含む。

興味深いのは刑事と水晶取りの山師が山窩を追って山中に仮泊する下り。キノコを採って食料にするのだがその中での会話。マツタケといっても各種あり旬の秋の他梅雨や土用、真夏のものもそれぞれうまい。シメジも色々あって食味は最高だ。これを知らなきゃ日本人じゃない、とまで言い切っている。ふたりはこれを焚き火で炙って塩を付けて食う。うまそうだ。

小説の中身のほかに表紙の写真に注意が行く。草花を手にした10歳位の少女が1歳半くらの男の子を背負っている。風体は汚れているが顔がなんとも意志力に溢れている。一般的な村人とはちょっと違うと感じる。今はなくなった人と風俗。

atelier246 at 19:49|PermalinkComments(0)読書 

2017年09月11日

女の子 男の子

ようやく涼しさを増し夕方この秋初めて”噴水公園”ドリンキングをした。25度焼酎1合、イワシ蒲焼き缶詰、シジミにんにく醤油煮。定例のベンチに先客あり。小学生5人組が(男の子)楽しそうに菓子を食ったり水辺で遊んだりしている。どうやら昨日学校行事があり代休となっているらしい。ボクは隣のベンチで飲み読みしてたんだけどかれらが帰る支度を始めてひとりがボクに時間を聞きに来た。教えるとともにえらいなあー、ゴミを片付けて、と言った。そしたらそれまでも大ゴミはビニール袋に入れていたのだが地面に茹で卵のかけらとチョコ袋の切れ端のようなものが落ちていたがそれまできれいに拾っていた。何年生か聞いたら3年生だって。男の子はこれくらいの時が一番可愛い。一方女の子は3歳くらいだな。この差はなんなんだろう。

atelier246 at 19:14|PermalinkComments(0)おばか 
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