2012年02月10日
30年ぶり!
今日個展会場に、思いもかけない友達が来てくれた。
大学卒業以来30年ぶりの再会。
お恥ずかしいお話、私は理科系の大学を、ゼミの先生のおかげで、
なんとか卒業させて頂いた。
それなのに、大学とはまったく関係のない「陶芸」を仕事としている。
そうした負い目もあってか、大学時代の友人には個展の案内を出していない。
大学に限らず、学生時代の友人、数人以外はまったく案内を出していない。
自分でさえ想像できなかった世界に生きていることが、どこか恥ずかしく、
照れくさいからだと思う。
大学時代の友人はネットで、私の個展情報を知ったと言っていた。
30年ぶりの本当に嬉しい再会だった。
探して来てくれて、本当にありがとう!
ちょっと照れくさかったけれど、とってもとっても嬉しかった!
大学卒業以来30年ぶりの再会。
お恥ずかしいお話、私は理科系の大学を、ゼミの先生のおかげで、
なんとか卒業させて頂いた。
それなのに、大学とはまったく関係のない「陶芸」を仕事としている。
そうした負い目もあってか、大学時代の友人には個展の案内を出していない。
大学に限らず、学生時代の友人、数人以外はまったく案内を出していない。
自分でさえ想像できなかった世界に生きていることが、どこか恥ずかしく、
照れくさいからだと思う。
大学時代の友人はネットで、私の個展情報を知ったと言っていた。
30年ぶりの本当に嬉しい再会だった。
探して来てくれて、本当にありがとう!
ちょっと照れくさかったけれど、とってもとっても嬉しかった!
2012年02月06日
招き猫の町 no.3
招き猫パークにある「招き猫ボート」。
一生懸命お兄ちゃんたちが漕いでいる。
小さな妹と猫は、岸辺にいるお父さんに嬉しそうに手を振る。

子供達だけに任せて遊べることが、少なくなっているように思う。
公園で遊ぶ子供も減っているが、遊ぶ子供の近くに大人が必ずいるような気もする。
そして、子供達の決まりで行える野球やサッカーもなくなっている。
野球もサッカーも、父兄がコーチを呼び、その練習を任せ見学する。
そうしたことに親が、参加協力できる家庭の子供達だけが、
サッカーや野球を続けて行く事が出来る。
将来の野球選手、サッカー選手を目指して、子供も大人も必死になる。
親の力による小さな頃からの英才教育も素晴らしい事だが、
子供達だけに任せられた「遊び」の世界で、子供達自身のルールで
解決していくことを、もっと大人は遠くで見守って良いのではないだろうか?
それは名選手を生む事にはならないかもしれないが、子供の自立と人間性を
築く最高の場なのではないだろうか?
一生懸命お兄ちゃんたちが漕いでいる。
小さな妹と猫は、岸辺にいるお父さんに嬉しそうに手を振る。

子供達だけに任せて遊べることが、少なくなっているように思う。
公園で遊ぶ子供も減っているが、遊ぶ子供の近くに大人が必ずいるような気もする。
そして、子供達の決まりで行える野球やサッカーもなくなっている。
野球もサッカーも、父兄がコーチを呼び、その練習を任せ見学する。
そうしたことに親が、参加協力できる家庭の子供達だけが、
サッカーや野球を続けて行く事が出来る。
将来の野球選手、サッカー選手を目指して、子供も大人も必死になる。
親の力による小さな頃からの英才教育も素晴らしい事だが、
子供達だけに任せられた「遊び」の世界で、子供達自身のルールで
解決していくことを、もっと大人は遠くで見守って良いのではないだろうか?
それは名選手を生む事にはならないかもしれないが、子供の自立と人間性を
築く最高の場なのではないだろうか?
2012年02月04日
「招き猫の町」 no.2
「招き猫パーク」
遊具というものは、遊ぶ人がそれに対して自分の力と知恵で、
いろいろに遊べる許容力のある物が良いと思う。
「遊具」に遊ばれるのではなく、「遊具」を自分流に遊ぶ。
そこにはもちろん危険が伴い、ルールが必要になる。
そうしたことを皆で工夫し、助け合いながら遊ぶ遊園地が「招き猫パーク」。
全国に在る招き猫を遊具にして、制作。
ロッククライミングと滑り台

大人が考える至れり尽くせりの「遊園地」ではなく、
子供達の遊びの世界を拡げてくれる、そんな遊園地が少ないように思う。
「遊ぶ」ということは、時に危険もあって、ドキドキして、
緊張感のあるものではないかと思う。
遊具というものは、遊ぶ人がそれに対して自分の力と知恵で、
いろいろに遊べる許容力のある物が良いと思う。
「遊具」に遊ばれるのではなく、「遊具」を自分流に遊ぶ。
そこにはもちろん危険が伴い、ルールが必要になる。
そうしたことを皆で工夫し、助け合いながら遊ぶ遊園地が「招き猫パーク」。
全国に在る招き猫を遊具にして、制作。
ロッククライミングと滑り台

大人が考える至れり尽くせりの「遊園地」ではなく、
子供達の遊びの世界を拡げてくれる、そんな遊園地が少ないように思う。
「遊ぶ」ということは、時に危険もあって、ドキドキして、
緊張感のあるものではないかと思う。
2012年02月03日
「招き猫の町」 no.1
2月2日(木)から谷中「ギャラリー猫町」で始まった個展。
石段を上ったちょっとレトロな建物の一階、二階を使っての展示。
瀬戸の新世紀工芸館で展示した作品の2/3位を展示した。
あの広い会場に展開しなくてはならない事もあり、
組作品「招福神社」、「招き猫パーク」、「家族万歳」という
大きな作品群を制作した。


こんな大きな作品を購入するという人はいないが、いらしてくださった
お客様が見て楽しんで頂けるのが一番嬉しい。
「売る」ことはとても難しい作品群だが、こうした自分なりの世界を
陶土を使って表現する事の満足感を感じた。
そう、私が物作りをしているのは、こうした世界を表現したかったんだな、、。
石段を上ったちょっとレトロな建物の一階、二階を使っての展示。
瀬戸の新世紀工芸館で展示した作品の2/3位を展示した。
あの広い会場に展開しなくてはならない事もあり、
組作品「招福神社」、「招き猫パーク」、「家族万歳」という
大きな作品群を制作した。


こんな大きな作品を購入するという人はいないが、いらしてくださった
お客様が見て楽しんで頂けるのが一番嬉しい。
「売る」ことはとても難しい作品群だが、こうした自分なりの世界を
陶土を使って表現する事の満足感を感じた。
そう、私が物作りをしているのは、こうした世界を表現したかったんだな、、。
2012年02月02日
忘れ物
どこかに行く時、行った場所にマーキングでもするかのように
私は、本当に忘れ物が多い。
この2日間だけでも、病院にお見舞いに行けば帽子を忘れ、
車に乗せてもらえば車に携帯を、一緒に食事すれば、飲んでいた薬入れを忘れる。
そして、納品すれば数が合わない。
今に始まったことではないけれど、関わる人たちの手を煩わせて申し訳ない。
気持ちが次に移ると、その前の事をすっかり忘れてしまう。
「認知症」かな〜と不安にも思うときがあるが、
そうなると私は、子供の頃から「認知症」だということになる。
これは、ひとえに小さいときの育ち方としかいえない。
面倒見の良い親と、出来の良い妹に囲まれ、何か忘れても
周りがいつもなんとかしてくれるような中で育ったからだろう。
そんな人たちのせいにしている訳ではないけれど、
この質は努力しても簡単には、変えられそうにない、、。
「三つ子の魂百まで」と言うけれど、本当に昔の人はよく言った物だと思う。
私は、本当に忘れ物が多い。
この2日間だけでも、病院にお見舞いに行けば帽子を忘れ、
車に乗せてもらえば車に携帯を、一緒に食事すれば、飲んでいた薬入れを忘れる。
そして、納品すれば数が合わない。
今に始まったことではないけれど、関わる人たちの手を煩わせて申し訳ない。
気持ちが次に移ると、その前の事をすっかり忘れてしまう。
「認知症」かな〜と不安にも思うときがあるが、
そうなると私は、子供の頃から「認知症」だということになる。
これは、ひとえに小さいときの育ち方としかいえない。
面倒見の良い親と、出来の良い妹に囲まれ、何か忘れても
周りがいつもなんとかしてくれるような中で育ったからだろう。
そんな人たちのせいにしている訳ではないけれど、
この質は努力しても簡単には、変えられそうにない、、。
「三つ子の魂百まで」と言うけれど、本当に昔の人はよく言った物だと思う。