2013年09月26日

オリンピック競技場の建て替えについて、もう一度考えてみるべきですね5

東京都神宮外苑にある絵画館に向かってまっすぐ伸びる通りは、イチョウ並木が美しい所である。
この絵画館奥にある国立競技場が建て替えられるという話題でオリンピックに向けて、建築家の槇文彦さんが異議を申し立てている。

8万人が入れる巨大施設という点、、神宮外苑という貴重な緑豊かな歴史的遺産でもある点、コスト的にも非常に高いという点。
五輪の為にこれらの点において、計画されている施設は本当に必要か、と疑問を投げかけている。

コンペで当選して決められた計画案ではあるが、本当に必要な規模かどうかも含め、市民を巻き込んで再検討されることもありうるかもしれない。

沢山の課題を抱きながら、決定した7年後のオリンピックであるが、日本の国として、又東京都として、様々な問題を提示していくべき立場にある今の時代。
槇さんの発言は真剣に受け止めるべき課題を投げかけている。

戦後の復興を形にした前回の東京オリンピックとはまた違う意味を国民みんなで考える良いチャンスかもしれない。
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朝日新聞の記事を読んで;http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201309230166.html


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2013年03月20日

建築のノーベル賞「プリツカー建築賞」伊東豊雄さんが受賞5

建築のノーベル賞と言われるプリツカー建築賞の今年の受賞者に、建築家の伊東豊雄さん(71)が決まったそうです。賞を主催する米ハイアット財団が17日(日本時間18日)発表した。
日本人では2010年、建築ユニット「SANAA」(妹島和世さんと西沢立衛さん)が受賞して以来、6人目だそうです。

仙台市のせんだいメディアテークなどを通して建築の可能性を広げようとしたこと、作品の精神性、詩的な広がりが評価された。東日本大震災の被災者が立ち寄れる集会施設「みんなの家」(仙台市、岩手県陸前高田市など)をてがけていることも、「建築家の社会的責任の体現」とされた。

賞金は10万ドル(葯50万円)、授賞式は5月29日に米ボストンで開かれる。

伊東さんは「建築の可能性について評価された点が一番ありがたい。被災地での経験も踏まえ、今後はさらに自然や人間と密接な建築を目指し、挑戦を続けていきたい」と話す。

後略

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このブログでも以前にとりあげていたみんなの家」の記事であるが、心か敬意を表したいと思います。



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2013年03月09日

「紙パイプ」で大聖堂を建設;ニュージーランド南島5

2年前にマグニチュード6.3の地震に見舞われたニュージーランドのクライストチャーチで、損壊した大聖堂に代わる、日本人建築家設計のボール紙製パイプを組み合わせて作る仮設大聖堂の建設が進んでいる。
ネオ・ゴシック様式の大聖堂は、町の象徴として市民や観光客に親しまれていた。

2011年2月の地震とその後の余震で損壊し、現在は付近への立ち入りも禁止されている。
仮設大聖堂建設は、日本人留学生28人を含む115人が死亡したCTVビル跡地近くで昨年に始まり、今年4月末の完成を目指している。

防水加工を施した直径60センチ、長さ17メートルのボール紙製のパイプ98本を使って屋根を作り、壁面にはステンドグラスがはめ込まれて、約700人収容の施設が出来上がる予定だ。

設計を手掛けたのは、東京都の建築家、板茂さん(55)。紙の持つ意外な強度や加工しやすさに着目し、世界各地でボール紙を利用した難民の為のシェルターなどを開発してきた。
阪神大震災の際も、神戸市内の教会が倒壊したため、ボール紙製パイプを使った仮設教会を設計した。

クライストチャーチの大聖堂関係者が、昨年、雑誌で神戸の仮設教会について知り、坂さんに設計を要請。坂さんも「地域全体の復興に役立つなら」と引き受けた。

大聖堂主席司祭代行のリンダ・パターソンさんは「日本も地震の被害に苦しんだ。仮設大聖堂が、国を超えた災害協力のシンボルとなって欲しい」と話している。


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読売新聞2月23日(土)の記事から抜粋

紙パイプは意外に強いですよね。ゴミになった場合始末に困るという体験がありますが、逆に利用先によっては有効な資材と言えますね。




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2013年02月07日

ハンサムウーマンで新島八重の暮らした家が紹介されていましたね。5

新島八重は今、大河ドラマで始まった八重の桜の主人公山本八重さんですね。

新島襄はこの八重の結婚相手、京都の同志社大学を創設した人ですね。
新島邸は学生のたまり場でもあり、八重にとっても若い学生と交流することのできる、大切な場所だったようですね。建物は和風の構造でありながら、洋館としての間取りや、窓なども両開きのガラリ窓がつけられていて、2階にはくるりとベランダが廻されていて、工夫が凝らされている建物ですね。

1878年に竣工した木造2階建ての和風建築に洋風の手法を取り込んだ造りの建物。
1985年、京都市指定有形文化財に指定され、1992年の全面解体保存修理工事終了以後は一般に公開されている。

こちらに外観の写真が載っていますが、あまり詳しい写真はないようです。

番組で紹介されていたのは室内は和風の真壁構造で柱や梁が表しで、洋室だったり、和室だったりどちらでもよい仕上がりで一部屋一部屋は広々していて、大勢の人が集まっても大丈夫な広さの造りでしたね。

どなたか直接見に行かれた方は写真など載せてくださるとよいけれど、室内の写真撮影は禁止かな。

いつか見に行きたい建物ですね。

こちらの本に載っているようですね。

私のアンティーク (No.37) (Gakken interior mook)
私のアンティーク (No.37) (Gakken interior mook)



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2013年01月12日

フィンランドのインテリアブランド「アルテック」の創業者は建築家5

AALTO 10 Selected Houses アールトの住宅
AALTO 10 Selected Houses アールトの住宅
モダンでぬくもりのあるデザインが世界的に注目を集める北欧家具。フィンランドのインテリアブランド「アルテック」は、創業者で建築家のアルヴァ・アアルトによる木製家具などで大きな存在感を示す。環境に配慮しながら、時流に左右されないもの作りにかける思いと経営哲学はどんなものなのでしょうか。

アルテックの現在のCEO(最高経営責任者)ミルック・クルベリ氏は1962年生まれ。

家具から照明器具、そしてテキスタイルまで幅広く手掛けているが、1933年に発表して現在も発売している木製の椅子は「スツール60」フィンランド産のバーチ(白樺)材を使った3本脚の商品。
装飾をそぎ落としシンプルなデザインで積み重ねることもでき、これまでに800万脚以上が売れている。

脚部に使っている硬い無垢の木を滑らかに曲げる技術をアルヴァ・アアルトが独自に開発し、それを他の製品にも応用することで、自然素材を使った丈夫な製品作りが可能になった。

ブランドの理念は論理的な考え方と美意識、そして環境保護という3本柱がブランド運営の土台になっている。環境面では、過去に販売した製品を収集して、それを再度販売することで商品を長く使い続けてもらうプロジェクトを始めたり、再生プラスチックと再生紙を混合した新素材を使った椅子を発表している。

日本は米国に次ぐ大きな市場だ。日本の消費者は成熟していて我社の商品の魅力を瞬時に理解してくれる。日本を拠点にして、アジアやオーストラリアでの販売促進も行っている。

女性の経営責任者として、私自身妻であり母であり、経営者でもある。その3役を円滑にこなすことは容易ではない。日本でも訪れる度に生き生きと仕事をする女性と出会う機会が増えた。自分がどんな仕事がしたいのかを明確に思い描くことが大切。そして、どれほど情熱を持てるか。そのことに対しては女性も男性もないのだから。
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以上読売新聞記事より抜粋、要約しました。


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アルヴァ・アアルト アアルト邸とアトリエ ― ヘルシンキ 1936,1955 (World Architecture)
アルヴァ・アアルト アアルト邸とアトリエ ― ヘルシンキ 1936,1955 (World Architecture)


artek アルテック ペンダント 照明 「 A331 BEEHIVE 」 クローム
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2012年12月22日

復興語り合う憩いの場「みんなの家」被災地に続々建てられる5

東日本大震災の被災者が憩い、復興を語り合う場となる「みんなの家」が続々と建てられている。
建築家の伊東豊雄さんらが建設を呼びかけて、宮城県と岩手県の両県で合せてすでに5件目となっている。
さらに福島でも計画が進んでいる。

陸前高田市の「みんなの家」は、建築家の乾久美子さん、平田晃久さん、藤本壮介さんの3人が設計し、伊東さんが監修。同市出身の写真家・畠山直哉さんも助言した。
その経過は8月に第13回ベネチア・ビエンナーレ建築展の日本館で発表し、グランプリに当る金獅子賞に選ばれた。
建設地は津波で流された市街を一望する。被災した杉の丸太を19本を柱に、2階建て、床面積約30平方メートル。1階に薪ストーヴ、台所があり、2階は畳部屋、屋上にはテラス。窓を9箇所設け、開放的で明るい。

11月18日の落成式には、地元住民や協力者など100人以上が集まった。建設資金集めに協力した元サッカー日本代表、中田英寿さんは「まだまだこのプロジェクトは続き、活動も大きくなればいいなと思う」とエールを送っている。
今後の運営は、仮設住宅に住む菅原みき子さんを中心とするNPOが行う。菅原さんは荒涼とした風景に力強く立つ家を「ここで頑張るぞ、というファイティングポーズみたい」と自分達の姿に重ねた。

「みんなの家」は伊東さん、山本理顕さん、内藤廣さん、隅研吾さん、妹島和世さんの建築家5人が、復興支援の為に結成した「帰心の会」が提唱した。
第一号は、2011年10月、熊本県などが資金援助し、仙台市宮城野区の福田町南1丁目公園仮設住宅に、伊東さんらの設計で建てられた。

中略

岩手県釜石市平田第6仮設団地に山本さんが設計した「みんなの家」ではコタツやパソコンを置き、当番が訪れる人を茶菓子でもてなす。「夜は予約制で仲間や家族が材料や飲み物を持ち寄り、利用することも出来ます」という。

中略
他にも「みんなの家・かだって」「こどものみんなの家」などいろいろな「みんなの家」がある。
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以上;読売新聞12月20日(木曜版)文化欄より抜粋、編集。

新しい土地に新しい建築物を造ることが、どちらかというと建築家の仕事であった面が強い。しかし今回の震災で建築の専門家に出来ることは何かと考えていく中で、伊東氏らは一つのシンボルでもあり、被災した方々が憩える場を、又未来のこども達が希望を持って生きていけるように、建築家として一番必要としている場所の提案をして、被災地の方々を励ますことが出来たと思う。

我が家の直ぐ傍に、伊東豊雄さん設計の東京都大田区の保養所がある。出来たのはもうずいぶん以前ではあったが、今回その伊東さんがかかわったという記事を見てここに掲載してみました。


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あの日からの建築 (集英社新書)
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伊東豊雄読本〈2010〉
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建築家シリーズ 「伊東豊雄」 (NA建築家シリーズ 1)
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2012年10月06日

長野県塩尻市に、発電、製材「木」の複合施設が建設される5

長野県は間伐材などを燃料にする木製バイオマス発電施設を併設した国内最大級の木材加工施設(製材工場)を、塩尻市に建設する産学官連携の計画を発表した。
森で伐採されたままの間伐材を建材や燃料として活用し、林業振興を図る試みだ。
廃材ではなく未利用の木材が燃料のばいおますはつでんは全国でも珍しいという。早ければ2015年の稼動を目指す。

計画は「信州F・POWERプロジェクト」。建設予定地は塩尻市片岡地区で、大学誘致のために取得していた遊休地を利用し、敷地面積約8.5ヘクタール。総事業費は約70億円と想定する。
木材加工施設は、広葉樹やアカマツを主体に年間約10万立方メートルの原木を製材、加工する。主に床材や内装材として中国などへの輸出も検討し、年間売り上げは2億7000万円を見込む。

バイオマス発電施設は、使われていない間伐材の原木を年間約20万立方メートル使用する。。毎時1万キロワットを発電し、約2万世帯の一日分の消費電力を供給する事が可能で、売電収入は年間25億7280万円と試算した。

長野県内では、原木で年30万立方メートル分の木材製品が生産されている。両施設の稼動で新たに年30万立方メートルの原木が必要となり、伐採や運搬作業などに年間約400人の雇用創出につながるとしている。原木は県産材が中心で、施設の半径約100キロ圏内から調達する方針、とのこと。

又、発電で生じる余熱は工場で利用する他、塩尻市を中心に供給。ハウス栽培、発光ダイオード(LED)栽培、高齢者福祉施設などの公共施設の冷暖房や給湯に活用する事も検討しているという。

後略
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新しい発電システムの活用と試みが実現されれば、林業の面でも、新しい道が開けるといえますね。




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2012年08月20日

バイオ燃料に活路;社有林の活用法?燃料はペレット5

製紙会社や商社が、広大な社有林を持て余している。 安い輸入材に押され、国産材はなかなか売れない。
森林を放置するわけにもいかず、維持費はかさむ。対応に苦しむ各社は、少しでも活用しようと、間伐材を使ったバイオ燃料を作り始めた。

北海道南部の平取町は、道内一のトマトの産地だ。見渡す限りの栽培用のハウスが並ぶ。三井物産が今春から提携している農家のハウスである。室温は20度に保たれている。三井物産が試験的に入れた大型温風器が、温かい風を送る。燃料は灯油ではなく木製のペレット。道内の社有林から出た間伐材で作ったものだ。

間伐は森林を維持するために欠かせない。地表に日光を届けるため、木を間引き、余分な枝を落としてスギやヒノキの成長を促す。ところがこの間伐材の利用率は3割ほど。年約800トンが放置されている。

これを活用する為に三井物産は、道内の社有林に移動式の木材裁断機を持ち込んだ。木や枝を細かくチップ状にして運び出し、工場で小指大の塊に固める。量産化が上手くいけば、この木質燃料を使う事で、ハウスの燃料費を15%ほど減らせる見通しだと言う。

トマト農家の男性(46)は「トマトの育ちが灯油炊きよりも早く、暖房のもちもいい」との事。

林野庁によると国内の森林の約6割、1453万ヘクタールは、企業や個人が持つ。三井物産の社有林は国内3位の4万4千ヘクタール。1909年にグループで山林を買い、住宅建材向けに出荷してきた。1位は王子製紙の約19万ヘクタール。2位は日本製紙グループ本社で約9万ヘクタール。こちらは製紙原料のため。

60年代に木材の輸入が自由化されて安い輸入材に比べ国産材はコスト高が際立った。林野庁の調べで国内の木材供給量は60年代後半に輸入材が国産を上回ってしまう。

それでも各社は環境保全の観点から社有林を持ち続けてきた。森林の維持にはお金がかかる。王子製紙では約800人が森林の維持に関わると林道整備も含めて、監理に年間約5億円がかかるとの事。

そこで三井物産は「山の収益を少しでも高めたい」と、間伐材を木質燃料に加工して、工場のボイラーで燃やす。原油に換算すると年間33万キロリットルに当たる。

王子製紙はバイオ燃料製造の実証試験を広島県の呉工場で始めた。一日に木材1トンからバイオエタノール300リットルを生産出来る国内最大級の設備である。20年ごろまでには年間数十万キロリットル規模の商業生産を目指すとの事。「環境保全の観点から社有林は簡単には売却出来ない。バイオ燃料以外にも活用できる道を探りたい」との事。

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朝日新聞8月15日より


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2012年07月23日

復興祈念公園;国土交通省が東日本大震災の被災地で建設検討!5

被災した自治体でも同様な動きがあるようですが。
今回の大震災は延べにして約700キロの範囲におよび、関連する市町村だけでも50あまりにのぼる。
それぞれが独立して復興祈念プロジェクトを進めるのはどうか。被災地全体を包括した計画が必要ではないでしょうか。

環境建築家・東京工大学名誉教授 仙田満氏が全地域を「巡礼地」として一体で整備することを提案されています。
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日本を代表する巡礼地といえば四国霊場八十八ヶ所のお遍路が有名ですが、その道程は1440キロ。お寺を巡り歩く事で多くの人が心を静め、人生を見つめる機会としている。

被災地の巡礼ルートでは、各拠点(礼所)にお寺の代わりに上れる祈念塔を建設する。参考になるのは、福島県会津若松市にある会津さざえ堂。 国の重要文化財にも指定されている施設でらせん状のスロープを上り、お参りして下ってくる、世界的にも珍しい祈りの塔だ。

祈念塔は、被災地の方々だけでなく、他の地域から訪れた人も上れるようにする。そこから、被災地の状況を見渡し、復興の様子を眺める。塔の足元には、亡くなった方々を鎮魂する為の静かな祈りの場を設ける。
被災の事実を後世に伝える博物館もつくりたい。

食事、休憩の場所も確保し、その土地の産物や産業を知る場所の機能も持たせたい。
鎮魂、復興への祈り、未来への希望を感じられる場とする。
塔の周辺に緑豊かなオープンスペースを設けて、毎年3月11日に記念祭を催す事が出来れば理想的である。

巡礼というからには徒歩でも回れるように、車道にくわえて遊歩道も整備する。700キロの一部でも自力で歩けば、困難を乗り切る力を養う機会にもなる。
小学生、中学生の遠足や修学旅行にも使う。東日本大震災について考え、亡くなられた方々の無念を思って祈りを捧げて、多くを学ぶ場となればいい。

祈念塔をつくる費用は、公共投資ではなく、民間を含めた柔軟な事業とすることで出来るだけ抑えたい。一ヶ所に年間10万人が訪れて寄付金を納めれば、運営費もやすくできる。
東日本大震災は世界に類がない大災害だった。被災地を「巡礼地」にして、日本の再建を世界中の人に知らせていこう。
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新聞記事からのコピー及び一部抜粋で書かせていただきました。



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atoriebakukentiku at 10:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!新聞記事を読んで | 公園

2012年04月28日

文化財登録された「旧松本歩兵第50連隊糧秣庫」3

この「旧松本歩兵第50連隊糧秣庫」は現在の信州大学のキャンバス内にあります。

こちらで外観を見ることが出来ます。

糧秣庫とは軍馬のえさを置いておく倉庫ですね。

信州大学松本キャンパス(松本市旭3丁目)にある「旧松本歩兵第五十連隊糧秣(りょう・まつ)庫」が20日、国の有形文化財に登録されることになった。かつては旧陸軍第五十連隊の食料保管庫(糧秣庫)として使用されていたという。戦争に関する遺跡が文化財となったことに、保存活動に取り組んできた市民団体は「平和教育につなげてほしい」と今後の活用を期待する。

 糧秣庫は、広さ330平方メートルで赤れんが造り。第五十連隊の関係施設では唯一、当時のままの外観で残っている。赤れんがの建物は隣にもう1棟あったが、グラウンド拡張のため、1994年に解体された。現在は、同大医学部の資料室となっている。

この外に、上田市立博物館保管の「反射望遠鏡」1834年(天保5)幕府お抱えの鉄砲鍛冶で発明家、科学者でもある国友一貫斎が製作したものが今度文化財登録されたとのこと。

又諏訪市出身の考古学者藤森栄一氏が発掘し、収集した資料群、諏訪市の茶臼山遺跡から出土した約3万年前(旧石器時代)の黒曜石のナイフ型石器など5万9千628点がやはり文化財に登録された。これらは諏訪市博物館「藤森栄一記念コーナー」で見ることが出来る。

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