March 31, 2006

0と1の波間に

 さて、季節は一巡しました。
 輪が閉じようとしています。
 吉田(仮)の冗長でデタラメな一年も今日で終わりです。

 喜んだり、ふてくされたり、皮肉を言ったり、つまらない冗談を言ったり、楽しい毎日はこれからも続いていくけれど、とりあえず、シュフレアリスムは今日でお終い。
 
 とても楽しい、嬉しい、充実した一年であったことを報告して、幕を引こうと思います。

 ありがとうございました。ではー。

                             吉田(仮)  
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March 30, 2006

みやげの楽しみ

33deaefb.jpg 親戚や友人の家にお邪魔したり、誰かにあったりする時には場合によって何か手に携えたりする事もあります。今日は好評であったり、気に入ってよく使うものをいくらか並べてみます。

 「亀屋良長 一陽来福
  卵せんべいにグリンピース、黒豆、そら豆が混ぜて焼いてある。類似品はたくさんありますが、亀屋良長のものが一番好きです。香ばしくて、甘過ぎず、甘いものが苦手な方にも好評です。美味しいし、名前が目出たいので気の張らない手みやげに使ってます。

 「ウェッジウッド ワイルドストロベリービスケット
 これは美味い。普通、フルーツフレイバーのクッキーやビスケットであれば少なくとも果汁の色が菓子を染めていますが、このビスケットは真っ白。果実の姿も無い。それなのに濃厚にベリーの香りがして、でも食べるのに邪魔じゃない。さすが!と思ってしまう。

 「和久傳 西湖
 よそ行きの菓子。しかしそれほど高くない。蓮根の粉から作られた菓子ですが、笹の葉を剥ぐと中にきらきら光るべっ甲色の薄甘い餅が入っています。蓮根という素材からは想像し難い上品で美味しいお菓子です。
 これは京都駅「和久博」で懐石の最後に水菓子として供されてもいます。伊勢丹や和久傳で買えます。

 「赤飯まんじゅう
 気軽な土産。リンク先は五健外郎にしましたがいろんな会社で作っているよう。知っている人も多いかと思います。上述の「西湖」の様な瀟洒な物も喜ばれますが、こういう何気なく美味しいものが和んで良いなんて事も往々にしてある。でも、豆が嫌いな私は小豆だけ取り出して食べます。年上の女性にとりわけ好評を博す一品。

 「OGGI ショコラデショコラ トランシュ
 これは大好き。デパートで試食をさせていたら必ずもらいに行ってしまう。ケーキもいいですし、オッジの商品はどれも美味しい。ビターなチョコとしっかり効かせてあるリキュールの香りが良いです。洋酒のアテになります。コンパクトでいいです。

 「坂角 ゆかり
 言わずと知れた有名なエビせんべい。私はエビせんべいは胃もたれする気がしてあまり食べないのですが、よくよく聞いてみると好物としている人がけっこういる。昔、お客さんにつまみはエビせんべいだけでいい、って言う人がいました。酒には専らエビせんべいという感覚はイマイチ分からないですが、喜ばれるなら十分です。

 「ケーニヒスクローネ 神戸アルテナ チョコ味
 これは昔、外資の保険外交員さんが契約日に持ってきたお菓子で、美味しかったので契約した事に満足したものです。中に栗がゴロゴロ入ってます。オッジのチョコケーキのように大人味ではないですが、コーヒーと一緒に食べたら、うまーい。わりと日持ちもするので使い易いです。
 これとは別にバトン状のクッキーがありますが、これは缶がかわいいと言って姪が喜びます。

 「三条若狭屋 南流微我當(なるみがた)」
 主人の実家の人々は甘い物が大好き。南流微我當は和三盆糖を押し固めた物です。見た目はたいそう地味な物ですが、口に入れるとするりと溶けてほうじ茶とよく合う乙な物です。和三盆だけの砂糖菓子は他のメーカも作っていますが、現在知っている中ではナルミガタが最も口溶けが良く、甘みも上品です。

 「すし多賀 あほ坊巻き
 京都の寺町丸太町を少し下がったところにあるお寿司屋さんの太巻き寿司。テイクアウトコーナーでいつも買うので本来の寿司の味は知らないです。太巻きの中身はエビ、イカ、あなご、鯛、青紫蘇など。ちょっとごちそうな感じで、食べたらさっぱり、ぱくぱくいける。
 小腹が空いていそうな時間、腹減らしの相手にどうぞ。

 「鳳来 551豚まん」
 私がもらったら嬉しいからです。

 ざらざらって、書きましたが、手みやげって適当に何気なくしたいし、気持ちも込めたいし、先方の好みも考えるし、結構悩んでしまう。
 たかだか手みやげに時間かけて何やってるんだろうと思ったり、楽しかったり。  
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March 29, 2006

心の隙間

7a9a43f5.jpg 他人が騙された話など聞くと「なんで?」と思ってしまいます。正直、皆そう感じると思う。でも、振込め詐欺でもあれだけの被害が出るのだから、人は自分が思うより余程迂闊な生き物だと思って生きた方が良さそうです。
 
 私は何度かこのブログにも「欲望するところにスキができる」と書いてきましたが、スキとは隙間です。欲望が外に現れるべく作り出す、隙間。
 外側から見れば、隙間の奥に欲望が、(それはこうでありたくない・・・という不安の形をとったりもしますが)ちらちら覗いており、その隙間を突かれると人は自分の欲望を推進力に、まさに滑稽なほど、たやすく何者かに巻き取られてしまう。
 
 そうです。それは、ちょっと、やっぱり滑稽です。
 私たちが詐欺の被害者に向ける眼差しに、憐憫の情と同時に薄く薄く侮蔑の気配が混じる事を否定する人はいますか?「憐れ、憫れ」む時点で、「他人事」と、「見下し」の気分が混じっている。
 なぜなら、詐欺の被害者は心の内側に何らかの欲望を飼っていた為に、はしたなくも「甘い」モノに釣られたのであり、欲望に飼われていた為に「正常な認識と判断」を忘れさせられていた。
 その姿はキノドクでもあり、強烈な言い方をすれば、可笑しい。
 
 「私」は騙されず、「誰か」は騙された。
 例え、その欲望するところが、金銭的な事であれば老後資産の安全であったり、家の発展を願う気持ちといった事、また人間関係であれば単純な恋愛の情であったり、少し人前で体裁良く振る舞いたいというような願望、そういう人間の持って当然のごくのささやかな望みであったとしても、第三者である他人は、騙す人間の性質の悪さを憎むのと同時に、被害者に人間の弱さや愚かさを感じたりもするのではないでしょうか?
 弱く、愚かであることは悪いことではありませんが、それを良しとすることは難しいことです。
 
 人は人であるから騙されるし、だからこそ「騙す」という行為は罪深いです。
 私たちは、人である限り誰でも騙されるのだと思っていたほうが良いと思います。
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March 28, 2006

その瞬間、その瞬間

 私には既にホームで10年以上の時を過ごしている祖母がいる。
 要介護5、両手の収縮、鼻腔栄養の摂取。世界を認識する者が自己であるというなら、認識者が現れるのは何十分かに一度、一瞬。
 最初からそこまで状態がまずかったわけではないが、何度も病気を繰り返す度に衰えた。

 昨日、たまたま実家に居て時間もあるので、暇だという弟と二人で訪ねてみた。私は毎週家に帰りながら祖母を訪ねるのは2年ぶりだろうか。
 いつも自分で行こうと言いだして、ホームに着くと憂鬱になる。昨日も、やはり足は重かった。
 久々の祖母は、以前私が訪ねた時には片手だけであった硬直が両手に及んでおり、鼻から食事の際に使う管を垂らしていた。ケアマネージャーの方は痛々しい姿に見える事を申し訳なさそうにされていたが、ミキサー食を口から流し込んでいた時はむせて苦しがったのだと話していた。滞り無く栄養を流し込んでいる現在、肌の艶は非常に良い様に見える。身体の印象よりは健康であるように感じた。

 リクライニング式の車いすに寝かされている祖母の傾いた顔の前に弟と二人椅子を並べて、交互に話しかける。
 でも、無反応、無反応、無反応、無反応、無反応。
 レスポンスという物をどれほど私たちは求めているだろう。何の反応も得られない相手を思うと、そこに茫漠と広がる「無」を見る様な気持ちにさせられる。
 目ヤニを溜めた瞳だけは忙しく左右に動くけれど、私たちを捉えているのかを判断するのは非常に難しかった。たまに家族の名前などには反応する事もあり、口が大きく動いたり、何らかの音が漏れたりする。
 前回私が訪ねた時はどうも私を理解しない感じであったが、今回は一瞬分かったようだった。弟の事も多分、分かった。

 勧められて、車いすを押してホームの駐車場を一周する。まだ少し風が冷たいが日差しは温かく、空が薄青い。黄色い蝶がひらひら飛んでいて、私たちは一本だけ植えてある枝垂れ桜の下で祖母に「また、春が来たよ」と言った。桜は3分咲きであった。

 ほんの5分程の散歩を終えて戻ってみると、祖母は完全に私たちの事を分からなくなっていた。
 私達は「また来るから」と交代に言って、ホームを後にした。

 歩きながら、「おばあちゃん、今、もう、私たちの事、忘れちゃってるんだろうね」と言ったら、弟が「そうやねえ」と応えた。
 昨日は、天気の良い日だった。   
Posted by atroposzero at 21:36Comments(2)TrackBack(0)シュールの真髄

March 27, 2006

幸福の論理 3

 最初に、昨日の記事夜の九時過ぎに改定してます。

 では、本文。
 少なくとも、私自身はもっと手っ取り早く、快感が欲しい。欲しかった。イヤ、今でも、いつでも、もっと、もっと、もっと、もっと、どれだけでも、快感が欲しい。
 はあ。あつくるしい。これはあんまり幸せになれそうにない。
 これは全然結論ではないですが、方法論として「足るを知る」と言うのは、幸せを味わうための大きな秘訣ではあると思います。

 何にしても、私は、最近は主婦である自分も、主婦であることにコンプレックスを感じる自分も、アリなんだろうと思っている。思うようになった。ようやく。
 シュフであって、シュフ以外ではないし、今、やはり私は幸せだろうと思うし、満たされないものが無いわけでも無い。殊勝そうなことを言ってみたその同じ口で、人を侮辱したり、軽蔑したりする。
 いうなれば、物凄く平凡で普通だ。「平凡こそ幸せ」などと言いたいわけでは全く無いが、でも、意味としてはやはりそういう事なのかもしれない。
 ただひたすらに、自分を「ごく普通の、人の姿だ」と思う。ある人には羨ましいと思われるようなものを所有してもいるだろうし、自分の持たないものを羨む心は常にある。
 私は、たまたま、今の姿で、今の場所に、ただ、そのように、ある。
 ああ、それだけ。時間が前にしか転がらなくて良かった。
 私は毎日、とても楽しく暮らしている、だろう、と思います。

 さて、吉田(仮)の謎の自己解析は一先ず置いとくとして。
 最近、とても、「新しい価値観」が生み出される必要を感じます。ある意味ではあらゆる伝統宗教が既にこの答えを教えてくれているのかもしれません。神無き時代である今、私たちの時代が歪んでいるのであれば、それは私たちが神を忘れたからかもしれない。
 でも、新しい価値観は神であっても、神でなくてもいい。ただ、この先200年、300年先の人々の暮らしを支えうる、時代を貫きうる価値のありかを誰かに語って欲しいし、私は哲学のことを全く知らないので、もう既に「それ」である、というお勧めのものがあれば、是非、本当に、教えて欲しい。  
Posted by atroposzero at 18:23Comments(0)TrackBack(0)シュールの真髄

March 26, 2006

幸福の論理 2

 仕事、時間、金、権力、地位、名誉、ステイタス、プライド、私たちはいったい、どんなものを良しとして、またどんなものなら受け入れがたいのでしょうか?
 大抵そういう思考パターンには、マジョリティーとマイノリティーが必ず存在しますが、私が見る限りマイノリティーも結局のところでマジョリティーへのアンチテーゼです。私たちはそういうものから逃れられはしないと思っています。
 そしてそのようなごくナチュラルな、日常の我々のセンスは大事です。誰かの持つ記号を私たちは、深い思想や主義などではなく、もっと単純にそういうセンスで、ほとんど瞬間的に判断しているからです。
 だから人は見た目ではないと言いつつ、見た目であります。少なくとも、自分についての場合、人は己の見た目をコントロールしなくてはならないし、また、人を見るとき、自分が見た目によってコントロールされてしまうことを忘れてはならない。
 政治において見た目で勝利することは非常に重要です。
 
 主婦の話から、大分ずれてしまいました。振り返れば、私はこの記事を書き始めた時、評論を書く気で始めたのではありません。柳の新芽がきれいだと、柔らかだと、書きたかった。はずです。
 でも、いいです。とにかく、そういう基本を踏まえて考えた時、フラットに考えて主婦は支持される存在であるか。支持したい存在であるか。
 現代社会が抱えているという問題は、この「気分」と根を同じくしていると思います。

 私は私のことを「主婦らしくない」と褒め言葉として言ってくれる誰かと、それをやはり「褒められた」と感じる自分になんとも言えない思いを抱いていました。一年前の話です。皮肉に考えれば、その言葉は「主婦失格」ととらえる事もできるはずです。
 シュフである自分と、私自身である主婦がどんな存在なのかとずっと考えていた。

 何故、そこまで自分と、自分の立ち位置に懐疑を抱くのか、あるいは否定的な視線を持つのか不思議に思う方もいるでしょう。確かにいつでも懐疑的な姿勢であるのは私独特のものかもしれませんが、そういう思いを跳ね除けうるほどシュフというのは分かりやすく評価されない。何故人の評価を求めるのか?と問うなら、人の評価を求めない人が本当にいるのか?と答えたい。
 つまり、「他人に、評価されたい」。
 ブログを始めた理由の一つです。今なら、はっきりそうだと言える。
 
 誰でも最終的にはそうでしょうが、シュフは環境が既に、自分で自分を評価するしかないようにできている。その中で例えば評価を試みるなら、その場合、夫の自分への評価(それはただ日常の中で感じるという類のもの)、また生活そのものに自分が感じるものを足場にしなくてはならない。
 それを足場にして考えた、評価は良さそうだ、と出たとする、出たとしても。
 何という頼りない話でしょう。と、思う。
 
 ・・・まだ、続く。
  
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March 25, 2006

幸福の論理

 本日は所用があり京都にいます。おかげで久々にのんびりした土曜日です。
 私は土日働いている代わりに、ウィークデイはゆっくり過ごせているので体力的には問題ないのですが、そうは言ってもウィークデイなら主人が仕事でお休み気分ではないですし、土日は自分が仕事なので、なんとなくダラダラと、毎日仕事・・・という感じです。
 「今日はぐたーっと寝て過ごそうウ」、とか、「何もしない日」、なんていう日がない。私は働いている方に比較してかなりゆるやかな生活をさせてもらっているとは思いますが、オフとオンのメリハリが無いのでなんとなく疲れは溜まっている様な気もします。
 ちなみに主人は土日私が留守の間、ほとんど布団の上にいるそうです。TVを見たり、本を読んだり、二度寝をしたり。勤めている5日間があるから当然の権利ですが、そういうきっちりした休暇が、ちょっと羨ましい。
 
 主婦の生活はいつでもオフで、いつでもオンです。そういう生活は当然、一人の人間に「日常」というものを体の芯まで沁み込ませます。一般的な主婦のイメージにだらしの無さや、厚顔な姿、安い感じが伴ってしまうのは当たり前のことですね。いつでもオフで、しかもオンなら、気張った格好をする必要はないし、汚れて困る姿でいるわけにもいかない。
 日常がただ、際限なくダラダラと延々にある、というのが多くの主婦の生活の本質ではないかと思います。
 だから、皆、「素敵な奥さん」になりたい。

 主婦とは何者であるか、どういう存在なのか、と考える事は現代社会を考えることと同じだと思います。
 主婦の仕事、主婦の暮らし、主婦の手にするお金とその意味、その金額、その金額の社会での相対的な意味、主婦の時間、主婦のステイタス、主婦が感じる幸せ、感じるべき幸せ、期待される主婦像。
 それを私たちの価値観でどのように見るか。現代社会では「価値観を共有する」などということは無いのかもしれませんが、それでも漠然と我々を覆っている気分があるはずです。

 長くなったので明日に続けます。  
Posted by atroposzero at 16:25Comments(0)TrackBack(0)シュールの真髄

March 24, 2006

拝啓 堀田善衛 先生

 拝啓 堀田善衛 先生

 ご無沙汰しております。もう先生の本を手に取らなくなって随分と日が経ちました。昔、まだほんの数年前まで、一冊を何年もかけたりしながら、先生と話す時間を楽しんだものでしたが。
 最初に先生にお会いしたのは、私が高校生の頃でした。
 もう記憶も曖昧ですが、どこかの外部模擬試験を受けた際、先生の「路上の人">路上の人」が出題されていたのだと思います。長編小説の極一部、ほんの一部分が抜き取られていただけですが、先生の文章はテストであることを忘れさせるほど面白く、テストの後「路上の人」を探して読んだものです。まだネットも今ほど発達していなかった当時、本屋に並んでいない本は無いに等しい時代でしたから少し手間取りました。
 私は、先生に熱中し、先生の書籍を見つければ必ず買って読んでいました。先生の思考そのものが好きでした。深く、人間と、世界を見つめていく、視線。まじめで、慎ましく、清潔で、小市民的な、知性。もうかなり消化されてしまいましたが、先生が現在の私の血であり、肉であることに変わりありません。

 先生のご本、色々ありますがまだずっと若い頃は「広場の孤独">広場の孤独」に強い影響を受けました。何もできなくても、何かにならなくても、コミットしなければならない。これは随分後になってサルトルの思想そのものであることを知りましたが、当時の私はそんなことも知りませんでした。ただ、「そうだ!」と奮い立ったものです。
 そもそも、ほとんどサルトルを知らないのに、私が「サルトル的で古い」と指摘されたりするのは、先生の影響に違いありません。今の私は、ぼんやりと、やはりサルトルや先生の生きた時代は希望に満ちていたのだろうと考えるだけです。もう私は世界がとても遠くて、何かにコミットしようとは思いません。
 しかし、例え、古さを感じるとしても、先生の教養に裏打ちされた透徹した思考は、時の経過に耐えうるものだと思います。先生は歴史に生きた様々な人を題材に、人間を見つめる作業を繰り返された人ですが、ゴヤやモンテーニュ、長明、定家、ロシュ・フーコー、人選自体に生意気ながらシンパシーを感じます。
 「方丈記私記">方丈記私記」大好きです。薄い本なのに読むのに2年程かかりました。「方丈記私記」の後に「方丈記」改めて読みました。「方丈記」が大好きになりました。ある意味では「広場の孤独」で、私に社会への接触を志向させた先生自身が、「方丈記私記」によって、現在の私の不毛と困惑への道筋を作ったのだと思います。
 「19階日本横丁">19階日本横町」はあまり好きではありません。随分皮肉の効いたものですが、何というかペダンティックというか、教養人の悪い面が出ているような気がします。
 スペインにも行ってみたいです。先生が好きならきっと私も好きだろうと勝手に思っているのです。
 そうそう、話は変わりますが、私、「路上の人」のおかげで、プロポーズされたこともありました。19の時です。多分、その人は私じゃなくて「カタリ派」が好きだったんだと思います。でも、あの時結婚していたら、今頃私はパリに住んでます。そんな人生も、あったかもしれない。

 こんな風に、突然手紙を書いたりして驚かれたと思いますが、今年に入って急に狂ったように先生の本を買い集めたので、なんとなく書いてみたくなったんです。今はインターネットと言って、パソコンを使って簡単に自分の欲しい本が見つけられる場所があります。おかげで欲しかった本をかなり集められました。先生が亡くなられたのは1998年、まだそんな生活はちょっと遠い話でしたでしょうか。
 それにしてもいざ手に入れてみると、何と言うか手に入れるだけで満足のような気になってきました。だからせっかく買った本置いたまま、相変わらずロクでも無い広告ばかり読んでます。

 いつか、また、気分が変わったら、手に取ったりする日が来るのかもしれません。
 その時は、色々お話して下さい。
 では、また。

                            敬具 吉田(仮)  
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March 23, 2006

ケッコンと味噌汁

c5375207.jpg 昨日、主人の実家から北国の海の幸が届いた。
 いつも思い出しては何かと送ってくださるのでとても助かっているし、何よりあちらは食材王国・美味の国なので何でも美味しいのが嬉しい。今回はカレイの干物と、生ワカメ、そして法事でもらったらしき果物。
 カレイの干物は、恐らく海岸端にある小さな小間物屋が趣味のようにして売っている乾物で、お手製干物製造機(洗濯物干しポールの支柱をモーターで回転させることで、ぶら下げたイカや魚の乾燥を促すマシーン)でぶん回されていたものに違いない。サイズもバラバラだ。ワカメは部落の前に広がる海で取ったものが、地区の漁協に売られていたのでしょう。果物は荷物の隙間を埋める為に使われている。

 多分、今回、先方が送りたかったものはワカメ。毎年春先に送って下さるのですが、これがまた、めっぽう美味い。磯の香りは豊かで、歯ごたえもあり、みずみずしく、身も厚い。私は、ワカメが大好きなのでスーパーで1パック買ってきておやつ代わりに食べたりしますが、あちらから届いたものを食べた後にスーパーのワカメを食べるとプラスティックを食べているような気分になる。全く違うものです。
 生ワカメは刺身も美味しいし、アルミホイルに乗せてグリルで素焼きにして食べたりもします。後は、お味噌汁や、若竹煮。若竹煮はべらぼうに美味いですね。ただの筍とワカメなのになんであんなに美味しいんでしょう?

 ところで主人の実家ではワカメの味噌汁には必ずジャガイモがセットになって入ってきます。あの地域ではごく普通の取り合わせなんだそうです。
 最初は変わってると思ったし、今でも不思議な組み合わせだと思うので昨日「なんで?」と聞いたら、「どちらもたくさん有るから」との事でした。
 ふむ、分かり易い。

 一方、私がねぎとワカメで出したら「変わった味噌汁だ」と言われた。そうだったけ?言われると、葱は磯の香りを消してしまうと考えられなくも無い。が、そこに豆腐なんか入っていたら物凄くポピュラーな気もするのだが、豆腐ナシだとそれは違うものなのか・・・?

 さて、今日は味噌汁の話題なんですが、世の中にホントにそんなことを言う奴がいるのか知りませんが、「俺に味噌汁を作ってくれっ」なんて言ったら、ま、一応プロポーズになるようです。言い方さえ巧くやれば、意外にドン引きフレーズでもなさそうな気もしますが、とにかくこういうことを人が思いつくように、味噌汁は「家庭」にぴったり寄り添うアイテムです。
 実際、主婦として食事を作り始めたりすると味噌汁にはとかく注文を受ける。
 「煮た立たせすぎだ」「具が多い」「きのこが少ない」「切り方が大きい」「葱に火が通りすぎだ」「盛り方が多い」「キャベツの味噌汁は好きじゃない」「冷めている」「この味噌は良くない」云々、云々。
 今日はどうもあまり機嫌が良くない様子で「味噌が濃い」と言って、ご出勤なされた。
 先に挙げた「ジャガイモ×ワカメ」ではないですが、具材もやはり育った家の文化が出るので何かと意見の相違が出たりします。私は味噌汁の具に「もやし」や「南瓜」、「さつま芋」、「里芋」、「キャベツ」「大根」などいかにも「里」出身者らしいものを単体で使ったりしますが、今挙げたものはどうも好みではないらしい。
 美味ければいいので、私はあまり自分の家風に拘っていない「つもり」ですが、きっと固執したりするともめそうです。
 
 結婚生活で実際もめたりする一番可能性の高いのは、味噌汁がどーのとか、洗濯の干し方どーのとか、物の置き方、掃除の仕方、食事の時間などなど、どーでも良いような事がもっぱらの様な気がします。
 でも、もう、これらのことは、全く、全然、どうでも良くないです。
 自分の習慣を相手に合わせて変えていけなさそうなら、その相手とは結婚しない方がいいとは思います。  
Posted by atroposzero at 12:26Comments(2)TrackBack(0)チクリンさんの日誌

March 22, 2006

我が家のお茶は

1dcfa8c4.jpg 我が家で「お茶」と言えばほうじ茶です。
 私は、渋い煎茶も大好きなのですが、主人の家の人たちは「煎茶は刺激が強すぎる」と言って、余程のことがないと飲まない。よって、結婚以来家で飲むお茶はほうじ茶。ちなみに煎茶は緑茶であるが、私が煎茶を「ミドリのお茶」というと、主人は「黄色いお茶だ」と言う。「いや、緑だ」と言うと、「キミは色盲のケがあるのじゃないか?」とくる。
 あれは、どうしたってミドリでしょう?

 とにかく冬は暑いほうじ茶、夏はほうじ茶を冷ましたものを飲んでいるのですが、ほうじ茶ばかり飲んでいると緑茶が貯まってしょうがない。ウチは商売柄もあるのか、お茶を頂く機会が多いのですが、そんな時にほうじ茶を持たせるようなところはまず無いので飲むアテのない緑茶ばかり増えていく。
 そこで、ある時から煎茶を焙烙で炒るようになった。まあ、いくら「焙じた茶」であっても、既製品であるほうじ茶が「製品としての緑茶」を単純に炒ったものと同じであるとは思えないが、一応、家で炒っても緑茶はほうじ茶に変身する。
 が、たいていまんべんなく火をじっくり通すなんていう細かな芸当はできなくて、焦げ風味の強いものと青々したままの茶葉の不思議なブレンドティーになる。
 負け惜しみですが、その時その時で味が違うのも、また、乙だ。

 ほうじ茶と言えば、京都のほうじ茶は有名で「京番茶」などと言って以前商品にもなっていましたね。今もあるのでしょうか?
 ただ、記憶では、あれは普通のほうじ茶で本来の「京番茶」はそりゃ、変わった飲み物です。そしてとても質素な飲み物です。
 京都の老舗料亭や、歴史ある町の定食屋さんなんかでは極普通に「京番茶」が出されますが、あれを初めて飲んで美味いと思う人は数少ないだろうと思います。飲んだことがある人も多いと思いますが、とりあえず初めてなら「うげっ」と思う、と思いませんか・・・?京都人以外の方。
 ただ、慣れるとなんだか口の中がさっぱりするので、あれはあれで美味しい。
 風邪の時に緑茶でうがいをすると良い、なんて言いますが、京都の方はほうじ茶でうがいしたりもするようです。

 またほうじ茶つながりということで、今回は美味しいほうじ茶もご紹介。
 金沢も京都に似て伝統文化の薫り高い地域ですが、金沢に丸八製茶というお茶屋さんがあります。
 主人の両親は二人とも能登の人間なので、北陸に縁が深いのですが、何かの機会で金沢に寄った際に義母が見つけてきたのが、丸八製茶さんの「加賀棒茶」。
 本来、ほうじ茶とは日常使いのごく安価なお茶であるという考え方をすると「加賀棒茶」はかなり値の張る商品で、高価な商品だと50グラム¥2000以上します。完全に嗜好品です。
 が、さすがにお値段が張るだけあって香りも素晴しいですし、味はまろやかで丸いです。何度かお土産にした事もありますが、普段ほうじ茶を飲まない方にも大変好評でした。
 毎日食事のお供にごくごく愛飲するワケにいかない感じなので、金沢に寄る機会があったら土産として買って、旅の余韻に浸るような飲み方をしてます。
 
 ちょっと気の利いた、さりげなくて大人っぽい土産として活用してもらえるんじゃないかと思います。  
Posted by atroposzero at 18:25Comments(2)TrackBack(0)チクリンさんの日誌

March 21, 2006

お父さんはクレイジー  男の人生編

 先日の弟の就職をもって、父の父親としての仕事もひと段落がついた事になる。
彼は非常にほっとしたようである。曰く「これでお母さんに会っても、顔向けできる」との事だが、もしも母が父に会うことがあるなら、父が自分を認めなくても父を褒めてあげるだろう。
そして、もしも私も母に会えるなら、私のこともちょっとは褒めてくれそうに思う。

 ・・・
 今、多分、初めて、切実に、母親に会いたいような気になった。
 私、褒めて欲しい。
 
 
 さて。
 我が家のクレイジーな父親の第二の人生の夢は膨らむばかりである。定年まであと6年。
「バカになって働かなきゃならないなら、いつでも辞めてやる」とは、彼のお決まりの台詞だが、あの様子では引退する気などサラサラなさそうだ。
子供に金がかかろうがかかるまいが、うどんと豆腐をガソリン代わりに日本全国を駆け回るに違いない。ちなみに、彼は東京に出張の際の昼食はいつも東京駅の「大盛りカレー¥290」なんだそうだ。
それを聞く直前、弟と私は散々父の悪口を言っていたので、なんとも言えない気分になってしまったが、多分そういう選択は節約というより彼の性分なのであまり気にかけないでおく。

 そして、彼の夢見るリタイア後とは先日の話では「ブータンで松茸のブローカーをする」ということ、だったはずだが。
 先日話していたら、またぜんぜん違うことを言っていた。
 新しい彼の夢は、南アフリカのケープタウンで葡萄園をするというものだった。で、ワインを造る。
 父は偶に「娘は第二の恋人だっ」とか、「人に良いと書いて『食』である」とか、「信じる者と書いて『儲ける』と読む」などとどこで聞いてきたんだか分からない事を言ってみたりするが、恐らくケープタウンワイナリー計画もどこかで仕入れてきた話に違いない。
 ・・・何故、敢えてケープタウンなんだろうか。
 もう、そこまで行くなら、次は地中海まで北上して欲しいが、彼の場合、そのまま大西洋を渡ってしまいそうだ。

 一度マゼラン海峡は見てみたいからアルゼンチンなら良いかな。


 働いて、働いて、働いて、働いてるだけでちっとも子供と関わってこなかったから、気付いたら自分だけ子離れできてなかったのだけれど、
 ほんと、ご苦労様でしたね。
 良かったね。  
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March 20, 2006

目指せ!オウサマ!

595002b2.jpg 月曜は土日に留守にした間に溜まる雑務をしたり、掃除、洗濯をしたり、諸々やっている間に一日が終わって行きます。
 それが終わったらメールの送受信、読んでるブログのチェック。いつも見てるサイトの確認など。
 今日は見ていて改めて「ホントに面白い」と思ったので、以前少し触れたブログ、「為替王」をご紹介します。

 吉田(仮)が、「為替王」というブログを知ったのは2005年の1月でしょうか。当時$/¥レートは102〜103円のあたりを推移していたはずです。3月に入って1ドル=116前半をウロウロする現在、当時ほど盛んに聞かなくなりましたが、あのころは外貨「預金」へ世の中の熱い視線が注がれていたと思います。
 それで、私もちょっとやってみようかしら…と欲に駆られて情報収集する中で、外貨投資には、外貨預金の他に外国為替証拠金取引(俗に、外為)というものがあることを知ります。
 が、「外為」とは何ぞや?と調べてもいまいち良く分からない。たった一年前の当時は今よりずっとFXの情報が少なかったのです。
 で、それなりに時間をかけて調べた結果、「外為」とは通常の外貨預金なら1ドル=115円の時、10000ドル買う為に、日本円にして1,150,000円必要なところ、レバレッジ10倍にするなら、同額のドルをおよそ150,000円で購入できるという、謎のシステムであることが分かってきました。
 つまり、例えばドル購入後為替が円安に動けば1:1で購入していれば、円安に傾いた分×1しか増えないが、レバレッジをかけることで円安になった分×レバレッジ分利益を得ることができるというもので、かなりギャンブル性の強いものです。
 とても心が動きましたが、投資、投機の世界でハイリスク・ハイリターンが当然のルールなので、為替変動や政治状況で突発的な大損害をこうむる可能性も非常に高いものです。またネット取引が主であるので、システムダウンやセキュリティのリスクも皆無ではありません。
 恐れました。恐れて、実践ではなく、FXゲームにはまってました。

 とにかく、そんな風にネットを渉猟する間に見つけたのが、「為替王」というブログで、私はほとんど虜になったのです。「為替王」を読んで初めて経済の話しを面白いと思い、また、大学で経済を学ばなかったことをとても悔やみました。暇にあかせて過去記事もほとんど読みきったと思います。
 「為替王」というブログで、筆者たる為替王氏はその都度旬の経済テーマを、分かりやすく、丁寧に、そしてそれに対する自分の考えをきちんと示しつつ語ってくれます。
 現在は読者との質問等の表立ったやり取りはメルマガに場所を変えましたが、当時はコメント欄で活発な質疑応答がかわされ、その内容が非常に実のある有意義なものでした。
 質問者の多くが述べることですが、あの「為替王」というブログを無料で読むことができるというのは何という幸運なのだろうかと、思います。それ程、具体的でリアリティのある経済情報が楽しみつつ得られる。エンターテイメントとしても、非常に高いクオリティイを備えていると思います。


 以前私が毎日更新する理由は「為替王」にある、と書きました。為替王氏は通常記事、レート解析と意見の両方で毎日更新されています。専門分野について限った記事であるとはいえ、多くの人々の期待を感じつつ、毎日毎日内容の濃いものをあげていく事は並大抵の事ではないだろうと、自分と自分の趣味ブログを思い返しても、改めて感じます。
 毎日の更新も、コメントに対する彼の対応も、事象に対する思考も、とても尊敬しています。「為替王」を見て「私もブログしたいっ!」って思ったんですから。

 外貨が身近な人は必見ですし、経済なんてちっとも関心ない、って人だってすっかり心を奪われてしまうこと間違いナシです。
 是非、毎朝チェックしてみてください。
 国際ニュースも経済ニュースも、面白くてたまらなくなります。
   
Posted by atroposzero at 16:12Comments(1)TrackBack(0)シュールの真髄

March 19, 2006

だけど、もう、私は、今、ホンマに、腹立たしい気分だ

 「もう、頑張らなくていい」なんて言われると、言う程、頑張ってないと思う。
 「アナタは一人じゃないから」なんて、甘ったるいこと言ってんじゃねぇ、と思う。

 
 本当に、そう思うけど。

 でも、皆、けっこー頑張ってるし、私も実はそれなりに頑張ってる。
 そして誰でも一人だけれど、一人だと思ったりするなんて、ほとんど罪だ。
 
 ヒトのことなど分からないし、簡単に誰かを嫌だと思うし、たいてい気まぐれだけど、気まぐれに誰かを分かりたくて、ふいに誰かを思い出して楽しい気持ちになったりするんだ。
 本当に、楽しくて、一人で笑っちゃたりするから、
 
嬉しい時は電話を下さい。
つらい時も電話を下さい。

 誰かを流れ続ける何かの思いと、誰かの生きるヒトリである姿を、とても尊いと思う。

 えーん。えーん。えーん。えーん。

 バカヤロー。
 

 やっぱり、えーん。  
Posted by atroposzero at 22:38Comments(2)TrackBack(0)ロックなココロ

お疲れ

 卒業式の季節です。街を歩いていると袴姿の女の子達、追いコンに向かう学生たち、ちらちら見かけます。夜が明けるのもすっかり早くなりました。
 私は、秋口からGWの直前までの毎週土曜、5時に起床、6時のバスに乗って実家の方までバイトに出かけています。
 勤務先の方々は何かと親切にして下さるし、仕事ついでに実家に戻ることもできるので大変有り難いものなのですが、冬の朝、寒くて真っ暗な街を出て行くのはとても辛くて、そんな時は「いつまでこの生活を続けられるだろうか…」なんて思ってしまう。

 それが、三月に入ると夜明けは急に早くて、街が白くて、山際はオレンジに染まっていたりする。バス停の前にある中学校の花壇にはパンジーが並んで、街路樹のコブシのつぼみも来週にほころぶ事でしょう。
 少し、ほっとします。もうひと頑張り。あと、少し。

 昨日は嬉しいニュースが一つとややこしい話が一つ。
 弟の就職が決まって、もう一つは、今日の夕方、話しをつけに行く。ちょっと難しい話になりそうです。


 今は、出勤途中の電車の中。今日からJRのダイヤが変わっています。

 窓は結露していて、外がよく見えない。

 今、帰って来た。ややこしいはなしだった。  
Posted by atroposzero at 00:21Comments(0)TrackBack(0)シュールの真髄

March 17, 2006

ロック魂

 吉田(仮)のごく親しい人が来週から6週間ラジオに出演する。1週間に1回、毎回10分。

 その名も「東本願寺の時間」という番組。

 京都ではKBSが、金曜日朝5;00〜5:10。1143KHs。
 その他北から北海道放送、秋田放送、ニッポン放送、信越放送、北日本放送、北陸放送、福井放送、中部日本放送、朝日放送、RKB毎日放送、長崎放送、琉球放送など。各社、放送曜日はバラバラだが、週一で、たいてい朝5時から遅くても8時くらいまでの早朝のプログラム。
 メイン視聴者は東本願寺門徒である、高齢者達。

 はっきり言って、私の知人である今回の講話者は、この番組のメイン視聴者達に心地よく馴染むような話をする事が苦手である。ほとんど、「できない」と言っても良い。
 長くこの収録に仕事として携わって来た人の感想も、「異色である」というものであったらしい。
 私も、こちらが思うよりももっと、受け入れられないのかも知れない・・・、と思う。

 が、収録前日、仕事に向かう車中、私はその原稿を読みながら不覚にも涙を流してしまった。
 
 宗教はロックだと思う。
 
 夜更かし派の人も、早起きさんも、明け方の眠たい布団の中で、良ければラジオをちょっとつけてみて下さい。
 
 もしかして、もしかして、ドキドキするかも。



   
Posted by atroposzero at 19:06Comments(0)TrackBack(0)週末のお楽しみ

March 16, 2006

それはゲームのように

597820e6.JPG さて、昨日は予定通りコロナ洋食店でエビフリャぁ食べてきました。
 もしかしてマスターは違う方になってるかも…なんて心配していましたが、元気で腕が震えて、否、振るっていらっしゃいました。
 ただ、古いオネエさんは二人とも姿が見えず、働き者のぴちぴちお姉さんがマスターをフォローされていました。彼女の姿には、愛を感じました。その他、少しだけ店が改装されていたようです。
 行列はできていませんでしたが、相変わらずの繁盛ぶりでした。
 
 そして、本日の写真が噂の「エビフリャぁ」。
 メジャーをバッグに忍ばせて出かけていったのですが、30cm弱ありました。しかも、とっても太いです。ぷりぷりです。昨日は¥4000と¥5000の二種から選ぶことができました。
 「たまごサンド」の卵は、一回に卵4個が使われていました。お腹一杯になります。

 コロナはパンか、卵が無くなったら店じまいなので早めに出かけましょう。
 向かいに「月村」という釜飯が名物の気取らない飲み屋があるのですが、そこにずっと行きたいと思っています。
 いつか、誰か行きましょう。

 街はとても混んでいました。
 先日阪神百貨店を通った時もたいそう混んでいましたから、景気の緩やかな回復が、やはり皆の気持ちに温かなものを運んでいるのかもしれません。
 
 最後に、人の日記を読んでいて思ったことを少し。日記の主が与り知らぬところでコメント。
 
 若いころ、私は、ゼヒトモ、自分の思っていることは、自分の感じているように、相手に伝えたい、伝わって欲しい、と願いました。今でも、言葉の選定に気を使っているのは確かです。
 でも、言葉の意味は曖昧で、曖昧だから面白い。
 一つの単語が持つニュアンスを全ての人が同じものとして共有することなど端から無理である、という基本よりも前に、言葉を投げる人、受け取る人が、多様な言葉の意味の中からいつでも恣意的に自分の好きな意味を選びうるところに、コミュニケーションの面白さ、人と関わる楽しさの真髄があると最近は思う。

 皿に乗って自分の前に運ばれてきた誰かの言葉を、私は私の好きなように食べることができる。
 そのまま美味しく食べても、食べたいのに食べなくても、食べたふりをすることもできる。
ああ、何で気付かなかったんだろう。  
Posted by atroposzero at 18:42Comments(2)TrackBack(0)ロックなココロ

March 15, 2006

脅威のメニュー

fd0732f4.jpg 君はコロナ洋食店を知っているか?知っているなら何を知っているか?

 京都の西木屋町に「コロナ洋食店」という有名なレストランがある。
 四条河原町の阪急裏、高瀬川沿いを南に下り、道は千枚漬けで有名な「村上重本店」にぶつかる。そのT字を左に折れてすぐまた道なりに曲るとそこに崩れそうな間口の狭い店が「コロナ」と看板を出している。
 コロナは古い古い洋食屋さんで、コックであるマスターも古ければ、給仕をしてくれるオネエさん二人も古い。もちろん、我々が腰掛けるべきスチール椅子も、座卓に向かうボックス席の畳も古い。おまけに10人もお客が入ればすし詰めの、小さな店である。
 でも、このお店は厚みが5センチ以上もあるたまご焼きの入った「たまごサンド」が殊に有名で、京都の人間ならたいてい知っているし、ガイドにも頻々と紹介されているから皆それを目当てに長い行列を作っていたりする。もちろん「たまごサンド」はふわふわの卵焼きが嬉しくて、とっても美味しい。
 その他、オムライスも美味しいし、カツサンドも美味い。それが、皆¥500〜¥850位のお手頃価格で食べられるし、スタッフのスローモーションなサービスもエンターテイメントで、私は京都に遊び来た友人をよく連れて行ったものである。

 が、「コロナ洋食店」の本当の名物メニューを、皆は知らないとないと私は断言する。コロナのたまごサンドは美味いが、本当の名物メニューにして然るべきモノを皆見落としている。

 それが、「エビフライ ¥時価」。
 もしアナタが、コロナ洋食店に行ったらメニュー表の一番下に「エビフライ」の文字が記されていることに気付くはずである。そして、その横に「時価」と記されていることも。
 これは、なかなか謎の多いことである。すし屋で本マグロ大トロが時価であったり、鉄板焼き屋で鮑ステーキが時価なら話も分かる。が、ここは、今にも崩れそうな建物で、身体の衰えの為に腕を震わせながら料理を作ってくれる街の洋食屋である。スチール椅子に座布団が紐で結び付けてある店である。
 そんな店で、時価?
 それモノに出会った時には、ゼヒトモ、頼んで見なければなるまい。

 例に「エビフライを」と頼んでみよう。すると昔若かったお姉さんが「時価ですけど宜しいですか?」と聞いてくれる。「ええ良いです」と答えよう。
 すると今度は「今日は¥4000ですけど良いですか?」と尋ねてくれる。それで良ければ「お願いします」と言おう。
 そして我々は待つ。期待に胸を膨らませながら。
 暫くするとお姉さんは再びゆっくりと近づいて聞くだろう。「時価ですけどいいですか?」と。
 そんな時は当惑をうまく隠しつつ答えよう。「大丈夫ですと」。そして待つ。ゆったりと、ラガービールでも飲みながら。

 いつか、我々の前にエビフライが供される。その時、ステンの皿に並ぶ二匹を見て、我々は「時価」の意味を知るだろう。
 それは全然フツーじゃないから。異常事態だから。
 もう面白いから、興奮するから、絶対行って頼んでみて欲しい。
 
 ただ、これを書いている今日、私はコロナに8年ぶりに行く予定で、あのヨボヨボのマスターがまだ腕を振るっていること自体奇跡だと思うし、どうしてもエビフライが食べたかったから電話をしたら、古いお姉さんはいないようで、少し古いくらいのお姉さんが電話に出てくれた。
 だから、もしかしたらディティールは変わっているかもしれないけど、とにかくコロナに行けるので、ワクワクなのです。
  
Posted by atroposzero at 18:30Comments(2)TrackBack(0)ロックなココロ

March 14, 2006

ドラエもんを見に行こう

70f5a749.jpg 今日はドラエもんを見に行こうと思う。
 皆さんもご存知の通り、我々の世代に親しいあのアニメは、声優陣を一新した。きっと大変なこともあったでしょうが、満を持しての今回の映画。感動の名作「ドラエもんのび太の恐竜」リメイク。

 実は今回の新生「ドラエもんのび太の恐竜」は、このブログにも時々コメントを書き込んでくれているカジンさんが宣伝に関わっていらっしゃる。それで私はまだ見にも行っていないのに、ドラエもんトコトコ人形を持っており、現在ワタクシの携帯に愛らしい姿でぶら下ってくれています。
 彼女に今回の映画のタイトルを最初に聞いた時、私はオリジナルを劇場で見ている!と思ったが、オリジナルの劇場公開は1972年だということなので、私は生まれていない。恐らく家でビデオで見ているのでしょう。ワタクシの家はソニーのベータだったので、ベータビデオ版で見たはずです。

 ところで皆さんはやっぱり劇場にドラエもん見に行ってましたか?いくつまで行ってましたか?
 私は自分が3人兄弟の一番上ということもあり、弟たちと一緒に中学一年まで見ていると思います。母は車を運転する人でしたが、映画はいつも近くの小さな街まで電車で30分程かけて出かけて行きました。電車に乗って、街に出て、喫茶店でご飯を食べて、映画を見て、小さなショッピングセンターでお買い物をして、また電車で帰る。
 春休みの楽しみな一日。

 でも、その最後の年、私は帰りの電車でドラエもんのパンフレットを持っている自分を少し恥ずかしいような気持ちになった。
 以来、映画だけでなくTVのアニメの方とも縁遠いまま。
 あのころから、たくさん食べて、たくさん寝て、いろいろ知って、いろいろ忘れたから、もう大人になって随分たったから、今日はドラエもんを見に行こう。

 と、ここまでが今日バイト出勤途中に書いたもの。
 今は映画を見終わってからの、阪急電車。ドラエもんは良かったです。声優が一新、やはり、制作側にまたスタートを切ったという気持ちがあるのでしょう。随所にオリジナルへの敬意と、思い入れを感じるものでした。時代を経て、少しづつ変わりながらドラエもんがずっと続いていけば良いなと思った。

 映画を見るのは楽しくて、まるで踊るように帰って来ました。  
Posted by atroposzero at 23:37Comments(7)TrackBack(0)ロックなココロ

March 13, 2006

冬の必需品 6

 いよいよ本格的に春らしい。
 窓を開けた時に、ふわっと蒸れたような土と太陽の匂いがします。

 先日、私はパジャマの厚みを「ぼあぼあ×もこもこ」から、「ぼあぼあ」位にレベルダウンしました。これから毛布をとって、タオルケットを薄くして、布団も軽くして・・・いつか、何もかけない季節がやってきます。

 さて、自分で企画しておきながら書く度に何となく自己嫌悪に落ち入って、急に一人ヘソ出しで歩いてみたり、生足で歩いてみたり、おかしな二次的効果のあった「30代目前シュフ冬のマストアイテム」シリーズ。
 春の声が聞こえてきているので、今回でお終いのつもりのラストアイテム。


 その6品目は・・・「安眠・肩ベスト

 冬、足が冷たかったら絶対に寝られませんが、枕と布団の隙間から冷たい空気が忍び込んで来るのもちょっとツライ。お布団で本など読もうものなら、肩やら首やら脇やら頼りないというか、なんと言うか、ゾクゾクし出したらもう一度熱を取り戻すのに一苦労です。
 そんな時、ダウンでできた小さな肩ベストがあると、そりゃ全然違います。
 これを羽織って寝るだけで、肩の辺りの「スカスカ、スースー」感が大幅減。

 写真など見るとエラく嵩張って邪魔そうですが、羽毛が体重で潰れるので眠るのに不都合なボリュームではありません。
 秋の深まる頃、タンスからこれを出したりする時には、「いよいよ、だなあ」と思わされる堂々たる冬の一品です。

 私の肩ベストはリバーシブル仕様になっていて、空色とピンクがかった派手なチェックです。でも空色を表にしないと落ち着いて寝られない気がするので空色を表として使ってます。
 酔って前後不覚のまま寝たりするとチェック側が表になったりしていて、朝、ショックです。
  
Posted by atroposzero at 21:57Comments(0)TrackBack(0)シュフのアイテム

March 12, 2006

いびつな愛

 昔、結婚したばかりの頃、私はとても独ぼっちだった。
 もちろん主人はいたし、仲が悪かったわけでもないが、ある意味では、主人と、自分しかいなかった。と、振り返って今は思う。

 そんな頃の話である。
 
 ある日洗濯を干す為にベランダに立っていると、ふと、ベランダのトタン屋根の梁に小さな蜂の巣を見つけた。直径が3センチ位の、イマ、マサニ、作りつつある、蜂の巣。
 「おやッ」と思って見ていると巣の主らしい蜂が飛んできて、しばらく巣の周りを巡っては、また去っていく。それが、ひょろっと細長い大きな蜂で、どうやらミツバチのように群れる質のものではないらしく、1匹がその巣を占有している様である。
 私は「あいや!」と思った。と言うのも、引っ越し早々、我が家の庇にクマンバチだか、スズメバチだか、恐ろしげな蜂の巣が見つかって、業者を呼んだり薬を撒いたり、一騒動だった覚えがあるからで、「これは、早急に取り除かねばならぬ」という事になった。

 早速、外から箒を持ってきて、蜂の飛び去った隙に二三度巣を払うと、ポロンと呆気なく落ちてきて、からからとベランダを転がった。拾い上げてみると10幾つある小さな部屋の夫々に白くて細長い半透明のものが、へばり付いている。随分、頼りない、やわやわした感じのものだ。
 私はそれを持ったままイソイソ部屋に引き返すと、電気の下で再び観察してみた。やっぱり、もろそうな、変なもの・・・卵だ。
 それで、私は、ちょっとスローフードにアツかったので、「きっと、これは、甘かろう」と思った。とても卵は小さいので一粒で味が分かるか微妙ではあったが、「甘かろう」と思ったら、とても食べたいような気になった。だから、爪楊枝で白い粒を掬い取る。確か、凄く簡単に取れたはずだ。

 そして、じっと見て、唇まで持っていった。持っていったが、その時、「ここから先は、ちょっとチガウ・・・かも」という気持も起こった。あまり、変わった事をしてはいけない。
 それでまた食べたくならないように、慌ててティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。

 ・・・・・・・
 
 その後。
 主である蜂は、巣に戻ってみるとソレが無いので、梁の周りを当ても無く飛んでいた。その姿を網戸のこちら側から見ながら、私は意地の悪い勝利を感じた。ヤツはとても頭が悪そうである。
 それで、そんな事忘れて数日過ぎたある日。
 私はまた同じ場所に、同じものを発見した。先日のものより少し小さい。今度は、「意外」と、「感心」と、「怒り」を感じる。で、取り払った。
 それから、また数日。
 また、アレができている。また箒で払う。
 その度に馬鹿な蜂は、無くなった巣の周りをブンブン飛び、馬鹿そうであり、その姿が非常にこちらの「ある部分」を刺激する。愚鈍なものへの嫌悪と、侮蔑の快感。

 そんな事を繰り返すひと月程。いつの間にか私は「アレ」ができるのを待つようになっていた。
 そして、ある日、気付いた。蜂が来なくなった事を。
 それで、私は、ちょっとつまらなくて、またあの馬鹿な蜂がやって来るのを待って空ばかり見ていたが、とうとう蜂は戻ってこなかった。
 
 寂しい気持ちになってしまった。  
Posted by atroposzero at 21:45Comments(3)TrackBack(0)ロックなココロ