この番組は「金麦2,900ml」の提供でお送りします。


 いきなり余談なんですけど、本日仕事中に少し暇な時間がありまして、でも不必要なサイトは会社のルールで閲覧が禁止されており警告を2回程貰っているため、Wikipediaぐらいしか時間を潰せるサイトがなく、ひょんなことから「シンギュラリティ」の項目を読んでいたんです。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%9A%84%E7%89%B9%E7%95%B0%E7%82%B9


 シンギュラリティは日本語で「技術特異点」のことで、凄く簡単に説明すると「人間が超知的AIを作った時点で、超知的AIがその超知能でさらなる超知的AIを作り……」が繰り返される中で、これまでの人間の文化が0に感じられるくらいの超高度技術発達がもたらされるという考え方です。
 引用するのであれば「電子回路で実現される頭脳の再帰的な進化により、研究開発のプロセスが爆発的に加速し、生身の人間が思い描ける水準(無尽蔵なエネルギー、不老不死、宇宙進出、光速の壁の突破など)を遥かに上回る(従って、技術的特異点以前の段階に生きる生身の人間には大まかに推し量ることすら難しい)高度な社会問題が矢継ぎ早に解決されて行くことになる。」ということで、肯定派の意見では2020年頃からプレ・シンギュラリティ(前段階)がはじまって、2045年には完全にシンギュラリティを迎えるとのこと。
 もちろん、非常に説得力のある反・シンギュラリティ派の意見も数多くあって、半ば夢物語だとは思うんですけど、ちょっとぐらいは夢見て生きていきたいな~というところで、凄くワクワクしながら読んでいました。
 第一次シンギュラリティの発生による高等遊民にワイはなりたい。


 で、本題なんですけど、酔いすぎて書くのが面倒になってきたなあ。
 でも書くことだけは途中で投げ出したらいけないみたいなアイデンティティが自分の中にあるので、なんとか頑張って書いてみます。


「依存」について。
 依存という言葉と切っても切り離せないのがいわゆる「メンヘラ」だと思っていて、それでメンヘラは何に依存しているかというと、他者だと思うんですね。(あるいは他者によってもたらされる自己承認欲求の満足)。
 それで、僕はこれまでそれはとてもタチの悪いことだと思っていたんですけど、最近は存外にそうでもないのかなと思うようになってきていて。人間は誰しもが何かしらに依存しながら生きているのだなあという悟りを経て、そして依存の対象になる事柄を考えたときに「人」に依存するというのは、依存先の事情次第では凄く健全な依存先ではないのだろうか、と考えるようになりました。


 いま自分が依存しているものを、依存心の強い順番に並べるとするのであれば、煙草>SNS>酒>不健康な食>自慰、という感じだと思っていて、そして依存というぐらいなのでそれらが欠けてしまうとたちまちのうちに精神が不健康な状況に陥ってしまうんですよね。
 煙草は肺胞と財布がやられるし、SNSは時間を浪費するし、酒は胃と肝臓と副交感神経と財布がやられるし、不健康な食は見た目が損なわれるし、自慰は快適な睡眠を失ってしまうわけで、そう考えると他者に依存することって割と数ある依存媒体の中では健康的な対象なんじゃないかと思うんですよね。


 あ、そう。
 そもそもなんで依存について書こうという心境に至ったかを書くと、最近何だか物凄く「さみしい」という感情をおぼえるようになったことが強く関係しています。
 ご存じの通り、保育園の初日では周りの同級生らがホームシックで泣き喚く中で自分だけケロっとしていたり、これまでの人生でほとんどさみしいという感覚を覚えたことがなかったりで、少し前までは人生の終点までなんだかんだ独りで生きていくものだと強く確信していたんです。
 しかし、最近は妙にさみしさを感じることが多い。
 原因はある程度はわかっていて、この1,2年は友達と一緒にいる頻度がとても高くて、楽しさや面白さを感じるシーンで常にだれかと一緒にいることが多かった、ということに起因するのだと思います。「人と一緒にいるとたのしい!」という風に脳が学習してしまい、後はもう慣性の法則が導くままに「誰かといないと楽しくない!」という記憶を脳が積み重ねてしまったわけです。
 これは自分にとっては凄く弊害で、これまでは一人で自宅で映画を見たり音楽を聴いたり本を読んだりすることで満たされていた自分の楽しさセンサーが機能しなくなってしまったわけなので、考えようによっては自分の人生の豊かさが大幅失われてしまったいうことに近い。しかも、再びその状態に戻るためには、友人関係をバッサリ切って無理矢理にひとりでもたのしいという体験の積み重ねを0から始めないといけないわけで、厄介なことこの上ないし、現実的でもない。
 ということで、物凄くさみしいんです最近。
 4日に14分くらいの頻度で「近場の彼女でも作るか~」と思うこともあるんですけど、でも体脂肪率が14%を下回ってシュッとするまでは女絡みしたくないという微妙に強い完璧主義の感覚もあって、ただそうなると結局依存媒体のうちに食があるから痩せられないという負の連鎖で困っていたりします。


 で、まあ「依存」について話を戻すんですけど。
 人間は誰しもが何かに依存していると思っていて、依存というのは言い換えれば「生き甲斐」とか「生活の張り合い」と同義で、ただそれが酒なのか煙草なのか、あるいは仕事なのか部活なのかでイメージが180°変わるみたいなものだと思っています。まあ確かに同じ依存をするのであれば、生産性がより高いものに依存する方が健全なのだとは思いますが。
 みんなは何に依存して、何を楽しみとして何に本気になって、何に生命を継続していく価値を感じて人生を歩んでいるんだろうなあ~ということを最近、ちょこちょこと考えます。
 別に依存というテーマを決めて書き始めたからといって、何が主張したいとかそういうことは一切ないんですけど、誰しもが何かしらに善かれ悪かれ依存して生きているんだよな~と最近感じています、ということを言いたかっただけなのかもしれません。


 より健全に、より楽しく、より人生にとって豊かさや意義のある依存媒体を見つけたいものだと思っています。


 この番組は「金麦3,400ml」の提供でお送りいたしました。