「空気が澄んでいて、牧歌的で、とても良い町ですね」
新しく赴任してきた教師は決まってそう言うけれど、そんな所ですくすくと育つのは家畜ぐらいのものである。青春の真っ只中にいる私たちは、無味乾燥の牧草だけを食べて生きていけるわけではない。ゆえに、着任式が行われる度に「もっと味付けの濃いものを!」という生徒たちの怒号で体育館が埋め尽くされるのが常であった。



あるいは、抜き打ちで行われた持ち物検査によって、私の傑作(けっさく)春画(しゅんが)(しゅう)が衆目に晒された「猥褻(わいせつ)(ぶつ)陳列(ちんれつ)(さい)」のせいなのかもしれない。 


爆発的な拡散力であった。全国の主婦が漏れなく所属している「井戸端会議ネットワーク」に匹敵するほどだったと言っても過言ではない。


怪しげな情報が雑多に散りばめられたワールドワイドウェブ界隈では、――。 


それに、高校生というものは、不純異性交遊の氾濫(はんらん)地帯の上を揺ら揺らと漂っているような身分である。何かしらの拍子に、思いがけず痴態(ちたい)を演じることがないとも限らない。無限の可能性に満ちた年齢なのである。 


――
持病の突発(とっぱつ)(せい)顔面(がんめん)行燈(あんどん)症候群(しょうこうぐん)、俗に言う赤面状態になった私は、情けないやら腹立たしいやら、複雑な感情に目まぐるしく攻め立てられ、遂には不貞寝を決め込んだのだった。


私の視線を捉えて離さない彼女は、まるで今しがた読んでいた小説の世界から飛び出してきたかのように、美麗で、華麗で、可憐で、そしてそれらの言葉が押し並べて陳腐に感じられるほどに、計測不能、観測不能の美しさであった。

 
私が「お久しぶりです」と言って会釈をすると、彼女は私の顔を凝視した後、「あら」と驚き、「うふふ」と笑んで、「ゆっくりどうぞ」と言って踵を返すまでを、実に一挙動でしてみせた。まるで小人の小踊りのように愛嬌のある動作であった。


「大馬鹿者。頓挫した部活は四つだけだ。最後の園芸部は終わりまで続いた」

「へえ、園芸部で何してたんだ」

「植える花を決めかねているうちに卒業を迎えた」

 
しかし、ばいん、という小気味良い音とともに、腹部辺りに感じたやたらと柔軟性の高い何かしらに押し戻されて、私は情けなくも尻餅をついてしまった。後のに呼ばれる「巨乳(きょにゅう)()(はら)の戦い」である。


儚くも美しき深窓の令嬢。神をも惑わす蠱惑こわくの堕天使。全くもって禍々まがまがしいまでの魅力、まるで摩訶不思議まかふしぎな魔女の貴女。嗚呼―― 


「消極的か。どんな方法でアプローチをしているんだ」

「毎晩、神棚の石に手を合わせている」


坊主頭の中では小間使(こまづか)いの、使い(ぱし)りをしている彼は村木という名前だったので、彼の靴箱の「村木」という名札に「寸」という一文字を書き足して「村村」にしておいた。まるで発情中の犬猫のような名前だ。恥辱にまみれた彼を想像するだけで、私は大いに愉快な気分になった。


私は、大気を喰らい尽くすがごとく深く息を吸い込むと、はっきりと宣言する。


心が捻じ曲がった彼は、あえて出しにくいチョキを出す可能性がある。前述した法則の裏を掻いてチョキ、というのも存分に在りうる。ならば、ここで私が出すべきは、グーだ。たとえ、法則上最も勝率の低い手であろうとも、常識を蹴破り確率からの支配を逃れて、私はグーを出さねばならぬのだ。 


ただ長椅子に寝転がっているだけであるのに、ただひたすらに神々しい。「私、実はかぐや姫で、もうすぐ月に帰るの」と言われても一抹の疑念も抱くことは出来なかっただろう。


彼女の気ままな足取りを阻むことは、風を掴まえるように困難なことであるが、彼女はぷっと可愛らしく吹き出しながら歩みを止めた。 


止め処なく溢れる紺色(こんいろ)猜疑心(さいぎしん)は、やがて緋色(ひいろ)敵愾心(てきがいしん)へと変色する。


話し合いたいのではく、一方的に話して、説明して、弁解したいだけなのであろう。私はそれを、口に出す代わりに歯軋りして見せた。


「どうすればいいかなんてわからない。でも、私がどうしたいかはわかる。――」


思い出になって初めて、それまでの出来事が綺麗で素敵なものに見えるのだから、皮肉な話ね。」


「好きな人と死ねるなんてロマンチックを、生きているうちに味わうことができるなんて、今までの私には考えられなかった幸せだから」


どこの馬の骨とも知らぬ醜女しこめが、何やらぶつくさと独りごちておるが、畏れ多くもこの私に話しかけているのではあるまいな」


異形の類が抜け落ちた私と彼女に残ったものといえば、熾烈な物語の追憶と、そしてその過程で生まれた純粋且つささやかな恋心であった。要は、私が微笑むと、彼女もそれに応えるように微笑んでくれる、そういう関係になったということである。 


純情かつ健全、清廉潔白の恋愛物語において、未だ私は魔法使いである。ただし、林檎や葡萄以外にもこの世の中に、甘酸っぱさを感じさせる味があると知ったときから、私の魔力というものがいささか弱まってきているようなのであった。