引越しをしました。

引越しをするとたくさんのものを手放します。
手放すものには、本や雑貨のような物理的なものもあれば、その部屋に染みついた生活様式のような抽象的な場合もあります。
これらを捨て去って、新たな生活をはじめるのは気持ちがいい反面、すさまじく煩瑣です。

笑う犬の生活の小須田部長のコントよろしく、これはいる・いらないをひたすらに選別する絵面は滑稽ですらあります。

手放すかどうか悩んだものに数年前の梅仕事の成果がありました。
友人から梅の実を山ほど貰ったので、梅酒、梅干し、梅醤油と作ったのでした。
時間をかけて処理をした梅の実。
それらは、完成に満足して、ほとんど使われることなく今日にいたりました。
特に梅酒は一度も飲んでいません。

結局、梅干しは引越しまでに使い切り、梅醤油は味が変わっていたので捨て、梅酒の瓶だけ持って引越しをしました。
重たいし、割れ物やし、難渋しながら。


約四年もの。
梅の実は取り除くべきやけど、めんどうなので放置していました。

昨日、はじめて飲みました。
こっくりと甘くて、とても美味しい。

引越しを生き抜いた梅酒。
前の生活の残滓のようでもあります。
大切に飲みたいと思います。


呪われているかのように六月は誰も飲まない梅酒を仕込む
/えんどうけいこ/歌会たかまがはら3月号

先日、歌会たかまがはらにゲストとして出させて頂きました。
投稿する側だったので、とても不思議な感覚です。

うずめさんと、やいのやいのと短歌について喋るんはなかなかに楽しい。

この歌はその時に投稿いただいた歌。
えんどうさんの歌、放送では別の歌を読んだのだけど、この歌も印象に残っています。

梅酒作りは呪いのようなものです。
労力が凄いので、少しいい梅酒を買った方がはるかにコストパフォーマンスがいい。
それでも梅の時期になると、梅酒を漬けねばならない、そんな気がしてくる。
それは、育った環境だったり、梅仕事への憧憬だったり、理由は色々です。
どうにも、時期が来ると、梅酒…と思ってしまう。

世の中には、梅酒の呪いにかかっている人がいくらかいて、梅雨時分になるとそわそわしてきます。
例え、それを飲む人がいないとしても。

ここ数年、そのそわそわを、『いや、うちには手つかずの梅酒があるよ』となだめてきました。
今の梅酒を飲みきった後、私は梅酒の呪いに抗う術を持たない、そんな気がします。

いつの間にか年が明けて2017年になっています。はやいものです。

昨年はありがたい年でした。
賞の候補作にしてもらったり、未来賞を頂いたり、シャディのカレンダーに使ってもらったり、原稿の依頼を頂いたり。

歌壇賞は撃沈していましたが…

何はともあれ、今年もよい年にしたいものです。

年明けからとろろブームです。
頂き物自然薯を食べてから、これは旨いととろろばかり食べています。
すりおろしたとろろに醤油を垂らして、わさびを入れて、生卵を落としてかき混ぜる。
これをご飯にかけて、ネギと揉み海苔で食べる。それだけで最高。

納豆を入れても、生たらこを添えても、肉を焼いても、刺身でも、なんでも合います。


今日はビンチョウマグロと桜えび。
ビンチョウマグロのさくが半額やったので買ってしまった。
生卵を混ぜたとろろ、大葉と揉み海苔、マグロ、桜えび。
最強です。幾らでも食べることができます。

当然に日本酒ですね…


かき揚げのところどころに桜えび言うなれば死はすべて討死
/斉藤真伸「クラウン伍長」
桜えびを見ると思い出す歌です。

かき揚げを食べようとする。そのかき揚げには桜えびが入っていて、ところどころにそのピンク色が見えます。
そして、それは討死だと、いや、すべての死は討死だと作者は言い切ります。
討死は無茶苦茶強い言葉で、歌集の解説で加藤治郎さんが述べているように、「討死」に釘付けになってしまいます。

桜えびには真黒な目玉がついていて、それが否応なしに死を感じさせます。
高温の油で揚げられた、それはまさに討死というのに相応しいでしょう。
すべての死は討死である、そのかっこよすぎる言葉を僕は忘れません。


明日は未来賞の授賞式です。
何を着て行こう。スーツかな。
何を喋ろう。
そもそも、雪は大丈夫かな…
不安は尽きませぬ。

ついでに告知。


今月22日の京都文フリにて旧かなをテーマにした冊子「はつか」を販売します。頒布はRTs のブース(う−13)で行います。


「いま読みたい旧かな歌人」と題して8人の歌人に連作を寄稿いただきました。寄稿は

碧野みちるさん/有村桔梗さん/飯田彩乃さん/漆原涼さん/太田宣子さん/楠誓英さん/濱松哲朗さん/山下翔さん

それぞれ7首連作を掲載しております。素敵な連作ばかりでございます。


また、「門脇篤史50首抄」として、これまで門脇が作った短歌から楠誓英さんに50 首を選歌していただいたものを掲載しております。その50首に対する大辻隆弘さんの評も収録しています。


そして、龍翔さんの第7回中城ふみ子賞佳作作品「母と暮らせば」50 首完全版を収録しております。なお、門脇による「母と暮らせば」への連作評を併録しています。


生まれてはじめて作りました。

とは言っても編集は龍翔さんに負っています。ありがたいものです。

出来上がるのが本当に楽しみです。


たくさん人が手にとってくれたら嬉しいな。


本格的に寒くなってきました。

炬燵に入ると、家にいる休日はそこから動けなくて困ります。

寒くなると温かいお酒が美味しい。
ウイスキーのお湯割や熱燗を飲めば暖まります。

しかし、一方で冷凍庫でキンキンに冷やした蒸留酒をショットグラスでグイと飲み干すのも悪くない。
度数の高いお酒は凍りませんが、とろとろの粘性を帯びたものになります。

とろとろになったお酒。
口に入れた瞬間は冷たいのだけど、喉を滑り落ちると内側からぼうっと暖かくなります。

これを炬燵でぼうっと飲むのは至福です。


いま、我が家の冷凍庫に鎮座しているのは、ヘンドリックス、スコットランドのジンです。

レモンピールのような香りが広がります。
癖がなくて飲みやすい。

このジンは胡瓜を浮かべる飲み方もあるそうな。やったことはないですが。

冷凍庫に入れるのはウオッカやジン。
ウイスキーやブランデーは香りが飛んでしまうのでお勧めできません。

これ、夏の間はまったく飲みたくならないのですが、冬になると無性に飲みたくなります。
不思議なものですね。


ナイフより光るレモンの断面をジンに沈めてひとりの夜は
/佐々木実之「日想」
ジンやウォッカのような強い酒を飲む。
それは、みんなでわいわいというよりも、夜更けにひとりの方が遥かに似合います。

掲出歌はロックのジンにカットレモンを沈めているのでしょう。
ナイフより光るという少しやりすぎな比喩が主体の孤独をより引き出しています。

作者は若くして亡くなった歌人。
日想は第一歌集にして遺歌集です。

強いお酒が好きだったのでしょうか、蒸留酒を詠み込ん歌が何首かあります。

草の香を漂はせ野を風吹くとバーテンダーの注ぐズブロッカ
ウオトカのひえびえ強きおろしやにふたたび友を送り出すのか
/佐々木実之「日想」

お酒を飲む人間はだいたい好きなので、こういう歌を読むと、どんな人やったのかなと思いをはせます。

亡くなられたのは2012年。
僕が短歌と出会う前なので、交差することはないのだけど、こうやって残された歌をしみじみと読んでいると不思議な感じがしてきます。

歌を遺すということは凄いことなんやなと、月並みですが思うのです。

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