先日、近所のスーパーであぶらかすが売られているのを見つけました。
肉屋なんかで買うと結構高いのですが、豪州産のあぶらかすが安くて、つい買ってしまいました。

関西以外に住まれる方はあまり馴染みがないかもしれませんが、牛の大腸を炒って脂をとった後に残る副産物です。
関西の一部で食べられる郷土食材で、うどんやお好み焼きに入れたりして食べます。
カリカリに炒られたてっちゃんの内側にはコクのある牛脂が残っていて、和風だしとめちゃくちゃ合います。

冷凍されていたので、冷凍庫に放り込んで、事あるごとに使います。
味噌汁に入れればコクが出るし、煮物に入れると他の具がコクを吸って美味です。
焼き飯や焼きそばなんかにも合う。万能です。
カリカリに炒られていて、水分が含まれていないので、冷凍庫に入れていても簡単に切れます。便利です。

どん兵衛に刻んで放り込み、5分より少し長めに待つと簡単にあぶらかす入りのうどんになります。
ネギでも落とせば十分にご馳走です。



カップ麺とは不思議なもので、時々無性に食べたくなります。
身体にも悪いし、腹持ちも悪いし、油たっぷり。それでも、どうしてもカップ麺な日があります。


カップ麺のふたに小石をのせて待つ今日のもつとも高いところで
/谷とも子「やはらかい水」
山に登っているのでしょう。
山頂に着き、アウトドア用のコンロか何かでお湯を沸かし、カップ麺にそそぎ、出来上がりを待っている。
小石がとても効いていて、割り箸なんかを重しにしてもいいんだけれど、ちょうどよい石があったからふたの上にちょこんと置く。
高地に達した作者の沸き立つような感じが静かに伝わってきます。
これはたぶん、もっとも美味しいカップ麺の食べ方ではないでしょうか。

この歌を読んで、カップ麺がどうしても食べたくなって、朝っぱらからどん兵衛を食べてしまいました。

「やはらかい水」は自然との触れ合いが多く歌われおり、それは都市生活を詠った生活詠とともに配されていきます。

やはらかい水を降ろしてまづ春は山毛欅の林のわたしを濡らす
谿谷の春の木霊を待つあひだ考へずにゐるたぶんなんにも

そばに寄りすぎたのですか頭ぼろんぼろんと取れてきのこは揺れる

たましひのはうと抜けゆく口に似る靴を買ふため脱ぎたる靴は

信号がかはつて光へ向かふとき光を背負ふ人たちは来る

突風にゆがんでしまつた傘を捨てどうなつてもいい傘を買ひたり

/谷とも子「やはらかい水」


歌集の帯文にもあるように、谷さんは都市生活者。都市と自然と往還しながら詠われている歌が並びます。

歌集を特徴付けているのは紛れもなく自然詠の方だと思うのですが、自然に没入するというわけではなくて、あくまでもそこには作者の意識が働いて、そのことがとてもとてもすてきに思えました。

自然詠の中には都市生活者の谷さんがおられて、都市生活を詠った歌には自然を愛する谷さんがあらわれている、そんな印象です。


内面化された自然に響いて紡がれたような、そんな感じで詠われた谷さんの日常詠が私はとても好きです。


バスの窓すこし開けよう圏外が消えた画面に戻らなければ

/谷とも子「やはらかい水」

学生時代、カフェにかぶれていた頃に、下宿の近くにあったコーヒー豆屋さんに豆を買いに行ったことがありました。
コーヒーのある生活に憧れて、近所のスーパーで一番安い豆を買ってみたら、とても酸っぱくて、イメージしていた味と全然違ってあせり、近所にコーヒー豆屋があるのを思い出したのです。
ブルーマウンテンは高くて、コピ・ルアクはめちゃくちゃ高い、その程度の知識しかなくて、豆のことなんか全然わからないんだけど、家で美味しいコーヒーを淹れる暮らしがなんかお洒落に思えて、おそるおそる入ってみました。

お店にはたくさんのコーヒー豆が並んでいて、なにがなんだかわかりません。
挙動不審にうろちょろしていると、お店のおじさんが声を掛けてくれました。

「にいちゃん、どんなんがええんや?」と聞かれたので、「酸っぱくないやつがいいです」と答える。
ついでに、スーパーの安いコーヒーが酸っぱかったのでと伝える。

「あかんよ、酸味を味わうんがコーヒーの醍醐味やから。安もんの豆は酸化して酸っぱいねん」
軽く怒られたあと、「これ飲んでもあかんかったらあかんわ…」といいながら、コーヒーを淹れてくれました。
それは、確かに酸味はあるんだけど、スーパーで買った酸味とは異質な酸味でした。
ツンとくる酸っぱさというよりは、酸味の立った果物のような味。

でも、確かに美味しいんだけど、やっぱり思ってたのと違う、そんなことを言うと、おじさんは、せやったらこれやなぁ、と言いながら、マンデリンを出してくれました。

おじさんにマンデリンを挽いてもらい、うちに帰って飲むと感動的に美味しかったのを憶えています。

今も、家で淹れるコーヒーは基本的にマンデリンです。
マンデリンはインドネシアのコーヒーで、酸味が弱く、苦味が立っています。
コクはあるんだけど、自己主張がさほど強くないので、飲みやすく、甘いものともとても合います。

休みの日の昼にぼうっと淹れたコーヒーからは幸せな香りが立ち上ります。




ひと息にキリマンジャロを飲みいるは先程はつか怒りし咽喉
咽喉=のみど
/中川佐和子『海に向く椅子』

怒りを鎮めるために飲むコーヒーでしょうか。
怒りで声を荒げてしまったのかもしれません。
キリマンジャロは豆の種類、タンザニア北部、キリマンジャロ山域で栽培された豆です。

キリマンジャロの固有名詞が効いていて、豆であると同時にアフリカ最高峰の名でもあるので、どこか涼しげな風がのみどをくだっていくような気がします。
それをひと息に飲み干す、こう描かれると、どこかしら儀式めいた印象を受けます。

一般的にキリマンジャロは酸味の効いた品種です。
怒りに対して小さな後悔があるのかも知れません。

なんとなく、おじさんに飲ませてもらったコーヒーはキリマンジャロだったような気がしています。
あの時、酸味を受け入れていれば、今ごろ酸味を愛していて、掲出歌の心情がより理解できた、かも知れません。

時々、キリマンジャロやモカなんかの、マンデリン以外のコーヒーを買ってみます。
美味しいなぁとは思うけど、やはりマンデリンに帰ってきてしまいます。

そのお店には、あの後一度だけ豆を買いに行ったきり行っていません。
おじさん、元気かなぁと、マンデリンを淹れているとふっと思い出してしまいます。

台風が通過しています。
風雨は強いようですが、屋内にいればあまり現実感がありません。

終業後、まだ雨も風もさほど強くなかったので急いで帰り支度をします。

危機管理上、上司は職場に残ります。
恐らく、一晩を職場で過ごすことになるのでしょう。
こそっと、お菓子を上司の机の上に置いて退社する。
職責ゆえに、とは言え申し訳ないものです。

一目散に帰ってきたので、冷蔵庫にあるものでご飯をつくることに。
幸いに田舎からもらって帰って来た野菜がたくさんあります。
冷凍庫に豚肉があるので、豚汁に。

たくさんの玉ねぎ、茄子、ジャガイモ、油揚げ、オクラ、舞茸、豚肉。
あるものをどんどん入れていきます。
具から出汁が出るので、あらためて出汁はとらなくても大丈夫。
気になるなら、味噌を溶く前に鰹節を入れても美味しい。

火を止めて、味噌を溶く。
冷凍庫にあったうどんを温めて入れたら、主食になります。

ネギと七味をふりかければ、完成です。


窓を打つ風の音を聴きながらうどんを啜ります。
テレビはぴこんぴこんと気象情報を伝えていて、あちらこちらで警報が出ています。


空振りの緊急地震速報の不協和音に冷める豚汁
/齋藤芳生『湖水の南』

豚汁の生命線はその温かさにあります。
寒い時期の豚汁は特に。
緊急地震速報が流れて、その直後に誤報だとわかったのでしょうか。
速報が誤報だとわかるまでの間には、そんなに長い時間は経過していないように思います。
しかし、豚汁は確かに冷めたように感じられた。

眼前の状況を再確認する、冷んやりとした作者の思考を感じてしまいます。

掲出歌が含まれた連作の冒頭には、二〇一一年、三月との記載があり、東日本大震災直後の歌だとわかる。

放射能たれにも見えず携帯電話をおし続け太りゆく親指は
(携帯電話=けいたい)
茫然と我は見るのみ墓石はすべて倒れて空を映せり
/齋藤芳生『湖水の南』
これらの歌が掲出歌の前後に配されています。

私は直接的に災害を経験したことはありません。
だから、この連作に流れている冷んやりとした空気を吸ったことはない。
しかし、この歌群から、この状況を感じることはできます。


相変わらずがたがたと窓が揺れています。
何事もありませんように、そんなことを考えながら、豚汁を啜ります。

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