2005年12月

2005年12月31日

・良いお年を。

 大晦日には伊達巻きを焼く。小学生の頃からの大晦日の日課だった。魚のすり身を入れて卵を焼きスノコで巻く。ただそれだけだ。1年に一度しか焼く機会がないので、いつになっても上手くならない。
 もちろん、今年も焼いた。そのデキは去年と変わらない。でも、家族は美味しいと毎年言ってくれる。だから、調子に乗って来年もきっと焼くのだろう。

 犬も歩けば棒に当たる。

2005年12月30日

・年の瀬ですしね。

 クリスマスが終わったら年末で、年末が終われば正月です。正月が終われば次のクリスマスで、クリスマスが終わったら来年の年末、そして再来年になるのです。月日が経つのは今更ながら早いですね。
 さて年の瀬ですし、今日は家の工場で仕事しながら自分の部屋の掃除を始めました。

 汚い。

 今年はテレビ、パソコン、CDなんかをひとつのアンプにつないで、ウーハーを含む6つのスピーカーから音がでる様にしたので、いやぁ何ともコードが散乱しちゃって処理が大変なのです。
 ところで、年の瀬、年の瀬とは言いますが、いったい誰が1年は365日だと決めたのだろう。時間という考え方があるから年末なんて言葉ができ、何が何だかわからないクセにソワソワしててバカみたいだ。年が変わるだけじゃないか!

 はぁはぁはぁ…。ちょっと興奮してしまい申し訳ございません。そんなわけで年の瀬ですしソワソワしながら部屋の掃除を続けます。

 問題です!カエルが10匹並んでいました。左から5番目のカエルは大人でしょうか子供でしょうか?ヒント、親指はお父さん指。


2005年12月29日

・僕はプラモデル

f705e381.jpg 昨日で8年間勤めたバイト先を辞めた。色々な人に出会った。ひとりの大人として・・・いや、1人の人間としてどう生きていくべきか、たくさん教えてもらった。

 何年も前にバイトしながら作った曲がある。

僕の体のひとつひとつをプラモデルの要領で 組み立てあげてくれた人達に心の底から感謝します。

 本当に色々な人と出会った。中には俺からみても人として信じられない様な人もいた。でも、そういう人がいたからこそ、こういう大人にはなるまいと自分を成長させてこれた。この唄を作った当時は、感謝の気持ちをめいっぱい詰め込んだはずなのに、今ではその大きさは何倍にもふくれあがった。

完成への道のりは遠いけれど
作ってくれたこの腕で僕も組み立てられるから


 調理長とは最後に握手を交わした。涙をぐっとこらえた。寂しくなるねとか、辞めないでくれとか言ってくれた人はたくさんいたけど、握手を求めてくれたのは彼だけだった。そして彼は「負けるなよ」と言った。俺の人生はこれからだ。プラモデルは言い過ぎかもしれないが、作ってくれたこの足でこれからも歩いていける。

 本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
 おだあつまさROCKします。

2005年12月28日

・ぶっちゃけ

 作家の室井佑月さんが好きです。彼女の文章が好きです。もちろん肉体的に関係があるわけでもないので、あくまで僕の推測ですが、彼女自身の事も好きです。最近Blogを発見して、暇さえあれば読みあさっています。とても素敵です。勉強にもなります。
 Blogの可能性や使い方、文章の書き方までもう一度見直そうと思いました。彼女の著書も少しずつ読み始めました。初めはエッセイから。そのうち小説も読もうと思っています。

 ウチくる!?でその存在を初めて知り、一目惚れしました。たまにはいっしょ?そんな寒い冬の朝でした。

2005年12月27日

・小田鉄工所

鉄工所とは名ばかりで、我が家の仕事は真っ黒な輪ゴムを作る事だ。
しかし、この輪ゴムを何に使うモノなのか、俺は知らない。
もう毎日の日課のようにひたすら焼き続けているので気にもしないのだが、どんな仕事してるの?なんて聞かれてしまうと、改めて考え、悩んでしまう。
実際、この輪ゴムが何に使われているのか、みた事もないのでわからないのだ。
それでも、ありがたい事に毎日の様にこの輪ゴムを出荷している。
需要があるから供給があるわけで、
日本中とは限らず世界中でこの輪ゴムを求めているのだろう。
何とも不思議な感覚である。

それは野に咲く花の様に、どこかでひっそりと、でも確かに力強く生きているのだろう。世界は広いなと改めて感じる寒い冬の朝でした。


2005年12月26日

・最適化

昨日は久しぶりにマスラヲコミッショナーのライブに行きました。

えんどうしんじ
心に突き刺さる歌声。
その歌声は健在でした。

彼の父親はライブ前に「しんじ、いい唄をかくのも大切だけど、いい仲間を作ることも忘れるなよ」と言ったそうです。この言葉も僕の胸を突き刺しました。

そー言えば、小学校の同級生に遠藤ひろゆき君と言う友達がいました。高校3年生の時に商店街で偶然会って、就職しないでバンドで頑張るのだと話したら「現実をみろよ」と言われました。この言葉は僕の胸に火をつけました。

くそぅ、えんどうめーーー!
ライブの帰り、そんな事を密かに考えながらクリスマスらしく焼き鳥を食べました。

2005年12月25日

・クリスマスを教訓に。

去年のクリスマスを覚えていますか?
一昨年のクリスマスを覚えてますか?
その前もその前もその前もその前も
ちゃんと毎年毎年、覚えていますか?

残念ながら、
僕は去年のクリスマスがイマイチ思い出せません。
その前のクリスマスとかその前のクリスマスとか
何だか毎年同じ様な事をしているせいか、
イマイチごちゃごちゃになってしまって思い出せません。

たまに毎日を消化して生きている感覚になりませんか?
僕はよくなります。
バイト先の調理長にも言われましたが、
僕には毎日生きているという事に集中力が足りないそうです。

これはもったいない。
地に足つけて、時計ばかりみてないで、しっかり前を向いて、これからを生きていこう。
27回目のクリスマスで、やっとここまで辿りつきました。
メリークリスマス。

2005年12月24日

・七面鳥

クリスマスも迫ってきたので、昨夜は七面鳥を焼きました。
そして、近所のお花屋さんや美容師さん、イトコなどを招いてホームパーティーをしました。
お腹イッパイ食べれる程、たくさんの料理を作りました。
別にキリスト教徒でもないけど、クリスマスは暖かくて好きです。
家族や大切な人の暖かみが伝わってきて幸せな気分になります。

今晩はミレナリオを観に行こうかな・・・。
あ、そー言えば、先日料理長が
「ミレナリオみれないよー」と言いました。
この寒波はそのせーだと思います。
あしからず。

2005年12月23日

・先輩

俺が8年間勤めたバイト先は、昼はセルフサービスのレストラン、夜は居酒屋に変身するタイプの店だった。俺は基本的に、昼間の営業時間に調理場で働いていたが、最近は人手不足から調理長の要望で夜の営業時間に勤務していた。
そんなこの店の営業も今年は後3日になった。
そして俺が勤務する日も残す所3日になった。
ずっと、昼間に働いていたからと調理長は俺に昼間からの出勤を提案した。
俺はそれを喜んで引き受けた。
やはり、お世話になった方々がたくさんいたので、挨拶をしておきたかったのだ。

さて、そんな昼の営業時間にはパートのオバ様方が12、3名いるのだが、この中に1人だけ飛び抜けた人がいた。孫もいる年齢にも関わらず、行動はテキパキとし、数多くの仕事をこなし、声も大きくハキハキとし、あきらかに他のパートの人と違う仕事っぷりをするのだ。
それでも、天狗にならず、我を出す訳でもなく、とても尊敬できる人だった。
そんな彼女が別れ際に、
「小田君には言葉では言い表せないタクサンの事を教えてもらった。辞めてしまうって聞いた時はショックだったけど、応援してる。ありがとう」
と言った。

チクショウ!
この人やっぱすげーな。
俺なんかから色々なモノを学んで、いまだに成長してるんだ。
きっとこの人は出会った人から色々と吸収して、いつまでも大きくなていくんだ。
俺も、そうありたい。と、思った。

今宵はこのお姉様に、乾杯!

2005年12月22日

・男泣き

何気なくテレビを付けた。
浅田真央がトリプルアクセルを決めた瞬間だった。
涙が溢れた。
特別フィギュアスケートが好きなわけでも、浅田真央が好きな訳でもない。
それでも彼女のジャンプは華麗で力強く、何より俺を感動させた。
小泉首相が言う様にオリンピックに何故でれないのだろう。
世界中の人に彼女のスケートをみせてあげたい。
そー思った。
そしていつか生でその滑りを観たいと思った。

シャラポアのテニス。
aikoの歌声。
そして浅田のスケート。
いつかこの目で観てやる。