February 04, 2007

フラット化する社会から見える教育

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フラット化する世界(上)
日本経済新聞社
発売日:2006-05-25
フラット化する世界(下)
日本経済新聞社
発売日:2006-05-25


 先週のNHKスペシャルでインドの特集をしていました。
 この本は、以前ベストセラーということで読んでおいたのですが、インドの現状を見てフラット化する世界を実感しました。

 アメリカとインドには時差があります。アメリカが昼間のときは、インドは夜中。インドが夜中のときは、アメリカは昼間です。
 この時差が非常に重要なのです。

 インドで高等教育を受けた人は、英語をしゃべります。そして、最近ではIT、コンピュータサイエンスが人気です。そのために大学教育を受けた人の多くは、コンピュータに精通しています。そういった人が、オペレータとして採用されます。

 コンピュータのトラブルで電話することってありますよね?
 アメリカで電話をするとインドでオペレータが答えているそうです。
 あるシステムを開発するために、インドに発注します。トラブルがあれば、アメリカから夜中にインドにメールを送ると翌朝には、問題が解決されています。

 ITが地理的影響をなくしてしまったということです。そして、インドで安く優秀なオペレータやエンジニアが採用できるのでアメリカの技術者が職を失いました。

 世界が市場のSOHOということも起きているのでしょう。英会話教師がアメリカにいて日本人にインターネット電話で教えていますが、別にインド人が教えてもいいということですよね。イギリス英語であったり、人によってなまりもありますが。

 また、いわゆる文法の知識に関しては、googleなどで検索すれば簡単にすぐに得ることはできます。現在、googleがすべての書籍を電子化しようとしていますのでこれからは、知識を伝えるだけの授業や講義などは、学習者個人が自分で勉強できる時代ですね。

 そういった時代における教育は結局は、単なる知識の暗記ではなく、知識を得る方法や得た知識を用いて何を考えられるかが重要になるのでしょう。

 インドの大学の授業をNHKで見ましたが、個人的には理想的な授業でした。テレビの番組によると、教授は、ある問題解決のための答えを教えるということはしないそうです。学生にいくつか道しるべを与えますが、講義中に答えを教えない。

 そして、問題解決方法を1つだけ答えることを要求しない。複数の解決方法を提示するように求めるそうです。
 考え抜く力を要求しているわけです。
 
 当然英語で考えているわけ(インドの大学は英語で講義)ですがこの考える過程において英語は媒体でしかないし、英語ができること=思考力があるということではないとつくづく感じました。

 きれいな言葉は話すが話せるべき内容がないことよりも、多少なまっていようが内容があることを伝えられる生徒を育てたいですね。 







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