atusisugoiのblog

2016年06月

 女 院(にょいん) の お ん 肌

 
-建礼門院(けんれいもんいん)は、なおずっと遅れて、たそがれ近
いころ女房輿で、これへ登って来られた。
 おん母の姿を見ると、みかどは、さすが、おとなしくなられる。という
よりも、にわかに、まつわりついて、嬰児(えいじ)のように、甘え抜か
れるのであった。 
 「いけません、そのようなことを遊ばしては」
 女院は、みかどの小さい御手が、襟(えり)がさねの間から、偸(ぬ
す)むように乳の肌へ忍び込もうとするのを、ひざに抑えて、そのお体
ぐるみ、しかと、五衣(いつつぎぬ)の御袖の中へ抱え込まれた。
 「もうこの春からみかどは、お八ッにおなり遊ばしたのでございまし
ょう。あれ、みなが笑ろうています。さ、お行儀ようなさいませ。みなして
、おもしろい夜物語なといたしましょう」


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 「いや」
 みかどは、うない髪を、きつく振って、
 「供御(くご)は、まだなの。まろ、お腹(なか)がへった」
 「ホホホホ。ごむりもない、やがてほどのう差し上げまする」
 「ここは、どこ。おん母」
 「しばしの仮の御所でございます。こよいからは、この屋(や)に御寝
(ぎょし)なされませや」
 「おん母も、尼のばば君も、屋島は仮の御所と、いつも仰っているくせに
。・・・・・・・あそこも仮、ここも仮なの」
 「ここも屋島の内ですから」
 「いつ帰るの。都とやらへ」
 「そのうちに・・・・」
 「そのうちにって?」
 「春が過ぎ、夏が来、そして、やがて次の春が参りましょうほどに」
 「いくつ寝たら次の春?」   
 「・・・・・・」
 たれとはなく、すすりなきを忍ばせた。
 おん母子の、こうしたお戯れは、常々のことで、、今さら、涙をそそ
られるでもないが、こよいに限っては、女房たちから侍側の人びとま
で、特に、うら寂しい感傷にとらわれていたのである。
 玉座といっても、陣屋の素筵(すむしろ)、燭(しょく)は臭(くさ)い
魚脂の油煙を立て、一張(ひとは)りの几帳(きちょう)だにあるわけで
はない。このあいだじゅうからの暴風雨(あらし)が、どんな威力であっ
たにせよ、もしこれが都のことならばと、つい、過ぎた栄花の日なども
思い出される。そして、そうした御比較を持たない、みかどよりも、女院
のお胸こそ、思いやられ、おん母にして、まだ二十九のお若い美しさが、
よけいに、このほの暗い陣屋の中では、目に沁(し)みて見えたのだっ
た。
 「あちらの夜の御殿(みどの)に、供御のおしたくができました。暗(く
ろ)うございますゆえ、局が、お手をひいてさしあげましょう。さあ、こ
うおいで遊ばしませ」
 帥(そつ)ノ局(つぼね)が、迎えに来た。-この局は、時忠の妻だっ
た。
 かの女は、みかどにお乳を上げてきた乳人(めのと)でもあった。だ
から、おん母の次にみかどは、帥ノ局にはよく親しんでいらっしゃる。
 けれど、都も不安になってからは、乳人の肌にも寄りつかず、みか
どは、庶民の子のように、夜ごと、おん母の肌に寄り添わねばお眠り
にならなかった。女院もまた、自然、そうしたかったものであろう。都
落ちの後は、なおさらだった。夜々の肌の香癖(かぐせ)も一倍になっ
て、お八ッの春となっても、まだ、乳の香をわすれえないみかどであ
った。
 女院は、みかどが、帥ノ局やほかの典侍たちと、賑(にぎ)やかに、
夜の膳部(ぜんぶ)に時を忘れている間に、あてがわれた御自身の
一室へそっと通って、
 「あるじの小机か、冠棚(かむりだな)なと借りうけて給わらぬか」と
、そばにいた治部卿(じぶきょう)の局へいった。
 やがて、女院は、こればかりはと、みずからの手筥(てばこ)に納め
てきた二品のかたみを、さっそく、机の上に浄(きよ)め乗せて、位牌
(いはい)へするように掌を合わせた。
 ひとつは、かの女の良人(つま)たりし高倉天皇が常々使っておら
れた笄(こうがい)であり、も一つは、亡父(ちち)、太政入道清盛(だ
じょうにゅどうきよもり)の小硯(こすずり)であった。
 生まれながら、西八条の宝財に囲まれ、嫁いでは、時の高倉天皇
に侍(じ)して、九重の宮のお妃(きさき)として並び立ち、そのお似合
いな夫婦仲(みょうとなか)は、上下の羨望(せんぼう)の的であった
かの女にも、今は、その二ツの物しか、身に残されていなかった。
 みかどは、お寝相がわるい。
 よく遊びよく暴れた日ほど、夜のおん寝姿は、他愛がない。
 ときどき、夜具(よのもの)や御衣(ぎょい)を剥(は)いでしまう。御
枕もどこへやら転々と身うごきなされる。けれど、どんなお恰好にな
っても、ふさふさとした童髪(わらべがみ)は、おん母の真白いふとこ
ろの奥へ、深々と埋めこんでい、そのお頭(つむり)の位置だけは決
して変ることはない。
 さらぬだに、女院は何度もそれに眼をさまされては、みかどの上へ
夜具を掛け直してあげることかしれなかった。
 -が、こよいに限って、みかども、じっとお寝(やす)みだった。
 女院もまた、昼のお疲れやら、まずここに、塒(ねぐら)を得たとおも
う安堵(あんど)やらで、ぐっすりされたようだった。それから、やがて
、夜半ごろであった。
 -後に思えば、、虫の知らせであったろうか。
 なんとなく、胸ぐるしくて、女院はふと、眼をさました。うつつなく、ど
こかの掛樋(かけひ)の水音が耳につく、そのうちに、「・・・・おや?」
と、みかどのお体がいつになく熱っぽいのに気づいたのである。
 深いおん寝息はみえるが、息づかいが、いつもと違う、額に手をあ
ててみると、火のようである。女院はすぐ典侍を呼ぼうとされたが、よ
くある知恵熱というものか、晨(あした)には、けろりとしていらっしゃる
ような例も、これまでにままあった。
 「みなも、疲れていように・・・・・」
 女院は起きて、手筥の底の薬をさがした。みかどにそれを服(の)ま
せするため、廊を渡って、自身、掛樋の水を、器(うつわ)へ汲みに行
ったのだった。
 すると、掛樋の床の竹窓越しから、坪(庭)向うの一室へふと眼をひ
かれた。灯影の揺れと、人の気配がしたからである。
 ひとりは乳人の帥ノ典侍、ひとりはかの女の良人、平大納言時忠に
ちがいなかった。でも、たまたまの逢う瀬をたのしむような年でもない。
老夫婦といえるに近い二人である。おそらく、人びとの寝しずまった
後で、主上のお行く末のこととか、お互いの覚悟とか、平家の運命を
見とおしている時忠が、妻の典侍に何事かをいいふくめてでもいたの
ではあるまいか。
 二人の影は、そこの一室を出てくると、左右の廊へ、黙って、別れて
いった。
 「・・・・・・・・・」
 もとより女院は、たいしてお気にもとめなかった。
 寸時も、心はみかどから離れられない。こうしている間も、みかどが
、おん眼をさまして、そばに見えない自分の姿に泣いていらっしゃる
のではないかーなどと思われて。
 器の水を両手にささげ、女院は心もそぞろに、廊をもどって来た。
そして、寝所の妻戸をはいろうとした時だった。かの女の姿を見かけ
た帥ノ局が、何事かと、驚いたように、
 「どうか遊ばしましたか。まだ夜も明けておりませぬのに」
 と、ともに簾(す)の内へはいって来た。
 「オオ局か。見て給も、みかどが、少しお熱のようにうかがわれるの
です」
 「えっ、お熱が」
 帥ノ局には、幾人もの子を持った覚えがある。屋島には、典医もい
ないので、何よりは、母親の体験を多く積んでいる帥ノ局のような人
の意見や処置が、常々、何よりの力であった。
 「たいして、お悪い御気色(みけしき)とはうかがえませぬ。かろい御
風気(ごふうき)ではございますまいか」
 「では、いつも差し上げるこの唐薬(とうやく)でも」
 「およろしゅうございましょう。昼の間、暴風雨(あらし)のあとの濁り
水に、夢中でお戯れでしたから、少しお冷えになったのかもしれません」
 おん母は、みかどを、ひざへお抱きして、帥ノ局とともに、寝ぼけま
なこのお唇(くち)へ、しきりに薬をおすすめした。
 -その時、だ、だ、だ、だっと、たれかが、遠くの廊を馳(か)けて通
った。が、それきりなんの物音もせず、ここへたれの来る様子もない。
 みかどは、さんざんに、おん母たちを手こずらせた。お首を振っては、
 「いや!いや!」
 とのみ烈しく拒(こば)むので、女院も局も、そのお力には、負けて
しまい、しばらくは、薬を措(お)いて、ごきげんをとっているしかなか
った。
 -と、ふたたび、前にも増した跫音(あしおと)につれ、何か喚(わめ
)くらしい口々の声もして、にわかに、陣屋中が異様な騒ぎにわき返
った。
 そのせいか、または、お熱のため何か幻影でも見られたものか、み
かどは突然、
 「こわいっ。・・・・・・怖いっ」
 と、悲鳴に似たお声をあげて、続いて、わあんっーと声かぎりに泣
き叫ばれた。
 しかも、すぐ外の妻戸の口では、
 「-女院さま、たいへんでございまする、女院さま、女院さま」
 と、何事か、内へ告げる女房たちの声が、これも泣かんばかりであ
ったが、みかどに気をとられてか、なかなか内の御返事もない。
 そのあいだに。
 あちこちの簾の間(ま)から、大納言の典侍、臈(ろう)の御方(おんか
た)、治部卿ノ局、北ノ政所、その侍女やら、ほかの小女房たちなども
、わらわらとここの妻戸の口一つに集まって来て、時ならぬ旋風(つむ
じ)に吹き寄せられた花屑(はなくず)のように、おののきおののき、な
お、奥へ向かって告げぬいた。
 「女院さま、女院さま。源氏が襲(よ)せてきましたそうな」
 「-どうしたことか分かりませぬが、志度(しど)の方から」
 「はや、源氏勢の攻め声やら、たくさんな火の数(かず)も、遠くのや
みに」
 「そして、こなたへ、近づいてまいりますとか」
 「経盛どのも、仰天あそばし、武者どもも、一人残らず、物具よろう
て、お陣屋から馳け出してゆきました」
 「みかどにも、女院様にも、はや、お身じたく遊ばしませ。もう・・・・
・ゆめ、ただ事ではございませぬぞえ」
 -それは、時刻からみても、ちょうど、丹生(にぶ)の追分で、南北
ふたてに別れた義経軍の、どっちか一隊が、もう、そろそろ屋島附近
へ迫ってくる時分。
 けさは、まさに二月二十日。
 が、まだ、明けきらない空に、白々と無慈悲な顔した残月があった。

 群蝶(ぐんちょう)おののく

 恐怖に戦(そよ)がれた女房たちは、廊の外や妻戸の辺を、ただう
ろうろするだけだった。あの女人特有な声の色や口走りは、なんの役
にも立たないのみか、恐ろしい予感を一そう不気味な幻覚にし合って
、その悲泣と、狂おしいうろたえの影を、花屑の旋風(つむじ)みたい
にぐるぐる描いて見せるにすぎなかった。
 「ああどうしょうぞ、ここも源氏の攻めるところとなったら」
 かの女たちは、死の匂いをもった暗い風の中で、こう、黒髪と黒髪
のみだれを抱きあうほか、身のおき場も知らなかった。
 およそ、平家の女性とは、こういう哀れな弱々しい蝶々の群れであ
ったといえよう。
 -これが、かっては都の中でも見られた、あの木曾の女将軍や女
兵士たちならば、この期(ご)に、泣きなどもしまいし、うろたえもして
いまい。
 けれど、平家の蝶々たちは、建礼門院はじめ、以下の武将の妻や
小女房にいたるまで、すべての者が宮苑(きゅうえん)と深窓のほか
には夜の風も知らず育(はぐく)まれてきた者ばかりといってよい。-
身に物具(ものぐ)を鎧(よろ)う慣(なら)いはなかったし、手に薙刀(
なぎなた)を持つすべも知らなかった。
 しかし、簾の内の建礼門院と帥(そつ)ノ局は、事態を聞くと、さすが
すぐわが身のことは、さて措(お)いていた。いや、自分はなかったと
いってよい。あるのは、主上のおん身のことだけだった。それだけで、
自身を恐怖するゆとりもなかった。-と、そのうちに、
 「やあ、あわて騒ぐことは無い。泣き狂うなど酷(みぐる)しいとは思
わぬか。まだ、事も定かにわからぬものを」
 近づいて来た大鎧(おおよろい)の人影がある、平大納言時忠にち
がいなかった。讃岐中将時実、侍従少将有盛なども、つづいて見えた。
 「おしずまりなさい」
 と、侍従の有盛は、あたりの裳(も)や黒髪の群れを、たしなめなが
ら、
 「あの甲(かん)だかいおん泣き声は、主上ではありませぬか。大理
どの、主上もあのようにお泣きになっておられまする」
 「ご無理はない」
 と、時忠もそこの妻戸の口へ来てー
 「余りに、まわりの女房たちが、身もたましいも消してて恐れ噪(さわ
)ぐゆえ、主上もびっくりなされたのであろう。そんなことで、万一の供
奉(ぐぶ)もできようか。御守護には、時忠もおる。武者ばらも大勢いる
。女性(にょしょう)たちは、じたばたせずに、落ち着いて、女院のおさし
ずを待ったがよい。何がやって来ても、身勝手にお側を離れ、散り散
りになってはならぬ」
 と、かれもまた、弱い群れを、ねんごろに、こう諭(さと)しながら、そ
して御寝の間のうちへ、はって行った。
 見ると、女院と帥ノ局は、もう、みかどにお袴(はかま)をはかせ、御
衣(ぎょい)も厚く着重ねて、いつでもこの場を立てるように、御仕度
をすませていた。
 「おう、時忠どのか」
 みかどの側から、帥ノ局の声だった。
 かの女と時忠とは、たれも知る仲であるが、玉座の前では、夫婦に
して夫婦ではない。
 「時忠にござりまする。・・・・・・・時刻も時刻、みかどには、さだめ
し、胆(きも)をお消しなされたことでありましょう」
 「いえのう。・・・・みかどのお狂い泣きは、そのためのみではありま
せぬ。夜半(よわ)を過ぎたころから、にわかな熱気(ねつけ)なので
す」
 小さい燈火(ともしび)の明滅の中で、女院のお顔だけが、ほかの
何物よりも白かった。やっと、少し癇(かん)をしずめられた幼帝の、ま
だ泣きじゃくるお背中を、深く抱え寄せながらー
 「して、志度(しど)の方からここへ敵が近づいて来るとは、まさしゅ
う、まちがいないことなのですか」
 と、きっとして、たずねた。
 「まだ、しかとは分かりません。・・・・が、たった今、阿波国の、桜間
ノ介義能遠(さくらまのすけよしとお)と申す者が、奥阿波から木田郡
の山から山を、よろばい越えて来、急を、麓(ふもと)の総門へ告げて
まいりました由」
 「その者は、なんのために、阿波から逃げて来たのですか」
 「昨、十九日の早暁阿波の勝浦の磯へ着いたる源氏に不意を衝(
つ)かれて、桜間ノ介の館(たち)焼かれ坂西(ばんざい)の近藤六は
敵に降(くだ)り、判官義経の手勢およそ百七、八十騎が、まっしぐら
に大坂越えを経、この屋島の背後(うしろ)へいそいだとの注進なの
でございまする」
 「判官とは?・・・・オオあの、ひよどり越の御陣のおりも、お味方の
うしろを襲(おそ)って来た恐ろしい源氏の大将か」
 「そうです。その義経とせば、ここ幾日かの風浪など物ともせず、ふ
たたび、思いもうけぬ奇襲をここへ試みて参ったかもしれません」
 「では、はや、志度から牟礼のあたりへまで、その義経が」
 「桜間ノ介の報(し)らせをうけると間もなく、その方角に、おびただ
しき松明(たいまつ)が見ゆると、あちこちで騒ぎだしたものでした。-
が、たとえ、判官(ほうがん)であろうとも、二百にも足らぬ小勢、どれ
ほどなことがありましょう。まず、まず、お身支度はなされおくとも、じ
っと、これに御座(ござ)あらせられい。やがて、もすこし詳しゅう軍(い
くさ)のもようも知れてまいりましょうほどに」

 総じて、一門の人びとの諸陣屋は、屋島の東側から北へかけての
山下と中腹に集まっていた。すぐ眼の下は、壇ノ浦(長門の壇ノ浦と
はべつ)とよぶ湾内の海ふところだった。対岸が船隠しの浦、また南
へうねっている一条の道は、干潟(ひがた)を渡って、屋島総門の口
へ往来が自由である。
 水軍の便、陸上の便など、にらみ合わせて、内裏の位置も、定めら
れたにちがいないが、すぐ後ろに、嶺(みね)を背負っているせいで、
昼も片日蔭だし、海の色、山の茂みも、なんとなく陰気であった。
 わけてここもまた、地の理を得たものでなかったと知ったのは、きの
うまでの、あの大風雨で、嶺水(みねみず)は押し流されて来、崖(が
け)くずれは、御所の園(その)を埋め、どこの陣屋も、泥土に傾いて
いないのはない。
 一門の総領、内府宗盛(ないふむねもり)の陣所も、例外ではなかっ
た。しかし、かれのいる所は、そのまま本営であるから、みかどやら
女院は、一時、経盛の陣屋へ遷(うつ)られても、全軍の形のうえから
、かれまでが、めったに動くわけにはゆかない。
 -で、きのう一日中は、土砂の始末や急場しのぎの板屋普請(ぶし
ん)にとりかからせ、ともかく、母の二位ノ尼を迎え、宗盛は仮寝の姿
で、昨夜を明かしかけたのである。-いやその一夜すらも、まだ満足
に眠りきったとはいえないまにーこの暁闇(ぎょうあん)の異変だった。
ーただならぬ物音や哨兵(しょうへい)の叫びにがばと跳ね起き、身
に大鎧をまとったのも、半ば、夢心地であったろう。
 「何事ぞ、四郎兵衛」
 陣屋の一ノ小屋まで、彼はその巨躯(きょく)をゆさゆさと運んでゆ
くまで、まだ、事の真相が、あたまによくつかみきれなかった。「-源
氏が襲(よ)せてくる?そんなばかなことが」と、どこかで多寡をくくって
いた。
 飛騨四郎兵衛景経(ひだしろうびょうえかげつね)は、宗盛の乳母
子(うばご)である。宗盛の一の家来ともいわれている者。
 「おう、内大臣(おおい)の殿。-容易ならぬことのようでござります
る。阿波の桜間ノ介の告げによれば」
 「桜間ノ介が」
 「山越えでこれへ逃げ参りました。義経の一勢(いちぜい)、阿波へ
渡り、すでに大坂越えを経、これへ近づ活きつつあるとか」
 「えっ、まことか」
 「お直々(じきじき)に、桜間ノ介、へ、なお訊(たず)ね給わりませ。
-あれに控えおりますれば」
 「四郎兵衛の指さす所に、一個の人影があった。みじめなばかり疲
れ切った姿で、篝(かが)り火のゆらぎを横顔にうけ、惨(さん)として、
地面に平たくなっている。
 「おう、阿波民部(あわみんぶ)が弟よな」
 「は。・・・・・・桜間ノ介能遠にござりまする。兄民部が、国の留守の
まに、なんとも不覚なる敗北をとげ、面目次第もございませぬ」
 「敵は、判官義経か」
 「・・・・左候(さそうろ)う」
 桜間ノ介は、ふと、男泣きの肩を、ふるわせて、
 「一時は、斬り死にせんかと存じましたなれど、いや待て、事の急を
、屋島へお告げ申せではと、炎の館をうしろに捨て、吉野川の上流(
かみ)へ逃げのびました。それより飢えも眠りも忘れて、曾江(そえ)山
、奥鹿(おくが)の山々を越え、からくも、これへたどり着いた次第で
ございまする。一刻もはやく、急を諸陣屋へお触れあって、源氏の不
意を迎え撃てと、備えをお命じくださいませ」
 「さては、あの判官めが、小さかしくもまた、屋島の後ろを突いて来
たか。しゃっ。なんでそうたびたび、ひよどり越えの二の舞をわれら
が踏もうぞ。-桜間ノ介」
 「はっ」
 「よう早く告げて参った」
 「・・・・・は。おそらく、敵は大坂越えから、引田(ひくた)、白鳥、丹生
(にぶ)を急いだものとおもわれまする。はや、はや、御猶予なく」
 「四郎兵衛からもいま聞いておる。四郎兵衛、触れを出せ、陣陣へ」
 「おことばまでもなく、すでに、陣触れはもれなく走らせておきました」
 「船手へも告げてあるか。水軍の能登どの(能登守経教)へは」
 「能登どのの陣所、船隠しの浦へも、使いの兵に小舟をあやつらせ、
御用意あれと、告げ渡しましたが」
 「いや、そんなことでは間(ま)どろいぞ。頂きの櫓ヶ岳(やぐらがだ
け)より、全軍へ火合図せよ。また総門の櫓からも、貝を吹かせい」
 次第に語気が高くなった。
 ようやく、かれもあわて出したのである。
 しかしそのあわて方すら、宗盛らしい緩慢さであった。なぜならば、時
すでに、屋島山上の望楼でも、また対岸の五剣山の上でも、遠見の兵が、
 「や、や、あの火光は?」
 「志度(しど)、牟礼(むれ)のあいだを」
 「松明(たいまつ)にちがいない。なんと、おびただしい」
 「さては、敵か」
 「敵とて、どこの敵」
 「源氏にちがいないわ。すわ、事ぞ」
 と、騒ぎ出していたのである。
 たちまち、それは屋島全山の騒動となり、また五剣山からまろび落
ちるが如く馳け下りて来た遠見の兵の知らせで、船隠しの浦の水軍も
 、どよめき騒いでいたのだった。
 時に、暁天はまだたくさんな星を見せてい湾内の潮(うしお)は暗か
った。
 水軍の大将教経(のりつね)は、
 「よも天から敵の降ってくるわけはあるまい。ついきのうまでも、あ
の荒天(こうてん)、あの浪あらき海上。いぶかしい事ではある」
 と、疑いながらも、ともあれ、すぐ早舟に飛び乗り、屋島の御所のす
ぐ下へ、漕ぎ渡って来た。
 宗盛の布令(ふれ)が行くよりも、かれの来た方が先だった。宗盛
も、もうその時は、志度方面の敵の火光を聞いている、櫓ヶ岳の哨兵
から知らせをうけ、その顔色は一そう硬(こわ)ばったものになってい
た。
 二位ノ尼も、一重の陣幕(とばり)を引いたかなたの仮屋の内に、姿
を見せており、そばには宗盛の一子で今年十七の宗清が侍座してい
た。そのほか一門の妻女や雑仕女(ぞうしのめ)など、ここにも消えなん
ばかりなおののきを集めた一群の蝶々がなおいたのである。
 さくらノ局も、座の中にいたが、あの驕慢(きょうまん)さはなく、他
の女房たちと血の色もない顔をひとつに、じっと、さしうつむいていた。





















































































 時計草のさし芽は、昨年、一昨年ともに、うまく育ちませんでしたので、
今回は、三度目の挑戦ということで、部屋の中に、根付くまで、置いて、管
理をしてみようと考えました。

                     時計草の、挿し芽  2016.06.04  撮影
CIMG0046



































 2016年6月8日(水曜日)

 枯れないで、緑を保っていますので、、生育をしているものと、思われます。
期待をしているところです。

 2016年6月10(金曜日)

 枯れてはいませんが、少し茎が痩(や)せたように見えますので、少し心
配です。が、今写真を撮って、6月8日時点と比較しますと、明らかに背丈
は伸びているのが、分かりました。
 残念ですがその後、間もなく枯れてしまいました。
 
           時計草の、挿し芽  2016.06.10  撮影 
CIMG0064




































 2016年6月27日(月曜日)

 先日、日野市在住の知人宅へ3か月ぶりにまた行ってきました。「プラムを捥
(も)ぎに来られませんかと」いうお話をいただいたからです。
 伺いますと、さっそく庭の木々や花、野菜などの発育状況などを、氏が散策し
ながら説明をしてくださいました。そんな話の中で、小生が、時計草を過去3回挿
し木をしてみましたが、すべてうまくいきませんでしたが、挿し木では根付(ねづ)
かないのですかと、質問をいたしますと、「時計草は、蔓なので、その蔓を親蔓か
ら切るのではなく、蔓を生かしたまま土の中にもぐらせて、先端を地上にだしておく
と、土の中に潜った、蔓の一部から、根が出るので、そのようにしたらどうですか」
、とのアドバイスでした。早速、本日挑戦してみました。
 
    時計草が、一輪咲いています。  2016.6.27日撮影
CIMG0130
















CIMG0131




















































 親である時計草の蔓を、生かしたまま、隣の鉢の土の中に埋め、先端を
地上に出してみました。
                       2016.6.27 撮影                        
CIMG0129



































                       2016.6.27 撮影
CIMG0131


































 2016年7月1日(月曜日)
 
 親から未だ、養分をもらっていますので、すくすくと育っています。背丈も
ずいぶん伸び、茎の太さも痩せてはいなく、勢いがあります。長い棒を1本
立てましたが、今後の生育過程に支障が出ますので、リング状のサポート
を入手しようと思っています。
 今日も昨日咲いた一輪が、健在です。廻りの緑のつぼみは、咲き終わった
状態です。これから実を付けてくると思います。

 
     時計草が、また一輪咲いています。  2016.6.30 撮影
CIMG0002


































   新しい鉢の茎が順調に生育しています。  2016.6.30 撮影 
CIMG0004




















































 2016年7月4日(月曜日)

 昨日は、天気概況によりますと、府中市は36.2℃を記録していま
した。
今日は朝から強い陽射しがあり、猛暑になりそうですが、予報は32℃
となっています。
 昨日家内が、用意してくれた、リング状の支柱を、今回、取り木を行っ
た時計草の鉢に取り付けを行いました。勢いよく茎が伸びますので、リ
ング状の支柱に這(は)わせる必要があったからです。
 向かって左の鉢植えの時計草が、親元です。一方右側の鉢は未だ、親
から養分をもらって育っているようですが、地中に蔓を潜(もぐ)らせていま
すので、その潜らせている蔓の節目(ふしめ)から、新しく根が出れば、良
いのですが。親の時計草から茎が隣の鉢に潜り込んでいる様子がわかる
と思います。
 今度こそはと・・・・・期待が高まっています。

     親子の時計草   2016.7.4 撮影
CIMG0004


































 本日も、一輪咲きました。隔日に咲いているようです。向うに今回取り付
けた支柱の上部リングが見えています。

      時計草       2016.7.4 撮影         
CIMG0001






































         時計草  2016.7.4 撮影                                   
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2016年7月10日(日曜日)
 
 6月27日に、時計草の蔓(つる)を隣の鉢の土中に潜(もぐ)らせてら、2
週間が経過しましたが、順調のように見えます。しかし、親から、まだ養分
をもらっていると思われますので、油断はできません。茎の太さも、十分保
っているため、たぶん大丈夫だと思っています。
 
        順調に生育している、二世となる時計草
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 2016年7月14日(木曜日)

 時計草の親子は、元気に生育しています。親のほうは、現在、2輪咲いて
います。
           親の時計草  2016.7.14 撮影
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 蔓分けした、子供の時計草は、18日を経過しましたが、日に日にまだ成長
して、蔓は伸びづけています。もう、鉢の中の土中の蔓から、根が出ている
のでしょうか。
安心して見守っています。
         子の時計草  2016.7.14 撮影      
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 2016年7月19日(火曜日)

 時計草は、順調に生育しています、本日は、3輪太陽に向かって元気に咲
いています。
 小分けした時計草も、御覧の通り、リング状のサポートに巻き付いて生長し
ています。
         親の時計草  2016.7.19 撮影
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        子の時計草  2016.7.19 撮影      
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 2016年7月23日(土曜日)

 この季節にしては、少し涼しい気候ですので、しのぎやすく、ありがたい気
持ちです。昨夜もエアコンなしで、やすめましたし、今夜もこの調子で、やす
めそうですので、助かります。
 今日家内いわく、親しく付き合いをさせていただいている、奥様が、拙宅に
ある、時計草が、気に入っていますので、例の「日野に所在する園芸センターに
行きましょう」と、誘いの話があったとのこと。
いま別の鉢に、時計草の子供を作っていますので、「これがうまく根付いたら、上
げますから」と、告げたといいます。
 そんなわけで、もう一鉢、親の時計草の蔓を、潜らせ、兄弟分を作ろうと考え
ています。
 現在、親の時計草は、一日ごとに、花を更新しています。
 
         時計草  2016.07.23 撮影
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 2016年7月24日(日曜日)

とり木で、子供の時計草(向かって右)は、元気良く生長を続けています。
また、向かって、左の新しい土のほうは、本日(7月24日)とり木をし、二人目
の時計草の子供となりました。最初の子は、近所の奥様の処へ、養子に行
く予定です。
 まだ両方とも、親の時計草とつながっていて、親から養分をもらっています。

  一番目のとり木で、生長している時計草 2016.07.24撮影
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 ニ番目にとり木を、した時計草 2016.07.24撮影
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 水彩画サークル「虹の会」展開催のポスターが完成しました。


 私たち「虹の会」会員の方に、小生の描いた水彩画の上に、開催通知の
文字書きをお願いしていましたが、「出来ました」との連絡を受け、本日、府
中駅前にて待ち合わせをし、当人から受領してきました。
水墨文字も、立派な絵画ですので、手造り感が出れば、幸いだと思って
います。
 このポスターは、開催日に、府中グリーンプラザ分館ギャラリー玄関前に、
掲示しますので、展示場所等は、省略しました。

              完成した、ポスター
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  水彩画サークル「虹の会」展のご案内

  開催日    平成28年6月23日~平成28年6月27日

  場所    府中市グリープラザ分館ギャラリー

  アクセス  京王線、府中駅南口、高架下(ケヤキ並木通り)

  時間    午前10時から、午後5時

         最終日は、午後4時

 当日は、多数の方々のご来場を心より、お待ちしております。

 府中駅前開発ビルも順調に、進捗しているようでした。もう地上8階辺
りまで立ち上がっています。

             府中駅構内から、撮影
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 2016年6月16日(木曜日)

 朝からの曇り空に、時々霧のような雨が降りました。関東地方は水不足が
懸念されています。梅雨とはいえども、まとまった雨にならないからでしょう。
京王百貨店に行き、今回「虹の会」展に出展する、小生の作品2点を、額装
してきました。

                   異国の霊峰
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             水上生活
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 2016年6月21日(火曜日)

 水彩画サークル「虹の会」展も愈々(いよいよ)明後日(23日)から、開催い
たします。出展者全員の作品名称の表示プレートもできました。また、作品
のレイアウトも氏名入りで作成し、準備は順調に進んでいます。

 府中グリーンプラザ分館内の、ギャラリー入り口の立て看板に、階催場所
がすぐに分かるようにと、次のポスターも、表示する予定です。
絵は、本日、小生が仕上げたものです。
 この、「アブチロン」という花は、拙宅の庭に咲いている花ですが、家内の
友達が、ぜひ、小生に描いていただけませんか、ということでしたので、展
示会が無事済んだ後、額装し、プレゼントをしようと考えています。

             表示ポスター
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 2016年6月23日(木曜日)

 午前中は小雨も降っていましたが、昼前から、多少天気が回復し、気温
も一気に上がりだしたなか、 「虹の会」展も無事、開催をいたしました。
 午後からは、少しづつ、来場者も増えてきました。

                   グリープラザ分館ギャラリー前
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           グリープラザ分館ギャラリー玄関                          
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          グリープラザ分館ギャラリー玄関     
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             ギャラリー入り口
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           展示風景
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             展示風景
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             展示風景     
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            展示風景
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            展示風景   
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            展示風景 
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              展示風景
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             展示風景
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 ここで、メンバー諸氏の作品を紹介いたします。

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 間違って、この画像を挿入してしまいました。削除方法がわかりません
ので、このままに・・・・。
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 2016年6月25日(土曜日)

  昨日は、埼玉北の住人と、春日部の友とが、「虹の会」展を鑑賞に、遠方
から来ていただきました。本当にありがとうございました。
このお二方の顔合わせは、実に久しぶりだといいます。
 家内もこの展示会場に来てくれ、挨拶を済ませ、一通り絵画作品を鑑賞し
た後、家内は帰宅しましたが、友達三人と、近くの居酒屋で、お酒をに飲み
ながら談笑しました。特に、前記二人は、こうした雰囲気で、一緒するのは初
めての様子でしたが、互いに助け合って仕事に打ち込んでいた頃の話に花が
咲いていました。本当に懐かしそうに、手を握り合って、感謝を表しておられ、小
生も、間に入って、このように素直に世話になったことを、言葉で伝えるというこ
とは、なかなか言えそうで言えないことだと、埼玉北の住人に、「偉いですねえ」
いい、話にひきこまれて当方も嬉しくなりました。
 帰りは、最寄り駅間のパブで、カラオケを歌って、早めに帰宅をいたしました。
 今日は、家内の友達が、展示会場に来てくださる予定ですので、家内と一緒
に間もなく家を出ようと思っています。

 予定通り、家内の友達二人が、来場されました。30分くらい鑑賞されましたが、
なかなか落ち着いた水彩画に感動されていました。そのあと三人は、伊勢丹に行
き、ランチを楽しむとのことでした。前記表示ポスターに使用したアブチロンの花の
水彩画もここで、観ていただき、Aさんに「額装してからプレゼントをします」と、い
いますと、大変喜んでおられました。7月の29日ごろには桃狩りをこの三人で予定
されていて、その帰りに拙宅に、立ち寄られますから、その時に手渡しをと考えて
います。
 2016年6月26日(日曜日)

 近所の、Tさん夫妻が、訪れてくださいました。ありがたく感謝しております。
 控え室でお茶を飲みながら、談笑いたしました。

 2016年6月27日(月曜日)

 今年の、水彩画サークル「虹の会」展も、本日(27日)16時に、無事閉展となります。
最終日も来場者様には、最大のもてなしをと考えております。















 午前10時前ですが、1本の電話が入ってきました。家内が出かけていま
したので、小生が直接、応対に出ました。その電話は、水彩画サークル「
虹の会」についての、問合せでした。
 会員の人数とか、会費のこと、またどのような絵を描くのかなどの質問
がありました。また重要なことは、先生は、どんな教え方をなさるのです
かということでした。といあわせ

 実際、先生は、私たちの、席に来て、座り、自ら筆をとって、着彩をし
たり、デッサンの段階では、説明をしながら、デッサンの指導を、しても
らっていますので、先方にも、この旨を、お伝えしました。
 結果、この手法に大変満足をされたようです。
 6月14日(火曜日)、白糸台文化センターで、講評会を開催しますので、
雰囲気を知るために、観に来られたらいかがですか、と、おさそいいたし
ました。
 5月1日付の、府中市広報に、会員募集の、記事を掲載していただき、や
っと一人、反応がありましたので、これだけでも、大変うれしく思いまし
た。
おかげさまで、今日は、心が豊かになりました。

 明日(6月14日)は、水彩画サークル「虹の会」の活動が、予定通り行わ
れますが、Iさんは、果たして、見学に来てくださるでしょうか、楽しみ
にしているところです。

 おかげさまで、本日(2016年6月23日)から予定通り、水彩画サークル「
虹の会」展を開催する運びとなりました。午前中に、待ちかねていた、入
会希望者のIさんが、鑑賞に来てくださいました。結果、次回6月28日(火
曜日)から、絵具等を持参して、当サークルに参加していただくことになり
ました。
やっと、念願の金の卵が誕生し、感激もひとしおです。
 小生はこれから、また、展示会場へ向かう予定です。
 
 2016年6月28日(火曜日)

 待ちに待った人が、水彩画サークルへ、時間ギリギリでしたが、見学
に来ていただき、ほっと胸をなでおろしたところです。機嫌よく筆を進め
ておられましが、小生が「どうですか、感触は」と訊ねてみましところ、
快適です」と仰っていましたので、今後、継続的に定例会に、参加願える
ものと確信いたしました。
 さらに見学者が、もう一人訪ねてくれました(昨日展示会最終日に、見
学に行くかもしれません、とのお話があった方)、見学会の後、入会した
い旨の、返事をいただきました。この方は、小生の家から近いところにお
住まいでしたので、、奇遇だなあと思っています。従いまして一挙に2名入
会の運びとなりました。これも私たちの水彩画が、評価されたと考えてい
いのでしょうか。

 2016年07月26日

 いつもの、水彩画はサークルが、始まりました。次期、新役員の顔触れ
の紹介を済ませ,先日の役員会で討議した、一人当たりの先生に教わる時
間に触れ、平等にというのが、長年の課題でありましたので。思い切って、
本日から、6分/人にしました。
 改革には、抵抗がつきものですが、私たち、水彩画サークル「虹の会」が向
こう10年は、問題なく持続ができるよう、20名程度の会員を確保しなが
らしっかりとした基盤を作るというコンセプトからです。心苦しくは思い
ましたが、先生に、教えていただく時間を割り切ってお願いしたところで
す。

 2017年11月23日(木曜日)
 
 2017年9月をもって、4年間水彩画サークル「虹の会」の会長職を
務めさせていただきましたが、このたび新会長を選任し、会員の皆様の承
諾を得ましたので、現在は新体制で活動をしています。新会長は、大変絵
に関心を持って、積極てきに物事を進めていただけるものと確信していま
す。
 現在、会員19名で運営をしています。秋の水彩画サークル「虹の会」
展も無事すませ、落ち着いた状態で、会が推移しています。おかげさまで、
先生に筆を執って指導していただく時間も、6分/人制が定着しています。
それと、10分前にミーティングを済ませてから、本番の水彩画を見てい
ただくということ、会費を郵便局に預け、カード使用することなど、そし
て役員会の実施なども、そのまま業務に移行されると思います。少し肩の
荷が下りたようです。



















 

 千葉在住の、娘と、孫たちの家に、家内と一緒に、お邪魔をしました。
皆、元気そうでしたので、ひとまず安心をいたしました。孫娘二人も大き
くなってはいましたが、あまり喋(しゃべ)りたがらない、なにかつまらな
いような雰囲気でしたが、この頃の年代はどろどろとした複雑な迷いの
ような青春時代なのかもしれない、と思いました。6年生の孫には、夏休
みが明けたら、塾に行くように勧めてみました。
 昨年の二月に、「法典の湯」という温泉に行った友達三人と、1年4ヵ月
ぶりに「京成津田沼」駅改札出口で待ち合わせをしました。大学二年生に
なる孫が、アルバイトに行くといいますので、新京成線で、途中まで一緒
に出かけました。 
 そんな関係で、少し早めに到着しましたが、成田在住の友人と、高根木
戸在住の友はすでに待っていました。間もなく、春日部在住者も見え、駅
近くの中華料理屋さんに入ることにしました。

           店から駅ビル方向の風景
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 4人そろって、生ビールで、再会の喜びを乾杯で表現しました。A氏は、愛
用のサイクリング車で、あちこちを駆け巡り、風景や、文化財などの写真を
撮ることが、最大の趣味の方です。さっそく、二冊の写真集を見せていただき
ながら、一つ、一つ丁寧に説明をしてくれました。この中で、小生が気に入っ
たのがあれば、あとで印刷して、プレゼントをしていただけるということでした
ので、10枚くらいチョイスさせていただきました。2冊目の最後の写真が、確か
5月10日で終わっていました
この日の帰りに、道路の縁石に自転車を乗り上げそこねて、自転車諸共転
倒し、大腿骨を骨折し、救急車で、運ばれたといいます。結構長い間入院を
余儀なくされたのは、脚部に血栓ができ、その治療が長引いたとのことでし
た。ともあれ、歩けるようになられたので、快気祝いという話になり、もう一度
、乾杯をしなおししました。
 小生は、最近描いた作品を皆さんに観せてあげました。

            異国の港
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 成田の友は、相変わらず、スポーツクラブで、体を鍛え、健康増進をはか
り、もう一人にかたは、24日に私たち「虹の会」展に来てくださるという、う
れしい話題などで、昼のひとときを過ごしました。
 後、マクドナルドで、コーヒーを飲んで、夕方5時前に散会となりました。

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