atusisugoiのblog

2018年03月

 今年一番の高い気温が予想されています、13時頃で24.3℃で
したからもう少し上がるかもしれません。
 午前中府中市役所に行ったときに、市役所のわき道に、「野口仮屋
伝説」という案内板がありましたので、メモをしてきました。

 野口仮屋伝説

 住吉、武蔵国を開発された大国主命が初めてこの府中に御光
臨になった折、ある民家に一夜の宿を乞うたところ、すげなく
断られ、次に野口家(今
の御仮屋)にと参り宿を乞うたところ、その
晩はちょうど妻が出産中であり、お産のけがれを申し上げたところがお
産は決して忌(い)まないとのことであったので、丁寧に御待遇申し上
げたのが「野口仮屋の饗膳勧盃の古式」の縁起で、例年大國魂神社例大
祭当日5月五日の午後八時頃行われる。

 饗膳勧盃の古式

 毎年例大祭当日午後四時本殿を発御した八基の御輿が御旅所
に着御し、同所の神事がおわり、宮司以下神職、供奉神人一同
は、高張金棒に先導され、野口仮屋神道を西より入り、当仮屋
に着く、野口主人は一同を迎え宮司以下は同座敷の東側より南
面し、流れ方式に野口主人に相対し列座する。
野口主人の接待にて茶・粽(ちまき)・濁り酒・冷酒・赤飯・
芥等の饗応をする古式を野口仮屋饗膳勧盃の古式と称する。
      野口仮屋主人

            野口仮屋
CIMG0074



































          野口仮屋伝説書
CIMG0075

































 46 大義禅師(たいぎぜんじ)に問(と)う

 上堂。挙。昔日大義禅師問ニ鵝湖和尚-、欲界無ㇾ禅、何
修ニ禅定-。鵝湖云、汝只知ニ欲界無-ㇾ禅、不ㇾ知ニ禅界無
-ㇾ欲。大義無ㇾ欲。大義無ㇾ対。師拈云、七顚八倒用、
無ㇾ欲無ㇾ禅、両不ㇾ真、識ニ取妄真同二妄-、夜深方見ニ
把針-。




 上堂(じょうどう)。挙(こ)す。昔日大義禅師(そのか
みたいぎぜんじ)、鵝湖和尚(がこおしょう)に問う、「欲
界よくかい)に禅(ぜん)なし、何(なん)ぞ禅定(ぜんじ
ょう)を修(しゅ)するや」。鵝湖(がこ)云(いわ)く、
「汝(なんじ)、只欲界(ただよくかい)に禅なきことを知
って、禅界(ぜんかい)に欲(よく)なきことを知(し)ら
ず」。大義対(たいぎこたえ)ない。師拈(しねん)じて云
(いわ)く、七顚八倒七顚八倒拈(しちてんばっとうねん
)じ来(きた)って用(もち)う。欲無(よくな)く禅無(
ぜんな)き、両(ふた)つながら真(しん)ならず、妄真同
(もうしんおな)じく二(ふた)つながら妄(もう)なるこ
とを識取(しきしゅ)せば、夜深(よふ)けて方(はじ)め
て把針(はしん)の人(ひと)を見ん。

 訳文

 上堂。公案を挙して示された。昔、(ある僧が)鵝湖大義禅師
(がこたいぎぜんじ)に質問した。「欲界には禅がないのに、
どうして禅定の修行をなさるのですか」。鵝湖が云うには、「
お前はただ欲界に禅がないとだけ知って、禅界に欲がないのを
知らないな」。(僧は)何とも答えることができなかった。これ
に対し、師は次のように云われた。坐禅は、七顚八倒する欲界
の只中でこそ行ぜられるべきものである。欲界に禅がないとい
うも、禅界に欲がないというも、二つながら誤りである。真と
妄、禅と欲を対立させてみるのは、二つながら誤っていること
が分かって、はじめて仏法を行ずる人が見えてくるのである。

 語義

 大義禅師(たいぎぜんじ)鵝湖和尚(がこおしょう)に問(
と)う


 大義禅師と鵝湖和尚は同一人。馬祖道一(ばそどういつ)の
法嗣(ほっす)、鵝湖大義(745ー818)、「伝統録」(巻
七、鵝湖大義章)には、「一法師有りて問う」とある。それゆ
えに、訳文は一法師と鵝湖大義の問答に本文を改めて、その意
に解した。

 欲界(よくかい)に禅無(ぜんな)し

 欲界は、淫欲(いんよく)・物欲を中心とする世界。ここに
おいては、禅定修行は行なわれない。欲の除かれた色界におい
ては四禅定(しぜんじょう)が、さらに物質的なものがなくな
った無色界においては四無色定(しみしきじょう)が行なわれ
るというのが、仏教の三界説である。

 把針(はしん)の人(ひと)

 針をとる人。縫い合わす人。ここでは、欲界と坐禅を一つに
結ぶ人。

 付記

 仏教の三界説によれば、色界・無色界には禅定が修せられる
が、欲界には禅定の修行は行われないのである。僧は、この三
界説を踏まえて、欲界に坐禅する大義に疑問を呈したのである。
これに対し、大儀は座禅は欲界・色界・無色界を超えたもので
あるから、色界の四禅定、無色界における四無色定とは意味が
異なるものであって、従って坐禅は欲界において行ずることを
妨げない、と示したのである。しかし、道元はこの大義の立場
をさらに徹底して、欲界が坐禅を行ずることを妨げないどころ
か、七顚八倒(しちてんばっとう)するこの欲界こそ坐禅を行
ずる真の世界である、と示したのである。

 47 永平(えいへい)にこの単伝(たんでん)の句(く
    あり

 上堂。永平有ニ箇単伝句-。雪裡梅花綻ニ一枝-、中下
 不ㇾ信、上乗菩薩信無ㇾ疑




 上堂(じょうどう)。永平(えいへい)にこの単伝(たんでん)
の句(く)あり、雪裡(せつり)の梅花一枝綻(ばいかいつし
ほころ)ぶ、中下(ちゅうげ)は多(おお)く聞(き)いて
(おお)く
信(しん)ぜず、上乗(じょうじょう)の菩薩(ぼさつ)
は信(しん)じて疑(うたがい)なし。

 訳文

 上堂して言われた。永平(わたし)には如浄先師より単伝された一句が
ある。それは、釈尊の悟りは、雪の中に梅の花が一輪、綻(ほころ)
び咲くところにあるというものだ。ところが、中下の機根の人は、この
句を多く聞いても、仏法に信入できない。ただ、上根(じょうこん)の
菩薩はひとたび聞いただけで、これを信じて疑わないのである。 

 語義

 雪裡(せつり)の梅花一枝綻(ばいかいつしほころ)ぶ

 天童如浄に「曇眼睛(くどんがんせい)を打失する時、雪
裏の梅花ただ一枝」(『如浄語録』)という言葉があり、これ
を指す。この意味は、釈尊が悟りを開いた、その悟りは、ただ
いま、ここの雪の中に花開いた梅花一輪の上に現じている、と
いうのである。

 中下(ちゅうげ)は多く聞いて多く信ぜず

 「上士(じょうし)は一決(いつけつ)して一切了(いっさ
いりょう)ず。中下(ちゅうげ)は多く聞いて多く信ぜず」(『
証道歌』)による。

 


















 背  水(はいすい)

 後ろは浦の波際、一角は砂丘をつらねた神崎川の吐け口、しょせん、こ
こは守るに心丈夫な地形ではない。
 「ちっ。またも襲(よ)せて来たか、性懲(しょうこ)りもない下種(
げす)の兵めら」
 上の指揮は待つまでもないとして、そこらの磯小屋や幕(とばり)を総
立ちに蹴って出た郎党たちは、すぐ攻勢に移って馬を飛ばし合った。攻勢
に向かうしかない背水(はいすい)の地であったのだ。 
 義経も率先、馬上で叫んでいた。
 「敵は太田、豊島(としま)の党か、多田蔵人(ただのくらんど)の手
下か、いずれにせよ烏合(うごう)の群れ。いちいち組むな、首などかく
な。ただ蹴(け)ちらせ、蹴ちらせ」
 十騎、また十数騎、続々と浜砂を飛ばして広い海鳴りのやみへ、おめい
て行く。
 敵はもろい。
 近づく刃影(じんえい)にさえ、砂丘の蔭から、わっと、石を起こされ
た蟹(かに)の群れみたいに、逃げ散らかる。密生した磯松の地帯へ争そ
って潜(ひそ)んでしまう。
 昼、淀沿岸から諸所方々に陣して、義経の通過を執拗(しつよう)に阻
(はば)めた徒が、その嗅覚を吠え交(か)わしながら、ここ一箇所に集
まって来たものだろう。いわば雑軍の蝟集(いしゅう)にすぎない。
 それに反し一方は、こうまで零落し、また、疲労と困憊(こんぱい)の
中にある将士だったが、まだきのうの一ノ谷、屋島などで誇った堀川主従
本来の面目までは失っていない。
 伊勢、弁慶はいわずもがな、堀、亀井、佐藤などの一騎当千は、みな健
在である。この面々の飛馬閃刃(ひばせんじん)が行くところ、烏合の勢
(せい)が、ひと支えもしえないのは、当然だった。
 けれど、追えば逃げ、引けば寄る、かれらの廉恥(れんち)のない戦法
も始末がわるく、義経主従は、いらだちをかきたてられた。かくては、む
なしく半夜も過ぎる。おりからの、いやな空模様も、次第に風速を加え、
河口に待つ船と船との影も、刻々に悪化する海(うな)づらを望んで―船
出は今のうち、―と身を揉(も)み合うような揺れ方をみせている。
 「おういっ、もう追うな。-引っ返せ」
 どこかで、味方の追撃へ、こう命を下す声がした。義経ではない、叔父
十郎行家だろう。特徴のある例のシャがれ声である。
 「敵も、遠くへ退いたわ。この機を逸してはなるまい。河口へ行け、河
口の船へ」
 かれは、かれ自身の部下に擁(よう)されていた。
 しかし、その手飼いの郎党も、きのうから半数は失ってい、身は足跛(
あしなえ)だし、心細いこと、ひと通りでない。
 でこの浦へ着くや否、かれも甥の義経に、口の酢(す)くなるほど、船
出を急(せ)き立てていたが、全(まった)くきき容(い)れない甥なの
だ。ぜひなく、行動をともにしていたままである。だから、馬上の疾駆(
しっく)も、腹立たしさと、破れかぶれのー妙な悲痛さを、声にも顔にも、
こぐらかしていた。
 「判官(ほうがん)は、どうかしておる。まったく、壇ノ浦以後は、人
間が違った。・・・・よもや、よもやに惹(ひ)かれ、ついこれまで、同
行したのは、行家の大きな過(あやま)ち。-もう惹かれてはいられない。
 わしたちは、わしたちだけでも、船出しよう。さあ、河口へ急げ」
 一つに、かたまり合った行家主従だけは、一散に船場(ふなば)の方へ、
馳けだしていた。
 そこには、かねて、渡辺党の水夫(かこ)船頭が用意して待つ、大小十
数艘の廻船(かいせん)が、つながれてある。
 行家たちが、馬も陸に捨て放って、ただ自分自分の身ばかりを、その二
艘の内へ隠したときだ。
 「やっ、あの火は?」
 余戸(あまべ)の町屋の方に、炎が見えた。
 烈風に裂かれた旗のような炎が、人家の屋根を、舐(な)めまわってい
る。暗天を飛ぶ迅(はや)い黒雲も、あざやかに映し出され、その下の叫
喚(きょうかん)さえ、ちぎれ、ちぎれ、ここまで聞こえる。
 「ば、ばかな・・・・・あれ見ろ家来ども」
 船の上で、行家はいった。もう自分は安泰な位置についたので、その冷
笑には、人の愚をよく批評する持ち前のゆとりも息を吹っ返していた。
 「判官も判官だが、その家来たちも、まだ、やっておるわ。あんな方ま
で長追いして、どうするつもりだ。敵の思うツボに陥(お)ちるだけだろ
う。-や、雨か」
 ぽつっ・・・・と落ちてきた白い大粒なものを、痛いような顔で、空を
仰ぎ見、
 「来るな、ひと降り。-もう判官主従に、かかずろうてはおれぬ。判官
は九州へ、わしは四国へ、どうせ途中では、別れる船路の道づれ。・・・
・船頭っ、先に船を出せ。かまわぬ。ともづなを解いて、先へ出ろ」

 失火ではない。こんな風のおりなのに、何者かが余戸の人家に、火を放
った。
 大物(だいもつ)の浦を遠巻きにしていた多田行綱(ただのゆきつな)、
豊島冠者(としまのかじゃ)、太田太郎、範頼(のりより)の部下などの
連合兵が、にわかに、包囲をみだして、町屋道へ退いたのは、
 「すわ、後ろに敵?」
 「義経のこと、何か、奇略があるぞ」
 と、疑ったからであった。
 事実、町屋の火光を衝(つ)いて、かれらの眼には、ふしぎなと映った
一団の敵がある。
 多くはない。五十騎足らずのものである。しかし、狼狽(ろうばい)し
たかれらには、想像を超(こ)えていた。しかも、炎の中から出て来たか
と見えるそれらの鉄騎は、おそろしく勇敢だった。一騎一が、鬼神の働
きを描き、火の降る下に、逃げ惑う烏合(うごう)の雑多軍を馳け散らし
た。
 そして口々に、
 「殿っ、殿っ」
 と、遠くへ向かって呼び、
 「お館以下は、無事それへお着きあるや、有綱たちも、ようやく、これ
まで立ち帰って候う」
 と、煙のうちから、声を嗄(か)らして呼びかけて来る。
 それより少し前。-義経以下も、一たんは、長追い無用と、元の磯へ返
りかけていた。しかし不審な火の手と、敵の狼狽(ろうばい)を見、急に
また、方向を転じて、町屋のそばまで、逃げる群れを、尾撃していた。お
なじ煙を衝いて来たのである。
 「-や、やっ。あれは味方ぞ、たしかに味方の者」
 「伊豆だっ。有綱たちだ」
 「殿、殿っ。お迎えに参って迷(は)ぐれた有綱に一勢(ぜい)が、あ
れへ帰って見えましたぞ」
 ここでも、狂喜のもった感動の波が、義経を中心に、わいていた。
 こういう人びとの馬蹄(ばてい)の間に逃げそこねた敵こそみじめであ
った。凱歌(がいか)の中で、主従は再開を遂げた。だが何を語るゆとり
も持てない。-義経はすぐ駒を返した。そしてまだ、静や百合野もいる以
前の磯屋の方へ急いだ。-有綱たちも、黙々と、それにつづいた。
 義経が磯屋の前に床几(しょうぎ)をおくと、有綱はすぐはい寄る子み
たいに、その下にうずくまって、ただ詫(わ)び入った、加勢に馳け向か
った意味もむなしく、かえって逆に義経をここに待たせ、味方の困難を二
重にしてしまった―と悔い詫びるのであった。
 「なんの。・・・・礼こそいおう、有綱」
 義経は、かれのその手をとっていった。
 「死地におかれたわしを、援け出そうと加勢に赴いたお汝(こと)らが、
もし敵の中から帰らぬ者となったら、義経はいつまでも、寝醒(ねざ)め
がわるい。お汝(こと)たちの無事な姿を見られたことのうれしさよ」
 「・・・・・・・」
 有綱以下、皆、つい咽(むせ)び泣いてしまった。
 義経は、すぐまた、そこを立ち上って。
 「おう。このうえは、ただちに船出しよう。まず、女房たちを、船へ移
せ。常ならぬ海の模様。一船(いつせん)に多くは乗るな。馬はここに繋
(つな)ぎ捨てても、人びと別れ別れに、無理なく乗って出よ」
 すでに船頭たちは、碇(いかり)を上げるばかりと待っている。しばら
くは、岸と船とにかけて、混雑の一時(いつとき)だった。大粒な雨が、
そのころから、人びとの影を白く切った。
 「はて、あれに見ゆるは?」
 弁慶は、船上に立つと、眉をひそめて、そばにいた船手の者へ。
 「先に出て行った二艘は、たれの船か」
 とたずねた。
 「新宮殿(十郎行家)と、その御家来方が、強(た)っての仰せとか。遮
二無二(しゃにむに)、船頭どもを脅して先へ出て行きましたそうな」
「そうか、忘れていた、足跛(あしなえ)殿がおいでたことは」
 かれは苦笑した。そして、その人のことはつい念頭になかった如く、そ
の行為にも、べつに腹は立てなかった。

 くだける結晶(けっしょう)

 よしともづなを解け。-前の船から順に河口を出よ」
 義経は何番目かの船にいた。
 かれの合図の下に、すでに一、二艘は河口の洲(す)を離れ、そしてた
ちまち、比較にならない大波のしぶきを、その舳(へさき)に、見はじめ
た時である。
 まもなくまた、これへ襲(よ)せ返して来た以前の敵が、河の洲の向こ
うにも、こなたの磯角にも、むらがり噪(さわ)いで、矢石(しせき)を
浴びせて来た。矢のみでなく、石を投げるのもいたのである。
 「射させておけ」
 -相手にするな、と義経は前後へ命を伝えさせている。
 しかし、河幅は広くない。石つぶてすら届く距離だ。いかにヘロヘロ矢
でも、無数に来ては、危険である。到底、身を曝(さら)してはいられな
い。
 かれらはまた、火を持っていた。さかんに、投げ松明(たいまつ)や火
煙玉が水面で噴霧を揚げる。一方では、何本となく、大きな松の倒木が大
勢の力で、河口に押し流された。外の海浪が高いため、流木はなかなか河
口から出て行かない。
 「卑怯なやつめら」
 歯がみはしたが、船上では、手段がなかった。相手は、戦闘を思ってい
ないのだ。ただ、船出の妨害に、その狂奔(きょうほん)を集中している。
 -だが、僥倖(ぎょうこう)か不幸か、雨を持ってからの強風は、一倍
風速を増していた。敵も、地に足を立てていられなくなったのか、次第に
数を減じ、行動がやみ、いつかその雲霧の影も、見当らなくなっていた。
 ようやく、十数艘残らずが、河口を離れて、大物ノ浦を後ろにしたのは、
やや半時(1時間)もそこで費やした後だった。
 陸地にあるうち、とうに、夜半は過ぎていたのだから、おそらく今は、
寅(とら)の刻(午前四時)のころか。
 果てなき夜みたいな様相だが、五日は過ぎ、すでに、六日となっていた
のである。
 「海は、思いのほか大波だが、きのうからの空、この一と荒れで、あす
は陽(ひ)の目を見、波もおさまろう。・・・・したが、海馴(な)れぬ
・・・・、そなたたちに、こう申しても、顫(おのの)きはやむまいの」
 義経は、汐除(しおよ)けの囲まれた胴ノ間(ま)の一劃(かく)にい
た。
 小女房たちとか、弁慶らの七、八名は、おなじ船中の囲(かこ)いや、
船底に分かれて乗っていたが、義経のそばには、静と百合野だけだった。
「恐いか。-いや怖(おそ)ろしいに違いない。おお、揺れる。・・・・
・静も、百合野も、もそっと、儂(み)のそばにいよ。わしの、両の腕(
かいな)につかまって」
 かれは、両女(ふたり)を、右と左に抱いて、背を、天井から通(とお
)っている帆柱の根の太柱(ふとばしら)に凭(もた)せ、絶え間ない船
の揺れ逆らわぬひざを保っていた。
 「・・・・・こう。おれば、波まかせぞ。そなたたちは、義経にまかせ、
儂(み)のひざに、つかまっていよ。眠れたら眠れ。・・・・・・・怖ろ
しいことはない。明石の水門(みのと)を越えるまでだ」
 義経は、たえず慰めの手と、またたえず両女(ふたり)の紛(まぎ)れ
る言葉を探していた。その愛撫と宥(いたわ)りは、静へも、百合野へも、
このばあい、濃い浅いのけじめはなかった。意識のないものにせよ、平等
だった。
 「・・・・・・・それよ、思い出した。この春先の二月、屋島攻めのみ
ぎり、屋島の裏道越えを計って、渡辺ノ津から阿波へ押し渡った時は、こ
れにもまさる風浪であったぞや。・・・・・伊勢、弁慶のような荒肝(あ
らぎも)のものすら、みな、意気も色ものう船底に暈(よ)い突くぼうた
・・・・・。無理もない、そなたたちのおののくのは」
 「・・・・い、いいえ」
 と強く、そのとき、抱かれている一方の腕の下で、百合野の体がピクと
痙攣(けいれん)をつたえ、白磁のような顔を上げた。黛(まゆ)は、何
か思いつめたものにふるえている。
 「恐(こわ)くなどありませぬ。こうして、おひざに抱かれていられる
など、思うてもいなかったこと。うれしゅうございます・・・・・。夢の
ような、ああ東国にいる父母にも見せてやりたやと思いまする。・・・・
・夢ではない、百合野は今、倖せでございまする」
 義経は、ひざをとおして、じんと濡れてくる熱いかの女の涙を、眼をと
じて、感じていた。かの女への、日ごろのつれなさが、どっと、あふれと
も、すまないとも、その胸へこみあげてくる。
 「・・・・・静さま。おゆるしくださいませ。お詫びがしたいのです、
わが良人(つま)へ」
 かかるやみ、そして、天(そら)や海の咆哮(ほうこう)を、身のうち
の力にかりていうのでもなければ、いい出せないから―と必死になってい
るように、
 「殿、百合野をおゆるしくださいますか。鎌倉どののお心はどうでも、
百合野は、殿の妻、そのほかの、どんな女でもございません、・・・・そ、
それなのに、鎌倉どのの謀(はか)りにつかわれただけで・・・・、殿へ
は、妻らしいお仕えも、このような御悲運の来る前にも、みすみす、何も
することはできませんでした。・・・・それのみが、きょうまで、みずか
ら責められて、責められて」
 「泣くな。泣かずともよい。そなたにはなんの科(とが)もないこと、
義経には、分かっている。そなたまでを、鎌倉どののまわし者と憎んだこ
となど、一度だにない」
 「え。・・・・・では、お憎しみもございませぬか」
 「なんの。・・・・・・世にもあわれなやつよ。そなたという女は」
 義経は、身を曲げて、片ひざの上の、かの女の泣き濡れた横顔へ、自分
の頬を、ひたと落とした。 
 「・・・・・・・」
 静も一緒に泣いていた。静の背へも、義経の抱く手はかたくかけられて
いる。複雑な、あぶない、そして研(と)がれやすい三つの感情も、忍び
入ることもない畸形(きけい)な愛の結晶に支えられて美しくさえあった。
両女(ふたり)とも暴風雨(あらし)の漆黒(しつこく)と外を搏(う)
つ怒濤(どとう)の揺れが、果てなくこのままであっもよいと思ったかも
しれなかった。しかし、そこはまだ天国でも地獄でもない、人界の一部の
海だった。
 「殿っ。・・・・・お危(あぶ)のうございますぞ。汐除けの囲いが破
られました。潮(うしお)が流れこんでは一大事。こなたの小屋へ、お移
りください。舵(かじ)も波に奪われ、船は逆に、東へ東へと、最前から
流されておりまする。-お早くっ、一刻もご猶予なく」
 そこをのぞいて、たれかの影が、あわただしく、どなっていた。
 弁慶か、伊勢か。
 たれの声であるかすらも分からぬほど、舷(ふなべり)を搏(う)つ瞬
間の風速と、高い怒濤の白さは、強烈だった。
 「・・・・・・・」
 三つから成る美しい結晶は、はっと解(ほぐ)れた。

 顔を出すと、とたんに息もつまり、その顔も持って行かれてしまいそう
になる。
 義経は、舷側(げんそく)へ出、からくも、船屋形の横木につかまって、
身を支えた。ただ奇異に明るいだけの物凄(ものすご)い空と海の模糊(
もこ)だ。圧倒をうけずにいられない。
 「朝だな、すでに」
 視覚も、聴覚も用をなさない四辺であった。大波の背から、また次の大
波の谷へ、舳(みよし)を逆(さか)にし、上から降る飛沫(しぶき)の
滝に、船上は洗われていた。
 「伊勢っ。・・・・今どの辺か。船のいる位置(ところ)は?」
 聞き違えたのだろう、伊勢三郎は、
 「ここが、およろしゅうございます、万一のおりにも」
 と、艫(とも)の方で叫んでいる。
 義経にも、よく聞きとれない。
 かれの赤い大きな口が、雨の中で、何かわめいたとは見えた。しかしこ
の凄(すさ)まじい外へ、両女(ふたり)を移していいか否か、なお、惑
うらしい義経だった。
 すると、すでに、内へ援(たす)けにはいった弁慶が百合野の身を、鷲
ノ尾三郎が静の体を、ともにひっ抱えるようにして、義経の前を掠(かす
)めて行き、舵取(かじと)り小屋の方へ、両女(ふたり)を連れて走っ
た。
 「やあ、なんでにわかにあわてるのか、弁慶も伊勢も」
 「仰せこそ、御悠長(ゆうちょう)。-あれ御覧ぜられい。ほかの僚船
(ともぶね)たちも、皆、あのように傾(かし)いだり大破して、思わぬ
方角へ押し流されて行きまする。残念ながら、この船とても」
 「はや、危ういのか」
 「船頭どもは、こう釘(くぎ)がゆるんでは、大波の一打に、乱離(ら
んり)と、船が砕かれるのも、時を待つまでのこと、御用心、御用心と、
告げおりまする。さなくとも、汐除(しおよ)けは、一枚一枚剥ぎ奪(と
)られ、舵も波に攫(さら)われてしもうては」
 伊勢、弁慶だけではない、集まった顔みな、絶望的な色を、唇(くち)
もとに、眸(め)に、はっきり沈めていた。
 かつての、おなじような大風浪の夜、屋島攻めの壮図を抱いて、阿波の
一角へ、全軍無事に渡りえたのは、船その物も、はるかに堅牢(けんろう
)であり、怒濤に耐える充分な用意もあった。
 こんどは違う。
 船算段も、急に数をそろえたことだったし、こんな狂風の荒海にぶつか
ろうとは予期もせず、補強を欠いていたのである。で、すでに僚船のほと
んどが―また、先に大物(だいもつ)の浦を出た十郎行家の二艘までが、
例外なく―破船(はせん)の影をおぼつかなげに波間に傾(かし)げてい
たのも、まことに是非がなかった。
 ただ、侍(たの)むのは、陸影。
 左方の遠くにそれらしい影は望めるが、どこかは、見当も及ばない。
どこでもよし、そこへ近づけと、祈れば祈るほど、天魔はなぶり物にして
船を弄(もてあそ)ぶ。-空高く海水を抱え上げて振り撒(ま)くかと思
われるようなときどきの暴威は龍巻(たつまき)の狂いに似、
 「-あっ」
 と、たれもが、顔を掩(お)さえて、うつ向いた。そして、ザーッと瞬
間に浴びる水玉は、黒い泥の雨みたいに感じられた。
 その眼をあげて、海面を見探すたびに、僚船の数は減っていた。難破(
なんぱ)した船の破片らしき物が、ゴミのように漂いはじめる。なお、漂
蕩(ひょうとう)の間にある義経たちの足もとへも、運命は催促を吠(ほ
)えかけていた。
 船体は、肉を裂かれる生き物と変わりなく、幾たびか、ミリミリッと、
苦悶(くもん)のうめきを立て、右舷(うげん)へ傾(かし)ぎを、ぐう
っと、急に著(いちぢる)しくし出した。
 「すわ!」
 「-これまで」
 たれもが、鎧(よろい)を解き捨て、鎧下着の背へ、太刀だけを背負っ
て、その緒(お)を胸の前で結んだ。
 義経も、水着同様な身軽となって、
 「静っ」
 と、呼びたて、
 「百合野も」
 と、呼びつづけた。そして、両女を両側へ抱え寄せ、水夫(かこ)小屋
の外に、つかまって、突っ立った。眼は、いざという一瞬に、両女(ふた
り)へ与える浮木(うきぎ)を案じていた。
 -その時、
 「やあ、お船の上の人びと。そこを捨てて、はや飛び移られい」
 「もう保(も)たぬ。一刻もそこは危うい」
 「お館さまっ」
 「北の方様っ。女房衆っ・・・・・・・」
 漕ぎよせて来た四挺櫓(ちょうろ)の舳(へさき)の鋭い船がある。
 その小舟小舟から、呼ぶ声だった。
 一艘には渡辺眤(むつる)、また、一艘には弟の番(つがう)、もう一
つの舟には、伊豆有綱の姿が見えた。櫓手(ろしゅ)は屈強な者ぞろいだ
ろう。必死に櫓をしなわせている。とはいえ、自由に櫓のきく海ではない。
寄ろうとしては離され、近づいたと思うと波に分けへだてられた。

 どっちからか、綱が投げられ、からくも、船と舟とは、相寄った。だが、
あたりをふさぐ潮(しお)ぶすま、上下する高低(たかひく)のへだて、
身を躍らせる間断もない。
 舷(ふなべり)には、ひとかたまりの、泣き惑う小女房たちの群れもあ
った。-義経は、なお、しっかと両女の身を、両わきにつかんで、
 「まず、武者ども移れ。そこな小女房を、一人が一人ずつ抱いて跳び移
れ」
 と叫び、自分への遠慮を見て「猶予すな、猶予すな」と、早口にいった。
 武者は小女房一人ずつ抱えて、つぎつぎと、小舟へ躍った。弁慶と伊勢
は、なお、義経のそばを離れない。
 「いざ、いざ、殿もお続きあって」
 弁慶はいう。気が気でない顔つきだ。義経は
 「伊勢、そちは百合野を連れて跳べ」
 と、手渡し、かれ自身は静を抱いて、有綱のいる小舟へ躍った。-形影
(けいえい)、寸時も離れがたいものの様に、弁慶もすぐ同じ舟へ跳んだ。
 「伊勢っ、何しておる。何を猶予」
 義経は、小舟のうちに、静を置くと、すぐ後ろへ叫んだ。
 だが、義経の手を離れたとき、百合野の姿は、瞬間に、伊勢の眼にも見
当たらなくなっていた。「河越殿っ。北ノおん方」と、ばかリ前後を見ま
わしているのだった。伊勢三郎の顔が、これほどなあわてようを人に見せ
たことはない。
 すると、小舟のうちの静が、
 「あれっ、百合野さまが、かなたに。・・・・・・御方(おんかた)を、
誰(た)ぞ、助けて」
 と、われを忘れて、伸び上がろうとし、義経の足もとへ、どうとたおれ
た。
 「・・・・・あっ?」
 義経も見た。
 かの女の姿は、艫(とも)でなく、舳(みよし)の端に見えた。何かに
つかまって、義経と静の方を振り向いていた。その不審な姿は、その眸(
め)に、明白に表情されていた。「・・・・・お別れいたします」と、声
なき永別の情をこめている。
 が、惜別はあっても、かの女の眸は、恨みがましい何ものも燃えていな
かった。さらさら、女の嫉妬(しっと)などではないことを、分かっても
らいたいのではないか。静と義経の行く末を、仲むつまじくと、念じてい
るのではないか。
 さっき。狂瀾(きょうらん)の奈落(ならく)に似た暗やみで義経の両
ひざへ抱かれていた時。百合野は、稼(か)して始めての歓びにふるえた、
良人(おっと)の腕に指に真実な愛情の力が感じられた。-うれしい!と
口走った。静の耳もとであるのも忘れてそう満足な声を上わずらせた。良
人もまた、ゆるしてくれた。鎌倉殿夫妻がこしらえた詐謀(さくぼう)の
囮(おとり)につかわれた憎むべきこの妻を、憎いともしないで頬ずりを
与えてくれた。またしても狂喜の余り「・・・・・今のわたくしを、故郷
の父母にお見せしたい」と、いや増すうれし涙になってしまった。-さぞ、
案じているであろう父母に見てもらいたいほど、かの女はその一瞬(いっ
とき)、満足を感じ、幸福だと、思ったのである。
 -が、長い幸福を、かの女は思いえなかった。
 一夫多妻の風は、それになんの不自然さも、時の男女に考えさせてはい
ない。けれど、相互の愛が、高いほど、真実であるほど、夫婦のかたちは、
つきつめられる。一と一との、いやそんな相対でない一つものになろうと
すらする本能を持つ。老(お)ゆるまで、夫婦という契りの美化と極限愛
を慕って二人して創造してゆく生活そのものが真の夫婦というものであっ
たことを、思い知らされる時期が、いつかはある気がする。
 百合野は、いま死ぬのが、良人へも静へも、よい結果と信じたばかりで
なく、自分にもそれが最善の救いであり、今の満足を、永遠にするものと
思った。このうえ、生きているのは、どう考えても、恐ろしかった。
 「-あっ、何しに、そんな所へ」
 気がついた伊勢三郎が、愕然(がくぜん)と馳けよろめいて行き、かの
女の袖へ、手を伸ばしかけたとき。
 伊勢は、もいちど、あっと、絶叫した。
 百合野の姿は、ほろと、枝頭を離れた花かのように、なんの抵抗も血相
も見せず、すうっーと誘う大波のふところに消えてしまった。
 「や、やっ。河越殿には?」
 かれは自責といぶかりに、仰天しつつも、すぐ赤裸となて、怒濤のうち
へ、つづいて飛び込んだ。
  「百合野っ。百合野っ・・・・・」
 「御方(おんかた)さまっ・・・・・」
 高い波の上、また波の蔭にも、義経の呼ぶ声、静のかなしむ叫び、飛沫
の響音に交(ま)じっても、かき消えないほどだった。
 櫓手(ろしゅ)の一人、渡辺眤(むつる)は、
 「驚破(すわ)ぞ、あぶないっ」
 と、たれかへいったが、咄嗟(とっさ)も間にあわないほどだったので、
自身、片手に太刀を抜いて、なお繋(つな)がれていた大船とのもやい綱
を切り放った。
 それが早いか、向うの大船が、乱離と裂けたのが早かったろうか。すさ
まじい波の弔歌が馳けて通った。そして、そこらの小舟小舟も、砕(くだ
)けた船骸(せんがい)の片々も、木の葉と見せて、驚くべき広さと平(
たいら)さをもった大うねりの跡を作った。ほんの一瞬だったが、その波
座敷には、一面に細かいさざ波が敷かれ、さあっと、真っ白にかがやいた。


































 朝から春本番の太陽が降り注ぎ、木々の若い葉が顔を出してい
ます。

人の心もこの春の薫りに誘われて、野山に出かけたい気分になり
ます。

 昨日は、東京の桜が満開になったと報じていましたので、いて
も立って
もいられずに、歩いて50分歩き、久しぶりに立川市の
根川緑道を散策し
て来ました。桜は八分咲きでほぼ満開でした。
ところが、目当ての大きな
木に咲き分ける桃の花は、まだ少しし
か開花していなくてがっかりでした。

この咲きわけの桃の小枝を失敬して、挿し木にしようと、考えて
いましたが、小枝は生憎高いところにあって、手が届かないので
諦めました。

 さくら、モクレン、水仙、こぶしの木々が小川のそばに植わり、
緑道に癒
しを頂いてきました。

        咲き分けの桃の花
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         咲き分けの桃の花
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          桜と根川
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          桜と根川    
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      小川べりでバーベキュ-を楽しむ人
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         桜と根川
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          桜と根川
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        こぶしの木がある家
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          桜と橋の風景
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       小川の辺で心を癒やす人々
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        水辺で遊ぶ子供
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          木蓮の花
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          木蓮の花
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         桜(そめいよしの)
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 このカワセミが、小魚をとらえる瞬間と、とらえた後の、誇ら
しげな顔を撮影するため、煙突のような望遠を小さなカメラに取
り付けた、マニアたちが辛抱強く待ち構えていました。
 小生は、一般のデジカメを望遠に操作して撮影しました。

     カワセミが小魚を狙う
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       カワセミが小魚を狙う
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 こぶしの木の向うに一軒の家があり、ここを通る旅。なぜか気
になります。


       こぶしの木の向の一軒家
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  花見客の食べ物にありつこうと、お腹をすかす大きな烏
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2018年3月29日(木曜日)

 夕方16時頃自宅を出て、国立市との市境を越えて、根側貝殻
坂橋まで45分歩き到着しました。先だってここへ訪れたときは
赤とピンクの色を先分ける桃の花がまだ開花していなかったため、
物足りなさが残っていましたので、本日再度花見をしてきました。
 桜も桃も、今が花盛りで、見ごたえもありました。

         咲き分けの桃の花
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         咲き分けの桃の花
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         咲き分けの桃の花
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 本日東京で、桜の花が満開になったと報じています。平年より10日早
いそうです。日本橋に勤務していた頃は、上野公園へ夜桜を楽しみに行っ
たものです。現在は桜の木も大きくなって、桜の花は上の方にあり、花よ
りも夜桜を楽しむ人ばかりが目につきます。桜は、間近で見れる方が僕は
好きです。
 この身延枝垂れ桜(みのぶしだれざくら)は、17年くらい前に、ドラ
イブで立ち寄った身延山で、購入した苗木から育てた思い出の桜です。
 自宅の裏庭に毎年花を見せてくれます。

      身延枝垂れ桜 2018.03.26 撮影
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 わが家の庭では、シャクナゲの花が満開近くになっていて、庭を明るく
染めてくれ、癒しを与えてくれます。この石楠花(シャクナゲ)と、躑躅
(つつじ)それに昨日公園で手折った「椿」の枝をそれぞれ、挿し木にし
てみました。


      石楠花(シャクナゲ)2018.03.21 撮影
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      石楠花(シャクナゲ)2018.03.21 撮影 
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             石楠花(シャクナゲ)2018.03.28 撮影
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石楠花(シャクナゲ)、椿、躑躅(つつじ)、カルミヤの4種類を、
1鉢へ纏めて挿し木をしてみました。


       挿し木   2018.03.24 撮影
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 2018年3月26日(月曜日)

 春が急に訪れたことで、各種の花木の挿し木に今夢中になっています。
自分の気に入った花を、鉢植えで増やそうとしています。シャクナゲも、
ついに開花しました。

    シャクナゲ他の挿し木   2018.03.26 撮影
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 椿の花は、萎(しお)れかけましたので、取り除いてみました。
次の花の蕾がありますが、果たして開花するでしょうか。
 躑躅(つつじ)も、根付いたようです。この躑躅は、栃木県の小山に一
番上の娘家族が住んでいた頃に、ここで挿し木にして自宅へ持ち帰った思
い出の花です。青森の出張時にもこの躑躅の鉢植えを一緒に連れて行った
ものです。

                 シャクナゲ他の挿し木   2018.03.28 撮影
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 2018年4月8日(日曜日)

 日中の気温は、17℃くらいまで気温が上がりましたが、少し風が冷た
く感じました。
 黄色い花のシャクナゲの挿し木は花が萎(しぼ)んでしまいましたので,
その花のも除去しました。
 同じ鉢に挿し木をしている、つつじ、椿、カルミヤも元気そうです。特
に躑躅(つつじ)は新しい若い葉も出てきています。
 散歩の帰り道、大きな木のハナミズキが目にとまり、手を伸ばすとよう
やく手の届く高いところにあった小枝を手折って、園内のトイレで、紙に
水を滲(し)み込ませ、手折った部分にそれを巻くようにして、持ち帰り
ました。早速、土を拵(こしら)え、鉢へ挿し木をしてみました。
 楽しみがまた一つ増えました。もしこの挿し木が、順調に生育すれば、
植樹をしたことと同じですから、環境にやさしい行為だと思いますが・・
・・?。

    シャクナゲ他の挿し木   2018.04.09 撮影
CIMG0148


































 2018年06月24日(日曜日)

 石楠花(シャクナゲ)と、椿および躑躅(ツツジ)は、カルミヤの木を
除き順調に、挿し木が生長しています。


   シャクナゲ他の挿し木   2018.06.24 撮影
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  2018年7月5日(木曜日)

 関東地方は、例年になく早い梅雨明けがあり、夏日も10日間続きまし
たが、今は梅雨前線が活発化し、西は九州から北は北海道にかけ、日本列
島は大雨に見舞われています。それにしても蒸し暑いのはたまりません。
 最寄りの講演で手折った、椿と、それにシャクナゲ、躑躅(つつじ)は、
順調に挿し木が根付き、成長しています。ただし、カルミヤは枯れてしま
いました。
 近いうちに写真を撮影し、紹介しようと考えています。

     ハナミズキの挿し木 2018.04.09 撮影
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 2018年06月24日(日曜日)

 ハナミズキの挿し木は、早い時期に嗄れていることを確認いたしました。
以前ハナミズキの苗木を地植えしたことがありますが、この時も枯れてしま
いました。育てるのが難しい木だと思います。
 








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