朝から、友達の運転する車で、家内と友達二人は、山梨方面へ、モモ狩り
に出かけました。
毎年、恒例になっている、行事といってもさしつかえありません。
 午後になって、急に外が暗くなり、まもなく、府中市は、雷雨となり、まる
でスコールのような猛烈な雨が、廂の上や、木々の葉をたたきつけ、まる
で東南アジアのジャングルで経験した気象と似ているように感じました。
 15時半ころ、無事モモ狩りから、友達とともにわが家に帰ってきました。
いつものように楽しそうにお茶をしながら、雑談をされていたようですが、家
内の呼ぶ声がしましたので、階下へ降りて、「お疲れ様でした」と挨拶をす
ませ、小生もそばで一緒にコーヒーとお菓子をいただきながら、話に耳を傾
けていました。
 途中で、家内が、「こちらAさんの息子さんがこのたび、アメリカへ転勤さ
れるんですって」といいますと、その奥様が、「そうなんですよ、寂しくなり
ます」と、寂しそうにいわれ、まことに気の毒にとお思いましたが、「海外へ
の転勤ということは、息子さんが優秀だからですよ、本人は、環境が変わっ
て、ある種の夢をもって新しい土地で活躍しようと、決意をされているでしょ
うね」と。
 「まあ本人はねえ」と、いいながら、「ツイートで、いつでも連絡はとれま
すから」とかいいながら、気をまぎらわせていらっしゃるようでした。
 昔、福島県へ出張のおり、猪苗代湖に、行ったことがあり、野口英世の生
家を訪れたことがあります、昔ながらの住居がまだ、保存されていた頃でし
たが、家の中に入ると囲炉裏の煙です煤(すす)けてた柱に、ナイフで、「成
功するまで、二度と帰って来ない」という風な意味合いの文字が刻まれていた
のを思い出しました。そして、母は、「英世(息子)よアフリカから、早く帰っ
て来ておくれ」と、くりかえし、くりかえし切実に訴えている内容の、手紙が
保存されていてました。母の子どもに対する愛情が、これほどまでに強いもの
かと、あらためて思い出していました。子供にとっても、父親よりも、母親を
最終的には、愛しているように思います。
 特攻隊の遺書を拝見しても、戦争での最期の一言も・・・・・母への感謝と、
愛を感じさせていますから。

 わが家を辞される前に、ひとりの方が、小生の水彩画を、見つけられ、今まで
と筆遣いが、変わり、明るくなったといわれましたので、二階から後3点くらい
持って降りて来て、観ていただきました。
そして、玄関から庭に出たところで、家内が、「時計草」と、「三友花」の鉢を
二人の方それぞれにお渡ししていました。
 「今日いただいた花は、日蔭か、それとも陽当たりがよい場所がいのです
か」と聞かれましたので、小生は「どちらも陽ざしを好みますが、三友花は12
月になると家の中に入れたほうがいいですよ」といっておきました。

              挿し木の三友花と取り木した時計草
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 食後のレザートに、さっそくモモをいただきましたが、大変おいしく、季節も
いっしょに味わいました。
 
           山梨からの桃
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