atusisugoiのblog

カテゴリ: 源泉の妖精

千葉県成田在住の友が、武蔵野沿線に、「船橋法典」駅が有り、その近く
に温泉(法典の湯)があるから行かないかという連絡が昨年の10月頃に
ありました。

東京から船橋市に住む孫たちの家に車で行くまでの道中、この船橋法典
駅前を必ず通りますので、源泉かけ流しという文字の入った看板をよく見
知っていました。
そんなわけで一度は入湯してみたいと思っていましので、その旨を友に伝
えていました。

今年に入って、先方から日時を区切って相談がありましたので、快諾をし、
決められた日程に合わせて行動しました。
まず孫の家に行き、1泊してから、翌日電車を利用して船橋法典駅に向か
いました。
小生を含め、4人が駅前に集合しました。
お互い元気な姿を見、喜びの挨拶を交わしてから、目的の温泉へと歩くこ
と約5分で到着です。

駐車場も広く、200台は十分収容できる大きさです。
早速、楽天地天然温泉「法典の湯」の建物の中に入って、入浴をしました。

             露天風呂のある風景
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ガラス越しの外が露天風呂になっています。
中央の壺には入湯前に使う洗い湯が注がれています。

             内      湯
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                         露天風呂
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内湯で少し体を温めてから、露天風呂へと行ってみると、源泉は有馬温泉
の湯と同じような薄茶色です。
ゆったり温泉につかって顔を手で拭ってみると塩辛い味がしましたので、
塩分がかなり多いことがわかりました。
友達はサウナと温泉を交互に楽しんでいるようです。

小生は温泉のみを好みます。
特に、信楽焼の大きな壺に源泉が注がれ、かけ流しとなっていて、その壺
に体を沈め、珍しさもあいまって、楽しい気分を味わいました。
焼き物は、健康によさそうで、一石二鳥の効果が期待されるかもしれませ
ん。

壁に源泉の説明書きがあります。
記憶は定かではありませんが、20から30万年前の地層で海水が醸成さ
れた温泉で、地下1500mから湧き出ているとのことです。
太古にはこのあたりも海であったことを十分に窺わせてくれます。

 更衣室に源泉の分析結果表がりました。
源泉温度は32.5℃(外気温度9℃)で湧出量は記載なしでした。
余計なお世話かもしれませんが、源泉温度が少々低いのが、ランニングコ
ストを上げるので、経営は大変だろうなと思います。

皆が温泉から上がったところで、併設のお食事処「まんぷく庵」で、食券を
購入し、席に着いてから改めて「今年もよろしく」とビールで乾杯し、楽しい
雑談となりました。
よもぎスチームサウナにも入った人は、よもぎの香りがして、心地がよかっ
たとも言っていました。

小生は絵画のこと、もう一人は自転車であちこちを走り回り写真撮影をして
いること、もう一人はスポーツクラブで汗を流し、夕方に一杯のビールが楽
しみだとか、など等で話は尽きなかったのですが、またの機会を約束して、
お開きとなりました。











 














 
公衆浴場である「地蔵の湯」のすぐ隣は、旅館「たむら」が存在しています。
木造のシンプルな少しおしゃれな建物です。

            旅館「たむら」
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地蔵の湯を出て、湯畑のある方向へ歩きました。
すると道路面に親切に、湯もみ絵入りで「湯畑」という案内文字が焼き付けて
ありました。
この細い道を案内通りに下っていきますと「千代の湯」に出ます。

          道に案内表示がありました(湯もみの絵も入り)。
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            千代の湯玄関口
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 温泉の分析票から一部抜粋しますと

 源泉名   : 湯畑
 泉温       : 51℃(調査時の気温7℃)
 PH         : 2.1
 とあり、泉質はかなり酸性が強いことがわかります。

 前記、地蔵の湯よりも少し水を多めに薄めていただいているせいか、あるいは
若干、体感の馴れでしょうか、小生は湯船に身を沈め惜しげもなく源泉が流れ出
るのを見ながら、熱めの湯に浸り、始めての草津温泉を味わってきました。
無口な友達も「これはいい」と一言、いかにも満足そうでした。

          千代の湯浴室(簡素さがいいですね)
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          千代の湯浴室の天井
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 千代の湯を出て、湯畑へ向かう途中に歴史がありそうな旅館が目を引きま
した。
 玄関近くに古久長旅館当主のお言葉が木製の板に毛筆で次のように書か
れていました。

当古久長旅館は、幕末の先駆者であった信州松代藩士佐久間象山が正妻の
お順(勝海舟の妹)とともに草津温泉を幾度となく訪れ当館を常宿として入湯
されました。
当時は三階建ての豪壮な建物であったが明治二年、四月七日未明の大火に
巻き込まれました。

この火災により町のほとんどが消失し、再建不可能とまで言われたが、その
年、槌音高く丸に剣喰みの家絞を入れたせがい出梁の二階建ての古久長旅
館が再建されました。

草津山光泉寺入口には天保十五年(1844)に古久長旅館五代小林長蔵が献
進したー対の苔むした燈籠が昔を語っています。

 このたびの改築で明治二年再建された当時のせがい出梁造り顕われ今甦り
時代をしのばせる。


                古久長旅館
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