atusisugoiのblog

カテゴリ: そんなひとりごと

 貧道黙念(ひんどうもくねん)せんが為(ため)に、去(い)んじ月
(つき)の十六日(じゅうろくにち)、此(こ)の峯(みね)に来住(ら
いじゅう)す。山高(やまたか)く雪深(ゆきふか)くして、人迹(じん
せき)通(つう)じ難(がた)し。

       「宛名人不名書翰」

 私は静かに瞑想するために、先月十六日から、この高野(こうや)の峯
に来ています山は高くそびえ、雪は深く積もって、人が足を踏み入れるこ
ともありません



 山中修禅(しゅぜん)の道場


 空海がいよいよ真言密教の公布に取りかかり、その拠点として南紀・高
野山を修禅の道場として願い出たのは、弘仁七年(816)六月のことで
あった。この希望はすぐに叶えられ、その年の七月八日に所管の紀伊国司
に、高野山を空海に下賜(かし)する太政官符(だじょうかんぷ)が下さ
れている。
 翌八年、空海は信頼できる弟子の実恵(じちえ)と泰範(たいはん)
たちを高野山に派遣し、自らの入山に備えて山上の土地を開き、必要な坊
舎の建設にあたらせた。すでに高雄山寺(たかおさんじ)において、空海
を中心に優秀な人材が集まりつつあったが、中でも実恵(じちえ)は空海
を補佐する立場にあり、また最澄と袂(たもと)を分かったことで知られ
泰範(たいはん)も、すでに旧師とのしがらみを乗り越え、空海のもと、
真言密教の確立に専念していたようである。
 宛名のない「貧道(私こと空海)」以下の文章は、弘仁九年(818)十一
月十六日、空海が初めて冬季の高野山に登った時の手紙である。
 冒頭の「黙然せんが為に」とは、山林において修禅するためという空海
の根本的な願いをストレートに表現している。
 続く後半の「山高く雪深くして」は、冬場の高野山の景色を簡潔に表現
しているが、「人迹(じんせき)通じ難し」という、過酷な大自然の中に
高野山の原風景があるのみならず、かえってその中にこそ人為を絶した厳
然たる大自然の生命が宿るのを実感したことであろう。
 そしてそれは若き頃、南紀や四国の豊かな自然の中で自ら存在を一体化
させたあの強烈な求聞持法の体験ともつながるものであった。

 高雄山寺(たかおさんじ)

 京都洛西の山深い高雄に建立された和気氏の寺。奈良時代の末、妖僧道
鏡の野望をくだいた和気清麻呂はその子供たちと桓武天皇の平安京遷都を
助けた。はじめ天台宗の最澄に貸し与えたが、次第に空海の影響力が強く
なり、のちに神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)(神護寺)と改名
して真言宗の寺となった。

 弘法大師と高雄山寺

 空海弘法大師は宝亀五年(774)、讃岐国多度郡に生まれた。
 母方の叔父阿刀大足は桓武天皇の皇子伊予親王の侍講として、儒教をも
って一家を成した学者である。
 十五歳のとき阿刀大足について論語、孝経、史伝等を学んだ空海は、十
八歳で大学に入り明経科を専攻し岡田牛養、味酒浄成から学問の指導を受
けた。
 後に優れた文筆活動の才能を発揮するのも、この時代に培われたものだ
ろう。
 この頃、ある沙門から虚空蔵求聞持法を授かって、それを転機として大
学を去り、霊山を遍歴して仏道に励んだ。虚空蔵求聞持法とは虚空蔵菩薩
の真言を百万遍唱えることによって、すべての経典の文句が暗記できると
いう秘法で、記憶力を飛躍的に増進させることができる。
空海は入唐までの空白の期間、山林修行に励む一方で、南都の寺々であら
ゆる経典を読破していたと思われ、唐から請来した経典は、新訳、新来の
ものばかりで、しかも体系的に収集されたものだった。
 また佐伯氏にゆかりの深い大安寺で唐語を習得し自在に繰ることもでき
た。
 東大寺で受戒した空海は、最澄とともに入唐するが、乗った船が違って
いたため、二人の初対面があったかどうかは分からない。
 ただ、三筆の一人橘逸勢は、空海と行動をともにし、在唐中も交流を続
けていた。
 洋上、暴風雨のため、船団は四散し、空海一行が長安に入ったのは半年
後のことであった。
 年が改まった延暦二十四年(805)五月、空海は青龍寺の恵果を訪れ
る。
 恵果は「われ先より汝の来たれるを知り、相待つことひさし、今日まみ
ゆるは、大いによし、大いによし」と喜び迎えたという。
 密教の第七祖である恵果から法流を伝授され、それとともに必要な経典、
曼荼羅、法具などのことごとくを授けられた。
 恵果は同年十二月十五日入滅されるので、誠に得がたい出会いとなり、
師の遺言に従って翌年鎮西に帰着、その後九州、四国、泉州などを経て、
三年後の大同四年(809)、高雄山寺に入山した。その消息は、最澄から
空海に宛てた八月二十四日付の経典借用状によって知られる。
 最澄は弟子に託して空海請来の経典十二部を借覧したいと依頼したもの
で、手紙を弟子に託しているところから、すでに面識があったと想像され
る。
 それ以降数年間にわたり、高雄山寺を中心に両者の親交が続けられ、天
台と真言の交流へと進展していった。
 都に入った空海は、その年、嵯峨天皇のために世説の屏風を書いて献上
した。
 以後天皇は空海のよき理解者となるとともに、詩文を通じてもその交友
を深められている。
 弘仁元年(810)、薬士の乱が起こり、世情騒然たるうちに薬士が服毒
によって自殺すると、皇太子高岳心親王は、東大寺に入って出家し、後に
空海の弟子となった。この年、空海は高雄山寺において鎮護国家の修法を
行った。この七日間の修法が空海によって行われた鎮護国家の修法の最初
である。

                                        高雄山寺 
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 槙尾山寺(まきのおさんじ)剃髪堂(ていはつどう)

 四国で修行を終えた空海は、奈良の僧・勤繰(ごんぞう)を師として、
和泉国尾山寺〔現・大阪府和泉(いずみ)市施福寺(せふくじ)〕で出
家・得度したと伝承する。
また、唐から帰朝後、入京前に、この寺に滞在したという。


   尾山寺(まきのおさんじ)剃髪堂(ていはつどう)
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 満願滝(まんがんのたき)
 
 和泉山脈の尾山には、空海が修行したと伝承する清らかな滝がある。
今もなお、滝に打たれる行者が跡を絶たない。


         満願滝(まんがんのたき)
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 約1週間くらいになるでしょうか、Windows8.1から10に更新しま
した。
 なぜかといいますと。
 数年前から、ブログの記事を書いていますと、突然文字の大きさが変わっ
たり、画面が閉じたりし、妙な動きがしきりに発生していましたが、なんと
か凌ぎ凌ぎ、このパソコンを使っていました。およそ1週間前のことですが
、今度はプログを作成中、いきなり、ウインドウズ10の更新をしますか?
という、メッセージが画面に現れました。余り気が進まなかったのですが、
思い切って更新することにしました。
 更新が完了しますと、なんと、文字も当初の大きさに戻り、しかも安定し
た記事の書き込みが出来るようになり、夢のようでした。
 以前から、ウィンドウズ10に切り替えの案内がありましたが、更新する
とさらに操作が難しくなる恐れがあると思い、躊躇をしていましたが、今は
、快適さに満ちています。

 悪い状況だったのは、ウイルスのせいだったのでしょうか。マカフィーと
いうセキュリティーシステムが、JCOMさんの提供で、インストールされ
ているのですが、いづれにしましても、改善できて、大変うれしい出来事で
した。

 自然界のウイルスも厄介ですが、コンピューター界のウイルスは、人間の
悪玉菌が、作ったウイルスですから、まったく油断も隙もなりません。

 NECのノートパソコンですが、購入当初から、電源ジャックを、パソコ
ン本体に挿入接続する部分の本体側が、接触不良で、ノートパソコンを動か
したり、コードに触れたりすると、時折、電源が本体に通じていない場合が
あり、バッテリーへの充電不足のランプが点灯します。
購入当初は、元のコンセント部分の接触不良かと思って、パソコンをシャッ
トダウンしてから、電源の抜き差しをくりかえたり、いろいろ電源コードを
手繰ったりしているうちに、回復をしていましたが、結局本体への電源ジャッ
ク差し込み部の不良ということが、やっとわかった次第です。頃合いをみて、
修理をしなくてはと考えています。
 それと、画面の明るさの調節が、できなくなっています。このトラブルは
保証期間中にも発生し、修理をしたことがあります。

            愛用のNECノートパソコン
                                       CIMG0306



















 その後も、パソコンは順調に、しかも安定した動きをしていますので、大変
助かっています。

 今朝は都心も今年一番の冷え込みでしたが、秋晴れに目が醒めるような
心持です。
都立がんセンターへ家内と一緒に、年1回の定期的な癌検診に行ってきま
した。
都立府中病院の駐車場3階へ車を止め、家内が検診に向ったあと、戻って
くるのを待つ間、小生はここで簡単なスケッチをしながら時間を調整しま
した。

 駐車場の3階から都立府中病院が見える風景です。

                            「   秋の待ち時間 」
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 スケッチが完成しましたので、葉書きを投函するため、地上に降り、ポスト
を探しましたが、すぐには見当たりませんでした。
仕方がありませんので、都立府中病院棟の方へ歩き、大きな玄関をくぐって、
初めての棟内へ入ってみました。

中は大きくフロアが開け、外来患者の受付、会計などを行うスペースは天井
も高く設計され、設備も明るく、ゆったりとした配置で、緊張感がほぐれそう
な雰囲気にみえました。
患者さんたちにとっても関係者の方々にも大変リラックスできそうで、柔らか
い空間のようにも思えまた。

 一般の受付で「ポストはどこにありますか」と尋ねますと、「あちらのコンビ
ニエンスR店の中にあります」とのこと、店内入ると、レジ待ちで若干の行列
がありましたが、小さな赤い色の投函箱を発見し、無事用事を済ませました。

それにしても店内もさることながら、本フロアにもたくさんの人々がいて、賑
わってという表現は適切ではないと思いますが、それだけ患者の方々も多い
のではと推察できます。
また、名医も多いのだと思います。

玄関を出ると、バス停や、タクシー乗り場などの交通機関も充実しているよ
うです。

 現在は、おかげさまでなんとか健康に過ごしていますが、急いでここにお
世話にならないよう、改めて健康管理に気をつけなければと、つぶやいてい
ます。









 朝晩がかなり凌ぎやすくなりました。
 シャワーをするために、風呂場に入ると北側の裏庭で鈴虫の
鳴き声が聞かれるようになりました。
 そんな秋の気配が感じられるようになった今日この頃です。

 今日も百日紅の小枝に花が咲いています。
 この花は結構長い期間咲いてくれますので、花の少ない夏には貴重な
樹木です。
                                            
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 このような花も咲ていました。名前は「XXにおい花」という植物だったと思
います。
 独特の甘い香りがします。

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 小生の好きな「ムクゲ」の花がまた咲きました。
 韓国の国花で「無窮花」むくげと書き、国民が窮しないようにとの願いが
込められているようです。

 この花は無臭で、一日くらいではかなくなり短命です。
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 夕方から家内は千葉の孫たちの家に出かけました。
 用事は明日、孫がゆかたを着て吹奏楽を演奏するので、着付けをして
やるためと、演奏を見に行くためです。
 演奏をする場所は、御滝神社の境内です。

                御滝神社にある池
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 小生も見に行きたかったのですが、絵のサークルの予定があるので次
回の楽しみにしました。

 家内を最寄り駅に送った後、帰りにスーパーに寄り握り鮨と、秋刀魚の刺身
に缶ビールを1本買って帰りました。
 たくさん買うと飲みすぎてしまう恐れがあるので1本だけにしました。

 帰宅してから、蚊に対抗するために養蜂家が着用するようなネットつきの帽子
をかぶり、長袖のシャツに靴下、それに手にはビニール製の手袋をはき、完全
武装のスタイルになりました。
 そして裏庭から水撒きを入念に始め、オジギソウにも上からシャワーのように
かけてやると小枝ごと葉もお辞儀をしました。

 水撒きの後は、多摩川に散歩に出かけました。

 空にはいつものように蝙蝠(コウモリ)が盛んに飛びまわり捕食をしていまし
た。
 あれだけ上下左右と忙しげに飛びながら運動するとかなりのエネルギーを
消耗すると思います。
 飛んでいる小さな虫を食べているようなので、朝までかけて食事をするのか
もしれません。
 
 夕食は握り鮨とビールでおいしく頂きました。
 この握り寿司の容器を見ておもしろかったことがあります。
 ケースの蓋に、たとえばマグロの握りだと「1本釣りマグロ」とかエビの握り
は「生えび」、いかは「真いか」、サーモンは「サーモン炙り」という具合に、それ
ぞれ名称のシールが貼ってありました。
 しかも筆文字で書いてあるのも味があります。
 そのシールの左下に落款のように赤い文字で鮮度抜群と記されていました。

 さらに、金額などを記載している別のシールには「旬鮮にぎり寿司」と、書い
てあります。
 よほど自信を持って提供しているのでしょう、商魂を頼もしく思いました。
 確かに、久しぶりに新鮮な材料を使っているなと感じると同時に大変おいしく
食しました。

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