羽村市郷土資料館の裏庭に重要有形民俗文化財である古民家があり
ます。

                古民家全景

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 旧下田家住宅は、弘化4年(1847)に建築された入母屋造り・茅葺民家で、
この地方の一般農家の姿を良くあらわしています。

 又、この民家で使用されていた生活用具や養蚕用具もよく保存されてい
ます。

 民家は、昭和57年(1982)に現在地へ移築復元されました。
 復元に当たっては、建築当初の状態を再現しましたが、南側縁側の機織り
だけは、明治時代に改変されたものを残しました。
 
 間取りは典型的な広間型で、古い形式を備えています。

 囲炉裏には、今でも火を焚いて、人が住んでいる状態にしています。
 煙にいぶされた天井は、長い年月の移り変わりを示しています。

 衣食住の生活用のほかに農耕、漁労、養蚕や信仰などの用具1,210点
も文化財に指定ています。

 これらの一点一点の民具によって当時の生活を再現することができます。

   ※前述文は文化財保護係の説明葉書きによります。


                             門をは入った所からの情景


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          ハタヤ(機織り機が置かれている部屋)

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 囲炉裏の煙でいぶされた建屋内部には神棚や什器類があります。       

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 囲炉裏と石臼が当時の生活感を想像させてくれます。
 この石臼でソバの実を粉にしたり、米でメリケン粉などを作っていた様子
が目に浮かびます。


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 かまどで炊く米はすこぶるおいしいものです。
 農業用具なども保存状態が良好です。
 土間のたたきは土でできています。

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 日本の生活の原点に戻ったようで、なぜか懐かしさを覚えます。

 1,950年頃まで、かまどでご飯を炊くとか、五右衛門ぶろに入るとかはご
く当たり前のことだったのです。

 五右衛門ぶろは、鋳物でできた(鋳鉄製)釜(容器)です。
薪をくべてその火力で釜の外側の底を炙り釜の中の水を温めてお湯にする
する仕組みです。

 前記写真の中に出てくるかまどを大きくしたような原理です。

 ですからこの五右衛門ぶろに入る時は付属の木製の丸い板を釜の底に
沈めながら入ります。

 必需品であるこの板を釜の底にあてがうことによって火傷を防止します。

 盗賊を働いた罪で石川五右衛門が捕まった時の刑がこの鋳物製の窯
の中に入れられ、下から釜の下部に木材で火をつけて熱湯に処されたと伝
えられています。
 
 五右衛門風呂の名の由来は石川五右衛門の名をとったからだといます。

 薪などをくべて釜の底から火力を加えられると、中の水は熱い鉄の内面
に直接に触れていますから、湯を殺菌する効果が大きく次々と交代で風呂
に入っても、また釜の中のお湯を使ったり、沸かしたり、水を足したりしても
清潔を保ち安心だと云います。

 現代の風呂よりも良い面もあります。
 何しろ自然の薪を焚いた風呂は体の芯から温まるようです。
 また、環境にも優しいと思います。