根川貝殻坂橋を渡って、桃の木に咲き分けた花を眺めていると、偶然、
近所のSさんにお会いしました。

          桃の花が一本の枝にピンクと赤に咲き分け

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 4月4日には、このように桃の木は満開になっていました。
  
       一つの枝に赤とピンクの色で咲き分ける桃の花
          
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      一つの枝に赤とピンクの色で咲き分ける桃の花

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         一つの枝に赤とピンクの色で咲き分ける桃の花

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      一つの枝に赤とピンクの色で咲き分ける桃の花

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      一つの枝に赤とピンクの色で咲き分ける桃の花

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 帰り道はSさんに新しい散策コースを教わりながら、道すがら、名所や
史跡を簡単に案内していただきました。
 ぜひ、もう一度ゆっくりと散策したいと思い、さっそく昨日出かけてみま
した。

 家を出て、ほど近いところに東京都の汚水処理場があります。
 臭気などを外に出さない方式のシステムということで、十数年前に完
成していたのですが、まだ一度も近くで見たことがなかったので、先だっ
て教わったコースを逆にたどりながら立ち寄ってみました。

 地上から二階建ての建物に相当する広大な鉄筋コンクリート造りの処
理場ですが、その天端(屋上)は、テニスコートや、ちょっとした遊園地そ
れとグランドなどがあり、実際テニスを楽しんだり遊園地で遊ぶ子供たち
を見て、空間を有効に利用するというグッドアイデイアに驚きました。

 汚水処理場の断面図が入口に掲げてありました。
 屋上は先に述べましたグランドとかテニスコート、遊園地等が設けられ、
この下が汚水処理施設になっていることがわかります。

 汚れた水は、第一沈殿池で細かい汚れ(SS分)を沈めます。
 次に汚水は生物反応槽に入り、微生物を混ぜて汚れ(有機物や、窒素
やリン)を食べてもらい、微生物は空気攪拌によって、繁殖⇒衰退を繰り
返しいとなみます。
 汚れ(有機物)を食べた衰退期の微生物の死骸が汚泥となり槽の底に
沈み、汚泥だけを底から抜き取ると、嫌いな水になります。
 きれいになった水はさらに第二沈殿池に流入し、消毒を施したあと、多
摩川に放流されるというシステムのようです。
 

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            処理場の屋上の入口付近

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            屋上入り口付近の遊園地

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             屋上入り口付近の遊園地

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 処理場の屋上から見える風景、円形の建物はヤクルトの研究所で、そ
の隣は民間の産廃処理場です。

            汚水処理場屋上からの風景

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             汚水処理場屋上からの風景
 
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 処理場の屋上から見える青い建物は都営住宅です。

           汚水処理場屋上からの風景

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          汚水処理場屋上からの風景

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 ソメイヨシノが満開です。

            汚水処理場屋上からの桜並木

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              屋上出口付近の桜

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 処理場の増設工事が行われているようです。

              増設工事現場風景

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 汚水処理場を後にして、雑木林を残すあたりに向かう途中、ひときわ目
を引く円形の建物が見えます。

              ヤクルトの研究所

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              ヤクルトの研究所

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 ヤクルトの研究所脇を歩きますと、雑木林のある付近にさしかかり、旧柳
澤家住宅(古民家)に出てきました。
 古民家の前に植えられているのは、シラカシの樹木です。

 シラカシをうたった万葉の歌があります。
 国分寺の中の植物園にある白橿の傍に掲げてあった歌を引用しますと、

 「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」

 入口の説明板によりますと、

 この家は、江戸時代から青柳(旧青柳村)にあった農家を移築し、復元し
たものです。
 国立市は、甲州街道沿いに開けた近世の上谷保・下谷保(明治八年に
合併し谷保村となる)青柳村・石田新田を母体として成立しました。
青柳村は、「新編武蔵風土記稿」によると、寛文十一(1671)年に多摩川
の対岸から移住してきた人々が開拓したとされています。

 建築年代を確定する資料は発見されていませんが、解体調査の結果、
江戸時代後期に建てられたものと推定されます。
時代を経るにしたがって、何度か改築された跡が見られますが、建築当
初の間取りは、台所と厩(うまや)を含む土間部分と、アガリハナ(ヒロマ)
・ザシキ・オクの床上部分からなる広間型と呼ばれるもので、その姿に復
元しています。

 柳澤家は、屋号を、「たくあん屋」といい、明治から昭和初期にかけては
、養蚕とともに漬物業も営んでいたということです。



             旧柳澤住宅(古民家)入口

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             旧柳澤住宅(古民家)

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                 茅葺の古民家

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                 茅葺の古民家

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                 茅葺の古民家

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             庭にある、つるべ落としの井戸

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          囲炉裏に薪をくべて湯を沸かしていました

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                  農機具類

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          縄をなう機械・脱穀機・もち臼他

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         釜土にハガマ・セイロがかけてあります。

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 古民家の前庭にこのような、ナマズを彫刻した石碑があります。
古民家で管理をしていらっしゃる、ひげを蓄えた人に尋ねてみますと、ナマ
ズは背中のほうは黒いがお腹は白く、ナマズは腹黒いことはないという、た
とえ(揶揄)だそうです。

                   石碑

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 石碑の裏側には、鯰(ナマズ)という文字と彫刻家の名前が彫られていま
す。

                石碑の裏側

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        後ろの雑木林から見た旧柳澤住宅(古民家)

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