玄武山普済寺について触れておかないと仏が浮かばれないような気がし
ますので、もう少し歴史を訪ねてみます。

1353年に立川 宗恒の建てた普済寺の開山として、鎌倉の建長寺から物外
和尚が招かれました。
 物外和尚の木彫りの像もこの寺に安置されています。
 
 この普済寺のある場所は立川氏の居館跡だったといわれ、都の史跡にな
っています。
   立川氏一族の墓もあります。
 止むなく時代の波に飲み込まれるように戦場に散った方々のご冥福をお
祈りいたします.

 立川氏は武蔵七党系図によると、西党に属し、鎌倉時代には幕府につか
え、戦国時代には、関東を制した後、北条市につかえました。
 その後、天正8年(1590)北条氏照の居城とする八王子城の落城によ
って、200年間続いた立川氏一族は衰退し、その後、浪人となりました。
後になって、三戸藩士として水戸に移住しました。
 との説明表示があります。

          玄武山普済寺入口
 035