サイリウムは光らない(AKIBA賞応募)

「今度のライブは、海をイメージしたステージセットと演出でいこうと思う」

渋谷の定期ライブ。リハーサル直後の楽屋で、プロデューサーの大田が言った。
「予算もちゃんと確保して、新しいイメージでやりたい。
だから、いいアイデアがあれば、どんどん言って欲しい」

荷物を片付けたり、弁当や差し入れを食べていたメンバーは、
手を止めて、大田の話に注目していたが、
「はい」「はい」と、ただ返事をしただけだった。

大田が出て行くと、いつもどおり、
ブログ用の写真を撮ったり、
先輩のメンバーへ相談をしたり自由時間を謳歌していた。

「I.D.G」というアイドルグループが結成されて、今年で7年目。毎年のように大きな会場でライブをしていた。
3ヶ月後の大型ライブも順調に準備がすすみ、会場は沢山のファンで埋め尽くされるだろう。

そのファンが振るサイリウムの光の海に向かって、
私は、歌うんだと、楽屋にいるメンバーの誰もが思っていた。

ただ、「I.D.G」の2期生のナオには、大田の声すら届いていなかった。

東京湾を埋め立てた場所に立つ、
様々な商業施設の中にあるテレビ局。

銀色に光る四角い建物の上に、
ピラミッドが逆さまに突き刺さったような、面白いデザイン。

歩きながら、山岸は話を続けた。
「さっき、私達が待ち合わせた入口は、仕事でウチに来る人用の入口だから、
出演者の方とかゲストの方とかが来る時は、あそこの入口まで迎えにいったりするからね」

「はい、分かりました」テツヤは入口の方に目を配り言った。

「テツヤ君は、テレビみるの?」
「いや、あまり見ません…」

「私の周りにも多いよ、テレビ見ない人」
「そうなんですか?テレビ局の人なのに、ですか?」

「そうよ。でも、面白いよねぇ」山岸は歩きながら続けた。

「だって、テレビが好きで、この業界に入ってきたのに日常が忙しかったりして、
逆に、テレビが生活から離れていくんだもの。
裏側が分かってきちゃって、素直に楽しめなくなる人もいるみたいだけど。
なんか面白いよね。あ、この辺はスタジオね。今日もいろんな収録してるよ」

歩きながら、畳み掛けるように説明が続いた。
 
テレビ局には、番組を作る人達以外にも、多くの人が働いていた。
沢山のフロアがあった。とてもじゃないが、どこにどんな人がいるのかは、
覚えきれなかったし、メモも間に合わなかった。

「あ、そろそろ、いい時間ね」山岸が腕時計を見て言った。
「何かあるんですか?」
「何、言ってるのぉ。私達の番組の準備があるでしょ」
「え、まだお昼すぎですよ、番組は18時からですよね?
 そんなに早く、始めるんですか?」
「そうよ、ほらここが、サブ」

「サブ?」
「サブってのは、副調整室って言って、ここで番組の形に整えるのよ。
 とりあえず、ここにいて見てて」

「おはようございまーす」と言いながらサブに入る山岸の後に続いて、
テツヤも「おはようございます」と言いながら部屋に入った。
カジュアルな格好の職人風の男性が何か機械を調整しているようだった。

「今日から、制作に入った、テツヤ君です。今日は見学です」
「よろしくお願いします」頭を下げるテツヤ。
「あ、そうなんだ。よろしくお願いします」
テツヤは、奥のにあるパイプ椅子に座った。

沢山のモニター画面とツマミ類が沢山あり、何がなんだか分からない。

「じゃあ、後で、呼びに来るから、ちょっとここにいてね」
そう言って、山岸は部屋から出て行った。

「はい」テツヤは透明人間になったような気持ちで部屋を眺めた。

テツヤは、テレビを作る仕事に、就いたんだと、少し実感した。

「テツヤと言います。なんかあれなんですけど、苗字がコムロなので…。
作曲はできませんが、皆様のお役にたてるように、頑張ります。
よろしくお願いします」テツヤは深く頭を下げた。

広いフロアには、ゴチャゴチャと資料が積まれた机が並んでいる。

アイランド・テレビと言えばいわゆるキー局。建物も立派だ。
テツヤは、そのニュースを制作している部署で、なぜ自分が挨拶をしているのか、
まだ状況を飲み込めずにいた。
 
先輩の山岸里美が言った。
「ここが、テツヤ君の机ね。ロッカーはあそこね」
フロアの奥を指さした。沢山のロッカーが並んでいた。

「ロッカーに荷物を置いたら、正面玄関に来てね」
「あ、はい」テツヤは言った。

山岸は去り際、立ち止まり、
 「最初から何でもできるとは思っていないから、1つずつ確実に覚えていってね」
とニッコリと笑った。

テレビ番組を作る現場なんて、全く想像ができなかった。
親戚のおじさんに「バイトのつもりで来ればいいから」とそそのかされて、
軽い気持ちで来た自分を、心底、想像力の足りないやつだと思った。

正面玄関に行くと、山岸はすでに待っていた。
「…おまたせしてスミマセン」テツヤは小さく頭を下げた。
大理石の床がピカピカを光っている。

「これから、ひと通りうちの局の中を案内するから、
メモをとったりして、覚えてね。ほら、人に説明することもあるから」 
と山岸は言い、歩き出した。

階段は一番奥。山岸とテツヤは、階段を登り始めた。
目の前の山岸のスキニージーンズは、直視できなかった。

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