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戦前に満州に住んでいたかたがたには貴重な施設です!あなたのお側にそんなかたが居られたら紹介されてみては如何でしょうか?お喜びになるでしょう!

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http://www.ohmynews.co.jp/news/20080311/21960

熱海駅から伊東方面に車を走らせること約10km。網代港を過ぎてトンネルを抜けると、海沿いの断崖(だんがい)のすき間に突如、「忠霊塔」と書かれた白い塔が現れる。駐車場の岩肌には、仏画。奥には、城のような真っ白い3階建ての建築物。

 道行くドライバーやライダーたちが驚き脇見をする奇妙な建造物が、「ムクデン満鉄ホテル」だ。しかし、一見トンデモ建造物に見えるこのホテルには、人々の真面目かつ切実な思いが込められていた。


ムクデン満鉄ホテル=3月9日、熱海市網代で(撮影:藤倉善郎)
レトロな豪華客室が1泊2食8000円ポッキリ!

レトロな豪華客室が1泊2食8000円ポッキリ!

 日が暮れるころ、友人2人とともに宿に到着。玄関を入ると、ロビーの両脇には膨大な満州関連の書籍や資料。壁にも写真などが無数に貼り付けてある。書籍だけで200〜300冊はあるとか。満州鉄道の株券や満鉄の特急「あじあ号」の写真もある。もはや立派な“満州資料館”だ。


客室は天井が高くゆったり=3月8日(撮影:藤倉善郎) 案内されたのは2階の角部屋。ホテル両脇の塔の片方に当たる部屋のため、塔の内部部分がちょっとしたリビングスペースになっていてゆったりくつろげる。天井が高く、ベッドも大きい。木製のテーブルや椅子(いす)も、高級そうには見えないが渋くて味わい深い。とても1泊2食8000円とは思えない快適さだ。

 夕食は刺し身の盛り合わせにカレイの煮付け、シューマイ、湯豆腐など、食いでもたっぷり。食堂もまた天井が高く、壁いっぱいの巨大額縁を筆頭に、いくつもの絵画や切り絵が飾られ、それがまた渋さをかもしている。

「奉天ヤマトホテル」にインスパイヤー

 食後、支配人の酒井馨さん(83)が登場。話を聞かせてくれた。


奉天での思い出を語る支配人の酒井馨さん(83歳)=3月9日(撮影:藤倉善郎) 満州の奉天(現在の瀋陽)生まれの馨さんは、法政大学大陸学部に入学。日本に引き揚げてからは、ホテル勤務の後、飲食店業を営んできた。満州時代の同級生らとこのホテルを開業したのが10年前。支配人として、妻・晴子さんと2人でホテルを切り盛りする。

「このホテルの外観は、奉天にあったヤマトホテルの写真を元に大工さんに作ってもらいました。ヤマトホテルは天井が高かったので、このホテルも客室や食堂も天井を高めにしています」(馨さん)

 ホテルの名前にある「ムクデン」とは、満州族の言葉で「栄える都」の意。敷地に立つ「忠霊塔」は、日露戦争での戦死者を祀(まつ)るために奉天に建てられていた慰霊塔の1/2レプリカだ。

 ホテルには1日平均3〜4人の客があり、引き揚げ者の同窓会にも利用されてきた。時期によっては満室で利用できないこともあるとか。

「でも、みんな歳をとって、集まるのが大変になってきました。若い人が来てくれたのは久しぶりですよ」(晴子さん)

支配人の思い出話も面白い!

「法政大学大陸学部では、大川周明先生(※)のもとで学んでいたせいで、日本に引き揚げてから就職しようとしても、どの会社でも門前払い。それで東京のパレスホテルでボーイとして働きました。悔しい話だけど、そこで米兵の将校に気に入られちゃって、毎日ラッキーストライクを2カートンもらった。それを法政大学の36号教室で売ってたんですよ。当時、36号教室は闇市になってたんでね。それでずいぶん小遣い稼ぎができた」

 大川周明は、戦前・戦中の思想家。戦後、A級戦犯として起訴され、「東京裁判に出廷した被告の中で唯一の民間人」(Wikipediaより)だったという。病気を理由に免訴されたが「現在でも詐病説が絶えない」(同)。

「奉天は、泥棒は多かったが人殺しなんかほとんどなかった。泥棒もほとんどが中国人だ。彼らはやたら手鼻をかむ。手でかんだ鼻水を道の電柱になすりつけていくんだ。だから奉天では、冬になると中国人がなすりつけた鼻水が凍って、道の電柱がみんな、同じ高さの部分がピカピカ光ってたよ」(馨さん)

 馨さんの証言が統計的に正しいかどうかはわからないが、満州の日常を垣間見られる話は、やはり面白い。

「当時の奉天ヤマトホテルは要人しか泊まれず、ツテがなければ食事すらできませんでした。私は、父親が満鉄関係者だったので、よくホテルの食堂でアイスクリームを食べさせてもらった。これがまたすごく美味くてね」(馨さん)


満州入植者が生活していた当時の奉天ヤマトホテル。ホテル自体は現存する(撮影:満鉄ホテルの壁に張り出されていた寄贈写真より)
裏山には歌碑が131基、人面魚もいた!

 翌朝、ホテルの裏山を散策。満州にあった日本の小中学校や大学校歌、満州国歌、満鉄社歌などの碑が、斜面にびっしりと建てられている。その数、なんと計131基!造成中の地面もあり、増設する気満々だ。


ホテルの裏山にはまだまだ歌碑が増設されそうな勢いだ=3月9日(撮影:藤倉善郎) 軍国主義的な色彩の強い校歌が目立つが、それぞれの学校に通っていた同窓生たちが寄付を募って建てた歌碑だ。政治的評価を云々するのは無粋だろう。入植者たちの大切な思い出であり、当時の社会情勢を肌で感じることができる貴重な資料でもある。

 裏山には、奈良時代の名僧・行基がこの地で修行したとの言い伝えにちなむ古刹(こさつ)・長谷寺もある。記者たちは、境内の寺の池で人面魚を発見。おそらく満州とは何の関係もないが、ホテルを訪れた際には、ぜひ彼(彼女?)にもご挨拶を。

引き揚げ者の飛び込み訪問も

 記者たちがホテルを後にしようとしたとき、かつて奉天の小学校に通っていたという70代の女性がやってきた。四国在住だが、東京に住む息子夫婦と孫に頼んで下見に来たのだという。

「足が悪いから、もうすぐ手術をする。足が治ったらここに泊まって、裏山にある自分の小学校の歌碑を見たい」(女性)


裏山の長谷寺で人面魚を発見!=3月9日(撮影:藤倉善郎) 女性が小学校の名前と入学期を告げると、馨さんが帳簿を見ながら、

「その学校の卒業生は、違う期の人が何人かうちに来てますよ」

 このホテルは同窓生の情報基地にもなっているのだ。馨さんと女性は初対面であるにもかかわらず、「奉天で一番古い学校は、確か○○小学校だったね」「○○小学校の前に、忠霊塔があって、遠足に行ったことがある」などと、思い出話に花を咲かせていた。

 記者たちはそっと、ホテルを後にした。

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ムクデン満鉄ホテル
住所:静岡県熱海市網代546-17(長谷観音バス停前)
電話:0557-68-2657
料金:1泊2食8000円均一